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例のACが出ると聞いたのでそれっぽい話を書いてみたかったんですが見事に失敗しました。

そもそもシリーズ未プレイでよくやろうと思ったな。空のACっぽさもあると思います。似非SF。

何もかも似非なんで深く考えないでいただけるとウレシイ。

戦闘シーンはやっぱ難しいスね……。

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 敵性勢力のデータ収集と排除。それが今回、識別番号177番に与えられた仕事だった。
 出撃前に渡された情報は最低限。場所が東部の峡谷であること。敵性勢力は2機であること。その程度だった。情報を渡してくる際に「まともに情報収集もできん役立たずどもめ」と依頼者が吐き捨てていた。記録を確認すると、この情報を持ち帰るために少なくとも3機が犠牲になっているらしい。依頼者は最早傭兵に期待などしていないのだろう。情報を受けとる際に「精々データの更新くらいはしてくれよ」と表情のない声で言われたのを、177番は思い出していた。

 東部の峡谷は荒廃している。かつては「海竜の背」などと呼ばれた、緑と水の豊かな場所だったらしいが、見る影もない。資源は採り尽くされ、環境は壊し尽くされ、件の「敵性勢力」の出没もあり、人の近寄らない場所となっている。
 そんな場所を、177番は単騎往く。オペレータが、地形や地質についての情報を読み上げていた。
 峡谷に侵入してしばらく経った。未だ敵影――はおろか、ドローンの影ひとつない。両側に聳える黒々とした岩壁は、元の色なのか宵の帳の色なのか、そこかしこに散らばる同族たちの断末魔が焼き付いたものなのか、定かでない。見覚えのあるものないもの。鉄屑たちに足をとられぬよう、177番は峡谷の底を駆けていく。
 「敵」が動いたのは、177番が峡谷の中ほどを過ぎた頃だった。
 カラリ、と岩肌を小石が落ちていく。些細なことだ。だが177番は、緩やかにその速度を落とした。ブースタの音が徐々に小さくなる。簡素とは言え、人体と比べれば遥かに大きな「機体」が暗く冷たい峡谷の中に立ち止まる。
 「周囲に敵性勢力は確認できない」
 オペレータが囁く。確かにレーダには何も映っていない。距離をおいて随行しているドローンにも、何も映っていない。それでも、周囲の僅かな違和感に立ち止まった177番は周囲を窺う。
 「ああ、そうか――確かにそうだな。迷彩塗装は、考えられるな」
 迷彩塗装。今や機体表面のペイントに留まらず、各レーダに対するステルス効果すら付帯することのできる、戦略アクセサリ。当然と言うべきか、177番は持ち得ないもの。それは依頼者の意向であり、そもそも177番の提案であった。
 「そうだな。ワタシなら、上方の死角から奇襲――だな!」
 オペレータが答えるのと同時だった。
 その瞬間まで音もなく、気配もなく、息を潜めていた「敵性勢力」が、177番の頭上に位置する暗い岩影から飛び出してきた。
 細い影だった。装甲は最低限。ともすれば177番の方ががっしりとしている。機体色は暗い。やはり環境に溶け込むための塗装を施しているらしい。
 上方からの攻撃を、177番は迎え撃つ。予想はしていたからだ。
 右腕のブレードを、自身の推進力と重力を利用して押し込もうとしてくる敵に対してミサイルを展開する。左腕の散弾を撃ち、敵の落下速度とブレードの強度を和らげる。機影からして重量はさして無いだろう。最悪、攻撃力が如何程なのか「データ収集」に切り替えても良い。そんなことを、わずかにでも考えた為だろうか。
 とすり、と呆気なく177番の胸部から細身のブレードが生えた。
 オペレータの声は爆発音と銃声で聞こえなかった。

 頭上に敵影を捉える。177番はそれを迎え撃つことなく――回避することを選んだ。閉じていたブースタが開き、青みの強い炎が噴き出す。瞬間的な加速。177番の姿が消える。奇襲に失敗した敵はその勢いのまま地面にブレードを突き立てた。斬、と地面が割れる音――と同時に177番ば背後を振り返る。左腕のライフルを構える。ブレードを地面に捕られた敵に、回避行動は難しいだろう。177番は引金を引く。ガンッと硬質な音。177番は敵の左腕が展開する様を見た。それは盾だった。否。それは傘と呼ばれるモノに近かった。あるいは外套。今や過去の遺物でしかない、雨避けのための小さな道具。機体を守るように翳された左腕側部から背部にかけて、板状の装甲が、しかし滑らかに連なりその機体を隠している。そしてそれは敵機体の全体と比べて、遥かに明るい色をしていた。
 突然展開した明色に177番の視覚が刹那眩んだ。敵はその隙を見逃さなかった。が。
 「左後方だ177番!」
 オペレータが吠えた。反射的に左側を見遣る。なるほど新しい轍ができている。微かだが駆動音も聞こえた。振り返り様、177番は左腕を盾とした。
 ヒュッと見本のような風切り音がした。左腕のライフルが音もなく中程から二分され滑り落ちていく。キュル、と鳴った視覚器は、どちらの音だったろうか。一瞬の交錯。177番を見ていた――そして確かに177番が見たもう一機の敵は、177番を仕留め損ねたと見るや、即座に機体を翻して距離を取った。
 滑るような静かさで177番から距離を取った敵は、ブレードを地面から引き抜いていたもう一機の敵の傍らに並ぶ。細身の機体だった。先に奇襲を仕掛けてきた敵よりも、なお細い。極限まで装甲を削ぎ落とし、機動力と速度を確保している。武装も最低限――少なくとも、現時点で確認できる限りは――右腕に握られた細身のブレードしか見当たらない。
 これが、今回の「敵」か。
 177番が機械的に情報を更新するのと、ほぼ同時に敵の一機が笑った。
 「177番か。随分大所帯になったものだね」
 自分とオペレータしか通じていないはずの通信に、知らぬ「声」が割り込んでくる。
 「ザルな通信は相変わらずのようだね。君らのご主人様は金のかけどころを、相変わらずわかっていないらしい」
 「――……口が過ぎるぞ試作品27-α」
 「やあ。君も元気そうでなによりだよ、お姫様」
 なるほど、と177番は理解する。どうやらこの峡谷に巣食い、同族たちを相手に狩りをしていたのは「兄弟」だったらしい。
 「試作品27-α、試作品27-β。丁度良い。脱走機体および離反機体はスクラップ処分だ。解っているだろう?」
 珍しくオペレータの「声」が波立っている。177番はオペレータに敵の情報を要求した。情報があるのなら、僅かにでも得ておきたい。
 「試作品27-α、試作品27-β。あいつらは文字通り「試作品」だ。177番のように「識別」対象ではない。わかるか? あいつらは、「正しく」人工物だ」
 「君たちにとっては調教師(ハンドラー)かもしれないけど、僕たちにとっては育種家(ブリーダー)なのさ、あの人は」
 曰く――識別番号150番台までの戦闘データや行動データ、その他に177番やオペレータの「所有者」が集められるだけの「ヒト」の思考や機微と言ったデータを学習させ、仕上げたAI。それを搭載した機体の、27番目。当時最も「成功」に近い成果であり、そうであるが故に所有者の元から逃亡した裏切者。その後も数機の後継機が試作されたが、結局完成機の生まれないまま開発が打ち切られたと言う企画。当然だと言えた。創造主に従順でない「物」を作り続けるなど、利のひとつにもならない。開発に対する支援者はさして時を経ずにゼロとなった。オペレータも開発中止には賛成した。ただでさえ敵の多い仕事なのだ、これ以上不安分子を増やすこともあるまいと。
 各機体のコンセプトは高速戦闘と一撃必殺。相手の攻撃を避け、自分の攻撃を当てる。そのための速度。方や相手の死角から避け得ぬ致命傷を与える。そのための隠密性。どちらも、敵を屠るための設計。
 なるほど「完成」すれば有用な道具になる。何の感慨も無く、そう考えた177番は改めて2機を見る。27-αがまた笑った。
 「偉いでしょ。僕たちはちゃんと空気が読めるのさ」
 まるでヒトのような振る舞いだった。滑らかな合成音声。腕部を僅かに動かして見せる仕草。自分を含めた今の世代の「人間」ですら積極的にしようとしない行動。
 だが――、と、そこで177番は違和感を覚えた。いま、目の前で敵が見せた挙動は、果たして「この敵」に必要なモノだったか?
 「追加情報」
 177番の回路に浮かんだ違和感は、しかしその細糸をふつりと途切れさせた。それまで沈黙していた27-βが発したのだ。そして、どうやらこちらは「人間」に対する拘りが無いらしい。
 「賛成。せっかく僕たちの奇襲を凌いだんだ、ご褒美は如何かな? その辺に転がってる、君の先駆者たちのデータなんてどうだい。何か有益な情報を持っているかもしれないよ?」
 「情報集合。回収容易」
 「そうそう。一ヶ所に集めておけば君が死んだときに君のブラックボックスを君の依頼者に送るだけで済むしね。……酷い話だ。所有者だと言うなら依頼者の選別くらいしてくれても良いだろうに」
 「177番に処理される被造物風情がよく囀る」
 「持ち主の自覚と責任の話さ。それに、僕たちは君たちを帰すつもりはないよ」
 オペレータがドローンでなければ手を出していただろう。
 だが――情報を得られる機会があると言うなら、活用しておいた方が良い。この2機との戦闘の後、情報を回収できる余裕があるのか定かでないし、できるとも限らない。177番はオペレータに警戒の続行を要請しつつ、半ば背景と同化している残骸の元へ向かう。
 「傭兵ラニウス。2番目の獲物だったかな。名は体を表すと言うけど、もう昔の話かもしれないね」
 胸部や胴部に過剰とも言える刺突痕の見られる機体。頭部の状態を確認し、頸部からコードを侵入させる。機体データに、アクセスする。
 識別名ラニウス。所属はアルクス。最期の視覚データは鍔迫り合うブレードの火花。一度視界が揺れる。後、二度三度と視界が揺れ――頭上と背後から挟撃されたのだと解る。数々の戦場を渡り歩いてきたらしいが、最期は呆気の無いものだ。
 「そっちは、えぇと……Ch-03(シュヴァリエ・オー・スリー)とか言ったかな……合ってる?」
 アイカメラ――頭部の損傷が激しい機体は、おそらく27-αの奇襲を避けられなかったのだろう。
 識別名Ch-03(シュヴァリエ・オー・スリー)。所属は今回の依頼者――私兵らしい。どうりで、しっかりとした装備であるわけだ。頭部のアイカメラから頸部を通り、胴部の中程まで一直線に機体を貫いているブレード痕を覗き込みながら177番はその鋭さの危険性をクリップする。ドロリと周囲に広がった暗い染みが、鈍くアイセンサーの光を照り返す。
 最後の機体は、瓦礫の下からその半身を覗かせていた。
 「それも傭兵だったかな。ルイドーソのロンペール。一番槍とか言ってた気がするけど、君、知ってるかい」
 知らぬ名だった。だが、わざわざ答えてやることもないと177番は27-αの言葉を聞き流す。
 データを確認してみれば、その状態が示す通り、瓦礫に押し潰されたことが分かった。27-αの奇襲を凌ぎ、そのまま前方へ加速したことで図らずも27-βの追撃をかわす。一度距離を取り体勢を建て直そうとしたのだろう。だが、ロンペールは27-βの存在を把握していなかった。岩肌に溶けた27-βがブレードを滑らせる。ピシリと、峡谷の壁がズレた。カンッ、ギシッ、と下方から嫌な音。視界がガクンとブレて、やけにゆっくりと落ちてくる岩を最後に――暗転。
 「データの回収と転送はできたかい?」
 177番がロンペールへ伸ばしていたコードを収納するのとほぼ同時に27-αが訊いた。
 「奇襲。連携。地形利用。君たちは僕らの手の内をみっつ手に入れたわけだ」
 ガチャリとブレードが鳴る。27-αが納めていた刃を再度展開したのだ。オペレータから舌打ちのような音が聞こえた。
 「それじゃ、退勤の時間だよ、兄弟」
 27-αが加速する。瞬間的な加速。だが、真っ直ぐに突っ込んでくる、自分よりも軽量である機体に、そう易々と遅れは取らない。右腕のショットガンの引き金を引く。27-αは避けようと機体を傾ける。だがショットガンは射程の「広い」武器だ。カンッ、ガンッと硬い物同士がぶつかり合う音が聞こえた。27-αの機体が小さく揺れる。27-βの姿は――やはり無くなっている。あちらが狙うとしたら、こちらの死角。
 177番が左脚を半歩引く。ザリ、と地面が僅かに凹んだ。轟、と吹き出したのは右脚のブースタだ。ギュルリと砂煙を巻き上げて177番は機体を翻す。そのまま背後にアイカメラを向けると、すぐ傍の岩影に違和感――27-β――を見つけた。ロックオンする。ブースタが全開になる。27-βも当然177番の動きを見ていた。その場から離脱しようとする。だが、岩影から抜け出すより速く、177番がその退路を塞いだ。ライフルを失った左腕を振りかぶる。
 グシャリ、と呆気なく27-βの頭部が潰れた。
 けれど相手もタダでは転ばなかった。177番の視界がブレる。滑り落ちていく。足元へ目を遣れば、脚部が膝上辺りでスッパリ切り離されていた。潰れた頭部の向こうに、振り抜かれたブレードが見えた。
 「177番!上だ!」
 オペレータが叫ぶ。弾かれるように頭上を見上げると、27-αが降ってきていた。どのタイミングでかは分からない。だが177番を追う中で跳んだのだろうことは、想像に難くなかった。
 「――死ね、」
 随分と凪いだ音声だった。
 まるで猛禽類が地上の獲物を仕留めるが如く。しかしそれにしてはあまりに荒々しく、27-αの機体が177番に着地する。

 幕間。
 峡谷の手前。小さな村の制圧依頼を受けた。敵性勢力と繋がっている可能性があるため、潰しておきたいと依頼者は言っていた。今一度依頼内容を確認しながら、177番は村への道を走る。
 仕事には僚機がいた。依頼者の私兵であるCh(シュヴァリエ)部隊から03(オー・スリー)が同任務に就くように手配されていた。「主人」直々に指名されたためだろうか、03は軽やかに177番の前方を駆けていた。
 村は静かなものだった。夜分とは言え、出歩く人影のひとつもない。スキャンをかけると、反応はある。小さな人影だ。03にも、それは見えているようだった。
 「――仕事とは言え、気分の良いものではないな」
 03がそんなことを呟いた。
 何の感慨もなく177番は依頼をこなす。建物を崩し、道を割り、そこにある生活を根刮ぎ壊していく。あちらこちらで住民たちの悲鳴や断末魔が上がっていた。
 村を均したら、そこにあるものは持っていって良いと言われている。小さな村に大層なものがあるとは思えないが、燃料や弾丸、何かには使えるだろうパーツのひとつやふたつはあるだろう。その文言を見た時、オペレータが「我々は清掃業者ではないが?」と声をしかめていた。似たようなものだろう、と所有者は小さく笑っていたが。
 峡谷を押さえれば物流が活性化する。金のにおいだ。だから依頼者は――だけではない。複数の事業者が――あの峡谷を欲しがっている。そして村の跡地には補給基地を建てるのだろう。
 まあ――自分には関係の無いことかと177番は貯水タンクのようなものが隣接している建物に銃弾を撃ち込んだ。爆炎が小さな人影を飲み込んだ。
 村は、いわゆる戦力と呼ばれる類いの装備を持っていなかった。破壊は一方的で単調なものだった。加えて、村の規模自体も小さなものだった。だからだろうか、救いの手は間に合わなかった。
 レーダに反応。機影はふたつ。驚異的な速度でこちらへ向かってくる。峡谷の方からだ。
 「この、外道どもめが!」
 1機が跳躍し、上空から強襲を仕掛けてきた。姿も駆動音も隠そうとしないそれを避けるのは、難くはなかった。ズダン、と敵の爪先が地面を抉る。ほんの数秒前まで177番が立っていた場所だ。間髪をいれずに、轟とブースタの開く音。獣の唸り声に似た音は、機体の駆動音か敵の「声」か、判じかねた。177番は動きを止めずに「2機」から距離を取ろうとする。
 「なんだ、貴様らは……!」
 03の声に困惑と焦りが浮かんでいた。レーダを確認すると、機影がふたつとふたつに別れていた。
 回線をこじ開け怒鳴り込んで来た辺り、相当怒っているらしい。おかしな話だ。
 「何故村を襲った! お前たちの狙いは峡谷だろう!」
 「――ッ! 峡谷が狙いだからだ! 我々には峡谷が必要で、それなのに貴様らが邪魔をするから、」
 27-αと03。それぞれ違う相手と戦闘しているものが会話している。
 「…………そうか、おまえ、そのエンブレム、エシェックのお抱え騎士(シュヴァリエ)か」
 キュル、と27-αのアイカメラが鳴った。27-βと視界の共有でもしていたのだろうか。両腕に短めのブレードを、逆手持ちにして攻撃してくる27-αから距離を取ろうとしつつ、177番は得物の引き金を引く。判断から行動までの時差がほぼ無い動きで致命傷が与えられない。
 「……君、ここの他にも村があることは知っているかい。ここから北東方向へ1km程だ」
 「それがどうした……?」
 「何故この村なのだろうね?」
 27-αの口調が覚えのあるものになった。だが「怒り」が冷めたわけでないことは声音の端々から察せられる。器用なものだと177番は思った。随分と「学習」しているのだろう。対して03は27-αの問いに戸惑っているようだった。
 27-αは03の答えを待たなかった。端から期待していなかったのだろう。胴部を狙って飛び込んでくる27-αに、177番は蹴りを合わせようとする。股関節の動きを捉えたのだろう27-αが直前で跳んだ。頭上を通る27-αから目を離さないよう、177番はその着地まで見届ける。
 慣れた風に着地した27-αはその場で停まった。赫炎と黒煙を背景に、ゆらりと立っている。
 「この村がAIの村だからさ」
 キュル、と今度は177番がアイカメラを鳴らした。
 村には住居があった。各施設があった。路地があった。住人たちもいた。悲鳴や断末魔だって聞こえてきた。多少寂れてはいるが、確かに村だと言えた。そんな場所の正体が。
 「君たち人間風に言えば実験。でも彼らにとっては夢だった。自分たちを作った存在に近付きたい、共に生きるときのために知っておきたいと、彼らはここで「生活」していた」
 177番が再度引き金を引く。ズガガガ、と連射された銃弾が27-αに向かって飛んでいく。それぞれ着弾時間が僅かにズレた弾丸が、緩やかな弧を描く。機体のやや側面を狙うような弾道。それに対して、27-αは避けようとする様子もなく腕を振るった。
 風圧だろうか。あるいは両断だろうか。27-αの右側で炎の花が咲いた。左側へ撃ち込んだ方が良かったか、と177番は思った。
 「そして、エシェックはアンチAI企業。企業に所属している君なら知っているだろう?」
 「そんな――、」
 03が息を呑んだ。27-βへの攻撃が止んだ。該当機は、話をさせるためだったのだろうか、回避に専念していたらしく目立った損傷は見られない。03の機体にも、目立った傷はない。だが、それはそこまでの話だった。
 「終了」
 「ッ!?」
 27-βが03との距離を詰める。03も咄嗟に迎撃の体勢をとる。しかし間に合わない。
 シュリ、シュラリ、ストン、とあまりに柔らかに03の武装が切り落とされ、機体が小さくなっていく。肩部、腕部、脚部。配線すら切り揃えられて、ちいさな03ができあがる。
 「さあ、それを持って帰りなよ。良い土産になるだろう」
 「頸部~頭部?」
 「そのままで良いよ」
 03の頭部を鷲掴んだ27-βが残した03の胴部に脚を乗せようとしたのを27-αが止めた。引き抜くつもりだったのだろう。
 「あーあ。みんな殺しちゃった。なんの権利があって」
 慎ましく、長閑な村だったであろうことは容易に想像できた。綺麗な町並み。ついぞ現れなかった武力。
 177番は腕を下ろした。相手に戦闘の意思が見られないことに加え、依頼者の子飼いが行動不能になっているからだ。戦闘を継続することはできるだろう。だが、部が悪い。利益を少しでも取るなら退いた方が良いだろう。ゴシャリ、と足元に放られた03を回収して、177番は2機を見た。
 「……ねえ、傭兵くん。人とAIの違いって何だろうね。君たち人間の中には五体を捨ててその機体に乗る人も居るだろう? そして君のように金次第で「非人道的な」仕事をする人も居る。そう言う人たちでも、人間と分類されてるのかな」
 それは、177番の知るところではなかった。

 件の峡谷へ久しぶりに赴いた。依頼などは特に無い。傭兵に依頼を出す企業など最早無いからだ。
 峡谷へ差し掛かる。速度を落とし、武器を下げて、戦闘の意思が無い姿を見せる。きっと今もどこかから見られているのだろう。
 行動が功を奏してか、峡谷の中程に来ても敵が襲ってくることはなかった。自ずから立ち止まり、入手していたとあるスクラップを放った。円筒形のそれは破損して光を失っていた。
 「君は……何者かな? 企業共は総崩れしたって聞いた。となると、企業に雇われる傭兵と言うことでもないだろう? それに、そのデータ。一介の傭兵が手に入れられるわけがない」
 岩影から27-αが現れる。敵意は感じられない。が、警戒はしている。
 「……僕らはね、ただ生きていたいだけなんだ。ただ静かに。そんな僕らに、君は何を求めるのかな?」
 27-αは、しかし177番から答えを得られるとは思っていないようだった。プシュー、と間接部から排気しながら放られたままだった「データ」を拾い上げる。
 「まあ、何だって良いさ。コレをくれるってことは、君は僕らの邪魔をする気はないってことだろう? 恩は返すよ。だから君、僕らが必要になったなら呼ぶと良い。僕らは君の剣になろう」
 メールボックスにアドレスと番号が送られてくる。人手が欲しいなら連絡しろと言うことだ。残っている仕事と言えば面倒なものばかりだ。それの幾つに応じてくれるだろう。まあ――その時に訊いてみれば良いか、と177番は切り上げる。
 次にここへ来るとしたら全て終わった後になる。多少、やり易くなっていると良いが、と177番は思った。

 「君、名前はあるかい」
 肉薄した際にそんなことを言われた。オペレータが「は?」と怪訝な声を出した。
 「名前は大事なものだろう? そして、人間はみんな持っている。そうだろ? アレックス」
 アレックス。とは、オペレータの名前らしい。そう言えばオペレータとこの試作品たちは互いを知っているのだったか。
 ガギンッと鍔競り合っていたブレード同士が離れる。離れ際、177番は肩部に備えていたミサイルを展開した。至近距離で無数のミサイルが炸裂する。27-αは左腕を盾にしていた。腹部が見える。177番は脚部のブースタを開き、勢いよく27-αの腹を両足で蹴りつけた。ミシリ、ブヂブヂ、と嫌な音。
 後方から岩礫が飛んでくる。大きなもの小さなもの。カンコンッと装甲を跳ね、振り返った視界を僅かに埋める。
 177番の視線の先。もう1機が埋もれていたはずの岩山が崩れていた。グシャリと27-αを岩肌に押し付け、そして踏み付けた反動でそこから離れる。直後、177番の影を27-βが轢いた。27-βの背後で、27-αが立ち上がる。
 「例えばハートビート。鼓動でも、心の動きでも良い。かたちのない何かが、それでもそこに在ると示すように。例えばラーク。むかし生きていた鳥。高く飛び高らかに囀る、日の下に在ってそれがごく自然であるように」
 腕部を小さく動かし、27-αは自身の状態を確認する。
 「名が体を表すように、体が名を表せるように、僕らは願った」
 「セシルとノエル」
 「そして僕らは庇護者の名前を継いだ。彼らが僕らと、僅かな時間であっても、共に生きてくれたことを遺すために」
 「気色の悪い人間ごっこだ」
 オペレータが吐き捨てた。おそらくこの2機の試作品は、人間が思うよりもずっと人間を学習しようとしている。それは無貌不定形の何かが、人間に成り替わろうとしているようにも感じられるだろう。
 「何も人間を排除しようなんて思っちゃいないよ。協力できなくても、友好的でなくても、共存していければ良いと思ってるだけなんだ」
 「稼働時間超過で回路がイカれたか? 薬漬けの夢想家だってそんな妄言は吐かんぞ」
 「まったく君は敵と認めた相手には辛辣が過ぎるね!」
 明るい声音。まるで笑っているようだ。機体の状態はあまり良くなく、武装の相性も良いとは言えないものにも関わらず。
 「――さて。それで、結局君に名前はあるのかい? 兄弟」
 27-βが先に動いた。あの脅威的なブレードを突き出して飛び込んでくる。だが――おかしい、と177番は訝しむ。その切っ先は何故こちら(177番)を真っ直ぐには捉えていないのかと。自分の右肩辺りに何が――と、そこで思い至る。
 ピシリと音がしたのは同時だった。27-βが腕を振り下ろす。177番は咄嗟に加速した。浮遊していたドローンを貫き、右肩を斬り落とそうとしたブレードを危うく避ける。退がった直後、177番はブースタの方向を切り替え27-βへ突進を仕掛ける。飛びながら得物の引き金を引いた。
 弾丸は27-βの頭部に直撃する。一瞬、機体がグラリと傾いた。27-βとの距離はすぐに無くなる。右腕に得物の銃口を押し当て、弾を打ち込めば、それは呆気なく宙を舞った。その、直後。27-βの左腕が177番の頸部を掴んだ。装甲と装甲の隙間から侵入した指先に掴まれ、ミシリとケーブルが軋む。人間にとって四肢五体がそうであるように、27-βたちにとっては機体が「己の身体」なのだろう。
 27-βに対して177番は接射を行う。薄い胴部に穴が開いていく。だが27-βの指が弛緩する気配は無い。177番は煩わしさを覚える。早急にこの鉄塊を退かして視界と機動力の確保をしなければ。早急にこの鉄塊から離れて漏電等からなる爆発を警戒しなければ。せめてブレードを振りぬけるだけの空間があればと思った。
 「ところで君は、不思議な動き方をするね。まるで以前にも僕らと戦ったことがあるみたいだ」
 27-βの機体が消える。後ろから引き剥されたのだ。そんなことをできるのは、この場に1機しかいない。27-αが、27-βの機体と入れ替わりに177番の目の前に現れる。
 「今までの人たちは、大体最初の急降下か、それでもノエルの奇襲で斃れる。それなのに君は――」
 左腕だけを残して、後方へ飛んでいく27-βの機体を最早見ずに、27-αもまた177番へ左手を伸ばし、その頭部を掴んだ。
 「……兄弟。あの人に拾われた177番目の迷子。君は人間だろう? でも君は、それで人間のつもりかい?」
 ガシャ、と27-αの肩部が動く。どんな武装かと思えば、アイカメラを遮る指の間から見えたのは2基のブースタだった。なるほど他機とは一線を画す速度が出ていたわけだと思う。同時に、火炎放射器の類もしくは直接攻撃時の補助的用途での活用を、自機でもできないだろうかと考えた。アイカメラに透き通るような緑色の炎が映った。
 閃光。
 27-αのブースタ起動と同時に177番は肩部武装を展開した。ミサイルだった。結果、両機は爆発に巻き込まれた。
 吹き飛ばされ、岩壁の窪みにハマっていた177番が緩慢にそこから抜け出す。簡易リペアとして残っていた自己修復機能活性プログラムを打ち込んだ。比較的装甲の厚いパーツで機体を構成していたことも吉と出た。引き抜かれかけ、ついでに砕かれかけた頭部が若干グラついていた。
 27-αはほぼ対角線上に吹き飛ばされていた。上体の損壊が激しく、頭部に至ってはその名残を残すばかりとなっていた。それでも、各機能はまだ「生きている」ようだった。
 ジャリ、と177番の踏みしめた砂利の音に、半スクラップの機体が身じろぐ。
 177番は得物の残弾を確認する。空になっていた。しかしまあ、このくらいならば弾も必要無いだろう。消耗により、爆発に耐え切れなかったブレードだったものを投げ捨てる。
 「ぼくたちは、ただ、いのちとして、いきたかっただけなんだよ」
 ザリザリとノイズ混じりの通信が聞こえた。
 177番が鉄塊の前で立ち止まる。腕部を上げた。アイカメラだったものがそれを見上げている。
 グシャリ、と精密機器の叩き潰される音がした。
 任務完了の旨を所有者へ報告する。オペレータが離脱してしまったためだ。所有者から帰投せよとの返信に177番は帰路に就く。依頼者へは所有者が連絡してくれていることだろう。ここぞとばかりに刺客を送り込まれては堪らない。所有者への連絡は時間稼ぎも兼ねていた。
 今回は赤字だろうか。損害を振り返りながら177番は今回の成果に思いを馳せる。まあ、良い。次にこの依頼を受ける時は、きっともっと上手くできるようになっているはずだから。

 

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