ヤマもオチもイミも無くない???
兄弟はマムガイラ一族(EXαβ>EXαβ(♀)>αβ>αβ(♀)みたいな)
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むかしむかし、あるところに小さな村がありました。そしてその村からまた少し離れたところに、小屋がひとつありました。その小屋は、村を囲む森と隣り合う山から王国で売るための金や銀を採ってくるための山小屋でした。小さな村の村人たちは、持ち回りでこの役割をこなしていました。しかしこの仕事は大変なので、村人たちはあまりこの仕事が好きではありませんでした。
けれど最近この仕事に就いた、村でも比較的若い兄弟は不満ひとつ言うことなく、今までで一番たくさん金や銀や宝石を山から採って来て、今後はこの仕事を自分たちに任せて欲しいと言いました。村人たちは喜び、村の中に残っていた兄弟の弟たちや妹たちの世話をよくしてやりました。兄弟やその弟たちも村人の親切に丁寧に答え、仲良く助け合って過ごしました。そして兄弟は金銀宝石を独り占めすることもなく、村は小さく慎ましやかながらも、豊かな場所となっていきました。
様子がおかしくなったのは、しばらく経ってからのことでした。ある時、山小屋からの便りがパッタリと来なくなったのです。兄弟の、今はもうすっかり大きくなった弟が山小屋を訊ねてみても、小屋は真っ暗でシンと静まり返っていました。何度山小屋を訪ねてみても、一番上の兄にもその下の兄にも会うことはありませんでした。不安になった弟は、村の大人たちに相談して、王国の近くの街へ宝石を売りに行くときにギルドという組織に相談してみることにしました。
宝石を売った弟は親切な街の人の案内で無事に集会所に辿り着くことができました。この集会所でギルドの人と話ができるのだそうです。カウンターで受付の人に要件を話すと「少々お待ちください」と言われ、しばらくした後、小柄で耳の長い男性と、強面の男性がカウンターの奥から受付の人と一緒に戻ってきました。
「こちらへどうぞ、お客人」
小柄な男性が弟をカウンターから少し離れた、ついたてが立てられた席へ案内します。
席に就いた三人は、まず自己紹介をしました。小柄な男性はこのギルドの主人、ギルドマスターで、竜人族でした。強面な男性はギルドに所属するハンターたちのまとめ役で、総司令と言われているのだと言いました。弟は二人の後に自己紹介と、それに伴って今回ギルドを訪ねた理由を話しました。
「君たちの村の宝石は国でも質が良いと有名だよ」
いつもありがとうね、と弟の村のことを聞いたギルドマスターはにっこりと笑いました。
「……そういえば、最近、君たちの村からもたらされる宝石とよく似た品質の宝石が市場に持ち込まれていたな」
弟の話を聞いた総司令が顎に手を遣りながら思い出すように言いました。
「まさか、その、宝石を持ち込んだ人が兄たちを……?」
「断定はできない……が、調べてみる価値はあるだろう。そうだな、とりあえず、信頼できる人間を一人つけよう」
そう言うと、総司令は席を離れました。弟はギルドマスターと一緒にお茶を飲んだりお菓子を食べたり、お話をして待っていました。
少し経って、戻って来た総司令は、古めかしい装備を着込んだ人を連れていました。
「古くからの知り合いで、腕の立つ狩人だ。万が一のことがあっても、きっと君や君の仲間を守ってくれるだろう」
総司令は言いました。弟は「よろしくお願いします」と狩人にお辞儀をしました。狩人は「うむ」と頷きました。
そうして弟は狩人と一緒に村へ帰ることになりました。
村へ辿り着くと、村人への挨拶もそこそこに、狩人は早速弟にくだんの山小屋へ案内して欲しいと言いました。弟も村人たちも山小屋の兄弟が心配でしたし、狩人に軽い食事を用意した後に、早速山小屋を見てもらうことにしました。
「それでは先生、お気を付けてください」
山小屋から少し離れているように言われた弟が、山小屋に歩いていく狩人に言います。弟の声に、狩人はやはり「うむ」と言って、山小屋に静かに近付いていきます。
「先生」と言うのは、村へ向かう途中の道中で、狩人が道行く人々に言われていたのを倣った呼び方でした。出会って間もない相手でしたが、食べられる野草や薬にできる野草なんかを道すがら教えてもらったせいか、弟は狩人を「先生」と呼ぶことに違和感を感じていませんでした。
山小屋の前に立った狩人が、トントン、と扉を叩きます。すると、山小屋の中から返事は何もありませんでしたが、カチャリと鍵を開けるような音が、確かに聞こえました。弟が「あ、」と声を上げます。狩人はそんな弟を振り返って、そこで待っているように、と手の平を見せました。弟は頷いてその場で立ち止まります。狩人は山小屋の扉に向き直り、静かにドアノブに手を伸ばしました。
一歩踏み入った山小屋の中は薄暗く、埃っぽさも感じました。人の気配は無く、狩人は注意しながら一歩一歩山小屋の中を進もうとします。しかし、その時、開けておいたはずの扉が、バタンと音を立てて独りでに閉まってしまいました。びっくりして背後を振り返った狩人の前に、一つの人影が現れました。
驚きながらも腰元のナイフに手をかけた狩人に人影はお辞儀を一つします。
「ようこそ、お客様。この辺境の村に何のご用でしょうか?」
ふわりと室内を淡い緑の光が舞います。その光に照らされたのは、まだ若く見える青年でした。けれどその頭には立派な角と小さな角が生えていて、豊かな白金の頭髪が伸びています。まとっている物も、黄金を丁寧に加工したと見える装束で、とても浮世離れして見えました。
「そなたは……この山小屋で仕事を請け負っていた兄弟の……兄君か?」
狩人は青年に訊きました。この山小屋に居たのだから、くだんの兄弟のどちらかではないかと思ったのです。しかし青年は首を横に振りました。
「いいえ、いいえ。俺はこの山が覆う空に住まうものです。そしてこの姿は貴方が探している兄弟の姿を被ったものです」
頭と腰は兄の姿を、腕と足と胴は弟の姿を被っているのだと青年は言いました。つまり、山小屋の外で待っている兄弟の弟や、村人たちが心配していた兄弟は、もう居ないのだと。それを聞いて狩人は、どうしてそんなことをするのかと青年に訊きました。
「俺はこの兄弟と契約を交わしていました。山から安全に簡単に宝石の類を採れるようにする代わりに、一度に決められた量より多く宝石を何人も山の外に持ち出さないこと」
「……この村の人間ではない者から、この村からもたらされる宝石とよく似た宝石が市場に売られたと言う話を聞いたが、まさか、」
「そう。つまり、そういうことです。この村――この山から採れる宝石を採りに来た、何も知らない人間が、宝石を盗んで行ったんです。当然、その回に採れる宝石はもう採られていましたから、契約違反です」
青年は小屋の中を歩いて簡素な椅子に腰かけます。テーブルに置かれていたカップを手元に引き寄せ、まるで小屋の主のように水差しから水を注いで口を付けました。
「この村では一度に多めに宝石を山から採って、それを少しずつ街へ売りに行くのでしばらくは大丈夫だったんでしょうけど、そろそろ次の分が心配になって来たんでしょうね。音沙汰の無くなった兄弟のことももちろん」
「……宝石を盗んだのは、盗びとだ。しかしそなたは、兄弟にその罰を与えたのか……弟や、妹のいる、」
「契約を守れなかったのはこの兄弟です。それに、俺は盗んだ人間にも、貴方たちが言うところの罰は与えました」
どこか納得しかねる様子の狩人に、青年は特に気分を害した様子を見せることも無く、そもそも、と続けます。
「そもそも、この山の宝石は俺の命のようなものです。採られ過ぎれば俺が生き辛くなる。常に命を脅かされているようなものです。今回は、そう、活動できるようになるまで暫くと言える刻を費やしましたし」
「なんと」
どうぞ、と青年が懐から取り出した青い宝石を狩人へ投げて渡します。それを受け取って、狩人は薄暗がりの中で目を凝らします。すると狩人の手元に緑色のふわふわとした光が集まってきました。どうやらそれは手元を照らしてくれているようでした。そして狩人の手のひらの上では、青い宝石が、呼吸するようにゆっくりと淡い光を明滅させていました。それはまるでとくんとくんと脈打つ命のようでした。
すまぬ、と狩人は言いました。
「そなたにも、相応の事情があったのだな」
「構いませんよ」
けれど次に狩人は困った様子になりました。この青年の話を、外で待っている弟や村人に、どう説明すればいいのだろう、と思ったのです。
一番いいのは青年自身に説明してもらうことですが、果たして青年が首を縦に振ってくれるのか、狩人にはまだ確信が持てませんでした。とは言え、自分に上手に説明できるかと言えば自信がありませんし、何より自分は村の外から来た人間なのです。信じてもらえるでしょうか。
「? どうかしましたか」
「うむ……村人たちに、そなたのことをどう説明しようかと……」
狩人の言葉に、青年は目を丸くしました。
「何故俺のことを貴方が? 俺が自分で行きますよ」
「良いのか?」
意外な、けれど一番助かる言葉が青年の口から発せられ、今度は狩人が目を丸くします。
「良いですよ。この後、雨が降る気配も無さそうですし」
「雨? ああ、確かに雨の中で森を歩くのは……」
「いえいえ。そうではなく。言ったでしょう? 俺は空に住まうもの。雨が降れば雲が俺を隠してしまうんです」
「……? つまり、そなたは……空の……?」
「空の、そうですね、丁度山の頂の上に居る星が、いわゆる俺の本体ですね」
「なんと! あの星か!あの星がそなたであったとは!」
自分の言葉にパッと声音を明るくした狩人に青年は首を傾げました。自分と相手は今日初めて会うはずなのに、どうして相手は自分のことを聞いて高揚しているのだろう、と。そんな風に、いまいち鈍い反応を見せる青年に、狩人はその理由を話してくれました。
曰く、この山の頂の真上で輝く星は狩人たちにとって導なのだと。この山の上で輝き続ける星は周囲の星と違い、その場から動くことなく在り続ける。つまりいつも一定の方角を指し示すため、狩人たちはその星を道しるべに歩く。目的の地へも帰る場所へも迷わずに辿り着ける。だから狩人たちにとってその星は特別なものなのだ、と。
まさか自分がそんな認識をされているとは思っていなかった青年は、はぁ、と曖昧に空気を吐き出します。とても嬉しそうに礼を述べてくる狩人とは、対照的な反応でした。
「そなたには今まで大変に世話になった。礼を。深き感謝を……ああ、そなたに少しでも報いることを、某ができたら良いのだが」
狩人の反応にピンと来てはいない様子の青年でしたが、狩人の言葉はその耳にしっかりと引っかかりました。
「何か、俺のためにしてくれるんですか?」
「む? うむ。某にできることならば、してやりたいと思うておる……が、そなたは我らとは道理の異なる存在故、何をすれば良いのか皆目見当がつかぬ」
狩人の言葉に青年は「ふーむ」とわざとらしく腕を組みました。
本当は、狩人にして欲しいこと……持ち掛けたい契約が青年にはありました。
最初に狩人が小屋の中に入ってきた時から、狩人からはいい匂いがしていました。青年たちのようなものが感じる、そしてとても好ましい、「善い魂」の匂いでした。ですから、狩人と契約を結んで手元に置きたいと思ったのです。そのために青年は狩人の前に姿を現したようなものでした。それは別に生きていく上で必須なものではありませんが、青年たちのようなものにだって、人間で言うところの嗜好品の類はあるのです。
何かを考えていた様子の青年が、組んでいた腕を解きました。
「でしたら、もしも俺のために何かしたいと思うなら、この小屋に住んではくれませんか。そうして、この山の守り人になってください」
青年のそんな提案に、狩人は当然驚きました。
「この村の人間ではない某がそのような……それに、此度のことを、ギルドへ報告もせねばならぬ」
「……大丈夫ですよ。この村は元々旅人が集まって成り立った場所ですから、余所者や移住者にも優しいんです。ギルドとやらも、村付きの用心棒というか、護衛みたいな名目なら村に留まることを許してくれるでしょう?」
「確かに、村付きのハンターを派遣することもギルドの役目のひとつだが……話をしてみねば、何とも言えぬ……」
「それじゃあ村人たちへの説明ができたら街に行って、ギルドの人と話してみましょう」
ね、いいでしょう?と笑う青年に、自分が考え得る逃げ道をすべて断たれた狩人は頷くしかありませんでした。
そして二人は小屋を出ました。小屋の外では、あの弟がハラハラとした様子で狩人を待っていました。
「先生!大丈夫ですか!? それで、兄たちは、その、どうでしたか……?」
「うむ」
「先生?」
弟は突然聞こえた知らない声に肩をびっくりと跳ねさせました。見ると、狩人の頭の上の辺りに、何か青いものがふわふわと浮いているではありませんか。それは月がごく綺麗な夜に、稀に見られると伝わる幻想的な生き物によく似ていました。けれどその生き物はやはり月のような色合いだと言うので、この青い色はそうではないと言うことです。加えて、口はもちろん顔のような部分も見当たらないのに、自分たちと同じことばを話したのです。
「先生? 貴方、先生って言うんですか。じゃあ俺も先生って呼びますね! あ、俺のことは好きに呼んでくださって良いですよ」
狩人の周りを楽しそうに舞う青いものから、やはり声が聞こえてくるので声の主に間違いは無いようです。
「うむ……。此度の件について、この青き星からそなたたちに話があると」
「青き星……青い星!そう呼んでくださるんですね!良いですね! まあ貴方に呼ばれるならどんな呼び名でも構いませんが!」
なんだか欲しかった玩具を得た子供のように、狩人の何気ない言葉にはしゃぐ青い何かに、弟は「わかりました……」と頷くしかありませんでした。
村に戻ると、早速弟は村の人たちに呼び掛けて、広場に集まってもらいました。
集まった村人たちの前に狩人が進み出ます。中には不安げな様子も受け取れる村人たちに、狩人が口を開こうとしたその時、くだんの青い何かが人型へとかたちを変えて、狩人の隣に降り立ちました。姿こそ、どちらかといえば地味な恰好でしたが、その顔や雰囲気は間違いなく、あの青年のものでした。
突然のことに驚いている村人たちにニッコリと笑みを浮かべて、青年は口を開きます。
狩人をある村に派遣して数日後、ようやく狩人が集会所に戻ってきました。けれど狩人は何故か一人ではなく、見覚えのない青年を伴っていました。
「調査ご苦労。よく帰った。それで……そちらの彼は?」
カウンターの受付から連絡を受けた総司令が二人を出迎えました。労いの言葉を狩人にかけ、街の方でも市場に宝石を持ち込んだ男を探してみたところ、その男が遺体となって街外れの森の中で見つかったということを教えてくれました。狩人が青年の方を見ると、青年は狩人にニコリと笑いかけました。そして青年はその流れのまま、自分の存在に首を傾げていた総司令に向き直ります。
「俺はこの度お世話になりました村の傍、広がる森の奥に座す山の空に住まうものです。今回は事件の顛末と、それに伴ったお願いがありまして、こうして参上した次第です」
朗々と口上を述べる青年の手が、しっかりと狩人の手に絡まっているのを見て、総司令はなんとなく「面倒なことが起きそうだ」と思いました。
「事の顛末とそれに伴う願い? それは興味深いな」
しかしその気持ちをグッと呑み込んで総司令は言いました。
そうして、ギルドマスターと総司令と青年と狩人の、一つのテーブルを囲んだ話し合いが始められたのです。
むかしむかし、あるところに小さな村がありました。そしてその村からまた少し離れたところに、小屋がひとつありました。その小屋には、村と村の周囲を守る狩人が住んでいました。狩人は街からやってきた人間でしたが、その穏やかな人柄と確かな腕前で、村人たちとも仲良く助け合って過ごしていました。けれどどうして狩人が村に来ることになったのか、いつから村に居るのか、知っている人はもう居ないのだそうな。
街から遠くに広がる森の奥、高く聳える山の頂に輝く星がよく見える村のことでありました。