カーテンの隙間から白い光が射し込んでいる、夢現に微睡むような朝だった。波打つシーツの中にはふたつの似通ったからだが横たわっていた。色素の薄い髪と同じ睫毛が震え、ゆるゆると目蓋が持ち上がる。その中から見えたのは、褪せたブルーアシードだった。小さく唸り、気怠そうにシーツから這い出した青年は、ベッドの側にあるテーブルへ手を伸ばし、その上に置いてある長方形のデジタル時計を手にした。眉間に皺を寄せて確認した時刻は朝陽が昇ってからまだそこまで経っていないだろう時刻。未だ隣で眠りの海に沈んでいるもうひとつのからだを一瞥して、昨夜の名残が散らばる寝台を抜け出す。そっと伸ばした足で捉えた床は、ヒヤリと冷たく硬かった。
澄んだ朝の空気は決して不快なものではなく、寧ろ萎びた肺を潤してくれるような気さえして、のっそりと起き出してきた蒼眼の持ち主は満足そうに目を細めて息を吐いた。
朝、ぼんやりとだが、目覚めてみると彼はひとりだった。何かを探すように、くしゃくしゃになったシーツの上をズルズルと腕が這い回っている。けれどそれも数分のことで、自分の近くに何も誰もいないと認識したらしい腕は何処か恨めしげにパッタリと動かなくなった。そしてシーツを手繰り寄せ、寝返りをうってからだを丸めた。ズルズルと眠りの穴へ潜っていく。普段は寄っていない、眉間の皺がその不満を雄弁に物語っていた。
「――……、」
そして、寝室の扉に寄りかかり、そんなシーツの繭を見ているものがひとり。
何処にでも売っていそうな、ありふれた煙草を咥えて眺めている。黒いシャツと黒いクラックスに着替え、軽く前髪を上げている。褪せた蒼の双眸は目の前の白い塊を数秒――或いは数分の間捉えていた。そして溜息のように紫煙を吐き出してベッドへ近付いていく。
「エメット」
繭の中身――実弟の名を呼ぶが、反応は何も無い。かたちのいい眉が顰められる。ギシリとベッドが軋んで沈んだ。波打つ白の上に腰掛けた青年は弟の方へからだを傾ける。伸ばした手でシーツを少しズラし、やはり閉じている瞼を確認して肩を掴んで揺さぶる。衣擦れの音と、色の薄い白金の髪がベッドを叩く音が、小さく浮かんでは消えていく。揺さぶるという行為を叩くという行為に変え、ペシペシと繭を叩いてみても反応は変わらず――よくもまぁこんなに眠りこけられるものだと感心すらした。
「起きなさい」
「んー……もう、ちょっと」
モゾモゾと、引っ繰り返された石の下にいたダンゴムシが新たな安息の地を求めて散って行くように、実兄の手から逃げていく。その様子に何を思ったのか、褪せた蒼の双眸は細まり、かたちのいい唇から細く紫煙を吐き出すと音もなく立ち上がり、やはり音も立てずに部屋から出て行った。
数分が経ち、弟を起こそうと兄が戻ってきた。その手には革のベルトが握られていた。ヒュ、と空を切る音。
「イ――ッたァアア?!」
スパーン、という類の音と情けない悲鳴が重なる。シーツの上からでもしっかりと獲物を捉えた革の鞭を片手に、兄は弟の背を駄目押しとばかりに蹴り飛ばす。白い塊がベッドの上から冷たい床の上へ騒がしく移動した。
「ほらエメット、起きなさい」
「嫌でも起きるよ!」
「あぁ、ようやく起きましたか」
真っ赤になっているだろう、革のベルトで叩かれた部分に手を伸ばしながら弟は立ち上がる。撫でるように額へ伸ばされたもう一本の手は、そこに大したダメージが無いことを知ると背中の方へ向かった。兄の双眸と対比するような、薄いカーマインの双眸は潤んでいた。けれど兄はそれを無視して――気付いていない素振りで――弟に言う。
「さっさと支度なさい。行きますよ」
子供が苦手な食べ物を前にした時のような表情を浮かべていた弟は革のベルト片手にさっさと部屋を出て行ってしまう兄の背を眼で追い、はぁと溜め息を一つ吐いてから兄を追う。
ペタペタと足音を立てながらダイニングに移動すると、兄は革のベルトを椅子の背にかけてキッチンに居た。簡単な朝食を用意してくれているらしい。先に完成していたサラダの中から一口サイズにされた林檎の欠片を摘まみ上げると口の中へ放り込んだ。薄黄色をした欠片を噛み砕けば、シャクと瑞々しい音がした。
「なんかて言うかさァ、インゴォ」
スクランブルエッグを作っているコンロの前の兄にもたれかかると、案の定兄からは邪魔だと言われる。
「もうちょっとやり方はなかったのかなぁ?」
「お前にはアレが丁度いいでしょう……退きなさい。焼きますよ」
素直に自分とあまり変わらない背中から離れると、用意されていた白い皿に鮮やかにできたスクランブルエッグが盛り付けられた。空になったフライパンを、火を止めたコンロの上に置き、白い皿を持ってテーブルへ向かおうとした兄を後ろから腕を伸ばして引き止める。空気が僅かに張る。それに気付かないふりをして、弟はからだを寄せ、まだ何の装飾品も付いていない耳に唇を寄せる。回された腕が、妖しい動きを見せ始める。
「ねぇ、ちょっとやり直してみない? 今度はさ、こう、もっと甘い感じで――」
大きな溜め息を一つ吐き、兄は弟の足の甲を踏みつけて朝食を手にキッチンを出て行ったのだった。