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甘い、匂いがします

お菓子?

いえ――甘く、腐った匂いでしょうか

何が腐ってるのかな、

さて、それはわかりませんが

ふふ、こんな夜に甘い匂いなんて、ね、お誂え向き、だね?

…あまりはしゃぐんじゃありませんよ

へへへ、だってさ、だってさ、ね、お菓子、

……なんですか

くれるんでしょ?

あぁ、そんな、眉間に皺寄せないでよ!

誰の所為だと…だいたい、良い歳した男が菓子を強請るなど…

だってボク、キミ食べたい! …じゃないや、キミの作ったお菓子食べたい!

何サラッと流してんですか。流れませんよ、私は

ぶっちゃけ両方食べたい!

開き直らないでください

 

 

あてんしょん

・ファンタジーパラレル

・ちらちらクロスオーバーしてます

・突貫工事なので話が割と飛んでます

・一応CP想定して書いてます

・ヘアヒンメインです…アレ?

・大丈夫な方のみ、どうぞ

 

 

それは叶うはずの無い恋の物語。

種族という壁に隔たれ、それでも互いに恋焦がれた二人のお話。

 

+++

 

 彼は、所謂『人魚』という生き物だった。

腰部から爪先まで。ひとならば二本の脚が生えている場所には美しい鱗が生えそろった魚類のかたちをしていた。

人魚の彼は多くの日を海の中で過ごし、天気の良い日などは海面近くまで来て海の外の世界を覗いて暮らしていたのだった。

 そんな彼に転機が訪れたのは、ある夜のことだった。

夜の海がひどく明るかった。賑やかな音が上の方から落ちてきた。

彼は、友人の人魚と共に少しだけ、外を覗いてみることにした。いつもより明るい夜の海を上へ上へと昇っていく。水面の近付くにつれて音が光が強くなった。赤や緑や黄色の光が浮かんでは消え、浮かんでは消え、を繰り返していた。

 ちゃぽん、と首を海の上へ出す。それと同時に、大きな爆発音とともに夜空に鮮やかな円が浮かび上がった。

「――?!」

「あぁ、あれは“花火”というモノですね」

「はなび、と言うのですか? アレは」

「はい。わたくしも、実際に見るのは初めてなのですが……本で読んだことがあります。火薬と金属の粉を混ぜ合わせて作るのだそうです」

「火薬と金属の粉ですか…すごいですね……」

びくり、と肩を震わせた彼に、友人が安心させるように説明を添える。

 この友人は“知る”ということが好きだった。昔から、暇さえあれば街中の図書館や本屋を周り、何か変わったものが発見されたと聞けば、同じく“知りたがり”な近所の友人たちと一緒に現場へ足を延ばすような、好奇心旺盛な人魚だった。つまり、外の世界のことも少なからず知っている、ということだ。否、彼よりもこの友人の方が外の世界について詳しいだろう。そんな彼が、徐に口を開く。その表情は、緊張しているような、しかし嬉しそうなものだった。

「ということは、」

「? なんですか?」

「“人間”がいる、ということですよね――!」

 “人間”

それは、彼ら人魚たちにとって、幻想にも近い存在の生き物だった。

水の外で食を摂り、土の上に家を建て、草原の上で二本の脚を使って駆け回り、なにより水の中で呼吸が出来ない。そんな、人魚たちからすればありえない生活を営む人間たちは、彼らの中では伝説上の生き物にも等しかった。

「は、え、えぇ?! な、なんでですか?! なんで人間が…?!」

「なんで、って…金属の粉はともかく、人魚は火薬なんて使わないでしょう?」

それに、陸地が見えていると言っても此処は海上ですし、といつもより僅かにテンションを上げた友人が言う。あぁ、しかし、なるほど、とそれを聞いて彼は納得した。文献やらなんやらによると人間は海を渡るために船という乗り物を作り出しているらしいし、と。

彼が一人でふんふんと頷いているとき、友人はゆっくりと周りを見回していた。不規則に上がり続ける花火が、友人の少しくすんだレグホーンを赤らめたり緑にしたりして、幻想的に彩っていた。青碧の瞳にラズベリーレッドやダックブルーが泡のように浮かんでは消えていく。

「あ、」

ぼんやりと、そんな友人の姿と花火に見惚れていたら、不意に友人が声をあげた。

「どうか、しましたか?」

「ほら、船ですよ。船。あれは、なんでしょうね…大きさや装飾からして、どこかの国のモノですかね」

暗い海の上に浮かんでいる箱のようなものが、花火の灯によって短時間だが、浮かび上がった。

「ちょっと見に行ってみましょうよ」

「えぇ、もちろん」

 元来、おとこのこ、というのは個人差はあれど基本的に好奇心旺盛な生き物である。それは、人魚だって例外では無い。生き物は好奇心に殺されると言っても過言ではないだろう。

「あ、競争しますか?」

「え、ちょ、やめてくださいよ…わたくし体力無いんですから…」

「いつも遠方の図書館まで足を延ばしてらっしゃる方が何をおっしゃいますか」

「そっ、それとこれとは別ですよ!」

「ふふふ」

「――、ヒン様…あなたってひとは!」

「あぁ、拗ねないでくださいまし、シャマル様」

 そうしてふたりのおとこのこは、夜の海を泳いで行くのでした。

 

+++

 

 あぁ、つまらない。つまらない。

投げ出して、どこか遠くまで、だれも自分を知らない所まで行ってしまいたい。

 人の輪から離れて、気怠げに赤ワインの入ったグラスを傾けた青年は深く溜め息を吐く。その表情に、先程まで他人へと浮かべていた柔和な笑みは無い。むしろ、それとは逆方向の、不機嫌そうな顔をしていた。少し気の弱い者が相対したなら、小さく悲鳴を上げてしまうだろう。

「あは。酷い顔」

「うるさいな。ボクは嫌だって言ったのに」

そんな青年に声をかけたのは、青年と同じくらいの年ごろの青年だった。

明らかに不機嫌そうな青年に笑顔で声をかける青年は、どこか青年と似た雰囲気を纏っている。

「なんだかんだ言って今日の主役はきみなんだからさぁ…」

 白い式典用の軍服を纏うふたりの青年は船べりに凭れ掛かって華やかな人の輪を見詰める。

船上で奏でられる3拍子に合わせて人の輪が左右に揺れ動いている。手を取り合いながら談笑でもしているのだろう、梢の若葉がさざめくような、穏やかな話し声や笑い声が風に乗って聞こえてきた。

「…さて、今回は同盟締結、誠に有難う御座います。この同盟が破棄されない限り、我が国は貴国と――」

「あぁ、止めて止めて。ボクそんなの聞きたくないよ」

「…ふふ、ほんと嫌そうな顔」

「……キミ面白がってるでしょ…」

趣味悪いよ、と言う顔を顰める青年は大国の王族であった。しかし、彼はその肩書を好ましく思っていなかった。自分で出来るようなことでも、使用人や家臣たちがすべてやってしまうのだ。幼い頃から、彼は籠の鳥だった。すべてを管理され調整され丁重に丁重に、壊れ物のように扱われるというのは、ひどく窮屈で仕方が無かった。そして、その度に王族でなかったら、と思うのだった。

そんな彼の隣で笑う青年も、また王族であった。青年は、決して大きくは無いが古くからある国の跡継ぎである。年も近く、互いの国も近く、両国の関係も比較的友好だった二国の王族たちは、茶会を月に一、二回開き、軽口の応酬が出来る程度には仲が良かった。

「だってさぁ…ねぇ、」

「だって、ってなにさ。だって、って」

「どうせ傀儡政治なんだろ…ボクは、王にはなれない。あの子が大きくなるまでの繋ぎなんだ、」

そう。彼は王族ではあるが、次の王になる人ではないのだ。今はまだ小さい王が、大人になるまでの繋ぎという立ち位置なのだ。

「あの子かぁ…ふふ。お兄さんは元気? 相変わらず過保護してる?」

「ぅげ。やっぱりそうきたね…うん、元気だよ。元気過ぎて鬱陶しい。あと過保護過ぎ。あの子、優しいから良いけどさぁ…」

城内の日常を思い出して疲れたような顔をする彼を見て、青年は、やはり笑った。小さな笑い声に気付いた彼はじっとりとした、恨めしそうな視線を青年に向ける。

「ふふ、ごめんごめん。だってさ、なんだかんだ言って幸せそうだから、きみ」

「幸せそう? ボクが?」

「うん。幸せそう。だってあの子のこと、大切に思ってるんだもん」

「……まさか。否、確かに、ちゃんと育ってもらわないと困るけど」

「いやいやいや。顔にちゃんと書いてあるよ。あの子がしっかり国を引き継げるように最大限準備はしておくからって」

「ボクはボクに出来ることを全部やるだけだよ」

あの子の為じゃない、とグラスのワインを呷る彼に、青年は素直じゃないの、とまた笑った。

「あ、そうそう。そのワイン。僕の国で作ったやつなんだけどさ、どう?」

青年が、先程とは違い、無邪気に、子供が親に訊くように問うてきた。遠浅の海のような青碧の瞳がきらきらとしているのは、打ちあがっている花火の所為だけではないだろう。

「ん。悪くないね。甘すぎないし、渋すぎない――とても良いワインだと、ボクは思うな」

素直な感想を述べると、青年は、これまた無邪気に笑った。よかったぁ、と安心したように、嬉しそうに。

 しばらくして、不意に青年が口を開いた。双眸を海に向けたまま。

「人魚って、知ってる…よね?」

「え、あ、うん。空想上の、人の上半身と魚の下半身を持った生き物でしょ?」

本で読んだことならあるよ、と続けた彼に、青年はどこか妖しく微笑んだ。

「それがね、ヘーア、本当にいるみたいだよ?」

「は、そんなまさか。目撃者でも出たって言うの?」

「うん。なんかね、海を挟んで隣の国の人たちがね、この辺の海で見たってさ」

「……キャムシン、それとっても嘘くさい」

明らかに訝しみ、髪と瞳と同じ色――アイボリーの、かたちの良い眉を顰めた彼は、一言、そう言った。

「でもまぁ、いるなら会ってみたいよねぇ――」

 そう言って、青年も手にしていたグラスに口を付けて傾けた。

船は、まだ海の上に留まっている。

ふたりの王族の青年は、手紙のやり取り以外では久しぶりの世間話を存分に楽しむことにした。

 

+++

 

「――それで、二人で人間を見てきた、と」

「はい」

「如何でしたか? 初めて見る人間は」

「非常に興味深かったですよ! 本で見た通り二本の脚で!大きな船の上で!」

その時の情景を思い出しているのだろう、目を輝かせて語り出す、少しくすんだレグホーンの髪を持つ人魚――シャマルを問いかけた本人が宥める。

「わ、わかりました……と、とりあえず落ち着いてくださいまし、シャマル様」

「――と、すいません。わたくしとしたことが…ノボリ様は見たことがあるのですか?」

人間をじかで、と問われた人魚――ノボリは、顎に手を当てて、えぇ、まぁ、と曖昧な返事をした。その曖昧な答えは、彼の弟――クダリと先日シャマルと一緒に人間を見てきた人魚――ヒンにも聞こえたらしく、二人はノボリとシャマルのところに来た。

「ノボリ様は、人間と相対したことがあるのですか…?」

ヒンが訊くと、ノボリはやはり曖昧に微笑んで答えた。

「いえ、何と言いますか…以前酷い嵐があったでしょう? その時に雨風で船が壊れたらしく、人間が落ちてきたのですよ」

「あぁ……何年前だっけ、あったよね。こっちはそんなに酷くなかったけど…海の外はまぁ、酷くなるだろうね」

クダリが目を細める。ノボリはそうですね、と相槌を打ちながら続けた。

「幸いにもまだ心臓は動いているようでしたので、陸に運ばせて頂きました。それだけです」

「それだけですか」

「え、えぇ、まぁ…他の人間に見つかると厄介だと思いましたので……近くにいたようですし、」

シャマルが目を丸くした。ヒンがそんなこともあるのですね、と呟いていた。

ノボリが当時のことをもう少し思い出していると、不意にクダリが口を開いた。

「あ、ねぇねぇ、その人間ってさ、どんな格好してたの? やっぱり僕たちとおんなじような恰好?」

僕たち。つまり人魚と同じ格好とはつまり裸と言うことなのだが――、ノボリが目を細めて答えた。

「いえ、布?のようなものを纏っていましたよ。あと、サーベルも持っていましたね…あぁ、確かこの辺に本が……ありました。これ、このような格好をしておりました。色は黒でしたけど」

語りながらごそごそと本棚を漁り、一冊の古びた本を開く。そのページには、なにやら様々な装飾が施された布のようなものを纏った人間の姿が描かれていた。絵の横には、式典用軍服見本と走り書きがされている。

それを見たシャマルとヒンが、ぼそりと呟く。

「式典用…パーティでもしていたのですかね……」

「それより、軍服ですか…なんだか物騒ですね…」

「っていうかさー、こっちは見てて相手が見てないって本当かなぁ」

興味深そうにノボリの手元を覗き込んでいる二人とは違い、会話には一歩引いて参加していたクダリが、声をあげた。

「案外むこうもこっち見てたかもよー?」

無邪気に、首を傾げて。

「あぁ、それは、ありえますねぇ…しかし夢か何かだと思うのでは?」

思考がはっきりとしていない状況や姿をはっきりと確認できないような白昼に出会ったことを考えて、ノボリが更に仮定を出した。しかしクダリは即座にそれに対して応えた。まるで、ノボリがそう答えることを予測できていたかのように。そんな二人のやり取りを見て、ヒンはこれが双子と言うものですか、などと思っていた。

「うん。だからきっと上ではけっこうなウワサになる…なってると思うよ」

「ふふ…それはそれは……少し、こそばゆいですねぇ」

特に気にしていない様子のノボリは面白そうにクダリを見詰める。

「まぁ、上に行く予定もつもりも今のところありませんし…良いんじゃないですか?」

「おや、ノボリ様は上の世界に興味が無いのですか?」

今まで、先程ノボリが本棚から持ってきた本をそのまま読み進めていたシャマルが、意外そうに顔を上げた。

「あぁ、いえ、興味はありますよ。ただ、積極的に行かずとも流れに身を任せていればいいかと」

「……相変わらず受動的な方ですね…」

「ふふ。ノボリ様らしいですね」

「シャマルは積極的だよねー。興味有るものについては特に!」

「だって知りたいじゃないですか」

「まぁ、気になるものは気になりますよね」

そこで、ぱたんと本が閉じられる。シャマルが、ノボリに本を返しながら訊いた。

「Merciノボリ。ところで」

「、はい、何でしょう」

「陸に上がる方法を、御存知ないですか?」

クダリとヒンが絶句した。ノボリも、行動の一切を停止してしまっている。それでも、シャマルは再度訊く。

 

「二本の脚を、手に入れることは出来ないでしょうか」

「もっと、人間のことを知りたいのです」

 

と。

 

+++

 

 船上パーティがあってから、既に数週間が経っていた。

しかしだからと言って、城のバルコニーでアイボリーの双眸を細めて溜め息を吐いた大国の王子――ヘーアの日常は特に何も変わっていない。隣国や周辺諸国の王族との会談やら国内の出来事の書類の整理やらをこなし、城に帰れば召使いや執事が鬱陶しいくらいに世話を焼いてくれて、やはり少し呼吸がし辛い。おまけに将来仕えるべき王と、賑やかなその兄と来た。時折訪れる一人の静かな時間がとても有難く思える。だから自室のバルコニーに出て、祖国の街並みを眺めるのだ。それが、今までの過ごし方だった。だが、最近彼はよく海岸に赴いていた。暇さえあれば馬を走らせ白い砂浜を目指した。

 そして、今日もまた彼は仕事の合間を縫って、海に来ていた。白い海鳥の鳴き声が聞こえる。海風が心地良い。

彼は、一度目を閉じて深呼吸をして、何処にともなく語りかけた。その声は、王族と言うよりも、ヘーアという一人の青年のものだった。

「……ねぇ、いるんでしょ? 人魚さん」

すると、海岸の近くの岩の影から、何か、魚が跳ねるような音がした。次いで、ヘーアの言葉への返答が、来る。

「…貴方も、物好きと言うか何と言うか…暇なんですか? 王族様」

岩場には不釣り合いな、軟らかそうな象牙色の髪と瞳、それと魚の下半身を持った青年が、ひょこりと顔を覗かせた。

「あぁ、勘違いしないで下さいまし。ワタクシは陸に上がった友人が心配なだけですので」

「はいはい。ボクは仕事の息抜きに来てるだけだから」

「……貴方は…ぼっち、というヤツですか?」

「……どうしてその結論に辿り着いたの?」

 ここ数日、ふたりは海岸の岩場の影でよく談笑を楽しんでいた。最初こそ互いに驚いたものの、落ち着いて話し合えば簡単に打ち解けてしまえた。極僅かな者たち――例えば、彼らがこうして語らう機会を得た原因の、人間への興味から陸に上がったシャマルだったり、先日偶然にもふたりが会っている場面に遭遇してしまったキャムシンであったり――を除いて、このふたりの関係は誰にも知られていない。知っている者の中に、街の記者だとかに言いふらすような口の軽そうな顔は無いし、そもそもシャマルもキャムシンも一緒に行動しているのだから、自分の首を絞めるようなことはしないだろう。

互いの樹族の文化を嬉々として訊ねあうふたりの姿が目に浮かぶ。どうやら、あちらのふたりは似た者同士なようで、気になることはとことんまで調べて納得したいような性格らしい。

「…それで、今日はどのような? また、その、お兄様が?」

「…そう。うん。アレ五月蠅過ぎ。小鳥のようにカッコいいとか意味わかんない」

「……確かに、小鳥は格好いいというより、可愛らしい生き物ですよね…」

「…あと。キャムシンの国の海挟んで隣にある国の王子兄弟」

「キャムシン様の? …で、その御兄弟がどうかしたのですか?」

「濃ゆいんだよ…すっごく。なんか二人でバイオレンス漫才し始めるんだよ…」

「バ…蹴ったり殴ったりですか…?」

「するときも有る…兄の方がインゴって言うんだけどね、インゴのツッコミが切れ味良すぎるんだよ…それでボケる弟のエメットはツッコまれて何か嬉々としてるし…ほんと意味わかんないのばっか。って言うか、どっちかっていうとインゴの方がよくボケてる気がするんだけど…個人的に。今日、東の方の国から来た書類には最近拾った子供が可愛いだのなんだのってサブリミナルに書いてあるし……」

はぁああ、と盛大に溜め息を吐くヘーアをヒンが微笑ましく見つめている。

「ふふ…なんだかんだ言って充実した毎日を送っているのですね」

「他人事だと思ってるでしょ…」

「いえいえ。お疲れ様です、ヘーア様」

「やぁ、相変わらず仲良さそうだね」

5分程話し込んでいると、聞き慣れた声がヘーアの耳に入ってきた。

「お邪魔してしまいましたか?」

それと同時に、ヒンのよく知る声も。陸に上がった、魚の下半身の代わりに二本の脚を持ったシャマルと、数か月前のパーティに比べると幾分か装飾の少ない、プライベート用の服なのだろう、しかし小奇麗な格好をしたキャムシンが、並んで歩いてきた。

「…キミたちこそ…そうだね、お似合いだよ?」

挨拶もそこそこに、にやにやと此方を見てきたキャムシンにヘーアが口の端を僅かに上げて挑戦的に言う。

「――なっ、」

「……キャムシン様…」

「あぁ、ヒン様。これが本日の分です。ノボリ様にお届けください」

言われて微かに頬を染めるキャムシンと、それを見て追い打ちをかけているヘーアを華麗にスルーしてシャマルが、ふたりを見詰めるヒンに何かを手渡す。手紙のようなものだ。毎日の日課で、新しく知ったことだとかその日あった出来事だとかを記して海にいる知り合い――ノボリやクダリに届けてもらうのだった。

「おや? こちらは…?」

今日の分の手紙と一緒に渡された小さな箱を渡されて、ヒンは首を傾げる。シャマルにそんな相手がいただろうか、と。確かにシャマルの近所にはイネジアという幼馴染の美しい人魚が住んでいたが。

「あぁ、そちらは、トーン様とアンディ様に。最近上に構ってばかりでじっくり会えていないのでしょう?」

住んでいる場所は少し遠いが、昔から実の兄のように慕ってくれている可愛らしい双子の人魚を思い出して、ヒンは眦を下げる。

「それは…ありがとうございます」

「いえいえ。センスの良いあの子たちのお眼鏡にかなうと良いのですが」

ふふ、と穏やかに笑い合うふたりに、年相応の男の子同士の会話を繰り広げていたふたりが見惚れていたことはまた別の話。

 

+++

 

「カミツレちゃんカミツレちゃん、今日だよ! 今日!戴冠式!」

健康的に焼けた肌と真綿のように白い翼を持つひとりのセイレーンが、興奮した様子で海に呼び掛ける。

「はいはい…分かってるわよ、フウロ。もうそんなに経ったのね……」

ちゃぽん、と海中から姿を現した人魚――カミツレは、未だ頭上を飛び回っているセイレーン――フウロを窘めて、遠くに見える陸地を、その美しい青い双眸で見詰めた。

 あれから、数年の時が流れた。大きな戦争も無く、比較的平和に世界は回っている。

ふたりの王族の青年は、外見こそあまり変わっていないが、自分たちのやるべきことをこなし、しっかりと国の為に職務を果たしていた。大きく変わったことなど特になく、相変わらず人魚たちと親交を続けながら、幸せに暮らしていた。

 そして、今日。ふたりにとっても、周辺の国々にとっても大きな出来事がある。ヘーアの国の戴冠式だ。今までヘーアが担っていた、王と言う職務に新たな人物――前々から定められていた、正当で公式な跡継ぎである、あの子が就くのだ。その所為で国は朝から、否、前日から賑わっていた。市場や広場にはひとびとの笑顔や笑い声、祝福の言葉が溢れている。それはまるで幸せな理想の国を体現したような賑わいぶりなのだ。

 今までヘーアは、実質王と同じ仕事をこなしていたが、その立場は大臣や側近と同じようなものだった。だからあの子がヘーアに代わって新しく王の座に就くというのは、少し語弊がある。

しかしそんな細かいことはどうでも良い。ヘーアは着替えを済ませて、戴冠式の会場となっている広間に行くために廊下を歩いていく。その表情は、ひどく穏やかなものであった。

 広間には、既に何名かが集まっていた。

「おーら!ヘーア! 久しぶり!」

「挨拶くらいちゃんとできないのですか、貴方は…Buenas tardes お久しぶりです、ヘーア様」

「ちょ、いたっ、痛いよフェロ! 足踏んでる!」

まず目に入ったのは程良く日に焼けた肌と朽葉色の髪と瞳を持った兄弟だった。元気よくこちらに声をかけてきた白を基調とした服を纏っているのが兄のカリルで、そんな彼を呆れたような眼で見る、黒を基調とした服を纏うのが弟のフェロだ。

「やぁ、久しぶりだね。ふたりとも相変わらず元気そうで安心したよ」

「コレは元気過ぎです。上司がもっと注意してくださればいいのに……!」

「お兄ちゃんに向かってコレとかひどいっ! でも好き!」

「……後で上司に報告しますからね。トマト畑の肥料になりなさい」

「Hello Hello そんなに眉間に皺寄せてると跡付いちゃうヨー」

「ちょっとエメット、ボクのフェロ口説かないでくれる?」

「…いつだれが貴方のものになったのですか? その両目にトマトを刷り込んで闘牛の群れの中に放り込んで差し上げましょうか」

白い服を纏ったふたりが揃って、ノォオオオォォオオオォォオォオォォ! と身悶える。ふたりをそうした張本人は周りの迷惑になるから止めなさいませ、と面倒くさそうに言っている。言っているが、目にトマトはえげつないと思う。ヘーアは、言いかけた言葉を飲み込んだ。

「…まったく、五月蠅いですねぇ。大体、貴方たちが馬鹿なことを言っているからでしょう」

コツン、と足音がして振り向くと、仏頂面のような無表情のような、何とも言えない表情の青年が立っていた。カリルの隣で身悶えていた白い服の青年――エメットが途端に水を得た魚のように生き生きとしだす。

「わ、わ、インゴ、お帰り! どうだった?相手さん、どうだった?」

「どうだった…? 本来ならば貴方も行かなければならない場だったのですよ? それを、どうだった?貴方はなんなのですか。私をいじめてそんなに楽しいのですか? 大体、私よりも愛想のある貴方が行った方が良かったのに…あぁ、もう、飲み物無しでマーマイト漬けスコーン30個食べなさい。もちろん空気椅子で」

「うん、ボクもインゴ大好きだよ!」

相変わらず漫才を繰り広げるふたりにヘーアの笑顔は若干引き攣る。というか、先程から黒い方から出される提案が地味に拷問にもなりえるようなものばかりで恐ろしい。

「……え、と、インゴに、エメットも久しぶり、だね…」

無難に声をかけて、ヘーアは未だエメットにまとわりつかれている黒い服の青年――インゴが手に持っている羊皮紙を見とめ、先程エメットと交わしていた言葉を頭の中で照らし合わせ、あぁ、今日の挨拶でもしてきたのか、と結論付けた。

「えぇ、お久しぶりですヘーア様。先程は愚弟が失礼しました…それと、本日は戴冠式、おめでとうございます」

「…そうそう、キャムシンってさ、いつの間にあんな美人つかまえたのー?」

インゴの言葉を半ば遮るようにしてエメットが、広間の隅で国の大臣たちと談笑しているキャムシンを指して言った。

「美人…?」

「うん。この前上司についてってキャムシンとこ行ったんだけどねー? その時にキャムシン、すっごい美人なひとと話してたもん」

「窓から覗いてただけですから、性別は判りかねましたけど」

それはきっと、シャマルのことだ。ヘーアは、そうなの、と適当に相槌を打ちながらふたりの人魚を思い出す。今頃ふたりは海岸の、いつもの岩場で別れの言葉を交わしているはずだ。

もう二度と海に帰る気の無いらしいキャムシンによく似た人魚は、二本の脚で迎えを待ち遠しげに、砂浜を歩いているのだろう。そして、自分が迎える、否、自分を迎えてくれる人魚は、相変わらず何処か茫洋とした視線を大海原に向けているのだろう。早く、その手を取りに行きたいと、ヘーアは思った。

 式は何の問題も無く進み、予定された時刻には終わった。

 式が終わった後、城では食事会が開かれた。様々な国の特産物や料理が並ぶ、国際式豊かなものだ。中には、キャムシンの上司が直々に腕を振るった料理もあり、とても好評だった。エメットの上司も厨房を貸して欲しい、と言ってきたが、各国の上司たちや部下であるエメットが、彼は絶対に入れてはいけない、命が惜しかったら厨房を開放するな、といつにも増して強く言ってきたので丁重にお断りしておいた。東の方の国からは、今回は出席できないという旨の手紙が、祝電と名産品と一緒に届けられた。

 各々が皿やグラスを片手に談笑していると、不意に広間の扉が開いた。ほとんどのひとはまた新たに料理が運ばれてきたのだろう、と特に気にしていなかったが、広間に入ってきたのは新しい料理では無かった。代わりに、新しく服を替え、見慣れない麗人をエスコ-トしながら、キャムシンが広間に入ってきたのだ。それに気付いたエメットが早速声をかけに行っている。

「はろー、ボク、エメット。この国の隣の国の海挟んで隣の国の出身…えーと、つまりキャムシンの国の海挟んでお隣さんだヨ!」

「え、あ、はぁ…初めまして、エメット様」

「ちょ、ちょ、エメット…!」

「何をしているのですか、この愚弟。あぁ、申し訳ありません。私はインゴ。コレの兄です。以後お見知りおきを」

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。インゴ様」

細い手を掴んでブンブンと振っているエメットと、それに流されるままのシャマル。ふたりの間に入りにくそうなキャムシンの代わりに入ったインゴが紳士的に挨拶をする。さり気なくエメットをシャマルから引き剥がしたのは、さすが紳士の国出身だ。上司の仲は良くないとよく噂に聞くが、その部下たちは概ね仲が良いようだった。

 そろそろか、と会場を見渡してヘーアは思う。持っていたグラスをテキトウなテーブルに置き、広間と廊下を繋ぐ扉へと足を向ける。

そんなヘーアの様子に気付いたらしいシャマルが、さり気なく近付き、囁いてきた。

「どうぞ、いってらっしゃいませ、ヘーア様。どうか、幸せに」

そして、数年前陸に上がったとは思えないほど自然な足取りで、キャムシンの元へと帰っていく。その姿は、どこから見ても最初から人間として生まれていたように見えた。幾らかふたりで言葉を交わした後、キャムシンがこちらへ何処か寂しげな微笑みを向けた。唇が、またね、と動いた。ヘーアも、笑顔を浮かべた。

「さて、じゃあコレを城にいるあの子たちに届けてきてね」

「……本当に、良かったのですか?」

ばさり、と大きな翼を広げて飛び立った鳥を見詰めているヘーアに、人魚が言った。

「これで……海に、来てしまって」

言いながらも、手を伸ばして受け入れてくれる人魚――ヒンに、ヘーアは笑いかけた。

「うん。これでも、我慢したんだよ?」

「……それは、どういう…?」

「本当はね、あの日。船上パーティがあった夜にね、キミたちを見たんだ。キャムシンと一緒に。波に紛れてこっちを熱心に見てるヒンとシャマルをさ」

「え――、じゃ、あ…」

「うん。だからキミたちがこの海岸に来てることを知って、態と会いに来たんだ」

「そう、だったのですか…」

話している間に、ヘーアの下半身は魚のものに変わっていく。それを愛しげに撫でながら、ヘーアは続ける。

「最初はね、すっごく驚いた。だってホントに人魚がいるなんて思ってなかったし、こんなに話が合うなんて思ってもみなかった」

「…それは、ワタクシたちも、同じで御座います」

「あとね、ボク…キャムシンもなんだけど、ホントは双子だったんだ」

「……?」

「生まれるときに死んじゃったんだけど、ボクには弟が、キャムシンには兄がいたんだって。産婆さんに訊いた話なんだけど。よく似てたんだってさ。だから、キミたちを見た時、死んじゃった兄弟が会いに来てくれたんだって。そう思ったんだ」

確かに、ふたりの顔はよく似ていた。髪の色も瞳の色も。ただ、浮かべる表情が違っていただけで。ふたりは、双子と言える程度にはよく似ていた。

「だから、キャムシンがあそこまで積極的にシャマルを受け入れたのも、納得できるし、ボクが陸を捨ててでもヒンと一緒にいたいっていうのも、当然のこと」

 ヘーアが、下半身の鱗を撫でていた手をヒンの背に回す。ずっと水の中にいた身体は、ひんやりと冷たい。

「……きっと、シャマル様も幸せだと思います。彼は、前々から家族を欲しがっていましたから」

ヒンが、ヘーアの背に回して、そっと海の方へ引き寄せた。着ていた服は、砂浜に脱ぎ捨てて来た。波に乗ってふたりの身体が砂浜から離れていく。抱き合ったまま、ふたりは静かに蒼の中へ落ちていく。太陽の光が屈折してキラキラと眩しい。

「…ヒンは? キミは、幸せ?」

「…えぇ、もちろん」

「ん。よかった」

少し身体を離して、微笑み合う。それから一度キスをして、手を繋ぎ直した。

「あぁ、ヘーア様。ワタクシには、ワタクシを実の兄のように慕ってくれている、可愛らしい双子の人魚がいるのですが、」

「ふふ。それ、楽しみだな。ヒンが可愛いっていうならトビキリ可愛いんだろうね!」

満面の笑みで言われて、ヒンは胸を撫で下ろす。ヘーアが優しいひとで本当に良かった、と。

しかし、次のヘーアの言葉にヒンは真っ赤になるのだった。

「でも、ボクはヒンの方が可愛いと思うよ!」

「な、な、な、なにを…!」

 

+++

 

その後のお話(と補足のようなもの)

 

「え、と、シャマルの方が年上みたいだし…ふたりきりの時だけでいいんだ…兄さんって、呼んでいい?」

「へ? あ、はい。構いませんよ…?」

「やっったあぁああぁあぁ! ありがとう!本当に!ありがとう、兄さん!」

「ちょ、キャムシン、苦しいですよ…! ふふ、困った弟ですこと、」

「早速手紙に書こうか!」

「はいはい…届けるのは明日でいいですね?」

「うん。ようやく15日が来るね!」

「月に一回でしょう…ふふふ……」

 

「…では、ワタクシは兄様、と呼びましょうか」

「?! え、えぇええぇ?!」

「本来ならお兄様だったのでしょう?」

「そうだけど…いいの? ホント?ホントに?」

「…ふたりだけのときなら」

「じゃ、じゃあ、ちょっと言ってみてよ…!」

「……ヘーア、兄様…」

「――ッッ!」

「え、ちょ、大丈夫ですか?!」

 

「アンディ、どうする? ふたりともいい感じってヤツだよ?」

「ふふ。お邪魔は、いけませんね」

「うん、そだね。邪魔するのよくないね!」

「今日は退散しましょうか、トーン」

「Si! 退散しよう、アンディ!」

 

「…それで、相変わらずあの二組はバカップルなのですね」

「うん。今日もキャムシンとシャマルからの手紙読んで幸せそうに笑ってたよ!」

「その後なにやらいい雰囲気になっていましたよ」

「それでトーンたちはこっちに来たんだねー」

「いきなり押しかけてすみません、クダリ様、ノボリ様」

「いえいえ。いいのですよ」

「うん。気にしないでよ!」

 

毎月15日はお手紙交換の日になっています。

キャムシンさんとシャマルさんは表向きには王と側近として。実質恋人兼疑似兄弟としてリア充ライフを駆け抜けています。

歳が上と言うこともあり、シャマルさんのことを兄と呼ぶようになったようです。

ヘーアさんとヒンさんはトーンさんアンディさんの良きお兄さんみたいな感じでいちゃつきながらやっぱりリア充ライフを駆け抜けています。

ヘーアさんは陸にいたときにすべきことは全部して来たので一応国の人たちに迷惑は掛かっていません。

歳は下ですが双方の合意によりヘーアさんが兄と言うポジションになったようです。

トーンさんアンディさんにも懐かれて順調です。まだ慣れ切っていない人魚の生活や文化に興味津々なようです。

 

さて。

しあわせはすべてのこころのなかに。

水底に沈んだものも、土に埋もれたものも。

ぜんぶひとしく、いとしいものであると。

また会う日まで。

さようなら。

 

 

うたかたのいきつくばしょ

(ずっと、あいたかったの)(あぁ、どうか、これが夢なら醒めないで)

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