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世界の果てで、ようやく見つけたんだ。

もう会えない。逢うことはないだろうと思っていたひとに。それがこんな、眠り姫みたいな姿で目の前に張り付けられているなんて──。

最後に目にした時と比べれば格段に長く伸びた髪をかき分けて顔を見れば、自分と同じか、或いは僅かに若いくらいの歳に見えた。

唇にその名を浮かべ、禍々しい枷を気にせず、触れられる肌に口付ければ、感情は溢れ出していた。

無我夢中で枷を叩き壊し、倒れ込んで来るからだを抱き止める。

想像よりも軽いその四肢はひどく冷たかった。嗚呼、と抱き締めて、しばらく。熱が移ったように温もりが満ちていく。

そして、身じろぎ、洩れる声。ぼんやりと開かれていく瞼の下からは焦がれた薄氷。

泣いたような、笑ったような、表情が男の顔に浮かんだ。

神様

「お前は──よくよく神に愛されているらしい」

不意に、兄が穏やかな微笑を含んだ声でそう言うのが聞こえた。弟は雑誌に落としていた視線をそちらに向け、首を傾げてみせる。

「いきなりなんだよ。アンタが神とか愛とか」

からかうように問うてみると、兄は今度こそ微笑の声を漏らす。

「そのままの意味だ。お前は愛されるという力を神からそれ自身の愛と共に与えられた存在だと、そう思ったんだ」

そう、穏やかに、しかし哀切の色を含んだ声音で語る兄に、弟の表情は僅かに歪む。

「で、なければここまでお前のような存在がひととしての性質を失わずに生きてこられるわけがないだろう?」

「あんたは、アンタは──」

まるで自分はいらないものだと言わんばかりの語りに、弟は物申したくなる。

「俺は、いい」

「よくないだろ。アンタは、オレが愛してるんだ。神様に愛されてたって、アンタに愛されてなきゃオレは、生きてたって死んでるようなモンだ」

雑誌を閉じ、極普通に歩き、ソファに腰掛けている兄の元へ向かう。年季の入ったソファにゆっくり腰掛けると、それは静かに新たな重みを受け止めた。大きなソファに大きなからだがふたつ、身を寄せ合うようにして収まる。

「俺はお前に『愛している』なんて言った覚えはないぞ」

「『愛している』とは言わないからな、アンタは」

クスクス笑い合い、弟は兄の肩に腕を回す。

「アンタはもっと刺激的に愛を伝えてくれる」

そして兄の頬を指先で撫ぜ、首筋に顔を埋めながら膝に乗り上げる。兄は素肌の上を流れる銀の髪に苦笑しつつ、弟を止めることはしない。やさしく、諭すように制止の言葉を吐くだけだ。弟の唇が兄の首筋から耳へと滑っていく。

「──、」

小さな吐息が耳を掠め、本能に染みていく。神に愛されたものが背信を進んで行うものか、と弟は胸中で仄暗くわらう。

「なぁ、知ってるか? 神に愛されたヤツは早死にするんだってよ」

なら、愛されたくも誰かを愛してやれと願うのも却下だよな、と弟は兄を掻き抱いて言った。

 

(神に愛されたのは、)

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