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ヤマもオチもイミも無くない???

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 よく晴れた日の夜でした。村付きの狩人となった生活にもすっかり慣れた頃のことでした。

 いつものように唐突に姿を現した青年が狩人に言ったのです。

「先生、気持ちいいことしましょう? 人間は気持ちいいことが好きみたいなので!」

昼間など暇な時に地上を見下ろしていた結果、そう結論付けたのだとどこか胸を張る青年に、しかし狩人は首を傾げました。

「気持ちいいこと……とは? 食って寝ることか……?」

そう、今まで狩りという仕事一筋に生きてきた狩人にとって、青年の言う「気持ちいいこと」に心当たりはなかったのです。そして青年も青年で、今まで直接関わったことなど皆無と言って良い人間の生態に、けして詳しいわけではありませんでした。

「いえ、違います。けど……アレはなんて言うんでしょう? なんか、裸になって互いの身体を触り合ったりするヤツ」

両手をわたわたと動かしながら説明を試みる青年に、さすがにそれくらいの知識は持っている狩人は、青年が言わんとすることを察しました。

「そなた……それは、いわゆる生殖行為では……? 某は好いた者同士で行うことと心得ておるのだが……」

「俺は先生が好きですから問題ないですね! ……えっ、先生はもしかして俺のこと嫌いなんですか……? だから出来ないとかそういう……?」

「い、いや、そなたのことは、うむ、す、好いておる……が、そ、その、せ、生殖行為であるが故……我らの間に子は出来ぬだろうし……某、そのような経験はまったく、」

最初に出会った日から交流を重ねていく中で、いつの間にか青年と恋仲のような関係になっていた狩人は、青年が振ってきた話題にまごつきました。自分と青年は、実年齢はともかく、見た目や身体年齢に随分差があるし、そもそもこの青年はそう言った行為が必要なのだろうか、等々。

「俺も初めてなんで一緒ですね! でも大丈夫ですよ、暇潰しがてら色々見てきといたんで!」

しかし青年は狩人の気持ちも何のその。森の中を探検しに行く子供のような無邪気さでニコニコとしていました。

「あ、あと俺こどもは作れませんよ。こども要らない種族?なんで」

 

 少し大きめに作られた一人用の寝台に、青年は狩人を座らせます。

 主に青年の手で外された狩人の腰の防具が、寝台の下に蹲っていました。更にその上、インナーまで剥ぎ取られて狩人は落ち着かない様子でした。対する青年はと言えば、初めて会った時と同じ、あの兄弟の姿でいるものですから、どうして自分だけ、と狩人は青年の裾を指先でクイと引きます。けれど青年にその意図は届いていないようでした。

「うん……?あれ? もしかして人間て雌雄でからだの作りが違ってたりします?」

青年は狩人の脚の間に陣取って、ごそごそと股座を検分しています。そういう話になったので一応水浴びをしてきたとはいえ、他人に秘部をまじまじと見られるなんて、狩人には長い時間耐えられるものではありません。長い時間と言っても、十数秒ほどのことでしたけれど。

「う、うむ。女子と男子では受け入れる側と刺し込む側で役割が違う故……それで、その、某は、男体であるが故、」

「えっ。じゃあ俺先生と出来ないんですか? えっ、でも同性同士でちゃんと気持ち良さそうにしてる人いましたよ?」

「同性同士で行うやり方は知らぬ……」

狩人の股の間からその顔を見上げる青年の眼には、自分が狩人を抱く以外の考えは無いようでした。それもあってか、狩人はとうとう両手で顔を覆ってしまいました。羽飾りの付いた兜をかぶったままでしたが、青年にはとても愛らしい姿に見えました。

「うーん? それじゃあまた色々調べておきますね」

やり方が分からないものはやりようがありません。青年の言葉に、これでようやく服を着れる、と狩人は思いました。けれど。

「だったら、仕方ありません。先生だけでも気持ちよくなってもらいます!」

何故か青年はそんなことを宣言したのでした。

 「確かこれを擦ると気持ちよくなるんですよね、人間の雄は」

まるで初めて狩り道具に触る子供のように、青年が狩人の半身に手を伸ばします。もうここまで来たら何を言っても退いてくれなさそうな青年に、狩人は半ば諦念を持ちながら気の済むようにさせてやろうと思いました。きっとそこには、狩人の青年への好意もあったのでしょう。

「っ、う、うむ。だが、そのままでは痛みしか感じぬ故、潤滑油などを用いて滑りやすくしてから行うものだ……それと、青き星よ、その籠手は怪我をする怖れがある故、続けるつもりならば外してくれ」

「へ? あっ、す、すいません、そうですよね、こんな柔らかいところ、これじゃあ怪我しちゃいますよね」

狩人の話を聞いて、油を取りに立ち上がりかけていた青年が目を丸くしていました。どうにも見ているだけのと実際にやってみるのとでは勝手が違うことに青年は慣れていないようでした。自分よりも年上のはずなのに、子供か孫でも見ている気分になるくらいに青年は狩人にとって微笑ましい対象でありました。

「油、持ってきました。これを手のひらに出したり先生のに垂らしたりすればいいんですよね」

あまり広くはない小屋です。すぐに青年が油の入った瓶を持って寝台に戻って来ました。

「と言うか、雄の生殖器ってなんて言うんですか? 俺、行為や様子だけ見てて声とかあんまり聞いてなかったんですよね」

なんだか詰めが甘いというかテキトーと言うか、抜けている青年からの突然の質問に狩人は少し怯みました。まさかこの年になって人前でそういった単語を口にするとは思っていませんでしたから。

「い、陰茎や、ペニスと呼ぶ……うむ、呼ばれておる」

しかしこれは恥ずかしいことではなく、青年に教えるための、教育的な場面なのだ、と自分に言い聞かせて狩人は青年の質問に答えました。

 そうなんですか、とどこか嬉しそうに言いながら自分の背後に陣取る青年に、今度は狩人が質問する番でした。

「……して、そなたは何故某の背後に……?」

「いえ、こうして後ろから手を回した方が良いのかなと。えーと、確かそう、俺が見た親子はこんな感じでした」

それはおそらく父が息子に自慰の仕方を教えていたのではないかと狩人は思いました。

「──はっ、ぁ、」

けれどそれを青年に伝える前に、青年の手が狩人の半身に触れました。

 ぬちゅ、とぬめりのある音がします。狩人が自分の脚の間を見下ろすと、後ろから伸びてきた青年の手が、自分の半身を握っている光景にくらりと目眩を感じました。先程とは違い丸くなった青年の指先や手のひらは、しかし透き通った鉱石のようにひんやりとしていました。

「は、あ、ぁ……っ、」

「先生、気持ちいいですか?」

ぬちゅ、ぬりゅ、という音に紛れるように、青年が狩人の頭の横で囁きます。そこで不意に狩人は自分が青年に凭れるようにその脚の間に座るようなかたちになっていることに気付きました。頭の隅っこの方で、意外と伸縮性があるのだな、と青年のロングスカートのような腰の装束について思いました。

「あ、ぅ、んっ……良い、そう、そのまま、」

なるようになれ、ではないですが、青年に人間の自慰を身をもって教えるつもりで狩人は青年の手に手を重ねます。そうして、今では滅多にしなくなりましたが、まだ若い頃に稀にしていたように、半身のかたちを辿っていきます。何時の頃からか縁は切れたものと思っていましたが、青年に触れられて首をもたげていく半身に、まだ枯れては居なかったのだなとどこか他人事のように狩人は自分の身体に対する感想を思い浮かべていました。

 青年の方はと言えば、狩人の様子に口端を上げていました。狩人が「気持ち良」さそうになればなるほど、狩人の持つ「善い魂」のにおいがとろけていくのです。清涼感と清潔感のあるほの甘いにおいが、どろどろと渦巻くほどに甘ったるくなっていくのは、言いようもなく魅力的なものでした。たとえ一時であっても、崇高とも言える清貧の狩人が堕落の香りを纏う光景に、興奮しないはずがありません。そもそも青年はこのために、この話を狩人に持ちかけたのですから。

 

 「先生、気持ちいいですか?」

いつぐらいかぶりに青年が囁きます。

「んっ、んっ──、ふッ、ぁ、あ、気、持ち、い、ぃ、」

声をあまり出したくないのか、途切れ途切れに狩人は答えました。けれど思っていたよりも長く優しく焦れったく青年が手を動かしているものですから、頭の中はもうとろとろのぐちゃぐちゃで、狩人は早く楽になりたくて仕方なくなっていました。

「先生、ペニス触られて、気持ちいいですか?」

それなのに青年は余裕たっぷりに話しかけてきて、恨めしさが胸の内に芽生えます。

「ぁんっ、んっ……ふッ、ぅ、ぁ、んんっ……、」

しかし青年の声を聞くとすぐに頭がふわふわとして、訊かれたことに頭を振って答えてしまうのです。もう上手にモノを考えられない。そんな状態にまで、狩人は茹だってしまっていました。

「先生、ほら、見えますか。あそこの窓。先生が、俺に触られて気持ちよくなってる先生のペニスまで映ってますよ」

ですから、身体を青年に後ろから抱え込まれ、両脚を大きく開かされる恰好になっていても、青年に言われるまで気にしていなかったのです。窓に映った自分と目が合い、狩人は夢から覚めたような心地を覚えます。

「あ、や、嫌、は、はなして、」

いくら森の中、夜だとしても、誰も小屋の前を通りかからないという保証はありません。せめてカーテンを閉じたいと狩人は身を捩ります。

「でも先生、ここでやめていいんですか?」

「は、ああっ! ひ、ひっ、ぃ、ぁ、」

ぐちゅ、と青年が狩人の半身を握り込みました。

「ね、もう少しでしょう? 教えてくださいよ」

まるで毒のように青年の声が身体に染みていきます。意識はあるのに抗えない、淡い夢の中で手を引かれるように、青年の声は狩人の意思を奪っていきます。

「あ、あっ、あッ、う、さいご、すこし、つ、つよく、して──っ、ぅっ、んんッ、~~~~~ッ!」

ぐぢゅぐぢゅぐぢゅッ、と狩人の半身が鳴きました。次いで、びくんびくんっ、と狩人の身体が跳ねました。ぱたぱたと寝台や狩人の身体の上に飛び散った白い液体に、青年はひどく甘いにおいを感じました。

「はあっ……せんせ……いいにおい……おいしい……」

ひくひくと震えている狩人を抱え込んで、青年はその首筋に擦り寄ります。狩人から発せられる甘いにおいを吸い込んで、舐め取って、味わっているのです。それは端から見たら、動物が自分のにおいを縄張りに残す姿の様に見えたでしょう。

「せんせ、もう一回?白いの出しましょ?」

そして一度口にしてしまった美味は、当然もっと欲しくなるものでした。きっと青年の方も、狩人の甘いにおいに酔ってしまっていたのでしょう。

「はっ、はッ……、ぅ、ゃ、ま、待っ、」

「今度は声抑えないで、ペニス気持ちいいって言って、気持ちよくなってください?」

「ぅ、ううっ、だめ、も、きょ、やぇ、待っ──へ、ぇ、あ、あ゙~~~、ゔ、ぶぅ゙ぅ゙ーーーッ゙♡゙」

青年の声は魔法のよう。

 結局狩人がどうなったのか、それだけで伝えなければ、星は何時どこから地上を見ているか分からないのでご容赦を。

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