top of page

とあるきょうだいのはなし。

それはたぶん、昼下がりのこと。
さり、と。聞こえた、
ほんの、かすかに擦れる音に(なぜ、)(なんの、おと)弟はゆるゆるとまぶたを持ち上げた。
しろい布が、視界いっぱいに広がる。
それはきらきらとしていて、まぶしい、と弟は思った。そして、頭部に感じる違和感。

う、とちいさくうなって、弟は短い手足を使ってからだを起こす。
弟は回りきらない舌で「お姉ちゃん、」と姉を呼んだ。
「んー、」
弟の頭を、ぎゅうぎゅうと押さえつけるように(しかし本人は)(撫でているつもり、だ)していた姉は、それにこたえる。
ん、ん、と弟の頭を押さえる。
どうやら姉はごきげんのようだ。
しろいひかりと布に包まれて、しあわせそうに声をこぼしている。
弟の顔を覗き込みながら、それはそれは、うれしそうに。
「おねーちゃんはうれしいぞぉー」
くふ、と姉はわらった。
ちいさな、まだちいさなこどもの犬のように人懐こくわらって、姉は、

ふくふくとまろい、弟のほっぺたに手を添えた。
感触を確かめるように、たのしむように、その手は弟のほっぺたを味わっている。
つまんで、のばして、おしてみて。
弟は、されるがままに姉を見上げている。姉は、たのしそうだな。と、思った。
そんな姉が、ふいに「おまえは、かわいいなぁ」と言った。
「せかいでいっとう、かわいいなぁ」
イットウがなんなのか、弟にはわからなかったけれど。
姉がとてもたのしそうに――ちがう、
姉が、とてもしあわせそうに言うものだから。
おれも、おねえちゃんが、いっとーかわいいとおもう、

なんて。
くふくふ、と昼下がりに、ちいさなわらい声が飽和する。
それは、とても、とてもしあわせそうな――

かたん、

「――、」
ぱちり、と弟は目を開く。
視界に広がる白い布が、白い光を反射して眩しい、と思った。
ひとの気配はない。
むくりと、緩慢にからだを起こして、弟は周囲をぐるりと見回す。
畳みかけの洗濯物が、散らばっていて、そういえば自分は洗濯物を片付けていたのだった、と、
弟は、ふ、とひとつ息を吐いた。
(それにしても、)
作業を再開しながら、弟はさっき見た夢を思い返す。
(懐かしい)(あの頃を見る、とは)

ちいさなとき、というのは誰にとってもしあわせな時だと思う。
あのままいられたら、
時間は、残酷だ。姉を見ていて、弟はそう思う。

ぎぃい、がちゃん。
玄関の扉が開く音がして、はずむような足音。
どうやら姉は今日もごきげんらしい。
廊下と部屋を隔てる扉が、遠慮なく開けられた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
姉は、帰って来るなり弟にハグを仕掛ける。
まだ洗濯物を片している弟に、姉の(姉でなければ、)(それは、)抱擁を拒むことはできない。
きっと姉はそれを知っている。わかっていて、やっている。
「かーわいいなぁ」
弟を抱き締めた姉は、くふ、と笑ってつぶやく。
かわいい、かわいい弟。せかいで一番のおとうと。かわいいなぁ。
ぐりぐりと頭を擦り付けるようにして、姉は繰り返す。
(まるで、あのときのようだ)
弟は思う。唇からこぼれおちたことばは、姉につられたせいだと。

そのことばに、姉はやはりあのときのように弟の頬に手を添えて、
「おねえちゃんはうれしいぞ」
とても、うれしそうに自分と弟の額を合わせた。

そんなきょうだいのはなし。

bottom of page