「Nonsence!」
「I don’t think so」
派手な銃声に掻き消されないように、彼らは声を張り上げて己の考えを主張する。
最も、双方ともに頑固な部類に入るので、攻防は一進一退である。
「だってさぁ! こんなの弾の無駄だヨ! 落ち着いて話し合った方がいいヨ!」
絶え間なく床に落ちる薬莢が甲高い金属音を生む。
口では落ち着いて、と言っているが、白い彼はスタームルガーMklを手放す気は無いらしい。
相変わらず実兄である黒い彼に銃口を向けて引鉄を引き続けている。しかしそんな弟を鼻で笑い、黒い兄はスプリングフィールドXDMの引鉄を、やはり引く。
「落ち着いて話し合いたいのなら、銃を降ろせばいいじゃないですか」
「――ッ!」
またひとつ。銃声と薬莢の落ちる音が空を震わせる。
「だから! キミが! 先に! 銃を! 降ろせばいいんだヨ!」
「まったく、ギャンギャンと五月蠅いイヌですね」
「なっ、なっ…! 怒るよ! ボク今から怒るよ!」
「どこかで聞いたことのあるセリフですね……」
出来たら弟の本気は御免被りたいと目を細めながら、兄はそろそろ弾が尽きるか、と扉の陰で思案する。
対する弟は某かくれんぼゲームのように、麻酔銃にカスタマイズしたMk.2に持ち替えて兄を眠らせてやろうかと、割と本気で中の綿を撒き散らしている哀れな革張りのソファの陰に隠れながら考えていた。
双方が弾丸を充填するために打ち合いを止め、薄暗い家に静寂が降りる。
淡い月明かりが、屋内で展開された銃撃戦によって荒れ果てた家具や間取りを照らし出す。
窓のガラスはほとんど割れていて、床に欠片が散らばっている。
また、その床にも無数の弾丸が撃ち込まれて穴だらけになっている。
本棚は本の一部だった紙たちがあちらこちらに散乱して、キッチンの食器は撃ち抜かれるか落下したかでほぼ壊滅状態。
部屋と部屋とを隔てる壁には黒々とした穴が開き、隣の様子を窺うには十分だった。
「(さて……そろそろ、動きますかね)」
19発。しっかりと充填したXDMを握って、ひとつ、静かに息を吐く。
「(さすがに…ホローポイント弾は込めてないよネ…?)」
Mklとは別に、もう一丁。ブレン・テンを握って、静かに扉の方を見る。
奇しくも、兄と弟が互いの様子を見ようと、顔を出したのは、同時だった。
「「!」」
ケンカするほどなんとやら
(あれ、その怪我、ボスたちどうかしたんですか?)(あぁ…またか……どないすんねん。対人業務やぞ…)
じゃあ、チェスでもしようか。と言う、白いメトロマイスターの言葉が最初だった。
「いいですよ。受けて立ちましょう。兄様」
「ん。オッケー。ルールを守って正々堂々、ね」
「言われなくとも、心得ております」
「ふふ。いいね。そんなとこも好きだよ」
駒は、それぞれ黒いメトロマイスター――ヒンが黒を、白いメトロマイスター――ヘーアが白を操る。
かたり、ことり、と白と黒の歩兵や騎兵が、ガラスのチェスボード上を進んでいく。
「貴方は、変わりませんね。その動かし方」
「そう? ヒンも、子供の頃から序盤はその動かし方だよね」
「序盤は、です」
むっ、と僅かに頬を膨らませてヒンは兄を見る。
いつまでも、昔と同じだと見くびってもらっては困るのだ。
チェスの戦略も、バトルの戦略も、昔とは違う。
年月を重ねる度に、過去の手順を振り返り、勝利する確率を上げるために、より鋭く、より緻密に、編成を繰り返してきたのだ。
それで、この賢兄に勝てるかどうかはわからないが、何事もやってみなければ、結末はわからない。
「・・・・・・へぇ、そうくるの、」
こつん、と白い僧正がガラスの床を踏みしめる。
「えぇ、どうか、しましたか?」
それに応じる様に、黒い騎兵が同じようにガラスの床を進む。
「いや、意外だな、って思ってさ」
「そうですか? 戦略に意外も何もないでしょう? 相手の意表を突き、勝利する。それが、基本ではありませんか?」
「ん、そうだね・・・そして、いかなる時も冷静に、だよね。うん。キミもいつまでも子供じゃないんだもんね」
微笑んで、次の駒に手を伸ばす。
「でもね、慣れない手は打たない方が、いいと思うなぁ。お兄ちゃんは」
また、一歩。白い駒が歩みを進める。
「慣れていないのならば、慣れなければいけませんから。皆、最初は何事も初心者でしょう?」
一つ、白の駒が消え、黒い駒が道を進む。
「なるほど。確かにそうだね」
「えぇ。初心忘れるべからず、ですよ」
今度は黒い駒が一つ消えた。浮かぶ、僅かな焦燥。
「ふふっ。ねぇ、ヒン。弟はね、お兄ちゃんには勝てないんだよ」
静かに激しく燃え上がる
(マイスター・・・? お取り込み中ですか・・・?)(あ、今お邪魔したらダメだぞ。命が惜しければな)
メトロロッタ七両目にて、カポメトロは厄介な客に絡まれていた。
「(あぁ、もう、なんてバッドタイミングなんですか)」
「(なにこれ。すっごい嫌なタイミング。ありえない)」
不快感を極力出さないように、表情を繕っているが、やはり二人の口角は僅かに引き攣っている。
「お客様、申し訳ございませんが、これはルールです」
「うん。ルール。あと、ぼくたち何にもズルしてない」
「「どうぞ、メトロを降りてくださいませ」」
目を合わせることも無く、全く同じタイミングで全く同じセリフを口にする。
そして、またほぼ同じタイミングでお互いをビシィッと指さして、言うのだ。
「わたし、カポメトロのアンディ、同じくカポメトロのトーンとしなければならない大切なお話がありますので」
「ぼく、トーン。ここのカポ。お客様大事。でも今は、カポメトロのアンディとしなきゃならない大事な話ある」
どこか、苛立たしげに片割れを指す。その姿は見事なまでにシンメトリーだった。
けれど。どんなに言っても聞かない、所謂、“お客様は神様”思考のひとは必ず、どこにでもいるわけで。
そして、口だけではなく、手を出してくるひともいるわけで。
「ッ!」
鈍い音。次いで、黒いコートが、メトロの床に広がる、衣擦れの音。
「! アンディ!」
そこで、初めて、白いカポメトロは黒いカポメトロを見る。
鳩尾を殴られて、その場に蹲る片割れの姿。
「きみたち! 許さないよ…!」
その声にも、相手は動じず、野蛮にも懐からそれぞれガットフックとコルト・ガバメントを取り出した。
そして、黒いカポメトロを立たせ、その蟀谷に銃を突きつける。武器を持っているという有利な立場からか、下卑た愉悦の笑みを浮かべて、尚、文句を垂れ流す。
その中に。彼を怒らせる言葉が、あったらしい。
「わたしは、どうなっても構いません。しかし。弟に。トーンに手を出すことだけは、許しません。よ?」
銃を突き付けている男をちらりと振り返る、その表情には、あたたかさなんてなくて、無垢に開かれた瞳には、凄然とした光が灯っている。
更に。何時の間に取り出したのか、美しい装飾が施された銃――ワルサーPPを、男が自分にしているように、男の蟀谷に突き付けていた。
その殺気に、誰もが息を呑む。その場で唯一、白いカポメトロは、笑った。
「…あっは。なぁんだ。アンディ、」
「何か、おかしいですか? トーン」
「それなんて殺し文句?」
いつの間にか元の鞘
(あれ、カポたちケンカしてたんじゃないんですか?)(突っ込むな。突っ込んだら負けだから)
持っている本をパタン、と閉じて静かに視線を上げるシャマルは、やはり静かにその口を開いた。
「ことばを、考えてみましょうか」
青碧の眼が細められる。
「モノを、事象を誰かに伝えるとき、必ずことばを以て、表現して伝えます。夢から現まで、ことばがなければ相手に伝えることはおろか、記憶や記録に留めておくことすら困難でしょう?」
「…つまり、僕たちは、ことばがなければ満足に文化を紡ぐことすらままならないって、言いたいの?」
「それ以前、です。ことばが無ければ思考すらままならなかったでしょう」
生まれた時から周りにことばが溢れていたわたくしたちにはことばが無い、という世界を想像することすら出来ませんが、と言うシャマルにキャムシンは僅かに唇を歪める。
「たしかに。僕たちはことばがなきゃだめだ」
「ゼロも無を表すことばも、表すだけであって、それを体現していません」
「……ゼロはゼとロ、そしてそのひとつひとつもまたzとe、rとoの、音が、zにもまた二つ以上の要素が含まれていて、決して“ゼロ”になることはないって、言いたいんだね」
「えぇ、その通りです。また、無ということ。これをわたくしたち人間は想像することが出来ません。何も無いということを想像することができないのです」
「そう、だね。確かに、何も無い空間という想像が真っ先にくるけど…何も無いなら空間すら無いはずだもんね……」
「ことばを使っているのか、ことばに使われているのか…依存のようなものですね」
さらりと、恐ろしいことを言って微笑むシャマルに、キャムシンは口角を下げて眉を顰める。
そんな弟を見て、兄は眦を下げた。
「さて、キャムシン。では、ここで一つ。貴方の好きな思考実験をしてみましょうか」
「…なに」
「知っての通りわたくしは理数系に強くはありません。なので簡易的に捉えたものですが、いいでしょうか」
「しようと誘ったのは君だ。僕は簡易的に捉えられたものでも構わないよ」
「…ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……今わたくしたちは7両目にいます。それは今挑戦者様がこの7両編成のメトロのどこかにてバトルをしているからです。そしてそのお二人はいずれ此処まで来るのでしょう。しかし。それを断言することは、そのお二人が、あの6両目と7両目を隔てる扉を開けて、その姿を現すまで、出来ません。寧ろ、その姿を見ることが出来るまで、挑戦者が居ることすら、見えていないわたくしたちは断言できません。では、キャムシン、」
「……シュレーディンガーの、猫、だね?」
弟が、小さく呟いた。
「挑戦者様からして、わたくしたちは、本当に此処にいるのでしょうか」
ほんの、少しだけ
(あれ、白チーフどうかしたんですか?)(惚れた弱みってヤツじゃないですかぁ?)
「ほんっとにアナタってひとは! ひとを怒らせることが上手いですね!」
そう、吐き捨てて黒い弟は真っ赤に熟れたトマトを白い兄に投げつけた。
「ちょ、ぶふっ! いたっ痛いよ! 潰さずに投げるなんてひどいよフェロ!」
お兄ちゃん傷付いた! とさしてダメージを受けていないだろう兄は、自分に背を向けて薄暗い廊下を早足で歩いていく弟に向かって叫ぶ。
返事は、返って来なかった。
今日は8月の最終水曜日。
地上ではトマティーナ――所謂、トマト祭りが行われている。
そして、地下のバトルサブウェイも、トマト祭り仕様になっているのであった。
理由は至極単純。
地下の主であるヘフェメトロがこういった祭事が好きだからである。
だから、サン・フェルミン祭りの時期になれば、またそれなりにメトロが飾り付けられる。
当人たちも実際に祭りに参加しているのだから尚更力が入る。
トマト祭りに毎年参加しているのは、黒いヘフェメトロのフェロ。
前夜祭の手伝いから祭り後の散水までを進んでボランティアしている。そんな彼がなぜ怒っているか、と言うと、それは片割れにして唯一無二の相棒であるはずの白いヘフェメトロ――カリルの所為であった。
前述の通り、フェロはトマティーナにほぼフル参戦しており、トマト投げ直前のパロ・ハボンにももちろん参加している。
地上の広場で石鹸水塗れになって生ハムを取ってくるのだ。獲得した生ハムはスタッフに振る舞われる。
しかし、そのままの姿でその後のヘフェの業務には戻れない。
ので、着替えるのだが、ここでカリルが、本人曰く“ついやって”しまうのだ。
「ついだのなんだの…その前にやることがあるでしょうが……!」
ガコン、と鈍い音をたてて取り出し口に350mlのペットボトルが落ちてくる。
兄に対する愚痴を漏らしつつ、プラスチックの板の中に手を突っ込み、落ちてきた120円のそれを掴んで取り出す。
そこで。
彼は一瞬手を止める。
手中にあるのは、白く包装されたペットボトル。
彼の欲しかった、缶コーヒーでは無い。
あぁ、甘いものなど、兄ではあるまいし。
飲まないわけではないが、気分では無い。
しかし買ってしまったものは仕方ない。これを無駄にすると言うことは120円を無駄にすることで。
兄に押し付けてやろう、と彼は踵を返す。
その時。
彼は自分の買ったものが兄好みであること、そして自分ではそれを消費しないから、それを兄に引き渡す、と言う一連が、まるで自分がそうしたかったことのように、綺麗に繋がることに気付く。
そして、その事実が満更嫌では無いらしい自分がいることにも。
トマトおいしいよとまと
(…ヘフェたちまたやってるよ……)(毎年毎年よく飽きませんよねー)
ひゅっ、と空を裂く音と木と木がぶつかり合う小気味の良い音が地下鉄の薄暗いホームに響く。
音の中心には黒と白の制服を纏った、地下の主が。各々、何処から持ち出したのか、拐と槍を手にして流麗に、しかし激しく、演武を舞っている。
周囲の鉄道員たちは、あぁまたか、という風に自分たちの上司たちを遠巻きに見ている。此処にお客様が居なくてよかったなぁ、と軽くそんなことを思っているのだろう。皆一瞥して己の持ち場へと向かう。
「ベイッサン! ねぇなんで怒ってるの?!」
「自分の胸に手を当てて聞いてみなさいナンシャァ! っの…ちょこまかと…!」
「ちょ、怖い! 怖いよベイッサン! 後半のセリフとかもう吾死亡フラグ…!」
普段おっとりとしている分、怒った時が怖い、とはまさに黒いティシャアイェゾンコンクァン――ベイッサンのことだろう。
現に、体が丈夫な、相棒であり兄である白いティシャアイェゾンコンクァン――ナンシャァとも彼是数十分は対等に渡り合っている。
いつもは少し走っただけで眉を顰めるくらいなのに。
「え、え…そんなに怒ることした……?」
「分からないのなら教えて差し上げますから、早くその拐を手放しなさい」
「…! 目が据わってて怖いよ……!」
黒塗りの切っ先が外されている槍を白塗りの拐で受けつつ思案する。が、ナンシャァには心当たりが思い浮かばない。
「……まぁ、何時まで経っても貴方は思い出さないのでしょうね」
「! 読心…?!」
「そんなわけないでしょう。その顔を見ればわかります」
「そんなものなの?」
「えぇ、そんなものです」
うーん、と首を捻る兄に弟は溜め息を吐く。
「やっぱり吾ら双子だね!」
「話を逸らさないでくださいまし」
かんっ、と乾いた音を湿っぽい地下に響かせて距離を取る。
そんな上司を遠くから見ていて、通りがかった古参の鉄道員は思う。どうでもいいから早く仕事に戻ってくれ、と。
しかしそんな想いに反して演武は続いていく。今日は挑戦者が少なくてよかった。いや、運営として見れば、利用者が少ないというのは、あまり良いことではないが。
「(でも、まぁ、触らぬ神になんとやら、だよな…うん……)」
見世物ではありません
(……気が済みましたか?)(あ、ようやく終わったんですね!)
カタカタと、途切れることなくパソコンのキーボードを叩く音が、暗い部屋に響く。
ものが散らかっている、お世辞にも綺麗とは言えない部屋である。
本棚には、大きさも厚さもジャンルもバラバラの本たちが詰め込まれている。
床には、その本棚に収まりきらなかった本や、何か、機械の部品のような物だったりが、散乱している。
そんな部屋には、簡素な机とシングルベットが必要最低限の大きさで鎮座していた。
「……だいたい、ハヘンが悪いのです、」
足の踏み場のない部屋の、奥に置かれた机にはデスクトップ型のパソコンがある。
そのパソコンに向かって、部屋の主は愚痴を零しながら文字を打ち込んでいた。
黒縁の眼鏡を青白い光が照らす。
同時刻。
自室のベットの上に寝そべって、機嫌が良さそうにライブキャスターを触る青年は、今頃自分と同じように掲示板にスレッドを立てているであろう片割れを想って、笑みを浮かべる。
「ふふふっ。まとめられるかな? サンヘンのスレ」
その時にゆっくり見よう、と足をバタつかせて無邪気に一人ごちる。その姿はどこか恋する乙女にも似ていた。
いつも職場で纏う制服と同じ白色でまとめられた部屋は、ひどく味気ない。
本棚には空きのスペースが目立ち、備え付けの机にはノートパソコンしか乗っていない。
「まぁ、特定は出来てるからまとめられなくても大丈夫なんだけど」
一枚、壁を隔てて、それぞれの自室に籠っている双子は互いに互いのことを掲示板に立てたスレッドで語っていた。
事の発端は、今朝。二人揃って職場へ向かうときのことだった。
他に食べるものが無かったとはいえ、それでも、無断で、楽しみにとっておいていたものを食べられれば、誰でも憤りを感じるだろう。それに加えて彼は、そういった類のことを根に持つ方だったのが、余計に悪かった。
業務に目立った支障は出なかったものの、挑戦者たちは気の立った彼――黒いソブウェイマストの前に成す術は無かった。ノーマルトレインでさえ勝ち抜けたものはいない。もちろん。彼の使ったポケモンたちは規則通りである。
しかし、それでも、体感としてはスーパートレインにも等しかっただろう。
そんな彼は、バトルに負け、トボトボと消沈して下車していく挑戦者など一切見ずに、ただ誰もいない七両目の虚空を殺気すら放ち睨みつけていた。
そんな彼を知ってか知らずか、彼の機嫌を氷点下まで下げた張本人にして彼の弟、白いソブウェイマストは、部下たちに、笑顔で無邪気に問いかけるのだ。
「ね、今日のサンヘン、とってもかわいくない?」
ケンカは理由は聞きません
(え、あ、はい…かわいい、ですね…)(白ボス絶対わざとだろ…)