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 コポ、と泡がひとつ、水槽を上がっていく。

 薄暗い部屋に浮かび上がるそのかたちは、とても幻想的である。

 ふわり、ふわ、ふわ――と羽ばたくように液体の中で上下する生き物。すよすよと真っ直ぐ進んでいたと思えば、くるりと道を引き返す生き物。それらの下でゆらりゆらりと揺れている、生き物。

 金属のからだを持たない、幾つもの生命を黄色の単眼が眺めている。

 

 背後の扉が、気の抜ける音を立てて開いた。カシャ、と金属の足が静かに歩く音。

「……帰ったか」

「アア」

振り返れば、任務の報告を済ませてそのまま来たのだろう、所々が煤けた群青色の機体がいた。

「また何か拾ってきたのか、お前は」

そして、その機体が何やら抱えていることに気付く。口部と呼べるパーツは無いのに、排気音――人間でいう所の溜め息――がこぼされた。単眼も、人間が目を伏せた時のように、下方に弧を描く。

「俺ガ何ヲ拾ッテクルノカ、オ前モ楽シミニシテイルダロウ?」

呆れた、という反応を示す機体に、群青色は肩を揺らして言った。本気でそうは思っていないと、解っているからだった。事実、単眼の機体は心の底から呆れているわけではない。すぐにクスクス肩を震わせて、水槽の前から退く。

 カシャカシャと控えめな足音が水槽の前で止まる。

 群青色の機体に抱えられていた容器が傾けられ、中に入れられていたものが水槽に落ちる。

 とぷん、と波紋が広がった。

 新たに水槽の中に加えられたものを見ようと、水槽の前から退いていた機体が再び近寄る。群青色の機体は、見やすいように少し機体をズラした。

「これはまた……この辺りでは見かけない種だな」

「宇宙ハ広イ。少シ足ヲ延バシタダケデ、マッタク見タコトノナイ世界ニナル」

自分以外には聞かせないだろう、生き生きとした声。あまり表出されることのない感情に触れて、自然、小さな笑声がこぼれる。水槽の中には、頻繁に外に駆り出される群青色が、駆り出された先から持ち帰って来た、様々な生命。ふよりふよりと漂うそれらを眺め、呟く。

「そんな世界の一部が、ここには集められているんだな」

 

 それはまるで箱庭だった。けして大きくはないケースに収められた幾つもの生命。

 留守を任されるものの気が少しでも紛れるようにと持ち帰られる。そして、帰ってくるものが少しでもその疲れを癒せるようにと世話される。

 それはまるで互いを想ういのちを集めた、箱庭のようなものだった。

 

 コポリと、泡がひとつ、上がっていく。

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