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航空部隊と情報参謀がドタバタして防衛参謀のところに行く話(仲良し平和でとっても生温い感じ……で、ごめんなさい?)(破損描写有)

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「さぁ、ぶっ壊れちまいましょうか」
薄暗い倉庫の中で聞こえた声は、確かによく知るものだった。
 さてどうするべきかと回転の鈍くなった頭で情報参謀は考える。目の前には声に違わぬ水色の航空兵。
 使われていない倉庫に呼び出され、何事かと思えば只事ではなかった。姿が見えないな、と足を進めた結果、何も入れられず放置されていた棚の陰から呼び出した当機が奇襲を仕掛けてきたのだった。水色の機体が紺色の機体の腕を掴んで奥の壁に向かって投げ飛ばす。参謀と言えど戦闘向きではない機体は、一般兵と言えど戦闘を主な任務とする機体の暴挙に容易に従ってしまう。ガチャンと金属同士がぶつかる音がして、紺色の機体が床に座り込む。頭を二度程振り、文句を言うより先に体勢を立て直そうと、立ち上がろうと床に手をつき力を込めた。けれど視界に見慣れた紅色の閃光が入ってくる。それは、あ、と思ったところで既に遅かった。痺れるような衝撃。次いで指先や体幹から力が抜けていく。
 鮮やかな手際で動きを封じられた情報参謀はバイザーの下のオプティックを丸くして、鮮やかな手際を披露した航空兵に眼を遣った。満足な照明の点けられていない倉庫の中で、その機体の色は平生よりも暗い。カツンコツンと踵を鳴らしながら悠然と歩み寄って来るその機体に、少なからずの恐怖を覚えた。真正面に見える赤のオプティックが炯々としているように見えた。
「ようこそ……っつーのも、なんか変ですかね? けどまぁ、ゆっくりしてってください」
腰を落として視線を合わせた航空兵が言う。端々から可笑しな箇所を拾い上げられる言葉だが、唯一その言葉を聞いていた情報参謀は、それを指摘できる状況ではなかった。そっと伸ばされた手が愛しげにマスクの上から頬を撫でる。ユルリと撫ぜる手の動きに戸惑うのも束の間、その手が素顔を隠しているマスクを掴んで剥ぎ取ったのは唐突だった。

 あまり耳に優しくない音をたてながら剥がされたマスクを抛り捨て、航空兵はオプティックを細める。そして、強引な断線の痛みに、俯いて呻き声を上げる情報参謀の顔を、両手でそっと持ち上げる。バイザー越しでもわかる、何をするんだと言わんばかりの、剣呑な視線を事も無げに受け流して、露わになった口唇を伸ばした舌先でなぞる。近くなった赤が、より鮮やかに映った。
 いつの間にかふたつの唇は合わさり、一方はもう一方の唇を自身の舌で割り開き、その内部を思うままに味わっていた。ぴちゃり、くちゅ、と人気の無い倉庫に小さな水音が落ちる。時折漏れる、鼻にかかるような濡れた声に航空兵は笑む。一度、口を離してみれば口付けに機熱を上げ口端から飲み下し切れなかった口内油を垂らし、脱力した情報参謀がそこに居た。

「あぁ、アンタ、なんて顔してんですか」

「だ、れの、せい、だ、と……!」

嬉しそうな顔をして宣う航空兵に、顔を顰めた情報参謀は麻痺した発声装置を叱咤して絞り出す。その傍ら、手足を動かそうと試みるも、未だ力は入らず内心舌打ちをした。

 相手が何を考えているのか知らないが、尋常ではないことは確かである。普段軍内でも比較的穏やかなこの機体が今のような行動に出るところなど――少なくとも自分は――見たことが無い。機体に異常が起きていると考えるのが自然だろう。それを確認するには手っ取り早くジャックして調べるのが一番なのだろうが――この状況では出来そうにないと、悲しいかな、優秀な頭脳は理解してしまっていた。仮令四肢の自由が戻ったとしても速度的に逃げ切れはしないだろう。この倉庫に足を踏み入れた直後に投げ飛ばされたことでその戦闘力も改めて実感している。些か強引な手段も仕方ないか、と考えるも、そんなことをすれば同型の航空参謀が煩そうだ、と却下。可愛い部下たちは久々の休みか他の任務にあたっている者ばかり。何より今のこの航空兵なら、よく見知った小さな部下たちすら排除対象としそうで――とても会わせられない。救援を求めようにも思い浮かぶ顔は無い。結局のところ、相手の気が済むまで大人しくしているのが得策であると情報参謀は判断した。

 その選択は、間違いではなかったのだが、だからと言って正解であるというわけでもなかった。

 灰色の指先が紺色の機体をなぞる。優しくなぞられる感覚がくすぐったいと思った。そんなことを考えていると、再び唇を重ねられ、肩の辺りに触れている手から意識が逸れる。バキャ、と何かが砕ける音がしたのは、その時だった。

「――ッ?! ン”、ンンッ、ァ”……?!」

バキバキと装甲が砕かれる音。内部のケーブルも遠慮なく千切られていく。片腕が、肩から捥がれたのだと理解できたのは、痛みに上がった叫びを己の口で塞ぎ、くぐもらせていた航空兵が、声が途切れた頃を見計らい、そっと離れてから片手に掴んだ紺色を持ち主の眼前に晒した時だった。ポタリポタリと普段機体の中を循環している油が滴り落ちていく。それを穏やかな表情のまま掲げている機体に、なんだこいつは、何をするんだ、本当にあの事勿れで卑屈な航空兵か、なんて意味のないことばかり頭に浮かぶ。千切られた箇所から流れ出るオイルを一舐めして、航空兵は綺麗に微笑する。

「ね、情報参謀、アンタを俺に下さい。頭の先から足の先まで、中身も全部ひっくるめて、俺のものになってください。そんで、ずっと俺の傍に居てください」

だいじにしますから、と囁かれる言葉は睦言めいていた。

 未だジンジンと響く痛みが、いっそ意識を奪ってくれたらと考える。真正面から真っ直ぐに見詰めてくる赤いオプティックがひどく恐ろしいものに感じる。

 航空兵の手が胸部のカセット窓に触れる。ジワジワとかけられていく重みに、嫌な予感。

「ァ……や、やめ、ャ……ッ、ァ……」

ピシリと小さな音がして、灰色の手の下でガラスに罅が入ってしまったことを知る。やめろと視線で訴えてもその意図が伝わることはなく、あやすようにキスをされる。壊される――壊されていく恐怖が思考の大部分を占めているはずなのに、同時に与えられる口付けの気持ち良さに回路がおかしくなりそうだと思った。はしたない水音がして、はしたない声が漏れて、抵抗など欠片ほども出来ずにいて――じわりと視界が滲んだ。

 ガコンッと音がして、情報参謀の目の前から航空兵の水色の機体が消えたのは、ボロリと情報参謀のバイザーの下から一滴が流れ落ちた時だった。

「――ふッ、ぁ…………あ……?」

突然中断されることになり、テラテラと口内油で口の周りを艶めかせた情報参謀が何事かと正面に視線を遣る。

 そこには、廊下から射し込む光を背にして、何かを殴りつけたのだろう、拳を握ったままの航空参謀が立っていた。ガショ、と音が聞こえ、航空参謀が殴り飛ばした何か――直属の部下であり同型の兄弟機である、水色の航空兵が機体を起こす。殴られた拍子か床に転がった拍子に切れたのだろう、口端から流れ出た循環油をグイと拭いながら上げられた顔には、笑みが浮かべられていた。兄弟機のそんな表情に、航空参謀は微かに怯んだようだった。

「……サンダークラッカー……テメェ、ここで、何してる」

しかし、それでも威圧的に問う声を出したことは、流石だった。

「ッ、つぅ……痛ぇ。思いっきり殴ってくれたな」

「うるせぇ。それよりさっさと答えろ。テメェはこんなとこで、何してんだ」

「何って、見りゃわかるだろ? 俺のサウンドウェーブとイイことだよ。邪魔すんのは野暮ってもんだぜ」

あっけらかんと、寧ろ朗々と言い放った水色の機体に航空参謀は鼻筋に皺を寄せて口角を上げる。さりげなく情報参謀と航空兵の間に入って腕を組み足を肩幅に開いて立つ。

「誰の、サウンドウェーブだよ。こいつは俺のモンだ。大体、好きなヤツの機体ぶっ壊してイイことだァ? テメェにそんな趣味があったとは驚きだ」

「テキトー言っちゃいけねぇよ、スクリーマー?」

「誰が。テキトー言ってんのはそっちの方だろ、クラッカー?」

俺はお前たちのものではない、と渦中の情報参謀は胸中でひとり言い合いをしている二機に突っ込んだ。

 睨み合いが続く中、先に動いたのは元から気の長い方ではない航空参謀だった。手荒なことになるが手っ取り早く状況を変えられるだろうと実力行使に出たのである。部下にして兄弟機である目の前の機体をぶん殴って――動きを停めて――正気に戻してやろうではないか、と。参謀の地位にある自分が、同型とは言え、一航空兵に手こずることもあるまい。

 解決までの最短ルートを思い浮かべて、その道筋を辿るように腕の銃口を相手に向けた。

「ほら、リペアの時間だぜ」

照準を合わせながら、早くも勝利宣言に似た台詞を吐く。

「光栄に思え。俺様が直々に診てやるよ」

そうして、引き金を引いた航空参謀が見た相手の顔と言えば、浮かべていた笑みを消した、冷たいものだった。

 水色の機体が消えたと思えば、その機体の持ち主――航空兵は素早く機体を屈めて航空参謀に足払いを仕掛けていた。飛び道具による有利を確信していた航空参謀は呆気なく足を払われバランスを崩す。

「お前さんは良くも悪くも真っ直ぐ前を見てるからなぁ」

相手の足を払った勢いのままに脚部を振り上げ、バランスを崩して仰向けに倒れた機体を踏み抜こうとする。が、相手も簡単にその追撃を許すことはなく、咄嗟に水色の機体を蹴り飛ばして回避した。

 反動をつけて起き上がり、蹴られよろめき、少し距離の出来た航空兵の様子を窺う。

 蹴られ、傷の付いた部分を不満気に撫でている航空兵は先程確かに本気で自分を停めようとしていた。

「……兄弟機だからっていつでも優しくしてもらえるなんて思うなよ」

平時の姿とのギャップと、何より、僅かにでも相手に後れをとったことが、気に食わない。

 けれど相手の方はと言うと、赤いオプティックを炯と煌めかせ、へらりと笑っている。

「それはこっちのセリフだ。さっさとカタ付けて、ずっと待たせちまってるサウンドウェーブと続きヤんなきゃならねぇからな」

壊された箇所から未だ循環油を滴らせている機体は静かに事態を静観していた。と言うよりも、極力エネルギーを浪費しないよう、じっとしているようだった。航空兵の言葉に、ピクリと反応するも何か言い返す等はせず沈黙を守る。しかし航空兵はそんな情報参謀の様子にも、変わらず笑みを浮かべて愛し気にその姿を捉えていた。

 事態は一筋縄でいってはくれないらしいと判断した航空参謀は、そうと判断すれば迷わず通信を開いた。この場に情報参謀をこのまま居させるのは危険だと判断し、離れさせるためにもう一機の兄弟機を呼び出す。

「ワープ!スカイワープ!」

「! させるかッ!」

急いて思わず声を上げた兄弟機が何をしようとしているのか察したらしい航空兵が拳を振りかぶった。うおっ、と小さく叫んで航空参謀が膝を曲げて頭を下げる。

 そうして、振りかぶられた拳は、シュンと空間を移動する音と共に現れた、黒と紫色の機体を持つ兄弟機の顔面にめり込んだ。

 いつものように呼び出した者の背後にワープして、そのまま驚かす癖が仇になった機体は手で顔を覆いながら呻く。兄弟機を犠牲にその痛みを回避した航空参謀は、うへぇ、と嫌そうな顔をした。

「……ちょいとお痛が過ぎるんじゃねぇか、兄弟」

殴られ、鼻腔と口端から垂れ出たオイルを拭って黒と紫の機体が顔を上げる。その顔は怒っているような、苦笑しているような顔だった。場に現れたばかりで異常を察し切れていない兄弟機に航空参謀は用心を促す。

「そうだな――今のあいつは間違いなくこっちを壊しに来るぜ。気ぃ付けろ」

「そりゃお前さん、ひとの邪魔すりゃ叱られるのは道理ってもんだろ?」

「叱られるのとぶっ壊されんのが同義だなんて聞いたことねぇぜ」

「叱り方も十機十色ってな」

表情を変えずに、来てしまったものは仕方ないと、いつものような少し呆れたような笑みを浮かべて航空兵は言う。一歩、二歩程離れて立つ二機を前にして、余裕すら感じさせる姿。

「なんでぃ。奴さんキレちまってんのか?」

「キレるっつーより、トンでる、だな。お前はサウンドウェーブ連れて安全な場所にワープしろ」

「へぁっ? えっ、うわ。これサンダークラッカーがやったのか?」

耳打ちされてようやくその機体に気付いたらしい。普段から騒がしくないが、今はそれよりも静かな機体を見て、水色の兄弟機を見て、顔を顰める。横から小さく首肯が返された。目配せをして、やるべきことを確認。

 ジリ、と黒い機体が一歩後退る。航空兵のオプティックがキュル、と音を立てた。

「お前――っ!」

すかさず腕を伸ばして、既に機体を翻し情報参謀の機体を抱え空間を飛び越えようとしている黒い機体を掴もうとする。

「させるかよ!」

それを阻んだのはやはり航空参謀だった。伸ばされた腕を抑え、機体の背部に捻って回す。勢いと痛みで上体が折れ、膝はつかなくとも、機体は前屈みになる。離せ、と機体を捩りながら航空兵は兄弟機に声を荒げた。

「スカイワープ!お前! クソ、逃げ切れると思うなよ!!」

「うるせぃ!俺を見くびるんじゃねぇや! 手前ェの大事なモンくらい手前ェで守り切ってやらぁ!」

オプティックをギラつかせて睨め付けてきた航空兵をキッと睨み返し、啖呵を切ったその兄弟機は現れた時のようにシュンと音を立てて姿を消した。同型機の姿を見届けて、航空参謀の腕の力が僅かに緩む。航空兵が、その隙を逃すことはなかった。機体の上部よりは自由の利く下部――足を振り上げ、そして、自分を抑えている航空参謀の爪先に思い切り振り下ろす。ガチャン、と音がして航空兵の機体が自由になる。

「イッ――痛ぇぇぇぇぇ!痛ぇ! て、てめ、おま、いきなり何しやがる……!」

呻く航空参謀を一瞥し、口端を上げて見せた航空兵は、けれど何を答えることもなく薄暗い倉庫から飛び出していった。その機体が向かおうとしている場所――探している機体は言わずもがなである。チッと舌打ちをすると、鮮やかな水色を追って自身も明るい廊下に飛び出した。

 破損――それも盛大に――してしまっている機体を気遣って、いつもより慎重に着地する。先程の倉庫内よりは明るく、外には他の機体の気配もある。しかし現状を何も知らないものに見られるのは良くないのだろうな、と思い、ひとまずは壁を背にしてズルリと腰を下ろした。抱えた腕の中の紺色を窺えば、その機体は小さく震えていた。

「な、なんでぇ、寒いのか?」

思わずギョッとして訊く。

「……ち、が……問題、ない。すこし、酔っただけ、だ」

気丈に答える声は途切れ途切れで、言葉が終われば案の定平気だとは言い難そうな呻き声が漏れ聞こえてきた。その姿はいつもの様子とまったく違い、違和感しか感じられなくて――なんとなく、嫌だな、と思った。

 傷に障らないよう、恐る恐るながら、そっと紺色の機体を両腕に閉じ込める。背部に手のひらを滑らせると、細かな傷や罅に触れた。似合わない行動に驚いたらしく腕の中の機体が強張った。

「痛ぇか」

「……問題ない」

「嘘つけ」

ニヤリと笑って言ってやる。

「頼ってもいいんだぜぃ。頑張ンなくてもいいんだぜぃ。このスカイワープさまが守ってやる」

「――……似合わないセリフ、だな」

普段の態度からは想像もできない台詞を吐かれ、しばしキョトンとした情報参謀は、それから小さく笑った。整った顔に浮かべられた、ごく自然なその微笑に、思わず顔に熱が集まる。

「う、うるせぇやぃ。お前ぇに壊れられたら困るってだけで――い、一応仲間だしな、うん。仲間が壊されんの黙って見過ごせるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ、俺ァ」

相手に火照った顔を見られないよう機体を支える腕に力を込める。そうすれば、痛い、と笑いを含んだ文句が零された。

 不意に情報参謀が顔を上げる。

「? どうかしたのか?」

「来る」

「来る……って?」

「スタースクリームと、サンダークラッカー、」

「へ? ほ、ほんとかよ」

そんな会話をしていると確かに騒音が近付いてくることがわかった。壁を隔てた向こう側から――まだ距離はいくらかあるようだが――何か言い合っている声と銃撃音のようなものが聞こえてくる。どうやらここにいることが割れたらしい。同型だからこそ、外の二機がどれだけの速度を持っているかよく知っている機体は、傷付いた機体に負担を強いてしまうと理解しながらも仕方ないと再びワープしようとする。

「ワープ、するならレーザーウェーブの、ところ、へ、しろ」

「え? あ、あぁ、そうだな。奴さんならお前ぇのリペアもあいつらも、なんとかしてくれるよな」

一瞬なにを言い出すのかという表情を浮かべて紺色の機体を見、それからすぐに納得したように頷いた機体は再びその場から姿を消した。その直前、あちこち煤けた水色の機体が飛び込んでくる。二機の会話を聞いていたのか、消えた機体を見送った航空兵はすぐに動き始めた。同じように機体を煤けさせた航空参謀も後を追う。

 防衛参謀は突然現れたふたつの機体にその単眼を瞬かせた。

「っ、レーザーウェーブ! 頼む、助けてくれ――」

けれど破損した紺色の機体と、明らかに常とは違い、抱えたその機体を必死に支えている黒と紫の機体を見て何も言わずに頷いた。リペアの出来る個室に二機を案内しようとする。

「あっ! ちょ、ちょっと待てよ!もう少しなんだからよお!」

「どうしたスカイワープ。破損している機体をあまり揺らしてやるな」

けどよぅ、と情けない声を出す機体に話を聞けば、個室へ向かい一歩踏み出したところで機能停止してしまったらしい。

「……ふむ。大丈夫だ。おそらく気が緩んだためだろう。すぐにリペアを開始するから、問題ない。迅速に此処まで来れたおかげ……お前が連れて来てくれたからだ。礼を言う」

弛緩した情報参謀の機体を調べていた防衛参謀が顔を上げて穏やかな声で言う。安堵と誇らしさでくしゃりと顔を歪めた黒い機体の頭部をよしよし撫でる。ガキ扱いすんじゃねぇやぃ、なんて言われつつ、その手は振り落とされなかった。

 ふと優しく動いていた手が止まり、頭部を撫でられていた機体が頭上に疑問符を浮かべ――徐に向けられた大きな銃口にギョッとオプティックを見開いた。慌てて射線上から外れた、その瞬間に高威力のレーザービームが機体横を駆け抜けていく。鮮やかな光の尾に釣られ、その後を眼で追えば、水色の機体にぶつかる光の束が見えた。正面から防衛参謀のレーザービームを受けた水色の機体は当然のようにひっくり返る。そしてその後を追っていた航空参謀がそれに巻き込まれ、二機は間抜けな音を立てて間抜けな格好で仲良く積み重なったのだった。

「うわ……」

「威力は抑えてある。心配しなくても良い」

ノびてしまった兄弟機に同情を示しつつ、先に此方を、と指示する防衛参謀に従い情報参謀の機体を個室に運び込む。

 意識――というよりも視界が明らんでいくような感覚。囁くような駆動音が聞こえ始め、四肢の感覚が戻って来る。この感覚を、自分は知っている。久しく感じていなかったものだが、これは、機体が目覚める――起動する時の感覚だ。

 いまいち焦点の合わない視界には誰かの顔があった。像がぼやけているなりに、その誰か、が不安そうな表情を浮かべていることがわかる。う、と呻き声が漏れる。すると誰かは機体が無事起動したことを知ったらしく、一転、嬉しそうな表情を浮かべ、視界から消えていった。騒々しい音が遠ざかって行く。シュッと扉の開く音がして、何かを弁明する声と誰かを怒る呆れを含んだ声と、もうひとつ何やら情けなさそうな声が聞こえた。

 黒と紫の兄弟機と紺色の機体。そしてその横に立つ黄色いモノアイを持つ紫色の機体を捉えた、と思った瞬間、機体が吹っ飛び意識も吹っ飛んだ。プツンと黒くなった視界が次に明るくなった時、まず最初に見えたものは黄色の単眼だった。

「っわ!? へ?なん……あれ? 俺、えっと……?」

「ふむ。異常は無いようだな。他にも問題は無いと見た」

間の抜けた声を出した航空兵を見て異常無しと判断した防衛参謀は航空兵の機体に繋がっていた機器を外し、話があると部屋から連れ出した。気のせいか頭脳回路がスッキリしているような気がする。防衛参謀の後に続いていくと、そこには煤けた機体の兄弟機――航空参謀がいた。口をヘの字に曲げて、何故か足を折りたたんだ、正座、とかいう座り方をしていた。

「な……なにしてんだ、お前さん」

「うるせぇ」

「お前もそちら側だ、サンダークラッカー」

オプティックを一、二度明滅させた航空兵だったが、防衛参謀にピシャリと言われて兄弟機の隣に、同じように座った。

「さて――では、話を聞かせてもらおう。何故サウンドウェーブがあのような状態になったのか、サンダークラッカー、お前のヒューズが数本飛んでいたのか」

「そ、それは、その……俺が……申し訳ねぇ……っていうか、え?今、なんて? 俺のヒューズが飛……?!」

「謝罪は私ではなくサウンドウェーブにするべきだろう。そしてヒューズは確かに飛んでいた。妙だと思ったから少し調べさせてもらったが、妙なプログラムが展開されていた。おそらくそのせいだろうが……どこで拾って来たんだ、あんなもの」

「そ、んなこと言われたって……俺には心当たりなんて何も…………あっ?」

「なんだ?」

「そういえば……今朝飲んだ酒……いつもと味がちょっと違った……か……?」

「もしかしてそれ俺の机に置いてあったやつか?」

「ひとの机の上のやつを飲むわけないだろ。そりゃまあ、見た目は同じだったけど……なんだよ、大事な一品だったのか?」

「おう。俺様謹製の狂化プログラム入りエネルゴン酒だ。プログラムは、いわゆる制御装置を外して欲望のままに行動させるって代物な。これをサイバトロン共に贈って、何も知らねぇヤツらが飲んじまえば――血気盛んなあいつらのことだ、同士討ちを始めてくれるって寸法だ……けど、よ……? おまえ……」

「な、なんだよ……」

「まさかとは思ってたがよ、今日のお前の行動パターン……まさに欲望のままっつーか、試作品でテストした時の被検体の反応と同じ……だった、よな……」

「飛んでいたヒューズがスタースクリームの言う制御装置とやらならば、合点がいくな」

「いやいやいや。だけどよ、だからよ、俺ァ自分の酒しか飲んでねぇはずだって!」

「けどそれ以外考えられねぇだろ!」

「――スタースクリーム!お前ってやつは……!」

「な、な、なんだよ……疑ってんのか?!俺が飲ませたって?! ばっきゃろ!馬鹿言うんじゃねぇよレーザーウェーブ! さすがの俺だってな、そんなことしねぇよ!ましてや腐っても兄弟機に!! 大体なんでお前も味に違和感あるやつをそのまま飲むんだよ!」

「す、すまねぇ……いやだってよぉ!飲めねぇってほどじゃなかったからよぉ!」

「おかげで基地は壊れるわサウンドウェーブは壊されるわ説教されるわ――とんだ一日だぜ!?」

「飛んだのは俺のヒューズだバカ! しかも今日のことでサウンドウェーブに嫌われたらどうすんだよ!っつーか絶対嫌われた!どうしてくれんだよ!」

「知るか! 俺とサウンドウェーブがくっつくの指くわえて見てろ!」

「お前たち、うるさいぞ」

口部パーツを持っていない防衛参謀は、しかしやれやれと排気しながら肩を竦めた。けして大きな声ではなかった声だったが、仲良く並んで正座する航空機二機は親に叱られた子供のように大人しく口を噤む。どちらも不満げな表情をしている辺り、自分に非は無いと思っているらしい。実際、敵に送り付けるはずの罠を友軍――しかも兄弟機――に仕掛ける理由などないし、元ではあっても科学者で現上官の私物を失敬する利点もない。

 どうしたものかと三機が唸っていると、そこに黒と紫色の航空機が明るい顔でやって来た。

「おぉいレーザーウェーブ、奴さんが起きたぜ! お、サンダークラッカーも起きてたか……って、ぶふっ!おま、お前ぇらなんでぃ!仲良くそんな……!」

一機正座を免れている兄弟機の言い草と表情にピキリと拳を握った航空参謀であったが――ふと思い浮かんだことを口にした。

「スカイワープ、お前、俺の机の上にあったモン、触ったか?」

「へ? あー、そういやクラッカーのと一本くらい入れ替えたりしたっけか……アッこれ言っちゃいけね――」

いっけね、と慌てて口を塞ぐも時既に遅く。

「お、おま、おまえ……お前えええええ!!!」

兄弟機二機からの絶叫と、防衛参謀の呆れたような排気音を貰うことになったのだった。

 扉が閉じたせいか三つの声が聞こえなくなった。機体が起動し終わるまでの間、周囲に視線を巡らせてみれば見覚えのある室内で、最後に見た黄色の単眼と照らし合わせて無事リペアされたのだと少なからずの安堵を覚える。試しに指先に力を入れてみれば両方とも問題なく動かすことが出来た。これならもう動けるだろうと思い機体を起こしてみれば、オイルやらエネルゴンやらの入れられた容器から何本も管が伸びていて、それらは機体に繋がっていた。満タンではないが活動するには十分な量が機体には入っている。ならばこれ以上世話になることもあるまいと情報参謀はその管を引き抜いた。あとは自分で調達すれば良い。無数の機器が置かれた台の隅にちょこんと置かれたバイザーを手に取り普段のように装着する。マスクも直されていたようで、問題なく装着することが出来た。そうして未だフラつく機体を動かして、出て行ったきり戻ってくる気配のない誰かの後を追って部屋から出た。

 機影はさして時間をかけずに見つかった。部屋から出て少し歩いたところで、航空部隊の三機と防衛参謀が居たのである。それも何故か前者三機は正座とか言われる座り方をしていて――或いは唯一立っている防衛参謀にさせられていて――思わず間の抜けた声を出してしまった。その声に気付いた防衛参謀が振り返り、俯いていた三機が顔を上げる。

「あぁ、サウンドウェーブ。無事起動したようで良かった。すぐに行ってやれなくてすまないな」

「イヤ……別ニ構ワナイガ……寧ロ、迅速カツ的確ナ、リペアニ感謝スルガ……ドウイウ状況ナンダ、コレハ」

「反省会だ」

「反省会」

いまいちよくわからない、且つ、それでいて簡潔な答えをくれた防衛参謀に内心首を傾げる。

「…………ソウカ……脚部ノ導線ガ痺レソウダナ」

既に三機とも痺れているが反省会だとこの状況で穏やかに言い切った防衛参謀の手前、それを訴えることは出来なかった。

「ヘッ。ピンピンしてるみてーで安心したぜ、情報参謀殿」

まず口を開いたのは――正座していて見上げる立場になっていても上から物を言う――航空参謀だった。窮地を救った自分に感謝してもいいんだぞと言わんばかりの顔である。が、当の情報参謀はその隣で慣れない正座にぷるぷるしている黒と紫の機体の方をチラリと見た。

「スカイワープノオカゲ、ダ。礼ヲ言ウ」

「な――手前ぇのピンチを救ったのは俺様だろ?!」

「此処マデ運ンデ来テクレタノハ、スカイワープダ」

「んだとテメェ!」

「おいおい、あんま妬くんじゃねぇよぅスクリーマァ? カッコ悪いぜぇ?」

再び賑やかになり始めた兄弟機の傍らで、一機静かに黙していた水色の航空兵が恐る恐るというように情報参謀を見上げて口を開いた。

「あ、あの……情報参謀、俺……その……すっ、すいませんでしたァ!」

もごもご逡巡し、意を決して吐き出された声は存外大きなものになり、他機の視線を集める。

「今日は、ほんと、あの、申し訳ねぇです……でも、その、俺は本気でアンタが好きで――だから、答えてくれなんて言いませんから、これからもアンタのこと好きでいて、いいですか……」

次第に小さくなっていく声は震えていた。最後に至っては、まともに相手の顔を見ることが出来なくなったらしく、その視線は再び地面に向けられていた。不器用で拙いながらも真摯さの伝わってくる告白。

「……今日ノコトデ、オ前ガ俺ヲドウ思ッテイルノカ、少ナカラズ察スルコトハ出来タ。変ワッタ奴ダ」

それに答えるエフェクトのかかった声は、やはり起伏の無いものに聞こえて――水色の翼が萎れるように下がる。

「ダガ、ソレニシテモ今回ハ、ヤリ過ギタナ。ダカラ答エハオ預ケダ。マァ……コレデ許シテヤロウ」

カン、と頭部に衝撃が来て、航空兵は何だと顔を上げる。するとそこには指を揃えた――手刀のかたちにした――情報参謀が居て、頭部をそれで叩かれたのだと気付く。自分のした仕打ちに対してあまりに優しい仕置きである。否、後日また違った罰を与えられるのかもしれない。けれどその考えは、拍子抜けすることも出来ずピシリと固まった航空兵の聴覚機に届いた、防衛参謀と情報参謀の小さなやり取りで消え失せた。

「なんだ、照れているのか」

「ウルサイ」

「――」

なんだ、照れてんのか、アレ。なら脈無しってことでもないんだよな。なんだ、可愛いなオイ。そんなことが一瞬のうちに頭の中を駆け回る。しかしその一方で、さも簡単なことのように情報参謀の感情を拾い上げた防衛参謀に、格の違い――付き合いの長さなんか――を見せつけられたようで、胸の辺りがチリリと痛んだ。

 人知れず航空兵が唇を引き結んでいると、防衛参謀がふと思い出したように首を傾げた。

「ところで何故もっと早く私を呼ばなかったんだ? そうすればここまでは――」

「オ前ヲ呼ベバ、大事ニナルト判断シタカラダ」

行キ届イタ優秀ナ指揮系統モ困ッタモノダ、とぼやく姿に防衛参謀は僅かに不満げな空気を滲ませる。そして、情報参謀の言葉に、このことを知っているものはこの場にしかいないということを察する。つまり自分たちの主たる破壊大帝はこのことを知らないということになる。

「……メガトロン様は、このことは……?」

確認のために一応、と思って訊いてみれば、答えは案の定だった。

「知ラナイ。知ラセル必要モ無イ」

「しかし基地の一部も壊れたと聞いたが」

「メガトロン様ハ久シブリニスリープニ入ラレタ。コンナ些事デ起コシテハナラナイ。基地ノ破損箇所ハ、ソコノ航空部隊ガ修繕シテクレルダロウ」

「なっ――テメェ、俺たちに雑用押し付ける気か?!未来の上司たるこの俺に?!」

「押シ付ケルモ何モナイ。壊シタノハオ前タチダロウ」

でも作業に手ぇ貸してくれるんだろうなぁ、なんて水色の航空兵は思った。そもそもボスが久々のスリープから起きるまでに自分たちだけでどうにか出来るとは思っていない。チラッと黒と紫色の兄弟機を見れば、脚部の痺れが限界に来ているのか小さくモゾモゾ動いて落ち着かない様子である。自分の方も痺れてはいるが、その時期はずっと前に通り過ぎた。

「まあ、その壊す原因になったのもこいつら自身だがな?」

また仲良くいつもの口喧嘩を始めかけていた航空参謀と情報参謀の間に防衛参謀の言葉が落ちる。航空参謀と、モゾモゾしていた黒と紫色の機体が、言うなやめろと必死の形相で勢いよく顔を上げた。

「……ホウ? 詳シク聞カセテモラオウ」

「あの、ちょ――それは、ですね、」

嫌な予感がして水色の航空兵がおずおずと口を挟もうとするも、航空部隊から聞き取ったことを淡々とありのままに話し始める防衛参謀を止めることは出来なかった。

 防衛参謀から話を聞き終えた情報参謀は航空部隊の方を見ると無言で振動ブラスターガン――もちろん威力は抑えてある――を撃った。バランスを崩して倒れ込んだ三機は、互いに痺れている脚部に触れてくる兄弟機に何を言う余裕もなく悶絶する。そんな様子をバイザー越しに見下ろしていた情報参謀はひとつ排気して、防衛参謀に甘いものが欲しい、と言った。珍しく物を強請ったエフェクトの強い声にチカチカと単眼を明滅させた防衛参謀は、しかし疲れた様子の紺色の機体に、そうだなそうしよう、と頷いた。

「お前たちも、動けるようになったら来ると良い。場所はすぐわかるだろう」

そんな優しい――聞くものによってはそうではない――言葉を残して、紫色の機体と紺色の機体は歩いて行ってしまった。

 はふ、と熱を逃がしながら茶を啜っていた紺色の機体が顔を上げ、黄色い単眼の方に向ける。

「減ってしまったオイルやエネルゴンのことだが、」

「お前に点滴した分のことか? 気にするな」

「いや、減った分は補充すべきだろう。後日送らせてもらう」

「簡単に言うが……予備でもあるのか?」

「偶には燃料偵察兵殿に働いてもらわねばな?」

言いながら茶菓子に紺色の手が伸ばされる。それを見ながら防衛参謀は燃料偵察兵――蝙蝠の姿を持つ小型機体を思い出していた。そして、口ぶりからして単独で任務に当たらせるらしいことが気になった。

「……単独で働かせる気か?」

「…………コンドル」

「……」

気になったので訊いてみれば、やはり単機出撃をさせるつもりのようだった。もすもす茶菓子を頬張りながら、渋々といった雰囲気で赤と黒の空中攻撃兵の名を挙げた情報参謀を、未だ不足であるとジットリ見つめてやれば、ふい、と視線が逸らされる。その仕草や雰囲気が幼げで――もちろん当人には言わないが――微笑ましいと思った。

「…………ジャガー」

「まあ、それならば」

更に二機――お目付け役とも――を頭数に加えさせたところで防衛参謀は了解の意を示す。この場に件の燃料偵察兵が居たら不満や皮肉の一つや二つを吐いていたかもしれないな、などと考えた。

「お前ラットバットの扱い雑じゃないか?」

「気のせいだ」

本人が言うのならそうなのだろう。

 そんな会話から少しして、ようやく導線の痺れから解放された航空部隊の三機が現れ、このささやかな茶会に参加するのだった。

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