見切り発車したので着地点とかよく分からなくなったハンソド(いつもの)
「トゥアレグ族」についてのツイートを見かけて見切り発車し(て)ました。
案の定ヤマもオチもイミも無いです。ゆるして。
砂漠の民パラレル(調査団が発足してない世界線)
ハン(→)ソド。星が結構喋る。諸々捏造。
ちからつきてる(いつもの)(たすけて)
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ゆらゆらと地平線が揺れていた。どこまでも続く砂海をフラフラと歩く男は、実際のところ今自分が何処を歩き何処に向かっているのか、見当がついていなかった。
季節の移ろいなぞさして気にされない、大砂漠の昼間のことであった。
男は狩人だった。当人は気にしていないが、それなりに名を馳せている狩人だ。ギルドからの信頼も厚く、危険な任務や高難度の任務、果ては古龍と幾度も相対したことさえある。そんな狩人が何故ひとりで真昼の砂漠を彷徨っているかと言えば、不運な事故に遭った結果だった。
その日狩人はある商隊の護衛に付いていた。なんでも急ぎの依頼で砂漠の向こう側にある町まで行かなければならないらしい。だから、必要最低限の人数と荷物で商隊を編成し、砂漠を突っ切って行くのだと。無茶な挑戦とも言えたが、事情があるなら仕方ない、と依頼を受け付けたギルドも狩人もそれを受け入れたのだ。
試みは、途中までは順調に行っていた。まっすぐ突っ切るとは言え、休憩のために数少ない岩陰や砂山の影に立ち寄り、もう砂の海ではない陸地が薄らと見えるだろうかというところまでは来ていたのだ。
だが、その、あともう一息というところで、商隊の小さな砂上船を、砂漠に潜むモンスターが襲ったのだ。どうやら先を急ぐ余り、縄張りに入ってしまっていたらしい。猛然と砂上船に攻撃してくるモンスターを退けようと、狩人はその背に飛び乗った。先を行くよう商隊を促して、モンスターの足止めを買って出たのだ。
降って湧いた背の重みを振り落とそうとひとしきり暴れたモンスターから飛び降りて相対する。足下は動きを鈍らせる砂地だが気にしてはいられない。背負っていた太刀を抜き、相手の注意を引き付ける。
そうして、思いがけず大型モンスターの狩猟を演じていたのが数刻前。気付けば砂漠の何処とも知れない場所に迷い込んでいたのだ。傍らには事切れた大型モンスターの巨躯。測れば、所謂「最大金冠」と呼ばれる程の体長、体高はあったのだろうが、狩人はもうそんなことを気にしていられなかった。習慣として動いた手足が「剥ぎ取り」を終えると、その場に座り込む。不安定な砂地での予期せぬ戦闘が、思いの外堪えていた。加えて手持ちのクーラードリンクは残り2つ。砂上船を使うならともかく、己の脚だけで砂漠を越えるとなると、不安になる数だった。
しかし座っていても仕方がない、と狩人は立ち上がり歩き出す。夜になれば月が昇り星も出ることで歩きやすさも違うのだろうが――日の入りを待っていられる程、狩人は自分のことだけを考えてはいられなかった。はぐれた商隊がどうなったのか、護衛を請け負った身としてはとても心配だった。
だが、実際のところアテの無い砂漠越えなど無謀でしかなかった。空から降り注ぐ日差しに焼かれ、熱せられた砂はまた日を照り返して人を焼く。旅の道連れもいない狩人は、日が傾きもしないうちに意識を朦朧とさせ始めていた。
気付けば日が落ちて月が昇っていた。びくりと揺れた背中にガツリと何か硬い物がぶつかる。振り返ってみると、それは何処から流れてきたのか、横たわった枯れ木だった。あるいは、何時かの昔に朽ち果てたモンスターの白骨なのかもしれない。
とにかく、いつこれを見付け、影に潜り込んだのか覚えていない。だが、知らぬうちとは言え、己の身体が「生きようと」してくれていたことに、狩人は安堵した。そして、その選択に感謝もした。
睡眠を取ったせいか、幾分身体が楽になっていた。少なくとも、狩りで消費した体力の4割は戻っただろうか。アイルーの額程とは言え、些か気は楽になった。それでも太陽と砂に熱されていた身体の火照りをどうにかしようと、残っていたクーラードリンクの1瓶を開け、半分だけ口にした。そうして、よっこらせと立ち上がり、今度は月や星を見ながら狩人は歩き出す。
しばらく歩いた頃だろうか。静まり返った砂の海の中で、狩人の研ぎ澄まされた聴覚が何か物音を拾った。それはまだ遠く、微かなものだったけれど、砂を切るような音だった。
狩人は、砂上船の音だろうか、と思った。もしそうであるならば、拾ってもらえるかもしれない。目的の町までは行けずとも、砂漠を抜け出せるかもしれない、と。
砂漠で小さな希望を見出した狩人は微かに聞こえた音を手繰るようにまた歩き出す。さくりさくりと、月光に照らされて銀色に輝く砂地に再び足跡が伸び始める。
濃藍の空の下、銀の海を往く狩人は、砂丘を越えようとしていた。砂丘に登れば、少しは地形が見渡せるかと考えたのだ。途切れ途切れだが、未だ聞こえているあの音は徐々に近付いている。だから、もしかしたら船影も見えるのではないか――と。
そんな時だった。砂丘の向こう側から「何か」が飛び出して来たのは。
バサァ、と砂飛沫が散る。視界に入った影は船の形なんてしていなかった。むしろ、魚と言うか細長く見える影形。翳りながらも白っぽく見えたそれは、生き物の腹のように見えた。
一瞬がやけに長く感じられた。何かの白い腹を見送り、遅まきながらザザン、とそれが着砂した音を聞く。狩人に時間が戻って来た。
改めて「それ」を視界に入れてみると、それはやはり船ではなく魚――のようなモンスターであった。砂漠を泳ぐ魚竜種、ガレオス。狩人たちの中でもポピュラーなモンスターである。
けれど、そのガレオスをよく見てみると、その背に人影があった。夜空に融けてしまいそうな、青い外套を翻している。運悪くガレオスの背に乗ってしまったのだろうか、と狩人が考えた時だった。チラと外套の下からガレオスの身体に伸びる、手綱のようなものが見えたのは。
どうやら青い外套の人物は、ガレオスに「乗って」いるらしかった。
長く狩人業をこなしてきたが、モンスター――それも草食竜ではない――を「乗って」利用する者など初めて遭遇した。風の噂でモンスターを卵から育て、絆を育み共に生きるという「ライダー」の存在は聞いたことがあるが、まさかそんな人間が実在するなど、思ってもいなかった。
思わず目で追ってしまう。砂に紛れる体色のガレオスに跨る、青い外套。ガレオスの鱗は、元々は青い色をしている。それが砂の中で生きるうちに砂に塗れ、埋もれていくのだとか。そんなことを、思い出していた。
と、件のガレオスが方向転換をしてこちらへ向かってきた。砂の中を、正しく「泳ぐ」砂魚竜の姿は、水中を往くモンスターたちとはまた違った趣がある。しかし――こちらへ向かってくるということは、自分に何か用だろうか。まさか盗賊の類か、と狩人に不安が過った。
だが、その不安は杞憂であった。狩人の前に横付けたガレオスとその騎手は、敵意なく狩人に接触してきた。
ザバ、と砂からガレオスが足を出す。そしてあまり歩行を得意としていない足を折って、人間でいう、しゃがむような形。その上から、青い外套の人物がズイと狩人に顔を寄せる。そうして、数秒、窺うようにフルフェイスの防具に覆われた狩人の顔を覗き込むと、何か一人で納得したようにコクンと首をひとつ縦に振った。そして、座っている位置から少し動いて、一人分空いたと見えるスペースをポンポンと叩いた。
当然、狩人は首を傾げる。目の前の人物が何を考えているのか分からなかった。
対して青い外套の人物は何か急いているのか、狩人が戸惑っているのを察すると、その防具の適当なところを掴んでぐいぐいと引っ張った。
どうやら「乗れ」と言われているらしい。だが、何故?
狩人の尤もな疑問は、しかし直後に聞こえてきた「音」によってすぐに氷解した。
ザザザザザ、と無数の、砂を掻き分ける音。それは先ほど聞いた音とよく似ていて、しかし規模がまったく違った。砂魚竜の群れが近付いてきているのだと、狩人は理解した。
誘われるまま、狩人はガレオスの背に跨った。手綱を握る手が、自身の脇腹から伸びているのが見えた。
手綱が振るわれる。ガレオスが立ち上がり、また砂の中へ半身を沈めた。そして、グン、と勢いよく周囲の風景が動いた。
ガレオスの移動速度が安定してきた頃、不意に背後から声がした。砂と風を切る音はそれなりに鳴っていたけれど、半ば密着している状態では会話することは大して難しくはなかった。
「砂漠の中頃で大物が仕留められていました。だから、その血のにおいに他の連中が興奮している」
声音からして、それは狩人よりずっと年下の、まだ青年と言える年頃の男のようだった。青年は一度言葉を区切り、顔まで隠した外套の中でスンと鼻を鳴らす。
「……貴方からも、あの大物の血のにおいがする。だから寄って来る。あそこを通るか、しましたよね」
青年が言う「大物」とは狩人が下したモンスターに間違いないだろう。通るなんてものではない。事の張本人だ。しかも、その素材を「剥ぎ取って」ポーチに入れている。それに、どうやら青年は鼻が利く――おそらく五感が鋭いのだろう――らしい。ポーチ内の「素材」に気付かれるまで時間はかからないだろう。
ならば、というわけではないが、狩人は経緯を話すことにした。
「アレは、某が狩った。護衛していた商隊が、襲われた故。何より、某は狩人であるが故」
狩人の言葉に、青年が目を瞬かせた。それを狩人が見ることはなかったけれど、小さく吞まれた息は拾い聞こえた。
「すまぬ。どうやら、騒ぎになってしまったらしいな」
依頼を受注する際、護衛としての狩猟許可は認められていた。だがこの砂漠の中で狩りをして、こんなことになるとは思っていなかった。いつもはすぐにギルドからの迎えが来るから、狩人たちは狩り――特に対象を討伐した――の後のことなど殆ど知らなかったのだ。自分が狩りをしたことで他者に迷惑がかかっているなど。
だが、狩人の予想とは裏腹に、口を開いた青年からは、ほのかな興奮を帯びた声が聞こえてきた。
「アレ、貴方が狩ったんですか。ひとりで」
「う、うむ」
「狩人……貴方、狩人なんですね」
「うむ」
「すごい狩人ですね、貴方」
「う、む? 礼を……?」
まるで子供のような声だった。クエストから帰って来たハンターたちを出迎え、眩しそうに見上げる子供たちのような。幾つになっても、どの場においても慣れない感覚を1対1で向けられ、狩人は少し俯いた。
十数秒の間、狩人は銀砂を泳ぐガレオスの背を見ていた。そして不意に、そう言えばこの青年は何者なのだろう、と思った。状況に流されるままで気にしていられなかったことに、ようやく気が向けられたのだ。
「……ところでそなたは、」
「……ああ、そう言えばそうですね。俺は砂漠を渡り暮らす部族の者です。まあ、最近では多くが町に移り住んで、こうして砂漠に留まっているのは俺含めてかなり少ないですが」
青年――その部族のことを、狩人は知らなかった。砂漠の縁に小さな村があることは知っていたが、砂漠に「渡り暮らす」など。
「今宵はもう遅いですから、いま俺――たちが拠点にしている場所へ行きます。夜は気温が下がって大きいものも小さいものも動きやすくなっていて、危なすぎる」
青年の言葉に、狩人は「待ってくれ」と言った。背後を振り返ろうとする狩人の後頭部から側頭部を見ながら、青年が首を傾げる。
「某は護衛していた商隊の安否を確認せねばならぬ。故に、一刻も早くこの砂海を渡らねばならぬ。頼む、若き砂の民よ――このまま砂海を越えさせてくれ」
その、言葉に。青年は内心舌を巻いた。だって所詮は赤の他人である者たちの安否など、自身の命よりも優先することだろうか。普通はしない。この世界は命あっての物種だ。だのにこの狩人は、どこまでもひとのことを考えている。この辺りにはこういった単独行動をする旅人や、それこそ商隊やキャラバンを狙う盗賊が出ると言うのに。
青年は小さく唸った。どうするべきか悩んでいるようだった。けれど。
「――ダメです。拠点に来て貰います。大体、てきとうに砂漠を抜けたとしてその商隊の足取りを追うアテがあるんですか、貴方」
青年の指摘に、今度は狩人がぐうと唸った。実際青年の言う通りだからだ。狩人には商隊を追うアテなど無い。探せばこの辺りの村にひとりふたり狩人が来ている可能性もあるのだろうが、砂漠の村でそう都合よく知り合いと出会えるわけがない。
「……明日は日の出と共に出ますから。あと数刻の辛抱です」
「……、すまぬ」
目に見えて肩を落とした狩人に青年が続ける。振り向こうとしていたヘルムがうつむきがちに前を向き直る。目の前でふわふわ揺られる羽飾りまで萎れているように見えて、青年は胸にざわめくものを感じた。ぱちくりと目を瞬かせて目の前の狩人を再度見てみると、落ち込んでしまった背中は小さく見えて、これ以上悲しませたくはないなと――年上らしいこの狩人に庇護欲?のようなものが――思いが過ってしまった。
「何もない場所ですが寛いで行ってください。砂漠の旅路……いえ、狩りには休息も必要不可欠でしょう?」
そんなことを言いながら青年はガレオスの背から降りる。次いで、モンスターの乗り降りに慣れていないと見える狩人に手を伸ばした。それは「砂漠の民」からしたら子供に対するようなものであったけれど、狩人は青年の気遣いを素直に受け取った。よっこらせ、とガレオスの背から自分の手を握って降り立つ狩人に、青年の胸がトクリと鳴った。
そこは小さなオアシスだった。周囲は大きな岩に囲まれ、砂に覆われていない岩の窪みに水が溜まっている。ちらほらと見える焚火の後や洗濯物を干す――あるいは干物でも作るのだろう――と思われる突き立てられた木の枝たち。確かに青年たちはこの場所で生活しているらしいことが感じられる。自分たち狩人とはまた違った野営地に、狩人は感嘆の息をこぼした。
ぐるりと「拠点」を見回す。その時だった。見覚えのある紋章の入った麻袋が狩人の視界に入ったのは。
狩人は思わず青年を振り向く。乗っていたガレオスから手綱を外し、餌らしき物を与えている姿。そのままガレオスが拠点から出ていくあたり、野生のガレオスを一時的に手懐けていたのだろう。さすが砂漠を渡り暮らす民と言ったところか。
「……どうかしましたか」
狩人の視線に気付いたのか、青年が振り返る。使っていた手綱をまとめながら青年が歩み寄ってくる。首を傾げている青年に、狩人は麻袋を指さした。
「あれは……そなた、どこで手に入れたのだ?」
あの麻袋は――あの紋章が描かれた麻袋は、狩人が護衛を請け負った商隊が使っているものだ。それが、どうしてここにあるのだろう。日中、モンスターに襲われた際、砂上船から落ちたものを青年か誰かが拾ったのだろうか。
「ああ、それですか。それは昼間、小さい村の手前で盗賊に集られてた商隊を助けたときにお礼としてもらったものです」
そこまで言って、青年は「あ」と何かに気付いたように声を上げた。
「もしかして貴方が言っていた――護衛していた商隊って、」
対する狩人はと言えば、思いがけず護衛していた商隊の手がかりを掴んだことに胸を躍らせていた。
「――つまり商隊は無事なのだな!? 無事に目的地まで辿り着けたと……!」
「え? ああ、まあ、おそらく……?あの後すぐに村に入っていったのでそういうことになるかと……?」
「礼を……深き感謝を……ああ、まこと、」
よかった、と狩人は安堵を見せる。そして、当然のように青年に頭を下げた。
その姿に、青年の目がまた丸くなる。頭を下げていたことと、砂と日差しを避けるために顔まで隠した外套のおかげで、狩人が青年の表情の変化を見られることはなかったけれど。
「……でしたら明日は、その村まで行けば良いですかね?」
「ああ。ああ! どうかよろしく頼む!」
フルフェイスの兜越しでもわかるほど、嬉しそうな顔を向けてくる狩人に、青年もまた破顔する。
たまたま通りかかって、それこそ気まぐれで助けたようなものだったが――自分の行いがこれほど誇らしく思えたことは初めてだった。
火を起こし、ふたりで並んで手持ちの食料をかじった後のことだった。
そろそろ体を休めるかいう話になったところで、青年がおもむろに立ち上がったのだ。当然、どこへ行くのかと狩人が訊く。
「ああ、少し見回りに。すぐ戻りますから、先に寝ていてください」
日課のようなものだった。部族の仲間たちが遠出をしている今、拠点の留守を預かっている間の。縄張りを持つ生き物たちから離れた位置ではあるが、回遊している生き物や、それこそ盗賊たちへの警戒をするに越したことはない。見回りと言っても拠点の周りをぐるりと歩き、砂に埋めた罠を確認する程度であるし。
「いや……某にも手伝わせてくれ。そなたには世話になってばかり故」
狩人は青年に――案の定――見回りの同行を申し出た。言うだろうな、とは思っていた。だってこの狩人は「とても良い人」のようだから。話を聞くに、1日2日では癒えないだろう程度の疲労を負っているはずなのに。ほのかな呆れと、痛みさえ伴う好ましさが、青年の胸の内を掻いた。
「――、……いえ、心配には及びません。すぐ近くを見回るだけですから。貴方は明日に備えて身体を休めておいてください」
それも狩人の務めでしょう?と言えば、相手は何か言いたげな視線を寄越す。けれど、同時に自身の状態をちゃんと把握しているのも確からしく、静かに頸を縦に振った。
「……すまぬ」
大きな傷のあるヘルムが俯く。その中で、双眸が伏せられていることくらい、青年にもわかった。
「気にしないでください。毎日のことなので」
務めて気楽に言い、青年は「寝床はそこでどうぞ」と岩陰を指さす。そこにはやわらかく耕した砂を盛って山を作り、そこに布をかぶせた「寝台」がいくつかあった。どうやら彼ら砂漠の民の寝床らしい。
「……武運を、砂漠の者よ」
「……そんな、戦いに行くわけでもないんですから。でも、まあ、気を付けて行ってきます」
狩人の大仰な言い方に青年は破顔する。やはり、この人は「かわいい」のだと確信を持つ。
と言うか、このやり取りは、両親がよくしていたやり取りに似ている。拠点の外へ行く父に母が「気を付けてね」と言って、抱擁をして行くもの。まさか自分が当事者になるとは。そして、自分の身を案じてもらえるというのは、こんなに胸が温かくなるものなのか、と思った。家族に心配される時とはまた違った「嬉しさ」を感じた。
だからだろうか、今宵はどこか足取りが軽く思える。緩む口元を抑えられない。冷たい夜の砂漠の空気で熱を冷まそうと顔を上げると、夜空に浮かぶ星々がいつもより眩しく見えた。
どこか上機嫌に拠点を出ていく青年の背を見送って、狩人は指で指し示された「寝台」に近付く。傍らに膝をついて触れてみると、それはふかりと狩人の手を受け止めた。随分やわらかい。おそらく狩人たちが普段寝泊まりしている多くの宿――安いところが多いのだ――の寝台より、やわらかい。
「なんと……」
思わず目を丸くした狩人の呟きは誰に聞かれることもなかった。
日が昇りきる前にふたりは起床し、行動を始めていた。どちらが言い出したわけでもない。予定では日の出と共に行動を開始する手筈であったが、まだ暗いうちにどちらからともなく目覚め、動き出したのだ。昨日の今日と言う出会いであるのに、それは正しく以心伝心の動きであった。
手早く身支度を整えて、ふたりは拠点を出る。
曰く、多少留守にしても問題は無いという。簡単には見つからない立地であるし、周囲に罠も仕掛けてある。何より、盗られて困るようなものは正直置いていない。商隊に貰ったという麻袋を担いで歩く青年はそんなことをポツポツと狩人に話した。
やがて太陽は地平線から顔を出し、砂の海を金色に染めていく。
「……つかぬ事を訊くが、その、件の村にはいつ頃辿り着けるだろうか」
昨日とは違い、道連れのいる旅路に口を開く。慣れた風に前を往く青年はクーラードリンクの類を口にしていないようだが、この先大丈夫なのだろうか。
「昼までには着けると思いますよ」
ご心配なく、と小さく笑う青年は村までの「道」が分かっているらしい。自分にはどこまでの同じ景色に見えるが――さすがは砂漠の民、と狩人は素直に感心した。このような先導者を得られた自分は幸いである、とも。
ゆらゆらと地平線が揺れ始める。けれど狩人の足取りはしっかりとしたものだった。
それから少し歩いて、ふたりは砂丘をひとつ越えた。見渡す限りの金砂の海。その果ての無さに――狩人は思わず目を細める。だが、青年の方はと言えば、砂丘の向こうに目当てのものを見つけたのか「さあ行きましょう」と無邪気に狩人の手を引いた。
砂丘を滑るように降りていく、その直前。狩人の耳に、砂を掻き分ける無数の音が、小さく聞こえた。
砂丘を下り、青年の青い背を追う。するとその先は拓けた砂海に出て――そこには砂魚竜の群れが泳いでいた。どうやら青年の目当てはこの群れだったらしい。
青年と狩人は群れに気付かれない、砂海の淵で立ち止まる。一体何を、と狩人が思った時だった。青年が指笛を鳴らしたのは。ピューイ、とすっかり青くなった空に高い音が響いた。
そんな青年の行動に、狩人は驚いた様子で音源を見遣った。群れに気付かれてしまうのではないか、と。見たところ、青年は武器の類を持っていないように見える。万が一のことがあったら、自分が守らねば――と狩人の鼓動が早まった。
けれど、心配とは裏腹に砂魚竜の群れがふたりに押し寄せてくることはなかった。ふたりに寄って来たのは、何の変哲もない、砂漠でよく見かけるガレオス一匹だった。
砂中を泳いでやってきたその一匹は、ふたりの手前で砂から出て、てちてちと歩きで距離を詰めてきた。その個体の前に、青年が何かの干し肉を差し出す。
まるで餌付けだ――と狩人は、干し肉を食べているガレオスを軽く撫で、手綱を手早く着ける青年を見て思った。同時に、このために青年はここへ来たのだと。
「もうずっと前なんですけど、俺たちの部族のアイルーが、この砂漠に棲むアイルーとはまた別の獣人族と仲良くなって、彼らにガレオスの力を一時的に借りる方法を教えてもらったって話らしいです。それから俺たちの部族は砂漠を「渡り暮らす」ようになったんだとか」
そんなことを言いながら、青年は昨夜のように自分の手前に一人分スペースを空けてガレオスの背に跨る。
青年が「昼までには着く」と言った根拠に、狩人は内心頷いた。確かにこの移動手段なら、歩いていくよりもずっと早く移動することができる。それはつまり、徒歩で行くとすればより時間がかかる道程だと言うことで――青年と巡り合うことができたのは本当に幸いだったと狩人は思った。
旅路は何事もなく為された。
と言うのも、青年がそういうルートを選んで通ったからであった。無事に辿り着いた村のすぐ傍に二人はいた。砂塵に煙る、こじんまりとした村の姿を前に、狩人が安堵とも感嘆ともつかない息を吐く。
「ここが……ああ、礼を。まこと、深き感謝を。砂漠の民よ」
相変わらず律儀に頭を下げる狩人に、青年はどこか据わりが悪そうに身じろいだ。
「いえ、べつに俺は……えっと、ほら、まずは商隊が居るのか確認した方がいいんじゃないですか? いなかったら、また探さないとですし」
「……そうよな。居なければ、また探さねばならぬ。だが、そなたにはここまで世話になった故、礼をしなければならぬのもまた道理よ」
某にできることは多くないが、等と狩人は言う。まるで別れの時のようだった。狩人と商隊が合流するまでを見届けるつもりだった青年は、思わず「え、」と声を漏らす。
「では、某は村の者に商隊のことを訊いて来よう。そなたはゆっくりと考えているが良し。戻ってきたら、答えを聞かせてくれぬか」
その声――反応を、狩人は単に「突然の問いに驚いている」のだと捉えたらしい。クスクス、と微笑ましげに青年を見て、村の中へ入っていく。残された青年は、狩人が戻ってきたら何と言うべきか、何を伝えるべきか、大いに悩み始めた。
狩人が戻ってくる前に立ち去る、という選択肢も青年にはあった。けれどそれはできなかった。そうすればあの狩人は自分を探して砂漠をまた彷徨いかねないなと思ったし、青年自身、あの狩人ともう少し話くらいはしたいと思ったのだ。
しばらくして、村の中からこちらへ歩いてくる狩人の姿が見えた。その足取りは軽く、やはりこの村に件の商隊がいるらしい。
サクサクと砂を鳴らしていた狩人が青年の前で立ち止まる。
「砂漠の民よ。やはり、そなたには深き感謝を」
「いたんですね、商隊」
「うむ。無事に落ち合うことができた。彼らの用も、成すことができたらしい。これも、そなたのおかげよな」
「いえ、俺はたまたま通りかかっただけですから」
「……して、望みは決まったか? 某にできることならば、何なりと報酬を用意させてもらおう」
狩人の言葉に、青年が息を呑んだ。
「――その、ことなんですが、」
緊張の糸が張った。わずかに変わった青年の雰囲気に、狩人が小さく首を傾げる。
「俺、貴方ともう少し一緒に居たいです。だから、もう少し一緒に居させてもらえませんか」
首を傾けたそのまま、狩人がピシリと固まる。いま、この青年は何と言った――?
果たして青年のその願いに、狩人は何と答えたのだったか。
ある時代、ある狩人が居た。それなりに名を馳せる、稀有な狩人だった。
その狩人には好敵手と呼べる友が二人ほどいたが、それ以外に親しい友は多くなかったと思われる。また狩りの手本として慕われてもいたが、本人が若手を積極的に同行させる場面も少なかった。基本的には、ギルドからの依頼を受けて各地を飛び回っていたからだ。
けれど、そんな狩人の傍らに、いつ頃からか若い狩人がついて回るようになっていた。
若い狩人は狩人が行く場所へはどんな所でも着いて行った。師を慕う弟子のように。あるいは親に付き従う子のように。
しかし彼ら二人に出くわしたことのある者は皆それを否定した。ある者は苦笑して。ある者は微笑ましげに。
師弟や親子と言うよりも--あれはまるで恋人のようだった、と。