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タイトル:約30の嘘さまから

ハンターさん設定

年齢:21~25歳くらい。

外見:オールTYPE1のフツメン。

備考:年上や先輩、目上のひとには敬語。

防具:基本一式。

武器:剣士時々ガンナー。ランス系は苦手。

回収し切れなかったネタ

・「“師匠”の試練」にソワッてする兄弟弟子

・師匠と姉弟弟子と兄弟弟子

・ザボアのオトモ装備にン″ン″ッてなる若者組

・ランチトリオの緊急消毒措置にが虫飲みと茸食

・弟弟子くんの風編み蝶々とハンターさん

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 その日は珍しく何事もない一日だった。秘密結社が出るまでもない事件が幾つか起きていたようだが、つまり秘密結社の出番は無かったのである。で、あるから事務所に待機していた若者三人組は昼食を摂りに外へ繰り出した。

 今日も今日とて賑やかな通りを往く。どこへ食べに行こうか、なにを食べに行こうかと三人も街の喧騒に華を添える。どこかでまた一つ爆発音がした。人類異界人双方の悲鳴が入り混じったものが聞こえた。それもまたいつものことだと気にせず、角を曲がる。そして、その目の前を、金色の何か、鳥のようなものが通り過ぎて行った。その背には人間が乗っている――しがみついているように見えた。

 鳥のような生き物は全身が鱗に覆われているようだった。黄金色が鈍く光沢を放っている。突然現れた未知の生物に、また異界生物が暴れているのかと三人は思った。けれど、その生き物から発せられる気配は、異界のものよりも人界に近く感じられた。もちろん、近いと言うだけで実際には人界の生き物の気配とも異なっているのだが――。などと思考を巡らせながら三人は鳥モドキの様子を窺う。

 背中にしがみついている者を振り落とそうと黄金色の鳥モドキはその身体を大きく揺すり震わせる。長く鋭い尾が道路や建物を抉るが、当然当事者たちが気にすることはない。蜘蛛の子が散るように現場から人影が消えていく。そんな中で、目の前で、ばさりと黄金色の翼が開かれた。鋭い鉤爪を持つ足が地面を蹴った。羽搏きで巻き起こった風に小さな瓦礫や砂埃が飛んで来るのを三人の中で最年少のツェッドが風を操り退ける。鳥モドキの姿を追って顔を上げていた、ツェッドの先輩であるレオナルドは、鳥モドキにしがみついている白い人影が何かナイフのようなものを振り上げるところを見た。そうして、どこかそわそわとした様子だった、レオナルドの先輩でありツェッドの兄弟子であるザップの頬にビチャリと赤い雫が降って来る。あ?とザップはそれを拭う。嗅ぎ慣れた鉄のにおい。ザッシュザッシュと金属同士が擦れ合い肉が突かれているような音と共にビシャリベチャリと赤い雨が降って来た。

 鳥モドキが大きく翼を動かそうとする。けれどその時、グショリと一際深くナイフが肉に突き立てられる音がして、鳥モドキが地面に落ちた。同時にその背に乗っていた人影も地面へ放り出され、ズザザと舗装を薄く削りながら着地する。手には小振りなナイフが見えた。腰には毒蛇の上顎にも見える毒々しい赤色が引っ提げられ、それまで見えていなかった右腕にも同じ赤色をした盾がある。

「えええ……」

原住民の鉈、という語を彷彿とさせる腰元の赤に思わずツェッドが声を上げた。身に纏っているものが全体的に白いせいか、その赤はより鮮やかに見えた。手元のナイフを仕舞い、その赤を抜いて鳥モドキへ駆けていく後ろ姿を見、それから先輩や兄弟子の方へ視線を移すと、その二人は何故か状況に似合わない、期待と好奇心を隠しきれていない表情をしていた。

 地上に落とされ、立ち上がろうとしていた鳥モドキの尾を赤い牙が食む。そして鉤爪が地面を掴んだところでブツンと黄金色の尾が切り離された。バランスを失い、つんのめった鳥モドキは赤い牙を振るう人型を憤怒の宿る碧眼で睨む。よくよく見れば翼部や脚部も傷だらけで、頭部に至っては立派だったであろう角のような部分が圧し折られていた。人型が駆け出す。鳥モドキも相手を迎え撃とうと足を上げる。振り上げられる刃。

 黄金色の身体が音を立てて硬い道路に崩れ落ちる。その傍に立つ人型は軽く得物を振るってから納刀すると、また小振りなナイフを抜いてゴソゴソと黄金色の身体から何かを切り離し始める。先程とは違い、金属の擦れ合うような音と肉の切られる静かな音が聞こえた。三回、何かを切り取り、それを腰のポーチへ運ぶ仕草を繰り返すと、切り離された尾の方へ行って同じことをする。

「は、ハンティング・モンスター……!」

「なんですか、それ」

そんな人型の行動を見て、ついに感極まったように声を漏らすレオナルドとザップの言葉に、ツェッドは首を傾げるしかなかった。

 今日も今日とて書類仕事のために事務所に詰めている番頭役のスティーブンから連絡が来たのは丁度その時だった。上司からの着信に気付いたレオナルドは目の前の人型と黄金色から眼を逸らさずに応答する。

「はいレオナルドっす。ええ、知ってます。って言うか、目の前でしたね……。あぁでも、こっちはついさっきカタが付いて……いえ、ザップさんたちではなく……えぇと、なんかその、モンスターと一緒に現れた人が――……ワケ知りって言うか、たぶん関係者って言うか、そんなんだと思います、ハイ。え? あ、そうっすよね。はい、分かりました」

「スターフェイズさんですか?」

「はい。このモンスターについての連絡でした。そんで、どうやら他の場所にも別のモンスターが出現してるみたいで……そっちの対処と、関係者……あの人?から話を聞きたいから連れて来いと」

「連れて来いって……」

通話を終えたレオナルドが兄弟弟子に上司から預かった指示を伝える。三つの視線が黄金色の傍の人型へ向かう。視線の先には、先程まで自分よりも遥かに大きな生き物と命の遣り取りをしていたとは思えない挙動があった。それは何かを探しているような、誰かに見つけてもらおうとしているような――迷子を彷彿とさせる姿だった。しまいには両膝と両手を地面について項垂れている。どうすんのアレ……なにあれ……と声をかけあぐねる三人の背後で建物が崩れる音とガス管か何かが爆発する音がした。

 さすがと言うべきか、ただ痺れを切らしただけなのか、行動を起こしたのはその場で最年長であるザップだった。頭をガシガシと掻き崩れ落ちている白い装束の方へ歩いて行く。珍しく理性的に対話という行動選択をしたらしい。ツェッドが微かに目を丸くする。そうして白い姿同士が会話を始めて――40秒もせずにザップはそれを止めたようだった。鮮やかな赤が伸びて白装束を簀巻きにする。ズリズリと赤いミノムシを引き摺りながらザップは後輩と弟弟子の元に戻って来た。

「なにしてるんですか貴方は……」

「うっせー。しゃーねーだろ、なに言ってんのか分かんねぇんだから」

「それは貴方の言語レベルや知識量が著しく低いだけでは?」

「ンだとこの丘マーマン!」

曲がりなりにも未知のモンスターの討伐をしてくれた人物に何をしているのだと抗議してくる弟弟子を小突き始める先輩を一先ずは置いて、レオナルドは簀巻きにされモゴモゴ動いている人型の方へ回り込む。

「だ、大丈夫ですか!?」

「! !! ――!」

回り込んで、声をかけてみて、先輩の言ったことが言葉通りの事実だと理解したのだった。いつぞやの自分のように口までは塞がれていなかった相手の、ようやく見えた顔はごく普通の人類だったけれど、その口から発せられる言葉は自分たちの言葉とは異なっていた。その言葉はツェッドにも聞こえたらしく、ザップと言葉の主を何度か交互にまじまじと見た。それから兄弟子が嘘を吐いていないと認めたツェッドにザップは唇を尖らせる。

「だから言ったろ、なに言ってんのか分かんねぇって」

「これは――……確かに……すみません」

そんな遣り取りをする兄弟弟子の傍ら、件の人類の方もやはり言葉が通じないのだと知ると、見る見るうちに顔色を失くしていった。心なしかフードの影に見える双眸は潤み始めている。しかしまだ対処すべきモンスターは街中にいるわけで――その人類は三人に担がれていく。

 結局、別所のモンスター討伐は成功した。岩のようではあるがコロコロと愛らしくも思えるモンスターを討伐し、三人はやはり戦闘以外ではどこか抜けた印象を受ける人類に見える青年を連れて事務所への帰路についていた。陽はとうの昔に落ちていた。

 青年はモンスターと相対した途端、その双眸に冷静さを取り戻した。そして勇猛果敢に自分の何倍もある巨躯に切りかかっていった。それまで泣く直前の迷子のようだった姿はどこにもなかった。殺気には殺気を、攻撃には攻撃をもって得物を振るう青年は、自然の中で生きる狩人を思わせた。のだけれど――戦闘が終わればまたしょんぼりと肩を落としたのである。やはり周りを見回して、探している物が見つからないらしく青年は判りやすく肩を落とした。言葉が通じなくとも憐憫を誘うその様子にレオナルドは手を伸ばした。つまり、だから事務所への道を往く青年の手は、逸れないように、少しでも安心させられるようにとレオナルドに握られているのである。兄弟弟子――特に弟弟子の方も思うところがあるのだろう。小さくなった背中を見守るように、青年の斜め後ろを歩いている。身長的に明らかに歩幅の狭まったトボトボ歩きにも関わらず、レオナルドたちとその前を歩くザップの距離が離れることがないのは――言うまでもなかった。

手を繋いで歩いていた

 

「大丈夫ですよー。僕らがいますからねー」

「(見知らぬ土地……それも言葉が通じないなんて……この人も大変ですね)」

「(見たところ俺よりちょい下くらいかコイツ? いい歳してメソメソすんなよ!)」

「(ここどこ……気付いたらオトモいないし……この人たち誰……僕これからどうなるの……)」

+++

 話を纏めると――青年は少なくとも異界の者ではなく、しかしレオナルドたちと同じ人類でもないと言うことだった。青年ことハンター――急遽取り寄せた異界特産のコンニャクをもってしても青年の名前が聞き取れなかったための呼称である――は別世界の住人らしいのである。何を馬鹿なことを、と言い切れないのは此処がHLその場所であったからだった。加えて、雑務で部屋の外へ出て行ったはずのギルベルトが二足歩行をする猫を引き連れて帰って来たとなるといよいよスティーブンは頭を抱えた。また面倒臭い(ややこしい)ことが起きている。

 二息歩行の猫とハンターが抱き合って感動の再会を喜んでいた。察するに、ハンターが探していたのはこの猫たちらしい。ぎゅうぎゅうと抱き合う一人と二匹は実に微笑ましい。我らがリーダーのクラウスとレオナルドが良かった良かったと目頭を押さえている姿から視線を外しつつ、スティーブンはどういうことなのかとギルベルトへ眼を向ける。

「えぇと……、ギルベルトさん、その猫はどこから……?」

「それが――」

包帯に隠れがちな表情を困ったものにしながらギルベルトは、そうして普段は使われていない部屋の一つが見たこともない内装になっていたことを報告したのだった。スティーブンは両手で顔を覆った。世界の均衡を守る秘密結社のビルの一室に異常が起きるって。別世界になってるって。

 二人の会話が聞こえたらしい猫――オトモアイルー、と言うらしい――の耳がピクリと動く。もすもすとハンターに抱っこされたまま、キラキラと輝く猫目がスティーブンを捉える。口元にはコンニャクの欠片。もう一匹はハンターの手からコンニャクを食べている途中だった。

「セルレギオスに乗った旦那さんを追っかけようとしたけどエリア移動したら旦那さんのマイルームに戻ってたのニャ。でも外の気配がバルバレやドンドルマと全然違ってて――出入口のとこで様子を窺ってたらあの包帯の人が入って来たのニャ」

「喋っ……!?」

憶えの無い気配がいたしまして、とギルベルトが添えてくれる。しかしそうではなくて――どう見ても猫なアイルーの口から発せられた流暢な人語に思わずレオナルドは仰け反った。ニャアニャア言っていたのは聞こえていたし、ハンターがそれに相槌を打っているのも聞こえていたが、本当に会話していたとは。そんなレオナルドの反応に、もう一匹のオトモにコンニャクを食べさせ終えたハンターがコテリと首を傾げた。フードの影に入っていない口元が緩やかな弧になっている。

「個体差はありますが、練習を重ねた獣人は人語を操りますよ。ここでは違うんですか?」

「……少なくとも喋る猫に出会ったことはありませんね」

「そうなんですか!」

コンニャクを食べ終え、ハンターの膝から降りたオトモに足元でスンスン鼻を鳴らされて少し緊張しているように見えるツェッドの言葉にハンターは驚いたようだった。こちらとしても驚きである。ちなみにザップは事務所に戻って数分と経たず鳴ったケータイを見て血相を変えて出て行ったきりである。

「あ、そうだニャ。こほん。名乗り遅れまして申し訳ないニャ。ボクは筆頭オトモにして旦那さんの一番のオトモだニャ。よろしくお願いしますニャ」

「え……あ、ああ、よろしく……?」

「よろしくお願いいたします、筆頭オトモ様」

ツェッドとハンターが互いに驚いている傍では、先にコンニャクを食べ終えていたアイルーが遅れながら名乗りを上げた。ハンターの膝の上に立ち、ペコリとお辞儀まで添えられる。まさか猫に丁寧に名乗られるとは思っていなかったスティーブンの語末には疑問符が浮かんだ。普通に対応してみせたギルベルトを二度見する。その後に続いたレオナルドたちが少し羨ましくなった。

 ともかく。

「つまり、その――使われていなかった部屋はハンターの部屋になってしまっているんだな?」

「間違いないニャ。アイテムボックスもオトモたちも、プーギーも居たから旦那さんのマイルームに間違いないニャ」

「今のところ何かしらの門や道が開いているという報告もないし……ハァ……仕方ないが、元の世界に戻るまでここで活動してもらうことになるが――良いかい?」

それはハンターと、建物の所有者にして組織のリーダーであるクラウスに向けられた問いだった。しゃがんで、足元のオトモと交流を試み始めたツェッドを微笑まし気に見ていたクラウスの目がぱちくりとスティーブンを捉える。そして、躊躇だとかの感情を微塵も見せず、力強く頷いた。

「うむ。レオナルド君たちの報告とこれまでの様子からして、彼は実力も信頼も十分に足る人物だと思う。私としては何の異存もない」

「僕は――他に行く場所もないので、置いていただけるなら幸いです。もちろん、僕にできることなら協力は惜しみません」

真摯に誠実な言葉だった。ハンターが筆頭オトモを膝の上からそっと下ろして立ち上がる。その足はクラウスの執務机へ向かった。ハンターが歩く度、カチャリカチャリと金属の擦れる音がした。そしてハンターを迎えるようにクラウスが立ち上がり、二人は机を挟んで向かい合う。

「そうか。では、よろしく頼む、ハンター君。君を歓迎しよう」

「こちらこそ、よろしくお願いします。お世話になります、皆さん」

正面から向かい合った二人はしっかりと握手を交わす。その後ハンターはクルリと振り返り、頭を下げた。

 一応、念のため、確認のため、と言うことで一行は件のハンターの部屋を把握しようと現場まで移動していた。普段はギルベルト以外あまり使わない廊下に、その扉はあった。扉と言うか――同じ素材で出来ているはずの扉の一つが、カーテンのようになっていた。わかりやすい。

「うわあ……なんか、エスニックな感じですね……!」

「物がたくさんありますね……って、この子たちもオトモ、なんですか?」

「はい。この子たちもオトモアイルーです」

そして扉代わりになっている布を開いて中へ入ると、大きな箱と寝台が置かれあちらこちらに物が散らばっている、明らかにビルの一室ではない内装がお目見えした。天井にはハンモックのように布が張られていて、そこから4、5匹のアイルーが一行を窺うように顔を覗かせている。彼らもまたオトモなのだとツェッドに答えるハンターは帰宅の挨拶をしながら一匹へ手を伸ばして抱っこする。そうしてそのアイルーをツェッドへどうぞと差し出した。触りたいと思われたらしい。思わず受け取ってしまったツェッドの触角が僅かに下がる。

「それで――これがアイテムボックス?ってやつか…………ん?こっちの箱はなんだい? って、ぅわあ!?」

あまり見かけない品々が雑多に散乱している部屋に目を輝かせるレオナルドやクラウスの代わりに室内を見回したスティーブンが声を上げた。その足元には小さなブタがふこふこと歩いていた。直感でそのブタが筆頭オトモの言っていたプーギーだと理解する。

「はい。それがアイテムボックスです。えぇと、中にいろいろ入ってるので、見るのはともかく、あんまり触らない方が良いと思います。そっちの箱には武具なんかの装備が入ってるので、特に武器に注意してください。うっかり触って怪我をするといけないので」

「あ、ほんとだ。なんか色んなオーラが入り混じって見えます。綺麗なのから禍々しいのまで……一体何が入ってんですか?」

「普通ですよ。調合書とか虫とかキノコとか鱗や爪や甲殻とか、そういう素材で作った武器や防具です」

よっこいせ、と抱き上げたプーギーをクラウスへ手渡してみるハンターは事も無げだった。もちもちとしたプーギーを抱っこするクラウスの周囲には花が飛び始める。

「なんか……ほんとに狩人(ハンター)なんですね……」

「そうですよー? まだまだ駆け出しですけど、ハンターやらせてもらってますよ」

何故かしみじみと呟くレオナルドだった。ギルベルトも何故かうんうんと頷いていた。その理由――ハンターの生業、世界と酷似した世界観のゲームがあることと彼らがそのプレイヤーであること――にツェッドたちが気付くのはもう少し経ってからのことである。その傍らでポーチから黄金色の鱗や岩にも似た甲殻が取り出され、ボックスの中に入れられていく。透き通った緑色の液体が入った瓶や怪しげな丸薬、包みなどが次々とポーチからボックスへ仕舞われていく。あまり大きなポーチではないと思うのだが――どうなっている、とスティーブンは内心ツッコんだ。

 何をか隠している様子もないハンターと、猫も住まう雑多な室内に危険は無いだろうと部屋を後にする。なんかもう色々と疲れた。けれどレオナルドは妙に楽しそうだし、ツェッドが実質はじめての後輩に胸を躍らせていることは想像に難くない。クラウスは新たな仲間と愛らしい動物たちに嬉しそうである。自分だけなんか――と思いつつ、服に移っていたハンターの部屋の、異国異世界の匂いがふわりとして、つい口元が緩んでしまった。

包まれた僕ら

「事務所の雑用とか、簡単なお仕事ならアイルーたちに協力を仰いでみましょうか?」

「えっ、そんな……できるのかい? だって、その……言っても猫だろう?」

「心配無用ニャ! ボクらは料理屋はもちろん雑貨店や武具店だって切り盛りできるのニャ!」

「そうなのか、アイルーとは実に高い能力を持った知的な種族なのだな。うむ。どうだろうスティーブン、手伝ってもらっては」

「アイルーさまたちに任せらせそうなお仕事のリストでございます」

「(逃げ道が……! い、いや、しかしこれは、いわゆるアニマルセラピー……? というか、リアル猫の手を借りる……!?)」

+++

 レオナルドがバイトに精を出している頃、斗流血法の兄弟弟子とハンターは適当なダイナーで昼食を摂っていた。いつぞやのようなHL特有の飲食店巡りは、逆に興味津々と言った様子で新入りが寄り道をしまくってくれたおかげで決行前に頓挫した。決行する予定はそもそも無かったのだが。得体のしれない店へ和気藹々と入ろうとする弟弟子とハンターにザップは不在のツッコミ役へ胸の内で恨み言を吐いた。

 そうしてごく普通のダイナーへ腰を落ち着けたわけである。もきゅもきゅとハンバーガーなどを食べ進めていく。ユニクロ一式だとか言う――ユニクロってあのユニクロと同じユニクロなのか?と見せられた時にその場にいた誰もが思った――どう見てもただの服な防具を纏ったハンターは、やはりただの人類の青年だった。その背に背負われた古風な火縄銃以外は。曰く、防具は外せても武器は外せないのだとか。子供の様にジャンクフードを食べる弟弟子と新入りを眺めながらザップは葉巻の灰を落とす。窓の外では雨が降り始めていた。 

 「――で、お前ェが住んでんのはどんな世界(とこ)なんだよ」

ハンターがHLに迷い込んでから数日が経っていた。ライブラ預かりが決定する際の話を、修羅場を収めに事務所を出ていたザップは聞いていなかった。それからも事件だ事故だ阻止活動だと多忙だったが故、聞きそびれていたのである。異世界のことを聞く良い機会だと切り出したのだ。

「僕からもお願いします。良ければ僕も、もう少し詳しく聞きたいと思っていました」

ツェッドも話に乗ってくる。知らない世界のことはもちろん、特に武具や狩人(ハンター)業のことが気になるのだろう。異界のものではないけれど、どんな秘境でも見ることが無かったモンスターたち。それを斃し、勝ち取ったそれらの一部でまた更にモンスターを狩る、血法使いでもなんでもない人間。未知の世界。そこから、強くなりたいと、その足掛かりが無いものかと、より力を求める姿勢の兄弟弟子は、確かに創始者がひたすらに研鑽を重ねる斗流の正当後継者だった。

「そうですねぇ……何から話しましょう? やはり武器のことでしょうか?」

指先に付いた、付け合わせのポテトの塩を舐めながら、やはりハンターはおっとりと首を傾げる。その姿は、狩人(ハンター)と言うにはいささか穏やか過ぎた。

 「――だから僕、弟弟子さんが槍(ランス)を使うって聞いた時、すごく驚いたんですよ。僕、ランスは苦手なので」

「そうですね。そちらの槍(ランス)は、どちらかと言えば西洋の馬上槍に近いものが多いようでしたし、取り回し的には操虫棍?の方が近いと思います」

「操虫棍ってあの虫付いてるヤツだろ? 魚が虫使うって、ププーッ!かなりウケる絵面になっちまうなァそりゃあ!」

「それと、狙撃手さんが使ってるスナイパーライフル?の射程距離、すごいですよね。あんなに遠くから弾が届くなんて!」

「あ? あー、そりゃオメー文明のタマモノだろーな。けどまぁ、こっちの銃はそっちの飛び道具みたく選り取り見取りな弾は飛ばせねぇかんなぁ、」

「しかしチャージアックスやスラッシュアックスの変形機構は素晴らしいですよね。あんなギミックウェポン、こちらでも見たことありませんよ」

あれやこれやと武器談義に花を咲かせる三人の姿はどこにでもいる男子学生のようだった。ハンターが元居た世界で扱われている14種類の武器と、様々なモンスターの素材から作られる様々な防具について簡単な紹介をする。兄弟弟子が血法や現代兵器、現代文明について、ハンターが訊いてきた事物も含めて紹介や説明をする。怪我の手当てや対処はもちろん、食事の意義もそれぞれで違っていて、互いに驚くことばかりである。何が混じっているかわからないHLの雨を口実に、休憩時間を延長させながら三人は話を続ける。HLに来るまでの修行の日々や来てからの毎日、キャラバンの団員たちとの出会いの話は尽きることがない。

「地図に乗らない街、漂着しなければ辿り着けない村……本当に世界は広いですね」

「本当に。僕もユクモ村やモガ村はまだ聞いたことしかありませんし……あぁ、でも僕、弟弟子さんみたいな村を知っていますよ」

シナトベでしたっけ、とツェッドが操る風の名前――極東の風神の名前を呟き、ハンターは目を細める。その、村のことを思い返しているようだった。

「高い山の上にある村で、いつも風が吹いているんです。火を永らえさせ、水を流し、緑を育て、岩を削り、季節を運んで、巡り巡って戻って来る風と共にある。そんな村なんです。時に穏やかに、時に苛烈に吹く風と共に生きる村なんです。君の風と似た名前を持つ風鳴りの村、シナト村は」

いいとこでしたよー、と破顔するハンターは更に続ける。弟弟子はもちろん、兄弟子までむず痒そうな顔をしていた。

「あ、あと、もしお二人がこっちに来ることがあっても、きっといい狩人(ハンター)になれますよ。二人で一つのような、とても綺麗な戦い方ができるお二人なら」

やわらかく笑っているハンターの言葉を、兄弟弟子は褒められて嬉しいけれど、それを表現しあぐねているような――そんな顔をして聞いていた。

 微塵も隠すことなく、昼時の遣り取りを不在だったレオナルドに開示したハンターは案の定毒気のない笑みを浮かべていた。兄弟子さんはナグリ村ですかねー、なんて呑気に続ける新入りにレオナルドは事務所の妙な静けさの原因を察したのだった。互いが認めている互いの戦いを、改めて――それも第三者から面と向かって――互いにお似合いだと言われたのだ。ザップもツェッドも自身が認めている相手を褒められ、嬉しいやら素直に認めたくないやらで落ち着かないのだろう。書類で顔の隠れているスティーブンの肩が揺れているのは気のせいではない。お手伝いをしているアイルーが時々不思議そうに首を傾げていく。少なくともSS先輩はテキトーに開き直ってくれればいいのにめんどくさい、とレオナルドは思った。何も知らず、単に兄弟弟子のコンビネーションを讃えただけの新入りは――まあ、彼らの不器用さ加減を知らないのだから、仕方ない。

 小さく溜め息を吐いてレオナルドは遠い目を窓の外へ向ける。雨上がりの道路にはチラホラと通行人の姿が戻って来ていた。霧が晴れることのない街だけれど、雨後に射す陽光は綺麗だなぁ、と表情を和らげる。

 今日はこのまま何事もなく――と思ってしまったせいだろうか。街の一角でビルが崩れていくのが見えた。同時に、微かに何か咆哮のようなものが聞こえたような気がした。

 現場は既に混沌と化していた。通りを暴れまわる四足歩行のドラゴンと、狂騒は祭りだと湧き出た新興マフィアたち。新参者らしく、ドーピングでしっかりハイになったマフィアたちはドラゴンに撥ね飛ばされても噛み砕かれても停まる様子が無い。スティーブンがハンターへ問いの視線を向けた。

「ティガレックス、ですね。轟竜の名前の通り咆哮が凄まじいので、真正面から聞かない方が良いです。見た通り肉食で――よく動き回るのでスタミナ切れもそこそこの頻度で起こすのですが、」

「この現状は食べ放題ってわけか」

しかも薬物が染み込んでいる肉。スタミナ切れでの弱体化は考慮しなくて良いだろう。ちょこざいな。殴りかかって来るマフィアたちを伸しながら、黄と青のドラゴン――ティガレックスが飛ばしてくる瓦礫や礫を躱す。大小の影が入れ替わり立ち代わり入り乱れる戦場は、常よりも複雑な立ち回りが求められた。しかし戦闘員たちはそれを微塵も感じさせない体捌きを見せる。

 仲間が次々倒れていっているにも関わらず、未だ退く気配の無いマフィアたちの傍で、斗流の二人が息の合った太刀と突きをティガレックスに浴びせた。ガギィッと金属の擦れ合うような音がする。硬い鱗と甲殻。致命傷にはまだ届かない。それを察すると兄弟弟子は素早く飛びのき、振り剥かれた鋭い牙の並ぶ顎と長く強靭な尾を避けた。そして、轟竜が居住まいを正すように動く姿を、見た。

 やべぇ、とザップは――ゲームでのモンスター討伐の――経験上、否、それ以上に、本能的に避けられない危険が訪れると察する。弟弟子を窺えば、当然こちらも様子の変化を察していた。もっと距離を取るべきだとは解っていた。けれど既に轟竜は両前足を支えに後ろ足で立ち上がってしまっている。ヒュ、と牙の生えた大口へ吸い込まれる空気。自分と弟弟子を呼ぶ後輩の声が聞こえた。

「――おうコラ魚類!テメェ兄弟子様の耳ィ守れ! んで俺の背中から出るんじゃねぇぞ!」

「は? あ、まったく、貴方はどうしてそう――、」

刹那の遣り取り。けれどそれで十分だった。轟竜と隔てるように刃身の四、紅蓮骨喰が地面へ突き立てられる。髪越しに、ひんやりとした手の平がザップの耳を覆う。ツェッドの足元に突き立てられた突龍槍には持ち主の足が掛けられていた。

 咆哮。

 ビリビリと空気を震わせる咆哮は衝撃波を伴い、周囲の瓦礫やマフィアをも吹き飛ばした。街灯が揺れ、窓枠に残っていた硝子片が壁に突き刺さる。カン、コン、ガン、と盾に吹き飛ばされてきた物が当たる音と衝撃を感じる。チラと周りを見れば、スティーブンとクラウスはそれぞれ氷と血の盾、レオナルドはハンターの背と白い盾に守られていた。身を守る盾が無かった者たちは――お察しだろう。

 各々の盾を解いた戦闘員たちは、そうして、血を赤く滾らせて周囲を睥睨するティガレックスの姿を見る。

 一種の攻撃と化した咆哮をやり過ごした斗流の兄弟弟子が標的と一旦距離を取って退がった。他の戦闘員と合流する。けれど、落ち着いて言葉を交わす時間を、轟竜は与えなかった。

 欠けてなお鋭い爪が地面を掴む。隆起する筋肉。再度駆け出すティガレックスの、その速度は咆哮前よりも格段に上がっていた。盾を仕舞っていた戦闘員たちはティガレックスに道を開けて巨躯に轢かれまいとする。クラウスが、自分たちとは違い得物持ちのハンターからレオナルドを引き受けていた。しかし突進を避けようとするどころか、再度盾を構え始めるハンターに目を丸くする。

「ハンター君!」

「ティガレックスから余裕を持って距離を取ってください! 通り過ぎたと思っても注意して!」

クラウスの呼びかけにハンターが叫ぶ。その直後、白い盾とティガレックスがぶつかりハンターが後方へ蹈鞴を踏む。当たり屋のように通り過ぎていく山吹色の背中。どこへ行く、追うべきか、と足が動きかける。実際ザップとツェッドはすぐにその後を追って駆け出していた。

 が、すぐに二人が帰ってくる姿は見えた。うぐおおおおおドリフトやべぇぇぇ、と必死の形相で駆け戻って来ていた。言わずもがな、背後には山吹色。新興マフィア他、色々なものを跳ね飛ばし撒き散らしながら爆走していて――。

 いつかの暴走トラックが脳裏を過ぎる。偏執王の恋路を具現化したような乗り物。アレよりも、生き物であるコレは、停め易いはず。

 スティーブンとクラウスの視線が合う。上司たちの眼の動きに兄弟弟子も何かを察する。ティガレックスの体表にぶつかっている、電気を帯びた弾丸の射出主も、スコープ越しに下界の変化を読み取っているだろう。

 クラウスの腕が振るわれ、地面から赤く渦巻く十字架が生え立つ。

「ブレングリード流血闘術39式――血楔防壁陣」

それは硬く、堅く轟竜の勢いを削ぎ殺す。

「エスメラルダ式血凍道――絶対零度の剣」

タン、と軽やかな足音。十字架の木々に阻まれてなお、眼前周囲の肉を食い散らかそうと身を捩っていた竜の身体に氷剣が突き立った。

「――ッ!」

絶対零度の氷柱に穿たれてもギラギラと輝く眼は絶対強者に相応しい。肉を裂く冷たさに吼えた竜の頭が人間たちを睨む位置に戻る。

 ほぼ同時に、白い盾と剣が組み合わさった斧が背負い投げられ勢いよく地面へ叩き付けられた。刃から迸るエネルギーが地面から噴き出て爆音を響かせる。榴弾よろしく爆裂する薄金のエネルギーは、周囲の物体物質はもちろん、氷の剣をも砕いて照らした。

「斗流血法カグツチ――七獄」

「斗流血法シナトベ――天羽鞴」

兄弟弟子は爆音に揺れた地面が鎮まるより早く踵を返し、それまで自分たちを追っていた竜へ高らかに叫ぶ。ふと、窺うような――否、楽しげなスティーブンの眼が見えた。挑戦的な視線を返して、ザップは弟弟子を叱咤する。グイ、と上げられた口角は、実に楽しげだった。

 まだまだ温度上げられンだろ、氷の一つも溶かせねぇなら師匠(ジジイ)に殺されるぞ。言われなくともやってみせますよ、僕たちは斗流なんですから。そうだぜ俺たちゃ斗流だ、絶対零度だって溶かせねぇこたァねぇ。

 砕けた氷を風刃が刻み、更に小さくする。風に煽られ轟々と鳴る炎は、そうして解かれない限り融けることのなかった氷を融かしたのだ。

「954血弾格闘技――STRAFINGVOLT 2000」

インカムから声が聞こえると同時に眩い光がティガレックスを包む。濡れた体表を這う電撃に、堪らず轟竜は仰け反り叫ぶ。肉の焼ける臭いが微かに鼻腔を撫でて行った。

 どう、と音を立ててティガレックスが倒れる。所々が黒く焦げた四肢に動く気配は無くなっていた。誰からともなく、詰まっていた呼気が吐き出される。そして周囲の惨状を見て――特にスティーブンが――頭を掻いた。

 新興マフィアは挽き肉もしくはソボロになっていて壊滅。ただし周囲の建物や道路も壊滅。崩れて凍って焦げて溶けて、所により未だ炎上中。事件発生時に逃げ遅れた者以外の負傷者がいないことはレオナルドの眼で確認済みだが、それだけが幸いと言えるだろう。ハンターの剥ぎ取り作業もいつの間にか済んでいるようで、スティーブンは手を鳴らして人員を集める。今後の予定を伝えて速やかに解散させるのである。

 瓦礫の向こう側から、公的機関のサイレンが近付いて来ていた。

 

フォークが刺す雨音

 

「キノコや葉っぱで出来たモン呑んで白い粉とか薬キメるって、やってること俺と同じじゃね?」

「そういえば僕や異界人を見たとき、あまり驚いていませんでしたね」

「最初はそういう防具かメイクなのかな、と……素顔だと知ったときは驚きましたよ。でも狩場で重要なのは生き残る能力ですから。容姿なんて大した問題じゃありませんよ。なので今度ドスランポスの頭とボーン装備で外出してみようかと思っています」

「……いやいやいやワケ分かんないですからその流れ。どうしてそうなるんですか。やめてくださいよ。やめてくださいよ!?」

「あー、HLPDのお世話になるようなことはしないでくれると嬉しいかな、とても」

 

+++

 「なにをしているのかな、少年と新入りくんは」

「――う、っわあ!?」

「チェインさん!」

なんて声をかけながら、ふわりとレオナルドの頭上に姿を現せば、新入りくんは実に良い反応をしてくれた。

 ペンが紙上を走る音とキーボードが叩かれる音。その合間にマグカップやティーカップから中身の減る音が紛れる昼下がり。レオナルドとハンターはソファに並んで腰かけ、ローテーブルに書類やノートを広げていた。時々紙面を指差し、顔を見合わせてクスクス肩を震わせている二人に、不可視の人狼は興味を覚えたのだった。だって二人はスティーブンに書類の作成を言い渡されているはずだし――なにより、広げられたノートに見える、色付きの挿絵が気になった。

 「これまでに戦った種類も含めて、モンスターのことをまとめてたんですよ。特徴とか弱点とか」

これがセルレギオス、こっちがティガレックスです、とレオナルドが書類を見せてくれる。人名などの固有名は伝達や表現ができなくとも、種類名や種族名は遣り取りできるのは幸いだった。大体の大きさや身体の構造などが記された書類は、まとめれば図鑑にもなりそうである。有効属性と言うのは、間違いなくハンターの進言で加えられた項目だろう。ふむふむと目を通していくチェインにレオナルドの頬が緩む。

「面白いっすよね。鳥に似てるかと思えばトカゲっぽくもあって、恐竜みたいだなって思ったらウサギみたいなヤツもいるみたいで……僕らの見知った動物たちと、似てても全然違うって言うのが異界生物より新鮮で」

「なるほどねー。男の子は好きそうだよね、こういうの」

先日の任務帰り、通りかかった公園で、エレメンタリースクールくらいの男児たちがドラゴンの描かれたカードを持ち寄っていた風景を思い出す。ただの写真、スケッチである分、あの時のカードよりも地味だと言えば地味だけれど、厳つく凛々しいモンスターの姿は、確かにカッコイイ。あ、でも――このウルクススとか、リオレイア亜種?とかは可愛いかも、とチェインは思った。レオナルドが指したのはバサルモスと言う幼竜。確かに他の数値と比べて値は小さいけれど、人間からすれば洒落にならないものである。コロコロしていて可愛かったらしいが、どう見てもゴツい岩だ。真実はどうなのか。チェインは内心訝しむ。

 「そういえば人狼さんはオオナズチに似てるかもしれませんね」

パラパラとモンスターたちを眺めていると、ふとハンターが宝物を発見したように顔を上げた。同時に、スイとその胸の前へ上げられる書類。ピンク色のような薄紫色のような、カメレオンとトカゲを足して2で割ったような生き物のスケッチが載っていた。

 チェインが渋い顔をする。ザップを目の前にした時によく浮かべる表情に近かった。ハンターはワタワタと慌てた。

「えっ。あ、あの、人狼さんほどの能力じゃありませんけど、オオナズチも姿を消すことができて、えっと、自前の視力と狩人の実力で培った千里眼を持つ筆頭ガンナーさんでも捉えるのが難しくて――その、ほんとにすごいんですよ」

チェインとて、ハンターが嫌がらせでカメレオンもどきに似ていると発したわけでないことは承知している。ただ、少し反射的に表情が歪んでしまっただけで。ふう、と一つ息を吐いて、相手を落ち着かせるように表情を和らげる。

「……君、女の子と付き合ったことないでしょ」

「えっ? はあ……まあ、そうですね……?」

ハンターがキョトンとする。けれどその後、首をひねりながらぼやかれた言葉に思わずレオナルドはツッコんだ。どう見てもムッキムキでカッチカチなブラキディオスと似ていてお似合いだと言われ頬を染める受付嬢ってどんな人なんだよ。チェインとハンターの遣り取りにほのぼのとしていた空気が吹き飛んでいった気分だった。

 「……ん?あれ?筆頭ガンナーって、筆頭オトモもそうですけど、なんか他のガンナーやオトモと何か違うんですか? やっぱり言葉通り、筆頭?」

人間には興味の無いらしい受付嬢の衝撃でうっかり流しかけたけれど、レオナルドは気になった単語を手繰り寄せることに成功した。筆頭、と言う言葉である。オトモアイルーが紹介された時は、他のオトモとリーダー格のオトモを区別するためのものだと思ったけれど、狩人にも使われている。

「そうですね。言葉通り、筆頭ですよ。狩人やオトモでトップクラスの実力と実績のある、すごい人たちです」

「えっ、それじゃあ筆頭オトモ……さんって、もしかして凄くスゴいオトモアイルー……?」

「狩猟歴で言えば先輩になりますね。オトモアイルーの間でも有名みたいですよ」

「人……じゃないけど猫も見かけによらないものだね」

チェインが感心したようにソファの隅で丸くなっている筆頭オトモを見る。すぴすぴと鼻を鳴らしている姿はごく普通の猫に等しい。

 そして筆頭ハンターの話題になると、ハンターは少し困ったような表情を浮かべた。自分がHLに来たのは突然で、つまり所属しているキャラバンを突然留守にしてしまったと言うことで――帰った時に筆頭リーダーに怒られそうだと頬を掻いたのだ。ずもも、とハンターが薄く影を背負う。

「……じゃあその、筆頭ハンターたちはたくさん強いモンスターを狩ってるわけだ? って言うか、狩ったモンスターってどうなってるの?」

「あー、そういえば。ハンターさんが剥ぎ取りした後、ちょっとすると消えてるんですよね」

怒られるのが相当嫌なのか、机に突っ伏してゴロゴロと頭を転がしていたハンターの動きがピタリと止まる。ゴロン、ゴロン、とレオナルドとチェインを机上から見上げて、モッソリと上体を起こした。

「こちらで討伐したモンスターは元の世界に転送?されてるみたいです。報酬がアイテムボックスに追加されているので。皆さんの分は――こちらと共通して存在している物以外は基本的に外へ出せないみたいなので、お金に換金して番頭さんに渡していますよ?」

その双眸はキョトンと見開かれていた。二つの視線が黙々と書類を捌き続けているスティーブンへ向けられる。返って来たのは、ニッコリとした笑顔。

「ちゃんと渡しているだろ? モンスター討伐の成功報酬分、お前たちへの支給金は増えているはずだが」

そうしてレオナルドたちは振り込まれている金額がいつもより多い理由と、最近支給日でもないのに度々入金されている理由を知ったのだった。

「ゼニー、だったか? 向こうの通貨は金の硬貨みたいでな。溶解(とか)して金塊にすればこっちでも使えるってわけだ」

「えっ、じゃあここ最近の支給金額といつもの支給金額の差額とかこの前入金されてたの……って、うわ、結構あるじゃないですか」

「お。少年はその金額を高いと見るか」

スマートフォンを操作して、改めて確認した数字に軽く肩を跳ねさせたレオナルドに、スティーブンが悪戯っぽく笑う。レオナルドのスマートフォンを覗き込んでいたチェインもスティーブンの方を見る。

「その金額は討伐されたモンスターの命の額で、君たちが張った命に与えられた額なんだよ?」

「それを言ったら皆さんが受け取っている支給金だって、皆さんが世界の均衡を守った対価じゃないですか。もっと貰っても良いのでは?」

命の値段――と聞いて、神妙な面持ちになった傍からスティーブンとハンターがハハハと笑い合う。その二人の間にシリアスな空気は無い。我らが番頭であるスティーブンは、たぶん、ちょっとした悪戯心で、息抜きも兼ねて言ったのだろう。ハンターの方は真面目に素で返したに違いない。張りかけた緊張の糸が撓んでいく。あー、と発せられた声に続く言葉は無かった。

 時計の針は午後3時5分前を指す。

「皆様、おやつの用意が整いました」

また少し作業を進めていた構成員たちに、ギルベルトがにっこりと笑いながら声をかけた。執事と共に現れたサービスワゴンに目が輝く。

「本日はハンター様から蜂蜜を使ったものを、とのリクエストを頂きましたので、ハチミツがけパンケーキでございます」

カチャ、と最低限の音だけでソーサーとティーカップ、パンケーキが並べられていく。粉砂糖のかけられたパンケーキは厚みのあるタイプで、乗せられたホイップクリームの上からとろりと黄金色の蜂蜜が垂らされている。紅茶はダージリン。スタンダードな紅茶と茶菓子。この老執事にしては素朴なメニューだとスティーブンたちは思う。けれどまあ、偶には良いだろうとふわふわのパンケーキを切り分けて口へ運んだ。運んで、表情を緩ませた。

「――おいしい!」

生地とホイップクリームと蜂蜜が口の中で優しい甘さを織る。一気に綻んだチェインたちの表情を見てハンターもパンケーキを頬張った。どこか得意気な表情の理由がハチミツにあることをレオナルドたちが知るのは、おやつを食べ終えてからのことである。

 

溢れる花のように

 

「あのハチミツ、ハンターさんのだったんですか!」

「ぜひ皆様に食べていただきたかったそうで。なるべくシンプルなものにしてみました」

「異世界のハチミツも悪くないわね……」

「クラーウス、そんなにソワソワするものじゃない。また作ってもらえば良いだろう?」

+++

 すっぱりと切り離されていたはずの腕が元通りになって病室から出てきた名も知らない仲間の姿をハンターの眼は追っていた。

 広範囲での戦闘を終えたライブラ構成員たちで病院はごった返していた。バタバタと走り回ったり次々に指示を飛ばしていく白衣の裾が忙しない。その邪魔にならないよう、ハンターたちは壁際で大人しくしている。けれどその間、ハンターの首と視線はあっちを見たりこっちを見たりと10秒も停まっていることがない。場数と修羅場の経験の差か、比較的軽傷で処置も既に済んでいるスティーブン、クラウス、レオナルドは苦笑してその様子を見ていた。今回も最前線で盛大に暴れ回ったザップとツェッドを待っている間の時間である。

「病院がそんなに珍しいですか?」

初めて動物園を訪れた子供のようなハンターにレオナルドが訊く。

「はい! あっ、すみません、不謹慎ですよね、こんな」

「そこまで気にしてくれなくて良いよ。HL(ここ)じゃよくあることだからね。ところで君は手当してもらわなくて良いのかい?」

「すみません……ありがとうございます。僕は大丈夫ですよ。こちらの処置を施してもらうより、いつも通りにしていた方が、治りが早いみたいなので」

モンスターの出現はなかったけれど、貴重な戦力として今回の作戦行動に参加していたハンターもまた軽度の負傷で済んでいた。細かな擦り傷や切り傷と、飛来した瓦礫に抉られた腕と足に包帯が巻かれている程度である。しかし塗り薬や抗生物質の類は処方されていなかった。傷口を流水で洗い、ガーゼを当て、包帯を巻いて貰って、それでハンター自身が処置完了としたのだ。

「特に、縫合なんかで糸を使ってもらうと、身体が糸を異物と認識してしまうみたいで……以前傷口が化膿しちゃったんです」

「それじゃあ帰ったら向こうの糸で縫合するんですか? その、自分で。ランボーみたいに」

「ランボー……? いえ、このままですよ。固定しておけばそのうち傷は塞がりますし、骨肉も繋がりますから」

「…………えっ。あの、もしかしていつもソレなんですか……? 自然治癒……?」

「えっ。はい。回復薬飲んだり薬草食べたりして後は自然に」

回復薬――と言うと現場でハンターが呷っているアレか、と緑色の液体が揺れる瓶を思い出す。つまりあれは怪我の痛みを緩和させ、細胞を活性化させるなどして治癒を促す物だと考えられる。そして察するに、ハンターの世界に医者と呼ばれる職業は存在していないのだろう。いても薬屋、村の老体たちの知恵での対処と言ったところだろう。

「……ちなみに、身体の部位が身体から離れた時はどうしているんだい?」

なんか普段自分たちが潰して回っている薬物みたいだなぁ、と回復薬について感想を持ったスティーブンがハンターに訊いた。まさか四肢の欠損が無い現場でもあるまい。果たして異世界のお薬はどの程度の効果を持っているのか。

「幸いにも僕はまだ体験したことが無いんですけど――断面が綺麗な時はすぐに断面同士を合わせて回復薬を飲んで固定して、それがダメな時は秘薬を飲んで生やすみたいですよ。時間が経っていたら諦めるしかないみたいですけど」

秘薬。聞くからにアウトなブツが出てきた。しかも生やすって。細胞活性の極致をそんな気軽に。使い方によってはクリーチャーを生み出してくれそうじゃないか。スティーブンとレオナルドの目から光が飛んでいった。狩人たちにとってはごく普通のアイテムで誰もが一度は使っているらしいが――そんな薬漬けで大丈夫かと思ってしまう。そのような劇物はあまり使わない方が良いと進言しているクラウスの動じなさが頼もしく見える。頼もしいリーダーにツッコミは任せ、キマってラリるようなものでないことが幸いだと異世界との感覚の違いを飲み込んだ。

 「――お待たせしました、すみません」

ただの人間が自然の脅威と相対していくための叡智に触れていたレオナルドたちの元へ、処置の終わった斗流の兄弟弟子が、自分の足で歩いて来る。ガーゼや包帯の量は想像よりも少なく、おや、とスティーブンが小首を傾げた。

「ド派手になった見た目ほど大きな怪我はしていなかったのか? お前たち」

「いやー、それがなんかもう小さいのは到着時点で治りかけてたみたいで。大きいのも、ちょっと安静にしときゃ良いみたいっすよ」

「この人がちょっとでも大人しくしているとは思えませんけどね。まあ、すぐに戦闘に参加できるようになりますよ」

いつもよりも早い治癒。医者いらず。先程の会話が思い出される。そう言えば自分たちも、戦闘時に感じたものよりも施された手当は少なかったような。他の構成員たちも、負傷者数は多くとも、心なしか入院まで至っている人数はいつもの割合よりも少ないような。しかし――自分たちは異世界の薬を飲んではいない。飲んだとして、ハンターの身体がこちらの世界の縫合糸を異物だと認識したように、そのままの効力をもたらしてくれることはないだろう。

「そうか。大事無いようで良かった。それでは帰ろう、皆」

軽口を叩き合い始める兄弟弟子とそれを収めようとするレオナルド。平時と変わらない遣り取りが始まって、クラウスは嬉しそうに頷いた。帰宅を促すリーダーの温かい声に、一行は病院の出入り口へぞろぞろ歩いて向かう。気にならないと言えば嘘になるけれど、医療費が少しでも浮くならばそれに越したことはない。スティーブンはチラリと今回も頭部がフード状になっている白装束を身に纏うハンターを一瞥した。

 事務所に戻り、大まかな書類を作成し終わると、目蓋が一気に重たくなるのを感じた。ふう、と深呼吸をして身体を伸ばす。ポキポキ、と骨の鳴る音がした。アイルーからレオナルドやツェッドが作った書類を受け取り、目を通したスティーブンは目頭を揉んで顔を上げた。一段落が付いたらしい。ちなみにザップは事務所へ帰り着く前に愛人の元へ――書類仕事から――逃げて行った。まだ日は落ちきっていないと言うのに爛れている。

「一先ずはこんなところだな。休憩にしよう」

珍しく机に詰めるほど仕事にせっつかれてはいないらしい。事務机からスティーブンが立ち上がる。

「珍しいですね。仮眠でも取るんですか?」

「そうだなツェッド。次に何時こうして時間が取れるか分からないからね。僕は少し眠らせてもらうよ」

次の修羅場に備える上司の、やけに爽やかな笑顔を見送り、部下たちはその場に残される。もう一人の上司であるクラウスは未だインターネット上の対局に集中していた。

「えーと、それじゃあ、僕らも仮眠とかしておきますか……? ハンターさん、仮眠室行きます?」

「仮眠室……あの、やわらかいベッドがあるところですよね…………あれはいけない……戻れなくなります……」

「なに言ってんすか」

確かに仮眠室のベッドはその辺の物より質が良いけれど――真顔で首を振る程だろうかとレオナルドは思った。普段ベッドを使わないツェッドが伺うように視線を向けて来ている。そこまで特別な造りはしていないはずです、とその視線に答えながら頭上に疑問符を浮かべる。

 答えは雑用のお手伝いがすっかり板に付いたオトモアイルーの一匹からもたらされた。

「ボクたちもだけど、旦那さんはあんなにふかふかふわふわなベッドで寝たことないニャ。あのやわらかさは狩人をダメにするニャ」

「お世話になると決まった時、案内してもらって少し触らせてもらいましたが、あれはいけません。寝転がらなくてもわかります。あれは人を呑むモンスターです……」

寒くなってくるとSNSではベッドから出られないと言う旨の書き込みが増えるなぁそういえば――とレオナルドは軽く現実逃避した。ツェッドはいつかどこかで知った、冬のジャパンの家庭に現れる、人を食べてしまうと言う魔物(コタツ)を思い出した。ベッドはそのコタツとやらの近縁種だったのかもしれない。恐ろしい。人類は日々戦っていたのだ。

「あー……そういえばハンターさんの部屋にあるベッド、すげぇ硬そうでしたね……」

木の板と言うか、木箱か簀の子に毛布を被せただけのようなベッドを思い出す。確かにあれを基準にするなら、仮眠室のベッドは人をダメにすると言えるだろう。レオナルドは苦笑した。

 結局――三人はツェッドの水槽がある部屋で仮眠をすることにした。ツェッドは水槽で。レオナルドはその前に置かれたソファで。ハンターは部屋から持って来た厚地の布を敷いて床で。ついでにアイルーが数匹その周りに丸くなっていた。まるでスクールの合宿のようだと笑ったレオナルドに、他の二人も嬉しそうに笑う。そうして仮眠をとって、出動要請のサイレンで目を覚ます。睡眠をとったスティーブンの氷は日中よりも透き通っていた。

 ザップが三人の仮眠交流を知るのはその事件が終わった時で――後日ツェッドの水槽の前で仮眠をとる人影は一つ増えているのだ。

 

柔らかさのはじっこ

 

「生命の粉塵ってどんな物なんですか?」

「使うと大分痛みが引いて気力も回復してくれるパーティハントでは欠かせない白い粉ですかね」

「(パーティハントじゃ欠かせないってことは服用者の仲間にも効果があるってことか……? なんだそれこわい……)」

「んあ?そういや今日はフツーに血ィ止まんねぇな」

「む。今日は白くない装備なのだな、ハンター君」

 

+++

 綺麗だな、とハンターは戦場で思う。

 気付いたらHLと言う街に来ていて、秘密結社に所属していると言う青年たちに手を曳かれて、そして秘密結社に保護してもらった。秘密結社と言うのは――たぶんギルドナイトのようなものだ。更に言語の壁を超える術も用意してもらい、どうしようもないとは言え敷地内での寝食を許してもらった。感謝してもし切れない。そんな親切な人たちに少しでも報いることができるよう、オトモアイルーたちに協力を仰いだり、戦場への同行を快く許可してもらった。もちろん、その人たちの仕事の邪魔にならないよう、同郷のモンスターたちが現れた時は率先して相手をするようにしている。

 モンスターの相手をしていると、9割方騒ぎに便乗して更に大きな騒ぎが引き起こされる。だからだろうか、そこに四人以上が戦闘に参加してもモンスターとの戦闘が中断されることはなかった。不届き者をシバき倒しつつ、モンスターの相手もこなす。大小様々な相手に、自分の役回りを把握して立ち回る恩人たちの姿は、単独での狩猟を活動の主としていたハンターには未知にも等しいものだったのだ。

 赤い血が聳え、氷が染め、電撃が裂いて、炎が焼き、風が奔る。

 青は透き通りすべてを見通す。紫水晶は誰にも気付かれずにそれらを捉えていた。

 交錯する鮮烈な色と力。絡み合う信頼と実力。ああ、その――なんと美しいことか。自分が相対する自然の物とはまた違う強さと美しさ。扱われる得物は、用意した者の手腕技術と管理する者の愛情誠意を容易く見て取れる。それらの横に立てる贅沢さ。話によると、戦闘員は他にもいるらしいけれど、そこまで求めるのは傲慢だろう。とかく、一日に幾度となく展開される狂騒においても、見飽きることのない衝撃なのだ。良くないことだとは解っているけれど、それでも、少しでも長く見ていたい、感じていたいと思ってしまう。

 ああ、綺麗だ――とハンターは周囲の連携に感嘆しながら渾身の力を溜めた一撃を突進してくる異界人へ叩き込む。溶岩にも似た赤の走る黒が巨躯を地面にめり込ませる。割れた舗装の欠片が跳ねた。

 「その大剣、さっきパカッて開いて三叉になってませんでした?」

「え。あ――ああ、これですか。そうですね。開きますよ、パカッて。見てたんですね」

上手くタイミングが合って良かったとハンターは内心冷や汗を拭う。殴れば死ぬから殴る、の脳筋戦法が基本のハンターである。先程の一撃は珍しくタイミングを計ったものだった。考え事に気を取られ、他人(レオナルド)の視線に気付いていなかったのだ。

「どういう仕組みなのかよくわからないんですけど、結構あるんですよね、こういうギミックのある武器」

誇らしげにも、憧れているようにも見える眼で、両手で持った大剣を見上げるハンターにレオナルドも視線を上げる。そっと目蓋を持ち上げてみれば、大剣からはどす黒い炎のようなオーラがマグマのように噴き出ているのが見えた。きっと殊更物騒なモンスターが素材元なのだろう。なんてことを考えながら、オーラ越しに大剣を見ていると、ホログラムのように赤黒い山のようなものが見えた。いや、動いている。たぶん素材元のモンスターなのだろう。やっぱり物騒だ。レオナルドは上げた時と同じようにそっと目蓋を閉じる。

「……職人さんの情熱を感じちゃいますね」

「ふふふ。ちゃんと、大切に使わないとですね」

自分の血ではない。自分の血からは出来ていない。背負えば重く、振るえば暴れる。かたちや扱い方が変わることはない。血法使いが用いる武器(己の血)と比べて、不便極まりない得物。しかしそれは確かに狩人の一部だった。こそばゆそうに笑うハンターに釣られて、レオナルドも笑う。

 槍(ランス)よりは銃槍(ガンランス)の方が、と言ったハンターは古式ゆかしい巨大ロボットのような防具に揃いの銃槍を担いで見せた。武器と防具は同じモンスターの素材から作られているらしい。あまりの統一っぷりにお披露目された若者たちは噴き出した。喋らなければジャパンのロボットアニメのコスプレのようだ。けれどすぐに銃槍のギミックに目を輝かせ――トレーニングスペースに移動することになった。そこでは当然のように斗流の兄弟子の方と打ち合いが始まった。そしてザップは素材元が虫だと言う割に燃えにくい防具に炎を振るい、ハンターはいつもの癖でコンボの流れるままフルバーストを撃ち、案の定壁を焦がした。壊れなかったのは距離があったおかげだろう。かくて若者たちは番頭の前で正座をすることになったのだ。どうして止めなかったんだ、と見ていたレオナルドたちにも冷たい声が降る。しかし精悍なミニロボットが正座で縮こまる図はなかなか笑いを誘った。

 陽が落ちてもHLが暗くなることはない。比較的平和な通りを歩くレオナルドはバイト先からの帰宅途中だった。

 ハンターは今頃事務所で書類の分類作業をしているだろう。英字が読み書きできずとも、似た構成の紙面や同じ文字を見分けてそのくらいはできるだろうし、あの番頭はさせるだろう。

 道を往きながらレオナルドが事務所の風景を思い描いていると、黒い外套をまとった竜が人通りの少ない前方から歩いて来て――そのまま擦れ違った。チリリと黒い靄のようなものが外套の隙間から漏れ出ていた。思わず振り返りスマートフォンに手を伸ばす。徐に、竜が振り返った。

 真っ先に駆けて来たのはハンターだった。足元にはオトモアイルー二匹も見えた。

「下がっていてください。なるべく早くカタを付けたいと思いますが――黒い鱗粉はなるべく吸い込まないように気を付けてください」

「それって、やっぱり、」

「ええ。先輩くんの見立て通り、ゴア・マガラです」

建物の影で竜の動向を追っていたレオナルドにハンターが合流する。通りではアイルーたちが黒い竜の注意を惹きつけてくれていた。そして、いつもと同じ口調で、いつもよりも鋭利に見える表情でハンターは言った。レオナルドはハンターと一緒に作成した書類を思い出す。ゴア・マガラ。他者には毒になってしまう鱗粉を感覚器官として使う、盲目の黒竜。気を付けて、ともう一度言って通りへ出て行く背中をレオナルドは見送る。

 「おうコラ手前ェクソ狩人、仕事が遅ぇぞボ――ぅぐえッ!?」

「あまり調子に乗らないでください恥ずかしい……って貴方あの鱗粉吸いましたね!?」

「そンくらいわかってら!テメェはもちっと兄弟子様を敬えねぇのか! で、コレどーすんだよ何かゾワゾワしてキメェぞ!」

「狂竜症を発症する前に討ち合って斬って戦ってくださ……もしかして兄弟子さん、資料読んでない感じですか?」

程なくして合流した兄弟弟子はハンターにとってありがたい増援だった。ザップの得物は火でもありゴア・マガラと相性が良い。更にツェッドの風はその威力を引き上げることができるし――鱗粉が広まらないようにしてもらえる。夜分かつ人気の場所で、人の姿が見えなくなっているとは言え、風に漂う鱗粉の制御を取れる利点は大きい。おかげで攻撃よりも支援的な立ち回りになってしまっているのは申し訳ないなとハンターは思った。

 ザップに黒く纏わりついていた瘴気のようなものが晴れると、ゴア・マガラが一際大きく咆哮した。街灯の灯りが黒く煙る。エイリアン映画で見たような、ツルリとした頭部にラズベリー色の角が一対、立ち上がる。

「ッせ、と――!」

外套に見える翼膜を持つ脚でゴア・マガラが地面を割った。大きく隆起する道路――だったもの――を踏み台にザップが跳ぶ。闇色の背中が見下ろされる。ニヤリと吊り上がる口端。褐色の手中にあった刀が形を変え、大振りなものへと変わる。重力と位置エネルギー、背に灯った炎の推力で振り下ろされるそれは光蝕む竜の頭部を強打した。ボキリ、と片角が折れる音。闇色の巨躯が怯む。ついで間髪を入れず、飛来した三叉槍が角の欠けた頭部へ浅く刺さり、ぶわりと弾けた。パキンと硝子が割れるような音がする。

 周囲の黒い靄は晴れ、転げたゴア・マガラは唸るように兄弟弟子へ頭を向ける。けれどその直後、パシュンと空気の抜けるような音がして、黒刃を持つ薄青の棍がゴア・マガラへ振り下ろされた。転倒したその背中にハンターが乗る。そしていつも剥ぎ取りで使っているナイフを振り上げて――いつもと違いハンターが背に居るまま、ゴア・マガラは飛行態勢に入った。

「え……? あ!? ぅわあああああ!?」

「はあ!?」

「ちょ、えぇ!?」

「は、ハンターさぁぁあああ!?」

飛び立つ黒はそのまま霧に霞むHLの夜空に消える。レオナルドが神々の青をもって姿を追っても、パタリと消えてしまっていると言う。地上へ眼を戻すと、折れたはずの角や削れたはずの甲殻などは消えていて、レオナルドは何が起きたのかを察した。

 異国情緒溢れる部屋は消え、二息歩行の猫たちも姿を消した。すべては元通りに。日常へ戻っていく。けれど鋭い爪痕が残るビルの壁はあるし、ゲームの設定集のような書類も事務所に残っている。トレーニングスペースの壁の塗り直しは、もう少しかかるだろう。

 

明日に続くバイバイ

 

「えー、と……ギルベルトさん、これは、なんすかね……」

「ハンター様から皆様への、お預かり物でございます。もしも別れの時、挨拶ができなかったら渡してくれと」

「魚……ツナ(マグロ)かな? それに生肉……野性味溢れてるね…………あ、これ、この瓶の中身って、ハチミツ……!?」

「ん?この紙はなんですか、ギルベルトさん」

「ハチミツはおそらく全員で分けられるだけあるかと。あぁ、そちらは、こちらの字を書きたいとおっしゃっていましたので、少しお力添えをさせていただきました」

「……Thanks you My Dears…くっ……ハンター君……!」

「ふはっ、字ぃ汚ぇなオイ。もっと練習しろよな」

「また貴方はそんな…………クラウスさん?大丈夫ですか?」

「……短い間だったけど、悪くない人材だったな? クラウス」

銀色 暁 幸せ

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