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灰狼さん好き。うっかり盟友さん倒しちゃってたのでぼっちかわいそうだなってモツ抜きした記念的な。
書き手はケーモー低いぷれいやーだからね、すまんな。

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 穴あきバケツのような兜を抱えて、狩人は旧市街のことを思い出していた。
 多くの人が、呆気なく死んでいく。古狩人も狩人狩りも連盟も処刑隊も血族も。
 けれど旧市街は、来訪者を拒む旧市街は変わらないままだろう。
 自分があの時、何も知らないまま訪れた時のまま。
 外側に赤い飛沫を纏う兜の中で、素朴なかたちの笛が、カラリと小さく揺れた。

 狩人の夢から黒獣の墓場へ覚める。
 黒獣の背後にあった門は隠し街と旧市街を隔てていた。
 人一人が通れる程度に開けられた――黒獣を討伐した後に自分が開けた――門を潜り、狩人は旧市街を走る。
 薄暗く煙ったかつての街中を、かつての住人たちを避けながら往く。
 荒れた石畳を蹴って、視界を塞ぐ煙を払って、まるで何かから隠されたような梯子を上る。そうして、狩人はレンガ造りの建物の真下へ出る。
 そこからまた狩人は長い梯子を上る。
 途中、獣たちが屯している聖堂とも繋がっている道で一息。
 そして目的地――目的の人に続く、最後の梯子に手をかける。

 狩人が梯子を上りきると、その人――灰狼の古狩人は狩人を迎えるように、梯子の方を振り返り立っていた。
 そこで狩人は結局どうするべきなのか、ほんの少し逡巡する。
 自分の前でくるくると回ってみたり、自分の周りをぐるぐると回ってみたりをする狩人に、古狩人は内心首を傾げていた。
 けれど、不意に背後で狩人の動きが停まる。
 旧市街を眺めているのかと、古狩人は思った。
 思って、そして衣擦れの音が聞こえた。
 直後、背中に焼けるような痛み。
 堪らず膝を付くと、背中側から肉を掻き分けて、何かが体内に潜り込んでくる感覚。
 それが五指を持った、人の手であると認識する前に、身体の中のやわらかいものが掴まれ、引き抜かれていく。
 真っ赤な血を撒き散らしながら、古狩人が崩れ落ちていく。
 最後にせめてと力の抜けていく身体を叱咤して、狩人を見遣った。
 狩人――背後からは敵意も殺意も感じなかった。敵対の気配など、微塵も無かったのだ。
 古狩人の目に狩人が映る。工房が用意する、標準的な狩装束を着込んだ、一般的な狩人だ。
 けれど、古狩人を見下ろすその眼は、狩帽子の下から覗く双眸は、たった今行った凶行とは不釣り合いな慈しみの色を帯びていた。
 まるで古狩人のためを想ったが故の行為だと言わんばかりに。
 最初から、この狩人は自分を殺すためだけに訪れたのだと古狩人は時遅くも知る。
 装束にも得物にも、血は一滴も付いていなかった。
 ああ――狂っている。
 獣狩りに憑かれた狩人たちとは、また違った狂気を感じた。
 何かもっと、常人には理解と納得の及ばない理に則っているかのような。
 古狩人の身体が、狩人らしく泡沫と化して消えていく。
 もう夢を見ないというようなことを言っていたから、これが正しく最期だろう。
 獣を同胞として守り続けた灰狼を見送り、狩人は狩装束のポケットから白い花を取り出す。
 狩人の夢で詰んできた花だった。
 三輪のそれを、狩人はその場にそっと置く。風に飛ばされないように、その辺に転がっていた小さな瓦礫で重しをする。
 そして膝を折り、祈りを捧げる。
 やがて狩人は満足したのか、上って来た梯子を下りて、下りて、狩人の夢へ帰る灯りまで走っていく。
 荒れた石畳を蹴って、襲い掛かってくる獣たちを避けて、狩人は旧市街を走り抜ける。

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