発売前だし好きに書いちゃえ!vs.開示されてる情報を活用し下手な創作は控えよvs.『月を見ていた』のACⅥMAD見たかったな…… ファイッ!
飼い犬たち(と飼い主)の噺。散文。ぶん投げちゃッタァ……😢
捏造・妄想1000%
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空は厚い雲に覆われていた。千切れた雲の隙間から垂れ落ちる光が何の色なのか、猟犬たちには関係の無いことだった。
乾いた大地を駆けていく。灰色の砂利が呆気なく蹴散らされ、吹き飛んだ先で砕けて潰えた。広く聳える壁の周囲に散在する、あるいは猟犬たちの成れ果て――その剥き出した一部が風に揺れた。
衝撃音。僚機が一機消える。まるで砂礫のようだ。直前、目標へ向かってミサイルを放ってくれたが、予定に狂いが出たことに違いはない。否。この予定外も想定の内ではある。そう易々と通してくれる壁であるならば、壁の意味をなさないではないか。突入ルートを再計算する。このミッションは成功させなければならない。全滅したとしても。
その作戦は、いわゆる下準備だった。
かつて周囲の星系を巻き込み、星上含めた多くの命と生活を奪った大火。その火種が再確認されたのだ。質の良い資源。だが、至極不安定な危険物。魅力溢れる二面性だ。それを、あの惑星で手に入れる。
そのために猟犬たちは荒れ果てた僻地の星を駆ける。星間防衛機能、その網に穴を空けるために。
僚機がまた一機消える。倍の体躯を持つ防衛機体に押し潰された。だが無駄死にはしなかった。陽動と攻撃。おかげで比較的安全に懐へ潜り込むことができた。相手の巨躯を機体全体で押し止める。右腕のガトリングを、捩じ込んだ。
――帰投不可。
その事実を、ふと呑み込んだ。
彼の元へ、自分は帰れない。
死ぬつもりはなかった。このミッションを成功させて、帰投して、次に迎えるらしい新たな猟犬と共に、あの惑星へ往く。そのつもりは十二分にあった。けれど、そんな都合のよすぎる展開にはならない。ならなかった。それだけだ。
ならばせめてミッションを成功させる。それが自分たちにできる、彼への誠意の示し方だ。
惜しまれることはあれど悲しまれることはないだろう。飼い主と飼い犬とは、そういうものだ。それで十分だ。廃棄を待つだけだった野良犬たちに、居場所と意味を与えてくれた。それだけで十分過ぎた。
一閃。断末魔のような光線が空を走った。雲を射貫く。その後、爆炎。残ったのは、残骸だけ。
宵の帳が降りる。実際に夜なのかは分からない。黒煙で周囲が暗んだだけの可能性もあった。些細なことだ。ミッションが成功し、本命となる猟犬の道を拓けたのなら、何もかも些事でしかない。
猟犬は――その自覚が無くとも――結果に満足していた。幾夜を越えて、彼と僚機とここまで辿り着いた。幾層の装甲を捨て替え、数多の武装を使い潰して、切り捨てて投げ捨てて磨り減らして走ってきた。星がその最期に最も強い光を放つように。
一度死に、けれど眠りには就けず、冷たい天井を見上げるばかりの遺物を、彼は己の犬として買い取った。この身を拾い上げたのが彼で良かった。もはや感慨は無く、淡々と時に流されるだけだったところを、拾われ、使われてみれば、まるで生きているような心地がした。だからここで死んだとして、そこに何の恥があろう。犬は飼い主に成果を運ぶもの。後は彼と、新しい猟犬がその目的を達してくれるだろう。自分たちには終に叶えられなかった、人生を買い戻すことだって、成し遂げてくれるだろう。
覚醒と起動は同義だった。もはやそのためにしか存在できないのだとそれは漠然と理解していた。果たしてそれはヒトなのだろうかと、幸福な人間たちは首を傾げる。対して、その飼い主はしかし飼い犬と呼んだ。ひとに戻れるかもしれないと独り言ちた。以前の飼い犬たちに叶えてやれなかったことを、今度こそ叶えようとするように。
指示と行動は紐付いていた。猟犬とはそう言うものだからだ。だが、感情が無いと言うことが、思考も無いと言うことではなかった。
声が聞こえた。自分を起こしてくれた声ではない。けれどその声を、猟犬は手繰った。彼はこの身を案じたけれどまだ動ける。ならば動いた方が彼のためになるだろう。どうやらこの声はこの惑星のことを知っているらしい。ならばこのまま案内してもらおう。どこまで行けるかは知らないけれど。その先で倒れたとして、きっとまたあの声が起こしてくれるだろう。
彼は飼い主なのだから。
煌々と眩い赤の前にそれは立っていた。己が引き起こした再びの災禍を前に、感慨は何も感じられない。今度こそ、何もかも灰になるだろう。何時か見上げた青白い衛星も、今は赤く光輝いている。
燃料であり麻薬である有益な資源を火にくべる。恨む者。呪う者。妬む者。憐れむ者。怨嗟と呪詛は方々から溢れるだろう。誰の指示でもない、それ自身の選択。こうすることが最善だと判断したから。
彼は怒るだろうか。お前が火にくべたのはお前の未来だった、等と。
けれど何が「正しい」選択だったのか、判るはずもない。母星を食い潰し、他星を使い潰して来た種族だ。帰結はきっとどれも同じだろう。
聞こえるはずのない声が聞こえた。今はもう懐かしく思える声だった。
その声で、名前を呼んで欲しい、と――「自分の名前」など無いのに――思った。
呼ばれれば何時だって応えよう。自分は彼に拾われた犬なのだから。
一度でも良かった。呼んでくれさえすれば、自分はその手元に駆け戻っただろう。
己の手でそれを壊したから、叶うことはないけれど。
汚れた手のひらを見下ろした。拾い上げてくれたのが彼で良かった。でなければこうして外の世界を見ることも歩くことも、この道を選ぶこともなかっただろう。
己に確かに生命を与えてくれた彼に、それは感謝していた。
青白い衛星が輝いている。
往く先はもはや無く、導く声もやはり無い。
何もかもを燃やしたものの、当然の末路だった。
旅の道連れはいつの間にか霧散し、それは独り灰の地を見下ろす。
二度の大火はひとの記憶に残り続けるだろう。故意に大災害を引き起こした自覚無き巨悪と共に。
+++
むかしむかし、ルビコンⅢに世紀の極悪人であるハンドラーがやってきました。
ハンドラーは、ルビコンⅢにあるコーラルを自分のものにしようと、ルビコンⅢのひとびとを力ずくで従わせようとしました。
生活や、大切なひとが次々にハンドラーに奪われていき、ルビコンⅢのひとびとはとても困りましたし、悲しみました。
けれどそんなとき、ハンドラーの猟犬の一匹が、ルビコンⅢのひとびとのために立ち上がりました。
飼われていた犬は、ハンドラーの首輪を噛み千切り、自由の翼を手に入れました。
ひとびとはその犬を、渡り烏(レイヴン)と呼びました。
レイヴンに導かれ、ルビコンⅢのひとびとは立ち上がりました。
最後の戦いの時、ハンドラーはルビコンⅢの地下深くに封印されていた、禁じられた機体を持ち出しました。
それはとても強大で、凶悪なものでした。
けれどレイヴンは、ルビコンⅢのひとびとが心を込めて作った機体を駆り、ついにはハンドラーを打ち倒してしまいました。
ボロボロになった機体からハンドラーを引きずり出して、レイヴンは言いました。
「もう二度と人々を苦しませないと、ここで誓え。そうすれば、命だけは助けてやろう」
けれど世紀の極悪人であるハンドラーは、レイヴンを嘲って答えました。
「愚かな渡り烏よ。では誓って言ってやろう。俺はもう人々を苦しませない。だが人々は自分たちの手でその首を絞めるだろう。もはや俺の手は必要ないのだ」
レイヴンはハンドラーをルビコンⅢの奥深く、星の中心に連れていきました。
そして大きなコーラルの結晶の中に閉じ込めました。
「ハンドラーよ、そこで見ているがいい。人々は手を取り合って生きていける。お前の言うように、破滅になど向かわない。それをここで、永遠の孤独とともに思い知れ」
ルビコンⅢの中心には、大きなコーラルの結晶がある。
その中には、世紀の極悪人ハンドラーが封じ込められているから、近付いてはいけない。
ひとが近付けば、ハンドラーが目覚めてしまうから。
近付くことができるのは、封じ込めた張本人であるレイヴンだけ。
けれどレイヴンはもういない。
いつの間にか、その姿を消していたのだと言う。
レイヴンが再び姿を現すのは、ハンドラーの封印が解けた時だと言われている。
+++
これの後日のはなし。
21ウォル前提当然思考のおかげでCP感の程度が分かりませんたすけて…………。
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最愛なる吸血鬼ハンドラー・ウォルター曰く――血にも味があると言う。主となる鉄の味ではない部分のことだ。ものによって甘かったり苦かったり、酸っぱかったりするらしい。そうなると自分の血はどんな味なのだろう、と気になるのがひとの性である。そんなわけで訊いてみれば、ウォルターは月明かりに本を撫でながら「お前の血は、少し甘い」と教えてくれた。
あれから季節は過ぎて、白い夜の季節になった。
ウォルターの義肢は時間と共に柔らかさとしなやかさを増し、その身体の一部として馴染んでいっている。修繕された右の義手も、綻ぶことなくその役目を果たし続けていた。
件の人間たちはまだ街に拠点を構えている。あの夜人外たちに襲撃され――主にミシガンのお陰で――大きな被害を被った施設と組織は、以前と比べれば細々と活動を続けていた。ウォルター含めて街へ赴く森の住人たちが、その建物が聳える東部地区画に近付かないことは言うまでもない。
隣を歩くウォルターにしっかりと寄り添って、621は街路を往く。
621も人の姿を保つのが上手く長くなっていた。ウォルターと一緒にどこへでも行けるようにするためだ。その努力もあって、少し前から621は買い出し以外にも、ウォルターの仕事の随伴や使いとして街を訪れ滞在するようになっていた。
そして今日は――ただの買い出しだ。
エアは友人と女子会とやらをするのだと朝のうちに棲家を出て行ってしまった。友人はセリアと言うらしいが、ふたりはまだ会ったことがない。
日用品を買って、食料品を買って、それから本屋に寄って料理の本を買った。大体のものは狩りや採集で事足りるとは言え、国外の香辛料や筆記具の類いは人間の街で買う方が安く上がり後腐れもない。
袋に入った荷物を抱えて、ふたりは空模様と裏腹に活気のある街を歩いていた。
そして、昼時の少し前に、ふたりは昼食を摂るためにカフェへ入った。
まだ客の少ないカフェは店内のテーブル席が空いていた。店の奥、角の座席へ案内されたふたりは向かい合って腰を下ろす。通りに面したガラスの向こうに、一葉も残っていない街路樹が見えた。
注文した品を持ってきた給仕はにこりともしなかったが、ふたりは気にしなかった。
運ばれてきたローストビーフのサンドイッチを頬張りながら、621はウォルターを観る。
フルーツの盛り合わせを頼んだウォルターは、器に盛られた果物をフォークに刺して口へ運ぶ。しゃくり。かじられ折れたリンゴの一片から、果汁が溢れた。ウォルターの赤い舌が、垂れ落ちる前にそれを掬う。
ウォルターが血と果物以外のものを口にしているところを、621は見たことがない。おそらく、吸血鬼と言う種がそう言う食性なのだろう。
不便そうだ、とは思った。
けれどそれ以上に――綺麗だと思った。
ぶどうを噛み潰して飲み下す。一口大に切られた鳳梨を咀嚼する。口端を濡らした桃の汁を舌で拭う。オレンジの房を分ける指先が薄皮に穴を開ける。キウイをくり貫く手の動きには淀みがない。柿に気付いた目が微かに丸くなり、メロンを捉えて少しだけ和らいだ。
所作自体はゆったりとしているが、黙々としているために器の上は目に見えて物がなくなっていく。
綺麗に、美味しそうに食べるな、と621は思う。食べ方も、食べている姿も。時折チラリと覗く鋭い牙は、果物を食べるためのものではないのに、よく似合う。ウォルターのにおいが良い匂いなのは、この食事が要因となっている部分もありそうだ。
取り留めなくそんなことを考えていると、ウォルターと眼が合った。
パチリ、とお互いにまばたきをひとつ。
「どうした621。何か食べるか?」
ウォルターはごく自然に自分の皿の上を見せながら、そんなことを言った。
621がもそもそ頬張っていたサンドイッチを置いて、紙ナプキンで手を拭う。ウォルターは621が見やすいように皿を寄せた。フォークに刺していた梨を外して、621に柄の方を向けてウォルターは三叉の食器を渡す。
帰りの道には灰色の空から冬の便りが届きそうだった。
曰く、その甘さは果物のそれとは違うのだそうだ。けれどもチョコレートやクリームとも違う。その血の・・・・甘さとしか言いようがない、と。試しに自分の血を舐めてみたこともあるが、結局分からなかった。
ソファに腰かけて縫い物をするウォルターをチラと見て、621はもすりと頭の位置を調整する。四つ足の姿は、こう言うときに都合が良い。ひとの姿で膝枕をしてもらうと、意外と相手の邪魔になっているような気がする。それに、心なしか四つ足の姿でいるときの方が頭を撫でてもらいやすい体感だ。現に今も――もふもふと針を手放した手が頭を撫でてくれた。
ウォルターが作っているのはエアの新しい容れ物だ。街で色味と柄の良い布が手に入ったため、製作に取りかかった。当人のリクエストでかたちは四つ足の犬。全体的にまろい手乗りのシルエットは、それだけで愛らしい。
作り物の指先は白い。外に出るときは着けている黒革の手袋が無いからだ。
つるりと艶やかな白い骨。魅力的でないと言えば嘘になる。否。魅力的だ。骨だからと言う以上に、ウォルターの・・・・・・四肢だから。
はふ、と息が吐かれる。反射的に耳がぴくりと動いた。衣擦れの音が続いて、コトリと硬い音は眼鏡を置いた音だろうか。621はのっそりと起き上がり、鼻先をウォルターの顔に押し付けた。
「どうした、621」
ぐいぐい鼻先――どころか身体を押し付けてくる621を、しかし咎めることはせずにウォルターは訊く。621の横面、頭、首もとを撫でた手は、子供をあやすように胴まで撫でてくれた。
最終的にウォルターをソファの上に押し倒す体勢になった621の尾は、当然勢いよく揺れていた。
ソファと首筋の間に鼻を突っ込めばウォルターのにおいがした。誘われるように、べろりと舌がかたちの良い耳を撫ぜる。ウォルターの肩が跳ねて、621の毛皮を楽しんでいた指先が振れた。
621、とウォルターが囁くように呼ぶ。その声に対する答えは――肩にされた甘噛みだった。
かぷ、かぷ、と肩や首を甘噛みされる。服には穴が開いたかもしれない。まあ既製品であるし惜しむことはないか、とウォルターは621の好きにさせる。やがて長い鼻先は顔の正面に戻ってきて、ぺろりと薄いくちびるを舐めた。
621の舌先は唇だけをなぞり、頬や鼻筋へ行くことがない。
つまり、そういうことだ。
ウォルターはそっと口を開けた。良い子で待って・・・いた獣の舌が、押し込まれる。
「ぅ゛、あ゛……、」
大きな舌が口内を埋めながら掻き回す。応えようにもウォルターの小さく短い舌は翻弄される一方だ。621から流し込まれる唾液にぐちゅ、じゅぷ、と水音が立つ。溺れそうだった。
621もウォルターとの口付けに夢中になっていた。ウォルターのにおい。甘い唾液。ぴくぴくふるえる薄い目蓋。時々鋭い牙に舌が触れてチリリと痺れる。縋るように首へ回された腕が庇護欲と嗜虐欲を煽った。
口付けと言うには、あまりに野蛮な接触だ。
「ぁ、ぇ……、……はッ、は、ァ、……っ、」
ずろりと621の舌が抜け出た後に、赤く濡れたウォルターの口内が晒される。ごくりと獣の喉が鳴った。
刹那、一匹と一人の視線が絡み合う。
ぐるる、と獣が唸りを上げる。懇願で、要求で、誘惑の声だった。
ウォルターが誘いに乗らなければ、621はその判断に従うだろう。腹の上に陣取ったとて、621の主人がウォルターであることは変わらない。ウォルターが拒否すれば、621はその身体の上から退き、戯れの接触で我慢するのだ。耳をペタリと折って。その様は想像するに易い。
だからこそ――否。そも、ウォルターが621を拒むことなどできはしない。
ウォルターの両の手が、621の頬を包む。
“…come.”
囁く声は掠れて、くちびるは紅を引いたように色付いていた。
ならば己が潤せば良い、と獣は再度舌を伸ばす。
こぷりと注がれる唾液にウォルターが喘ぐ。その声と表情に、また本能が煽られた。
壁にかけられた時計を見ないようにして、ふたりは互いの熱に溺れていった。
そうして、人形の完成予定がズレ込んで、エアに生温かい眼で見られることになるのは――分かっていたことだった。
+++
書きたいとこ、と言うか現時点で書けたとこだけ。
メモ程度に。
試作です。
21ウォルかつエアウォルのような何か。
変異波形であるエアちゃんは波形で感覚を受け取ったりするのかなぁって言う不意の興味でした。
なんかそんな感じの話。
諸々捏造というかテキトーです。すみません。
3人は相思相愛。
ル解√ifでウォルター回収後に再教育の影響が薄れるか無くなるかしたくらいの話。
相変わらず四肢は無い。
年齢指定は添えるだけ。ごめんね。
気を付けてね。
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「お゛っ゛――、あ゛、ぁああ゛あ゛!゛!゛」
薄暗い部屋に、荒い息遣いと粘ついた水音と悲鳴のような嬌声が満ちる。
様々な機械やケーブルが床を埋め、壁をモニターが覆う部屋のスリープ台で、小さな身体が身悶えている。
その身が小さく見えるのは四肢が無いためだった。肩口と鼠径部に嵌め込まれた、義肢を接続するためのソケットが受難を語る。たとえば今のように誰かに覆い被さられたら、逃げを打つことはおろか、抵抗すらも儘ならない。
「ひいっ、い゛ッ゛……、ぐッ゛、う゛ァ゛あ゛あ゛!゛」
ばちゅん、と力強い水音。ガクガクとふるえる身体が、ぎゅうと抱き込まれて僅かな自由も奪われる。
「……は、っ……、ウォルター、」
「ァ゛、ッ゛……~~~、ろぐ、ぅ゛ッ゛、ろくに、ぃちィ……!」
小さな身体を抱え込む621が、その名を呼ぶ。呼ばれたウォルターも、熱に溶ける声を必死に紡いで縋る。
倒錯的な光景だ。
四肢の無いウォルターを、621が獣のように貪っている。人権も尊厳も押し潰して、理性も倫理観も突き崩して、薄暗い部屋で情事に耽る。
だがそれは然したる問題ではない。
今回が常と異なっている点は――
「ぇあ……、エア、が、ぁぁ~~~ッ!」
「ウォルター? 私は大丈夫ですよ。気にしないでください」
「ヒッ――、ぃ、ひいィッ……!」
エアが621とウォルターの傍にいることだった。
正確には、脳深部デバイスを介して両者と交信を行っている。今回のメイン交信はウォルターだ。普段から義体や交信で交流しているが、こうして621との情事に参加するのは初めてのことだった。
ふと思ったのだ。情事の最中のウォルターの中は、どんなものなのだろう、と。無垢な好奇心だった。
実は時々、621とウォルターの情事の傍にエアはいた。もちろん621に了承をもらって。
最中の621から受け取る波形は心地良かった。押し寄せ引いて、また押し寄せる波のようだった。深くて温かい音と波。エアがそれに揺られることを気に入るのに時間はかからなかった。加えて、いつもとは違うウォルターの姿を見られるのが良かった。621との交信で、嗜好がごく近くなっているのもあるのかもしれない。
そんな時間を経て、ではウォルター側はどうなのだろう、とエアが考えたのは必然のようなものだった。
情事の最中のウォルターは、確かに可愛らしい。だが苦しそうな瞬間があることも、否定できない。――ほんとうに、大丈夫なのだろうか。ほんの少しの、心配もあった。
だから621に相談し、ウォルターに提案したのだ。情事中に交信させてくれないか、と。
もちろん、その際に時々621側から情事を見ていることがウォルターに知られたし、それも含めて絶句された。
けれど結局、ウォルターなので、ふたりの熱心な説得に折れた。
「ぁう、ア゛、ふぁ、……ん゛ッ゛、う゛ぅ゛……!゛」
そしてその結果がこれである。
日頃「好過ぎる」と思っている621との情事に加わる、エアと言う非日常。エアがもたらす、新しい刺激や感覚。正直なところ、ウォルターはいっぱいいっぱいだった。
「ウォルター。堪えないでください。あなたの音は、心地良い」
波形であるエアはウォルターの声や心音と言った波形を気に入っていた。平生の穏やかな波形も好きだが、情事中の波形もまた、魅力的であることを知ってしまった。
621が描くものとは違う、大きく振れ幅のある波形。621が「揺らす」波ならウォルターは「揺らされる」波だ。その内に巻き込まれて、揉みくちゃにされる、波の内部。
もっと。もっと触れたい。聞きたい。見たい。
ウォルターの波が大きくなっていくにつれて、エアもまたふわふわきらきらとした陶酔を抱き締めてくふくふ笑った。
「えぁっ、えあ……っ、おれ、おれぇ……!」
「ウォルター。きもちいいよ」
「ふ゛ぅ゛ッ゛、ア゛ァ゛ァ……! ろ――ひ、っ、ぎィッ!」
621がごちゅごちゅとウォルターの身体の奥を鳴らす。背骨に打ち込まれた金属器具ごと、ウォルターの背が反った。ぴゅく、と色の薄い熱をウォルターの半身が吐き出した。
「なんですか、ウォルター。私はここにいますよ」
「あ゛あ゛ぅ゛!゛ ァ゛、エアっ、俺……、ひっ、ぁう゛、お゛がじッ……、み、み゛な゛いれ、くぇ゛……!」
汗や涙や涎で顔を汚しながらウォルターが懇願する。その最中にも621はウォルターの胎を穿ち続けている。
「お゛っ゛、オ゛ッ゛――、こん、な゛っ゛、こんなァ゛……!゛」
「いいえウォルター。ぜんぶ見せてください。いちばん高いところも、いちばん深いところも、ぜんぶ。私に見せて」
エアがふわりと愛らしく笑いながら残酷なことを言った。直後、ぱちりと何か痺れるような感覚が背筋を走る。
ちかちかと赤白く視界が明滅する。621が与えてくれる刺激が、直接神経に触れているような、鮮明さ。
ウォルターの意識が明瞭だったなら、それがCパルスによる知覚強化――もしくはそれにごく近い何か――の効果だと察することができただろう。
「はぁ……ッ!」
飛びそうだ、と思った意識の横で、ぐぽん、と身体の奥から音がした。
散々突かれ叩かれ耕された最奥が、終に621の欲望を受け入れてしまった音だった。
「ぁ――、」
頭が真っ白になる。キン、と甲高い音を聞いた気がした。
「ああ、」
三者三様の息が漏れる。
安堵にも似た、熱っぽいものがひとつ。引きつり、すべてが止まったようなものがひとつ。そして、恍惚としたものがひとつ。
最も苦しんだのが真ん中のものであることは、言うまでもない。
「――!!! ッ!! ~~~~~!!!」
声らしい音も発せずに身体をふるわせるウォルターを621が抱き締めて、それでまた熱杭がズッと胎を滑る。堪らず明後日の方向を剥いたウォルターの目に、621は口付ける。コーラルの溶けた涙はほのかに甘い。
ちかりちかりと視界に光が舞う。楽しそうで、嬉しそうだと思った。
「エア」
「レイヴン。ウォルターは大丈夫ですか?」
ふわふわとした声でエアが訊く。心音は見ているだろうから、意識の話だ。
「平気。すぐ起きる」
ひ、ひ、としゃくりあげるような呼吸を間近に聞きながら621は答える。その口許には薄っらと笑みが浮かんでいた。
「ウォルターも、きっと最後までいきたいだろうから」
「私にできることはありますか?」
「なんだろう。さっきのCパルス?続けてみるとか」
「……レイヴン。その、もし、やりすぎだって怒られたら、」
「いっしょに怒られる」
くすくす、とふたりは笑い合う。仲睦まじい姿。無邪気さすら感じさせる。
けれど今からやろうとしていることは、可愛らしさの欠片もないことだ。
「ウォルター、」
ふたつの声が、甘ったるくウォルターの耳元を舐める。
+++
617先輩→ウォルター
---
ハンドラー・ウォルターが時々深夜のダイニングスペースで溜め息を吐いていることを、617は知っている。
617はウォルターが何を求めているのか知らない。仕事と指示と機体を与えられ、戦果を出す。ウォルターが617に求めるものがそれだからだ。ハンドラー・ウォルターの猟犬である617にはそれが相応で十分な役割だ。
だが同時に、617はウォルターのその深夜の行動が気になってもいた。我々の成果に過不足は無いはずだ。ハンドラーの言葉と声音に揺らぎは無く、データとしても疑う余地はない。では何故、我々のハンドラーは深夜のダイニングスペースで溜め息を吐く?
「よくやった。不調は無いか」
帰投後、出迎えてくれたウォルターを観察する。声音、言葉選び、バイタル。どれも正常だ。
「問題ありません。お気遣い感謝します」
617はいつも通り起伏の無い声で答える。ウォルターは、その淡々とした反応に「そうか」と頷いて、617に「休め」と次の指示を出した。
その日の夜、ふと目の覚めた617は水分補給をしにダイニングスペースへ向かった。
そこには先客がいた。ウォルターだ。
両肘をテーブルにつき、組んだ指の上に額を乗せている。側にはマグカップが置かれている。微かに漂うにおいは――コーヒーのようだ。
「カフェインは睡眠を阻害します。ハンドラー・ウォルター、睡眠導入にはホットミルク等の方が良いかと提案します」
他の猟犬を起こしてしまわないよう、足音を忍ばせてウォルターへ近寄ってから617は囁いた。
突然の声にウォルターの肩が跳ねる。ガタッと、テーブルとその上のマグカップが揺れる音がした。
「――……617か。どうした?」
ウォルターが顔を上げる。目元が微かに赤らんでいた。テーブルの上にはマグカップの他に、タブレットも置かれていたことに617はそこで気付く。ウォルターの肘もとにあって、その身体が隠していたのだ。
画面には、強化人間手術についての古いアーカイブや、ルビコン、コーラルと言う文字が見て取れた。これらがウォルターの溜め息の原因らしい。
「……つらいのですか」
617はウォルターの足元へ跪き、自分の飼い主を仰ぎ見る。
強化人間手術。コーラル。そしておそらく、ルビコンも。画面に映し出されている文字列は、どれも自分たちに縁のあるものだ。つまり自分たちがウォルターの憂鬱となっていると言っても過言ではない。617はそう考えた。
「ハンドラー・ウォルター。我々は現状に満足しています。他の強化人間と比べて恵まれている。貴方は我々を十分に使ってくれる。何も気に病むことはありません」
ウォルターが膝に置いた手を取って、617は冷えた義手に頬を寄せる。
「貴方は我々を貴方のために使えば良いのです。……そしてもし、貴方が貴方の往く道をつらいと思うのなら、我々は喜んで貴方の逃げ道を拓きましょう。追ってくる企業も傭兵も、すべて食い破って貴方を安寧の地まで運びましょう」
それは俗に言う、駆け落ちの提案のようなものだった。617は群れのβであるから、αであるウォルターは当然として、他の猟犬たちも当然のように巻き込んで話す。けれどきっと、他の猟犬たちは617のこの提案を否定しないし同意するだろう。
ぽた、と617の頬に雫が落ちる。
まぶたを閉じ、ウォルターの義手に頬を預けていた617は目を開ける。見上げると、ウォルターの瞳から涙があふれていた。
ぽたりぽたりと雨が降る。ウォルターは、自分が涙を流していることに刹那気付いていないようだった。
「ハンドラー・ウォルター。やはり、つらいのですね。ひとはつらいとき、悲しいときに涙を流します」
617の指先が涙を拭う。その動作と言葉で、ウォルターに自覚が芽生え、花開く。
「ぁ――」
くしゃりとウォルターの顔が歪む。
617は音もなく立ち上がって、ウォルターをひょいと横抱きに抱え上げた。テーブルの上のタブレットは黒く沈黙して久しい。
ふるえる肩を抱きながら、617は自室へ向かう。ウォルターの私室は、鍵がかかっているかもしれないと思ってやめたのだ。薄暗い廊下に、圧し殺した泣き声が溶ける。
自室に辿り着いた617はベッドへウォルターを寝かせて、自分も隣へ横になる。そうして、ずいぶん細く見える身体を抱き寄せた。
「ハンドラー・ウォルター。私の飼い主。貴方が拐えと言えば喜んで私は貴方をこの世界から拐いましょう。私は――何ものにも貴方を害されたくはないのです」
胸元にかかる熱い吐息を感じながら、617は薄闇を睨み付けていた。
+++
621の飼い主は、冷たい印象を与えるひとだった。ちょうど、今ヘリが臨んでいる氷原の、氷雪のような。
それは冷たいものだ。炎とは違う温度で生身を焼く。
サクサクと真白な雪を踏み締める621は、まだ寒暖がいまいち分からない。ヘリの中と変わらないパイロットスーツ姿で、621は出歩いていた。
見たこともない景色。触れたことのない感触。深と静かな世界は、まるで降り積もった白に音を吸われたようだった。621は記録するように氷雪の世界を観ていた。
キュッと雪が鳴いたのは、不意だった。それは存外、近いところで聞こえた。621は振り返る。
「621、せめて上着を着ろ」
そこには件の飼い主――ハンドラー・ウォルターがいた。それははじめて見るハンドラーの姿だった。もこもことした上着を着て、いつもとは違う手袋をしている。621は雪からハンドラーへと関心を移した。
サクサクと雪を踏んでハンドラーへ近寄る。杖を持っていない方の手にある上着が差し出される。けれど621はそれを無視してハンドラー自身へと手を伸ばした。
「っ!」
ハンドラーの頬に触れ、そのまま首もとへ指先を差し込む。ハンドラーが息を詰め、首を竦めた。621はじんわりと指先が痺れる感覚に僅かに目を見開いていた。細められる目。赤く色付いた鼻の頭や耳、目元。乾いて見えるくちびる。じい、と雪景色のハンドラーを記録する。
「っ、ろくに、ぃち、」
ハンドラーが喘ぐ。口元に白い吐息がこぼれて消えた。ぶるりと身体が大きくふるえ、それで621はハッとしたようにハンドラーの首もとから手を退けた。ハンドラーの目は、少し潤んでいた。
「……621、上着を」
今一度差し出された上着を、今度こそ621は受け取った。
「まだ見ていくか?」
上着を着た621にハンドラーは訊く。621はかくりと首を傾げた。興味関心の対象が、雪からハンドラーに移っていたから、ハンドラーがここにいるなら自分も留まるつもりだった。それを、ほとんどそのまま伝える。
ハンドラーは、何とも言えない表情をした。
「……邪魔をしてしまったようだな……。俺は戻るが、どうする」
621はハンドラーの言葉に、その手を取ることで答えた。621の赤くなった手が、厚い手袋に包まれたハンドラーの手を握る。621の手を見て、ハンドラーが小さく溜め息を吐く。
「621、氷原と言った寒冷地に出るときは温かくしろ。人の身は寒さにも焼ける。特に凍傷は末端から身体を欠けさせていく」
ハンドラーは着けていた手袋を外して、621へ着けさせる。ヘリまで然して遠くはない距離だったが、せめてもの防寒だ。
上半身を、なんとか人らしいもこもことした格好にさせた621は、それこそ犬のようにハンドラーに擦り寄った。自分が差し込んだ指先で僅かに寛げられた首もとに顔を寄せる。冷えた頬とまだ温かな首筋が触れ合って、ハンドラーの口から短い悲鳴が漏れた。
「ろ、くに、いち……!」
621の頬に痺れるような感覚が広がり、強張りが解けていく。ハンドラーの温もりを奪いながら、冷えた身体が解けているのだ。それに気付いた621は、よりハンドラーに身体を寄せて、挙げ句両手をその背に回してぎゅうと抱擁した。ハンドラーは、抱擁の強さに呻きつつも621の好きにさせた。621の鼻腔を、ガレージで嗅ぎ慣れた、鉄とオイルのにおいがくすぐる。
621の飼い主は、冷たいと言う印象をひとに与える。けれどそれは、ただの印象だ。実像ではない。
ハンドラーは温かい。血潮の通った人間だ。寒暖も感じられる。歴とした人だ。どれだけの他人がハンドラーを「悪名高い」と言ったところで、621にとって「良い飼い主」であることは変わらない。
ハンドラーは621を上手く使ってくれる。パフォーマンスを損なうようなことをしないし言わない。ACを駆るパーツに相応しい戦場を提供してくれる。そして消耗品なりに大切に扱ってくれる。おそらく、並の独立傭兵や企業所属の強化人間よりも丁重に扱われている。
621はハンドラーを好いていた。自覚はまだ無かったし、それがどの感情から来る「好き」なのかも判らなかったけれど、気付けば621はハンドラーを好いていた。
だから621はハンドラーを「温かい」と認識する。
だから621は、ハンドラーに二度、その身を焼かれた。
一度目は表層の冷たさに。二度目は深層の温かさに。知らぬ間に踏み込み、不用意に触れて。
――ハンドラー自身は、自分が621を焼いたことに気付いていないだろう。当然だ。621が勝手に焼かれたのだから。炎は自分の熱さを知らないし、氷は自分の冷たさを知らない。それと同じだ。
溶けそうなハンドラーの体温を貪り食って、621はハンドラーの身体を抱き上げる。ハンドラーの身体は621に体温を奪われて少し冷えていたけれど、もこもことした衣服に包まれて、ハンドラー自体が冷たいなんてことは当然なかった。
621の行動にハンドラーは戸惑っているようだったが、咎めるようなことはしなかった。621の顔を見て、そこに常と変わらぬ無表情があることを視認して、やはり何も言わずに621の勝手を許した。
サクサクと白い雪の上に足跡が一人分続いていく。進む先には武骨なヘリがあった。
「ハンドラー・ウォルター」
621が不意に口を開く。白い吐息が灰色の世界に溶けて消えた。
「どうした、621」
――自分は、貴方の願いを叶えたい。
そんなことを言おうとして、けれど言葉も心も知らない621はハンドラーを見下ろしたまま停まってしまう。
ハンドラーは次の言葉を待っている。621を真直ぐに見つめている。
「………………寒くはないですか」
そしてたっぷり時間をかけて、そんなことを吐いた。発する必要もない言葉だ。
「問題無い。お前が寒いと思うなら、早くヘリへ戻った方が良い」
しかしハンドラーは621を笑うこともなく、ミッション中のオペレートと変わらぬ、生真面目な声で答えて言った。621は、こくりと頷いた。
貴方が居るならどこにでも、いつまでも同じ場所に居ます、とは、言わずとも良いだろう。621はハンドラーの猟犬なのだから、それが当然のことだ。言わずとも、飼い主ハンドラーは解っているはずだ。
この固くて脆くて美しいひとを、自分が守らなければ。自分しか守れないのだから。
621はそんなことを思考しながら、ヘリへの道を一歩一歩踏み締めて行く。腕の中のハンドラーをチラリと見下ろして――白に掻き消されずに自分の元へ辿り着いてくれて良かった、等と621は今更ながらに思ったりしていた。
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フロイトくんとハウンズ(生存if)
「背負わなければ早く飛べるのか」云々は空のACが元ネタです。
あっちは軍人が傭兵に言ってたけど、フロイトくん(企業所属の戦闘員とするなら軍人と言ってもいいのでは?)とハウンズ(独立傭兵)だとフロイトくんの方が軽く早く飛びそうだな、みたいな。
21含めハウンズはウォルが好きだしナチュラルにスラ→ウォルしてます。
ハウンズのキャラクター捏造してます。ご注意を。
少なくとも18先輩は男(He)。
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フロイトの「ウォルターの猟犬」に対する評価は、面白い、だった。
レイヴンはともかく、他の猟犬たちは、フロイトからすれば、それほど驚異とは言えない。以前レイヴンに借りた「アリーナ」の、Cランク帯の下位が精々だろう。618とやらは少し楽しめたが、それでもC帯上位に手を掛けることはないなと言う体感だった。
だが「猟犬」たちの真価はそこではない。なかったのだ。
彼らはハウン“ズ”の名に相応しく、団体戦でこそ「強さ」を見せた。617から620の連番四人は、どの組み合わせや人数でも素晴らしい連携を見せた。それは|訓練《マニュアル》通りに動きがちな自社のMT部隊や物量で圧倒するレッドガンとは異なった、正しく組織的で体系的な「狩り」だった。
現場における判断をハンドラーから委ねられているらしい617はおそらく“猟犬たちの”αだ。
四人の中で最も実力があるのは618だ。団体戦に慣れた618は、どんな編成に入れてもバフとなる。
619はその場その場での最善を取る。それが自身の脱落に繋がるとしてもだ。
状況の判断とフォローは620が最も長けているだろう。おそらく620がチームを支えていると言ってもいい。
つまり、どの面子の組み合わせで戦っても楽しい、と言うのがフロイトの感想だ。
|レイヴン《621》 は「群れ」での狩りに慣れていないらしく、ハウンズのような戦いはできないから、違った楽しさがある。それに戦う度にこちらを分析して対策してくるから、飽きが来ない。猟犬たちは強い。強くなる。スネイルは旧世代型をバカにするけれど、フロイトはこの“強い”旧世代型たちを割かし気に入っていた。裏社会とやらで名を馳せるわけだと思った。
だから、フロイトはふと思ったのだ。何故ウォルターの猟犬たちは強くなるのだろう、と。聞くところによるとハンドラー・ウォルターは強い旧世代型強化人間の傭兵を雇うのではなく、不良在庫となっている旧世代型強化人間を買い取っている――いた、らしい。つまり、個体差はあるだろうが、ウォルターの猟犬は、ウォルターが育てた――調教?と言うヤツだろうか――ことになる。
猟犬たちの強さの秘密を知りたくて、以前ウォルターに「猟犬たちを育てるためのトレーニングメニューを実践したいから教えてくれ」と言ったら訝しげな顔で「ACの操縦技術について自分は何もしていない。個々の実力だ」なんて言われたが、ならば世代とやらを感じさせないあの動きや判断は何なのだ。
気になって気になって、フロイトは「ならば」とハウンズに訊いてみることにした。
旧世代型は感情の起伏が乏しい、と聞いたことがあったけれど、実際に会って話してみると、“意外と普通”だった。
「強さの秘密、ですか」
617が平坦な表情と声で言う。その後、顎に手を遣って視線を斜め下に動かすのは実に人間らしい仕草だ。
「私はスカボローフェアの弾き語りをハンドラーに献上したいです。ああハンドラー……私の気持ちを受け取ってどうか……」
「ボクはキラキラ星。ハンドラーが夜寝れないときに歌ってくれてからずっと好き」
617の後ろでは618と619がやはり変化の少ない表情で話している。……619の発言でビシリと聞こえた音は620が手中のマグカップを割った音のようだ。
「……。そうですね、やはりハンドラーへの気持ち、でしょうか」
俄に賑やかになる背後へ少し眼を遣って、617はフロイトに視線を戻す。
「感謝、思慕、尊敬、忠誠。我々はハンドラーに掬われ、生かされ、活かされ、救われました。だから我々はハンドラーのために、と言う意識が強い。彼に勝利を。彼に名誉を。彼に彼の望む全てを。そんな意識があるから、おそらく我々は強く“なろうとする”のでしょう」
「つまり、背負うものがあるから強くなれる?」
「……おそらく?」
617の言葉にフロイトは「ふぅん」と子供のように目を丸くした。
「背負ってたら重くて動けなさそうなものだけどな」
「それは、ひとそれぞれかと。アセンブルの好みがひとそれぞれであるように、最も力を発揮できる“重さ”もひとによって違うかと」
「なるほどなぁ」
「貴方は、企業の人間なのに随分「軽そう」ですね。とても楽しそうだ」
617がくすくすと笑う。揶揄とか嘲笑なんかではなく、微笑ましげな笑みだ。
「しがらみってヤツが、無くは無いけどな。でもたぶん、お前たちよりは間違いなく「身軽」だろうな」
フロイトも、やはり子供のように笑った。
猟犬(ハウンズ)の長と弔鐘(ヴェスパー)の長が和やかに語らうその背景では、人影が増えていた。
621はウォルターと外出していたのだが、それが帰って来たのだ。C1-249と言う招かれざる客と共に。
出先で出会したらしい。そのままウォルターに着いてくるのを追い払おうとして叶わなかった結果だ。249ことスッラの姿を見た瞬間618は気を失った。ルビコンⅢに来る前に手酷くやられたトラウマだった。620がそっとブランケットをかける。
そして第一世代と第四世代が対立を見せる中に、インターホン代わりのブザーの音が響く。対立に割って入ろうとしていたウォルターが対応に出ていき――戻ってくるとその背後には元第二世代であるオキーフがいた。詳しいことは知らないが、この情報局長官と悪名高いハンドラーは知り合いらしい。世間は狭いものだ。
そうして場には続々と――元、を含めた――旧世代型たちが集まってきて、フロイトは「スネイルが見たらキレそうだなあ」なんて思った。
ウォルターがオキーフの対応に入ったことで止める者のいなくなった蛇と犬の対立に617がパンパンと手を叩きながら割って入る。しかし悲しいかな、617も「猟犬」の一人だった。スッラへの言葉に棘が生える。
斯くして今日の賑やかさはもうしばらく続きそうであった。名案とばかりに「ならばAC戦で決めよう」とフロイトが手を上げるのは、もう少し後のこと。