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元ネタ:ARIA -Navigation 28 スノーホワイト-

平和な頃の話かあるいは平和な世界線の話

​最後に少し重装航空官と副指令

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 「なぁ――昔、どんな大人になりたかった?」

ぽつりと、不意に零された疑問に、紺藍色の機体は静かに足を止めた。

 今回赴いた星は、機械生命体が根差していながら有機物の多い星だった。翼を持つ有機生命体が羽ばたき四足歩行の有機生命体が歩き、道端や街路には草花や樹木が生えている。太陽は西から昇るけれど、夜明けにも日暮れにも紫がかった海を綺麗に照らした。夜になれば月と星も出る。季節によって色味を変えると言う星の川は、この時期には赤やピンク系の色に染まっていた。それらの、無機に覆われた星ではなかなか見ない風景や文化を、橙と紺藍の機体は楽しんで回った。

 深々と降る白で月と星は隠されている。窓から漏れる光や、時々佇んでいる街灯の灯りを道標に、二機は街の路地を歩いていた。星の開拓者の生誕を祝う祭りを見て来ての帰り道だった。会場から離れるにつれてサクサクと鳴る足音がよく聞こえるようになり、屋台と参加者が犇めいていた風景を振り返るようになっていた。そうして、そこで、橙色の機体はふと思い出したのだ。会場で子供たちが、自分も開拓者みたいな大人になりたい、と言い合っていたことを。

 思わず訊いてしまい、そして立ち止まってしまった目の前の背中に、自分も歩みを止める。返事はない。十数秒と経たない、短い間だったけれど、何か拙いこと訊いてしまっただろうかとまだ青年と言っても良い橙色の機体は、紺藍色の彼の名前を呼んだ。けれど、それにも答える声は無く、スッとしゃがんだかと思うと、徐に雪玉を作って転がし始めた。

「えっ……え? あ……なぁ、それ、手伝うぜ」

「ふふ。ありがとう」

 コロコロ、コロコロと雪玉を転がしていく。狭い路地に積もった白を纏い膨れていくそれは、やがてゴロゴロと転がるようになる。道なりに歩いて、転がして、幾つか十字路や広場を抜けていく。

 そして、その幾つか目の十字路を過ぎた辺りで、雪玉がギュッと地面を鳴らした。小型機の規格は越えたと思われる大きさの大玉を前に、二機は立ち止まる。

「……俺たち二人じゃ、このくらいじゃないか?」

「おー、でっけぇの作ってんな!」

先に口を開いたのは青年だった。けれど、それに答えたのは隣の彼ではなかった。背後から雪夜の路地にはあまり似合わない声が飛んで来る。二機が振り返ると、つい先程通った十字路に人影が二つ見えた。その二機はこちらを向いていた。

 降り積もった白に周囲の灯りが反射していて、視界を暗所用のものに切り替える必要はない。十字路を真っ直ぐに進もうとしていた足が、橙と紺藍の方へ向けられる。足取り軽やかに雪玉の通った後――白の下から現れた地面――を歩いて来る水色の機体は視覚器をキラキラと輝かせていた。そんな人懐こそうな水色の後ろには、溜め息を吐いて渋々と言った様子で進路の変更をする赤紫色の機体が見えた。

「なになに?でっかいオブジェでも作んの?」

片腕が銃身になっている飛行型の水色は、物騒な片腕に似つかわしくなく、やはり陽気に雪玉を見た。

「いっちょオレが手伝ってやるよ!」

そうしてキラキラとした視覚器のまま、ぱす、と雪玉を軽く叩いて宣言した。半歩後ろに追い付いた赤紫色が、とてもとても顔をしかめているのを、青年は視界の端に捉えてしまったけれど――構わず大玉が転がされ始めてしまい、見なかったことにしたのだった。そのまま付いてくる足音から逃げるように、雪玉を押すことに集中する。

 ゴロゴロ、ゴロゴロ、と大きな雪玉が静かな夜の路地を往く。

 より大きさを増した雪玉は、やがて三機で押すにも厳しい重さになった。んぐぐ、と水色が片腕で雪玉を推してみるも、小さく揺れる程度である。随分立派になったなァーと雪玉を見上げる青年は言わずもがな、現状で十分だと思っていた。

「……せめて次の広場まで移動させたいんだけどなー、もうちょっと馬力のある機体いねぇかなー!?」

けれど、水色がわざとらしく声を上げたものだから、思わずその声の方を見てしまった。チラッチラッと背後を気にしているのが、更にわざとらしい。馬鹿か、あるいは大物なのかもしれないと思う。

「あーっとぉ、そういえばおまえスペック結構あったよなー!?」

 手にしていた荷物――買い出しの帰りだったのだろう――を水色に押し付けて、不機嫌を隠そうともしない赤紫色が雪玉へ手を伸ばす。わぁいさすがタイショー頼りになるぅー、なんて棒読みも良いところなガヤを飛ばす水色は、やはり大物かもしれなかった。ゆっくりと、再び雪玉が動き始める。

 「まー、こんだけ大きけりゃ十分だろ!」

次の広場までの道中、また少し大きさを増した雪玉を見て、水色が満足そうに笑う。歩いているうちに幾分か落ち着いたのか、荷物を持ち直している赤紫色の表情は、歩き始める前よりも和らいでいるように見えた。けれどそれを隠すようにさっさとその場を離れようとする。

「あっ、ちょ! 置いてくなよ!待てよー! じゃ、じゃあな!」

その背を追って、慌ただしく賑やかに去っていく水色に手を振り返して青年は彼の方を窺う。同じように水色へ手を振り返していた彼は、微笑んでいるようだった。青年は最初にした問いの答えを求めて彼の名を呼ぶ。

 しかし答えは返って来ず、その人はまた雪玉を作って転がし始めた。えええ、と肩を落としつつ、青年はまだ小さな雪玉を転がす彼の背を追うことを選んだ。

 「なァにしてんだァ? 面白そうなことォしてるじゃあねェか」

次に出会ったのは、刺々しい機体だった。飲み屋の多い道から、ひょこりと上機嫌そうにこちらを覗き込んでいた。

 面白そうだと手伝い始めてくれた機体はドラゴンに変形するらしい。有機生命体の姿に変形するという同族に、二機は素直に驚きの声を上げた。そんな、ひな鳥のような反応に気を良くしたと見えるドラゴンは出身地の話を色々と披露してくれた。未だ有機生命体を実際に見た回数の少ない青年たちとの会話も自然と弾む。そして、ではここでは何をしていたのかと言えば、ちょっとした旅行をしに来たらしい。

「面白ェやつが居てな? ちょいと話し込んじまった」

店でのことを思い出しているのだろう。楽しそうな嬉しそうな声と表情に、彼が釣られてそうかと笑った。

 ぽつぽつと溶ける話し声に、時々笑い声が混じる。大きくなっていく雪玉と一緒に道を歩くこと数分。また幾つ目かの広場に着く頃には、雪玉は最初に作ったものと同じくらいの大きさになっていた。

 広場の隅の方に大玉を寄せて、満足そうにドラゴンが腰に手を当てる。

「まァ、こんだけデカけりゃあ上出来だろォ」

ドラゴンが雪玉を眺めて言った、それとほぼ同時に、背後から誰かの名前を呼ぶ声が聞こえた。青年の名前でもなく、彼の名前でもない。しかし周囲に他の機体はおらず、自然とドラゴンが呼ばれているのだと察しは付く。案の定、声に返事をしながら振り返るドラゴンに倣い、二機も背後へ眼を遣ると、有機的な曲線を持つ青と灰白の二つの機体がこちらへ手を振っていた。

「おーい!宿に戻るぞー!」

「おうよォ、すぐに行く! っつーことだからよォ、じゃあなァお二人さん。風邪ェひかねぇようになァ」

「そちらも。からだに気を付けて」

気さくに片手を挙げ、挨拶を交わしてドラゴンは二機の方へ歩いて行く。白い方の機体に軽く頭を下げる様子に、白い方よりは年下なのだろうと予想が浮かぶ。普段顔を合わせないタイプの機体だったな、と青年は思った。

 「何回転がしても、その度にどこからともなく現れて、その度に一緒になって転がしてくれる」

三つの機体を見送って二機並んで歩き始め、程なくして彼が口を開いた。ゆるりとやわらかな声が青年の聴覚器に届く。何とはなしにひらひらと舞う白を眺めていた青年は、不意に切り出された言葉にキョトリと彼の顔を見た。その言葉が、自分が訊いた問いに対する答えだと思い至るまで、少し間が開いた。さくさくと薄く積もった白に足跡を残して二機は帰り道を往く。

「まだ小さかった頃、気付いたのだが──その時、ふと思ったんだ」

過去に思いを馳せている隣の機体の、穏やかな声に青年はその続きを静かに待った。

「こんな大人になりたいな、と」

「──、」

そう言い、悪戯っ子のようにも思える、小さな笑い声をこぼした彼の横顔を青年は凝視した。いつも通り、バイザーとマスクに覆われた顔は表情が見えなかったけれど、いま彼は微笑んでいるのだと、青年は確信に至っていた。

 「ふへ。ふ、ふふふ、」

思わず青年が気の抜けるような笑い声を漏らす。

「そっか──そうかぁ」

「? どうかしたか?」

暖かい部屋で美味しいものを食べた時のような青年の声に、彼も特に気を害した様子も無く、穏やかに首を傾げる。青年は上機嫌に彼の手を取って、繋いだ手に力を込めた。

「うん。俺の親友が素敵な大人なワケだなって解ったから、さ」

 寄り添う二機分の足跡が、白い道に残っていく。

 

 

 

「……聞いてくれソニックボンバー。道を歩いていたらな、唐突に大きな雪玉に遭遇して、その、ぶつかりかけたんだが……アレはどういう文化なんだ?」

「(飲んでいた物を噴き出す音)」

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