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ふぉろわさん(レニエスさん)にネタくださいしたら「ピクニック行かせればいいよぉ!」と素敵なネタをもらいました!ありがとうございます!
ということでX組がピクニック行く話です!最後にちょっと航空参謀さん!

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 疲れているなぁ、と青年は親友である彼の姿を見て思った。
 今回も臨時で設けた仮拠点でデータの整理や精査をしている機体はぶっ続けで作業をしているようである。煌々と光るモニターには様々なグラフや図面、テキストが現れては消えていく。モニター前に座っている彼の身体は、操作パネルを忙しなく叩く手部以外は微動だにしない。帰還を知らせるように、気配を隠さず足音を立てて青年は彼に近付いていく。平時ならば部屋に入った時点でこちらを振り返る程度には、彼の感覚器は鋭敏なものである。
 やはりと言うべきか、けれど結局彼が青年に気付いたのは青年に声をかけられてからだった。
「ただいま、サウンドウェーブ」
「……。……? 宇宙の発生と世界の成り立ち、神の干渉についての資料はこの間まとめただろう?よっちゃん……?」
「…………」
よっちゃんって誰だ。と言うか、その資料はまとめて良いものなのか。まとめられるのか。心なしかコーティングの艶が鈍くなっているような機体に近付けば、情報のやり取りと処理速度を向上させるためだろう、接続用のケーブルまで展開されていた。それでもなお澄ました顔で作業を続ける彼に青年は呆れたようにもう一度声をかける。
「……サウンドウェーブ、」
「大丈夫だ。お前の好きな素数は把握している。2だろう? フフ。私は3の方が好きだがな」
2が好きな理由を、おそらくこの親友は知っている。そして彼が3を好きな理由は、それとなく察せられる――ではなくて、何も大丈夫ではない。そも、好きな素数など教えたことはもちろん考えたことも無い。これはだいぶ無理をしているらしい。
「サウンドウェーブ!」
ツカツカと彼の隣まで距離を詰めた青年は、そしてケーブルに手を伸ばし、ていっと勢いよくそれを引っこ抜いた。ブツン、とくぐもったような音がする。
 情報を処理するために稼働していた機器のモーター音が萎んでいく。画面を見るに集めた情報を振り分け、選別する作業だったようだからデータが飛んでいることもないだろう。ケーブルが抜けた反動か、件の機体は動きを停めていた。
「……大丈夫か?」
「…………。……ああ! おかえりノイズメイズ。取って来たデータを出しに来てくれたのか? ありがとう。適当に出して休んでいてくれ。次も外に行くのだろう?」
「あー……いや……うん、外……外ね……」
確かにそれぞれの機体性能からして自分が外へ行き彼がバックアップをすると言う図が妥当と言うか順当だろう。けれど、やはり気分転換と言うものは必要だと思うのだ。そんなことを考える青年を余所に、彼はまたモニターに向き直り手を動かそうとし始める。手中のケーブルがスルスルと抜け、大きな機械にある受容部に潜り込んでいく。それを何とも言えない気持ちで眺めながら、そこで青年はふと思い至る。連れ出してしまえ、と。
 何時ぞやの仕事で立ち寄った星で手に入れた――経緯は割愛する――バスケットを引っ張り出し、申し訳程度に設けられた台所へ向かう。そこは最後に見た時から何一つ変わっていない。冷蔵庫を開ければ作り置いておいたサンドウィッチがそのままになっていた。腹が減ったら食べてくれと確かに彼には伝えておいたはずなのだが、案の定あのモニターの前から動いていないらしい。分かっちゃいたが、と肩を落としつつ、皿を冷蔵庫から取り出す。自分に対しては甲斐甲斐しく世話を焼くくせに。困った親友である。そしてぐるりと冷蔵庫の中と台所を見回し、ある程度の材料が揃っていることを把握すると青年は気合を入れるようにふんすと排気した。
 お手軽で簡単ながら用意できた食事にこんなものだろうと頷いてバスケットに詰めていく。飲み物はココアにしよう。
 長時間――少なくとも青年が外へ出る数日前から彼はそこに居た――のデスクワークをしている彼を攫うことは容易だった。バスケットと適当な敷布を持って彼の居る部屋へ戻り、気配と音を殺して彼に近寄る。そして間を窺い、作業に一区切りでも付いたのだろう、彼が小さく息を吐いたと同時にその機体に触れながらワープ機能を発動させたのだ。
 こうして今、彼は青年に手を繋がれながら呆然と目の前に広がる宇宙の草原とパステルカラーの空を見ている。昏い色にキラキラとした粒が瞬く植物――のような何かがサヤと少し硬い風に揺れる。頭上を覆う空は薄い青や赤や黄が淡く織られ、いつかどこかで読んだ夢の色を思い出させた。
 役目と仕事を失った接続ケーブルがシュルシュルと彼の機体に戻っていく。その傍で繋いでいた手を放した青年が、持って来た敷布を広げ、手早くバスケットの中を並べていた。
「ほら、」
ものの数十秒で準備を終えた青年が先に腰を下ろし、誘うように隣を叩く。その意図を、彼は数秒の間、汲みあぐねたらしい。一拍置いてから、あぁ、と返され、腰が下ろされる。
「ココア。あったかいやつ」
「え? あ、あぁ。ありがとう……しかし私にはまだ片すべき仕事が、」
すかさず出されたカップ――ホットココアを受け取りつつ、彼は困ったように言う。やはり仕事が気になるようで、そわそわとどこか落ち着かない様子である。何をそんなに急いているのだろう、と青年は思う。確かにここのところ自分たちの主人に関する手がかりや痕跡は見つかっていない。けれどそれで焦って何になると言うのか。幸いにも自分たちの生は永い。悲願をいち早く果たしたいと言う気持ちもわかるが、焦って事を仕損じては元も子もない。
「仕事仕事って、息抜きや休憩も大事だろ。根詰めすぎてミスが増えたり精度が落ちたら意味ないだろ」
「――、しかし主は、きっと私たちに早期の目的達成を望んでおられるはず、」
「…………その主に自己管理のできてないとこ見せるのか? それとも他の奴らに俺たちの主は部下を上手く使えないヤツだって思われても良いのか?」
「それ、は……その、私は、」
しゅんと俯いてしまった親友に青年は頬を掻いた。どうにも、自分たちの主のこととなると熱くなってしまう。仕切り直すように青年は一つ咳払いをする。
「だからさ、な? ちょっと休憩。俺に付き合うと思ってさ。良いだろ? 簡単にだけど弁当も作って来たんだ」
顰めてしまった声をいつもの調子に戻して冗談めかして笑ってみせる。そうすればようやく彼も小さく笑声をこぼした。
 マスクを外し、もきゅ、とサンドウィッチを食む。パンのほのかな甘みとハムの塩っ気、辛子マヨネーズのアクセントにレタスのシャキシャキとした歯触りが、平凡ながら安心感をもたらす。もきゅもきゅとサンドウィッチを食べ、空気を綻ばせる彼の頭部パーツがピコピコと犬や猫の耳のように動く姿を幻視させる。そんな彼の様子を小動物の愛くるしさに重ねながら青年は彼の半身とも言える小型機体へ食べやすい大きさにした食べ物を分けてやる。心なしかゴッゴッと手の平を突く嘴の力が強い。やはり軽く手の平の塗装が剥げているが、彼の方を注視している青年は気付かないでいた。
「美味い?」
「ああ。とても美味しい。最後に栄養補給をしたのが36日と少し前だと言うことを差し引いても、とても美味しい」
「えっ?なに?いまなんて? もしかして修行中か何かだった?えっ?」
ありがとう、と言われたけれどそれ以上に耳を疑うべき部分が流れて行った気がする。いくら他より性能が良いとは言え定期的な補給は必要である。少なくとも週単位で。それとも有機生命体と同じように自分たち機械生命体のからだも生活や環境に適応するものなのだろうか。けれど当人はサラリと流してサンドウィッチを頬張りココアで至福の表情を浮かべているからもう突っ込めない。とりあえず青年はその幸せそうに緩んだ表情をメモリに焼き付けることに専念した。
 あれやこれやと昔の話、旅の話をしながら二人で弁当を食べ終えると、うつらうつらと睡魔が顔を覗かせ始める。特に彼の方はこれまでの疲れも伴っているらしく、既にこくりこくりと頭部が心許なく揺れていた。
「……膝、貸そうか?」
「ん……いや、そこまで……、」
「いいよ。この前のお返しってことでさ」
「ふ、ふふふ……いつのことを」
もう随分前、疲労と損傷から仕事先で倒れた時に目覚めるまで介抱してもらったことを引っ張り出す。碌な設備も無い中、せめてもと彼は青年に膝を貸した。その時のことに比べると釣り合わなくも思えるが、その分はこれから何かにつけて返していけば良い。誘うように引き寄せても彼は抵抗しなかった。バイザーの奥でオプティックがとろりと眠気に蕩けていた。
「おやすみ、サウンドウェーブ」
彼の頭部を膝へ導き、機体を横たえながら青年はせめて幸福な夢を願った。
「ん……ありがとう……ノイズ、めいず……」
そうして彼は久方ぶりの夢の淵へ落ちていく。あるいはその底へ。直前、ふにゃりとこの上なく綻んだ顔を、青年は自身の胸部に遮られて見ることができなかった。



「ふっふっふ……航空参謀殿。ちぃちゃんが好きな素数を当ててやろう」
「ピピーーーッ! 休憩警察だ! どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!けしからん!連行だ!!」
「待て!やめろ!私はまだ戦える! 休憩などしなくても大丈夫だ!まだ仕事が!!」
「クッ、大人しくしろ! 抵抗するなら半日ピクニックの刑だぞ!」
「半日……だと……! クッ……サンドウィッチはいつものやつ!飲み物はホットココアが良いぞ! あとその……また、膝を貸してはもらえないだろうか……?」
「――! ま、任せろ!膝でも腕でも好きに使ってくれ!!」
「…………(ほんとこいつら……)」
「あっ。元航空参謀殿。あなたも行くんですよ。ほら準備してください」
「!? なぜ俺までお前たちの茶番に付き合わねばならん」
「どうにも参謀って機種は自分を過信し過ぎるきらいがあるようで。作業効率と精度のためですよ。あぁ、でも俺の膝はサウンドウェーブ専用なんで。すいませんね」
「ころすぞ」
「怖いなぁやめてくださいよ。それじゃ俺準備してくるんでサウンドウェーブが仕事再開しないように見張っててください。サウンドウェーブ、ちょっとスタースクリームと待っててな」
「わかった。それでは航空参謀殿、暇潰しに話でもするか? 多岐に渡る宇宙と世界線、可能性の話などどうだ?」
「ちょっと待て」

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