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某角装飾画像ついーとから受信。さわりだけ。

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 この世界の住人は2種類に分けられる。角を持つものと、角を持たぬものの、2種類である。
 翼、尾、鱗、鰭や鰓の有無よりも、角の有無が、その世界では注目されていた。
 角を持つもの――有角種は頭部に角を持つ。長さ、形状、本数は個体個人により様々である。なぜ角の有無で呼び名が分けられているかと言えば、それこそ同種族であっても角の生えるものと生えないものとが存在しているからであった。何時からそのような違いが見られ始めたのかはわかっていない。そして頭部を飾ることとなるその角は、持たざるものの羨望や憧憬を集めるに足る、堅さや美しさを持っていた。
 とは言え、角の有無が差別や格差に繋がるかと言えば、その限りではない。そんな時代や地域もあっただろうが、多くは過去の話である。密猟、あるいは密漁に遭い、角を奪われたり愛玩品として売りに出されることも未だに少なからずあるが、それは他種においても同様にあることで、有角種が取り分け被害に遭っているわけでもない。

 故郷の村が戦火に消え、そこを偶然通りかかった鬼に、弟分共々拾われたのが数年前。そして何処から流れて来たのか、そこはかとなく胡散臭さを感じる有角種がこの気紛れな放浪に加わってから、数日。人里から遠く離れた樹海を歩きながら、有翼の男は小さく溜め息を吐いた。
「なんだよ溜め息なんて。腹でも減ったのか?」
「お前と一緒にするな」
それを耳聡く聞きつけたのは獣の耳と尾を持つ弟分。人の耳よりも多くの音を拾える耳の持ち主がニヨニヨと笑みを浮かべて覗き込んでくる。呑気な眼を睨み返せば、おー怖い、とやはり呑気な声。こんな鬱蒼とした場所でふざけている場合かと思うが――ふざけられるとは、むしろ凄いのかもしれない。前を往く鬼と新入りの背を見詰めながら、男は落ち葉や枯れ枝が積もった地面を踏みしめる。
 有角種は、己の頭部に生えたそれを装飾することが間々ある。男の拾い主――上司と言っても差し支えない――の鬼は特に頓着していないが、今までに通って来た町や村にいた有角種たちは、その角を飾り立てていることが多かった。現に、新入りは角に精緻な模様を彫り込んでいる。じゃらじゃらと装飾品をぶら下げていないだけマシであるが、なぜ飾りたがるのだろうと男は思っていた。
 そうして、歩き続けていた一行は、冷やりと涼しい洞窟へと踏み入っていた。ぼんやりと光っている壁には発光虫や光苔の類が住み着いているのだろう。内部には、先が見えない割りに澄んだ空気が満ちている。見目通り、獣に等しい聴覚や嗅覚を持つ弟分が何も言っていない辺り、清浄だと言える。
 けれど――この、背骨の随が震えるような、掴み難い悪寒は何だと男は思う。此処へ自分たちを連れて来たのは、おそらく、間違いなく新入りだ。その隣の鬼が一見何の変哲もない、何の気配もしない――入り口で何も感じなかった――洞窟へ自発的に入るわけがない。何を考えている。何やら話が続いているのを、邪魔せずに放置していた数分前を早くも惜しむ男の胸中を察する者はいない。染み出した地下水が滴り落ちる音を遠くに聞きながら、引き返すには遠くなり過ぎた道を、振り返らずに往く。やがて見えてきた出口には光が見えた。
 今まで歩いて来た道は洞窟と言うより、通路と言った方が自然だと思われた。開けた眼前には、ぽっかりと空間が出来ていた。正確には、一行は吹き抜けの穴の、その側面に出たのである。一人か二人が並んで歩ける程度の細い道には申し訳程度の柵が設けられている。周囲を見渡せば同じような道がぐるりと壁を伝い、所々には階段も見受けられた。そして中央。吹き抜けの底には、石造りの舞台が置かれている。アレか、と鬼が新入りに訊く。その言葉に、舞台上に何かあるらしいと察した男は柵の方へ近寄り、下方を覗き込む。美しく磨き上げられた白磁の舞台上には、人影が一つ、見えた。
 不本意ながら弟分共々眼下の光景に息を呑んでいると、新入りが天を仰いだ。次いで先を促す声が聞こえて来る。
「さ。行きましょう。陽は落ちている。直に月が昇りきります。その前に」
角と同じく、精緻な模様の描かれた仮面から声量の抑えられた声がして、すぐに背中を向けられる。緩やかな下り坂になっている道を歩き始めた新入りと鬼の背を追いつつ、男は舞台上の人影へもう一度視線を落とす。
 差し込む星明りを反射する舞台の白の中、黒い――青味を帯びているように見える――影は動かない。地面に広がる布は大きさや形が様々で、その影は飾り立てられているのだと察せられる。さながら供物、あるいは贄のようだな、と男は人影を哀れみ嗤った。だが、あれと接触してどうするのだとも思った。
 シャン、と不意に音がする。それは未だ遠く見える、舞台の周囲から響いてきた。舞台上以外に人影は無い。しかし確かに舞台の周囲から、多量の鈴が慣らされる音がする。新入りが焦ったように再度天を仰ぐ。釣られてぽっかりと口を開けた天部を見れば、そこには既に青白い満月が浮かび上がっていた。
「なんでもう……ッ、急ぎましょ――えっ!?」
何か予定と違うことが起きているらしい新入りが振り返る。やはりこいつは此処を知っている。噂や風聞から此処へ自分たちを誘ったのではないと、揺るがない核を持つ声音から男は確信した。
「どうした。急ぐのだろう?」
そして、柵を乗り越え舞台まで飛び降りようとしている鬼に頭を抱えた。
 素っ頓狂な声を上げた新入りが制止の言葉を吐く前に鬼は服の裾を翻して飛び降りていく。悪態を一つ吐いて男は弟分と新入りを引っ掴む。飛び降りる直前、月明かりに照らされた吹き抜け部分の空気は、肌を裂くような冷たさに感じられた。
 落下距離にしては軽やかな音でもって着地した鬼は舞台上の人影が空へ手を伸ばし始める姿を見る。幾重にも重ねられた布の下から伸びる指先は細い。それが何に向かって伸ばされているのか、鬼には心当たりがあった。吹き抜けを降下していた時、頭上――空から感じた、得も言われぬ圧迫感。何かが降りてきている感覚。おそらく、それに手を伸ばしているのだ。
 布の下から出た指先の、月光に曝された部分に、小波のような模様が浮かび上がる。光を返す水面のような刺青のようなそれは身を這う呪いにも見えた。
 伸ばされる指の先を見る。空から降りて来るものを見る。それは透き通っていた。どろりと、色だけは青白い月光色で美しい、不定形な半液体状の何かが、舞台上から伸ばされた手に応えるように、腕のようなものを伸ばしている。端に寄った場所へ着地していた鬼は舞台中央へ駆け出した。獲物を見す見す逃すなど――それも目の前で――あり得ない。
 翼を使い無難に着地した男は得体の知れないものへ躊躇うことなく突っ込んでいく鬼の背を見る。弟分は、解らなくも無いが小さく震えている。この調子なら耳はペタリと畳まれ尾もクルリと巻き込まれているだろう。新入りの方はと言えば――。
「儀式は!中止だ! ソレは俺たちが喚び出したいヤツじゃ、ない!」
いつの間にか舞台中央付近へ躍り出ていた。その声に、弾かれたように舞台上の人影の首が動いた。鬼と新入りの身体がその姿に重なる前にチラと見えたのは角。やはり有角種か。顔は見えない。顔の前に揺れた布で、見られなかった。
 ドロリとしたモノが人影に触れる直前、新入りの手が人影に届き、その身体を守るように抱き被さる。そんな新入りの襟を鬼が掴み、思いっきり舞台端へ投げ飛ばした。代わりに、半液状の何かに鬼が呑まれていく。未知の光景に男は動けずにいた。舞台の中場から放り投げられた新入りも同じように舞台中央を凝視している。動いたのは、その腕に抱えられたまま居た人影。弾かれたように身を起こし、月光の照らす場所まで駆け戻る。そうして、勢いよく地面に両手を付いた。手と触れ合った場所から、小波のような模様が鬼の方へと延びていく。ぐるりと半液状のモノごと、周りに巡る。
「還り給うな、戻り給うな、留まり給え。その身が充足のものと成るまで、暫しの猶予を与え給え――!」

 「つまり――アレはお前たちが喚びたかったものではないと」
「正確には喚びたかったものの不完全体だな。解読した文書の記述に欠けと軽微な間違いがあったらしい」
「すまない……俺がもっと早くに気付いていれば」
 ギュルル、と小波が半液状のモノごと鬼を締めあげたかと思うと、それは一切の痕跡を残さずに消えていた。鈴の音も止んでいて、月光に照らされた静寂だけが残る。その中で黒色に極近い青装束に身を包んだ人影が一つ息を吐き出し、ようやく他の者も動き出すことができたのだ。
 人影は新入りの親友だと言う。当然のように有角種のその親友は、身に纏っているもの同様、角にも多くの装飾を施していた。顔を隠し、ゆらゆらと揺れている布は、下部の二隅に重しとしてだろう綺麗な石が釣られている。その布を角に結び留めている紐や周囲にもチリリと鳴る装飾品が咲き誇っている。他の部分にも装飾が掛けられていて――動きにくそう、重そうだ、と思う。けれど、それだけ飾り付けられていてもそこまで不快感を覚えないのは、儀式のためだと解っているからか、統一され纏められた色彩のおかげか。
 「一度喚び出すと次に召喚できるのは数百年後になる。だからその身体に憑いてもらい、今回喚び出せなかった部分を喚んだ時に完全体になっていただこうと思ったのだ」
「勝手に他人様の身体を器にするなよ!?」
悪びれることなく事態を収拾させた術とその背景を打ち明けた親友に弟分が唸る。しかしそれは大して意味をなさず――親友の眼は、目覚めてから身体の調子を確かめ、紫電のような鬼火を楽しげに操っている鬼の方へ向けられた。
「――……普通、不完全であろうとも、それこそ一欠片だとしても、神域の存在に触れればそれに身体を明け渡すことになる。それなのに――何故あの鬼はそのままで居られている?」
「……術が失敗した、とは考えられないのか」
「それはあり得ない。術は確かに成功し、あの鬼の身体へ月神様を収容した」
 「それで――お前は俺の下に就くと言うことで良いのか?」
男たちが首を傾げていると、鬼が振り返った。問いはおそらく、親友へ向けたものだろう。元来の四肢の強靭性に加え、鬼火と言う武器も手に入れた鬼の機嫌は、見るからに良さそうである。
「……そうだな。私がこの身を捧げてお招きする予定だった神は今やお前の中に在る。ならばそれが道理だろう」
「これが契約の紋と言ったところか」
歩み寄って来た鬼が、言いながら袖を捲ると、その肌にはつい先程見た覚えのある、小波のような模様が浮かび上がっていた。親友がこくりと頷く。
「だが――欠けた部分や誤りのあった部分を探し出し、月神様の残りの部分を喚び出した時、私は間違いなくお前から月神様を解き放つ。それでも良いのか?」
布に隔たれたその顔を見えないけれど、笑っている、と言うことは判った。そして、鬼も笑っていた。
「良いだろう。この俺が、月などに喰われると思うなよ。喰らい尽くし、俺がお前の主となってやろう」
 斯くして一行にまた新たな旅の道連れが加わる。儀式の際に見た指の細さと、新入りに庇われていたという印象から、厳しい環境に曝されもするこの旅には向いていないだろうと思われた。けれどその有角種はあっさりと仰々しい衣装と装飾品を動きやすくなるまで切り捨て、要らなくなった部分を旅費に換えようと、やはりあっさり言い放った。物を揃える時も的確に仕入れて見せ――存外、有用な拾いものだったと男たちが思うのは遠くない未来のことだった。

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設定のようなもの

鬼(大帝さん):有角種。普通に強い鬼。出自不明。旅をしている。旅の途中、月神の魂を憑かされたことで鬼火を使えるようになって強さ増し増しに。
有翼種の男(星叫さん):無角種。いわゆる戦災孤児をしていたところを鬼に拾われる(付いていくことにした)。月神召喚の儀式から神域の存在の力に興味を持つ。
獣の耳と尾を持つ男(航空兵くん):無角種。有翼種の男の弟分(自称双璧)。獣相当の鋭敏な聴覚や嗅覚を持つ。鬼に懐いている(すごい・つよい・かっこいい)。
仮面の新入り(親友くん):有角種。角に模様を彫り込んでいる。仮面にも似たような模様が描かれている。瞬間移動のようなことができるようだ。
新入りの親友(音波さん):有角種。角に結び垂らされた布で顔が隠れている。装飾品は少なめ。旅の途中、鬼と仮初ながら主従関係を結ぶことになる。
月神(星帝):神域の存在。平たく言えば神様。青白い満月の神。破壊や破滅をもたらす、いわゆる邪神と呼ばれる類の神。一般的には信仰されていない。

一度入れられた神域の存在を引き抜かれたら普通死ぬんだけど鬼さん(大帝さん)はどうなんだろう……みたいな。親友さん(音波さん)は別に鬼さんが死んでも構わないスタンスなんだけど現状見てると逆に月神(星帝)が鬼に喰われそうだな……みたな_(:3」∠)_

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