窓から差し込む月明かりに浮かび上がる顔、その白い頬には涙の流れた跡が幾筋も残っている。横たわっているベッドの上には彼一人しかおらず、相手は既に部屋を出て行ったことを示していた。
一人では広すぎる白い波の中で彼はただ、ぼんやりと薄暗い天井を、月光を浴びながら見つめていた。先程までの熱が今では嘘のように冷めて頭がはっきりとしていて、体に残る気怠さだけが先程までと変わらない唯一のものだった。
「……それでも、私は、貴方を愛していましたよ」
ぽつりと吐露された想いは部屋に残る歪な空気に溶けて霧散する。
本人が居る前では気恥ずかしくて言えなかった言葉は最後の最後で、一人になってようやく音になった。
それでは意味が無いのに。もう、この言葉が彼に届くわけがないのに。
「(なんて、女々しいのでしょう)」
愛していました、その一言が耳鳴りのように寂寞とした部屋に反響する。しかし彼はその“愛するひと”の名を呼ぶことは無かった。その名を呼ぶ資格が無いとでも言うように、ただ静かに涙を流し続ける。
どこで狂ってしまったのか、今ではもう分からない。家族であり兄弟であり同性であった。
ぐるぐると胸の中を背徳が廻った、その刹那。走馬灯のような映像が脳裏を駆け巡る。あの頃には、もう戻れないのだと。幾つもの場面が流れていく。乱反射するあたたかい光の眩しさに目が眩み、それと同時に歪んでしまった自分が後ろめたくなり、サヨナラを告げて瞼を閉じるとその光は真っ暗な記憶の彼方へと消えていく。
そして再度瞼を開けばそこはやはり何も変わらない寝室のままで、ふと視線を落とせば月が作る自分の影だけが自分と一緒に白いシーツに横たわっていた。そのまま寝返りをうてばふわりと彼の残り香が鼻をくすぐり、一層彼を恋しくさせる。今までの人生は半分以上が彼との時間で出来ているのだ。忘れるなど至難の業だ。
そうして彼はまたヒトリで繰り返し、歌を歌う。
砂時計は尽きて眠り続けている。朝の時間も夜の時間も夢の終わりも告げることもなく、時を見つめ続けるその姿はまるで誰かの影を探して彷徨い続ける迷子のようにも見えた。幸せな記憶を手繰り寄せてそこに愛を詰め込んでみても出来上がるのは空しいツクリモノだけで、同じものなど出来るはずがない。
窓の外の月が変わらず、赤子のようにシーツに包まる彼を見つめていた。
何度も何度も果てた身体は錆び、声は枯れている。どうせ記憶などいつか消えてしまうのだからせめて身体には残してやろうと幾度もあの背に爪を立てたが、分かっていた。外傷など記憶などより遥かに早く消えてしまう。
それならいっそ全てがゼロに戻ってしまえばいい。綺麗なまま終わってしまった方がいい。
身体に残る彼の温もりも耳に残る彼の声も記憶に残る彼の笑顔も、すべて嘘で閉じ込めて涙で流してしまおう、と。どうか、貴方の為に追いかけなかったことを後悔させないで、このまま終わらせてください、と。彼は、瞳を閉じる。
けれど。彼はそんな終わりを認めない。いつだって、彼らは家族であり兄弟であり、恋人だった。
「――ねぇ、そんなの、ボク許さないよ?」
あぁ、流線プリズム
(さぁ、もう一度。ボクと一緒に歌おう)
BGM:流線プリズム(ギガP)