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 小型モンスターたちの姿が見えなくなっていたことに、もっと早く気付くべきだった。いつの間にか息を潜めていった生命たちの音に、違和感を覚えるべきだった。

 

 生え立つ結晶や唸り流れる溶岩を持つフィールドの静けさを、突如として炸裂した轟音は割り砕いた。次いで、知った声の怒号。場を形成する結晶の柱を興味深げに眺めていたソードマスターは音のするエリアへと急ぎ向かった。

 その先にあったのは、地面に突き刺さった無数の棘と、負傷した相方を庇いながら戦線離脱を試みる狩人、そしてそれを阻んでいる滅尽龍――ネルギガンテの姿だった。負傷者を背に古龍と立ち回って無事でいられる可能性など、絶望的である。ならば自分の役目は、否、仮令このような状況でなくとも、自分が取るべき行動は一つだろう。足元の石ころを拾い上げて、ジリジリと牽制し合っている狩人と古龍の元へ走る。

 自分たちの元へ駆けて来る先達の姿を見て狩人の目が丸くなる。いつかのごとく、後輩の危機――奇しくも危機をもたらしたモンスターもいつかのものと同じ――に迷わず飛び込んでくる強さと優しさに、そんな場合ではないけれど、好意と憧憬はより強くなった。眼前の人間の変化に龍が視線を追って振り向こうとする。丁度その時、投擲された石ころが、ゴツリと龍の片目に当たった。

 鱗や甲殻に覆われていない箇所への衝撃に堪らず龍は仰け反る。そして無謀にも己へ石を投げた人間へ、意識を移した。

 

 彼の青き星が奇面族と交流を持つ中で発見、設営した近場のキャンプへ後輩たちが撤退していく姿を確認しながら立ち回る。幸いにも、結果的に滅尽龍の意識がそちらへ向くことは無かったが、途中途中でハラハラとした。加えて、片目を封じたとはいえ、野生特有の嗅覚や聴覚で敵を捕捉する滅尽龍との戦闘は易しいものではない。いつかのように、早々にあちらから退いてくれると言うこともないだろう。上手く凌ぎきれるか撒くことができるか――討伐しきれるか、この老体にどこまでできるかとソードマスターは小さく笑った。

 

 振り下ろされる前脚を避け、突っ込んでくる巨躯を躱して隙を突く。強者を前にする高揚感は、やはり心地良いと狩人は目を細める。

 足下でちょこまかと動く人間は、違わずこちらの隙を突いて来る。身の丈を超える得物を操り挑んでくる小さな影に、滅尽龍は苛立ちと微かな興味を覚える。

 

 均衡が崩れたのは程なくしてのことだった。

 

 ぐらりと地面が揺れたかと思えば、そのままぐらぐらと世界は揺れ続ける。灼熱の赤が覗くエリアの方から聞こえて来る轟きに、溶岩の運動が活発化しているらしいことが察せられた。しかし人間が揺れに気を取られ、体勢を崩した僅かな隙を、滅尽龍は見逃さなかった。

 未だ続く揺れに、僅かに狙いを外しながらも滅尽龍が前脚を地面へ打ち込む。狩人の足元、ごく近い位置に落とされた衝撃は、無数の破片や棘を伴ってその身を襲った。

 岩や結晶の欠片が肩や腕を撃ち、得物を手放させる。足に当たったものは姿勢をより崩させた。そして、至近距離から飛ばされた硬い棘は、容易にその防具を貫いた。膝を折り、崩れ落ちるソードマスターの身体を、けれどそれを許さずに滅尽龍は尾で殴り飛ばす。どしゃりと壁に打ち付けられ、棘がより深く骨肉を喰らった。

 とうとう地面に伏せった人間へ近付く。銀と緑の防具は赤く染まりつつ、未だ呼吸はあると見える。細い呼吸音を漏らしながら、それでも立ち上がろうとしている人間の片手は腰元の刃物へ回されていた。その形、色からそれが己を傷付け得るものだと理解する滅尽龍はその腕に前脚を重ね、軽く体重をかけた。すると呆気ない音がして、人間の腕は動かなくなる。

 くぐもった、浅く短い呼吸音を聞きながら、滅尽龍は狩人の身体を染める赤をペロリと舐めた。そうして、滅尽の名に似つかわしくなく、ソードマスターを塒とする場所へ運び込んで行った。

 

 ソードマスターに庇われ戦線を離脱したハンターたち――片方は負傷により意識を失っていたが――により送られていた、アステラへの緊急救援要請により5期団のハンターたちが龍結晶の地へ到着する。しかし戦闘があったと思しきフィールドに人影も古龍の姿も無く、ただ見覚えのある武器と剥ぎ取りナイフと血痕が残されていた。

 血痕は、点々とフィールドの奥地、ネルギガンテが住処としている方へと続いているようだった。

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