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大帝音波は死を感じながら、額に祝福のキスをします。(https://shindanmaker.com/454355
っていうキスの日に回した診断お題の短文なんだけどお題回収できてなゲフンゲフン

あの世に行くまでの大帝さんと音波さん(?)のなんかメタメタしい話

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 夢を見ていた。それはたぶん、夢――だった。

 揺れている、と彼は思った。足裏がふわふわとして空を知る。それは無重力を思い出させた。けれど何かに支えられているということを、重さを感じる身体が訴えていた。加えて、身体は何かに触れている。意識が覚めきっていないせいか、温度はわからないけれど――馴染みのある硬さと生命活動の音に、誰かに抱えられている、と解った。

 妙な夢だと思う。夢ではないにしても、妙な感覚だと思う。

 他者に抱えられるなど在り得ない状況である。そのような無様を、現実でなくとも他者に身体を委ねるなど、と苛立ちがゆらりと顔を覗かせる。ぼんやりと拓き始めた視界に、自身を抱えている者の色が映り込む。それは落ち着いた鮮やかな紺藍色で、その色を捉えると同時に不思議と喉元まで来ていた悪態は溶けて消えた。自分は――以前にも、この相手に抱えられ運ばれたことがあるような。顔を合わせてさして時間も経っていない、そしてそのまま別れた者に、あるはずの無い、そんな感覚を覚えた。ついでに、身体が動かないらしく――不可抗力だと自分を納得させる。

 自分よりも一回り、二回りほど大きな彼の身体を抱えて、男は歩いていく。周囲は漠然として何があるわけでもなし、乳白色の靄が蛋白石のような遊色効果を見せるばかりだった。起点も終点も見とめられない空間を男はまっすぐに歩いていく。

 そうして、ふと彼は言葉を発せることに気が付いた。否。もっと前から喋ることができたのかもしれない。けれど、彼はその時に話せると気付いたのだった。

「――ここは、」

数百年ぶりに起動して、初めて発声したかのような声だった。おや、と不意に発せられた掠れた音に、やはり不思議と馴染みのあるエフェクトの強い声がこぼされる。様子を窺うように頭部が小さく傾げられる。そこにある、バイザーに覆われた視覚器は、きっと彼の紅眼をまっすぐに捉えていた。

「ここは――さて、どこだろうな?」

ふいと男の視線が再び前方へ向けられる。返って来た答えは、答えとは言えないもので、彼は顔を顰めた。その顔を、見遣ることはしなかったけれど、雰囲気で十分読み取れたのだろう、男はくすくす笑いながら続ける。

「強いて言うならば、エアポケットだろうな」

次の世界までの、猶予の空間、準備の空間、待機の空間なのだ、と男は言った。よくわからない話だった。次の世界、とは。また別の宇宙へ辿り着くのだろうか。なんの答えにもなっていない。周囲に満ちる靄のように、晴れない問いに表情も晴れない。一つがそうだと、一度は飲み下した疑問も再び摘まみ上げたくなる。

「……そういえば、何故お前が俺を抱えている?この状況は何だ?」

「強いて言うならば、宿縁だな。私たちは結局逃れられない。差異はあれど、繰り返す。廻り逢う。そうなってしまう」

逃れられないという声が、どこか遠く、自身に言い聞かせるような調子に聞こえた。そんな風に、自分がいるというのにどこか遠くを見る声に、やはり曖昧なかたちで返される答えに、身体が動いたら殴ってやるものを、と彼は思う。抱えている人物の、物騒な考えを知ってか知らずか、男は言葉を付け加える。軽い調子で、忘れないようにと念を押すような声だった。

「あぁ――言うまでもないが、此処での記憶は次へ持ち越せない。私を含めた此処自体が空白、夢のようなものだからな」

それは、間違いなく、幕間宣言だった。夢か現かの境界を滲ませる言い方だった。

 彼に触れている自身の存在すら現実と断言できない曖昧だと言った男は、そして立ち止まる。

「さて、私はここまでだ。次に目が覚めれば、また新しい世界に立っているだろう」

ふわりと抱えられていた身体が放される。さいごにコツリと額に小さな感触。新たな世界への手向けだと男は笑った。

 ぼんやりと意識が薄れていく。眠りに落ちる時のような、眠りから覚める時のような。そうして、そんな視界に、さっきまで自分を抱えていた紺藍色と同じようなかたちの、黒い影が見えた。

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