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物言わぬ鉄屑と化した同族たちが積み上げられて出来た山を漁る影があった。

アレでもないコレでもないと何かを拾い上げては捨て、拾い上げては捨てを繰り返していた。

完全に機能を停め、また再び起動することもなくなった機体を弄る様は、異常だと言える。

そこに積み上がっている機体に近しい者たちが目にすれば我先にとその影たちを破壊しようとするだろう。

ガシャリガチャリと金属が壊れ、ぶつかり合う音と気怠げな駆動音が、照明に恵まれていない屑山に聞こえた。

「――まったくさァ、面倒臭いったらないよねぇ。一ヶ月から三ヶ月前にスクラップになった機体探すとか」

陣営は違えど同じ種族であるはずの者たちで出来た屑山を、至極面倒臭そうに漁っている機体が愚痴を零した。

「任務、成功の確率を、上げるため。万全を、期すべき」

「解ってるよ、僕の大事なカーネイジ。失敗するなんて不格好の極みだもんね」

己の愚痴に反応した、淡々として――生物味に欠けた声にその機体は嬉しそうに答える。

そうして金属の山を漁ること、更に数時間。目当てのものが見つかったらしく、お、と言う小さな声がした。

力の抜けた機体の片腕を掴んで山の中から引き揚げる。下半身は千切れているらしく、上半身がダラリと重力に従う。

ボロボロの機体を物のように掴み上げた機体は、単調な作業から抜け出せたことが嬉しいらしく、顔を綻ばせていた。

「メモリーと、部品の確認。問題が無ければ、すぐに用意を」

「うん。そうだね。じゃあメモリーの方、よろしく。僕はあとの下半分引き揚げるからさ」

近付いてきた機体――カーネイジに回収した機体を渡して、宣言通り未だ山の中にある下半身へと手を伸ばす。

背後の下方からは、山から下りた哀れな機体が、金属の平たい地面で小さな部品になっていく音が聞こえてきた。

 

「メモリー解析、終了。機体データ、回収。ハートビート」

残されていた下半身を引っ張り出した機体――ハートビートが山を下りると、丁度のタイミングで声がかかった。

振り返りもせずに発したカーネイジに気を害した様子もなく、ハートビートは、そう、と了解の意を伝える。

その足元には、辛うじて人型であった、と判別できる程度に分解された金属が散らばっている。

ハートビートはその側にまだ原型を留めてる下半身をガシャリと投げて並べた。小さな部品が、幾つか跳ねた。

原型を留める部分を処理しようと膝をついたカーネイジを眺めながら、ハートビートは硬い山を背にして腰を下ろした。

バラバラになっていく他陣営の同族を感慨もなく一瞥して、偶々手元にあった何かの部品を弄って暇を潰す。

 

カーネイジの処理が終わるまでにさして時間はかからなかった。

すい、と顔を自分の方へ向けたカーネイジに、ようやく下準備が出来た、とハートビートはその傍へ移動する。

普段は背部に収納しているケーブルを呼び出してカーネイジが待機していた。

「個体名称ドッグウッド。斥候。一ヶ月と十七日前の戦闘により活動停止。敵への安否情報、未伝達」

ケーブルを繋ぐと、カーネイジが発した情報も含めて、この哀れな機体のことが流れ込んできた。

機体規格や出身などの基本的な情報も含め、私的な部分や、最後の記録映像なんかもあって――思わず苦笑した。

個人の権利も糞もあったものではない。小数点以下のデータまで浚われて、隠しておきたいこともあっただろうに。

「まったく、戦争って嫌なものだねェ――?」

可哀想なドッグウッドのデータを保存しながら、爪先からその機体を纏っていく機体は面白そうに笑って言った。

 

有機体が行う移植と違って、結局は無機である自分たちの移植は素直でいいと思う。

機体を覆った自分のものではない装甲や装備の調子を確かめながらハートビートはそんなことを考える。

目の前には敵対している陣営の機体がひとつ、ふたつ。他は既に適当に壊してその辺に転がしてある。

そろそろ、こんなところか――とハートビートはタイミングを窺う。怪しまれないよう、攻撃の手を緩めていく。

敵機が、換装した部品の持ち主を知る者が、何故だ目を覚ませと叫んでいる。

分解されたドッグウッドの機体はハートビートの機体にその大部分が換装され、持ち主の外観に近付けていた。

機体の大きさも、元より大差ない。パッと見たくらいならば判らないだろう。それが今回の作戦だった。

「なんでッ、どうして――ッ! お前がアイツらの味方なんて!」

ワザと鋭い刃を避け損ねながらハートビートは真面目な顔の裏側でオプティックを細める。

装甲と装甲の間、ケーブルの類が顔を覗かせている可動部に使い古された刃が食い込み、食い千切っていく。

バチバチバチ、と火花が散り、蛍光色のオイルが流れ出て行く。傷付いた場所に、カッと熱が集まった。

「――ッヅ、ァ、ア"ア"ア"」

仰け反り、傷口を抑えて後退る。それまでの戦闘で機体の損傷具合も丁度良い。ズシャリと、膝を付いてみせる。

攻撃されたとは言え元は味方で――数ヶ月の間生死不明だった機体である。今まで諦め切れずに居たのだろう。

武器は展開したまま、恐る恐ると言った風に近寄って来る機体に笑いたくなる。

傷口を抑えたまま俯き、肩で排気して周囲を窺う。二機は共に真正面から近付いてきているようだった。

「お前、俺たちのことわかんないのか……?忘れちゃったのか……?」

「…………ッ、ァ、あ……?」

保存したメモリーを探せば目の前の二機は親しかった機体のようだった。

名前も思い出も前面にクリップしながら、頭痛を堪えるような仕草をして見せ、呻き声を漏らす。

傷口から手を離したおかげでオイルが更に抜けていくが、些細なことだろうと気にはしない。

顔を顰め、思い出すように目の前の機体の名前を、断片的に呟いてみれば――上々の反応が返って来る。

「だ、大丈夫か! そうだ、ファーマシストだ!分かるかい?」

「ファーマ、シ……ッ、トライ、ア、ル……?」

「おう!そうだぜ! 思い出せ!お前なら思い出せる、戻って来られる……!」

戻って来るも何も無いのだけれど――と胸中でボヤキながら演技を続ける。暴走するふりをして、また一機。

無造作に腕を振りぬいて、ファーマシストと言う機体を機能停止させる。完全な鉄屑にはしていない。

直せば、再び活動できる程度だが、そのまま放置すれば停まったそのままで動くことはない。

トライアルと言う機体は突然の出来事に驚いたようだったが、ファーマシストが死んではいないことを確認して一息吐く。

そして再び頭部に手を当てて身を捩っている機体に眼を遣って、その機体を気遣うように覗き込む。

蹲った機体のオプティックがチカチカと、赤と青を行き来していた。

「だ、大丈夫か……?」

トライアルが声をかける。ハートビートは、暫くはその声に答えず、苦痛をやり過ごす様を見せた。

「――、ト、トライ、アル……?」

そうして、次に顔を上げた時、そのオプティックは青く、戦っている時よりも穏やかな表情を浮かべていた。

ハートビートが息を吐く。さて、ここからが本番だ。

「や、やったぜ! おかえりドッグウッド! あ――あぁ、何はともあれ生きててくれて良かった!」

「俺……俺、そうだ、敵に捕まって、それで……う、うわあああ機体!俺の機体どうなって――ファーマシスト!」

「良い。良いんだ、お前は正常な状態じゃなかったんだ。それに、ファーマシストだって大丈夫だ」

「大丈夫? まだ生きてるのか?死んではいないんだな?」

「ああ、大丈夫だ。基地に帰ってリペアしてやればな。だから早く帰ろう」

「基地……そういえば基地は変わってないのか?あの時のままなのか?」

その問いにトライアルが笑顔で首肯する。それを見た機もまた表情を和らげ、そうか、と嬉しそうに言う。

さぁ帰ろう、と手が差し伸べられる。その手を取り、地面に座り込んでいた機体は立ち上がる。

 

だがその代わりに、座り込んでいた機体に手を貸した方は、驚愕の表情を貼り付けてその場に崩れ落ちた。

「な――なんで、え、え……?」

自分の代わりに立ち上がった機体を見上げる。見下ろしてくる機体は、随分と調子が良さそうに見えた。

「そっかぁ、良かったァ――うん、じゃあ、基地の場所が変わってないなら、君は、いらないね」

にこりと笑う機体の、青いオプティックが細まる。繋いでいた手を離される際、シュルリとケーブルが抜け出て行った。

力が抜けたのはクラッキングされたせいか、と歯噛みする。笑っている相手を出来る限り睨め付けた。

何故気付かなかったのか――時既に遅くもそう思った。目の前の機体は、友人なんかじゃあないではないか。

機体を改造されたとかそんなことを差し引いても、口調や振る舞いや雰囲気が、こんなにも――。

ボゴリと機体から嫌な音がして、激痛が全身を駆け巡り、堪らず叫び声を上げる。思考が千切れて途絶える。

見れば、機体の一部が歪に変形していた。それも一ヶ所ではなく、進行形でその箇所が増えていた。

内部から突き出るような痛みに絶叫するトライアルを楽しそうにハートビートは見下ろしている。

「気に入ってもらえたみたいで良かったよ。で、どう?自分の一部に自分を食い破られていく気分は」

聞こえているのかいないのか判らないが、トライアルのオプティックは朗らかに語る機体を映し続けている。

「クラッキングしてさ、基盤とか導線とか変形させるんだ。まぁ、ある種の自滅、みたいな?」

バキリボコリと内部から棘や角のような、機体の一部――だったもの――を突き出している機体を見て、軽く手を振った。

バイバイ、なんて言葉を愛嬌たっぷりに吐いて、絶望の表情を浮かべている機体をあっさりと視界から外す。

 

嫌だ、たすけてくれ、と壊れた音声記録装置のように繰り返している機体へ最早一瞥すら寄越さず、味方へ連絡を入れる。

クラッキングと同時に頂戴した敵の基地のデータは既に相手に送信済みである。

「――やっほうカーネイジ、聞こえてる? 僕だよ。第一段階は無事完了。これから基地に向かう所」

『こちらカーネイジ。敵の基地座標、警備状況、共に変更無しを確認。敵基地への潜入を了解』

「とりあえずリペアルームで待機することになると思うけど、先に軽く掃除とかしておいたりは――」

どこかワクワクしたように露払いを提案するハートビートに通信しているカーネイジは無機質な返答をした。

『ネガティブ。貴機と当機の役割は本隊を敵基地へ安全に誘導し敵基地を壊滅させること』

淡々とした通信の声音は常と変わらないものである。それは慣れ親しんだ、好きなものではあるけれど。

『よって、敵基地への本隊の誘導が完了するまでの間、独断の行動は許されない』

「ハァ――まぁ、予想出来ちゃいたけどね…………それじゃ予定通り作戦続行といきますか」

機能停止したファーマシストの機体を担ぎ上げながら、ハートビートはワザとらしく溜め息を吐いた。

いつの間にかトライアルの声が聞こえなくなっていたけれど、そんなことは別段気にすることでもなかった。

グシャリと崩れ落ちた、異形となったトライアルの成れの果てと、その他多くの機体の残骸を背にして歩き始める。

装甲はボロボロで、流れ出るオイルの量でも軽傷とは言えない機体状況にも関わらず、その表情は明るいものだった。

 

おそらく敵は生死不明となっていた自陣営の機体によく似た自分と、自分に担がれたファーマシストを基地内に入れるだろう。

自分だけでなく、停まってしまっているファーマシストからも経緯を聞きたいはずである。あぁけれど。きっと。

ファーマシストが目覚めてあの場所で起きた出来事を仲間に知らせることは、おそらく無いのだ。

そこまでの時間を、敵を殲滅することを存在意義とするあの機体が与えてくれるとは、到底思えない。

ドッグウッドが知るままの基地の情報から、自分が辿り着く時間やリペアルームに入れられるタイミングも予測しているだろう。

その時には既に本隊が動き出している。自分たちの得た情報でより緻密に練った計画を完遂せんと敵基地に迫る。

そして、ファーマシストがリペア台に乗せられ修繕作業が始められる。手の離せないものが出てくる。

他の機体も一段落ついたと気を抜くだろう。だがそれは束の間で、すぐに本隊があらゆる場所から攻め入って来るのだ。

正面はもちろん、裏口や抜け道、床下や天井からも攻め込んで来て、あらゆる設備や機体を完膚なきまでに壊していくだろう。

自分はリペアルームで高みの見物でもしていようか。否、内側からも攻め壊してやろうか。どちらにせよ、見物になる。

その瞬間、光景を思い浮かべて、敵たちはどんな顔をしてくれるのだろう、と青いオプティックを細めて隠すことなく口端を上げた。

▼ きけんなせつぞく しいられて

薄暗く長い廊下を進み、その突き当りにある扉の前に、武装した機影がふたつ。

幾つものセキュリティを掻い潜り、この下層部に侵入してくる敵などいないと高を括っていたのだろう。

前方から悠然と歩み寄って来る機体に付着した、蛍光色の飛沫に気付いてようやく提げていた銃器を構えた。

けれどそれは当然遅すぎた反応で――少なくはない蛍光色を纏った機体が何かを投擲する。

ガツリ、ザク、と投擲された鋭い金属片は二機の胸を貫き、その生命活動を容易く停止させた。

結局持っていた銃器を使うことも無くその場に崩れ落ちた機体ふたつを見もせずに、扉は開かれた。

「侵入完了。情報圧縮フォルダのテスト、及び、情報奪取、開始」

そして、厳重に守られていた敵陣営のコンピュータの前に立ち、確認するようにそう零した。

 

不意に熱を伴う衝撃が機体を襲った。情報の移し替えに徹していた機体は、やや緩慢な動作で背後を振り返る。

「よくもこんなところまで入り込んでくれたな……この腐れ錆鉄野郎!」

そこには未だ細く白煙を立ち昇らせている銃器を構えた敵機体が、憎々しげな表情を浮かべて立っていた。

何も言わず、無防備な背中を狙うのは効果的で賢いと言える。だが仕留められなければ、とどこか場違いな感想を持つ。

しかし攻撃を受けた機体は振り返り敵と相対した格好のままコンピュータに背を預けズルズルと崩れ落ちる。

視線が、一方は相手を見上げるかたちになり、一方は相手を見下ろすかたちになる。

良いザマだ、と敵が口角を上げる。それを見上げている機体の表情は、どこまでも無感動なものだった。

見覚えのある機体だ、と思っていた。戦場で、こんな機体を見かけたことがあるな、と茫洋と考えていた。

「は――ハハハ、お前らには散々好き勝手されてきたからな……憂さ晴らし、させてもらうぜ」

酷く渇いた声が聞こえ、見上げていた相手のオプティックが降りて来て、真正面から視線がかち合う。

「あぁ、思い出した。戦闘員、プランダー。確か、そう呼ばれていた」

「なんだよ。憶えててくれたのか? だからって命乞いしても無駄だぜ。お前らは絶対に許されないからな」

「許されない? 誰に。何に。君たちの法は、僕たちの法じゃない」

「うるせえ!黙れ! 平和をぶっ壊した、俺たちの大切なものを奪ってったクソ野郎共のくせに!」

荒々しく顔面を殴りつけ、プランダーは敵――カーネイジを黙らせる。バキリと機体が破損する音が聞こえた。

背部から滴り、小さな水たまりを作っていたものとは別に新しく、蛍光色がパタパタ床に落ちていく。

最初の一撃で運動回路に問題が起きたのか、カーネイジの四肢は力なく投げ出されている。

それを好都合とプランダーは舌なめずりをする。伸ばした手は、真っ直ぐに腰部の装甲に触れた。

ツ、と装甲の上を行き来する指先にカーネイジは何をしているのかと問うように、ぎこちなく首を傾げた。

「ハッ。何するんだって反応だな。決まってるだろ、接続だよ」

親切にも答えをくれたプランダーは今度こそ遠慮なくカーネイジの腰部装甲に手をかけ、それを力任せに取り払った。

「接続――あぁ、接続。いいよ。ブッ飛ぶくらい、スゴイやつ、してあげる」

装甲が剥がされる痛みに頓着することも無く、変わらない調子で吐かれた言葉に訝しげな表情をプランダーが浮かべる。

 

プランダーにとって誤算だったのは、カーネイジが未だ自身の任務を誠実にこなしていたことだった。

背部から展開されているケーブルをそのままコンピュータに繋げて、その膨大なデータを回収し続けていた。

シュルリと静かにケーブルの一本がコンピュータから離れ、音も無くプランダーの背後に回り込む。

そして、それは訝しげな表情を浮かべて親機を見ている機体の、無防備な頸部に、ゾブリと勢いよく食い込んだ。

 

「あ"、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」

突然の異物感と強制的に内部を開かれていく感覚に堪らず叫び声が上がる。

悶え、のたうちながらも頸部に刺さったケーブルを抜こうと手を伸ばし、けれどその手は何も掴めず空を掻く。

その姿を、やはり無感動に眺めているカーネイジは圧縮フォルダに流すはずだった情報をプランダーへ流す。

膨大な容量の情報がコンピュータからカーネイジの機体を介してプランダーへと流れ込んでいく。

一戦闘員でしかない、決して大容量とは言えない機体の中に、一部と言えど膨大な容量を要する情報。

さして時間をおかずに、容量の限界を迎え始めた機体から、バヂリバヂリと火花が上がり始める。

後でこっちに流した情報も回収しなければ。ついでにこの機体のデータと、外の二機のデータも回収しておきたい。

なんてことを考えながら呻き悶える機体を眺める。この機体が愛した平和というものは、美しいだけのものではない。

知らなかった、気付かなかった、では済まされないものの上に成り立っていて、その報いなのだ、と。

「聞こえる? 革命のうた。抑圧され続けた意思が奏でる、凄惨の音」

歌を口遊むように呟いた声は、おそらく相手には届いていない。届けるつもりも無かったのかもしれない。

 

地上や他の街で今も響いているであろう爆音や銃声、悲鳴、絶叫を想いながらカーネイジは敵機体をオーバーヒートさせる。

そうして、何の反応も見せなくなったプランダーが僅かな火花と煙を上げながら、呆気無くその場に崩れ落ちた。

カクリと首を傾げてそれ――ただの鉄塊となったプランダー――を見、自己修復で運動機能が回復した四肢を確認する。

流したコンピュータの情報は圧縮フォルダに、プランダーの情報は普通のフォルダに入れて、ケーブルを抜く。

「わー、ひどォい。期待させといてこの仕打ちなんて、悪趣味ー」

カーネイジがケーブルを引き抜き、立ち上がった丁度その時、出入り口の方から愉快そうな声がした。

「ずっと、見ていた君に、悪趣味だとは、言われたくない」

振り返ればそこには、応援か迎えに来たのだろう、味方の機体がニヤニヤとした笑みを浮かべて室内を覗き込んでいた。

「見てるって分かってて最後までシたカーネイジくんにも言われたくないかなぁ!」

「……しばらくは、オカズにするつもり、と予想」

「んー、そだね。お小遣いにも、ちょっとだけ……って言ったら怒る?」

「怒られたいのであれば、希望通りに。ラプチャー。ただ、需要があるとは、思えない」

「まっさかぁ! いろいろ、まっさかぁ!」

ラプチャーと呼ばれた機体がヒラヒラ手を振りながら部屋に入り、おぉ、だの何だのと声を漏らす。

カーネイジとは違い、正面から敵を屠って来たらしいその機体には、蛍光色がベッタリ付着していた。

しかし双方共に互いの状況について何を言い合うでもなく、ただ互いの無事だけを目視で確認する。

情報の回収は9割方終わっていた。後は情報を持ち帰り、その中身の精査と圧縮フォルダの出来を確かめるだけである。

その旨を伝えれば、他所の襲撃も順調に進んでおり、撤退も滞りなく成されるだろうという朗報が寄越された。

「ところで、この残骸たちどうするの? 目立った外傷とかないけど、放置してくの?」

「勿論、回収。貴重な資材。少しでも多く、部品取りは確保しておきたい」

「ん。りょーかい。じゃあ外の二体運んであげる。そちらさんは、カーネイジくんが優しく運んであげて?」

話しているうちに全情報の回収が済んだ。それをラプチャーはコンピュータに繋げていたケーブルを収納する姿で察したようだった。

よっこいせ、と軽い調子で部屋の外に倒れていた二機を肩に担いで、ラプチャーはカーネイジの方を振り返る。

活動を終えた機体を優しく運ぶ、とはどういうことだろうか、と考え、カーネイジは結局普段ものを担ぐ時と変わらない格好をとった。

データの回収は、まだ幾らでも機会はある。最悪、摘出されたメモリーがあればいい。機体を担ぎながら、続けて考える。

そして、予想通りの状態になったラプチャーは隠しもせずに笑い声をあげた。カーネイジが不思議そうな反応をする。

背後の機体の反応を赤いオプティックと我が子の成長を見守る親のような心境で受け止めて、行こう、とラプチャーは歩き始めた。

ラプチャーを先頭に、用の無くなった部屋から薄暗い廊下に出た二機は特に何を話すでもなく地上を目指す。

今回の作戦は限りなく完璧に近い成功と言ってもいいだろう。未だ飽きの来ない戦乱に、ふ、と口元が緩むのを感じ、次を想った。

Princess of Scissors

ずる、ザリザリ、ずずっ、と物を引き摺る音がする。
それは、煌々と照明が照らす廊下には、あまり似合わない音である。

機体を揺らす不快な振動に目を覚ました男は自身の状況を、記憶を手繰り寄せながら確認する。
敵に捕まって、敵は味方の情報を引き出そうとして、自分は拷問されて――。
拷問、されていた、はず。途中から記憶が無いのは強制終了がかかったためだろう。
ならば自分は独房にでも入れられるのだろうか。無造作に機体の一部を掴んでいる敵のひとりを窺いながら考える。
男の視覚器に、紫紺を基調とした機体が映る。背部しか見えないが、スラリとまとまった印象を受ける。
タイヤやキャタピラなど、陸上で移動するビークルが持つ部品は見受けられないから、おそらく飛行タイプなのだろう。
「なんだ、ひとの背中ジロジロ見て。なんか付いてるか?」
そんなことを考えていると声がかけられた。思わず機体がビクリと強張る。
声は前方から飛んできた。否、それ以外に無い。廊下に他の機体の気配は無いのだから。
「い、いや……その、おれは……?」
「なに。処遇が気になるの。尋問の途中で気ぃ失った軟弱者でも――あ、いや、軟弱者だから、か?」
振り返りもせず答える言葉は辛辣だったけれど、少しだけ頭部が上に向いて傾いたから、無感動な機体でもないらしい。
「……ヘッ。情報吐くまで拘束しようって魂胆か」
話ができるならば、脱出の助けや構造の欠陥をそれとなく聞き出せるかもしれない。
「ん? なに言ってんだ、おまえ」
けれど、そんな男の考えは敢え無く霧散する。

そこで初めて振り返った機体が、ほんとうに不思議そうに、理解できないというように、首を傾げていた。
あまり見かけることのない、左右で色の違うオプティックがパチパチと明滅する。
「お前ひとりにいつまでも構ってられるわけないだろ」
「は……?」
「だから、お前は、此処でアイツと仲良く、な?」
そう言って、言われて、今まで緩やかに流れていくだけだった背景が止まった。
ぷしゅう、と気の抜ける音。どうやら、何か、部屋の扉が開いたらしい。
機体を掴んでいた手が一瞬離れて、再び機体を掴む。浮遊感。自分を持ち上げるために掴みなおしたようだ、と他人事のように思った。
そして、フッと勢いがつけられ、暗い部屋の中に投げ入れられる。ハッとして明るい扉の方を見れば、まだ機影はあった。
影の形からして、片手で放り投げられたらしい。馬鹿な、とそのスラリとした、曲線が美しい機体を見る。
黄と紫の、二色のオプティックと視線が絡む。
「じゃあな」
「ちょ、ま――待ってくれよ、」
何の感慨も浮かべずに宣う機体に、さすがに焦りが浮かぶ。何。なんなんだ、この部屋は。
独房にしたって、牢にしたって、漂っている空気が、尋常じゃない。暗くとも判る程の、生臭さと生温さ。
「――おい、仕事だぞ。キッチリ働け」
異常を平常として受け流す声は、暗い部屋の奥に向かって投げられていた。
そして、その声に反応するように、部屋の奥で緩慢に動く影が見え、それに伴ってモゾリという音が聞こえた。
部屋に何が居るのか与り知らぬ男を恐怖が支配する。
けれど待ってくれ、と声を上げ手を伸ばす男を、最早一瞥もせずに明るい廊下に立っている機体は踵を返そうとしていた。
かちゃ、かつ、がちゃり、と音がして、何かが扉の方へ近寄ってくる。
男をここまで引きずって来た機体は部屋の主を見る必要もないと言わんばかりに既に元来た道を引き返している。
無論、部屋の扉は閉まっている。暗視機能を作動させられなくなっている男は自身を包む暗闇と迫る音に排気を乱す。

何かの足音は着実に男の方へ向かって来ていた。近付いてくるその音に、見えない恐怖ばかりが募る。
そして、すぐ近くでその音は止まった。
ヒュ、と空を切る音に、何かが振りかぶられたのだ――と男が思い当たるより早く、ガツリと壁が殴りつけられた。
短く悲鳴を上げ、男は視覚を一時閉ざして首を竦める。聴覚器には、ジジ、と微かな音が届いた。
怖々と視覚機能を展開すれば、あれほど暗かった室内が白い光に照らされて明るくなっていた。
「はああ……よーこそ?いらっしゃい? カワイソーなオニーサン」
何故か何処か不満気な声が聞こえ、視線を上げれば、そこには部屋の主らしい機体が居た。
橙色寄りの、茶が濃いオプティックは木漏れ日のようなキラキラとした光を湛えている。
成体し切っていない無邪気さを思わせるその視覚器は、けれど聞こえた声と同じく、不満気に細められている。
「おま、おまえ、何者だ! さっきのヤツの仲間か!?」
「うち? うちは別に誰の仲間とかじゃないよ。ただの解体屋」
解体屋。自分たち機械生命体を、解体することを生業とする、者たち。
ああ、周りを見回して見れば――すぐにわかることじゃないか。
部屋に入れられてすぐに感じた生臭さは乾ききっていない各種オイルのにおい。生温かさは機能停止してからさほど経っていない部位から発せられる熱による。
まるで組み立て前のように、綺麗に切り離された部位が、しかし乱雑に抛られ積み重なっている。
最期の瞬間を切り取られたような光景が、自分を見ている。取り巻いている。そして此処に組み入れられるのだと。

逃げ場を失い、活路も見出せない男の声が震えたとしても、それを笑うことができるだろうか。
「解体――……お、おれを解体するのか? い、いいのか?おれの持ってる情報が、要るんじゃないのか?」
けれど解体屋は表情を少しも変えずに男を見返して言う。
「あー、まあ、要るんじゃない? でもほら、それって別にオニーサンの口からじゃなきゃダメってわけじゃないでしょ」
解体屋の片腕がキュルリと変形して、ハサミのような形になる。
「うちの仕事は解体すること。いらなくなったもの、廃棄されたもの、スクラップなんかを部品取りや何やに再利用しやすくすること。オニーサンたちの陣営はそういうの好きじゃないみたいだけど。だから利用してくれるのはオニーサンたちの敵がほとんど。ほら、知ってる顔のひとつやふたつ、その辺にいるんじゃない?」
歌うように、朗々と喋る解体屋の姿は物騒とは程遠い印象を与える。けれど。
「ちなみにさっきのはスイートドリーム。オニーサンたちにはナイトメアって名前の方が知られてるかな?」
「ナイトメア……あの機体が!? 悪夢の如き、と言われている傭兵……!クソ、あいつらに雇われていたのか!」
「はは。やっぱり有名ー」
「……と言うことは、お前は、スイートドロップ……!」
「あれ? うちのことも知ってるの?」
何故もっと早くに気付かなかったと男は歯噛みする。否、しかし、だって名前は聞いたことがあっても、その詳細は知らなかった。
噂にしか聞いたことが無く、検索をかけたところでやはり噂話しかヒットしなかった。
悪夢と呼ばれる傭兵はともかく、その傭兵専属と言っても差し支えない甘露の解体屋――その仕事ぶりから鋏の姫君と呼ばれる解体屋など、都市伝説もいいところだ。
「噂はな……! どんな機体もキレイに捌いて見せる、ひとをひととも思わない、冷酷非情な解体屋!」
「えー?どんなウワサなのソレー。物騒すぎだよー」
「クソ、寄るな!寄るな!!こっちに来るな!」
シャキンシャキンと手部――ハサミを鳴らしながら近付く解体屋に、男はボロボロになった機体で威嚇する。けれど当然、そんなものは気にも留められない。
「そうそう。ちなみにね、オニーサンのメモリ、オニーサンの頭ごとカーネイジくんに回す予定なのね。カーネイジくん解析とか得意な方だから。だから最初から喋っちゃってた方が良かったんだよ。そしたら機能停止状態でここに来てたんだろうし。黙秘なんて無駄だったんだよ?」
ろくに動かなくなった脚部の、爪先に鋏を当てながら解体屋は可哀想なオニーサン!と男を哀れむ。
意識を保ったまま解体されることよりも、黙秘が無駄であったことを哀れまれる男の発声装置が引き攣った。
そんな、じゃあ、自分があの拷問を耐えたのは、こんな目に遭うために? 情報を喋っても、喋らなくても、結局自分は、味方を窮地に追い遣る役にしかならないじゃないか。
敵に捕まった時から自分と味方の破滅は決まっていたのだ。それなのに、敵は、その帰結を知りながら、自分をあんな拷問にかけて――。

「あ――ア、アァア゛ア゛ア゛ア゛!」
発声装置が焼き切れてしまいそうな絶叫が解体部屋に木霊した。
同時に、男の機体が少し小さくなる。コロリと転がる男の機体だったモノ。
部屋に抛り込まれた当初の威勢も猛々しさも、虚勢の仮面すら打ち砕かれた男の泣声が廊下まで漏れる。
けれど助けはもちろん、近寄る人影も無いそこに救いはない。
「ねぇねぇオニーサン、次スイートドリームが来るのいつだと思う? はやく来てくれるといいよねぇ」
凄惨な悲鳴や音の合間に聞こえる鼻歌や朗らかな声も、解体される者や解体された者たち以外の誰かに聞かれることはない。
「んふふっ。スイートドリーム、褒めてくれるかなぁ。うち、ちゃんとお仕事してるから!」
恋する乙女のようなその声は、その地獄にひどく不釣り合いだった。

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