テレビの中の男は整った笑顔で引鉄を弾いた。
ショウタイムの幕が落ちたその場面は映画史に残る名ラストシーンと評されているが、キャムシンの関心に引っ掛かりはしなかった。それでも律儀にスタッフロールまで見てDVDプレイヤーから取り出してケースに仕舞う。
あまり面白い映画じゃなかったな、と感想を持ちつつ風呂に入っている兄を待つ為にテレビ画面をニュースに切り替えた。
青白い光に照らされながら珈琲の入ったマグカップを片手にキャムシンは兄――シャマルが昼間に出したクイズを考える。
文系のくせにやたらと現実的な兄は難解なクイズを出してきて、その度にキャムシンを翻弄した。
しかし頭を使うことが楽しいことも事実で、キャムシンは回答を出すために紙と筆記用具を用意する。
「……遅すぎない?」
いらない書類の裏が考察やメモで黒くなってきた頃、時計を見ると針は3時を指していた。テレビの中ではモノクロの砂嵐が吹き荒れている。さすがに風呂が長すぎやしないかとテレビを消してバスルームに向かえば、兄はバスタブの中で眠りこけていた。ズボンの裾を上げて浴室に入ると、空気は冷たくなっていて随分と前からシャマルが眠っていることを物語っていた。とりあえず声をかけてみる。
「…………シャマル、大丈夫?」
「…ん、」
小さく声を漏らし、ちゃぷんと身を捩る。起きる気配がない。
しょうがないな、と腕も捲りバスタブの中からシャマルを引きずり出す。触れた湯は温かった。風邪をひかなければいいが。持ってきたタオルでシャマルのからだを拭きながら考える。小食で普段あまり運動をしない肢体は細く、陽光にあたる機会の少ない肌は白く、深夜のバスルームでキャムシンは芸術品と相対しているかのように息を呑んだ。
丁寧に拭き終えると、そのからだをタオルで優しく包んで抱き上げる。寝室へ向かうため廊下に出ると窓が黒い空と白い星を四角く切り取っていて、さながらモノクロのキャンパスのようだった。星の彼方には何が在るのだろうか。
「昨晩はすいません。キャムシン」
シャマルをベッドに連れて行ってそのまま一緒にベッドに沈んでしまったキャムシンは、朝いつも通り台所に立って朝食を作っていた兄に眉をハの字にされながら言われた。
「え、あ、あぁ。気にしないでよ。疲れたときはお互い様、でしょ?」
兄にどんな愛の言葉をいつ贈ろうかと考えながら珈琲にミルクを入れながら飲んでいたキャムシンは内心慌てながら、しかし努めて平静を装い、いつも兄が自分に言っている言葉をここぞとばかりに本人に返す。今日は休日だ。
午後に兄が本を片手に微睡んでいる頃キャムシンは兄が好きな歌を口ずさみながら公園通りを本屋へと歩いていく。
道で見かけたカメラを構える人々はフィルムに何を写しているのだろうか。買った雑誌には宇宙の姿が収められていた。
「…でもまぁ、僕が知りたいのはシャマルのホントの気持ちかなぁ」
Are you Still Alive In Love?
(どうかどうか僕の愛で生きておくれ!)
BGM:Still Alive In Love(FALL)