「……暇そうだねぇ、インゴ」
ある日曜日の空には雲が一つもなかった。公園のベンチに腰かけてぼんやりと木の梢の間に覗く青を見上げていると、よく見知った顔がひょこりと視界いっぱいに現れた。
「……えぇ。暇、ですね」
「今度は何時、どうやって死ぬつもりかな、インゴ」
とん、と懐を押される。シャツを隔てて間接的に肌にあたる固い感触。
「とりあえず手首でも切ってみようか、と思いまして」
懐に入っていたナイフを隠すでもなく堂々と取り出す。そしてそのナイフは食卓で使用される為のモノで、エメットは何処から持ってきたのか、と目を細めた。兄はそんな弟を気にも留めず銀色を手の上で弄ぶ。
「……別にいいけどさぁ、」
「えぇ。手首を切れば出血が多く、後始末が大変なのでリストカットは却下ですねぇ」
くるくるくると銀色が空を裂いてはインゴの手の内に戻ってくる。
「…………」
「私にオマエの全てが分からないように私は私が分からないのです」
胡乱気に言う兄の眼は、やはりどこか遠くを見ていた。手元もナイフもエメットも見ていない。
「何故こんなことを繰り返すのか、何故こんなことを止められないのか」
まぁ、詰まるところ私が臆病者だから、なのですがねぇ、と息を軽く吐きインゴは目を伏せた。
その口角は僅かに上がっていて。しかし笑っているのではなく嗤っているのだと伏せられた目が語っていた。
エメットの口角は上がっていなかった。
「さてエメット。オマエは此処へ何をしに来たのです?」
本人を見ずに訊く。
「…別に。ただ、インゴが死んでるかなぁって思って」
「残念でしたね。まだ死んでいなくて」
「あのさぁ、インゴ」
「きっと今度は上手く逝けると思うのですが」
「何回やっても結果は同じだと思うんだよね。ボク。だからさ、」
ぐい、とネクタイを引っ張って視線を無理矢理合わせる。そこで初めてインゴの瞳にエメットが映った。
唇に、やわらかい感触。ぽかんと目を丸くする兄に弟はべろりと唇を舐めながら、にやりと笑った。
「つべこべ言わずにボクと一緒に生きてよ」
ねぇ、死にたがり?
(キミが死ぬのはボクが愛でキミを殺す時さ!)
BGM:死にたがり(梨本P)