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少しテオソドっぽい

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 狩人は走る。怒りに吼える炎王の声を遠く聞きながら、王から奪った――奪還した――者を抱えてハンターは走っていた。

 ここ最近様子がおかしいとされた荒地へ偵察に行ったソードマスターが戻らないと、ハンターは探索を依頼された。そうして訪れた荒地で、ハンターは探し人と、探し人を抱え込んで眠っている炎王龍を確認したのだ。なるほどこれは帰れない、と拠点へ姿を見せなかった先達に頷く。

 念のため、隠れ身の装衣をまとって龍に近付き、ハンターは先達を返してもらおうとする。あちらこちらが焼け、傷付いた防具と鼻腔をつく鉄のにおいに防具の中で小さく顔が顰められる。周囲をきょろきょろと見回すオトモは先達の得物を探しているようだった。けれどそれは見当たらず、先達を龍から引き剥がせたハンターとオトモはその牙城から離れようとする。

 元よりハンターも無事何事も無く拠点に帰還できるとは思っていなかった。

 ようやっと晴天の下、蟻塚の聳える砂地へ出たと思えば、目覚めた龍が手中にあったものを奪われていることに気付いた怒声が小さく聞こえて来たのだ。やわらかな砂は生き物の痕跡――たとえば足跡なんかを残しやすい。装衣の効果もそろそろ切れるだろう。ぐったりと気を失っている先達を抱え直し、ハンターはベースキャンプへの足を速める。サクサクと鳴る砂にもどかしさを感じた。けれどハンターたちを追う者は足元の砂を不自由に思うことはないらしく、軽やかな足音が背後から迫って来る。

 動きやすさを考え、武器は片手剣にして来た。追われることを考え、先達は背ではなく腹側に抱えた。

 案の定追って来た炎王龍は略奪者であるハンターへ攻撃を仕掛ける。轟々と唸る炎から逃げ、振り下ろされる爪や牙を避ける。けれど不安定な足元と運動を制限された身で古龍の攻撃をすべて捌ききれるわけがなく、防具には焼け跡や疵が増えていった。そうして、そんな狩人が、ふと集中を切らしペース配分を誤った時だった。スタミナを切らし、立ち止まってしまったハンターの背を、龍の業火が焼いた。

「――、」

「旦那さん!」

ちくちくと炎王龍へ攻撃を加えていたオトモが叫ぶ。思わず膝をつくハンターへ、オトモの妨害を振り払った龍が、更に前脚を振り上げる。熱され、やわらかくなった防具が覆っているだけの無防備な背中に、鋭い爪が食い込んだ。

 ザックリと骨まで砕きかねない炎王の手に、痛みを堪えるようにハンターは抱えている身体をぎゅうと掻き抱く。脂汗が滲む。呼吸が引き攣る。炎王から与えられる熱と痛みに、溢れた赤はむしろ冷たく感じられた。

 「ハンター!」

「間に合ったか!?」

熱爪がハンターの意識を奪う直前、二つの声が降って来た。瞬間、背中に潜っていた爪が離れ、龍の鬱陶しげな鳴き声が聞こえた。ハンターが背後へ視線を向けると、炎王龍と乗り攻防をする調査班リーダーと、それを支援する陽気な同期の姿があった。ハンターの様子を窺おうと、やはり振り返った陽気な同期と視線が合う。

「ここは俺たちが何とかするから――アンタは早く先生を安全なところへ運ぶッス!」

「旦那さん、今のうちニャ」

回復ミツムシと共に飛んできたオトモが窺うように、けれどしっかりとした声で促す。それに頷き、ハンターは腕中のひとを抱え直して再度立ち上がろうとする。

「……旦那さん、涙目ニャ?」

 幸い、ベースキャンプへ続く道の入口である竪穴は目と鼻の先まで来ていた。のろのろと、一歩一歩竪穴へ近付いていく。その間、背後に熱風や爆風を感じつつも攻撃自体がハンターに届くことはなく、二人の牽制をありがたく思った。

 オトモと共に竪穴へ飛び込むと膝がガクリと折れた。出発前の食事で着地術が発動しているはずだが――さすがにキツいな、と背中を焼く痛みを想う。それでも兎角、探し人の発見と奪還を拠点へ報せてもらわねばならないとハンターはベースキャンプまで向かう。

 普段なら短いぐらいに感じられていたベースキャンプまでの道をなんとか歩き、編纂者に拠点へ連絡を入れるように頼む。ハンターが抱えている人物の様子を見るや狼狽の表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して拠点への連絡の準備にかかってくれた。その背中を見つつ、ずっと抱いていた先達をテントの傍に寝かせ、纏ったままだった装衣を脱いでテントへ入る。そこで盾斧に持ち替えて外へ出る。先達は未だ目を覚ましていないようだった。

 

 件の荒地の任務が無事幕を閉じてから数日、拠点にハンターの姿は無かった。バディである編纂者も詳しいことは知らないらしく、こちらが知りたいくらいです、と珍しく肩を落としていた。けれど任務を共にした調査班リーダーと陽気な推薦組は何やら事情を知っているようだった。しかし本人に口止めされているらしく困ったように答えをはぐらかした。周囲も、気になることは気になるが、二人が事情を把握しているならばとあまり深く追求することはなかった。

 さて。そんなハンターの雲隠れ先はと言えば、マイハウスであった。任務から帰還してすぐに一人部屋である一等マイハウスの一室を手配し、装備の解除もそこそこに文字通り死んだように眠っていたのである。ちなみにルームサービスとオトモ、様子を見に来た調査班リーダーや陽気な推薦組の協力により、防具はその日の内に外された。

 そうして外された防具の下からは、黒ずんだ赤がこびりついたインナーと肌が現れたのだった。特に背中には大きな火傷と切り傷が残っていた。それを見て、大丈夫なのか、と不安げな表情を浮かべた来訪者にオトモは、ハンターは丈夫なのが取り柄なのだと答えた。その時の声がいつもより沈んでいるように聞こえたのは、気のせいではないだろう。

 傷口に炎龍の粉塵が入り込んでいたらしく、傷の治りは遅かった。その粉塵がハンターの血で湿り、爆発することが無かったのが幸いであると言えたが、ハンターは療養生活を余儀なくされたのだ。抜け出そうにもルームサービスやオトモの目が厳しく、包帯を変えると言う定期的な見回りもあれば大人しくしているしかなかった。何よりアイルーたちを悲しませることはハンターの本意ではない。一日の大半をベッドで過ごし、起き上がってすることと言えば武器の手入れに備品の整理、環境生物を愛でることくらいである。マイハウスで大人しくしていることを知っている二人には口止めしているため来訪者も無く、ハンターは単調な数日を送っていた。

 そうであるから、ふと目覚めた時に件の任務で炎王から奪還した先達――もとい想い人の姿が視界に入った際、骨鎚竜や爆鎚竜よろしく、ゴロゴロとベッドから転げ落ちたことは仕方ないと言えば仕方のないことであった。

 ドサドサ、バタン、と音を立てベッドから転げ落ちたハンターが積まれていた本の塔を倒す。慌てて身体を起こし、いつもと変わらないレイア装備の先達──ソードマスターを見る顔は驚愕と羞恥と焦燥が入り混じっていた。そんなハンターを見て、ベッドの傍へ置いた椅子に腰掛けている想い人はどこか安堵したように元気だな、と小さく笑った。

 ハンターのことを、想い人は弟子である調査班リーダーから聞いたらしい。ベッドに座りながら、喋ったのか、と人の好さそうな青年を内心で非難しかける。しかし、いやこの人に訊かれたら答えてしまっても無理はないよな、とすぐに思い直す。いつもの時間と言うこともあり、想い人の手で包帯を換えられながらハンターは小さく肩を落とす。シュルシュルと解かれていく包帯には赤が滲んでいた。ベッドから転げ落ちた衝撃で傷口が開いてしまったのだろう。

 「旦那さんはカッコつけなのニャ」

そしてふと、くすくすと面白そうにオトモが言った。その言葉に、どこか落ち着かない様子で包帯を換えられていたハンターの肩が跳ねる。

「大怪我したのを知られないように背中を隠せるチャージアックスを装備し直したりマイハウスで療養してること内緒にしたり、良いカッコしいにもほどがあるニャ」

「!」

「特に好きなひとにはカッコ悪いとこ見せたがらない、オトコノコだニャ?」

「……!!」

ハンターが動けないことを良いことに、その手の届かない場所にいるオトモは次々と暴露していく。一縷の望みを賭けてルームサービスへ視線を遣るも、そうでございますニャ、とアイルーの結束を見せつけられて終わる。更に背後から穏やかな笑い声が聞こえ、ますます顔は熱くなった。

 するすると包帯が巻かれ終わり、ハンターはくるりと身体を反転させる。顔の熱は引いていないが、面と向かい、礼として頭を下げる。すると、その下げた頭にポム、と手が置かれ、そのまま頭を撫でられた。

「……その、まだ、此方も礼を言えていなかった。炎帝の下から救い出してくれたこと、心からそなたに感謝する。有難う」

その言葉にハンターは自分の頭を撫でていた手を掴み、その手の甲を自分の額へ押し当てる。そんなハンターの行動に小さな驚きを見せつつ、想い人は好きにさせてくれた。

 そして祈るように顔を伏せたままのハンターへ、想い人からの言葉が降る。

「…………それと、そなたを不格好だと思ったことは一度も無い。思うことも無い故、何も言わずに姿を眩ませないで欲しい」

「……、」

「我らは、恋人、なのだろう?」

 

※この後むちゃくちゃ添い寝してもらった

 

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先生自身も骨やられてたり怪我してたりしてたとか療養中のハンターさんはうつ伏せで寝てるとか先生に差し入れて貰った回復薬は懐かしい味がした(薬草+アオキノコ)とか入れたかったけど力尽きたので本文外に添えるだけ……( ˘ω˘ )

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