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​組織の頭との不可思議な関係。SSSの寄せ集めのようなふいんき。なんだか別にえろくない(´・ω・`)

その噛み癖は甘えや愛情表現というよりも破壊衝動の表れやマウンティングのそれに近い。

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 日が昇り切り、部屋に白い光が射している中、男は目覚めた。

 普段よりも緩慢とした動作で身体を起こす。多少の怠さはあるが、悪くはない。首元を軽く掻いて、何の気は無しにシーツの乱れたベッドへ視線を遣る。

 何も知らない者が見ても、昨夜何があったか、を窺い知ることが出来る程度には乱れている。そんなベッドの上には案の定もうひとりが未だ眠っていた。最後に見た時とは違う体勢――ゆるりとシーツに包まり身体を丸めて、子供のように寝息を立てていた。それを見て、起きている時に見せるものとはまったく違う顔を晒すのだな、と男は思った。そんな姿、雰囲気には似つかわしくない赤色がその肌に浮かんでいることについては、その時は特に何を思うでもなかった。

 昨夜は久しぶりだと言うこともあり、後片付けをする前に双方が寝落ちてしまったため、起きてからすべきことが色々と残っている。面倒臭いと思いつつ、それでも男がすべて自分でこなす。けれどそれは気遣いなどではなく、部下にやらせるより自分でやった方が早く終わるから、という理由である。男はベッドサイドのテーブルに放置されていた瓶の残りを呷った。

 

 ザバザバと水の流れる音で彼は目覚めた。

 そして、身体を動かそうとして――起き上がろうとして、失敗した。

 四肢の節々、身体の至る所が痛んでいる。特に腰部と首の辺りが痛む。身体を起こそうにも上手く起こせずに何度もベッドに沈んでしまう。今日は鎮痛剤の世話になりそうだ、と彼は苦笑する。同時に自分の身体の至る所に浮かんでいる歯形にも苦笑を浮かべた。言わずもがな、自分では見えないところにも、これはあるのだろう。

 そんな風にベッドの上でモダモダしていると、姿が見えないと思っていた――自分をこんな身体にしてくれた――男が現れた。

 ゆったりとバスローブを纏った姿でベッドへ歩み寄って来る。

「朝から元気そうだな?」

自分以外のすべてを見下ろしているような双眸に映っても、彼はクスクスと肩を揺らした。

「ああ。おかげさまでな」

シーツに埋もれたまま上目遣いで相手を窺う。答えた声は当然と言うべきか、平生よりも掠れていた。

 ともすれば誘っているかのような姿を軽く鼻で笑い、シーツごと男は彼を抱き上げた。

「風呂へ連れて行ってくれるのか。優しいな?」

「いつまでも転がっていられては困るからな。仕方あるまい?」

同じベッドで朝を迎えたというのに、甘さの欠片も無い応酬をしてふたりの姿は浴室の方へ消えていく。

 

 シーツを剥がされて浴室に転がされても彼にできることはこれと言って無い。指の一本すら――顔を覗かせ始めた睡魔も相まって億劫なのである。男が手際よくベッドをきれいにしていく物音を聞きながら、茫洋と窓から射し込む日の光を眺めていた。

 不意に、とろり、と後孔から溢れ漏れた白濁に細く声を震わせる。

 切なげな吐息がこぼされた丁度その時、浴室の扉が無遠慮に開かれた。

 湯船から発せられる熱と睡魔にとろけた視線が男に向けられる。ベッドは一通り片付け終えられたのだろう。恥ずかしげもなく裸体を晒しながら男が浴室に入って来る。

「おい、寝るなよ」

至極面倒くさそうに言いながらベッタリと転がったままだった身体を抱き起こす。

「仕方ない、だろう……、睡眠欲は、三大欲求の一つ……なんだぞ……」

抱き起こされ、重力に従って太腿を伝う白濁の感覚に息を呑みながら冗談めかして答える。そんな、どこかふわふわとした声を聞き流しながら男はシャワーを手に取った。

 胡坐をかいた男を跨ぎ、向かい合うかたちで膝立ちに立たされる。未だ眠気の抜けきらない頭は重く、上半身ごと穏やかに目の前の肩に預けていた。

 そんな風に無防備な姿を晒している彼の身体に湯をかけていく。

 半ば事務的に後孔へ手を伸ばし、昨夜自分が吐き出したものを掻き出す。胎内を掻き回される感覚からか、粘質な白濁が出て行く感覚からか――密着している身体がビクビクと跳ねる。ぎこちなく動かされた手は肩に置くのがやっとのようだった。時折こぼれる嬌声と、丸まろうとする指先が快感を逃そうとしていた。

 そうして、ふと、目立ちはせずとも、細かな傷痕が残る肌を飾っている、赤が目に入った。これもまた、昨夜自分が相手の身体に残したもの。

 何故かそれが美味そうに見えて――男は誘われるように、再び口を開いた。

 がぶりと歯を立てたのは、丁度目の前をチラついていた脇腹。

 既にいくつもの噛み痕があったそこへ、更に歯形を残す。

「――ぃッ、ア、ぅああ……ッ!?」

存外顎に力を込め過ぎたのか、背が弓なりにしなり腰が落とされる。

「ひっ、ゃ、あ、痛ッ、」

腰が落ちたことで後孔に入れていた指はより奥へ入り込み、更にキュウと締め付けられる。小さく跳ねる身体に噛み付いたまま、にやりとその口端は上がった。

 男はシャワーヘッドを手放して手早く湯を止める。カランと音を立ててシャワーが床に落ちた。

 噛み付いていた口を離し、空いた片手で背を支えながら硬い浴室の床に彼を寝かせる。突然の刺激――痛みに眠気が飛んだらしい彼の目は潤んでいた。

 グチ、と埋めた指を動かせば、落下を恐れて首に回されていた腕に力が込められる。

「優しく抱かれるよりも手酷くされる方が好きだろう?」

「ち、が――ァ、」

耳元で笑いながら訊いてやれば、幼子が嫌々するように首を振る。目蓋が閉じられたことで潤んだ目から雫が一粒落ちた。

 夜の間、散々に慣らされた後孔は男の指を難無く呑み込んでいる。どころか、中を弄れば足りないと言わんばかりの反応が返ってくる。

「掃除しているだけだと言うのに――いやらしいな。足りなかったのか?」

やわらかな首に歯を立て、時々は付けた傷を舌で辿る。胎内に埋められた指は意地悪く彼のイイところに何度も触れていく。明らかに行為を思わせるその動きに、堪らず声が上がる。あらかた中のものが掻き出されたとはいえ、消え切ってはいなかった熱が煽られ温度を上げていく。

「あ、ゃっ、いやだ、やめ、ッ、ふあ、ァッ」

乱暴に、ぐちゅりぐちゃりと音がするほど激しく動く指に腰が揺れる。その様は快楽を拒絶していると言うよりも、より強い快楽を欲しているように見えた。かたちを成し始めた彼の半身を、男は捉えていた。

「指では足りんか」

「ンッ、あ、ぁ、そ、な――ゃぁ、ちが、もう、も、いぃ……ッやめ、」

「もの欲しそうな反応をしていながらよく言うわ」

その、もの欲しそうな反応を指摘してやれば、弱々しい否定が返ってきた。舌をヒクつかせながら、目元や頬を染めて、理性を繋ぎ止めようとする姿。

 私的な場でなければ見られない姿は、男の欲を少なからず煽っていた。遊び半分だったと言うのに――首を擡げ始めた自身の熱に男は苦笑を浮かべる。

 そして彼の胎内に埋めていた指を引き抜いた。

「――っ、ふ、はッ、ぅ……ぁ、ぁ……」

「どうする? ここで終わるか?終わっていいのか?」

空いた両手で彼の脚を支えながら熱にとろけた顔を覗き込む。焦らすように半身をゆるりと指を埋めていた場所へ擦りつける。触れた熱に満たしていたものを失った場所がひゅくりと収縮した。あ、と溶けていく声。

「どうする?」

あくまで平然とした様を装いつつ訊いてやる。

「やめるか?」

「……っ、……ゃ、やめない、で、くれ」

「ほう?」

最後までしてくれ、と熱を強請る言葉。おそらく羞恥からだろう――目を伏しがちにして、彼はそう言った。言って、それからもう一言を付け足す。

「ぁ――その、やさしく、して、」

初めての生娘でもあるまいに今更何を言うのかと――。

「善処はしよう」

笑みを深めて男は答えた。

 

 白日の下でなされるには些か似つかわしくない行為。

 まとわりつくような水音と荒い呼気。男の背に回された手が、時折そこに痕を残そうとして、そしてやめる。汗で滑り落ちそうになる手に必死に力を込めて彼は縋るものを手放すまいとする。

 結局いつもと変わらない状況になっているが――それを指摘する者はいない。情事というよりも捕食と形容した方が違和感のないそれ。一般的に見て、優しいとは言えない。そもそも男が優しくしているようには見えなかった。

「以前の主によくよく躾けられたらしいな」

痛々しいほどの赤が散らばった肢体を見下ろしながら男が笑う。涙に溶けていた双眸が自分の方を向くのを捉えながら、うっすらと鉄の味がする歯列を舌でなぞる。

「……俺を見ていろ。今お前を抱いているのは俺だ」

何かを言いかけ、ひくりと震えた舌よりも先に言葉を紡ぐ。それを聞いた彼は刹那微かに目を丸くした。そして少しだけ口角を上げ、コクリと頷いた。はふ、と安堵のような一息が吐き出される。

「ふぁ、ッぁ、きす……キス、を、マスター、ァ」

なんて、とろけた声で、表情で名前を呼ばれかけて、男はゾクゾクとしたものを感じた。それはたぶん、征服感にも似たものだった。そして健気に口付けをねだる口へ、おもむろに指を突っ込んだ。

 非難めいた呻き声が漏れる。熱くやわらかな舌を弄り、戯れに喉奥に触れようとする。温かな肉が蠢いて指が圧迫される。嘔吐感に眉を顰めながらも指を噛もうとしないのは――いわゆる、以前の主の躾の賜物か。

 あぁ、けれど。萎えなぞしていないのだから、結局、優しくされるだけでは満足できないのだろう。

 クツクツと肩を震わせて男は散々弄った口腔から指を抜く。

「好かったようで何よりだ」

「かふッ……、は、ぁっ……好いわけ、っぅ、」

「ないのか? 萎えていないようだが?」

唾液に塗れた指で、決定打を求めて欲を抱え込んでいる彼の半身を辿る。短く引き攣った悲鳴が腰と共に跳ねた。

「――あ、ぁ、わかッ、わかった、から……っ、も、イカせて……ッ!」

「…………そうして煽るのも仕込まれたおかげか?」

男の言葉を受け取り、彼がその意味を汲むより早く、男は熱を追い立て始める。刹那、頭上に浮かんでいた疑問符が押し流されていく。身体の境界が熱に溶かされるような感覚。肉を口に含まれ、食まれる痛みと恐怖すら高揚の元となる。

 ふと男の肩越しに明るい浴室を見ていた彼の視界に窓が映った。その窓はあろうことか、しっかりと開け放たれている。

 いくら組織のトップが使っている区画と言えど、まったくひとが近寄らないわけでもない。タイルに四方を囲まれた浴室で耳に入る音は大きく響いて聞こえた。

「ぁ――ゃッ、ま、待って……ッ、は、ぁッ、窓……ッ、窓、が、開いて……ッ!」

てしてしと男の背を叩き、窓を閉めて欲しいと訴える。

「窓? 今更気にすることもなかろう……気になると言うなら声を抑えていればいいではないか」

「な、ん……ヒッ、ィ、あっ、ん、ンッ!」

けれど、面白そうな声音で返ってきた言葉に、背を叩く手はパタリと止まった。反対に与えられる快感の波は途切れない。返された言葉に一瞬でも緩んだ喉から嬌声が押し出される。抑え込もうとしても、その呑み込む吐息が甘さを帯びる。

 自身の下部から聞こえてくる音が、揶揄するような微かな笑声が、蝕んでいく。

「……ふッ、っ、ぁ、ひィッ、イッ――ぁア、ぐ、ッ」

「――っ、はッ」

身体が強張り熱が弾ける。溜め込んでいた熱の放出に悲鳴が上がりかけ――彼は咄嗟に目の前の僧帽筋に歯を立てた。

 男も男で目の前の首筋に歯を立てていた。

 きゅう、と半身を締め付ける胎内へ熱を注ぐ。先程自分で掻き出したものと同じ白濁を再度放つ。心地良い収縮に男の目が細められる。

 弾んでいた呼吸が整う頃、のっそりと男が身体を起こす。その際、肩の辺りに違和感を感じ、視線を向ければ眼下の者が自分の首から肩にかけての辺りを噛んでいたらしい。背に回されていた手は縋っていたものを離れ、顔の上半分を覆い隠している。トントン、と腕を指先で叩いても退く気配はない。

「……なにをしている」

「……ま、眩しくて、」

散々明るい室内にいて何を言うのかと、男は腕を引き剥がした。

「あ、」

その下から現れたのは熟れた果実の如く鮮やかに染まった目元、頬だった。やや訝しげな表情を浮かべた男の顔を映した双眸は、すぐにギュッと閉じられた。その反応は、日光に目が眩んだというよりも――。

 行為の最中は気にした風もなく向かい合っていたと言うのに。

 ひとつ静かに息を吐いて、仕方がないと言うように、男は緩く閉じられた唇にキスを落とした。

 

 ちゃぷんと温くなった湯が跳ねる。

 後片付けをするために訪れた浴室で後片付けが必要になることをしてしまった二人はようやく一息ついていた。

「間近で直接見るのはな……慣れていないのだ」

「俺以外でもか」

「まあ、そうだな。試したことはないが、多分ダメだな」

男の胸に彼が背を預けるかたちで浸かっている湯船の水嵩は縁ギリギリである。大の男二人が何をしているのかと思われかねないが――妙に画になっていた。

 より掠れてしまった声で、困ったように笑う彼の肩が揺れる。

「それにしても――肌はともかく、声をどうしたものか」

「……飴か蜂蜜くらいは用意してやろう」

「おや。それはありがたい」

「あとは……知られたくないのならば大人しくしていることだな」

目の前に噛みやすそうな部位があるせいか、時折眼前の首筋や肩に軽く歯を立てながら、男も肩を小さく揺らす。

「特に親友とやらは、うるさくなるんじゃないのか?」

親友。年の離れた親友の顔を思い出して、確かにいい顔はされないだろうな、と思う。いささか心配性なのだ。否――それだけの理由ではないのだが、彼はそれ以外の理由に気付いていない。無意識のうちに、気付かないようにしているだけかもしれなかった。

 楽しげに他人の心配を述べてみせる男に不快を示すことも無く、むしろ彼の方も楽しげに答える。

「そうだな。いつもと変わらない振る舞いをせねばな」

だから、と不遜にも彼は自分より上の者――男に対して、子供が親にするように更に物を強請った。

「だから、鎮痛剤を頂けないかな?首領殿」

「……良いだろう。風呂を出たら飴と蜂蜜と一緒にくれてやる」

従順であるのか無礼であるのか、他の部下とは異なった雰囲気を持つ男に、組織の首領は小さく笑って了承を示した。

 

 見た目だけは甲斐甲斐しく男に世話されながら浴室を後にする。

 痛みに呻きながらノロノロと移動するのが待てなかったのか、既視感を覚える姿でリビングまで運ばれる。違う点と言えば――シーツがバスタオルに変わったことか。

 ローテーブルを囲むソファのひとつに抱えていた身体を下ろして、男はまた別の部屋へ向かう。

 向かった先はキッチンだったらしい。戻って来たその手には瓶が二つほどあった。

「好きなだけ持っていけ」

雑多な種類の飴が詰まった瓶と、黄金色の液体に満たされた瓶が、ローテーブルに置かれる。

 瓶を卓上に置くと、男はまた別の部屋へ消えて行った。

 さすがに食器もなしに蜂蜜に手を出すことは憚られたので、飴が入っている方の瓶の蓋を開ける。仄かに甘い匂いが、ツンとしたにおいの中に融けている。統一感のない包装の玉をいくつか取り出してみると、やはり同じ製品であるものは少なくて、ひとからささやかに受け取ったものだと言うことが窺われた。大方、町の女性やら商店の人間にサービスや試供品なんかで渡されたのだろう。

 小さな飴玉をひとつ口に放り込んで、彼は好みに合いそうなものを瓶から出して並べていく。

 頂戴していく分とそれ以外を、更にそれから選り分けていると、再び男が帰って来た。腕に着替えと思われる衣服をかけ、手にも何やら持っているらしい。空いているソファの背凭れにバサリと腕の衣服をかけた。そしてまた別のソファに腰を下ろしながら、手中のものをテーブルの上に並べていく。

 コトリコトリと、卓上に小瓶や小袋、怪しげな小さいケースが増える。

 小瓶や小袋に入っている錠剤はともかくとして、ケースの方は――と開けてみると、そこには注射器が収まっていた。

「アスピリンとオピオイドだ。在庫に余裕があるのはこの辺りだな」

「……まさか注射器まであるとは」

「直接流し込んだ方が効くだろう?」

事も無げに吐かれた言葉に肩を竦め、広げられた薬品を眺める。錠剤か粉末かと、経口摂取を考えていた彼は、けれど直接投与する方法があるならそちらかと思う。日は昇りきっているが、これから片すべき仕事がある。早く動けるようになるに越したことはない。サラリと並んだケースを眺めて、その中のひとつに手を伸ばした。

 ソファの背凭れにポイと引っ掛けられていた衣服は彼のために出してきたらしい。昨夜の早い段階で布切れと化し、ベッドのメイキングと共に処分に回された服を思えばありがたいと言うか当然と言うか――兎角、受けて困ることはない。余った袖や裾を折りながら、ローテーブルに出したものを片付けていく男を眺める。

 

 床に転がっていたバイザーを回収し、身に着ければ平時とさして変わらない姿になる。

 部屋から一歩出た辺りで、ふたりは向かい合っていた。

「それでは――また後で」

つくりものめいた微笑を浮かべて彼は静かに言い、瀟洒に一礼をした。そしてそれに対する答えを待たず、去っていく。その姿を数秒の間見送った男は扉をパタリと閉めた。

 組織の敷地内――ひいては街の至るところには彼とその親友が独断で張り巡らせた道がある。首領とその副官は知っているだろう。自分たちに害が無いと認識しているから黙認しているのだと彼は踏んでいるが――概ねこの通りである。けれどその他はおそらく知らないし、気付いてもいないだろう。時折彼らがふらりと消えふらりと現れるのは、この道のおかげである。実際彼らの任務遂行にも大いに役立っていて、酔狂な暇潰しの成果というわけでもない。

 そんな、薄々知ってはいるが自分も把握しきっていない道を使って自室に戻るのだろうと、男は思う。人目に触れないためか、件の親友と鉢合わせないためか――理由はどうでもいい。ただ、先程まで自分に抱かれていたあの男が、どんな顔をして自室までの道を往くのだろうと考えると、いささか愉快に思えた。

 

 仲間として仕事にも共に赴いている愛鳥のサポートもあり、彼は誰にも会わず自室まで辿り着く。

 時間にはまだ少しだけ余裕がある。手早く着替え、いつものように肌を極力見せない姿に戻る。

 情報端末を確認すれば、親友からの連絡が一件入っていた。受信時刻は今朝方で、眠っていたと言えば今まで返信がなくとも納得してもらえるだろう。それに眠っていたというのも――あながち嘘ではない。

 親友へ返信を送り、落ち合うために合流場所へ向かう。その際は普通の道を往けばいい。

 ケロリと、それまでずっと自室に居ましたという顔で部屋を出る。

「あ、あれ? あんたずっと部屋にいたのか?」

そこで、今日も鮮やかな青を纏った青年と出会った。

「昨日の夜とか、朝も、ずっと静かだったけど」

「ああ、寝ていたからな。ずっと静かに」

「そっかぁー。じゃ、今日も頑張ってこーぜ」

世間話をするようにごく自然に吐かれた嘘を一寸も疑うことなく青年は笑う。訊けば青年もこれから仕事へ外に出るらしい。身を置く場に似合わない、屈託のない笑顔を浮かべて、朗らかに互いを鼓舞する言葉を吐く。それでも、実力は確かと言えるのだからこの組織は少数精鋭と言える。そうなった理由は、まぁ、あの首領だからなのだろうが――彼には関わりの無いことである。

 青年と別れ、組織の敷地を出た彼は親友との待ち合わせ場所に、予定時刻三分前に着いた。

 おもむろに見上げた空は青い。けれど少し遠い場所には灰色の雲が出てきていて、一雨来るかもしれないなと思った。

 

 果たして雨は降ってきた。

 幸いにも仕事は済んでいて、支障や問題にはならない。むしろ自分たちの痕跡を洗い流してくれる、天恵とも言えた。

 けれど二人が傘を持ってきているかと言えば答えは否である。

 降り注ぐ雨の中を走り抜け、人気の無くなった教会へ入り込む。信仰が途絶えて久しいらしいその教会は、屋根の部分が一部抜け落ち、空の色が顔を覗かせていた。

 天井に口を開けた穴から空を窺い、彼の親友は近いうちに降り止むだろうと予測を立てる。灰色の雲は流れ、染みるような青が見えている。

「――もうそろそろ止むだろ。そしたらここを出て、」

服に着いた水滴を払ったり、肌に張り付いて不快な袖を捲ったりをしながら親友は彼の方を振り返る。

 振り返って、水分に透けた布地から覗く赤を、その眼は捉えた。

 昨日の昼には無かったはずの赤を見て、言葉が途中で止まる。そして表情もまた消え、スッとその周囲の空気が鳴りを潜めた。

「ん? あぁ、そうだな。雨が止み次第ここを失礼しよう」

けれど少し離れた場所で同じように服を払っていた彼はそれに気付かない。いつものように、親友の声に振り返って、異存のない提案に同意を示す。

「ああ……そんで、ちょっと寄りたいとこあるんだけど、付き合ってもらってもいいか?」

その声に引き戻されたのか、彼が見慣れた親友の表情を浮かべ、帰り道で寄り道をしていいか伺う。もちろん彼がそれを断るはずもない。快く首を縦に振る。バイザーの奥には本当に嬉しそうに細められた目があるのだろう。

 何か、冷たいものが胸の奥で騒めくのを感じながら、彼は親友の姿を見詰めていた。

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