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 人間はふと思った。普段レースに明け暮れ、どれだけ速く走るか、どれだけ芸術的に相手を壊すか、を第一に考えている機体たちは、あの両腕で不便ではないのだろうか、と。

 ノーマライザーヘビィがちょっとした用でマスターの部屋を訪れた時、部屋の主の側に控えている単眼の機体を見て驚いた。驚かざるを得なかった。だってその機体には手があった。自分たちには無いはずの、五本の指と手の平のある、手を持っていた。思わず当初の目的を忘れ、それはどうしたのかと訊く。

「それ――ヒトの、人間の、手……だよ、な……?」

「あぁ、そうだな。まぁ後で他も集めて話そうと思っていたが……良いですか?」

単眼がチカリとマスターに伺いを立てる。訊かれた人間は穏やかに頷いた。そうして、手について他機へ話すことを許可された単眼の機体――ブロックヘッドは話し始める。

 要するに、マスターの気遣いの結果らしい。不便そうだから用意してみた、と宣う所有者はあっけらかんとしている。

「とはいえテストは必要だろう? だからまず試験的に俺が着けてみて、特に問題が無ければ他機へも勧めようとマスターと話していた。もちろん、装備できるのは拠点内だけだし、換装も任意だが」

「そう……なのか…………え、で、その、今のところどうなんだ?その、テストってヤツは」

興味津々と言った様子でブロックヘッドの手を捕捉しているヘビィが視線をチラチラと単眼に向けながら言う。

「あぁ。今のところ問題は無いな。システムエラーも出ていない。よく馴染んでいる」

微笑ましく思いつつ、自分の次に古参である機体の、準同型機に答えてやる。そうすれば頭部と腕部を行き来していた視線がガバリと頭部に向けられた。平生よりも光量を増している視覚器に、雄弁だな、と思った。それは当然マスターにも知れているようで、その頭部は緩やかに上下している。同時に、双眸と口元が緩やかに弧を描いていて、データで見た、子を見る親のような表情だった。大きさや性能の良さはこちらの方が上なのだが、とブロックヘッドは思わないでもないが――自分たちの所有者は自分たちを、それこそ実子のように思っていることを知っていたから、くすぐったくも思うのだ。

「お、俺も……! それ、着けてみたい……!」

いつもより少しばかり幼げな口調――と、マスター曰く表情――でヘビィがブロックヘッドの手を自分の腕で指した。チラと単眼がマスターを窺えば、人間の首はやはりゆっくりと上下に揺れた。このマスターのことである。ブロックヘッドの手を見たヘビィが何を言い出すかなど予想出来ていたのだろう。

 ブロックヘッドに言われたことで思い出した当初の目的を済ませ、またマスターはブロックヘッドがヘビィと行動を共に出来るよう――休憩名目で――席を外させる。

 そうして、ノーマライザーヘビィは普段機体の点検やカスタマイズに使っている部屋へ、ウキウキとした様子で足を踏み入れたのだ。幸いにも先客は見当たらない。

「換え方はいつもと同じで良いのか?」

データ盤から換装するパーツを呼び出すブロックヘッドに期待を殺し切れていないヘビィの声が向く。そうだな、と答えながら最古参の機体は隠しコードから新しく密かに用意されていた装備を引き出した。いよいよ現れた新しいパーツに、ヘビィが腕を伸ばす。差し出された腕をブロックヘッドの手が受け入れ、装備されている武器を、今までの換装では信じられないくらい丁寧に取り外した。否、五本の指と手の平がある手としては、それはごく普通と言えるものであった。

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