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その日、街はいつもよりも賑わっていた。

石畳の大通りで、ひとりの青年が何やら紙を配っている。

にこにこと笑顔で紙を配りながら、歌うように声を上げている。

ひとびとは青年をチラと見ては通りすぎていく。

 

そんな青年の近くへ、少年がひとり、トコトコと歩いていく。

下から見上げるふたつの目に気づいたのか、青年が少年の方へ顔を向けた。

「やあやあ、こんにちわ。サーカスを見には来ないかい?」

やさしそうな顔で青年は手に持っていた紙を一枚、少年に見せる。

その紙には不思議と可愛いを合わせたような文字と絵がかかれていた。

「とってもたのしいサーカスなんだ。見に来てくれると、嬉しいな」

にっこりと笑う青年に、少年はうんと首を縦に振った。

さぁ、お立会い、お立会い!

今宵、お目にかけますのは

浮世の因果を背負わされ

漫ろに這い出る忌み児に祟り児

揺らぐ手足も持たずに産まれ

泣き声震わす舌すら抜かれ

脳天撫でる暗雲を

乳母と慕って浮かべる笑みの

 

おお、

 

そのおぞましさ!

 

見たい奴だけ寄っといで

そのサーカスは夜だけやっているようだった。

昼間にもらった紙を何度も確認した少年は家を抜け出して森へ向かう。

サーカスを見に行きたいと行ったら、お父さんにダメだと強く言われたのだ。

お父さんとお母さんが眠ったことを確認して、少年は家を出た。

静かな通りに、少年の足音が響く。

そうして街を抜け、森の中へと風景は移っていく。

 

ポツポツと暗い森の中に灯りが浮かび上がっている。

それを辿るように少年が進んでいくと、その先にはサーカスのテントが立っていた。

 

少年の他にもサーカスを見に来たお客さんがいるのか、テントの周りには人影がいくつか見える。

そのどれもが大人の背丈ほどの大きさで、少年はどうしようかと立ち止まる。

キョロキョロと周りを見回していると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

昼間、紙をくれた青年だとわかると少年はその後を追った。

ついて行ってみると、青年はテントの裏側から中へ入っていった。

どうしようかと少年はまた立ち止まった。勝手に入って良いのだろうかと、少年は悩んだ。

テントの中からは、ぼんやりと灯りが漏れている。

 

少しだけ、と少年は隙間からテントの中を覗いてみることにした。

まず見えたのは、よく似た顔がふたつ。

双子だ、と思った少年は、そこで首をかしげた。

顔はふたつ。けれど、身体が見えない。

少年は、もう少しだけ中に近づいて見てみることにした。

そうして見えたのは、ふたつの頭にひとつの身体を持ったサーカスの団員だった。

衣装には名札がついていて、Dante&Virgilと書かれている。

ふたつの頭は何やら仲良く言い合いながら少年からは見えない場所へ行ってしまった。

あのふたりはどんな技を見せてくれるのだろう。

 

次に見えたのは、頭巾を被ったような人影。

影になっていてよく見えないと思った少年は、もっとテントの中に入っていく。

少年が近づいてみると、その人影はモゾリと動いた。

おどろいた少年は思わず動きを止めて人影をジッと見つめる。

薄暗い影の中でも、人影の透き通った氷色のふたつの目はよく見えた。

人影が動くと小さな金属音が聞こえて、少年はようやくその団員が鎖に繋がれているのだと気づく。

何かを言おうと、人影が口を開こうとして、あ、と少年が思い、後ずさる。

少年はこの団員を前にして、何故か、お腹を空かせた獣にたべられる、と怖くなった。

丁度その時、テントの中を仕切る布の向こう側から声がした。

アレックスと呼ぶ声がして、人影が開きかけていた口を閉じ、声の方を向いた。

それから少年をチラリと見て、声のした方へ金属音を引き連れながら歩いて行った。

 

気づけば少年はテントの中に迷い込んでしまっている。

 

周囲に置かれる大小様々な道具を見回しながら、少年はテントの中を歩く。

そうして、テントの中に作られた部屋のひとつで、可愛らしく飾り立てられた団員と出会う。

その団員は、今まで見た団員の中で一番若そうだった。

囀るように歌っていた団員は少年に気付いて歌うのをやめた。

少年の方を向いて、コテンと首をかしげる。

「きみは――新入りってワケじゃなさそうだね? どうしてここに?」

少年は何と言おうか、眉尻を下げて、結局、正直に迷い込んだことを話した。

街でビラを受け取ったこと。テントの隙間から中を覗いていたこと。いつの間にか入り込んでしまっていたこと。

なるほど、と頷いて少年を見る団員のその眼は、何故か哀れみの色を帯びていた。

少年がそれに気づく前に、サイモン、と部屋の壁になっているカーテンの向こうから声がした。

団員が声のした方へ顔を向けて返事をする。

「……それじゃあね。また会えるといいなって、思うよ」

それから振り返らずにサイモンというらしい団員はカーテンの奥へ、部屋の影から溶けるように消えていった。

カーテンをくぐるその時、カーテンの向こう側からもれた光で照らされた団員の姿を、少年は見た。

黒い目元、頭から伸びる羊のような角、ひとのものではない下半身を。

 

だから少年は気付かなかった。

背後から伸びる大きな影に。

 

少年は、サイモンの消えたカーテンを見詰めていて、気付けなかった。

サーカスが街へ来る。

愉快な団員たちと共に素敵なサーカスが街へやって来る。

歪んだ躯にゃ曲がって伸びる

行灯照りの通りを這えば

道行く誰もがその名をまさぐる

この子にゃひとりで蹲る

影の高みはあっただろうが

腰を並べて語らう友は

後にも先にも一人もおらず

さぁ、お立会い、お立会い!

見たい奴だけ寄っといで

見たい奴だけ寄っといで

 

(暗い森へ、寄っといで)

石畳の通りで団員がサーカスのビラを配っている。

鳶色の目の中に、黄金の光をぼんやりと灯した少年が、サーカスのビラを配っている。

楽しいよ

以下、ネタ補足

元ネタ:暗い森のサーカス(マチゲリータP)

歌詞から一部引用

 

配役

ビラ配りの団員→ハンターさん

ふたつあたま→半魔双子

けもののようなひと→アレックスさん

異形のうたひめ→サイモンくん

迷い込んだ少年→デズモンドくん

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