top of page

 その館には、廻り巡る四季を見事に映し出す、美しい庭が在った。春にはこの世に芽吹くいのちを残さず集めたかのような色彩に彩られ、夏には空や海にも負けぬほど瑞々しい青を湛え其処に優しい影を作り憩いの場となり、秋になると素朴な姿に変わったいきものたちが各々これから来るであろう季節に備え、その季節である来たるべき、冬という季節には僅かな色を残して無彩色を纏いやはり美しく在るのだ。そんな庭を持つのは、館の住人。其処に住む、二人だった。実際に庭を弄っているのは、一人がほとんど家にいないからこそ、そのうちの一人だけなのだけれど――久々にその館を訪れた青年は眉を顰めた。あの、いつもうつくしくあった庭が、荒れている、と。錆びの浮かんだ門を押すと、鈍く、ぎぎ、と音がして開く。奔放に茂った植物にまとわりつかれながらも、青年は館に近付いていく。手入れのされていない庭は、自然の姿と言えば恰好はつくが結局のところちぐはぐなパズルのようなものだ。一般的な目では情緒も趣も何も感じられないだろう。
 踏み入った館の中もまた荒れていた。家具や装飾品は埃を被り蜘蛛が巣を張り、目立つ物が壊れてないとはいえ廃墟と評しても差し支えが無い。人気の無い、薄暗い館の中を青年は一人進んで行く。もう随分と人の出入りが無いように見える。探しているひとが、いるといいのだけれど、等と独り言ちる声が時折零れ落ちては薄暗い静寂に消えていくけれど、青年は知っていた。その、探しているひとがこの館の、おそらく書庫に居るであろうことを。埃っぽい館の中を、青年は軽やかな足取りで進んで行く。
 中世の城門のような扉が目の前にある。青年の背丈よりもはるかに大きなその門を押すと、ゆっくりと、しかししっかりと開いて、更に光の無い書架の森が現れる。心なしか、幾分か褪せたような背表紙の並んだ木々の間を歩いていくと、その最奥にそのひとはいた。座り込み目を閉じて、本の山に凭れ埋もれかけているそのひとの頬をする、と撫でてやると、ぴくりと小さく目蓋が動いた。
「お早う」
「――、」
あ、というか、う、というか――小さく声を漏らして、身じろいだ後ようやく目蓋が開かれる。
「今度はどうしたの? 見たところ――数年は停まってたみたいだけど」
「………わから、ない」
掠れた声。未だ覚めきっていないらしい、焦点を結ばない瞳。薄く開かれた唇。
「庭…っていうか、敷地が荒れてる。小間使いたちは?」
小間使い――正確にはそのひとの便利な能力のことなのだけれど、それはどうしたのかと訊く。するとそのひとは思い出したと言わんばかりに、小さく指を指揮するように振った。そうして小さな風が吹いたかと思うと、館のあちらこちらで音が聞こえ始めた。
「…それで、どうしたの、突然」
相変わらず、四肢を本の山――というか海というか――に静めているそのひとは青年に問う。
「こっちは、大丈夫だけど――?」
青年の表情が翳る。正面から相手の瞳を覗き込んで、しかし笑顔は消さずに口を開く。
「大丈夫?大丈夫だって?数年間停まってて?」
僅かな光で鈍く煌めいた瞳は微かな紅色を浮かべている。身じろぎひとつ許されない相手は、相変わらずの無表情でいた。
「ねぇ、あいつは今どこにいるの?」
優しく訊いているけれど、その声音に含まれているのは黙秘も嘘も許さないという意志。隠すつもりも黙り込むつもりもない相手はただ一言、知らないと事実を述べる。その答えに、浮かべられた笑みの意味は――。

bottom of page