貴女の痛みをすべて請け負えたらいいのに。傷の手当てをしながらぽつりと零された言葉に、瑠璃は細められる。何だそれは、と。穏やかに閉じられた梔子は困ったような弧を描いている。別にこれくらいなんともないぞと、瑠璃は言うけれど、それでもその華奢なからだに痛々しい傷など、似合わないと。
(痛みなど、)
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前世からの付き合いというものだと、あの姉妹は手を繋いでいた。では自分たちは如何なのだろうと、ふと思った。自分たちには前世からの繋がりがあるのだろうかと。もし、それがあるのなら、それはとても素敵なことだと思う。何度生まれ変わったって同じ相手に同じ想いを抱き続けるなんて浪漫的な。
(何度生まれ変わっても)
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ポカンと大きく丸い瑠璃とゆるりと弧を描いた梔子。一拍置いて、どうして此処に居るんだと言うお叱りの声。その声に僅かにからだを震わせたものは、だって貴女のことが気になってしまってなんて萎らしい言葉をぽそりと吐く。その様子にハの字に眉を下げて頬を掻く。まぁしかし、互いの反応は予想通り。
(わかりやすい)
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結局、いつもこうなってしまうのだ。結局いつも通り絆されて流されて愚駄愚駄としてしまう。これは由々しきことだと、重々承知していることだけれど、あの声に瞳に腕に温もりに身を委ねてしまう。いいじゃあないですか、なんてあの笑顔で言われたら。よく出来てしまった二番艦だと、一番艦は苦笑する。
(可愛い妹)
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視界が滲む。痛い。痛い、と。負傷したのだと、理解する。けれどこれで、この程度で大切な、守るべきものが守られるなら、安いものだ。戦火に晒してはならない。こんな世界を、それが意義で役割だとしても、見せたくないと思うのが年長者というものだ。そう信じて、気高い姉は凛と敵の前に立ち塞がる。
(痛覚)
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静かな、穏やかな北の海が騒めいた気が、した。空が泣き、海が叫んだような気配。また何処かで何処かの艦が沈んだのだろうか。まだ幼いものはその梔子の瞳を瞬かせて、与えられた任務に戻る。そうして愛する姉の悲報が届くのは遠くない未来。その時にあの機微を思い出すのか否か。それは、わからない。
(嫌な予感)
後ろから音も無く忍び寄ってきた白い影は目の前の獲物に襲い掛かる。跳ね上がる肩と幸せそうな表情。ぎゅうぎゅう抱擁されている華奢な矮躯はその声音と共に強張っている。答える声は密着する感触と共にやわらかく。耳元で甘く囁かれる言葉は愛の告白にもよく似ていて。染まっていく白に笑みは深まる。
(一緒に居たいの)
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ほたほたと白い光は落ちる。吐き出す息も白く。暗闇が静かに横たわる世界に添えられる白光は温もりさえ感じさせる。ぼんやりと佇んでいたその横に、気付けば白を纏ったものが立っていた。そっと引き寄せ、少しでも熱を共有しようとする。抵抗されることは無い。まるで恋人のような影がひとつ生まれた。
(寒い夜)
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机が悲鳴を上げる。その外見に見合わない力を持って机に暴行を働いたものは怪我をしているというのに報せを持って来た者の胸倉を力任せに掴んで引き寄せる。鼻筋に眉間に皺を寄せ、それこそ牙を剥いて詰め寄る。隣のものも、信じられないという表情をしている。嗚呼しかし。それは事実なのだと、伝う。
(嘘であって欲しい)
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相反する感情はからだの奥底で炎のように這いずり、内側を凍りつかせていく。無垢なままで在って欲しいと言う欲望と、早く汚れて此処まで堕ちてきて欲しいと言う欲望。願望にも似ているふたつは白いからだの内側でぐるぐると混ざり合って、しかし溶け合うことは無い。嗚呼どうしたものかと、胸を掻く。
(相反する)
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死ぬのならば、幸せな時に終わってしまった方が、それが至上の幸福だと、誰かが言っていたのを白を纏ったものは思い出した。傍らには愛しい、敬うべき年下のもの。次に会えるかどうかはもちろんわからない。これが最後になるかもしれない。だから思うのだ。いっそのこと、此処で共に終わりましょうと。
(一緒に死んでしまおうか)
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同盟国には海と結婚する都市があるらしい。面白いものだと目を丸くしたものを愛しく思っている白は、それならばと提案する。わたしと結婚でもしてみますかと。もちろんそれはただのごっこ遊び。指輪の代わりに手袋を交換して、ふたりだけが知っている秘密の遊び。そうしてふたりは仮初の夫婦となった。
(幸せなごっこ遊び)
貴女が居なければ駄目なのだと、動くことすら儘ならなくなった妹は言った。姉とて、この可愛い唯一の妹と離れたくなどなかった。けれど、仕方なかった。生まれたばかりの頃のように妹をあやして、姉はひとり北の海へ発った。あの時に濡れた頬は、どちらのものだっただろうと、白を纏う姉は頬に触れた。
(泣いた姉妹)
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手を取り合って何処まで行けば、静かに、幸せに、なれるのだろうと、姉は言う。白い手袋の、その下には幾つもの砲火を掻い潜った手がある。優しく撫ぜられる手。触れ合う手。憂いを帯びた姉の表情に――否、そうでなくても、妹の答えは最初から決まっている。貴女となら、何処まででも行きますよ、と。
(どこまでだって)
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声がする。幕は降り、役者はいないのに。もう一度、もう一度、と繰り返し誰かの声がする。聴いたことがあるような、どこか懐かしいような声。応えようと、まず指に力を込めてみる。感覚がある。誰かの手に触れる。触れ合い慣れたかたち。大丈夫。ふたりはいつだって一緒だった。さぁ、もう一度舞台に。
(再演要求)
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その姉妹は仲睦まじいと評判だった。姉は妹を大切に愛していたし、妹は姉を尊敬し敬愛していた。互いを尊重し、想いあう。その姿は姉妹と言うよりも恋人の姿に見えた。また、周囲がそうふたりを表現しても嫌がるどころか面映ゆそうな表情をするのだ。まるで互いに互いは必要不可欠だと言わんばかりに。
(噛み合う形は)
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その姉妹は、思えば最初から何処か歪だった。外見の話ではなく、その内面。身内に向けられる身内以上の感情。それが互いに向けられていて、尚且つ受容されているという事実。それなのに想いを伝えることなく分たれたふたり。最初から。次もきっと最初からそうなのだろう。やり直しではない、やり直し。
(幾度目かの始まり)
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欲しいものは何だと訊かれたら、おそらく、間違いなく、相手が欲しいと言うのだろう。彼女たちはそういうものだった。面と向かって、やわらかな微笑を浮かべて、左胸に手を置いて、頂戴と囁くのだろう。囁いて、喜んで差し出すのだろう。これであなたはわたしのもの、と言う言葉を添えて、幸せそうに。
(ぎぶ、みー、ゆあはーと)