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備考:ハンソドはデキてる

 

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 彼――ソードマスターは二等マイハウスで仮眠を取っていた。

 前線拠点で活動する多くの後輩たちに余計な手間を取らせぬよう、先達として調査拠点の守護を自身の主たる任務と位置付けていたけれど――彼とてやはり人間には変わりなく、時には休息も必要なのであった。

 司令エリアの定位置でうつらうつらとしているのを、付き合いの長さ故に同期に見抜かれ「少し寝てくると良い」と苦笑されたのが少し前。

 そう、確かに。

 確かに、仮眠の許可を得て、彼は二等マイハウスへ向かい、確かにその簡素な寝台に寝転んだのだ。

 それなのに。

 

 「んっ……お゙、ぇ゙ほっ……」

 

 身を捩るとぐぢりと湿った音がする。

 口内を埋める、何か、ぶよぶよと弾力のある腸詰めのようなものに彼はむせる。

 それが――喉奥まで――潜り込んできた当初は、それはもう酷い吐き気に嘔吐いたものだったけれど、今となってはだいぶ落ち着いて、慣れてきてしまっていた。時折喉をズルズルとのたうってみたり、今のように口蓋垂を弄ばれるのは、さすがにまだ苦しさを感じるけれど。

 噛み切ろうとは思っていない――もはや思えなかった。腸詰めのようなものの表面は仄かに甘い。けれど少しでも歯を立てると、苦々しい汁のような液体が溢れ出てくるのだ。その弾力も相俟って、噛み切ることなど当然叶わない。吐き出そうにも、決して短小ではない対象を吐き出すことはできなかった。少し押し出せたと思っても、すぐに元の分――あるいはそれ以上が喉に押し入ってくる。

 だから彼はその腸詰めもどきが時々吐き出す液体を、何の抵抗もせずに腹の中へ受け入れていた。

 

 「んぐっ……んぉ゙ぶっ……ぢゅるっ、んぐぢゅっ……、ゔ……、ん゙ふーっ……ふーっ……」

 

 腸詰めもどきが居座るおかげで開かれたままの口端からは涎がボタボタと落ちていく。

 仮令現状の彼が実際にとろりと目元を蕩けさせていても、それを拭おうとする意思や行動は見せただろう。けれど彼は動かなかった。

 否、彼は動けないのだ。

 彼はその四肢を、見るも不気味な肉壁に呑み込まれていた。

 身動ぐことはできるけれど、腕や足を引き抜くことはできない。ぐっぷりと彼の四肢を食んだ肉壁はそれだけの力で彼を引き留めていた。更にその防具に根を張り、気味の悪い血管を浮かび上がらせていた。

 とくんとくん。とくんとくん、とその血管が脈打ち、肉壁からの「何か」が防具に染み込んでいく。染み込んだそれは防具の内側に外側に気化し、気化したそれに触れたり吸い込んだ彼の身体は、ぼうっと熱を持つ。

 それのせいだろうか。常ならば顎が痛み息苦しさと不快感に苛まれるであろう状況でも、彼は比較的平穏な精神状態でいた。

 では何故自分がこんな状況に置かれ、そんな不思議な状態に陥っているかと言えば――それはまったく分からないけれど、自分は仮眠を取っているはずだからこれは夢なのだと彼は言うだろう。夢にしては意識も感覚も鮮明だけれど、きっとこれが夢だと自覚しているせいなのだろう。

 もちろん、自分がこんな夢を見るなど――意外というか、羞恥を覚えるけれど。

 

 「ごぼっ……お゙っ゙……ご、お゙、んぶぉ゙っ゙、」

 

 ずるずると後孔から極太い蔦のような何かが抜け出ていく。

 その、ごりごりと蔦が腸壁を削っていく感覚に彼は腸詰めもどきが詰まった喉を震わせた。喘ぎ声にも呻き声にもならない、ねばついた空気の混じった汚い音が溢れる。

 蔦が抜け出ていった後は、周囲から伸びてきた細めの肉蔓が尻たぶをグイと割り、更にヒクヒクと収縮する後孔も、中を覗き込むように拡げる。

 太蔦が抜け出ていった後の後孔には、卵のような白い球体が、コロコロと収まっていた。

 

 「ん゙っ゙――ん゙お゙え゙ぇ゙え゙え゙え゙!゙ お゙ぼっ゙、ごっ、ぇえ゙お゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!゙!゙」

 

 そして彼の身体――腰がガクガクと揺れ、ぷぽんっ、こぽんっ、と球体が後孔から押し出され始める。

 球体がひとつ体外に出る度に、電流が走るように身体が跳ねる。

 

 「お゙ごっ゙、お゙っ゙、お゙え゙ぇ゙ぇ゙え゙げっ゙、え゙っ゙、ん゙ぐっ、」

 

 腹に詰められた球体を早く出せと言わんばかりに蔓が防具の中に入り込みその腹に巻き付き擦る。中には後孔に潜り込み、球体が転げ出てくるためのレール役になる蔓もあった。

 そうして彼が、ねばついた白濁液と共にひり出した球体たちは、けれど沈黙を保ったまま、ウンともスンとも言うことは無かった。やがて白濁とした液溜まりごと、ぐぷりと肉床に呑み込まれてなかったことになる。

 ――こんなことを、もう随分と思える時間繰り返しているのだ。

 まるで産卵の真似事。彼の腹に、あるモノは今のように卵を産み付け、あるモノは幼体そのものを放り込み、あるモノは半固形状の液体を注ぎ、別のモノがそこにねばついた液体を注いだりをした。そして注いだものを体外へ――産ませる。

 しかしそのどれもが「新たな命」として成り立つことはなかった。失敗する度にその残滓を掻き出し、孔をほぐし、次を試した。

 取っかえ引っかえ、こんなことに何の意味があるのだろう、と意識をはっきりと保っていた頃の彼は思った。

 けれどおそらく、肉蔓たちは戯れ、辱めのために彼の身体を使っているわけではなかった。

 実際、肉蔓たちは、どういったモノならばこの――彼の――身体を繁殖に使えるのか、目的を持って調べていた。

 当然、彼がそれを知ることは無いだろうけれど。あるいは、彼が気付くタイミングによっては、知らない方が良いことにもなるのだろう。

 腰の装備を強引に押し上げズラされ、インナーと下着は引き千切られ、外気に晒されることとなった臀部の、ポッカリと開いた後孔から、とろりと雫が糸を引いて垂れ落ちた。

 

 「ぅ゙……んっ……お゙……ゔ……?」

 

 今度はどんなモノが腹に詰められるのかと、熱に霞む頭でぼんやり考えていた彼は、手前側の肉壁が割けたのを見る。

 射し込む光は、四方の肉壁が発する淡い赤桃色の薄暗い空間に慣れてしまった眼を刺した。一見何の変哲も――よくよく見ると血管のようなものが這っている意外は――ない防具の中で、腸詰めもどきを頬張りながら彼は目を細める。

 そして光の中に人影があることに気付いたのだ。

 その人影はこちら――身動きのとれない彼に近付いてきた。

 ぬかるんだ肉の床をさして苦も無い風に歩いてくる人影は、彼の知っている人物だった。

 あおきほし、と彼は舌足らずに茫洋とした頭の中で相手を呼ぶ。

 青き星。青い星。大仰にも、かの御伽噺の象徴を異名とする青年が彼の前まで歩み寄ってくる。周囲の肉の壁や床が青年を排除しようとする様子は見受けられない。それどころか、今までとは打って変わって、ぴくりとも動こうとしない。

 口を塞がれている彼は当然として、肉たちは動かず、青年も口を開かない。妙な静けさだった。

 青年はやや見上げる位置にある彼の顔――フルフェイスのヘルムに覆われた――をするすると優しく撫でる。

 とくんとくんと不気味に這う血管が無機物に神経をも根差させたかのように、触れられているのは防具だと言うのに、彼は青年の手のこそばゆさに小さく肩をふるわせた。

 やがて青年は両の手で彼の顔を包み、ヘルムの下部に口を寄せた。それは正しく口付けの恰好だった。

 防具越しの口付けなど、どの部位であろうと、素肌と触れ合うことはない。

 はずである。

 

 「んっ……ふぅっ……お゙っ……あ゙っ……んむぅっ、」

 

 けれど不思議なことに、青年が啄むようにヘルムの下部に口付けていると、とうとう彼のくちびると青年のくちびるが触れ合った。

 ずるりずるりと彼の口内を埋めていた腸詰めもどきは退いていく。彼の口内に、自身の一部を切り落として。

 

 「ぢゅるっ……ぢゅっ……お゙っ……ちゅぷ、くちゅぅ……ん、はッ、あぅ……ぢゅぷっ……」

 

 それに青年が気付いているかどうかは分からない。

 舌を絡めて、吸って、擦り合わせて。上顎を、歯列を、頬の内側をなぞって。唾液を与えて、奪って。

 彼の口内から張り合ってくるような、腸詰めもどきの一部と競うように、青年は彼を味わう。

 無論、前後から舌を奪い合われ、自身を含めない複数の粘膜が口内を動き回るなんて言う状態に置かれた彼の意識がどろどろと蕩けていくことは必然と言えた。

 そんな中で、彼は縋るように閉じていた目蓋を開けた。

 ああ、どうか。せめて知る者の姿が。比翼連理を誓った者の姿が、確かにそこに在らん、と。

 健気にも青年を想いながら目蓋を開けた彼の前に居たのは――確かに、青い星と呼ばれる青年その人だった。

 青年だったけれど、滲んだ視界の、間近に入ってきたその双眸には、星が散っているような、気が――。

 

 「ちゅぷっ……はぁっ、ふぁっ、ぁ……んちゅっ、ぢゅるるっ、ぢゅぷっ、ちゅるっ、」

 

 不意に、より深く口付けられて彼は反射的に目蓋を閉じた。

 先程見た星の光はなんだったのだろう。まるで瞳の中に星空があったような。

 ああけれど。きっと、それは狩りびとが纏う装備の所為なのかも知れない。

 そうだ、おそらくそのせいだろう。以前新しい装備なのだと披露してくれた装備――アストラ装備と言っただろうか?――の模様が、瞳に映り込んだだけだ。

 そうでもなければ、ひとの目の中に星の光など――。

 そんなことをぼんやり考えていると、顔に添えられていた青年の手が、動く気配がした。

 青年の手が動いて、背中、腰の方へ回される。

 青年の黒い――タイツ、という極薄いインナー?を纏っているのだったか――手が腰へ降り、いつの間にか肉蔓たちから解放されていた臀部を掴む。

 そして、ぐい、と青年自身の方へ引き寄せた。

 ずぶりゅ、とか、ぢゅぼり、なんて聞こえる音を立てて、彼の四肢は肉壁から引き抜かれる。べちゃぼちゃ、と粘液のようなものを滴らせる指先爪先。

 青年によって肉壁から引き離された身体は、そのまま青年に引き寄せられ――いつの間にか、台座のように盛り上がった肉塊に腰を下ろしていた青年の膝の上に勢いのまま乗り上げた。

 

 「は、んむ……ぢゅるっ、っぷあ、ぁ、むぅ、んっ……、」

 

 青年の手が掴んだままだった尻たぶを割り開き、埋めるものを失ったままの後孔が、ヒクリ、ハクリと切なげに喘いだ。

 それを、指先から感じ取ったのだろう。青年が彼の腰を更に引き寄せ、主張を始めていた半身を、その硬さと大きさと熱をもって教える。

 青年の、若き恋人の誘いに、彼は目蓋を閉じたまま、小さくコクンと頷いた。

 瞬間、口付けが喰われるかと思うほど深くなり、ジュルルッと口内を吸われる。のたくっていた腸詰めもどきの切れ端が青年に吸い出されたのだと彼が思い至ったのは、長い口付けが途切れ、自分から顔を背けた青年がペッと何かを吐き出している姿を、ぼんやりと滲む視界に見てからだった。

 けれど、異物を吐き出した青年の口端が、次いで歪なほど綺麗に釣り上がっていたことを、彼は特に気に留めなかった。

 そして、ずぷんっ、と――熱すぎる衝撃。が。

 

 「はッ――ア、ふあ、アアア、」

 

 熱い。

 ただひたすら、熱が。

 彼の身の内を焼く。

 

 「あぅ、うっ……、く、あ、あ……っ、」

 

 喉と背を反らして、迎え入れた熱に感じ入る彼を、青年は静かに眺めていた。

 これまでに受け入れていたモノと比べれば、間違いなく普通というか常識的と言える形や質量と言えるけれど――彼は今まででいちばんの悦楽に襲われているようだった。

 幼子が親にするように、彼の指先が青年の肩に縋る。

 そして後孔もまた、キュウキュウと銜え込んだ青年に縋り――。

 そういえば、相手はいつ下履きの前を寛げたのだろう。タイツとやらを破いている素振りも、自分が知る限りは無かった。つまり、自分は、装備ごと受け入れてしまったということだろうか。それは、そんな――。なんてことが、不意に彼の脳裏を過ぎった。

 と、同時に。

 ずちゃあ、と臀部を鷲掴んだままだった手に身体を持ち上げられて、粘ついた水音がした。ずるずると内壁を擦りながら出て行く青年に、彼の喉が引き攣る。

 

 「はひっ――、はッ、は……、ア、ぁ、待、待っ、」

 

 情けなくどろどろに融けた彼の口元に、青年が噛み付いた。

 同時に、青年の両手に掴まれたままの腰が、引き落とされる。ずちゅんっ、とも、ばちゅんっ、ともつかない音がして。間髪置かずに、また、ずちゃあ、と粘ついた音がして。

 それらの音は代わる代わる、生まれては塗り潰してを繰り返して――どんどんその間隔を狭めていく。やがて、ぼちゅん、とか、ぶぢゅん、とか空気が混じるほどに忙しなくなる。

 後に残ったのは、獣のような息遣いだけ。

 

 

 

 ――――、…………。

 

 

 

 彼――ソードマスターが目を覚ますと、そこは二等マイハウスだった。

 格子状の天井に射している陽はまだ明るく高く、自分が仮眠に就いてからそれほど時間は経っていないらしい。

 彼は頭に手を遣りながら身体を起こす。妙な夢を見ていた。気がする。どんな夢かは覚えていないけれど、とにかく不思議な夢だったように思う。寝起き特有の、暖かな気怠さを追いやるようにふるふると頭を振ると、寝台の傍に人影が立っていることに彼は気付いた。

 

 「そなた……」

 

 人影は5期団の推薦組、その中でも、かの御伽噺に由来する「青い星」の異名を負う青年だった。

 そんな青年が、立っていた。

 片腕を空へ垂直に伸ばし、もう片腕を地面と平行に伸ばすという、謎のジェスチャーを行いながら。

 思わず彼が困惑の声を上げると、青年は両腕を下ろして、今度は地面に膝をつき脚を折って上体を前に倒した――いわゆる土下座のジェスチャーをし始めた。わけが分からない。

 わけが分からなかったので、彼はとりあえず曖昧な感覚でしか覚えていない夢のことを、この青年に話すことにした。そこに大した理由は無かった。あるとすれば、青年と自分が恋仲であるから、という何とも緩やかな動機くらいだった。

 

 「夢を、見ていた気がするのだ……その夢は……あまり良い夢では無かった、ように思う……。しかし、そなたが現れて……某を救ってくれたような気がするのだ……」

 

 独り言のような彼の言葉を、青年は土下座をしたまま聞いていた。

 聞き終わった青年はおもむろに起ち上がり、今度は何故か拍手のジェスチャーをし始めた。うんうん頷きながらされる拍手は、恋仲たる自分を夢に見てくれて嬉しい、ということなのだろうか。よく分からない。時折、グッ、と立てられる親指が更に謎を呼ぶ。わけが分からない。

 分からないけれど、この青年のことなのだから何らかの意味はあるのかも知れない。若い狩りびとたち特有の意思表示とか意思疎通とか。

 やはり新しき物は難解だ。自分には使い熟せぬ、と彼は思った。けれど同時に、新しき物を瞬く間に会得し使い熟すこの若き狩りびとはやはり素晴らしい、と思ったので――彼はとりあえず青年に拍手をし返しておいた。

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