「ねぇフェロ、自分で動いてよ」
自分の上に跨っている弟にカリルは口角を上げて言った。
八月の室内。噎せ返るような暑さの中で、乱れた髪が額に滲んだ汗で張り付いているのを優しく手で上げてやれば、羞恥に頬を朱く染め瞳を潤ませた愛しい弟と視線が合う。
「はっ、ぅ、そんなの、」
「先に仕掛けてきたのはキミなんだからさ!」
「なっ――」
正確には事故なのだが。
そもそも弟―フェロはパロ・ハボンから帰ってきて濡れてしまった服を変えようと部屋に向かっていただけで、非は無い。
ただ、その途中の曲がり角でベタなラブコメディのように兄のカリルとぶつかってしまい、運悪く彼を押し倒してしまっただけなのだ。まったくの、事故である。
そして当のカリルはこれ幸いとその事故を口実にフェロを事に至らせたのだ。
自分の手の上で愛らしく踊ってくれる弟に兄は笑みを深くする。
「違うの?」
「――ぅあ、あ、ちょ、ちがっ、やめ、うごく、なぁッ……!!」
緩く腰を動かせば必死になって制止を求める。
「あは。そんなにイイの?」
自分で動いたらもっとイイかもね、と言うと朱い顔で俯いてしまう。
ちらりと顔を見ると、潤んだ瞳が泳いでいる。
本能と理性が戦っているのだろう。
此処が職場でなければ、フェロも人並みには気持ち良いことが好きなので本能が勝っていただろうに。
「ね、ね。いいの? 早くしないと誰か来ちゃうよ?」
「!!」
「それともここで止めてトレイン戻る?」
フェロがバッと顔を上げて、はくはくと口を開閉させる。
「ボクはどっちでもいいんだけどね…?」
近くに転がっていた懐中時計に手を伸ばし、そろそろ挑戦者来るかなーなんて呟けば、フェロはとうとう意を決したらしく、涙目でカリルを睨みつけ、ゆるゆると腰を上げた。
「―――っ、動けば、いいんでしょう…動けばッ……!」
半ば自棄になって腰を振る。
腰を浮かせれば、ズルリと中に収まっていた質量が抜けていき、逆に腰を落とせば、ズブリと粘着質な水音をたててそれが中を穿つ。この暑い中、どうしてこんな熱いものに中を突かれなければならないのか、とフェロは羞恥と屈辱から目頭が熱くなるのを感じた。身体を支える腕が震える。するとカリルの手が優しく頬を撫で、そのまま流れていた水滴を拭った。
「…ごめんね」
そこでようやくフェロは自分が涙を流していたのだと気付いた。
慣れないことをさせるものじゃないな、と弟に無茶振りしたことに小さな罪悪感を持ちつつ、優しくフェロを下にする。
「うん、ごめんね? 騎乗位はまだ早かったね」
でもよく頑張りました、と赤子にするように額や目蓋にキスを落とすと、弟の口から震える吐息と、小さく呪詛めいた言葉が零れてきた。それを笑って聞き流して、膝裏を抱え直す。
「はっ、あ、あぁぁあぁあっ?! うぁっ、あっ、ちょ、まっ…!」
一息ついたところを見て性急に律動を始めると、呼吸を整えていた口からは意味の無い音が溢れ、揺さぶられている為に榛色の双眸からは、ぼろぼろと涙が零れる。
「――はっ、フェロ、綺麗、だよ…!」
「あ、ぅ、っ、るさい!」
「ふふ。照れてるね、此処、きゅうっ、ってさ、」
「ひぁ、あッ、だま、れぇっ、言うなぁ、あぁっ」
背中に回されていた手が、がりりと痕をつけるのを感じた。
赤くなるんだろうなぁ、と弟の付けた引っ掻き傷を想うと眼下に白い首筋が見えた。
カプリと吸い付くと盛大に身体が跳ねる。首筋から顎下へ朱い痕を残しながら上へ上へ行くと溢れた唾液で淫靡に艶めいた唇に辿り着く。そういえば今日はトマティーナだったけか、と暑さでほとんど機能しなくなった頭で思い出す。
赤く熟れたトマトのように美味しそうな唇を優しく食んで、口付け、舌を滑り込ませる。
「っん、ふ、んぅ、」
何度も何度も角度を変えて深く深く侵していくと、くぐもった声が漏れる。
「さ、いこ?」
と、唇を離して囁いた、丁度その時。
「やっほー! フェロ、カリル! 久しぶり……あ」
「「!!」」
ズバンッ、と勢いよく扉が。
「ちょっとクダリ、扉を乱暴に開けてはいけませ……」
開いて。
「クダリ…に、ノボリ……?」
何と間の悪いことに。
「あ、その、えっと、ゴメン、ね?」
日本からの来客が、
「――――――」
来た。
トマトおいしいよとまと
(今日一日はトマトサブウェイで御座います)(49両目で待ってるよ!)(え、嘘)