「――兄さん? ノボリ兄さん?」
書類を片手に僕は兄さんを探してギアステーション構内を歩き回る。
そうして最後に辿り着いたのが仮眠室だった。鉄道員が仮眠を取っているかもしれないので僕は静かにドアノブを回して、そっと中に入る。なるべく足音を立てないようにベッドを見ていく。
……あった。
奥に一つだけ不自然な膨らみを持つベッド。白いシーツが規則正しく上下している。僕はそのベッドに近づき、腰かける。そっとシーツをズラせば、やはりが兄さんが眠っていた。幸せそうに穏やかに目を閉じて、少し口角が上がっている。無垢な赤ん坊のようだと思った。眠っている兄さんなんて何日ぶりに見ただろう。このまま眠らせてあげたい気もしたけれど、手中の書類が早く起こせと催促する。
「……兄さん、」
「……ん、むぅ」
小さく呻いて、くすっぐたそうに身を捩るだけで起きる気配がない。
「兄さん、起きて」
不思議と、眠っている兄に不満は抱かなかった。
寧ろ。口では起床を促しているが内心では起きるなと叫んでいた。
「(……今ならコレ、キスとかできるよね、出来るよね。いやでも相手は寝てるわけだし。っていうか寝てるとこにキスするとか、寝込みを襲うってことだよね。なんかそれって卑怯じゃない? 兄さんが起きたとき僕どんな顔すればいいの? え? っていうか僕、どこにキスするつもりなの? そもそも相手が寝てないとキスできないの? 僕? それって所謂ヘタレってヤツ? いやいやいや僕はヘタレじゃないって。違うって。絶対。正々堂々出来るってキスぐらい。ただ、今しやすそうなタイミングじゃない?って考えてるだけだし。断じて僕はヘタレじゃないって。いやでも相手が寝てる時にするのって、どうよ。男としてどうなの自分。あれ。そういえば兄さんって男だよね。ちなみに僕がキスしたい相手って兄さんだよね。で、僕も男だよね。心内確認、準備オッケー。ってオッケーじゃないよ自分。おい)」
頭の中がものすごい速度で回転している。
「(ええぇぇぇえええ。なにこれ結局ヘタレじゃん僕。駄目じゃん。落ち着け。一回落ち着け、自分。深呼吸、深呼吸。って、うわあぁぁああぁぁぁああ兄さんの香りぃぃいいいいぃぃ!逆効果!逆効果だよ! 自滅したよ僕の馬鹿野郎おぉおおぉ!)」
20歳を超えた大の大人が声を出さないように頭を抱えてベッドの上で悶えている光景はなんともシュールだった。
しかし本人はいたって真面目である。
「(っていうかね!っていうかね! 無防備すぎるよ兄さん!!)」
「……兄さん、起きて、(あぁ!僕の馬鹿野郎! あともう一歩だろ!)」
憎しみと愛と悲しみ
(おや、どうかしましたか? クダリ)(…いや、何でもないよ。ノボリ兄さん)