本編に掠りもしない( ˘ω˘ )
(二本目も)
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ばさりと色とりどりの小さなものが宙を舞った。それが花の花弁であることに、彼は気付くまで数秒を要した。
目の前に差し出された色、色、色。そしてふわりと漂う、ほのかに甘いにおい。バイザー奥でキュルリと広がったオプティックに映るのは言わずもがな、大小さまざまな花々だった。
それをどうするべきか、彼が演算を繰り返していると、視界を埋めていた色が揺れた。
「へへ。どうだ?綺麗だろ?」
花の山が退いたと思えば、代わりにひょこりと青年が顔を出した。未だ状況を把握し切れていない彼の正面で、悪戯が成功した子供のように、にんまりと満足そうに笑っている。柑子色のオプティックの光量が、いつもよりも強く感じられた。
「え――あ、あぁ……そう、だな……?」
ずい、と詰め寄る青年に引け腰になりながら、その楽しそうな顔と花を見比べた。得ていた情報と大差なく、見るからにやわらかそうな有機物は二つの機体に挟まれ、かたちを崩している。このまま潰れてしまいやしないかと――思って、思わず花を持っている青年の手を自分の両手で掴んだ。それは掴んだというよりも包んだ、という表現の方が近かった。
彼が自分の手に触れたとわかると、青年は掴んでいた花々の茎から手を放し、するりと彼の手の間から手を引き抜いた。手中の質量が一気に抜け、彼の手は青年が持っていた花を直接手にすることになる。想像していたよりも、意外としっかりとした――けれど彼らからすれば十分にやわいと言える――部位に、小さく息を吐く。
握りつぶしてしまわないよう、気を付けながら、両手の中の有機物を観察する。故郷には無かったもの。触感や匂いなど、追加の情報を書き加えながら眺める。植物としては一般的な造形をしているそれらは、けれど健気に可愛らしく見えて――小さく笑みがこぼれた。
そんな彼の様子に、青年も満足そうに口角を上げる。
「オレの手じゃそんだけしか持って来れなかったけどさ、まだあるんだぜ」
得意げな青年の言葉に顔が上がる。バイザーやマスクで表情が見えなくても、驚きと期待がその回路の中を駆け回っているだろうことは、なんとなく察せられた。
「ちょっと飛んだとこにあるんだ」
だから、と青年は彼の手に触れる。触れて、軽くその手を包んで、自分の方へそっと引き寄せた。
なだらかに拓けた場所を見下ろせる、小さな崖の上に降り立ったふたりを一陣の風が撫でていく。
眼下に広がる花々から目を離さないまま彼が口を開いた。
「――何故、私に?」
「へあ?」
「この花もそうだが……なぜ私をここへ連れて来たんだ?」
「なんで……って言われても、」
僅かに驚いたような、困ったような表情で青年は頬を掻く。対する彼の方は、いわゆる花畑から視線を外して、本当に不思議そうに青年の方へ顔を向けていた。
「こういうところへ連れてこられることの意味は、と考えてしまうのだが」
そうして、戸惑いがちに吐かれた言葉に答える青年の声は微かに震えた。
「……あんたは、あんたはどう考えた? こういうとこに、連れてくることの意味」
「それ、は――互いの距離を縮めるためとか、好意を持っているから、とか、」
あくまで客観的な観点から自分たちの状況を見る彼の言葉を聞いて、青年は知らず伏せがちになっていた顔をガバリと上げる。
「――っ、そう!そうだよ! わかってんじゃねぇか!」
「は?え? あ……? いや、その…………あまりひとを揶揄うものじゃない、ぞ?」
「からかってなんかねぇよ!」
瞬間、ガシャリと金属が擦れ合い、倒れる音。
不意の出来事に流されるまま背を地面に預けることになった彼は、自分をそうした張本人を見上げる。顔の側には青年の手。両膝と片腕で機体を支え、平生では有り得ない――こちらを見下ろしている青年を、彼は半ば呆然と見ていた。
その手にあった花は周りの地面や機体の上に散らばってしまっている。
翳り、けれどオプティックは鮮やかに見えているその顔は、心なしか紅潮しているように見えた。
「オレは!あんたのことが!」
やけくそのように叫びながら青年は彼の胸部に頭を預ける。カツ、と硬質な音。
あぁ、伝わった。伝えられた、と青年は抱えていた想いを言い切ってひとまず安堵する。言い切った恐怖が無いわけではないが、何も伝えずに終わるよりはマシだと。
そんなことを考えながら、彼の機体の中で忙しなく動く機関の音に耳を傾けていた青年は、自分の下の機体がピタリと停まっていることに、たっぷり数十秒は経ってから気付くのだった。
抱えきれないほどの花をあなたに
(ノイメイくんのスペック:?に想いを馳せた結果)
(チートなふいんきのノイメイくんがとびだしてきた!)
暗い・破損描写有
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それは戯れにした宣言だった。否、戯れ半分本気半分だったように思う。
兎に角、確かに言ったのだ。綺麗でとても戦闘に向いている機体には見えなかったから――守ってやるよ、と言ったのだ。
実際のところはと言えば、守られるなんてものとは程遠い手練れであり、むしろ何度か守られたような。
だから、彼は目の前の光景を、未だ信じられずにいた。丸く大きく開かれたオプティック。愕然として薄く開かれた口からは意味の無い音がこぼれ落ちていく。機体が破損した痛みや違和感など、眼前の光景に比べれば些事と言えた。
呆けたように自分たちを見詰めている機体を見詰め返して、そいつは肩を揺らした。
「どうしたァ? あぁ、そういやお前、守るとかなんとか言ってたっけ? なぁ、守れなかったなァ?」
フェイスパーツが無いにも関わらず、意地の悪い表情を浮かべているのだろうと、無いはずの表情が窺える。損傷の激しい紺藍の機体を抱いてこちらを見下ろす姿には、余裕があった。
余裕があるはずである。不意打ち――奇襲とは言え、場数を踏んだ機体二機を叩き伏せた力は圧倒的だった。己と言う機体を熟知している動き方であった。機能停止に陥らない程度に彼を負傷させ、動けなくなったその目の前で見せつけるようにもう一機を機能停止させた手際の、鮮やかさ。
そして、それはそれは愉快そうだった声音を一転、冷え切ったものにして、そいつは彼に言う。
「俺は、俺たちは、まだやらなくちゃならないことがあるんだよ」
「なに……なに、言って……ぐぅッ」
ガタつく機体を無理に動かせば、ゴボゴボ、とオイルが口から溢れた。そんな彼には目もくれず、死には至らずとも機能停止に陥っている機体を、そうした張本人は大切そうに抱いている。
「だからこんなところで油売ってるわけにはいかねぇのさ」
忌々しそうに――何故か本当に忌々しそうに彼の方を見て、そいつは吐き捨てるように言った。
彼はだらりと力なく垂れた紺藍の腕に手を伸ばす。けれどもちろん届くことはない。エネルギー残量が減り、視界の維持も難しくなってくる。ぼやけ、縁の方から暗んでいく。運動機能も徐々に停止していっているらしく、四肢が重く、動かせなくなっている。それでも、少しでも二機に近付こうと、ずるずると這って進む。
「――やっぱ最初から動けねぇようにしとくべきだったかな」
その姿すら気に食わないらしく、しかし既に放っておいても勝手に停まることは解っているようで――両手が塞がっていることもあり――眺めるだけに留まる。
「……じゃあな。また会うことも、あるだろうが」
そして、背を向けて去ろうとする機体の言葉に、閉じかかっていたオプティックが今一度強い光を灯す。
「次また会っても、サウンドウェーブがお前を憶えてることはないだろうよ」
「なん――ッ、何言ってんだテメェっ! ぐあ……ッ、クソ、待て!待……て!」
がばりと顔が上がり、もう振り返りもせずに遠ざかって行く機体の背に手を伸ばす。意味の無いことだとは解っていても、そうせずにはいられなかった。別れの言葉も交わせずに、共にあたたかな時間を重ねた機体が去っていく。守りたかったものが、痛々しい姿で攫われていく。オイルが絡み、ノイズが混じった声で、彼は悪態を吐いた。
とうとう地面に倒れ伏したその視界に紺藍色の欠片が入る。残された力を振り絞って、手の平にすっぽり収まってしまう小さな欠片に手を伸ばした。そうして、ようやっと触れられた紺藍をギュッと握りしめて、今度こそ動くことをやめる。
たぶんこの後上司に見つかって、すごく叱られるのだろう。けれど、そんなことよりも、ただ守れなかった約束と機体のことだけが彼の胸を貫いていた。
貴方をナイト気取りで守ると言った僕は