日が暮れ始めた、もう少し後でぼくたちの世界は始まる。
地下から出たぼくを照らす夕暮れの太陽を背景に、彼は立っていた。
逆光で表情はわからないけれど、なぜか、泣いているような気がした。
彼は暗いところが嫌いだった。
苦手、ではなく嫌いだった。
自分一人だけが取り残されたような孤独感と瞼を開けているにも関わらず何も見えない恐怖感。
このまま独りで朽ちていくのではないかと言う不安。
だから彼は夜をひどく怖がった。
だから彼は朝を誰よりも望んだ。
そうして、いつも足掻いていた。
他人に言うことは無かった。
それは彼が、言ったところでなんの解決にもならないと思っていたからだった。
言ったところで、笑われ憐れまれて終わるだろう、と。
それでも、彼は夜を耐えて今まで生きてきた。
いつでも彼を支えて、救ってきたのは、幼馴染の弟だった。
彼が夜を怖がっていること。それでも気丈に振る舞い一人で夜を過ごすこと。
頼りたいのに、繋がりたいのに、他人と自分の世界を繋げないこと。
自他ともに傷つくのが怖いから押し黙って距離を置くこと。
だけど心のどこかではすべてが壊れてしまうまで愛されたいと思っていること。
ぜんぶぜんぶ知っていた。分かっていた。
彼が誰より優しいことも、誰よりひとを想っていることも。
街の光が全て寝静まって、月だけが世界を照らす時間が、ぼくは好きだ。
だって、世界が違うみたい、だから。
「あいたいよ」
晩秋の夜の街にぽつりと零れた言葉は、誰の心か。
いつも彼が仕事帰りに立ち寄る公園にふらりと行く。
会えるはずなど無いのに。
今日も彼はひとりで夜を過ごしているのだろうか。
今すぐにでも、家に押しかけて、側にいたかった。けれど。きっと彼はそれでもぼくに心配させた自分が悪いって考えるだろうから、否。ぼくには、押しかけるだけの勇気が無かった。
頼って欲しい。彼を好いている人はいるのだから。
気付いて欲しい。彼を愛するひとが、確かにいることに。
できることなら、彼から、愛してるって、言って欲しい。
そうすれば遠慮なく抱きしめることができるから。
考えると、いつでも互いの存在に救われてきたのかもしれない。
自覚した後は、早かった。
今度こそ、ぼくは走り出す。ようやく見つけた答え。
今日から、私は歩き出す。今まで落としてしまっていたけれど。
迷った挙句、選んだ答えは最善だった。二人の糸を固く結んで。
彷徨った後、縋ったのは温かい手だった。解けた糸を結び直して。
何かが、足りなかったけれど。それは、きっと。
何かが、溢れるほど感覚は、とてもあたたかくて。
扉の前で、ぼくは呼吸を整える。
扉の前で、私は安心感を覚える。
「泣いてるの?」
太陽を背に立っていた彼は仕事が予定より早く終わったらしい。
「寒くなかった?」
並んで歩く彼の目には、やはり、薄く涙の膜が出来ていた。
「いえ、私、こんなにも幸せでいいのでしょうか、と」
「いいんだよ。しあわせで、いいんだよ。っていうか。しあわせじゃないとダメ」
「…ふふ、ありがとうございます。それと、昔のことを思い出していただけです」
「へぇ、どんなこと?」
そこで、彼はふわりと笑う。
「あなたが、私を昏い夜から連れ出してくれた日のことにございます」
BGM:二人(毎夜P)