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流血・欠損ネタ。電波気味。なんかもう色々気にしちゃダメなやつ_(:3」∠)_

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 少し話をしよう、と持ち掛けられ、それに応じた彼は指定された場所へ足を踏み入れた。

 そこは打ち捨てられた宇宙船で、生体反応などもちろん無く、ふたりで話をするにはお誂え向きだと言えた。瓦礫やガラクタが申し訳程度に通路の端に寄せられた風景は正しく廃墟だった。たとえ船内の各機能が生きていたとしても、宇宙空間はもちろん、星間を航行することなどできないだろう。

 この話し合いにあたって送られてきた――彼からすれば――稚拙な招待状に添付されていた地図を頼りに合流場所へ向かう。

 果たしてそこは船の深部にある一室だった。他の場所よりもなお薄暗く、人目に触れない場所。

 半開きとなっていた扉に手をかけ力を込めると、存外容易くその扉は開かれ、室内を惜しむことなく晒して見せた。室内には話し合いを提案した相手の姿が既にあった。

「……随分と人目を避けたように思えるが、こんな場所で何を話すつもりなんだ?」

「ふたりだけで話せる場所がここくらいしか思い浮かばなくてな……来てくれてありがとう」

エフェクトがかかっていても判る、皮肉気な声音を向けられても、平時と変わらない穏やかな表情でもって返した相手に、彼は小さく舌打ちをする。

「……生憎だが私から話すことは何もない。さっさと用件を済ませてもらえないか、総司令官殿」

部屋の出入り口で立ち止まり、また此処で十分だと、言わずともその意を発するように組まれていた彼の腕を、困ったような表情を浮かべて近付いてきた相手が掴んで、そしてグイと彼を自分の方へと引き寄せた。敵意など無く、また殺意も感じられない相手の様子に、接近を許した彼は――彼でなくとも大概のものはその接近を許しただろう。

 ガチャン、と機体が引き倒される音が薄暗い室内に響く。引き寄せられ、そのまま床に仰向けに引き倒された彼は背部を打った衝撃に排気を詰まらせる。

「私は――……そうだな。まずは君に謝らなければならない。話がしたいと言うのはただの口実だ」

「っ、は……? なに、言って、」

「実を言うと君に会いたくて……まさか本当に来てくれるとは思っていなかった」

なにをいっているんだ、と彼がバイザーの奥でキュルリと視覚器を鳴らす。自分を引き倒し、マウントポジションを取り、硬い床の上で自分の自由を奪っている者が、何を言っているのかと。照れたような、気恥ずかしげな素振りすら見せて――何が目的だと彼は相手の腹の内を探ろうとする。

「君に会って、そして、あわよくば私の傍に置いておこうと思ったんだ」

だというのに相手の方は裏表などなく、至極真面目に言っているようで、嫌な予感しか覚えない。

「あいつらと居たところで幸せにはなれない。破滅するだけだ。君のように実力のある、稀有な存在が失われるのは大きな損失だろう? だから私の傍に居れば、君は幸せに生きていられる。傍に居て欲しいんだ」

「幸せ? 私の幸せとお前の幸せは一致しない。そもそも私は幸せなど望まない。お前の傍になど、居たくない……!」

そうして、相手の下から抜け出そうとし始めた彼を、相手はやはり敵意など無い表情で困ったように見つめる。離せ、と引き倒した時のまま掴んでいた腕が振り払われようとして、そうさせないように相手は手に力を込める。ミシ、と装甲の軋む音がした。

 機体の規格の違いから来る、どうしようもない力の差で勝てるとは思っていないが、肉を切らせて骨を断てば、望みはある。それから態勢を整えてワープを使えば逃げ切れる。

 そう、逃亡の算段を立てていた彼だったけれど、バキリと聞こえた予想外の音に、え、と思わず零した。

「あまり暴れないでくれ。傷ができてしまうだろう?」

「――え、あ……ぁ? なに……?」

言いわけの無い子供を諭すような調子で言いながら、相手は、掴んでいた彼の手を、そのまま握り潰していた。

「ッア、ひ、ぃ――ぎッ、アアアアアッ、ッあ、ひ……っ!!」

内部導線が直接圧迫される痛みと、砕かれた装甲の、その破片が導線やその間に食い込む痛みが機体を駆け巡る。思いもよらなかった痛みに思考が散り散りになっていく。ポタリポタリと滴る自身の循環油でさえ傷口に沁みる。信号の伝達回路が切れたらしい彼の腕はだらりと脱力して、大人しく相手の手中に収まっていた。時折跳ねる指や、震える様が垣間見える導線の動きは、反射のようなものだろう。

「暴れないでくれと言っただろう?」

無事だった上腕部を押さえ、痛みに悶えている彼を余所に、掴んでいた腕から手を離した相手は徐に立ち上がって、傍に落ちていた硝子片を拾い上げた。それは、外の岩が当たって割れたらしい窓に嵌っていたもののようだった。窓は岩に塞がれ、その役目を終えていた。

 鋭利で分厚い硝子は、かつては透き通るまで磨かれ綺麗だったのだろう。今では砂埃や擦り傷で濁ってしまった表面が、胡乱気に室内を映す。それを軽く振り、砂利や埃を落として、彼の元へ戻ってくる。そして意思の無い部品と化した彼の片腕を持ち上げ、彼の制止の声が成りきるより早く、硝子片を露出した導線に押し当てた。

 薄暗い室内に再び悲鳴が広がる。ギチギチギチ、と半ば引き千切られるような音をさせながら導線が切られ、それまで繋がっていたものが別たれる。

「ヒッ、ァ、ぅあ、ア、ァァ……、」

「息苦しいだろう? マスクを開けるんだ」

彼の機体を抱え、壁に凭れ座らせながら相手は穏やかに言う。間をおかず強いられた無体に喘ぐ彼は、今は相手に従った方が賢明だと判断して、顔の下部を隠していたマスクを大人しく外す。そうすれば相手は満足そうに微笑みながら頷いた。機体の調子が整うまで大人しくしておき、隙を見て外までワープしよう、と彼は気を抜けば散らばってしまいそうな思考を手繰り纏める。船の深部に居るせいか通信が上手く開けない。けれど、そんな彼の考えを知ってか知らずか、無いよりはマシ程度の処置を残された彼の腕に施しながら、相手は天気の話でもするように続けて言うのだ。

「心配しなくても、ここにはワープや通信を妨害するシールドが張られている。航行機能は失われていても、その他の機能が生きていて良かった」

「な、ん――」

「だから、私と君の、ふたりだけだ」

歌うように言いながら、処置を終えた相手は床に置いていた硝子片をまた拾い上げる。そして、残っている彼の腕に眼を向ける。その視線の先にあるものが何か、気付いた彼は身を捩って無事な方の腕を隠そうとする。

「い、嫌だ。やめろ、嫌だ、私は――ッ!」

マスクと同時にエフェクトも外れた声は、その揺らぎを隠さずに相手へ伝える。脚部を跨いでいることで無いに等しい抵抗を押さえ付け、相手は彼の腕を捕らえる。

 掴んだ腕はゆるりと伸ばさせ、その駆動部――関節部分が露わになるようにする。短く引き攣った悲鳴と浅い排気音、小さな拒絶の声を、確かに聴きながら、相手はやわらなか関節部分に硝子片を埋めていく。

「大丈夫、私に任せていれば大丈夫だ」

「やだ、いや――ぁぎッ! イッ、ひッ、ぐ――ッア、ふぅッ……!」

そうして、また、バキバキ、ギチギチ、と嫌な音をたてて、機体が少し小さくなる。

 飛び散った循環油の蛍光色が室内に仄かな灯りをもたらす。痛みにビクビクと痙攣する機体の頭部を撫でるその手は、硝子片を握って他機の循環油に塗れてなお優しげだった。

 頭を撫でていた手が頬まで下がり、視覚器から溢れて顔を濡らしていた冷却水に気付く。

「あぁ、すまない。やはり痛かったよな。すまない」

冷却水を片手で拭い、それから硝子片を置いてもう片方の手でも拭う。あらかた気が済めば両手で頬を包み、顔を掬い上げるようにして、まだ微かに震えの残る唇に自分のそれを重ねた。

「ん――んむ、ゃ、ふっ……んぅ……っ!」

逃げようとする顔を引き戻して、触れるだけの口付けを、子供をあやすように何度も落とす。

 ただでさえ消耗していた彼がぐったりと脱力する頃には相手も満足したらしく、口付けの雨は止んでいた。

 これで終わる、とぼんやりと彼は思っていたけれど、凶行が実際に終わるのは、もう少し先だった。

 脚部をなぞられる感覚に彼は小さく身じろいだ。そわり、とこそばゆさをもって何かが足を辿っている。一体何かと、茫洋と部屋を見ていた視覚器を自分の脚部へ向ける。そうして、視覚器が捉えたものは、そこに在ったものは、未だ自分の対面位置に居る――両脚の間に居る、相手の手だった。それを認識し、理解した瞬間に彼の機体が強張る。

「何を……まだ何かするつもりか」

「いや、なに。君に足があればきっとここから出て行ってしまうだろうから、」

「――」

カツ、と蛍光色の滴る切っ先が、立てられた膝の頂――関節部分――に当てられる。それが何を意味するのか、彼は知っていた。しかしその凶器から逃げようと少しでも機体を捩ればキシリと既に刃が機体を薄く切る。にこやかな相手を突き飛ばすことはもちろん押し返すことなど、両手を失った現状で出来るわけがない。

「待て――そんな、嘘だ、待て、そんな、しなくても、逃げない、」

「補給の方法は考えてある。味気なくなってしまうが外からチューブを引いて、それを繋げるんだ」

首を横に振って制止を求める声を相手は悪意など一点も無い顔で聞き流す。

「から、ァアアア! いッ、ァ、ぅあ、あ――ッ!」

離れていく。自分から離れていく、自分の一部だったものを滲む視界に見る。また機体が軽くなる。循環油が更に流れ出て行き、意識と視界にノイズが混じる。

「経口摂取など君はしてくれそうにないからな。プログラムを改変してでも補給を受け入れてもらう」

「――っ、……、……なぜ、そこまで、私に、」

「何故? なぜ……何故だろうな。おそらく一目惚れと言うものだろう。あいつらと共にいる君を一目見て、幸せになって欲しいと思ったのだ。あるいは私なら幸せにしてやれる、と」

「……思い上がり甚だしい、傲慢な、独善者め。私は貴様のものになどならない」

普通の機体ならばとうに気を失っているだろう状況で、気丈にも相手を睨め付け吐き捨てる。視覚器に映る世界は赤く、警告表示が幾つも展開され、それに伴う警告音が頭に鳴り響いていたけれど、主や自分と対立の位置に立っている相手の前で意識を飛ばすことなどしたくなかった。穏やかに、残っていた足へ凶刃が当てられる。

「解っている。けれど、君は私の手中からもう逃げられないだろう?」

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