「――なぁ、」
黒い男は口を開いた。
「オレはさ、アンタのこと、別に好きでも何でもなかったんだぜ」
「知っている」
赤い男も口を開いた。
「そして今も、だろう?」
互いに一瞥もせずに会話するふたりは、やはり別々のことをしていた。
前者は足を机に投げ出すという行儀の悪さで椅子に腰掛け、後者は対照的に本を読んでいた。
黒い男は物思いに耽るように虚空を眺めている。
「アンタじゃなくて、アイツの片割れがアイツみたいに一回堕ちてオレの片割れが出来てくれればって思ってたんだ」
赤い男は何事もないかのように、そうか、と呟いて本の紙を捲る。
「けど、アンタが居た。オレの片割れじゃないアンタが。最初は気になんてなってなかったけどさ」
チラと赤い視線が赤を捉えた。
「なんでだろうなぁ、アンタとこうやって一緒にいるうちにアリだなって、思うようになってたんだよ」
「それは光栄なことだ。図体ばかりでかくなった愚弟に言われるとはな」
「アンタの弟じゃないけどな。弟扱いしてくれんだよな、アンタ」
「平行世界だろうが何だろうが愚弟には変わらん」
「やっさしーの」
視線はおろか顔も上げない男に、しかし嬉しそうに笑う声が響く。
机上に置かれていた長い脚が解いて降ろすと、男は椅子から立ち上がり未だ本を見つめている男の方へと近付いていく。
「そんで、あぁ、オレはコイツでいい。コイツがいいって、思うようになっちまってたんだよ」
背後に回って腕を回す。耳元で囁いた言葉は、届いているはず。
「ふざけた頭だ」
しかし取り合おうとしない男に、ピクリと眉が寄せられる。
「Crazyって、言ってくれよ」
「貴様に似合うのはFoolishだ」
ふぅんと気のない返事を漏らした男は近くにあった耳に舌を伸ばす。かたちのいい耳の輪郭をツツ、と辿っていく。
小さく肩が震え、詰めた声が小さく聞こえた。男の口角が上がる。
本が小さく揺れ始め、そしてパタンと閉じられる。背後にいた男の額を先程まで本に触れていた手が離れろと押す。
しかし腕を回しているからか体格の差か、背後を陣取った男にとってそれは微々たるものにしかならないらしい。
「過ぎてった時間の分だけアンタに惹かれてるんだ」
わかるだろ、と態々耳元で声を潜める男に、とうとう透き通った赤い刃が向けられる。
「馬車にでも轢かれて死ね。それか此処で今すぐに死ね」
言うが早いか、赤刃を解き放つ。
「――今じゃこうして重なっていくすべてが愛おしいよ、お兄ちゃん」
赤く透き通った凶器を避けもせず受け入れた男は幸せそうに呟く。
男の魔力に当てられた赤い刃が澄んだ音を立てて砕けて消えた。それと同時に男の指が顎を捉え、唇を奪った。くぐもった抗議の音がする。
首の筋と酸素の足りない肺が悲鳴をあげる。そうして、漸く解放された頃には息が切れ、前にからだを傾けることになっていた。
「さて、そんじゃオレたちも重なり合おうぜ」
顔を上げさせ、まだ椅子に腰掛けているそのからだに乗り上げる。細められた薄紅の中には黒を纏い赤い双眸を細めて笑う、年上の弟が映りこんでいた。