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お題ひねり出してみた(https://shindanmaker.com/392860)さんから

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璃本のハンソドへのお題は『ねえ、好きだって知ってた?』です。

 

ハンターの指先が前を往こうとした先達の指を捉える。カクン、と引き留められる感覚に、先達は小さな疑問符を浮かべて立ち止まった。

「いかがした。」

小さな子供のように自分を引き留めたハンターを振り返り訊く。当のハンターは相変わらず無口で、こちらを向くばかりであった。

けれど、その様子はどこか落ち着かないようだった。微かに頭が動いている。おそらく頭部装備の中では視線があっちへこっちへしているのだろう。何かを言うべきか、言わざるべきかを迷っているような──。

「……青き星よ、」

いかがした、ともう一度、促すように先達は若いハンターへ訊いてやる。

「……先生、」

そうしてようやくハンターは口を開いた。捉えた指にキュッと力を込めて、意を決したように先達を真っ直ぐ見詰める。

「先生、俺は、貴方が好きです」

真っ直ぐ見詰め、その真っ正面からハンターは先達へ想いを告げた。今度は先達の視線が微かに彷徨う番だった。

ねえ、俺が貴方を好きだって、知っていましたか。とハンターが囁く。距離は変わっていない、指が絡められただけの繋がりだと言うのに、逃げられない。おそらくハンターが、先達を逃がさない覚悟で告げたからだろう。それを悟り、先達もまた覚悟を決める。

その答えは、青い星だけが聞いていた。

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二人のキス診断(https://shindanmaker.com/602178)さんから

キスの日でした( ˘ω˘ )

 

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ハンターさんは先生の両方の内腿にキスしました。嫌がって暴れても許しませんでした。

 

腰部の防具を外し、脚部の防具も多くを剥ぐ。そうして立てさせた両脚の間から相手を見遣れば、その手はシーツを握り締めていた。そんな様子にやや眉尻を下げながらも、しかし狩人は露わにした相手の内腿へ顔を寄せる。

「──待、」

外から帰ったそのままであるのに、と狩人の頭へ手が伸ばされる。

けれどその制止が意味を成すことは無く、ちゅ、と狩人の薄い唇が内腿に吸い付く感覚が訪れた。

ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音が脚の間から聞こえ、思わず狩人を振り払おうと脚が跳ねる。けれど調査の最前線に立つ若者に純粋な力で勝れるはずもなく、脚は暴れないようしっかりと押さえ付けられる。

「ぅ、ふぅ──ッ、んッ!」

ぢゅっ、と躾だとでも言うかのように肌を強く吸われ、ビクンと脚が揺れる。ガッチリと相手の脚を押さえ付けた狩人がチラと上目で見た。眼帯状の防具に覆われていない方の眼が獲物を捉える。静かに、けれど確かに熱色の浮かぶ眼で見られ、ずくりと散々愛された奥が騒ぐ。

そんな様子を嗅ぎ取ったのだろう。残した鬱血痕をべろりと舐め、狩人はもう片方の脚へ顔を寄せた。果実でも舐り、囓るように脚が食まれる。チラと覗く白い歯と赤い舌。食われている。誘われている。と、哀れな獲物は目蓋を閉じた。

逃げたのは幸福と快楽から。拒んだのは止められなくなるだろうから。

ああけれど。どうやらそれは無駄な労力だったらしい。今日こそは流されまいと思っていたのに。

「…………、手柔らかに、頼む」

視線を逸らし、辛うじてそれだけ呟けば、狩人はわかりやすく空気を和らげた。そして頭に乗せられたままだった手をとり、指先に触れるだけの口付けを落としたのだった。

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滅多に喋らないハンターさんは獣っぽくてヨキカナ…(´◡`)って感じの なってるといいなー?_(:3 」∠)_

 

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いつも通り拠点へ帰還したハンターは、いつも通り「先生」の元へ向かう。けれどその日、いつもと違うことがあった。ハンターが、拠点の正門横のアイテムボックスから一振りの太刀を持ち出したことだ。仄かに青を乗せる深緋に細く山吹の奔る太刀。

それを持ち、ハンターは先生の元へ向かう。表情も雰囲気もいつも通り。だのに、先生の前に辿り着くとハンターは、やはり常と異なる動きをした。先生の、その前に膝をついたのだ。近くに居た総司令や指南役が何事かと視線を向ける。通りかかった他の狩人も、立ち止まった。

彼らの視線を気にも留めず、ハンターはそしてその太刀を恭しく先生へ差し出した。

「──これは、」

見れば判る。対すれば解る。これは、炎龍の素材から作られる一振りであると、先達は息を呑む。そうして、そんな業物を何の躊躇いもなく己へ差し出す若者を、見た。

見て、その眼の静謐と、その奥底に揺れる灼熱を、覗いてしまった。

ハンターが片手を太刀から先達の手へ伸ばす。旧い防具に守られた手を取り、指先へ口付け頭を垂れる。それは誰が見ても敬愛と思慕と恋慕を表すものだった。無論、先達にもそれは伝わっただろう。

「某は──、」

口を開いた先達に、ハンターが顔を上げる。真っ直ぐに向けられる感情に、思わず言葉が詰まる。しかし言葉などそもそも要らないのだろう。現にこの「青い星」は平生から滅多に声と言うものを発さない。だからつまり、答えるにも言葉は不要なのだ。

この太刀を、受け取るか否か──。それだけなのだ。

フ、と先達が笑う。わざわざ炎王龍の太刀を拵えてくるなど。そんなことをせずとも、自分は相手の気持ちに応えられるほど、普段から相手の姿を追ってしまっていると言うのに。それでも自分から動かなかったのは──

まさか想いが同じだとは思っていなかったから。自分などで良いのだろうか。良いと目の前の眼が言っている。ならば応えぬ道理は無いだろう。

そうして拠点の「先生」は拠点の「青い星」から紅爆の太刀を受け入れたのだ。

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手負いの獣みたいなハンターさんを落ち着かせる先生的な小ネタを受信してたので回収。ハンソド。
ちょっとリハビリちっく_(:3」∠)_

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 気配がした。爆ぜる炎のような、鋭利に突き立った棘のような気配。けれどそこに敵意や殺意は無い。コツコツとも、ゴツゴツともつかない足音が、忙しなく近付いて来る。さて、と。穏やかな陽射しに目蓋を閉じていた狩人は、ゆるり、と目蓋を開けた。
 流通エリアにいる調査員たちも、何事かと件の気配――もとい、足音の主を見遣る。それは、空から来た5期団。調査団の白い追い風。調査団の青い星。そんな風に呼ばれているハンターが、荒々しい足音をさせている。回復薬の類を使っていないのだろうか、大小様々な傷や汚れが、防具に見えた。ハンターの後を追うオトモは、どこか呆れたような顔。プーギーは、ハンターの気配に怯えてしまったのか、途中までは後ろをついて来ていたけれど、結局調査班リーダーの足元に避難していた。
 ガチャガチャと装備を鳴らして、5期団の狩人は1期団の狩人の元へ辿り着く。防具の奥から、ギラギラとした眼が、狩人を見下ろしている。あぁ、呼ばれている、と、狩人は思った。

 今日も今日とて、大きな机の上に資料を広げている総司令へ、チラと伺いを立てる。総司令は、自分の方へ寄越された同期の視線に、首を縦に振った。横に振れば、血に飢えた獣が野放しになるような気がしたからだった。それに、「旦那さん」のためにその足元でペコリと頭を下げるオトモの姿を、見てしまっていた。
 そうして狩人は椅子から立ち上がり、年下の狩人に手を引かれて、居住エリアへと消えていく。戦々恐々、興味津々、を半分ずつに成り行きを見守っていた調査員たちが、ふぅ、と詰めていた息を吐いた。
 居住エリアの、一等マイハウスの一室。防具越しでも、圧を感じる程度の力で掴まれた腕を引かれて、狩人は青い星が借りているマイハウスにやってきた。そして、マイハウスへ辿り着いた途端に、掴まれていた腕がグイと引っ張られて、気付いた時には抱きすくめられていた。

 そんな人間2人の遣り取り――と言うよりも、特に、片方の雰囲気のせいだろうけれど――に、ルームサービスが静かに退室する。パタリ、と閉じられた扉に、人間たちは気付かなかった。
 泥と、汗と、鉄のにおい。何かをこらえるように震えている呼吸は、手負いの獣のよう。じりじりと押された先で寝台に足を取られ、その上にボスリと倒れ込む。覆い被さる影に、喰われているようだ、と狩人は思った。
「……致すか」
「――、……、…………せん、せ、に、ひどいこと、したくない、です、」
「……そうか」
そうした方が、早く楽になれるのではないか、と狩人は訊いたけれど、相手は首を横に振った。少しの間、迷うような気配がしたけれど、結局相手は首を横に振ったのだ。くぐもった声は、獣の唸り声にも聞こえて――ぐるる、と喉が鳴る音を聞いた気がした。
 とん、とん、とゆっくり背を叩く。それはむずがる赤子を眠りに誘うような動きだった。

 けれど、それで、荒く忙しなかった若い狩人の呼吸は、次第に落ち着いていった。狩人の、落ち着いた呼吸に重なるように、間隔が伸びていく。同時に、キツく込められていた抱擁の力も、緩められていく。

 やがて、すぅ、すぅ、と穏やかな寝息が聞こえはじめる。ようやく落ち着けたらしい。

 狩人は小さく息を吐いた。ふと、意識を外に向けると、空に青白い月が浮かんでいた。
 体温を分け合う夜が明けていく。


青天狼々星に吠ゆ(よぞらをはしるけもの)

 次の日の朝、青い星のマイハウスにルームサービスとオトモが帰って来る。昨夜は気を利かせたけれど、それは日が昇って少しするまでである。そうでもしないと、旦那さんこと青い星が、怪我をそのまま自然治癒に任せ(ほうちし)かねないからである。

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 灯りを減らした二等マイハウスに数人のハンターたちが集まっていた。
 ぼそぼそと喋る声。ごくりと息を呑む音。樹々の梢を揺らしていくそよ風のような、微かな音が薄暗い二等マイハウスにポツポツと落ちていた。
 「――ずっと傍に居たはずのオトモが、急にフッと消えた……と思ったら足元にいたんだよ。見間違いだったのかな、と思わないことも無い……けど、確かにあの時オトモは一瞬消えて、現れたんだ……。そう、まるでよく晴れた荒地の砂上に、陽炎が揺れるみたいに……!」
 「……あの時、確かに隠れ身の装衣を着ていた……着ていたんだ……それなのに、ジャグラスたちは迷うことなく俺の方に近付いて来て――!」
 「龍結晶の溶岩地帯で、マグマが噴出するエリアがあるだろ? で、噴火の時、周囲がグラグラグラグラ揺れるだろ? でも、あの時はしーんとしてた……静かに、静かで……でも、マグマだけは轟々といつも通りに噴き出しててさ……」
 「レア6の装飾品とちょっと奮発してレア8の装飾品を使ってマカ錬金したら……全部レア5になって帰って来たんだ……」
 誰かが喋る度、誰かが息を呑み、あるいは小さな悲鳴をあげる。
 今日――今宵、彼らが集まったのは、つまりそういうことなのだ。
 最近夜も暑くなってきたから、怖い話で涼をとろう、と。
 そうしてまた、誰かが語り始める。
 「……どこからともなくピヨピヨ、ピヨピヨ、って聞こえて来るんだ。そう、ピヨピヨって……あのフワフワクイナの鳴き声さ。それが、どこかから聞こえて来るんだ。だから、周りを探すだろ? よく探す。あの可愛い白毛玉がいないかって……でも、探すうちに思ったんだ。おかしくないか?って」
 灯り代わりの導蟲が呼吸するように明滅する。
 「だってフワフワクイナだぜ? 大型モンスターはもちろん、ヒトの姿を見たらすぐにどこかへ身を潜めて静かに危機をやり過ごす、幻の環境生物。それなのに、どうしてまだ鳴き声が聞こえているんだ? まさか、と思った。まさかと思って、鳴き声が聞こえてくる辺りに捕獲ネットを発射してみたんだ。でも、何も捕まえられなかった。でも、鳴き声は聞こえ続けてる。何度も何度も何度も、捕獲ネットを撃ってみたけど、何もネットには入ってない。鳴き声だけがその場に――」
 「声だけが取り残されたな。あるいは――見えぬ姿を持つだけであったか」
 語り手とは別の声が降った。
 「彼の白き鳥は果たして己が声を置き去りにしたことを気付いているのか否か――白き鳥の声は何故白き鳥から離れたのか……なんとも、不可思議な話よ」
 「先生!」
 ハンターたちが振り返ると、二等マイハウスの入口に旧レイア装備のハンター――ソードマスターが立っていた。防具と同じ雌火竜の素材で鍛えられた太刀を手に携えている姿を見るに、仮眠しに来たのだろう。
 後輩たちが解散しようとするのを制して、自分に気を遣わず続けることをソードマスターは勧める。
 そんな先輩の言に、まだまだ夜を楽しみたい後輩たちは、それではお言葉に甘えて、とそれぞれ座り直す。
 後輩たちの交流に微笑を溢しながら彼らの先輩は寝台の一つに寝転がる。先輩のマイペースな姿に、後輩たちもまた目元が緩む。けれど――一人のハンターが、気付いてしまう。先輩が眠る寝台の向こう側に何かがいることに。
 そこには、寝台とソードマスターを挟んでこちらを見つめる、大きな猫の眼が――。

+++

 ガシャ、ガシャ、と音がする。
 聞き覚えのある音だ。
 防具に使われた金属や、モンスターの素材が擦れ合う音。
 聞き慣れた音だ。
 誰かが近付いてきているのだ。
 会話のできる狩りびとだろうか。それとも、また狩りびと同士で戦うことになるのだろうか。
 期待半分、諦め半分で、狩りびとは足音の主を待つ。
 待つだけでなく、注意深く近付いていく。
 そうして見えた足音の主は――。
 一閃。
 腰溜めに携えられていたのは、褪せた翠色の鞘を持つ太刀だった。
 太刀を振るっていたのは、傷だらけでボロボロな、銀と翠の――旧い、現大陸仕様の防具。
 けれど、チラリと見えた頭部は防具ではなく、使猫たちが集まり、固まっているように見えた。
 あぁ、あぁ。何故。
 防具を貫いて身を襲う痛みと熱、飛び散る赤を視界に入れながら狩りびとは思う。
 何故、その姿で。何故その得物で。何故自分を斬る――。
 これはなんだ。あのひとに似ている。どうしてあのひとに似ている。どうしてこんなところに居る。
 使猫たちが曳く荷車の音を聞きながら、狩りびとの中には疑問と困惑ばかりが渦巻いていた。

 「よく帰った、狩りびとよ」
 拠点に戻った狩りびとを、現大陸仕様の、旧レイア装備を纏った「先生」が出迎える。
 大小の疵は見受けられても、ボロボロだとは言えない、むしろ美しい装備。
 狩り場で遭遇した「アレ」とは違う。このひとは「アレ」ではない。
 分かっている。分かっているけれど――。
 目の前の「先生」を見る度、狩り場の「アレ」を思い出す度、二人の共通点が眼についてしまう。
 そんな狩りびとを余所に、自身を見つめる狩りびとを「先生」は静かに待っている。
 静かに、疵の付いた旧レイアヘルムが狩りびとを見つめている。

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あいすぼーん楽しみ過ぎてヤバいッスね(ヤバい)

青い星は問題児。
重ね着は不思議の塊。

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 ちむ、ちむちむ、と口付けにも満たないリップ音。
 それは司令エリアの片隅、平時1期団の老狩人が椅子に腰を下ろしている辺りからしていた。
 5期団の推薦組、その中でも今や青い星と呼ばれるハンターが、1期団の老狩人に懐いていることは周知の事実である。
 そしてその「好意」が、いわゆる恋慕とか慕情とかであることもまた。
 だから、まあ、その5期団のハンターが1期団の老狩人――の防具の上――に唇を落としていること自体は、分からないでもないことなのである。
 椅子に腰かけている老狩人の顔――頭部防具――を両手で包み、やや上を向かせたそこに、覗き込むようにして何度も口付けている、まだ若いと言えるハンター。
 額、目蓋、鼻筋、頬、唇。撫でるように口付けて、そのまま首筋に擦り寄る動きはさながら動物のマーキングのよう。
 まあ、微笑ましい――微笑ましい?日常の風景であった。
 けれどやはりそこは司令エリアと言う、人の目のある屋外。すべての調査員が温かな目で見過ごしてくれるというわけにはいかないものだった。
 「……青き星よ、」
 「?」
 老狩人の額――頭部防具――に自身の額を擦り寄せていた若いハンターの動きが、老狩人に呼ばれたことで停まる。
 きょとんとして見える目が、老狩人に言葉の続きを訊く。
 「青き星よ、その、総司令が、見ている……」
 惜しみなく自身に愛情を示してくれていた若いハンターに、老狩人は静かに答えた。
 老狩人の言葉に、若いハンターの視線が、司令エリアの中央――大きなテーブルで今日も多くの資料を広げている総司令に向けられる。
 総司令はなんとも言えない顔で若いハンターと同期――老狩人――の方を見ていた。
 いつも隣にいる指南役は、研究基地へおつかいに行ったのだったか。
 若いハンターは自分たちを見ている総司令の言わんとすることが薄々察せていた。
 けれど、老狩人はそうではなかったらしい。
 「そなたに、何か託したい任務があるのでは?」
 老狩人がそう言った瞬間、総司令の顔が盛大に苦虫を噛み潰した時のそれになった。
 「……」
 若いハンターは自分を見上げる老狩人を見て、総司令の方を見て、また老狩人を見る。
 それからこくりと頷いて、もう一度老狩人の額――頭部防具――に、ちむ、と唇を落とし、総司令の元へと向かう。
 老狩人の前から、若いハンターが去っていく――その手を、老狩人の手が掴んで引き留めた。
 「……」
 その行動に、老狩人自身も驚いているようだった。
 数秒の間、若いハンターと老狩人は見つめ合う。
 「……怪我の無きよう、戻れ」
 ようやっと、それだけを呟いて、老狩人は掴んでいた手の指先を、自身の口元に運んでから放す。
 フワフワクイナも驚く軽やかな足取りで寄って来たアイルーフェイクに、総司令の顔が更に顰められたのは、言うまでもない。

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璃本のハンソドのお話は 「花なんか別に好きじゃなかった」で始まり「そうして何事も無かったかのように振舞った」で終わります。

#こんなお話いかがですか (こんなお話いかがですか/https://shindanmaker.com/804548 さんから

いつぞやのものをサルベージ(ついったーの下書き欄から)

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「花なんか別に好きじゃなかった」

 いつかクエストから帰った青い星は花を持っていた。相も変わらぬ、緩やかな無表情のまま、可憐な花を手にしていた。そしてそれを、いつものようにいつもの場所に座っている先達に差し出した。

 少々の驚きを見せながらも、その先達は後輩の花を受け取った。

 偶々それを見ていた調査員が青い星に訊いたのだ。花が好きなのか、と。

 狩人にする贈り物ならば、他にも品はあったはずだ。

 けれど青い星は調査員の問いに、特別好きではない、と答えたのだ。調査員は首を傾げた。そんな調査員を余所に、問いに答えた青い星は言葉を続けた。

 好きな人に贈るなら、まずは花が良いと聞いた、と。

 それは紛れもない愛の言葉で、先程のあれは紛れもない愛の行為だった。

 調査員が目を丸くする。だって青い星が。あの青い星が──。それも、先生を──。

 よく見れば、その若い狩人の耳は仄かに赤くなっている。緩やかな無表情と少し赤い耳。

 けれど、たぶん、本人はその耳の熱さの理由に気付いていない。したいからした。けれど慣れないことに対する緊張と気恥ずかしさ。存外、この狩人は鈍感なのかも知れない。

 そうか、と調査員は小さく笑った。そうだ、と青い星は頷いた。

 そして、そこで会話は終わる。それは拠点の片隅で在った、短い話。調査員にはまだ訊きたいこと、確かめたいことが、無いわけではなかったけれど──。青い星の背は既に居住区の奥へ向かっていた。調査員も、自室へ向かって歩き出す。

 ふたりは、そうして何事も無かったかのように振る舞った。

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SS「ゆびさきだけでは伝えきれないの」没文もとい初期文

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 見るもの聞くもの触れるもの、すべてがことごとく新鮮に思える新大陸で唯一、その人は馴染みのある姿形をしていた。だから最初は、ほんとうに、はじめは、ただの興味と郷愁からその人の前に立ったのだ。

 翳ったことで誰かが目の前に立ったと気づいたのだろう、ゆるりと使い込まれたヘルムが上を向く。そして「よく来た。」と簡素ながら穏やかな労いの言葉がかけられる。

 しかし、それだけとも言えた。結果的にとは言え、他の調査員たちとは別のルートで新大陸に上陸した5期団は、たどり着いた拠点でさっそくそのことを数人の調査員に揶揄され多少話題の種になっていた。だから少し期待したのだ。この、見るからに只者ではない佇まいの調査員が、自分のことを少しくらい気にしてはいやしないかと。

 「……」

あまりにあっさりとした、ごく「普通の」反応に5期団の調査員は内心肩を落とした。この調査員にとって、自分も他の調査員も同じ立ち位置――後輩――に過ぎないのだと。あるいは荷下ろしや人員の受け入れに当たっていて自分の話を耳にしていないのだろうか、と。それは新入り故の微笑ましい傲慢でもあった。

「そなたも新しき装いか。」

ぽつねんと目の前に立ち呆けたままの新入りに何を思ったのか、調査員は次いでそんなことを言った。やはり調査員の装備は現大陸の装備のままであるらしい。5期団の調査員はこくりと頷いた。現大陸から持ち込みを許された装備は、新大陸目前で起きたあの騒動でほとんどが海の藻屑か役立たずと化しただろう。出航直前に受け取り、まだ穏やかな船旅であった頃に着替えたこの装備は、新大陸の仕様で仕立てられたものだった。

 少し離れたところから自分を呼ぶ声が飛んできて、5期団と旧装備の調査員はそちらに目をやった。滝の前に設けられたリフトの辺りで、編纂者である少女と調査班のリーダーであるらしい青年が手を振っていた。

 そういえば拠点を案内されている途中だった、と5期団は思い出す。調査員の方を見れば、目の前の後輩の状況を察したのだろう、うむうむと小さく頷く姿。

 新入りは調査員に一礼をしてその場を後にする。その時に後ろから小さな溜息と共に聞こえてきた「慌ただし」という調査員の言葉に、自分はこの新大陸においてまだ何者でもないのだと思った。

 あの調査員に認められれば、ここで自分は何かに――たとえば一人前のハンターに?――なれるような気がした。

 

 新大陸に渡って数日。されど目まぐるしい調査の中であの調査員について多少分かったことがあった。面倒見がいいと言うか、良い人なのだ。4期団の調査員曰く、5期団以前の調査員――特にハンター――たちへの指南を請け負っていたらしい。そしてそのことと活動歴に違わぬ実力から「先生」と呼ばれていること。自分たち5期団とは直接的に関わることがなく、件の実力――立ち回り――を目にすることができないのが至極惜しい。折を見てフィールドワークへの同行を申し出てみようと思うも、先約や任務に阻まれてしまう。だから4期団の調査員や他の同期から「先生」の話を聞くと、自分が彼と同じ狩り場に立つのは何時になるのだろう――などと思うのだ。

 しかし元より「推薦組」として渡航してきた5期団のことを、件の調査員――1期団の先生は把握しているようだった。上陸後に開かれた、顔合わせを兼ねた会議よりも小規模ながら、日々開かれている小会議で報告に挙がるためである。見たことの無い巨大な痕跡と気の立ったプケプケの調査、大蟻塚の荒地ではぐれた学者の保護など、度々話題に昇る調査員がよく顔を見せに来るあの5期団のハンターであると、1期団の狩人が認識するのにさして時間はかからなかった。同時に、あのハンターの活動量――調査団への貢献度とも言うべきか――は「推薦組」の中でも特筆しているのではないか、と。そしてその活動量に伴って狩人としての能力や技量、知識も急速に蓄積されているだろう――と考えるのはごく自然なことだった。自身が拠点を離れることになった際に「拠点を任せる」と偶々顔を見せた後輩に告げたのも、当然のように思えた。

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ベタなネタ。よくあるネタ。そんな話。
狩猟に全振りしてる先生ならやってくれると思った(粉蜜柑)

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 次の任務についての会議が終わる。その、すぐ後と言っても良いだろう。司令エリアから、まだひとの捌け切っていない時だった。ひとりのハンターが、口を開いた。この任務が終わったら、自分が無事に帰ってきたら、抱かせてください。などと。
 それは、どちらかと言えば低めの、周囲の音に紛れ易い声だった。けれど近くにいた者たちには十分、聞き取れるものだった。ハンターの発言を耳にした――してしまった者たちが、各々作業の手を停める。ひそり、と誰からともなく囁き声が昼下がりの司令エリアに広がっていく。
 対して、小さな騒めきを生み落とした張本人は、言い切ってから口を結んで相手の答えを待っていた。真っ直ぐにじっと、いつもと変わらず椅子に腰かけて会議に参加していたソードマスターの答えを。
 ほんの数秒のことだった。しかしその場に居た者たちには数分に感じられる時間だった。この突拍子のない5期団の発言に、1期団の先達は何と答えるのだろう、と。
 ハンターだけではない。その場に居合わせた全員が、ソードマスターの言葉を待っていた。
 正面から特徴的なレイアヘルムを見ていたハンターは、その鉄面の下でぱちくりと先達が瞬きするのを見た。そうして、組まれていた腕が、ゆるりと解かれる。
 「……何故いま抱かぬのだ?」
解いた腕――手を膝に置き、ハンターを見上げたソードマスターが首を傾げた。
「某を抱いて行くが良し。そして、無事帰ってきたらその時は、また某を抱くが良し」
何でもないことのようにソードマスターはそう言った。そんな――思ってもみなかった返答を与えられたハンターは、自分から言い出したことだと言うのに、目に見えて狼狽える。小さくその場で身じろぎする身体。頭部装備の中で目が泳いでいるであろうことは、容易く想像できた。

 そも、ハンターと言う職種はこの世界において特に命を張る仕事である。つまり、狩場に赴く度、いつそれが「最後の」仕事になるとも知れないのだ。もちろん、死にに行くつもりのハンターは少ない。この調査団に属するハンターに於いても例外ではない。
 だが、危険な任務ともなれば、悔いを残して逝かないよう――あるいは何としても帰ってくるのだと自身を奮い立たせるため、任務前に何かしらの行動を起こしたとしてもおかしくはないだろう。

 黙ってしまったハンターに、ソードマスターは反対側に首を傾ける。自分は何か間違ったことを言っただろうか。それとも、まさかこの後輩に自分の言葉の意図が伝わっていないとか。
「……いかがした?」
ほれ、と確認のために一声かけてみる。ついでに両腕を広げて、後輩を受け入れる体勢を取ってやる。そうすると、小さくフラフラしていた後輩の身体が、今度はぴしりと固まった。
 クツクツと喉を鳴らしたのはソードマスターの同期である総司令だった。噴き出さなかっただけ良心的な反応だったと言えるだろう。
「まったく……お前は……否、まあ、お前ならそうなるだろうな」
 どうやら同期には後輩の反応の原因が分かっているらしい。その言い方から、それを察したソードマスターは、今度は総司令に視線を向ける。
 世俗のことなど未だ知らぬ子供のような視線を向けてくる同期のヘルムに、総司令は顔を寄せた。
「彼が言っているのはそういう意味ではない。身体を重ねてくれ、と言う意味だ」
「……? ……、……?!」
まったく公衆の面前で何を言い出すことやら、と総司令は思う。もちろん、両者に対して。言葉の意味を咀嚼して、勢いよく自分と後輩を交互に見る同期に苦笑を向けてやる。あ、だの、う、だの呻いている同期はそれどころではないようだが。まだそこまで行っていなかったのか、とどうでも良いことが頭の片隅に浮かぶ。現実逃避のようなものだった。
 ふらふらと歩み寄ってきたハンターがソードマスターの足の間に崩れ落ちる。しかしその両腕はしっかりと腰に回されていた。いいんですか。ほんとうに。緊張か感激か――既に掠れた声でハンターはソードマスターを見上げる。きっとヘルムの中はとても暑くなっていることだろう。後方にペタリと倒れたレイアヘルムの羽飾りを見て、総司令は思わず「ハハ、」と乾いた笑い声を漏らした。

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懲りない名前ネタ。
n度も言うけど各話に繋がりは(特に)無いのでそういうことでよろしくお願いします_(:3 」∠)_

ノベライズ2作と黒龍クエのネタバレ(微)有り。

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 司令エリアで行われる会議は、何も全期団の代表――とはいえ、3期団が参加することはあまりないけれど――が毎回集まっているわけではない。それこそ1期団や2期団と言った古参調査員の一部が集まって、拠点の近況などを確認する小さなものだってある。物資の流通や配給が主な仕事である3期団が主となる会議は、それこそ3期団の一部と総司令、船長くらいしか参加しないし、したところで分からない。つまり、5期団の代表たる「青い星」が司令エリアに呼ばれることは、存外多いことではないのだ。
 今や「青い星」などと呼ばれるハンターは、司令エリアに何人かの調査員が集まっているのを見た。よく招集される際、同じように呼ばれる面子ではないらしい。見慣れない顔もある。だが、全体的に年嵩というか、古兵と言った印象を受ける面々だな、と思った。そして、その中に。恋人である旧レイア装備の横顔を見つけて――ハンターはその集まりに興味を持った。何を話しているのだろう。自分のことを、自分がいないところでも褒めてくれていないだろうか。そんなことを思ったのだ。
 足音と呼吸を押し殺して、2等マイハウスの出入り口近くに積まれている荷物の陰に身を隠す。そして、狩場でモンスターの動向を探るときのように、耳を澄ませる。ハンターは真剣な顔をしていた。その横顔を見たオトモに「何をしてるんだこのひとは」なんて眼をされていたことを、ハンターが知る由などなかったのだ。

 会議――会話の中身は、なんてことはない。自分たち5期団や4期団の調査員についての世間話のようなものだった。
 誰々が何処どこに行っていた。誰々のクエストを手伝ってやった。誰々が何々のモンスターを倒して武具を新調していた。そんなものばかりだった。まるで子供や孫の成長報告の場であった。「青い星」からすれば、特に気になることもないよくある話ばかり。だが、彼が特に気になったのは話の内容ではなかった。
 「ああ、そういえばあの一般採用組の――セアックと言ったかな。彼も新大陸(ここ)での狩りに慣れたのか、装備を新調しているのを見かけましたよ」
「彼は下調べと言うか、入念なフィールドのマッピングができる調査員だよな。オレは推薦組の――ええと、アリージアだったかな。彼女に抜け道を教えてもらったんだが、彼女は彼に教わったと言ってたな」
「フィールドのマッピングと言えば、ニコラスと言うハンターも丁寧なマップを作っていたぞ。フラっとクエストに参加させてもらってその時にちょっと見せてもらったんだが、編纂者なしでよくあれだけまとめたものだ。あとハンマーの練習中みたいだったから知り合いを紹介しといた」
「新大陸で新武器デビューしたってことか? 新しい環境でそりゃスゴいチャレンジ精神だ」
「ありゃ一本極めて次の一本に行くってタイプだな。次の「先生」になるかもだな!」
「でもそのニコラスって子、ガンナーはできるの? できないならアタシ、オーギィって子を推したいわ。口はちょっと悪いけど、資質はあると思うわあ」
「お前さんの主観で選ぶんじゃないよ。っていうかお前さんが気に入りってだけだろ……」
「まあまあ。多少主観はあるでしょうが、彼女は人を見る目はありますよ。特に「良いハンター」を見定める目は。生涯の伴侶については知りませんが」
 他にも「ノアと言うハンターは調査員に珍しいタイプだ」とか「カナトというオトモアイルーに武勇伝を聞かせてくれとせがまれた」とか「オトモアイルーは夜分に集会を開いているらしい」とか取り留めない話が聞こえてくる。
 その、中で、だ。
 「そういえばあの5期団のハンターはどうなんだ?」
見知らぬ調査員が、彼――ソードマスターに話を振る。5期団。誰のことだろう。自分のことだと良い、と無意識のうちに鼓動が早まった。
「5期団――うむ。あの推薦組の……エイデン、と言ったか。フフ。彼の師もまた若い狩りびとであるらしいな。話を聞くに、まるで兄弟のようだ」
「そっち――いやそっちもだけど、そっちじゃない方は、」
耳に馴染む声が、同期の「名前」を紡いだ。その事実に、ヒュ、と喉が引き攣る。
「ああ――あの狩りびとか。あの狩りびとは、まこと、すばらしき、我らの青き星よ」

 自然を装ってハンターは司令エリアに向かう。古参たちの報告会は最後まで聞かなかった。あの後、早々に立ち去ったのだ。それからいくつか簡単なクエストをこなし、拠点に戻って来たというわけだ。当然、司令エリアは既にいつもの通り、総司令含めて数人が居る風景に戻っている。
 ハンターは「いつものように」司令エリアの片隅、ソードマスターが待機している場所に向かう。常と変わらない姿。きっと今までにも自分の知らない話し合いがあって、その後に自分を迎えていたことがあるのだろう。その事実に、少しだけ胸が騒めいた。
 せんせい。ただいま戻りました。いつものようにハンターは帰還を告げる。組んでいた腕を解いて、此方を見上げる視線と声が和らぐことは、やはりいつもと変わらない。けれど。
 ――ハンターは総司令の方を見た。その指先はゆるりとソードマスターの指先を絡めとっている。
 総司令はそんなハンターの姿を見て――傍に居た2人のハンターに何事かを告げる。そして、やや呆れたような顔で「もう行け」と手を振ってくれた。ハンターが同期の傍から此方を窺ってくる時は、9割方同期を借りていいかどうか訊くときだ。2人が交際を始めてからというもの、そこそこの頻度で繰り返されたその確認の仕方。未だ慣れないと言う方が無理がある。居住エリアへ向かって長い階段を上っていく2つの背中を見送りながら、総司令は隠すことなく溜め息をひとつ吐いた。

 「名を――俺の名を、呼んではくれないのですか」
ハンターの部屋に入ると、ソードマスターはすぐに寝台へと手を引かれた。腰を下ろしたすぐそばに手を突かれ、ズイと後輩の顔が迫る。思わず退けば、追うように距離を詰められる。
「な、何故、突然、そのような、」
じりじり、じりじり、とヘッドボード側に追い詰められていく。やましいことなど、後ろめたいことなど何も無い――ハズなのに、ソードマスターの声は少しふるえていた。
「何故?先生は、俺の名前がお嫌いですか?」
けれど、このハンターは。奇人変人天才集団である調査団きってのハンターは、やはり常人ではないようだった。無垢な子供とも獣ともつかない眼で、首を傾げるばかり。
「ああ、もしかして、俺がまず先生のお名前を呼ばないからですか?」
じりじり、じりじり、と追い詰められて、あまりに早く背中にヘッドボードが当たる。
 背中側は行き止まり。両脇は、ハンターが手を突いていてこれもまた退路を奪われている。そんな状態で、ハンターはアイルーがひとにそうするように、頭部を先達の頭部に摺り寄せた。頭部装備同士が触れ合い、コツ、と硬い音がする。キィ、と嫌な音がしなかったのは、ハンターの頭部装備が鉱物素材だけで作られてはいなかったからだろう。
 それだけなら、よくある戯れだった。しかし今回は。
「――」
吐息のように「名前」を耳元で囁かれた。
 名前を呼ばれた、それだけだというのに、ぶわりと顔が熱を帯びる。小さく飲み下した息を、きっと「ハンター」は聞き逃さなかっただろう。
 「名簿を……いえ、調査団の資料を、いくつか見せてもらいました」
何のこともない種明かしをハンターはそのままの体勢で囀る。ソードマスターの「名前」を知った経緯を。ソードマスターもまた同じように自分の名前を知る――知っているだろう、と。事実ソードマスターはハンターの名前を知っていた。その報告書がソードマスターの目に触れる程度にハンターはこの新大陸で「活躍」していた。だから、ソードマスターはハンターの名前を知っていた。
 「ね、先生。先生はどうして俺の名を呼んでくれないんです?」
呼んで、と自分の名前を添えて、耳元で駄々を捏ねる声。
 ああ、けれど、身体の髄を奔った痺れは舌先まで至っていて――目の前のハンターの名を呼ぶなど、今のソードマスターにはできそうになかった。

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こんなお話いかがですか/https://shindanmaker.com/804548

璃本のハンソドのお話は

「拝啓、愛しい人。どうしていますか」で始まり「静かで優しい夜だった」で終わります。

 

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 拝啓、愛しい人。どうしていますか。

 手紙の書き出しは、結局こんな風になった。

 散々迷った挙句の果てである。机上や床上に転がる紙屑の数が書き手の苦心を思わせる。だが、そうしてようやく綴った言葉は何のひねりも無いものだった。

 ほんとうは、もっと気の利いた言葉だとか、洒落の効いた言葉を連ねたかった。いかなる状況であっても調子を崩さない「カッコイイ」存在であると示したかった。しかしそんな言葉は終ぞ浮かんでは来なかった。

 彼の黒龍が現れるとの予測から招集された部隊。その中でも先遣隊として現大陸へ向かった。猶予は長くなく、しかし短くもない。その中で、今や「帰る場所」となった新大陸に宛てて手紙を書こうとしたのだ。当然、部隊から直接手紙を送れるはずもない。他の物資と共に交易船で送るのである。今度やってくる――明日の朝だったはずだ――補給隊にこちらから送る物資や書類と共に各所や新大陸に送ってもらうのだ。

 だから新大陸から招集された5期団のハンターは机にかじりついていた。数日前から文面を考えてはいたが、上手くまとめられないまま今日まで来てしまった。午前の会議や昼間の自主練の内容など、ほとんど頭に残っていなかった。

 きっと、下手をすれば、これがあの人との最後のやり取りになる。無論、任務を失敗――死ぬつもりなど無いが、相手はあの黒龍である。ハンターとて、緊張しないわけがなかった。

 心なしか、ペンを握る手が小さく震えていた。

 それに気付いたハンターは、ふ、と小さく笑った。

 ――結局、建前がどこにあろうと生き残る道しか選べない。

 あの人が依頼者であるクエストの依頼文を思い出す。そうだ。結局「ハンター」とはそういう生き物なのだ。誰かの生活を守るためだとしても、調査のためだとしても、「ハンター」は結局自分が生き残る道を選ぶ。狩猟対象が生きているか死んでいるかなど、結果でしかない。

 であれば、今回は。

 今回のこの状況は――「ハンター」に相応しい状況ではないか。

 「……」

 緊張は未だ消え去ってはいない。けれど、気が楽になった気はした。やることは変わらないのだ。あの人がいつも「狩りびと」であるように、自分もそうでなければならない。そうでなければ、あの人に相応しいとは言えない。

 指と指の間に置かれていただけのペンが握りなおされる。サラサラと、幾分滑らかに動き始めるペン先は淀みなく。あるいは遺書になるやも知れぬ紙面が、陽だまりを思わせるほど穏やかなものになっていく様を、高く昇った月だけが見ていた。

 それは確かに、人界に危機の迫っていた時分のこと――静かで優しい夜だった。

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お菓子な先生を食べたい星なハンソド……になってるか?(なってない気がする)(ゆるして)(リクエストありがとうございました!)

備考:ハンソドはデキてる
参考:『世界のおやつ:おうちで作れるレシピ100』鈴木文 2021年9月第3刷 パイ インターナショナル

 

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 菓子作りは実験だ。
 誰が言ったのか分からないが、その言葉を知っている程度には菓子作りのことを知っていた。
 器にバターを入れ、クリーム状になるまで混ぜ溶かす。そこへきび砂糖とすりおろしたレモンの皮を入れ、白っぽくなるまで混ぜる。明日はきっと腕が痛むことだろう。
 だが、出来上がったものを世辞でも「美味い、美味い」と食べてくれる者たちの顔を思えば些細なことだ。過去の風景を思い出して、思わず「フフ」と小さな笑みがこぼれる。
 別の器に卵を割り、バニラオイルを垂らす。混ぜたそれを、バターを溶かした器へ少しずつ加え、都度混ぜる。
 しかし溶いた卵すべてはバターと混ぜ合わせない。卵を溶いた器へ、薄力粉と膨らし粉をふるいながら加え、ヘラで混ぜていく。生地を作るのだ。
 意外に思われるだろうが、男は度々菓子を作っている。少し前の頃は忙しく時間が取れなかったが、今は時間に余裕がある。それが良い事なのか寂しい事なのか、男には判じかねる。だが、少なくとも、菓子を作っている間はそういうことを考えずに済むから良かった。
 菓子作りは分量も手順も決まっている。むしろレシピ通りにやらなければ失敗する。だから良いのだ。他事を考える隙を与えてくれない。狩りよりも集中せざるを得ない。高揚感の類は無いが、心地良い没頭だった。
 ショリショリショリと林檎が回る。赤い皮の下から、白い果肉が現れる。
 ストン、ストン、と林檎が分かれる。よっつになった林檎のそれぞれから芯を取る。そして、それを更に4、5枚に薄く切っていく。
 選りすぐられた狩人たちが集う場にあって、剣客あるいは剣聖の異名を頂く男にとって刃物の扱いは易いものだ。手中に収まる刃が長大であろうが短小であろうが変わりはない。
 さて。切り分けた林檎は、型に流し込んでおいた生地の上へ載せていく。重ならないよう、偏らないよう、放射状に。――とは言え、多少の歪さはご愛敬と言うものだろう。
 ふむ、と男は順調な経過にひとつ頷く。布巾で手を拭い、両手で慎重に型を持つ。行く先は竈だ。
 小振りな竈には今回手伝ってくれるアイルーが既に待っていた。準備は万端なようで、竈の中は十分に赤い。
「では、よろしく頼む」
「しかと任されましたニャ!」
男はアイルーに運んできた型を手渡す。型を受け取ったアイルーは、やはり慎重に竈の中へそれを入れる。そうして、竈の戸は閉じられた。
 本体――もとい竈――をアイルーに任せている間、男は片付けに取り掛かる。ごみを集めて捨て、器具を洗い、汚れた作業場を拭き上げる。慣れた手つきで行われる片付けは、あまり時間を経たずに終えられた。
 片付けを終えた男は、竈の近くに椅子を運び、そこへ腰を下ろす。火の番をしていたアイルーが嬉しそうに「ニャ」と声をあげた。竈からは、甘いにおいが漂い始めていた。

 サクリ、と足音。金属や硬い物が擦れ合う、ちいさな音を引き連れたそれは、男の知るものだった。平時故の凪いだ気配。そこに隠し切れない好奇心を嗅ぎ取って、男は小さく笑ってしまう。
「もう少しで焼き上がる故、待つが良し」
言うと同時に振り返ってやれば、足音の主は小さく肩を跳ねさせた。驚いたらしい。それほど竈の中に気を向けていたということか。
 それは、と足音の主――青い星の異名を取る青年――は竈を指さす。
「林檎を使ったケーキだ。特別なものではない」
りんごのけーき。まるで子供のように青年が繰り返す。
「うむ。かつて好敵手に習ったのだ。まあ、某はあれのように酒を加えたり香辛料を加えたりと凝ったことはできぬが」
 男はその頃を思い返す。賑やかな日々だった。同じ料理を作っても、毎回違ったアレンジを加える好敵手。もう一人の好敵手は――材料集めをしている姿ばかりを思い出す。楽しい日々だった。
 だが、今は。
 「ニャ。良い色になりましたニャ、先生」
 戸を開け、竈の中を覗いたアイルーが言う。その声に男は引き戻される。
 甘いにおい。懐かしさも感じるにおいだ。棒を使って型を外へ引き出せば、アイルーの報せ通り生地は優しい色になっていた。出来栄えは上々だ。うむ、と男から納得の頷きが漏れる。
 せんせ、と耳元で幼い声。男を呼んだ一言は、興味と好奇と、空腹を訴えていた。そう言えばこの青年に手製の菓子を振舞ったことはまだ無かったか。
 「フフ。すまぬな、狩りびとよ。これを美味く食べるには冷まさねばならぬのだ」
だから、少し待て。と男は青年を窘める。
 青年の恰好を見るに、探索帰りなのだろう。腹は減っているはずだ。きっと今すぐにでも食物へ手を伸ばしたいに違いない。それでも、青年は男の言いつけを守ろうとする。
 男はアイルーに礼を良い、ケーキをひと切れ必ず寄越すと約束して竈を後にした。完成間近のケーキは木陰の机へ置かれ完成を待つ。
 ――先生が菓子を作るなんて知りませんでした。
 男を背後から抱きしめながら青年が言う。
「拗ねんでくれ。言わなんだのはわざとではない」
 胴に回された手をポンポンとあやす。
 言う機会が無かった――否、言うほどのことでも無かったからだ。男にとっては。頻繁に行うことでもなかったし、菓子に限らず料理なら青年の相棒たる編纂者のものの方が美味いことは明白だからだ。だから、男は基本的に編纂者のいない狩人たちへ作った菓子を振舞っていた。
 ――でも、俺は知っていたかった。食べたかった。
「すまぬ」
 まるで子供のようだった。スン、と首のあたりに顔を埋めた青年の鼻が鳴る。それほどだろうか?と男は内心苦笑する。この青年は、時々とても幼げに――。
 ――だから、先生。今日は貴方を食べさせてもらいます。
 青年は甘いにおいが移った男を菓子と同視した。当然、男は閉口する。そうはならないだろう。
 「――……、菓子か某か、どちらかだ」
何とか絞り出した言葉も青年はクスクスと笑って流してしまう。そういう男なのだ、この青年は。男がどういう人間なのか、知っている。
 ――先生。俺の先生。甘くて優しい俺の拠り所。
 甘いのはそちらの声だ、とは返せなかった。声に、空気に、中てられる。
 いけないとは思う。けれど、良いかとも思う。あの頃は賑やかで、楽しかった。だが、今は――今も。あの頃とは違うけれど、確かに「楽しく」「面白い」日々だ。
 「……、では、陽が落ちるまで、待つが良し」
 意地でそれだけは伝える。せんせい!と喜びなのか落胆なのか分かりかねる声。大人と子供。獣と人の二面性。存外分かりやすい青年の表情に男はまたフフと笑う。
 陽は未だ高い。風に吹かれた甘い匂いは八つ時を他の狩人へ報せに行ってしまった。



Apfelkuchen:アプフェルクーヘン。リンゴのケーキ。ドイツの家庭で定番の焼き菓子。

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某海賊映画3作目のラストシーン好き。

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 そっと、薄氷でも扱うかのように、指先が脚に触れる。
 脹脛をゆるりと辿り、足首を捉える。かと思えば、もう片方の手は腿の辺りをしっかりと支えている。すり、と擦り寄る頭部は獣のマーキングを思わせる。微かに聞こえた、しかし隠す気のない恍惚の吐息は、まるで神聖なものを前にしてこぼれる感嘆のよう。懇切丁寧に己の足を構う青年に、彼はそわりと身じろいだ。
 足を貸してくれ、とまた変わった頼みごとをしてきた年下の恋人は、けれど未だ本題に入っていないようだった。
 日頃の様子から、青年が己の足――足だけではないのだが――にある種のフェティシズムを持っているらしいことを彼は察していた。故に、互いの休みが被ったこの日、できる限り青年の好きにさせてやりたいのだ。
 しかし――青年の背後に置かれた小さな木箱。今日の本題は「それ」なのだろうと思っている。装飾品か、防具の類だろうか。中身が気にならないと言えば、嘘になる。
 「……――、狩りびとよ、」
 遂に青年を呼ぶ。囁くような声だった。
 呼ばれた青年は、眼を彼へ向ける。腿の辺りを楽しんでいた頭が姿勢を正す。愉しげな眼が、彼を捉えた。
 「……気になりますか」
 「ぅ、うむ」
 くすくす、と青年が笑む。その妖しさに、思わず声が上擦った。
 そんな彼に気付いたのか否か――青年は、焦らしてしまったようですね、なんて言いながら彼の脚を一旦放す。膝上に、口付けをひとつ落として。
 ゆるりと立ち上がった青年は、自身の背後に置いていた箱の中を探る。そうして、箱の中から取り出したのは――少なくとも彼は――見たことのない脚部装備だった。
 素材は、リオレイアのものだろうか。馴染みのある緑色だ。だがその形状は、見たことが無い。グリーヴと言うよりもブーツと言った方が適当だろう。膝下あたりまで丈のあるスラリとしたかたち。踵部分は高く細い。女性用の脚部装備に時折見られる形状だ。しかしそれよりも、やや高さがあるだろうか。狩りはもちろん、探索にも難儀しそうである。
 実用性よりも、装飾性が重視されている――と彼は、そんなことを思った。
 「それは……?」
 「先生のために」
 脚部装備を手にし、再度己の前で膝をつく青年に、彼はその意図を察した。つまり、これを自分に履いて欲しい――否、履かせたいのだろう。おそらく青年が用意したものは新式装備と同じ様式で作られている。彼が未だその構造を理解できていないものと。
 「良いですか?」
 自分一人では着脱できない装備。それを、受け入れるということは、それ――否、目の前の青年に縛られると言うこと。
 は、と。ちいさく熱がこぼれた。

 カチャリと控えめな金属音がして、最後の留め具が締められる。足を覆う慣れない装備を見下ろして、その慣れない感覚に彼は身じろいだ。
 自他と変わらず、装備の着脱のしやすさや体臭をなるたけ発さないようにと体毛を処理された滑らかな肌が見えなくなる。そこにもやはり幾つかの傷跡があった。軽装の時に負ったもの。堅い防具を貫いて負ったもの。平生隠されているものが、少しの間、日の光に触れた。
 ほう、と満足げに青年が息を吐く。最後にするりと脚に頬を寄せてから離れていく。そうして青年は、やはり丁重に踏み台から足を下ろさせた。
 「いかがですか」
 コツリ、と高い踵が床板を踏む。支えも離れた身体は、少しだけよろめいた。
 「う、む……。足元が、少し心許ないな」
 これでは狩りにも探索にも行けぬ、と彼はこぼす。足元に眼を遣り、伏せていた顔を上げると、いつもとは違う高さにある視線とかち合った。くすくす、と目を細めている。
 「ええ、まあ、観賞用のようなものなので」
 青年が手を差し出す。それを、ほとんど無意識に彼は取った。
 「しかし――さすがの体幹ですね。まったくブレない」
 ギ、と床板が軋む音。その音を、コツと高い踵が追う。あちらに数歩。こちらに数歩。初めて足を入れた履物の心地を試すように、青年が彼の手を引く。せっかくだからと替えられた胴と腰の装備が揺れる。コートのような意匠のそれを纏う彼は、御伽噺に描かれる騎士のようだ。
 あわよくばエスコートを――等と企んでいた青年は、しかし嬉しい誤算だと切り替える。
 「散歩でもどうですか」
 それは独占欲の顕れだっただろうか。
 繋いだままいた手を引き寄せ、甲に唇を寄せる。リップ音はしなかった。けれど、カツリ、と彼の身じろぐ音がひとつ。

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書きたいとこだけ。死ネタ有り。モブに対して殺意高い星。

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 むかしむかし、あるところに、小さな村がありました。
 むかしむかし、あるときのこと。小さな村は強大な生き物に襲われました。
 いいえ。不思議な力を持つその生き物は、たまたま村の近くを通っただけでした。害意も悪意もありません。
 けれどその生き物が近付いただけで雨は降り続け風が吹き荒れ雷がいくつも落ちました。
 雨に土が押し流され、風に物が吹き飛ばされ、雷で家屋が焼けました。
 小さな村の人々は、突然の災害に成すすべがありませんでした。
 逃げ惑い、泣き叫び、そうして死んでいきました。
 ひとつ、またひとつと家が消えていき、空が晴れたのは三日後のことでした。
 三日目の朝、村があった場所に三人の魔法使いがやってきました。
 着ているものはびしょ濡れで、ぜぇはぁと肩で息をしていました。
 魔法使いたちは、村を通って行った生き物を追っていました。
 「そんな……」
 「間に合わなかった……」
 魔法使いたちは瓦礫の山と化した村を前に、俯きました。
 「……とりあえず、生き残りがいないかだけ確認しよう」
 そんなことを誰からともなく言って、魔法使いたちは瓦礫の山の中に踏み入りました。
 けれど、探しても探しても、見つかるのは冷たくなったモノばかり。
 もうそろそろ切り上げて、追跡を再開するべきかと、三人が思い始めた頃でした。
 ごほごほ、と小さな咳が聞こえました。
 それぞれ思い思いの場所を探していた三人が同時に顔を上げ、互いの方を見ました。
 「聞いたか?」
 「聞こえたぞ」
 「探せ!助けるんだ!」
 たった一度、微かに聞こえた咳の主を三人は探し始めました。
 魔法使いと言っても、三人は戦うことを生業にしている魔法使いでした。物探しの魔法は、あまり得意ではありません。
 しかし耳や目の機能を高める魔法や、指や腕の力を強くする魔法を使って、村の生き残りを一生懸命探しました。
 そしてついに、三人は生き残った村人を見つけることができました。
 小さな小屋だったと思われる瓦礫の中で、女性に抱きしめられて、ひとりの子供が小さく呼吸していました。
 そっと、ゆっくりと瓦礫をふたりの上から退けて、冷え切ったからだの子供を抱き上げます。
 女性は、母親だったのでしょう。そしてきっと、この子供は、こんなことがなければ、お兄ちゃんになっていたのでしょう。
 魔法使いたちはぎゅっと唇を噛みました。
 「……行くか」
 耳を澄ましても、もう何の音も聞こえません。
 魔法使いたちは毛布に包んだ子供を抱いて、村を後にします。
 その後、魔法使いたちは知り合いの家へ寄り、保護した子供を託しました。
 「うちは孤児院ではないんだがな」
 なんて知り合いは呆れたように言いましたが、しっかりと毛布に包まれた子供を抱っこしてくれました。
 信頼できる仲間に子供を託して、魔法使いたちは仕事に戻っていきました。
 もうきっと子供と再会することはないだろうと思いながら。

 三人の魔法使いがひとつの村を看取ってから、少しが経ちました。
 三人はあの後、無事に自分たちの仕事を終えられました。
 それからは、ひとりは世界を巡る旅を続け、ひとりは家庭を持ちつつ食の探究を続け、ひとりは人里離れた辺境に腰を落ち着けました。
 ひとりの魔法使いは人里に近付く生き物たちを退けながら、ふたりの憩いの場となったのでした。
 魔法使いの生活は静かなものでした。
 ところがある日、魔法使いの住処の戸を叩くものが現れました。
 「ごめんください」と言う、聞き慣れない男の声に、魔法使いは好敵手から手紙か荷物が届いたのだろうと思いました。
 「ただいま」と在宅を知らせる返事をしながら、魔法使いは扉を開けました。
 そこには、ひとりの若者が立っていました。荷物の類は持っていません。
 魔法使いは若者に何者なのか訪ねました。誰が、何用でこんなところへ来たのかと。
 若者は答えました。魔法使いを探していたのだと。会いに来たのだと。
 「貴方のことを、ずっと探しておりました」
 「すまぬが、某はそなたのことを知らぬ。そなたは、何者だ?」
 「俺は貴方に命を救われた者。貴方に掬い上げられた者。かつて嵐に沈んだ村で、唯一生き延びた者にございます」
 冷たくなった身体をずっと抱きかかえていたくれた温もりを、俺は未だ覚えている。
 若者はそんな風に名乗りをあげました。
 嵐に沈んだ村。唯一の生存者。抱きかかえた身体。男の子。
 魔法使いの脳裏に、あの日のことが蘇りました。
 そして同時に、なぜ若者が自分を探していたのだろう、と思いました。
 思い浮かぶ理由としては――自分たちが村や村人たちを救えなかったことへの、
 「ずっとお会いしたかった。会ってお礼を言いたかった」
 「……?」
 「すべて“総司令”から聞きました。ありがとうございます。俺を救ってくれて。村を悼んでくれて」
 若者はどこか寂しげにも見える微笑を浮かべました。
 「……わざわざ、そのような……」
 他の者を救ってやれずにすまぬ、と魔法使いが続けようとした時でした。
 若者が、魔法使いの手を握りました。
 「だから、今度は俺が貴方の役に立ちたい。ここに置いてまくれませんか」

 幾分月日の経った頃でした。
 魔法使いの棲家から遠く離れた、王国と言う場所で「辺境に住んでいる魔法使いは強大な力を持っている」と言う噂が囁かれだしました。
 実際のところ、噂は本当のことでした。
 辺境に住む魔法使いは魔法の扱いも身体や武器の扱いにも長けた魔法使いでした。
 しかし決してその力を無闇に使うような者ではありませんでした。
 けれどそんなことは、魔法使いを知らない者たちからすれば関係のない話です。
 「辺境の魔法使いは強大な力を持っている」「人間を容易く滅ぼせる」「いつ襲ってくるか分かったものでない」「あれはヒトの形をした魔物だ」
 そんな噂が広まっていきました。
 そして遂にある時、王国に近い町へ物資を調達しに来ていた若者が「辺境の魔法使いを討伐するために討伐隊が募集されている」と言う話を耳にしました。
 若者は慌てて魔法使いの家へ帰りました。
 「逃げましょう先生!」
 討伐隊の話をして、若者は叫ぶように言いました。
 魔法使いには殺される理由なんてない。どこか別の遠いところに居を構え直そう、と。
 けれど魔法使いは、困ったように笑って言いました。
 「しかしな。直に厄災がこの道を通る。某がここに居らねば、厄災はそのまま町へと行ってしまう」
 「先生を殺そうとしているようなヤツらを守る必要なんてあるんですか」
 「彼らだから守るのではない。某が、できること故、するだけなのだ」
 だが、そなたのこころは嬉しく思う。
 悔しさか怒りか、顔をクシャリと歪めた若者を抱き寄せて、魔法使いはその頭を撫でてやりました。
 そんなことがあってからしばらく。
 魔法使いの言った通り、かつて若者の村を滅ぼした生き物の仲間が、魔法使いの棲家があるところを通りかかりました。
 生き物は気が立っているようで、他の生き物――人間の気配が多くする町に対して害意を持っているようでした。
 それを、魔法使いが魔法と武器を使って気を引きます。
 そうして魔法使いと厄災の戦いが始まりました。
 ――悲劇だったのは、生き物の訪れにより変わった空の色を、人々が魔法使いのせいだと思ったことでした。
 魔法使いが厄災と戦っている時でした。
 その時魔法使いは、厄災の背に乗り、その身体にしがみつきながら手にした武器で攻撃していました。
 魔法使いが、厄災の目の辺りを狙って、魔法と放とうとした時でした。
 駆け付けた討伐隊が見たものは、強大な生き物に跨り、こちらへ向かって魔法を放とうとしている――ように見える――魔法使いの姿でした。
 魔法使いの支援をしていた若者は、一拍遅れました。
 「放て!」
 誰か男の声がしました。それは討伐隊の指揮官の号令でした。
 槍と見紛う程の矢の雨が、魔法使いと厄災に突き立ちました。
 「先生!」
 悲鳴のような叫び声を上げて、若者は魔法使いを見上げました。
 若者の視線の先で、魔法使いは血を流しながらも展開していた魔法をそのまま、気力を振り絞って厄災へと叩き付けました。
 ぐらりと厄災の巨躯が頽れました。
 続いて、魔法使いの身体が落ちていき――地面にどしゃりと叩き付けられる前に、若者が何とか受け止めました。
 それを討伐隊がぐるりと取り囲みます。
 「……その魔法使いを、引き渡してもらおうか」
 緊張した声音で討伐隊の誰かが言いました。
 魔法使いを抱えている若者は、その声に見向きもしません。
 先生、先生、と魔法使いを呼んでいました。
 穴だらけになった身体から、どうにかしてこれ以上いのちが流れ出てしまわないようにあちらへこちらへ手を動かします。
 けれどどうしたって間に合わないことは解っていました。
 若者は、癒しの魔法を使うことができませんでした。
 ボロボロになった手甲が若者の頬を包んで撫でました。
 「すまぬ」
 魔法使いが小さく、困ったような声で言いました。
 魔法使いたちが若者を助けたとき。魔法使いたちがあの村を看取ったときに発した言葉と、同じものでした。
 鉄面の奥の眼差しが一際和らいで――そして、閉じられました。
 「もう一度だけ言う。ソレをこちらへ渡せ」
 若者は知っていました。聞いていました。
 魔法使いを捉えたら、復活できないように骨の一片も残らないように燃やし尽くせ、と“偉い人”から討伐隊が言い付けられていることを。
 ごう、と若者を中心にして風が吹きあがりました。
 砂や砂利を巻き上げて、白く見えました。
 「星よ散れ。此れは我が怒りにあらば。星よ爆ぜろ。其れは我が悲しみなれば。星よ聴け。汝が愚行を厭うならば――」
 その日、小さな町がみっつと大きな国の半分が消し飛んだ。

 ひとびとは厄災の魔法使いの御伽噺を語る。
 辺境には強大な魔法使いが住んでいる。とても危ないから近付いてはいけない、と。

 

 「あいつは――何時からだろうな? いわゆる肉体を持っていなかった。あの鎧も魔法で維持してたんだ。だからあいつが死ねば、何もかも跡形もなく塵と化す。酷いヤツだよな……。それで、お前はこれからどうするんだ?」
 筋骨隆々とした男が、頭からすっぽりと外套を被った人影に訊きました。
 乾いた風が吹く荒野を、凪いだ眼で見下ろす若者は、小さく唇を動かしました。
 「先生に会いに行きます」
 それがたとえ禁忌を侵すことになっても。

キス診断
無言
手負い
見守るまなこ
さまよう記憶
触れるだけの
狩人の手に花
ゆびさきは融けて消えた
よくある話
舌先はやわらかい
暗きを照らすは
色付く甘さ
ジゼル
逢いましょう
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