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タイトル:約30の嘘さまから

新大陸の未知で獣化しちゃうハンターさんの話(短文詰め)
NPC喋らせてみたりハン→ソドの気配がしたり、色々気にしちゃダメなやつ_:(´ཀ`」 ∠):_ ...

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 オトモが一匹、帰って来た。古代樹の森に続く、調査拠点最大の出入り口から、オトモが一匹で帰って来た。
 あれは5期団の、と流通エリアにいる調査団員たちは思う。いつも旦那さんたるハンターと行動を共にしているオトモだが、今回はその旦那さんの姿が見えない。加えて、当のオトモは一心不乱に総司令や調査班リーダーのいる場所へ向かっている。そのただならぬ様子に、一体何事かと静かにオトモの後を追った。
 「総司令さん!お、お耳に入れたいことが、ありますニャ!」
総司令の傍の椅子によじ登ったオトモが調査団の指揮を執る者にそう切り出した。
 曰く、今や調査団の青い星とも言える5期団のハンターとオトモは探索をしていたらしい。けれどドクカズラの群生しているエリアで、何かに触れたハンターが突然気を失ってしまった。ランゴスタに刺されたのかとも思ったが、ハンターを刺せる距離にいる個体は見当たらなかった。ハンターの様子を見ても眠っているだけに見えた。ひとまず大型モンスターの気配が無いかと周囲を探るため、ハンターから眼を放した――その僅かな間にハンターの姿が無くなっていたと言うのだ。
 オトモの話を聞いて、総司令が渋い表情を浮かべる。
「……つまり、あのハンターが行方不明? それでこの数日ここに戻らず現地でハンターを探し続けていたのか?」
「旦那さんの行方……は、古代樹の森の森にいることは確かですニャ」
本題はそうではないらしい。オトモの答えを聞いた総司令は、ほう?と続きを促す。森でのことを思い出しているのか言葉を選んでいるのか、オトモの耳がペタリと垂れた。
「足跡を辿ったんですニャ。そしたら旦那さんはいましたニャ。けど、旦那さん、様子がおかしくて……ボクたち獣人族みたいな耳と尻尾が生えてて、雰囲気もいつもの旦那さんとは違っていましたニャ……。それに目を離すとすぐにどこかへ行っちゃって……総司令さん、お願いしますニャ。旦那さんに何が起きてるのか、調査してくださいニャ」
「……なるほど、そんなことが…………ということらしいが、協力してもらえるだろうか、諸君」
「ニャッ!?」
総司令の視線がオトモから自分たちを窺い、覗き込んでいた調査団員たちの方へ移る。総司令とオトモの遣り取りを余さず聞いていた彼ら彼女らは各々迷うことなく首を縦に振った。もちろん、だとか、当然、なんて言っている者もいる。対するオトモは集まっていた調査団員たちに気付いていなかったらしく、両目を真ん丸に見開いて、椅子の上で小さく飛び上がって驚いていた。
 斯くしてハンターの捜索と調査が始められた。最優先は自身の任務や仕事であるけれど、調査団員たちは暇を見つけては姿をくらましたハンターの手がかりを追っていた。けれど見つかる痕跡と言えば、断片的な足跡くらいのものだった。
 存在はにおわせど尻尾を掴ませないハンターと、オトモ以外ではじめに接触したのは情熱の生物調査員だった。
 その夜、彼女は事の発端となったドクカズラの群生エリアへ足を運んでいた。異質、異常なものは見当たらない。オトモによるとハンターが触れたと言う何かはコバルトモルフォのようにヒラヒラと飛んでいて、けれど白い色をしていたのだとか。それがハンターにヒラヒラと近付き、ハンターの指先がそれに触れた途端、泡が弾けるように白い粉を撒き散らして消えたのだとオトモは言った。それが何なのか、彼女はわからないし知らない。けれどせめて何か手がかりが無いかと周囲を窺っていた彼女は、そして樹々の影に何者かが立っていることに気付く。木陰からこちらを窺うように誰かが覗いている。彼女は息を呑んだ。それは間違いなく人影であったけれど――気配が随分と獣じみていた。何より、他の調査員ならばこちらに声をかけるなりしてくるはずである。声をかけずとも、わざわざこちらの様子を窺ったりなどしないだろう。ならば。ならばこの人影は――。一気に張って行く緊張の糸に彼女は息を呑む。空に浮かぶ雲が流れ、暗い影を仄かに薄める。
 金色の双眸が、生物調査員を見詰めていた。

獣は生み出せない

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 情熱の生物調査員がハンターを目撃してから、少しずつだが同じように目撃報告が上がるようになっていた。その報告には総じて獣人族のような、けれどそれよりは丸い獣の耳とふさふさとした尾があった、とある。後にそれらは狼と言う生き物の特徴であることがわかった。しかし気付かれないよう、様子を見てみると日向で伸びをしたり微睡んだりをする姿はアイルーやテトルーに近く見えるからよくわからない。装備品の使い方は、スリンガーと剥ぎ取りナイフは使用しているようだった。スリンガーについては接触を試みた際にスリンガーを使って逃げられた調査団員の報告がある。剥ぎ取りナイフについては、アンジャナフに襲われかけたところを乱入したハンターが乗りでダウンを取ってくれたため助かったと、あるテトルーが調査団員のオトモに話したそうだ。一方で武器はと言えば使われた形跡が見当たらず、背負われたままになっているのだろうと調査団は予想した。
 指南役である調査班リーダーとハンターの同期である陽気な推薦組は共に古代樹の森を探索していた。森に異常は見られない。狩人一人が紛れ込んでも森の様子は僅かにも変わっていない。大型モンスター相手なら痕跡もわかりやすいけどなぁ、と近くに残っていたドスジャグラスの痕跡を回収しながら陽気な推薦組が苦笑する。多くの調査団員が踏み入る森には似たような痕跡――足跡が、やはり多く残る。特定のにおいや物質に反応を示す導蟲がいなければ、痕跡集めはもっと難航していただろう。導蟲が対象へ誘導できるようになるレベルまで、焦らず地道に行くしかない。
「でも――追うと逃げるって、星って言うより逃げ水っぽいなぁ」
「暑い日に岩場なんかで見るやつだな」
「そうそれ」
「……にしても調査団の前に姿を現さないし逃げるって、どういうことなんだろう? 俺たちのことが判らないのかな?」
「うーん……それは……本人に訊いてみないと何ともッスね……」
 等と話ながら若い狩人二人が歩いて行くと、鬱蒼とした森林のエリアで肉を焼いているソードマスターに出くわした。
「先生? こんなところで何を」
ホギャー!ホギョー!と威嚇してくるガジャブーたちの縄張りを駆け足で抜けて、ソードマスターに近寄ると、肉を焼いている、と見ればわかる答えが返って来た。次いで、小さく茂みの方を顎で示される。そちらへ視線を遣れば、そこには何者かがいるようだった。カサリと草葉の擦れる音。揺れた草木の間から、チラリと件のハンターの姿が見えた。
「!!」
「――せんせっ、あれ! アレ……!」
陽気な推薦組が口をぱくぱくさせながらあっちとこっちを交互に見、調査班リーダーが押し殺した声で驚きと興奮を表す。そんな若人二人に、年長者は口元に指を立てて見せる。静かに、と宥められ、二人は一先ず声と身振り手振りを抑えた。
「においに釣られて来るらしい。近付いて来ることはないが、焼いた肉を置いておくと回収していく」
「先生いつの間にハンターに餌付けしてたんだ……」
「……その、餌使って捕獲するとか出来ないですかね、先生」
「どうであろうな。彼奴はなかなか警戒心が強いらしい。某が置いた肉に手を出したのは4時間ほど経ってからであった」
シビレ罠も落とし穴も対人用ではなく、実行するならば直に取り押さえるしか現時点では手段が無い。持久戦になりそうであるが――その一瞬に賭けよう、と陽気な推薦組と調査班リーダーは顔を見合わせる。頷き合う若人二人に、まぁ物は試しではないか、とソードマスターも首肯してやる。
 そうしていつも通り焼いた肉を適当な場所へ置き、それぞれ3か所に散って姿を隠して肉の行く末とハンターを待った。けれど普段と気配の数が違うことに気付いたのだろうか、日が落ちまた日が昇っても焼いた肉が消えることはなかった。

届かないからその名前がある

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 最近森で小さな爪痕の痕跡が見られる。すわ新たなモンスターかと調査団員たちは身構えたが、爪痕が残っている場所の地面には大概人間のものと思しき足跡が残っていたため、それは件のハンターの痕跡だと判った。リオ種のような爪とぎ兼マーキングを意図しての行為だとすれば、ますます獣じみて来ている。同時に、人の手で硬い樹皮に爪痕を残すなど、人体の方にも痕が残っているのではないか、と――。
 ハンターとの接触は、まだ低確率と言えど、ある程度できるようになっていたけれど、事態の解決への進展は無いに等しかった。どうしたものかと額を突き合わせる中で、可能性があるとすればと手を挙げたのは陽気な推薦組だった。
「俺、思ったんですけど……古代竜人なら、あるいは何か知っているのかも、」
古代竜人。古くから新大陸に住まう者。彼のゾラ・マグダラオスの行方を教えてくれた者。前回と今回とでは趣が異なっているが――この新大陸であと縋れる存在と言えばこの古代竜人くらいだろう。窺うような表情でこちらを見て来る陽気な推薦組に、総司令はそうだな、と頷いた。
 幸いにも古代竜人は調査団を許容してくれているらしい。件のハンター含め、時折フィールドで出合って話をしたと言う報告は幾つもされている。けれど問題はいつも会えるとは限らないと言うことだった。どこにでもいて、どこにもいない。神出鬼没で、遭遇できるか否かは運次第なのである。事態打開のためにも早く会いたい、と調査団員たちの気持ちは逸った。
 そんな願いが通じたからだろうか。偶々リオレウス亜種の調査をしに行っていた4期団の一人が、古代竜人と会うことができたのだ。そこでその4期団は忘れずにハンターのことを訊き、それに対する古代竜人の答え――見解――を調査拠点へ持ち帰った。古代竜人は、そして常と変わらず調査団員に狩りに役立つアイテムもくれた。
 「ふむ……月が隠れる前に狩りびとを朝日の雫で潤せ……。月が隠れる前……タイムリミットがあると言うことか?」
もたらされた鍵をまじまじと確かめるように総司令が呟く。
「雫……薬は液状で、おそらく調合などで生産されたものではなく自然にあるものだな。だがそんなもので本当に治るのか?そもそも朝日の、とは何だ?」
「……考えられるとしたら、サニーフラワーの蜜とか朝露とかかな、じいちゃん」
「それなら回復ツユクサはどうッスか? 実際、怪我や傷を治癒してくれますし」
それならウチケシの実、いやいや薬草だって、と次々と治療薬候補が挙げられ始める。いかんせん古代樹の森には様々な植物や水源がある。どれもが治療薬に成り得そうで――答えは出そうにない。クルクルと踊り始めた会議上で、パンと一つ手を鳴らして総司令はその場を一先ず収める。
「ともかく、的が絞れない以上疑わしきは保留とするしかない。空き瓶などを駆使して適宜保存を頼む」
 時は緩やかながら確かに進んだ。自然に帰っているかのようなハンターも調査団員たちに慣れて来たようで、その姿を見かけても脱兎の如く逃げ出すことは少なくなっていた。適度な距離を保っていれば、警戒を示しつつも観察くらいはできる。獣の耳と尾は相変わらずと言えたが、それ以外に際立って変化の見られる部位と言えば双眸と指先だった。一般的な人間が持つ、一般的な色だったハンターの瞳は暗がりでもよくわかる、飴色のものになっていた。そして防具のデザイン上、何にも覆われていない指先は心なしか爪が鋭く伸び、森のあちらこちらに爪痕を残したからだろう、傷付き赤みを帯びているように見えた。時折痕跡の残る現場に落ちている赤は、つまりそういうことなのだろう。
 感覚が鈍っているのか単に気にしていないだけなのか――フイと自分から視線を外し、ツタの這う壁を傷付いたままの手で昇っていくハンターの背を見ながら調査団員は溜め息を吐く。塒にはまだ辿り着けていない。定期的に場所を変えているのか導蟲に誘導された先で見るのは塒であったことを示す痕跡ばかりである。さながら掴めない、追いつけない風のようだ、と柄にもない感想を抱えてしまう。

 

片足だけの人魚

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 「ここのところ休めていないんでしょう?」
「いえ、あの……でも、相棒が……、」
アクティブ編纂者、と言われることもあるハンターのバディである受付嬢の顔色は悪い。雨が降っているからだけでは無いだろう。同期であり同じ推薦組でもある勝気な推薦組が受付嬢の肩を抱きベースキャンプのテントへ入ろうとしている。あのパートナーを異常事態が襲ったと聞いて気が気でないだろうことは想像に難くない。実際ここのところあまり食が喉を通らないようであった。それなのに時間さえあれば森を訪れベースキャンプやその近くでパートナーの姿を探し、帰りを待っていると言う。少しでも休ませねば、と見ていられなくなったのだ。
「大丈夫。あたしの相棒や指南役、みんなが探してくれているわ。だから少し休みましょう?」
「だけど私、」
「貴女のパートナーが帰って来た時、貴女が元気に迎えてあげなくてどうするの」
渋る受付嬢を宥めつつぐいぐいとテントへ押し込む。そして中で横にさせることに成功したらしい勝気な推薦組が、テントの外で成り行きを見守っていた自身のパートナーの方へ顔を出した。
「……あたし、傍に居てあげようと思うから、何か用があったらテントに顔出してくれるかしら」
ごめんなさい、と眉尻を下げるバディに陽気な推薦組はわかったと頷きながらいつも通り笑って見せた。
 雨の降る森の中、ソードマスターはべしゃりと地面に倒れ伏しているハンターを偶々見つけていた。いつもなら近寄る者を探るように動く耳や尾はピクリとも動いていない。狩人ならば常に装備しているはずの武器は見受けられない。何かあったのかと近寄ってみれば、腕を伸ばして触れ合う距離になってもやはりどこもピクリとも動かない。そっと抱き抱えてやると、その身体は雨に濡れながらも防具越しに仄かな熱を感じさせた。覗き込んだ顔は赤らんで見える。他者に触れられていることに気付いたのか、閉じていた目蓋が震え、潤んだ飴色が現れる。それは弱々しくソードマスターを睨み、四肢は人の腕中から抜け出そうともがいたけれど、結局ヒュウヒュウと鳴る呼吸は身体に十分な力を与えられなかったようだった。
 とりあえず雨を凌げるところへ、とハンターを抱いて立ち上がる。近場のエリアに朽ちた木の洞があったはず――いや、それでは万が一大型モンスターに気付かれた時、視界と退路の確保が難しい。ベースキャンプへ向かおうにも人一人を抱えてツタ壁を上らなければならない。折々節々に寄る年波を感じつつ、ぐるりと周囲を見回したソードマスターは鬱蒼と草木の茂る横道へ足を進めることにした。
 人が上を通れるほど太い木の根の影、生い茂った草葉の奥にハンターを下ろす。眉を顰め、やはり獣のように唸り熱を耐えようとするハンターの様子に――発見した時の様子も踏まえ――自力でどこかへ行くことはできないだろうとソードマスターは近くのベースキャンプへ向かった。
 そこには家族のために新大陸へ渡ったと言う、優しげな4期団がいた。彼女はソードマスターに気付くと先生、と少し驚いたようにソードマスターを呼んだ。
「先生、どうしたんですか?」
「青き星が――」
「青い星……5期団の彼と会ったんですか? それで今、5期団さんはどこで何を?」
「いや。うむ。実は付近で倒れていてな。どうやら熱を出しているらしいのだが、少し手伝ってくれぬか」
元来面倒見がいいのだろう。優しげな4期団は二つ返事で頷いた。そうして二人はベースキャンプのテントの中から毛布やタオル、アイテムボックスから回復薬や栄養剤の類を取り出しハンターの元へと向かうのだった。それとほぼ同じ頃、あるエリアではトビカガチとアンジャナフの縄張り争いで洞を持つ朽ち木が無残にも砕け散っていたことを狩人たちは知らない。

 

沈殿する悲しみなど

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 陽が落ち、念のためにと女性である優しげな4期団をベースキャンプへ帰してソードマスターはハンターと共に夜を明かした。タオルで軽く水気を取り、毛布で包んだハンターを抱えるかたちで眠ったのは優しげな4期団の進言によるものだった。抱えておけば防具越しとは言え毛布に包まるだけよりは身体が温まるだろうし、逃げたり逃げようとした時にすぐにわかる。なにより、弱っている時は誰かに傍に居て欲しいものだから、との言だった。前半はともかく、後半は現状で効果があるのだろうかと思わなかったことも無い。けれど朝日に目覚め、腕の中で昨日よりは穏やかに聞こえる呼吸に小さく安堵した。どうやら多少なりとも気を許してくれているらしい。すいよすいよと眠る表情は、まだやわらかな子供の様に見えた。
 少ししてベースキャンプから戻って来た優しげな4期団とハンターの様子を窺う。額に手を当てると、ほんのりと熱さを感じたけれど昨夜ほどではなく、その表情も穏やかになっている。時折すぴすぴと動くまろい三角の耳はやはり感覚器官であるようだった。人の耳は見当たらない。尻尾もまた腰、あるいは臀部から生えているらしく、ゆるりと動くのが見える。鋭く伸びた手の爪と言い――おそらく目や鼻も獣並みに感覚が鋭敏になっていると考えられる。そして、ふと脚の方へ眼を向けると、昨日やそれまでには確かに靴を履いていたはずのハンターの足が、獣人族のようになっていた。脚部の装備を呑むように、獣の耳や尾と同じ獣毛が爪先から這い上がってきている。足先には当然のように鋭い爪と肉球があった。
 「……時間が経てば経つほど獣に近付いていくようですね」
もっもっと差し出されたこんがり肉を頬張るハンターを眺めつつ、優しげな4期団が困ったように言う。ハンターの口元にはチラチラとこれもやはり鋭い牙が覗く。
「そのようだ…………あぁ、待て、狩りびとよ
。そのまま指を舐るものではない」
肉を食べ終え、舐めようとしたハンターの指先は血や土に汚れたままであった。それを、ソードマスターは手を掴んで止めさせ、そのままハンターを背後から抱え込むように腕の中へ収めた。
「……? ! ――!!」
かと思えばポーチから回復薬を取り出し、蓋を開けた瓶を傷だらけのハンターの指先ひいては手の上で傾けたのだった。乾いてこびりついた血や土を揉まれるように落とされる。加えて回復薬が沁みるのだろう、ハンターはソードマスターの手から逃れようと身を捩る。
「私が5期団さんの手当てをします。先生、5期団さんが暴れないように抑えていてください」
けれどその場に負傷者ハンターの味方はいなかった。ソードマスターの意図を察した優しげな4期団がハンターの正面に膝を折る。その傍には応急用の薄いガーゼと包帯が用意されていた。逃げ道を失ったハンターの耳がペタリと後ろに倒れた。
 女性らしい丁寧な手当てでハンターの指先は白い包帯で綺麗に包まれている。怪我をしたまま森を駆け回っていたと言うのに手当ては堪えたのか、ハンターはすんすんと鼻を鳴らしていた。けれど施された行為が身体に害のあるものでないことは解っているらしく、情けなく鼻を鳴らしている場所はソードマスターの腕の中だった。幼子を宥めるように丸まったハンターの背中をソードマスターの手が優しく叩く。優しげな4期団はそれを微笑ましげに見ていた。
 これから他に外せない予定があるらしい優しげな4期団が二つほど水の入った瓶を置いていく。件の朝日を浴びた朝露である。手持ちにあったのは回復ツユクサのものと、薬草のものだと言う。その二つを置いていったのだ。どちらも透明な水で、正直どちらがどちらなのか判らない。何なら双方飲ませれば良いか、とソードマスターは片方の瓶へ手を伸ばした。きゅぽん、と蓋の開く音。ゆっくりと背を叩いていた間隔をトントンと短くしてハンターの気を引く。そうして顔を上げたハンターの目の前に水の入った瓶を出してやる。出された物を見詰め、においを嗅ぐ仕草をしたと思ったら、それで口に含んでも大丈夫かどうかを確認したらしい。そろそろと包帯の白に覆われた両手で瓶を受け取った。瓶から飲み物を飲む、と言うやり方はまだ覚えているようだった。

 

泣いているあの娘に花ひとつ

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 その夜は綺麗な月が出ていた。
 調査班リーダーは森の一角でアンジャナフに襲われているテトルーに出くわした。運悪く縄張りに迷い込むなりしてしまったのだろうか。大きな足と鋭い牙からミャアミャア逃げ惑うテトルーたちの助けに調査班リーダーは入る。アイルーを介しての意思疎通ではあるけれど、テトルーは調査団に協力してくれる、仲間や友達と言ってもいい存在である。見て見ぬ振りなどできるわけがなかった。
 そうして、石ころやはじけクルミを使いながら一匹、二匹とテトルーをアンジャナフの意識と視界の外へ出していく。そして助け出すべきテトルーは残り一匹になっていた。けれど同時に、数が減ったことで的を絞りやすくなったのだろう。調査班リーダーを向いていたアンジャナフが不意にテトルーの方を向いた。拙い、と調査班リーダーはテトルーの方へ駆け出す。
 背負った武器を構える時間も無いギリギリで調査班リーダーはテトルーとアンジャナフの間に滑り込む。ぐばりと大きく開かれた上下の顎、そこに生えた荒々しい牙が迫る。調査班リーダーは思わず腕で頭を庇った。
 その、時。地鳴りのような音が聞こえ、何か、ぬらりとした不吉な黒がアンジャナフの横から飛び出してきた。
 それは楕円形に足が生えたようなかたちで、体当たりでアンジャナフを吹っ飛ばし、踏みつけた。突然の圧倒的な暴力に戦意を喪失してしまったらしいアンジャナフはそれまで相対していたテトルーも調査班リーダーも見ずにその場から去っていく。月下に爛々と餓えた目が光る。イビルジョー、と調査班リーダーの口からその名前がこぼれた。
 調査班リーダーの声が聞こえたのか、イビルジョーが狩人の方を向いた。嫌な予感。ズシ、ズシ、と近付いて来る足音の間隔が徐々に狭まっていく。調査班リーダーは咄嗟に背中に庇っていたテトルーを抱えて走り出す。けれど人間の体躯とモンスターの体躯の差による一歩における移動距離の違いなど考えずともわかっていた。視界に入っている地面に大きな影が重なる。飢餓の気配が背中を舐める。乾いた唸り声が頭を垂れ――。
 ここまでか、とテトルーを抱き込んで調査班リーダーは目を瞑る。背中に突き立つ痛みを覚悟した。けれど。次いで聞こえたのは、イビルジョーの怯んだ声と剥ぎ取りナイフがイビルジョーに突き立てられるザクザクという音だった。
 閉じた視界が明るくなっていることに気付き、調査班リーダーは閉じていた目蓋を開く。そこには、イビルジョーに挑むには軽装過ぎる装備で恐暴竜と乗り攻防をするハンターの姿があった。それを半ば呆けたように見つめる。すると調査班リーダーの視線に気付いたのか、イビルジョーの背にいるハンターが早く行けと言うように手を振った。
 イビルジョーをハンターに任せ、先に隠れていたテトルーたちの元へ抱えた仲間を連れて行く。言葉はわからないけれど手ぶりや身振りで感謝を伝えてくれていることはわかるので、調査班リーダーもテトルーたちの無事で良かったと笑って見せた。さて、そうしてテトルーたちと別れ、急いでハンターの加勢に行こうと装備や持ち物を整えにベースキャンプへ向かう。
 足早にベースキャンプへ入り、テントへ入ろうとする。そこで、ガロガロガロ、と車輪の回る音が聞こえた。何だろう、と調査班リーダーは音のする方へ視線を向ける。やって来たのはネコタクの台車だった。荷台にはハンターが乗せられていた。
「ハンター! 大丈夫か!?」
相変わらずペイッと荷台の上のものを抛って去って行ったネコタクを見送り、投げ出されたハンターに駆け寄り声をかける。まだ仄かに飴色の明るさを残す双眸が調査班リーダーを見上げた。
 包帯の巻かれた手を地面に付き、立ち上がろうとしたハンターは、しかし立ち上がれずに座り込む。その背を支えてやりながら調査班リーダーはハンターの様子を窺う。見たところ、事が起きる前と変わっていなかった。そしていつも傍にいるはずの者の姿が無いことに気付いたらしい。きょろきょろと忙しなくなる視線に苦笑し、調査班リーダーはハンターが気にしているであることを教えてやるのだ。
「お前のオトモなら、たぶん拠点で先生と一緒に居ると思う。あと、テトルーたちも無事だった。ありがとう」

 

不器用な紳士

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 調査班リーダーの肩を借り、拠点に戻ったハンターは一先ずマイハウスのベッドに寝かしつけられた。そして翌日胸に乗ったオトモの重さとベッドに潜り込んだプーギーの狭さで目を覚まし、様子を見に来た陽気な同期にやはりよく寝るなぁと揶揄われた。すぐ後に顔を見せた受付嬢はいつかのようにおろろん、と泣いて、いつかのように総司令へハンターが目覚めたことを知らせに駆け出していった。忙しない。嵐の様だ、と思いながら、周囲の様子に自分が何かやらかしたのだとハンターは察する。とかく、総司令や調査班リーダーに顔を見せなければと未だ重さを感じる身体を引き摺りながらマイハウスを出る。
 「――ご迷惑をお掛けしたようです。すみません」
机を挟んでではなく、目の前で頭を下げる。何故かしばらく使われていなかったかのように喉は掠れてしまっていた。けれどくしゃりと歪んでしまった音を気に留めることなく、総司令はいつも通りハンターと向かい合う。
「今回は災難だった、と言いたいところだが……その様子では記憶は無さそうだな」
「……?」
「ふむ。それで、身体の調子はどうだ。どこか痛んだりしていないか?」
「身体、は……何故かやけに重く感じますが……いえ、あの、今回って、記憶って何ですか」
「気になるか? フフ。今各人の報告書をまとめてもらっているところだ。明日にでもまた来ると良い」
調査団員が謎の獣化を起こすなど笑い事ではなかったのだが――無事解決し、更に他の調査団員たちが記した報告や所感を読んでいるとつい笑みがこぼれてしまう。結局原因と考えられる白いコバルトモルフォのような何かは発見されていないし、被害も一件のみ。ギルドへの定期報告までまだ時間もある。まだまだ新大陸は未知が多い、と総司令は机上に広げた地図をなぞった。後日、件のまとめられた報告書を読んだハンターはその日一日マイハウスのベッドから出て来なかった。けれどマイハウスから出ても数日は調査団員たちからやんややんやと構われフルフェイスの防具が外せなかったハンターであった。
 本人は既に完全に人間に戻り、獣化していた名残など無いと認識している。しかし当人は気付いていないだけで、自然と戯れていた名残は節々に見られた。
 例えば食事場や集会エリア、ベースキャンプで食事をしているとき。ちらりと見える犬歯はまだ人にしては鋭く、獣の名残を覗かせる。例えば以前よりも心なしか多くのにおいを拾っている嗅覚。傷付いていた指先はまだ包帯が取れていないし時折血が滲んでいることがあるけれど、その指を覆う爪が人らしい丸みを帯びるにはもう少しかかりそうである。
 そして特に眠ることについては顕著であるように見受けられた。
 太陽が水平線に沈む頃、ハンターはクエストから帰って来た。ハンターは調査資源管理所への報告もそこそこに、拠点の海側の道を通り、総司令と調査班リーダーが机上に地図や書類を広げている場所へ向かう。ハンターの目的はその傍に座しているソードマスターであった。
 それ自体は以前から見かける、先達に懐く後輩の姿であるため気に掛けられることはない。注目すべきはハンターがその傍に身を横たえることだった。
 いつものようにソードマスターの元までやって来たハンターは、しかし相手に声をかけることなく、傍に立っている。時折傾げられる首は動物が周囲や目の前のものを窺う様に似ていた。そうしてゆっくりとその場に腰を下ろし、ついに身体を横たえた。くるりと丸められた身体に獣を幻視する。ハンターのオトモもまた主人に倣ってくるりと丸まり、ハンターについてきたプーギーと合わせて三つの団子が時々ソードマスターの足元にできるようになっているのである。
 陽が落ちきり、月が高く昇るとようやくモゾリと眠っていたハンターが身じろぐ。寝ている間に誰かが掛けて行ってくれた毛布が擦れて小さな音を立てる。気の抜けた、気配を隠そうともしない動きに、こちらもまたいつからか寝ていたソードマスターも目を覚ます。そうして、ふと足元へ視線を落とし――月の光に淡く揺れる、薄い飴色の眼を見た。

月すら溶かせられるさ

シュール 天 魔法

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