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・好感度を親友一番、副官二番くらいにしておくと見れるイベント(何言)

​・ちょっとだけモブが喋る。

・スタ音かと思った?残念!ノイ音でしt……グワーッ!!

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 その姿は、身を置く街の風景に溶け込み切らないと言うか――どこか異質なのだ。訊かれていないから言っていないだけなのだろうが、明らかに自分たちとは出身を異としていることを表すような、近辺では見かけない意匠のあしらわれた服は意識せずとも目が捉える。華美だとか豪奢だとかの悪趣味さは無いが、それでも目立つ。だと言うのに仕事の成功率は高いし組織内では有能と言えるから世界と言うものは解せない。

 件の人物は他者の視線を集めることについて何とも思わない人種であるようだし、組織の首領も他者の眼を気にしない人種であるから、何も言わない。一人が人の目を集めれば自然とその同行者も巻き込まれると言うのに――。

 

 珍しく仕事も何も無い日の朝、廊下を歩いていた彼は組織の副官から外出する旨を唐突に言いつけられバイザーの奥で双眸を瞬かせた。相も変わらず――否、いつもより少しばかり不機嫌そうに見える顔で出合い頭に、外に出る、と言われたのである。

「外、に……あぁ、そうだな、良いんじゃないか?気を付けてな……?」

「お前も、だ。行くぞ」

言うだけ言ってさっさと歩いて行ってしまう背中を、一拍置いて結局追う。今日は一日、自室で音楽を聴きながら読書でもしようかと思っていたが――また次の機会になりそうだ。

 規則的に神経質そうな靴音を鳴らしながら往く副官を追って外に出ると、門の前には車が横付けされていた。運転席には小柄な男が座っている。普段一緒に行動している大柄な男は別行動らしい。何やら拘りの改造が施されていると言う車に乗り込むとそれは緩やかに動き出した。街の少女に信じられないくらい乱暴な運転だと評されたことからは想像できないほど――多少の揺れはあれど――運転手は穏やかに車を走らせて目的地へ向かう。

 

 服屋を覗いて回り、気付けば車内には多くの紙袋が積まれていた。

 最初に訪れ、合わせてそのまま買った他は、軽くサイズを合わせた後、大体頭の中で見繕ってレジへ持っていくのだから口を挟む隙など無い。挟む気も元より無いのだが――その手早さに微苦笑を浮かべてしまう。

 曰く、無駄に大きな紙袋に入れられるから嵩張って見えるだけで実際は言うほど買ってはいないらしい。その、言うほど、の基準を知らないから何とも言い難いが、普段の日常を思えば多いに越したことはないと言える。

 これまでと違い、現在身を置いている場所の服を着て、その場所を知る者に連れられて街を歩く。双方の整った容姿に眼を引かれる通行人も多少は居るが、その姿は元からこの街に住んでいた者のように、違和感無く周囲に馴染んでいた。

 そうして街中を巡り、最後にこの日の主導権を握っている人物の指示で訪れたのは、どこか古風な洋裁屋だった。

 

 大通りから細い通りへ入り、狭まった道の両側に流れる様々な店を眺めながらしばらく往く。日の光を避けるように構えられた店々は、やはりそういう人間たちを客としているのだろうか。

 路地の突き当り正面に現れた扉を押し開けると、カランカランとドアベルが鳴り客の来店を告げた。カウンターで新聞を読んでいた店主の目に、二人組の客の姿が映った。

 運転手は他の店の時と同じく車中で待っていると自ら留守番を申し出て――今頃居眠りでもしているだろう。

 読んでいた新聞を片付け、カウンターから出て来て客に来店歓迎の挨拶を軽くする店主は柔和な顔つきをしている。

「いらっしゃいませ。お久しぶりでありますな、若頭殿?」

「事実と異なる事は言わん方が身のためだぞ、店主。口ではなく手を動かせ」

「これは失礼。ほぅ――そちらの御仁ですかな」

高圧的な物言いを然して気にも留めていない様子で店主は彼に向き直った。

「なるほど、なるほど。これはまた瀟洒な方で……オーダーメイドは初めてですかな、旦那様?」

「あぁ――こちらに来てからは初めてになる」

なるほど、とやはり柔和に頷いて、店主はシュルリと首にかけていたテープメジャーを解いていく。

 上半身から下半身へ向かって数値を測っていく。その間、待っているだけとなる副官は傍に置かれた椅子に腰かけ、衣が擦れて立つささやかな音を聞きながら採寸の様子を眺めていた。シュ、シュルリ、シュルル、と糸たちが遊ぶ音が静けさの戻った店内を隠れ跳ねまわる。

 そうして、気付けば小さな子供が囁き合うような衣擦れの音は止んでいた。

「礼式用でよろしかったですか?」

使い込まれた机の上に生地を並べながら店主が副官に訊く。

「そうだな」

先程まで採寸されていたであろう方は楽しそうに店内を見回している。副官の方も彼をアテにするつもりはあまり無いようで、店主が持ち出した生地を見分していく。着る機会は多くないだろうが――その機会が外部に組織の品位や格を示す場であったりするのだ。手は抜けまい。触感や伸縮性だけでなく、色や柄にも眼を通す。この店では店主の趣味か何かで刺繍や染め直し等の手も加えてもらえる。色や柄なんかが気に食わなくとも、多少の融通は利かせられる。

 そうして、服全体のデザインや生地、それに付随する物品の選定を終え、副官が連れを呼ぶ。店主と副官が散々吟味した生地や品々が広がる机まで来た彼に、呼んだ本人が選んだ物に意義はないかと訊く。こういったものに詳しくないから元から一任していると答えた彼へ店主がささやかながら手を加えられる旨を話した。

 仕上がりはまた連絡する――二ヶ月はかからないだろう――と言われ、注文と支払いを終えた二人は店を出る。

 必要なものは揃えられたらしく、車は拠点への帰還を指示される。その車中でポイと副官が彼に長方形の箱を投げて寄越した。いつの間に用意したのだろう、なんて思いながら、包装などはされていない、店からそのまま持って来たかのような箱を開けると、そこにはドッグタグの掛けられたネックレスが入っていた。小さな銀の板には彼の名前と組織の紋章が刻まれていた。

「なんだ、あんたまだ身に付けてなかったのか? 紋章」

バックミラーで二人の様子を見ていて、箱が渡された時なんかヒュウと口笛を吹きながら笑みを浮かべていた運転手が、微かに驚いたような調子で訊いた。あぁ、と返す声の主は、所属する組織の紋章を身に付ける――何か持ち物に描かれていたり、文字通りその身に刻んでいる――ことが普通の場所で、他所から来たとは言え未だそうしていなかった。

「死体くらいは回収してやろう……その時になって見つかれば、の話だが」 

どこか皮肉気に口端を上げて見せた相手に、彼は微笑して礼を述べた。そんな彼の反応に、興を削がれたように――と言うよりも、どこか面白くなさそうに鼻を鳴らしてその視線は車の窓の外に向けられる。運転手が小さく肩を揺らした。

 

 拠点に帰り、荷物を部屋まで運ぶ。当然のように頭数に加えられている運転手だった。

 部屋の主が戻って来た室内へ副官と運転手も続く。その辺に置いてくれて構わない、と彼が言うより早く――副官が――ソファやローテーブルの上に買ってきたものを置いていく。置くと言うよりも半ば抛ると言う表現の方がしっくり来る所作である。そして持っていた分をすべて降ろすと、さっさと部屋から出て行ってしまった。首領へ領収書を出しに行くのだろう、と会計に立ち会い、領収書が首領宛てにされている場面を見ていた彼は思った。

 何にせよ――傍から見たら不機嫌であるか忙しない姿に見えただろう。それに対してか一日二人に付き合った疲れからか、運転手が溜め息を吐いた。

「食べるか? チョコレート」

「――ぅわぁ!? えっ? あ、あぁ、ならありがたく…………あ、うまい」

それを聞いた部屋の主がローテーブルの中央に置かれていた器を差し出す。不意の気遣いに驚きながらも、運転手はそこから赤色の包装紙に包まれた一粒を摘まみ上げ、口へ放り込んでもぐもぐ咀嚼して飲み込んだ。甘味を口にした瞬間に綻んだ顔と声に、小動物に餌付けでもしているようだ、と思った。

「気に入ったならいくつか持っていくと良い。友人にも」

持っていた器を渡して、自分は荷解きを進める。ハンガーの数は足りるだろうか。

 

 チョコレートの礼も兼ねて手伝おうかと言う運転手の申し出をやんわりと断って帰してやる。日は暮れかかっていて、そろそろ外に出ていた者たちも帰って来ている頃だろう。

 彼がのんびり荷解きをしていると、扉ではなく窓の方から慌ただし気に入室してくる影があった。

 決して低くはない外塀を軽やかに乗り越えて、その訪れを予期していたかのように鍵の掛けられていない窓から、彼の親友は現れた。

「おかえり。首尾は上場のようだな。流石だ」

言いながら、取り出した服を腕にかけてクローゼットへ向かおうとしていた彼を、その親友は腕の中に閉じ込めた。おや、と少し困ったような声が上がる。

「ッ、今日!ヤツに連れ回されたって!」

「ヤツ……あぁ……まぁ、そうだな。見ての通り、着るものを」

運転手か副官か――親友は彼の今日一日のことを耳に挟んだらしい。

「――!なんでよりによって俺が居ない時に……!」

回された腕に力が籠っていくのがわかった。それは確かに嫉妬と独占欲の現れだった。シュル、とさり、と腕にかけられていた衣服が滑り落ちて二人の足元に小さな山影を作る。何の重さもかからなくなった腕は、自分を抱き締めている相手の背中に、相手がしているように回された。とん、とん、とあやすように背が優しく叩かれる。

「些事だ。気にするな。お前も経験したことだろう?」

「……俺だってお前の服見繕ってやりたかった」

拗ねたような――実際そうなのだろう――声で囁く親友は、そしてそっと身体を離した。

「だから、せめて何かって思って、これ……受け取ってくれるか?」

上着のポケットから小さな箱が引っ張り出される。その蓋を開けると、中には蕩ける琥珀を集めたような、けれど金属質なツルリとした指輪が収まっていた。指輪を示したまま、自分の前に跪く親友を、彼は見ていた。

 あぁ――これは、まるで、永遠の誓いのようじゃないか、と親友の言葉に頷きながら、自分の指に指輪が嵌っていく場面で思う。

 そうして、ある日を境に彼の指に琥珀色の指輪が嵌っているところが見られるようになったとか。

「先日の礼だが……受け取ってくれるか?」

「!? これ、えっ、色違い……? も、もちろん!大事にする!」

「ふふ。喜んでもらえて良かった……さて、副官殿へのお返しは――」

「……しなくて良いだろ、べつに」

【ふぁぼ版】こんなホモかくからそんなホモくださいったーさんより「鼻歌うたいながら料理してるところに遭遇してしまって包丁向けられる」ヤツ回収しました。なので「何でもいいからください!」します。大帝音波下さい_(:3」∠)_

(なおしっかり回収できているとは言っていない)

……なんか気付いたら朝チュンスタートしてるのなんででしょうね???

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 ふと目が覚めて、扉の向こうから微かに聞こえてきた理想的な朝の音に、男は二、三度瞬きをした。

 それはいわゆる朝食の支度をしている音で――自分の居住空間でこんな振る舞いをする人物など一人しか思い浮かばない。昨夜も先に意識を飛ばしていたはずだが、起床は先だったらしい。夜の残り香を仄かに残す寝台から抜け出し、男は部屋の外へ向かう。

 軽く身支度を整えた男がリビングの扉を開くと、寝室で聞こえた音――包丁と俎板が触れ合う音がはっきりとする。トン、トン、と規則的に穏やかな音。言わずもがな、音源となっているキッチンへ足を向けると、そこにはやはり思った通りの背中があった。台の上に出されている皿は二人分で、どうやらその人物もここで朝食を摂っていくつもりらしい。

 キシ、と木製の床を小さく鳴らしながら男はキッチンに立つ背中へ近付いていく。距離が縮まるにつれて、何が楽しいのか、鼻歌のようなものが聞こえてきた。

 特に声をかけることもなく、腕の届く距離まで近付いた男は、そのまま進んで肩越しにその手元を覗き込もうとした。

 覗き込もうとして、軽く眼前の身体に触れた時、腹の辺りにツキリと浅く、冷たい熱を感じた。

「おや、」

眼下の肩が小さく揺れ、楽しそうな声が聞こえた。

「誰かと思えば――お目覚めのご様子で、首領殿?」

チラと背後に立った男を窺う双眸は、相も変わらずバイザー越しで、けれど確かに声音と同じく楽しそうに細められていた。

 腹部に当てられていた冷たい熱――包丁の切っ先が退き、水道に軽く流された後、再び俎板の上で赤い果肉を切り分け始める。切り分けられたトマトはレタスの敷かれた小振りなサラダボウルへ入れられていった。

「万が一を考えて身構えてしまった」

「悪くないジョークだな」

くすくすと笑い合いながら、包丁を握っていた方はそれを片付ける。次いで小さなガラスの器にオリーブオイルや塩胡椒、白ワインビネガーなんかを入れて混ぜ合わせていく。勝手知ったる様子でキッチンのものや食料を使っていく相手に男は何も言わない。寧ろ面白そうにその様子を眺めていた。

「手が空いているなら運んで頂いても?」

作ったドレッシングをかけて完成させたサラダをその製作者が示す。他にやることも無し、ついでであると、その言葉に応じる男であるが――まったく麗らかな風景とは違い、ふたりにそんな関係は無いのであった。

 珈琲を用意しようとキッチンに男が戻ってくると、丁度スクランブルエッグが作られようとしているところだった。気紛れに、スイ、とその背後へ回り、声をかける。

「味は」

「決めていないが、リクエストでも?」

「いや、特にない。任せる」

そうか、と答え、調味料の置いてあるスペースへ手が伸ばされる。そうして、その時、軽くしか整えられていない髪が揺れ、かたちの良い耳が見え隠れした。

 バターが熱せられる香ばしい匂いと、跳ねる音に、ふと視界に入ったそれを、食みたい、と思った。

「――っ!?」

不意に背後から耳を食まれた身体が息を詰まらせる。

「私は、食べ物じゃあ、ない、ぞ……? んッ、」

歯を立てられ、仄かな痛みが灯った場所を舌が撫でていく。そうして、そこに甘い痺れが残る。そうだな、と笑う男は、しかしそれを止めることなく、耳から首筋へと歯を立てる場所を移していく。痛みと痺れと、そわりと素肌を辿る髪の刺激に、ふるふると手が震える。

「ん、ぁっ、……仕事、の……、予定、おくれ、る、から……!」

「……あぁ、そうか。オフではなかったな、そういえば」

思い出したような声が耳元で聞こえたけれど、その声は笑いを含んでいて――徐々に力の入らなくなっていく身体はあまり好くない予感を覚える。それは気のせいなんかではなく、腰――というよりも腹側――に回ってきた男の手が、持っていたものを容易く取り上げ、焜炉の火も停めた。

「まあ、いざとなったら後始末くらいはしておいてやろう」

焜炉の前からシンクの前へ、半ば引き立てられ、その縁を縋るように掴む。赤く熟れた耳や小刻みに震える身体を背後から眺め、直接的な快感ではなく、痛みでもここまで煽られるとは難儀なやつ、と男は他人事のように考える。そうなったのは大方男のせいなのだが――以前の主とやらのおかげか、元から片鱗は覗かせていたが、と――男は自分のせいだとは思っていない。竦められる首に歯型を刻みながら、飾り気の無いシャツの中へ手を滑らせる。

「――ッぁ、も……! くッ……、……お手柔らか、に、な……っ、首領ど、の……!」

声音だけは呆れたように怒ったように装っていたけれど、背後を振り返ったその顔の口角は上げられていて──挑発されている、と。

「……それはお前次第じゃないか?」

男は笑って言った。

下さい

【R18】今夜のエロお題3つ出しったー【改】さんから

「大帝音波への今夜のお題は『うわごとみたいに / 後戯 / もうやめて』です。」

 

なんかもう色々気にしちゃダメっす……_(:3」∠)_

やおいはふぁんたじーっすよ、ファンタジー……_:(´ཀ`」 ∠):_ ...

 

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「――ッ、ぁ、ぅァ、ァ……、ァ、」

何度目か覚えていない絶頂に声が肢体が強張り震える。

 

 支えとしていた腕が折れ、白の波間に沈み伏せることとなった身体は背後から押さえつけられていた。特に、相手の手に掴まれている腰は、不自由ながらもビクビクと小さく跳ねていた。切り裂かれてはおらずとも、指先や爪先に乱されたシーツや室内に溶けては零されていく荒い息遣いから、それは正しく獣がするような夜の行為に見えた。

 神へ祈りを捧げるように、前方に伸ばした両腕の間に顔を埋め額を寝台へ押し付ける身体は、しかし神の御前へ出られるほど清純であるとは言い難かった。首筋をはじめ、腕や腹、脚、汗の滲む肢体に浮かぶ赤い歯型は生々しく、頬や目元には涙の跡が幾筋も残っている。うつ伏せる体勢となり、見下ろすように寝台と向かい合わせとなった顔の、口の端からは唾液が垂れ、己の腹を汚していた白濁と共にシーツへ落ちた。

 

「ふッ、くァ――、ぁ、は、あ……ッ!」

彼はキツく目蓋を閉じ背中を丸めることで打ち寄せた快楽の衝撃を呑み下し、その余韻を消化しようとする。けれどそれは背後の男の戯れによって叶わなかった。

 緩やかな丘陵を描いていた背に、それまで腰を掴んでいた手が置かれ、押し潰すように体重が掛けられる。

「イッ、ぁ、ゃッ……、ひぁ、ッ」

背が反らされ、くぷ、ぐちゅ、ぐち、と胎内に放たれた熱が揺すられ笑う。背中に触れた手と、欲を煽ることを意図していない動きでも結合部から聞こえる水音、胎内を擦る楔の存在とそれが胎に当たる場所から生まれるささやかな快感に、辛うじて腰――臀部を上げ支えていた彼の脚から力が抜けていく。

 そうして、ぺたりと座り込んだまま上体を倒したような姿勢となった彼を、男は実に愉しそうに見下ろした。次いで背中に置かれていた手が退き、代わりに男の上体が下りて来る。くすくす、と耳元で零される笑声に、薄暗い部屋で朱が滲む。キュンと締まった結合部にまた小さく笑みを溢して、男はすぐ目の前にある肩へ歯を立てた。食い込む牙の痛みに、噛まれた肩が跳ね、許しを乞うように頭が提げられる。上擦った声と男の口角が上がる。

「んァッ、ぁっ、ゃ……っ、」

「嫌? 嫌、か?」

シーツが指先に緩く引っかかるだけとなっている、脱力した彼の両腕を、男の二本の腕が捕らえ絡める。掴まれた腕を引かれ、ぐりぐりと胎の奥を未だ硬さを保つ熱が抉る。その快感は、既に身体の容量からは過ぎたものだったけれど、男を散々教え込まれ、また拒否できない身となっている彼は緩やかに首を振った。

「ぁ、んッ……ゃ、いや、じゃ、ない」

だいじょうぶ、まだ、だいじょうぶ、とつぶやく声は健気にも聞こえ、男は目を細める。それから、掴んでいた腕を曲げ、その先の、同性にしては細い指を、口に含む。

「ッア――、ア、ィッ、」

彼の指を挟んだ男の歯が、皮膚と肉を押し潰したり骨まで砕こうとしたりする。強弱をつけて食むたびに腹や腰が震え、口内の指先がピクリピクリと動く。時々口腔の肉を掠っていくその指先は、触れる度に恐縮や畏怖を表すように微かに縮こまって動きを停める。男が再び顎に力を込めればまた跳ねることになるというのに、その都度その都度、溢れる声を必死に抑えようとしながら繰り返すのである。そしてその度にキュンと波打つ胎内が、そこに収まっている熱を優しく刺激する。

「ひァッ――!? あっ、あ、んんぅ……ッ、ゆび、ゃ、やめ、ぁ、ゃあ……ッ!」

銜え、やわらかな肉に触れると面白い反応をしていた指を、不意に男の舌が辿った。飴でも舐めるかのようにかたちをなぞり、ガムでも噛むかのように歯を立てる。その反応は概ね予想通りで、体内の温かさと痛みが混ざり合い、痺れるような快感に彼の身体は跳ね悶えた。嫌々を訴えるように額がシーツに擦り付けられ、背中がなだらかな丘を描く。頭や肩が下げられたことで、背後の男へ差し出すように上げられることとなった腕は、口での愛玩をより望むようにも見えた。ぴちゃり、くちゅ、と水音を鳴らす中で、時折ぬるりと爪と肉の間を抉っていく舌や、腹側の肉をギチギチと押し潰す歯に弱々しい拒絶の嬌声が上がる。それは形だけのものだと、男は当然判っているけれど、それが彼の口から零れ落ちる度に、咎めるように顎に力を込めた。はくはく、ヒクヒク、と開閉する結合部からは、くぷ、こぷ、と愛らしく粘質な水音が聞こえた。

 快楽を与えることを主目的としていないような、戯れのような――実際、男にとっては戯れに過ぎないのだろう――指先への刺激に、彼は口にはせずとも焦れていた。後ろ手にされた肩の痛みすら背筋を這う快感としてしまう、手荒に貪られることに慣れた身体は、今も兎角そうされることを望んでいた。けれど元の主人から、相手が乞うても良いと言う時にのみ乞うように、と躾けられている彼は、気紛れに自分の指で戯れている男に胸中で乞うしかない。だいじょうぶ、だいじょうぶ、と緩やかな快感に喘ぎながら自分に言い聞かせる。

 終わりは不意に訪れた。

「ぃぎッ、ぁ、ィッ、ッぁ、あ、」

ガリ、と濁った音がして指に熱が灯る。男が吐き出した彼の指先はふやけ、そして他の場所と同じように赤い歯型が残っていた。糸を引いた唾液を楽しそうに拭った男は掴んでいた手を放して、彼の背と合わせがちになっていた上体を起こす。パタリとシーツの上にだらしなく彼の腕が落ちる。けれど当の本人はそれに頓着することなく、熱が飽和したような眼を目蓋で隠し、震える呼吸を繰り返していた。

「大丈夫か」

相手の心配など毛ほどもしていないような声で男が訊く。

「――ぁ、ふぁ、だいじょうぶ、だい、じょうぶ、」

問われる声にすら背筋を震わせて答える彼を、やはり愉快そうに眺めて、男はその身体に手をかける。

 乱雑に、しかし至極器用にうつ伏せとなっていた彼の身体をひっくり返して、正面から向かい合うかたち。

「大丈夫か」

そうして、そこで、もう一度同じ問いを投げかけてやる。向かい合い、涙や汗に塗れて熱と快感にとろけた顔や己の欲で汚れた腹を曝しながら、彼は閉じていた目蓋をゆるりと開いて、茫洋とした声で答える。

「だい、じょうぶ、だ」

それは当然言葉通りのものではなかったけれど――男は、そうか、と彼の言葉を受け取った。

 

 身体のやわらかい場所――いのちに関わる場所や、もちろん、もう数度熱を吐き出し、けれど未だ与えられる快楽から緩く自立している彼の半身も含めて――が多く曝される格好となっても彼は従順だった。噛みやすいのだろう、おそらく最も赤く傷付いている首筋にまた顔を埋める男を、首を反らしすらして受け入れる。ぎちゅ、と食い込む歯に爪先が宙を蹴り、ぐちゅ、と体重で捻じ込まれる楔に顎が小さく跳ねる。身体が折り畳まれているような体勢で息苦しさもあるだろう彼は、しかしやはり男が与える全てを享受していた。

「――っあ、は、ッ、ん、んぁ、あ……ッ!」

男の頭が彼の首から離れ、胸の方へ下がっていく。それを止めようとしたのだろうか――それともただ単に男の顔か頭部に触れようとしたのだろうか、彼自身の頭の方まで引き上げられていた手は、結局何も触れないまま、少女が夜の相手を受け入れる時のような位置で次の指示を待つことになった。

 さら、と素肌を撫でてく髪の感触にも声を震わせる彼の姿は、普段見せる悠然として怜悧な姿とはかけ離れている。理性は熱に滲んだ双眸の中にかろうじて漂っているだけとなっていた。

 彼の肌に、内出血ではなく咬傷を残しながら動いていた男の頭部は、そして胸のところで移動を止める。

「んっ、ぁッ、うぁ、ひ、ぃッ」

止まったところで、その牙は、かたちを成していた胸の飾りを食んだ。ビクリと身体が震えて、反射的に彼の胸が反る。

「ぃ、あ、いッ、ぁ……ッく、ァ、ぁ、いた、い……んッ、ぁ、あっ!」

相手からしたら遊びに過ぎないのだろうが、コリコリと歯で弄られる度ぼやけ滲んでいく視界で、己の身体で遊んでいる者と眼が合う。平生は冷たい浅葱の双眸が俗な熱と欲を湛え自分を捉えていることに彼の胎はふるえた。くすくす、と男の喉奥が震えて、顎で固定した胸の飾りの、その先を濡れた舌が撫でていく。

「ひアッ、ぁあッ、ゃっ――ぅ、ふぁッ、ンッ、んんッ……! ふ、ぅ……っ!」

反射的に上がった甘ったるい悲鳴がすぐにくぐもる。見れば、彼は傍にあった己の指を噛んで声を抑えようとしていた。そんな姿に、今更声のひとつやふたつ――しかも児戯に過ぎんものに、と薄く笑いを浮かべた男は変わらず彼の胸やその周りを口に含んで弄っていく。苦しげに曲げられた腹が震え、それなのに下腹部はもっとと強請るように男をくぷくぷ食み、銜えた指と歯列の間から荒い息を零す姿や、その身が見せる男の動きへの反応は、しかし確かに男を楽しませた。

 そして、やがて男は彼の口元から小さく水音が聞こえてくることに気付く。

「ンッ――ぅ、ふッ、んひっ、んぅッ」

ぴちゃ、ちゃぷっ、と自分が立てているものではない音に興味を覚えて音のする方――彼の顔の方を向く。するとそこには声を抑えるために銜えていた指――指の背の辺りや側面――に舌を這わせている彼が居た。その指にはまだ鮮やかな咬傷があり、先程男が齧っていた指だということが見て取れた。胸からの刺激を受けつつ、自ら銜えた指へ刺激を与えて悶えていたらしい。きっかけはおそらく噛み締めていた部分の痛みを紛らわせるためだったのだろうが――自分が今銜えている指が、少し前まで男の口内で弄られていた指だと気付いてしまったのだろう。もっとも――きっかけはともかく、彼が銜え弄っている指と先程まで自分が弄っていた指が同じものであるかどうか、自分が付けた歯形を、男が憶えているかは、わからない。

 ぎゅうと閉じられた目蓋を男が覗き込んでも、彼が相手を捉えることはない。どうやら胸に与えられる刺激が止んだことに気付いていないようだった。控えめながら己の指を味わっていると判る水音に口角を上げ、男は口を開く。

「自分の指をしゃぶって感じていたのか」

「――、ア、ぁ、ゃ……、これ、は、ちが……!」

ソッと開かれた目蓋の奥で快楽の熱に滲む瞳が男の笑みを捉える。散々弄られた指が口から離され、男の眼の届かない所へ逃げようとする。それを軽く掴まえて、彼の頭の横に押さえつけた。

「何を考えながらしゃぶっていた?ん? 何が好かった?」

互いの瞳に互いの顔が映る距離で笑いながら男は言う。

「な、ぁ、ァ――、かはッ、」

言いながらも、答えを欲しているわけではないらしく――相手の反応を楽しむために訊いたようで――、彼が何かを言う前に曝されていた喉元を噛んで絞めた。ヒュク、と彼の喉が鳴り胎がうねる。

 そして、喉元に牙を食い込ませたまま、男は身を起こそうとする。

 唐突な男の動きに、ヒュ、はひゅ、と苦しげに喘ぎながら彼は従おうと動く。片手を寝台に置き、もう片手を彼の背と寝台の間に差し込む。彼の方は男の手から解放された手と、それまではくはくと宙を掴んでは放してをしていた手を、喉の肉が食い千切られぬようにと男の首へ回し縋る。そうして身体を起こせば、対面座位の体勢となった。

 自重でより近く深く男の熱を感じることになった彼が息を詰まらせる。既に眼前の喉から口を離していた男は玩具をいじる子供のように両手で彼の背を撫でていく。時々自分が付けた噛み痕に滑らせる指先が引っかかり、そのままそこに爪を食い込ませるのだ。場所によっては溶けた赤が滲み出ているその行為は、当然痛みを彼に与え、身体は背に回された手から逃げるように、自分を抉る者の身体に縋る。けれど萎えてはいない半身が二人の腹に挟まれ動くことで、そこからぞくぞくと快感が這い上がり、無意識的に身体を動かしてしまう。

 

 自分の腹に擦り付けられる熱と小さく浮き沈みしている彼の脚に男が気付く。膝を折って座る姿勢になっているから、上下に動くこと自体は簡単なのだろう。くぐもった嬌声は、また指を噛んでいるかららしい、と微かに蠢く水音から察せられた。

 親に隠れて自慰をしている子供のような姿に、最初こそ何をと疑問符を浮かべていた男は喉奥を鳴らす。あの、日頃悠然として、笑いながら他人を手の上で転がしては落とし棄てていくような男が、他者に触れられる感覚に身を震わせ、あまつさえ貫かれながらその腹に自身を擦り付けて快感を追っている姿など、自分以外の誰が知っているのかと。

「ひとの腹を勝手に使うなよ」

ひとり快楽へ意識を向けていた彼を咎める声はわらっている。背中を行き来していた男の手が、彼の腰へ伸びた。

「あっ――ひ、ぃッ、あ、ァ、ゃ、待っ……!」

ヒタ、と腰に触れた手に、彼が気付いた時にはもう遅かった。銜えていた指を放し、縋り付いていた身体から少し離れて、その相手を窺う。横目で視線を合わせられる位置で、愉しげに自分を映す男の流し目を捉えた、と思えば――視界が上下にブレた。

「ひ、ぁ、ィあああァッ! あ!あっ、ひぎッ!や、ッ!まっ、待って、ぇ、ぅ、やァア……ッ!」

肉のぶつかる音と淫猥な水音が部屋に広がっていく。

「待っ、やだ、ァ、アアア、ぁひ、ぅぁッ、こんなぁっ」

「折角手伝ってやっているのに――何が不満なんだ?」

「あっ、あッ!やッ!ごめ、ごめ、なさッァ――ぅあッ、ああッ! ひァ、ごめ、なさ、」

男を親と捉えているような――幼子のようにボロボロと涙を零しながら、やはり幼子のように男の首に回した腕へ力を込めて縋る。そんな彼の身体は、脚を曲げているからだろう、弾むように揺さぶられている。ひとりで動いている時よりも激しく擦られる半身からは言うまでもなく快感が生まれていた。

「嫌じゃないだろう。好いならそう言え。ひとの腹で好くなって、はしたなくイけ」

ぐちゃぐちゃと彼の胎内を掻き回しながら男が言う。平時と変わらぬ調子で、平時よりも熱に掠れた声音で紡がれた言葉は、快楽と熱に霞んだ思考の彼を容易く蝕み引き摺り堕とす。

「ァ……ッあ、いや、じゃな、アっ、きもちいい、ッ、ひッ、ぁ、ふぁ、あ、イッ――ぁ、んぁあッ!」

量も少なく色も薄くなった熱を吐き出して彼が達する。彼の腰を掴んでいた手は、それと同時に勢いよく掴んでいる腰を、胎内を貫いている楔の上へ押し付けていた。ぐりぐりと解放の余韻を抉る楔に、今度は弓なりに反らされた腰が跳ねる。きゅうぅ、と収縮して半身を締め付ける肉壁に男は目を細めた。そして、上がった呼吸を整えようとする熱く湿った吐息を耳にしながら、腰を掴んだままの手に力を込めた。じり、と男の指が彼の腰に食い込む。

「はぁっ、ぁ……、んっ、ふぁ……、ぇ……? な、に……?」

「俺はまだイッていない」

「え、あ、ゃ……、そんな、むり、も、むりだ、」

「一人だけ達して一人で寝るつもりか?薄情だな?」

最後まで付き合え、と、まるで物を扱うように腰を掴んで再び彼を上下に揺すり始める。

 それまでに吐き出されていた白濁と腸液が波打ち、ずちゅ、ぐちゃり、ぐぷ、と何度耳にしても聞き慣れることのできない粘着質な水音。

 既に十分白濁を吐き出したというのに、胎内を擦られる刺激に反応を示している自身を浅ましいと思う。再び目の前の男の腹に擦れてしまう――先程と同じことになってしまう、とは熱に浮かされた頭でも考えられたけれど、今縋っている身体から離れられないことも、彼は理解できていた。自分を思うままに扱っている男から逃げることなどできない。身体を離して向かい合えばかたちを成す自身を、自分も目にすることになるだろう。

「――また勃てているのか」

そんな彼の羞恥を知ってか知らずか――男が再び首をもたげ始めた彼を指摘した。

「ゃッ、んッ、ぅ、も、いきたくな、ぁ、ッ」

いよいよ仮面が剥がれ落ちたように子供がしゃくりあげる時のように朱を滲ませ小さく首肯する。その様子を見せ始めた彼に、落ちる時が近いな、と男は思う。疲労が溜まり限界が近くなれば、まぁ大概はこんな風になるのだろう。この男が来てから他の者を抱かなくなったし、そもそも以前は同じ相手を何度も抱くようなことがなく、相手を気にするようなこともなかったから――男は相手が意識を飛ばす兆しを、彼のものしか知らない。

「ぁ、ゃ、やら、ぁ、も、いきたくない、のに……!」

淡々と、けれど確実に追い立てられ、どろどろに融けていく。そして、ごりゅ、と男の半身に抉られ彼が再度達する。ろくに声すら上げず――上げられず、更にその半身から何も出すことなく達した彼を、自身も絶頂が近いことを感じている男は思いやることなく揺すり続ける。喉奥で鳴った唸り声は、正しく捕食する側の獣の声だった。

 数えることを止めるほど、一夜のうちに男を受け入れている胎は、それでも心地よく貫くモノを包んでいた。彼が達した時もまた変わらず、己を蹂躙している楔を締め付け男に快を与えた。

 ビク、と淫靡な肉に包まれた熱が脈打ち、欲を放出しようとする。衝撃と言えるほどの激しい快楽を身に受けたそのまま揺さぶられ続けていた彼は、胎内で存在を示す熱のその報せを当然感じ取っていた。

「――、」

はく、と動いた唇は何も紡がずにその端から銀糸を溢れさせる。

「っく――ッ、ぐ……、ふッ」

そして、彼の、首筋から肩にかけての曲線に歯を立てながら、男は彼の胎内に白濁を注いだ。腰を掴んでいるその指先は、白んでいた。

 結局、双方共に声らしい声を上げることなく達し、部屋には時折身じろぎで鳴る淫猥な水音と荒い息遣いが浮かんでは沈んでいた。

 弾んだ呼吸が落ち着いてくると、更に僅かに残った熱の残滓も温かな胎に詰めようとするかのように、男は彼の腰を軽く掴んで揺らし始めた。その振動に、ぐったりと脱力していた彼は閉じていた目蓋を薄らと開き、ゆるゆると首を振る。

「も……きょ、は、つきあえそ、……っ、に、な……、から、やめ、っ、も、やめ、て……くれ、」

掠れ切った声が、それだけ発すると、直後にフッと何かが消える気配がした。それは言うまでもなく彼の意識だった。意識を失った身体を抱えたままの男は寝台脇のテーブルに置かれた時計へ眼を遣る。時計が示している時間は、外がぼんやりと姿を現すまであと数時間程度の刻だった。言われずとも、もう一戦、というつもりはなかったが──考えてみればこの関係を始めた時と比べればよく保つようになったものだ、と男は彼と繋がったまま寝台に身を沈める。さっさと根を上げて関係を解消するかと思っていたが、その気配はない。従順に抱かれている。それがどれだけ殊勝な姿なのか――自身の抱き方を特に気にしていない男は気付かないだろう。

 もそもそと脱力した彼の腕を、楽であろう位置へ動かしてやる。起きてから赴く仕事に──自分の所業を棚に上げて──支障をきたされたくないからである。意識の無い身体を扱うのもなかなか面倒であるし、後始末は起きた後ですれば良いと男は目蓋を閉じる。そうして、ごく近い位置で向き合って眠る姿は、その時だけは、幸福な恋人たちのように見えた。

 

 日が昇り、双方が目を覚ました後、後始末もとい片付けをする際、男が気紛れを起こして繋がったまま――いわゆる駅弁と呼ばれる体位で彼を風呂場まで運んだのだが、それはまた別の話である。

夜の一幕

手が動かないよ……_:(´ཀ`」 ∠):_ ...

別にえっちくないですよ(・ω・)いたしてるけど(・ω・)アレー?

---

 ある夜のことだった。

 夜風にあたろうと庭へ出ていた彼の視界の端に、組織の頭が歩いているのが映った。おや、と彼はそちらへ視線を向ける。こんな時間に、独りで何処へ行くのだろう、と思った。興味と好奇心から、彼は敷地外へ出ようとしている男の方へ足を進める。

「お出かけか? 首領殿」

「――……あぁ、」

突然かけられた声に、然して驚いた様子もなく、相手は振り返りながら答えた。問いに対する肯定と、声の主を確認する意を含んだような声だった。二人が立ち止まったのは、丁度、門の辺りで――途切れた雲の隙間から月の光が、地上を照らしていた。

 夜分だと言うのに昼間と変わらずバイザーをしている彼を、けれど相手は何の感慨もなく眺めていた。そんな眼を知りつつ、彼はクスクスと肩を揺らして再度訊く。

「この夜更けに街へ繰り出して、一仕事でもするのか?」

「……」

どこか相手にするのを面倒そうに目を細める男に、彼は変わらぬ調子で更に訊いた。

「それとも、女でも買いに?」

「だとしたらなんだ」

「いいえ?何も? ただ、外部の人間と繋がると言うことはそれなりのリスクもあるだろうな、と」

「俺がそんなヘマをするとでも? それとも、あいつらの内の誰かを抱けと?」

悪趣味だな、と口角を上げて見せる。しかし、次いで綺麗な笑みと共に返ってきた彼の言葉に、男は刹那面食らった。

「要は発散できれば良いのだろう? 私で良ければ相手をしよう」

 

 準備をしてくる、と言われ自室に戻った――戻らされた――男の前に、しばらくして彼が現れる。屋外で顔を合わせた時よりも簡素な服に着替えていた。仄かに石鹸の香りがして、シャワーでも浴びてきたのだろうと思った。

 客人は未だ数える程度にしか訪れたことのないはずの部屋に臆することなく踏み入っていく。

 

 物を扱うように寝台の上へ突き飛ばされ、彼は天井を見上げる。そして、十秒と経たず眼前に現れ、自身を見下ろす顔へ戯れに手を伸ばす。けれどその手は相手の頬に届く前に捕らえられ、寝台へ押し付けられた。

「……随分、切羽詰まっているようだな?」

「……面倒事は無いだろうな?」

「あぁ……ふふ。やることは大差ない。慣らして入れるだけだ」

サラリと事も無げに簡潔な手順を言われ、男の顔が仄かに渋そうな色を帯びる。

 それまで相手をさせた女たちは放っておいても強請って来た。もちろん、その後どうすれば良いのかや動きも経験として知っている。しかし今回は勝手が違う。同性なのである。申し出を聞いた時は少なからず驚いたが――街へ出れば適当に相手を見つけられ、不自由していなかったとは言え――街へ出ること自体の手間が消えると思えば、損のない提案だと受け入れた。それに、そういう仕事の女でも行きずりの女でも、面倒な種類は居て――日によっての当たりはずれがあった。その点、申し出た相手は食えない男だが、性格的な面倒を感じたことは無い。しかし同性と言うのは初めてで――けれどすべて任せると言うのも癪なので面倒は無いかと訊いたのだが、問題ないと浮かべられた笑顔は、何か含みがあるように感じられた。

 簡素な服の、下が取り払われる。その際、ポケットから小瓶が抜き出された。つるりとした表面に指が滑り、それは彼の手から離れて行った。寝台の上に無色透明な液体の入った瓶がころりと転がる。転がったそれを拾い上げ、彼は男へ差し出した。

「準備とやらは済ませていないのか?」

「貴方が大人しく待っていてくれるような人柄だったなら、私はもっとゆっくりできただろうな」

手の平に収まってしまう大きさの瓶を受け渡しながら二人は笑い合う。仮にも自分の上司にあたる人間へ皮肉気な言葉を吐いた彼は、微かにも纏う空気を揺らがせず、相手が動きやすいよう、脚を当然のように開く。組織へ迎え入れてまだ日の浅い男に揶揄と皮肉の混じった言葉を吐かれた方は、しかしそれを気に留める様子もなく手渡された小瓶の栓を開けた。

 

 とろり、と粘度のある液体が垂らされる。武骨な男の指を伝い、白い腹へ落ちていく。布越しながら人肌に接していたとは言え、未だ人の体温には届いていなかったその冷たさに、小さく身体が震えた。

 慎ましく厭らしい水音を小さく立てながら他人の指が体内へ潜り込もうとしている感覚。自室で済ませた下準備で多少解れているとは言え、未だ何かを受け入れるまでには柔らかくなっていないそこを、二本の指が無遠慮に拓いていく。息苦しさや圧迫感を少しずつ逃がしながら、彼は相手の好きなようにさせる。

 そう、好きなようにさせていて、不意に引き抜かれた指に小さく喉が震えた。相手の末端を受け入れてから時間は十分も経っていない。まさか、と彼は男を見る。当の相手はひとの視線など気付いていない様子で衣服を取り去っていく。そうして、ひたりと宛がわれた熱に、彼の唇が、はく、と動いた。

「――ぁ、あ、アアッ……ぐ、ぅ……ッ」

身を割る楔の質量に喉から苦しげな音が溢れる。普段あまり歪むことの無い顔が――上半分を無機に覆われていても――判りやすく顰められる。対する男の方も、予想以上に半身を締め付ける胎の狭さに眉を寄せていた。

「っ、キツい、」

「当たり前、だ……、性急にも、程があるだろう……っ、一度抜いて慣らし直すか、せめてローションを足すかしてくれ、」

まさか本当に触れた程度で挿入を図るとは思っていなかったと彼が喘ぐ。しかし相手を拒まない様子に、男が小さく喉を鳴らす。

「――……、慣れているようだな」

言いつつ、どろりと潤滑液が流し足され、一気に捻じ込まれる楔に彼の顎が跳ねた。

「ふッ、う、ァ……あッ、ああ、以前の主に、手解きを少し、な」

埋められた熱に身体を慣らすように、呼吸を整えようとしながら少しずつ力を抜いていく。薄らと汗を滲ませながらも、いつものような笑みを浮かべて見せる。

「必要があれば、そういう仕事も、した」

「ここでもするのか?」

「……ふふ。必要ならば、な」

常と変わらぬ調子、声音だった。また彼だけでなく、男の方も、これから――既に触れ合いはしている――肌を重ねる空気ではなかった。

 

 普段から好戦的と言えど、特殊な性的嗜好は無いと見ていた。彼のその予想は間違っていなかった。実際相手は小細工などせず彼の身体を組み敷いた。想定外だったのは、平時の好戦的さがここでも発現されたことだった。

 互いに互いの身体が馴染む頃。律動も抽送も自然になっていた。息遣いと水音が薄暗い室内に溶けていく。その中で、覆い被さっている人影の頭部は、組み敷かれている人影の首元に埋められていた。壁に映った影の爪先が、ツイと宙を蹴る。

「ッ、ァ――、」

牙が肌に突き立つ。ガリ、と肉や骨を擦る音がした。白い首筋に赤い痛みが咲いて、堪らず声が漏れる。相手の背中に回されていた手の、指先がそこに紅い線を描こうとして、やめる。ひくりと収縮した胎に男の目が細められる。肌に滲んだ汗と血が薄く混じったものを舐め、男が彼を覗き込む。上の衣服と共に残されていたバイザー越しに、心なしか潤んだ双眸が薄く見えた。

「始める前の余裕はどうした? 以前の主の手解きは、今までにこなしたこの類の仕事は、随分生温いものだったようだな?」

喉奥でわらいながら男が揶揄する。相手の様子など窺うことなく、思いやることなく、ただ自身のために動く男の行為は、情事と言うよりも破壊行動、或いは――執拗に相手の身体に歯を立てる、おそらく、癖、から――捕食だと言えた。それなのに、男は平然とわらうのだ。食うために自分を組み伏せているのか、なんて思いながら、彼もまた口端を上げて見せる。

「まさか。ただ、こんな抱かれ方をしたのは、初めてなのでな」

こんな抱かれ方と言われ、やはり触れ合う程度の生温い経験しかしていないのだろう、と思った。同性間の、平均的な行為が、どのようなものなのか知らないし、特に興味も無いが――異性間ならばこのくらい普通だろうと考えていた。

「やめて欲しいか?」

たぶん、この男は、殊更丁寧に女を扱い悦ばせる類なのだろう。だが結局それだけのことで、すること自体は変わらない、と相手の言葉を軽く流して、男は意味の無い問いかけをする。

「言って聞き入れてくれる人間ではないだろう? まったく――これまでに何人を殺して来たのやら」

「人聞きが悪いな。死姦の趣味は無いぞ」

「ッ、ふふ、そこまでは言っていない」

遣り取りを交わす、その延長として身体を揺すり、揺すられた方はお返しにと締め付ける。大きな動きが一旦控えられた寝台の上で、身じろぐ微かな水音と衣擦れの音が生まれる。

 窓を入口として、夜が流れ込んだ薄闇の中で、なおその色を鈍らせない双眸は、正しく獣だった。それを正面から見詰めて彼は笑う。

「なんにせよ、面倒が起きる前で良かった」

「ほう? これからも起きないと思わせる言い方だな?」

「私がいるのだから起きないだろう?」

「俺に抱かれ続けると?」

「私で良ければ相手になる、と言ったはずだが? 少なくとも女性よりは手荒に扱っても問題ないし──こういう痛みにも、慣れている」

数時間前、月の下で言われた言葉を、再び面と向かって吐かれ、男は微かに目を細める。

「――、好き者だな」

何が目的で、何の得があって自分の相手をするのかと勘繰らないでもないが――この行為を自ら招き寄せ受け入れている男を、一先ずはそう評した。

 

 やわらかな肢体と高い声が面倒を言い出さないよう、これまではある程度の加減をしていた。けれどその必要が無くなった――相手直々に必要無いと言われた――この夜は、気のせいではなく、久々に充足と高揚の両者を感じられていた。

 そんな行為の途中で破き裂かれた服の下、外気に曝された素肌の至る所には痛々しい咬傷が、結合部や下腹部には粘度のある白濁が、それぞれ纏わりついている。それらの痕に彩られた、暴力じみた快楽と痛みを受け止めている身体を何の感慨も無く見下ろしながら、男はふと口を開く。

「そのバイザーは、」

外さないのか、と呟く声に、半ば意識を飛ばし虚ろを見ていた彼の視線が男を捉える。熱と快楽に緩み、もはや意味の無い音と唾液を溢している口が動かされる。茫洋としていた雰囲気が、ゆるりと上げられる口端と共に輪郭を取り戻していく。

「――ッ、外す、必要は、ぁ、っ、無い、だろう? キス、するわけでも、あるまいし、」

いつからか投げ出されていた両腕が、再び背中に触れる。ほんの数秒前まで意識を飛ばしかけていたと言うのに、背へ回した腕に力を込めて恋人がするように顔を近付け、挑発的な答えを返す。ツルリと自分を映す深紫の奥に細められた双眸を男は見た。彼の、顔の上半分を覆うバイザーは装飾が多い物ではないけれど、持ち主が冗談めかして言った通り、口付けを交わしたり額を合わせたりと戯れる際には水を差すだろう。男は、そうか、と笑った。

「なッ、ぁ?!」

「するなら外しても良いんだな?」

「なにを――ッ、」

ごく自然に視界を掴んだ手を、彼は唖然と見ていることしかできなかった。世界が揺れたと思えば、次いで薄暗がりの中、鮮やかな浅葱色が見えた。

「んむっ、」

男は初めて直に青紫色の双眸を見た。カシャン、と抛られたバイザーが落ちる音が、どこか遠くに聞こえた。

 数秒して閉じられる目蓋は、口付けられていると状況を飲み込んだ、反射のようなものだろう。ツ、と目尻から蟀谷へ、一粒の涙が落ちて行く。けれどきらきらと跡を残した一雫に気を留めることなく、男は相手の唇を食み、舌を差し入れた。新たに水音をさせながらそれに応える彼の表情は、悩ましげと言うか――どこか切なげに見えた。吐息混じりの小さな声が口端から零れていく。背中に回されていた腕が、首を捉えて引き寄せていた。

 まるで相思のようだと――愉快そうに目が細められる。絡めとったやわらかな舌に、他所と同じように、牙が立てられた。

始まりの夜

SINoALICE現実篇赤ずきんパロ(少し)

​CP要素薄い……_(:3 」∠ )_

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 ヒュ、と寒々しい音がした。それが自身の呼吸音だと青年が思い至るまで、数秒を要した。

 四肢が怠い。意識が重い。熱を持ってジクジクと痛む傷口とは裏腹に、腹の底だか身体の芯だかからは寒気が這い上がってくる。不快感を紛らわせるように、赤く湿った息を一つ吐き出して、ズキリと蠢いた傷の痛みに食いしばった歯の間から獣染みた呻きが漏れた。

 

 ブーン、ブーン、と素知らぬ顔で室外機は鳴り続けている。光の溢れる大通りの脇、薄暗く薄汚れた路地裏で──打ち棄てられたゴミ袋の上で、青年は死にかけていた。ビルの屋上の縁に留まった烏がヒュウヒュウと細く呼吸する人間を見下ろしている。

 人知れず、人の隣で人が死んでいる事など、実際のところ大して珍しい事ではない。一本細い道に入ればゴミやら何やらが道に散乱しているし、二本細い道に入れば壁や地面が欠けていたりする。人に限らず野良猫やネズミ、烏や鳩なんかも時々地面に転がっている。絢爛な表のすぐ傍で晒される荒廃に、けれど表を往く人間が目を向けることはない。見てしまったとして、直ぐに眼を逸らすのが常である。裏を往く人間たちは、日常の光景を一々気に掛けなどしない。

 だから──その時も、誰にも立ち止まられることなく看取られることなく、青年は死んでいくはずだった。

 身寄りのなく、半ば仕方なしに裏の世界を歩き、必死に生きてきた結果。薬物の受け渡しや恐喝恫喝、人殺しでも金になる仕事は大概引き受けた。それが、こんなところで落とし穴になった。否。いつかはこんなことにもなるだろうと予想はしていた。ただ、こんなにも不意だとは思っていなかった。交友関係の縺れとして依頼された殺しの実態が、暴力団の抗争兼自分たちの始末を考えられていたものだと、気付いたときには遅すぎた。アレは無事かと兄弟のように育った弟分を気にかけたところで自分もあちらも命は時間の問題である。

 

 ヒュ、とまた寒々しい音。大通りのネオンと騒音が煩わしい。視線を動かして見てもその先はぼんやりと霞んでしまっていた。瞬きに視界が暗転する時間はいつもより長く感じられる。そうして、次いで目蓋を開けた青年の視界に、大通りからこちらを見ている──立ち止まってこちらを見ている人影が映った。

 眉を顰める。何を見ているのかと。野垂れ死んでいく自分を面白がってでもいるのかと。青年の眼が人影を睨む。自分は、今こうして醜態を晒していると言えど、安穏と生きている人間たちを愉しませる見世物になる気など微塵もない。知らず、呼吸音も獣が敵を威嚇する際に発するようなものになる。

 砂利か何かの欠片を踏む音がして人影が動く。そいつは、あろうことか青年の方へ近付いてきたのだ。

 背は低くない。影は凹凸がなく、だぼっとしている。明らかにサイズの合っていない上着から伸びる足は細く、足取りと相俟って猫を彷彿とさせた。覗き込んでくる頭部はフードを被っている。顔の方は──周囲の薄暗さと、そもそも意識と共に霞かける視界によく見えないけれど、バイザーを付けていることはなんとか分かった。こてりと見た目だけは可愛らしく首を傾げながら自分を眺め回すそいつを、青年は注意深く視界に捉え続ける。

 好機が見えれば一発くらいは叩き込んでやろうと考えていた青年は、しかし一つ頷いてから小走りに自分から離れていったそいつの背中を見送ることしかできなかった。ふ、と息が吐かれる。一体何だったのか。ただの通りすがりか、あるいは、暴力団の偵察だとしたらいよいよ最後の夜になりそうだ。ろくな抵抗も出来ないまま嬲り殺される自身を想像して自嘲の笑みを漏らす。せめて夜を越せば、ここを離れてどこかでジッとしていれば、また世界で生きていくことが出来る。己の存在を世界に刻むことが出来る。それなのに──。こふこふ、と小さく咳き込んだ口端から赤が溢れていく。見上げた夜空には星の一つも見えなかった。

 カチャカチャ、と硝子の擦れ合う音が聞こえたのは青年が人影の背中を見送ってから数分後のことだった。もう随分と長く感じられる間、眠気に襲われていた目蓋を、青年はかろうじてこじ開ける。するとそこには先程の人影が、何か袋を提げて立っていた。

 そいつは青年の傍にしゃがみ込むと、袋をその足下に置いた。コツリと聞こえる硬い音とヒョロリと立つ影に、袋の中には何か瓶が入っているらしい。そうして、ごそごそ懐を探ったかと思うと、道で配られているような薄さの冊子を取り出した。広げた冊子に目を通しながらパラパラと捲る。影がかかりながら、薄らと見えた紙面にはポップなイラストとカラフルな文字が躍っていた。

 まさかと思えば、そのまさかだった。そいつは死にかけている青年へ手を差し伸べたのだ。脈を確認して、怪我の具合を見ていく。ガサガサと袋の中から取り出された瓶にはアルコール消毒液が入っているらしい。瓶を傾け、惜しみなく中身を傷口にかけていく。当然、剥き出しの血肉に沁みる消毒に青年の身体は反射的に逃げようとする。それを、白い手は、その細さにしてはしっかりと抑えつける。

 怪我の処置自体に慣れてはいないらしく、手当は目についたと思われる個所から適当に進められる。指の一本一本まで丁寧にガーゼや包帯が巻かれていく。

 

 不意にギャアギャアと頭上が騒がしくなった。バサバサと翼が空を打つ。抜け落ちた羽毛が静かに落ちてきて、二つの鳥影がそれらを追うように降りて来た。一つの影はぐったりと力無く、一つの影はそれを足で押さえつけ、まじまじと見下ろしている。そうして、頭部が動いたその時、ピュイ、と高く鋭い音が鳴った。鳥影が音のした方――青年の手当てをしている人影を見る。一旦手当の手を止めて、一回り小さな鳥を捕らえている、大きな鳥の方へ顔を向けたそいつは小さく首を横に振った。大きな鳥が、獲物を置いて人影の方へテットテットと歩いて来る。

 見上げてくる鳥を見つめ返し、今度は首を縦に振る。そんな遣り取りをして、鳥は二人を見ていられる近くの室外機に飛び乗った。

 

 不健康そうな指先が青年の腹部にかかっていた上着を退かす。穴や裂け目の出来たそこは、言うまでもなく赤に塗れている。他と同じように消毒液をかけ、そしてそいつは数秒何かを考えるような間を見せた。

 ゴミの上に投げ出されていた青年の上体が抱き起こされる。それなりに気遣ってはいるらしく、ゆっくりと起こされていく身体に青年の呼吸は震える。自分に凭れ掛からせるように青年の上体を起こしたそいつは、腹側にしたように背中側の傷口にもダバダバと瓶を傾けた。鉄錆びたにおいの呻き声が顔の下半分も隠すパーカーを湿らせる。微かに鼻腔を撫でた鉄と硝煙のにおいが自分のものなのか、体重を預けている者が引き連れているものなのか、その時の青年には判らなかった。

 ガーゼを当て、器用に包帯を胴部に巻いていけば、見た目は随分とマシになる。そして何の気まぐれか、そいつは着ていた上着を脱いで青年に羽織らせた。身体を少し離して青年の様子を確認し、満足そうに数度頷く。

 そいつが顔を大通りの方へ向けたかと思うと、室外機の上で二人を見ていた鳥がそいつの肩に飛び移る。足元に広がっていたガーゼの切れ端や瓶を袋の中に突っ込み、立ち去る準備が始められる。気力も限界に近い青年は、目の前で動く人影を途切れ途切れに見ることで精いっぱいだった。平時からお世辞にも良いとは言えない目つきが更に悪くなっている。睨み付けているようにも見える青年の視線に気付いた相手は、けれど怯む様子など欠片も無く、その頭を軽く撫でてから立ち上がった。

 大通りへ向かって歩いていく背中を追う。もうあの背中は、先程のように戻ってこないだろう。顔を合わせることも、おそらくもうないだろう。大通りへ出た途端、走って来た少年と思しき人影を抱きとめて視線を合わせている人影を最後に、青年の視界は暗転する。

 

 「――いた! おい!生きてるか!?」

追っ手を撒くために分かれて逃げた弟分の声が聞こえた。誰かに触られている感覚もしている。ああ自分はまだ生きているのか、と青年は温かい眠りの中で思った。

 ヒュ、と息が吹き返される時のような呼吸音がした。ふるりと震え、開かれる目蓋の奥から落ち着いた赤紫の瞳が現れる。それはぼんやりと世界を彷徨いかけ、すぐに自分を覗き込んでいる見慣れた顔を捉えた。

「良かった、生きてた……はー、ほんと、心配させんなよな……」

「お前……こそ、生きて……いたのか、」

顔だけでも青痣や擦り傷や切り傷が見受けられるも、自分ほど重傷ではないらしい弟分は、ぺたりと座り込んで気の抜けた顔をさらしていた。人気の無くなった路地裏で、青年は思わず小さな笑みをこぼす。時間帯故か、大通りの方からも人の気配はせず、青年たちの緊張の糸は確かに切れていた。

「にしても、ほんと運が良いぜ。オレもお前も。オレたちを利用しようとしてた暴力団もその相手のマフィアも、内部分裂だかスパイだかで壊滅ってンだから」

弟分の言葉に、なるほどトドメを刺さずに足早に去って行ったわけだと暴力団構成員たちを青年は思い出す。しかし同時に──タイミングが良過ぎではないかとも思う。

 まあ考えても仕方のないことでもある。天が自分に味方したならば、否、とかく自分に都合の良い展開になるのならばそれで良い。ぐ、と身体に力を入れ、青年は起き上がろうとする。あまり動くなだの何だのと顔を顰める弟分は、それでも肩を貸して青年の支えになった。以前、一度世話になった闇医者を思い出す。裏の世界に身を置きながら、飄々として患者を選ばない、解剖趣味のある医者。頭は足りて無さそうだが、ストッパーである助手が居てくれることを願う。弟分もまずどこに身を寄せるべきかは分かっているようで、せんせー起きてっかなー、と眠たげにぼやいていた。

 大通りに出るまでの距離が長く感じる。足を引きずり、ゆっくりと進みつつ、あの人影が残していった上着は冷え込んだコンクリートジャングルでありがたい。ネオンの灯りが眠りに就いた通りは閑散として足音の一つも聞こえてこない。

 ようやっと青年たちは路地裏から抜ける。薄紫色に、色を取り戻し始める世界はひどく冷たい。けれど、同時に、ビルとビルの間から見えた太陽は──世界へ歓迎するかのように二人を照らした。

 

 

 

 慣れた手つきで包帯を巻き、仕上げにペシンと負傷個所を叩く。今回も任務で四肢や胴に裂け目と幾つかの穴を開けた男は痛みに呻いた。

「何をする」

「お前こそ何をしているんだ。毎回毎回飽きもせずに」

ジロリと睨め付けられるも、相手は欠片も怯む様子無く、むしろ呆れたように返す。

「私は医者ではないんだぞ?」

「はは、今回集中砲火すごかったからなー。まぁそのおかげでオレはそんな怪我しなかったけど」

「盛大に被弾しといてドヤるな。っつーか、首領もそうだけど単機駆けはあんま良くないと思いますよ。こいつ待ってんのが焦れったくなるのは想像できますけど」

「お?お前いま喧嘩売った??喧嘩売ってくれたなオレに?? 買うぜ?買わせていただくぜ??」

二人の遣り取りに割って入った弟分は自分を手当てする青年とギャアギャアやり始め、その場は賑やかになる。年下たちの下らないやり取りに年上たちも毒気を抜かれて苦笑を浮かべた。

 あの頃に比べれば格段に良い生活環境。裏の世界に生きていることは変わらないが、十分人間らしい生活が出来ている。無様に死にかけたあの街に戻ることはもう無いだろう。賑やかな言い合いを背景に、服を着直しながら男はぼんやりと薄汚れたネオン街を思い出していた。連日の、日を跨ぐ作戦行動に、さすがに身体は疲労を感じていたのだ。作戦終了時にケロリとした顔で立っていた首領には殺意すら湧く。

「……副官殿はお疲れのようだな。報告は代わりにしておいてやろう。あぁもちろん、君の分も」

剣呑になっている男の目に気付いたらしい相手が、救急箱と共に書きかけの書類を手に立ち上がる。前線で頑張った君たちにサービスだ、と微笑まれた弟分は隠すことなく歓喜する。

 ごく自然に扉の方へ向かった青年は相手についていくらしい。手早く荷物をまとめた相手も扉の方へ行く。その時、思い出したように男の頭を軽く撫でた。流れるように、いつもの癖そのままと言った風に、頭部が撫でられていった。刹那呆然とする男の視界には、せがまれたのだろう、弟分の額に唇を落とす相手の姿と任務中でも見せない形相をした青年が流れていく。

 男は知っている気がした。物心ついたときには親など居らず、頭を優しく撫でられた記憶など無いのに──夜、眠る前の子供をあやすような手を、知っている気がした。

路地裏昔話
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