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クッソ甘くなって砂とか吐くかと思った。誰だよお前らー!増々( ノД`)ウワアアア

ふたりとも童貞ではないけど同性相手は初めてなイメージ。

 

​別名:猫と大学生

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 スタースクリームは猫である。

 否、正確には猫の姿をしている。

 スタースクリームは――というか、彼らは純粋な猫族ではなく、環境に合わせて姿を変える種族であり、猫の姿は仮の姿でしかない。今回は偶々猫という生き物の姿を借りたが、またどこか別の場所へ移ればその姿は変わる。不便なこともあるが、そこまで困っているということもない。食料だって人の姿で居る時よりも多く――同じ量でも――思えるし、実際に腹は膨れる。人や場所によっては外でごろついているだけで食べるものを与えられることもあるし、おそらく人間よりも楽だ。

 等と、簡単なことのように吐かれる言葉に、け、堅実だな、と戸惑いつつも相槌を打つ。それは首肯され、言葉は続けられた。

「――何より、煩わしい法が無くて良い」

人が人の為に設けた法を、猫――ひいては獣――が守る必要はない。あくまで真顔のまま男はそう言い切った。猫の姿の際には首輪だったものが、今はネックレス――いわゆるドッグタグになっている。カチャリと擦れ合うその銀の小さな板には、首輪の際に付いていたプレートと同じく、スタースクリームと名前が刻まれていた。

 腹の上に陣取り、慣れた様子で見下ろしてくる男にサウンドウェーブは半ば呆然としていた。

 大学から帰宅したところを鮮やかな手並みで寝台送りにされれば無理もないだろう。ツラツラと並べられる情報を、それでも頭の中で整理しながら、大学生の青年は非日常と相対する。

「…………つまり、お前はスタースクリームで、お前たちは複数の姿を持っている、ということか?」

あぁそういえば言われてみれば髪の色や目の色や雰囲気が猫のそれとよく似ている――と彼は男の言葉を聞きながら思っていた。それを確かめるように問えば、再度首肯が返される。試しに猫の姿の時にしていたように手を伸ばしてみると、やはり猫の姿の時のように撫でられる位置まで顔が近付けられた。そのまま頬を撫でてやると僅かに双眸が細められる。猫の姿であれば喉が鳴っていたりするのだろうか。

「それで、私に何の用だ?現状に何か不満が?」

「そうだな。今回は用があってこの姿でいる」

口元を綻ばせながら自分を見上げていた彼に笑い返して、男は自分の頬を撫でていた手を掴んで寝台に縫い止めた。上体が折られ、顔同士が、より近付く。

「お前には伴侶になってもらう」

そうして、囁かれた言葉に、彼は固まった。

 今、この、目の前の男は何と――。と、言葉の意味を彼が理解する前に、唇に何かが触れた。

 口付けられていると気付いたのは妖しく濡れた紅みの強い紫の眼があったからだった。その近さに、思わず目蓋を閉じる。

 初めてだとか、そういうわけではないけれど――他者からの不意打ちなど、久しくされていなくて――気恥ずかしさを覚えるのだ。

 驚きから薄く開かれていた口内へ、するりと男の舌が入り込む。外部とごく近いと言えど、やわらかな体内に他者の一部が侵入する感覚に小さく身体が震えた。主導権を握るなんていう考えが浮かぶよりも早く舌を捉えられる。擦れ合うやわらかな肉は――舌を絡める口付けは、こんなに蕩けるようなものだっただろうか、と微かに残っていた冷静な思考が呟いた。

 口内への刺激で分泌される唾液が掻き混ぜられて、くちゅりと水音が鳴る。呼吸は心もとなく、羞恥と緩やかな酸欠で顔に朱が滲む。

「――ッ、ん、ゃ、ふ……!?」

突然の口付けでいっぱいいっぱいになっていた彼が、そわりと腹の辺りに触れる手に気付く。それは考えるまでもなく男の手――いつの間にか掴まれていた手は離されていた――で、するするとシャツを捲り上げようとしていた。

「ん、んんッ、ぅ、ンッ……っ!」

「ふッ――、は、」

必死に、手を止めようと自身も手を伸ばすも、絡めとられた舌をやわく食まれれば込められる力は微々たるものになる。そうして、手だけでなく、諦めたように力の抜けていく肢体に男の口角が上がる。そもそも――線の細い男子大学生と平均よりも背の高い男性が攻防をしたときの結果など、目に見えている。

 捲り上げたシャツの下から現れた素肌を指先で辿ると、ひくりと小さく身体が震えた。

 ちゅ、と音を立てて口を離せば、上気した顔でぐったりと寝台に沈み込んだ姿が眼下に横たわる。男の手を止めようとして叶わなかった手は縋るようなかたち。

 熱に浮かされたような茫洋とした表情に口端を上げ、手早く下半身の衣服を剥ぎ取っていく。その途中、自分の身に何が起こっているか――これから起きるのか、思い出したかのように抵抗されたが、気を回すほどのものではなかった。

 閉じようとする両脚の間に身体を滑り込ませる。やめろ、まて、と逃げを打つ肢体は、首に手を遣り大人しくしろと抑えつければ静かになった。そうして、男は寝台の側の座卓の上に用意していた瓶へ手を伸ばす。揺らせばタプンと音のするその中身は、それなりの粘度を持っているようだった。

 身内含め、他者に曝したことのない、曝す機会が来るなど思っていなかった場所を曝されて泣きそうになる。見ていることなんか、とても出来なくて、彼は両腕で顔を隠す。

 諦めたのか何なのか知らないが、受け入れているようにすら見える身体を、幸いとばかりに拓いていく。

 瓶の栓を抜き、傾ける。中からはトロリとした液体が零れ落ちていった。

 常温で置いてあったそれは、しかし人肌よりも下の温度だったらしく、肌に触れると同時に震える身体からか細い悲鳴が聞こえた。

 本来なにかを受け入れる場所ではないそこへ指を埋めていく。最初は侵入を拒むように固かった場所も、徐々に柔らかく解れ、男の指を受け入れていった。瓶が傾けられ、潤滑剤が垂らされていく度に熱が芽吹いていくような気がした。

 粘質な水音の中に荒い息と、時々嬌声が混じる。触れれば声の上がる場所を憶えながら男は指を動かす。

 くぷり、と柔らかくなった肉を指で拓けば、濡れた生々しい赤が淫靡に動いていた。出て行った指を惜しむように収縮する様は、実にいやらしい。頃合いかと、ズボンの前を寛げる。

 胎内に入っていたものが抜け出ていき一息を吐く。

 ようやく異物感が無くなった――と思うのに、同時に何か切なさを覚えてしまった自身に内心恐怖した。どうして自分は、今、そんなことを思ったのだろう。空いた場所を埋めて欲しいなど、そんな、まるで、女のように抱かれたがっているような――。

「ッ、あ、」

彼が唇を噛んでいると、熱がひたりと宛がわれた。思わず声がこぼれ、視界を覆っていた腕がずれる。

「やッ、ぁ、なに……?」

「嫌? 俺にはだいぶ乗り気になっているように見えるが、」

開けた視界に入る男の端正な顔と、耳から入ってきた言葉に顔が熱くなる。羞恥に染まった彼の顔は、けれど男が腰を進め始めたことで、苦しげに歪んだ。

 慣らしながら増やされていった指の質量とは違い、まとまった質量が一気に押し入ろうとする。

「――ア、ッぁぐ、っ、あ……っ! ひぁ、あ、」

「っ、くッ……おい、ッ、力を、抜け、」

「ぅぁ、ゃ、――ッ、は、ぁ、ぁ――、っィ、ァ……、」

シーツを握りしめながら、はくはくと口を開閉させる姿に、不安のようなものを覚える。

「、おい、おい……っ、息、を、しろ、ッ」

一旦腰を引き、はらはら涙が流れていく顔を覗き込むと、あやすように口付けを落とす。

 唇と呼吸を重ね、落ち着いて来れば四肢の強張りを融かすように彼の半身へ手を伸ばし触れてやる。シーツは握ったままだったけれど、無防備に身を委ねる様は、目にして悪い気にはならない。

「…………落ち着いたか」

躊躇いがちにだが自ら絡められた舌を味わって口を離すと、一筋の銀糸がふたりを繋いだ。

「ぅ、あ……むり、無理、だ、ぁ、いたい」

見上げてくる双眸はきらきらと瑞々しく潤んでいて眩暈をおぼえる。とろけ、ふやけた表情と言葉は、庇護欲と同時に加虐心を煽る。けれどここで壊してしまっては元も子もない。激しくのたうった衝動を押さえつけて、静かな声をつくる。

「大丈夫だ」

「ふ、ぅ、っ、入らない、から、ッ、ぁ、も、ゆるし、て、」

「……大丈夫だ。俺に任せていろ」

唇を触れ合わせるだけの口付けをして、男は再度熱を彼の秘所へ宛がう。

 潤滑剤を更に足されたおかげか、受け入れる側の身体が先程よりかは強張っていないせいか、互いに圧迫感はあれど挿入は順調と言えた。

 無体を強いらないよう、理性を働かせる。その努力を知ってか知らずか――まぁ知らないのだろうが――伸ばされた腕は男を招くように沈んでいく背へ回る。任せられている、のだろうか。

「――ァ、っぁ、」

回された腕には力が込められていて、ジリジリと引き寄せられているような気が、した。少しずつ近付く顔は熱が引くことなく赤いままで、閉じられた目蓋や目元には刷いたような朱が滲む。緩く結ばれた唇は交わされる口付けに濡れて紅を引いたようだった。

 押し入った熱の切っ先が柔らかく濡れた最奥に触れ、すべてが収まったことを知らせる。

 男の動きが止まり、彼が伏せていた視線を上げる。はふ、とどちらともなく熱い吐息をこぼす。かち合った視線に、引き合うように自然と唇は重ねられていた。啄む程度の口付けを数回、愛らしい音と共に落として、向かい合う。

 とろりと双眸が細められ、縁に溜まっていた雫がまた一筋落ちていった。

「ん…………っんぁ、ぅ、ぁ、あ……、おく、」

嬉しそうにも聞こえる声が耳を擽る。

「ああ…………動くぞ」

「ッあ――、あ、ぁ、んっ、ひッ、ィッ!」

ひくりとふるえた、やわらかな舌を食んで、男は身体を動かし始める。

 動き始めは緩やかに、胎内に収まった熱を慣らすように動く。そうして、徐々に律動を速めていく。

 抜き差しされ、肉と粘度のある液体が擦れる音や、そこに空気が入り込んで出る音が立つ。ぐち、ずちゅ、と鳴る音が、自分の身体から出ているものだと、彼は未だ認められない。男の熱に胎内を貫かれながら、ちがう、いやだ、と譫言のように音がこぼされ、幼子がするように首が振られる。そして、それから、揺さぶられるたびに発してしまう嬌声を、指に歯を立てることで抑えようとし始めた。

 羞恥に折れまい、快楽に流されまいとする姿は実に健気に見える。

 抑え切れずにほろほろと溢れていく吐息。それを聞きながら、歯が立てられている指へ手を伸ばす。

「噛むな。傷が付く」

「う、あ、ぁ、やっ、だ……ッ、こえ、声、変、な――ァ、出る、から……ぁっ!」

ひくひく震えていた脇腹をなぞり、顎から力が抜けた刹那に口元から手を引き剥がしてやる。くっきりと歯形の付いた指を追うように、泣きそうな眼が向けられた。それを真っ直ぐに見詰め返して男は言う。

「出せ。全部、出して――俺に寄越せ」

不遜にして貪欲な言葉を贈られたからか余裕が無くなったからか――諦めたように、再びその両手が背中に回される。

 熱が高められ欲が追い立てられ、快楽を与えられる。粘質な水音はもちろん、自分のものとは思えない上擦った声、耳に触れる熱い吐息が身体の内外を這いずり回る。時折重なる視線は互いに炯と色に塗れている。覗き込めば呑み込まれるような光に触れて、身体の中央が震えた。

 彼の爪先が丸まり、男の背に回された腕がそれに縋る。

「ッあ、ゃっ、あ、イッ、ふあッ、ひっ、ィッ、アアア……!」

「――ッく、」

背中に走る痛みと柔らかく熱い肉の収縮に目が細められる。パタパタ、と白濁が震える腹の上に散り、汚す。

 そうして、絶頂を迎え、その余韻に身を委ねようとして、それは叶わなかった。

 詰まった呼吸を整えようとした彼は、けれど未だ止まることのない男の動きに喘ぐ。

「やッ、待っ、まって……!いま、今まだ、いって――ッ!」

見上げてくる懇願の眼を黙殺し、ツキリと立てられる爪を享受して、遅れること少し。

「っ、ふッ――ぅ、」

男はようやく彼の胎内へ欲を注ぎ込んだ。自分の体温よりもなお熱いものが広がっていく感覚に、感度の上がっている肢体はビクリビクリと跳ねた。

 細く掠れた吐息をこぼす口元は力なく緩んでいる。唇や歯列の間から覗く舌もまた力なく口内に収まっていて――時折ヒクリと震える。背に縋っていられず、パタリとシーツの上に投げ出された手の方へ向けられている視線は茫洋としていた。

 達した怠さに、緩慢な動作で身体を動かし、男は繋がったそのまま彼を脚の上に抱き起こす。自重でより深く銜え込むこととなった熱は彼の息を詰まらせる。捲られていたシャツも重力に従い――洗濯機行きは避けられなくなっていた。

「…………まだ、いってるって、言った、のに、」

首筋を熱い吐息が擽る。それと共に吐かれる声音は――だいぶ落ち着いてきたのか――拗ねているようだった。

「好かっただろう? そんなことよりも――処女だったのか」

「そっ――な、あ、当たり前だろう!? ひとをなんだと思って……!」

「てっきりあの男と繋がっているものだと、」

「あの男……? な、に、を言っているんだ――親友なんだぞ、ッ――んっ、んぅッ!」

ぽこぽこと――欠片ほども怖さを感じないが――腹を立て始めた彼の唇を自分のそれで塞ぎ、結合部を指でなぞる。くちゅ、と音が鳴り、開いた隙間からとろりと白濁の混じった液体が漏れ出てくる。その感覚に脚の上の身体が跳ね、溢れた嬌声は喉奥へ落ちていった。緩やかに腰を揺すってやれば形ばかりの拒絶も鳴りを潜める。

「っ、ふッ、な、なん、ぁ――も、いった、だろう……!」

「まあ――繋がっていない方が、こちらとしては都合が良いが」

彼の文句を流した男がこぼした言葉は小さく、また彼が聞き返す前に唇へ男のそれが重ねられ、言葉に成り切らないまま音は溶けて消えた。

 腰を掴まれていて自由が利かない。意に反して動く――動かされる身体は確実に快感を拾い上げている。それは既に達している身体には平時よりも強く感じられるものだっただろう。

 潤滑剤と腸液と白濁が混ざったものが、ぐちゅ、ぐちょ、と淫猥な音を立てる。重ねていた唇が離れ、子供を抱きかかえた時にされるようにしがみつかれる。

「ひっ――ぁ、ァッ、す、すた、ァ、スクリぃ、む……ッ!」

耳元で音の崩れた名前を呼ばれる。

「ぅぁ、ぁ、だめ……ダメ、だ……これ以上、は、おかしく、なる、」

「――」

どろどろに融けた声音は淫らで、揺さぶられている身体から生まれる音と混ざり合って互いを侵していく。煽っている自覚など無いのだろう、彼の言葉に眉根を顰めて、男は腰を掴んでいる手に力を込める。

「イッ、あ、こわ、い、こわれ、ァ、ア――、ゃ、たす、たすけ、ひぁアあ、」

ずちゅ、ぐちゅ、と鳴る音に紛れて、硬い熱の切っ先が胎内の最奥を叩く音がする。拓かれた身体。そこに他者を受け入れ、中を侵されているという事実が幾度となく突きつけられる。そしてまた、ふたりの身体の間に挟まれ、擦れる熱からも快感が生まれ、身体を走り抜けていく。

 首に回された腕、摺り寄せられる頭部、嗚咽にも似た吐息に、欲望が膨らんでいく。すべてを手中に、と胸の中――その端で囁く、仄暗く甘い感情。保険のためにと用いた潤滑剤が、存外効き過ぎているような気がする。或いは元来のものか。何にせよ――誰にくれてやる気など、端から無かったものが、改めて無くなっていく。

「あ、ぃあッ、ゃっ、こわ、ぁ、たすけ、ひィッ、ゃ、やだ、ぁッ、」

「構わん」

あぁ、もう、いっそのこと、こわれてしまえ――くるってしまえと、白い歯が耳朶を噛んだ。

 悲鳴が上がる。

 それは悲鳴だった。

 声無く達した彼の胎内が震える。縋られ、押し付けられた熱は欲を吐き出し、じわりとふたりの腹を汚す。はく、と呼吸しようとする肢体を抑えつけ、遅れてその中に欲を吐き出す。再度広がる熱に跳ねる身体は、そしてぐったりと脱力した。しなやかな腰や、シーツの上にぱたりと落ちた手が、時々小さく、ぴくりぴくりと震える。

 静かな呼吸音だけが結んでは解けていく。身体の中はともかく――動きらしい動きを見せない肢体に、やり過ぎたか、と僅かな反省。使った潤滑剤に含まれている薬は身体に害のあるものではないし効力もそれほど強いものではない。が、やはり人間にそのまま使うのは不味かっただろうか。否、しかし成分的には何の問題も無いはず。あぁけれど慣れていない――どころか初めての――身体には、等と普段と然して変わらない表情の裏側で思考を巡らせる。

 男に身体を預けていた彼が小さく身じろぐ。くぷ、と小さな水音が繋がっている場所から聞こえた。撓垂れ掛かっているから、視線が合うことは無いけれど、微かに揺れる肩で笑っているらしいことがわかった。くすくす、と穏やかな笑声。

「……どうした」

「わたし、は、なぜだろう……、こんな、きもちいいと、思っている、」

おかしいよな、と首筋に頭部がぐりぐり押し付けられる。触れ合う肌の温度に混じって、冷たい雫が一粒、じわりと火照った身体を濡らした。男の手が、遠慮がちに、彼の髪や背を撫で、やさしくぽんぽんと叩いた。

 衣服やシーツをはじめとした、汚れてしまったものを片付けていく。

 多少のぎこちなさは――それぞれの理由で――あれど、特に問題が起きることも無く終わらせることが出来た。

 新しい服を着、シーツを替えた寝台で彼は微睡む。寝台の縁に腰掛けている男の手をふにふにと触りながら、時折うつらうつら目を細めて、微睡んでいた。

「楽しいか。ただの手だぞ」

「ん……いつもは猫の……肉球だからな……不思議な、感じだ」

「……」

特別珍しいものでもあるまいに――けれど嫌な気はしなくて、好きにさせる。触れているものを確かめるように動く、丁寧で幼気な手は、猫に触れる時のように優しい。手のひらを重ね、緩く指を絡め、そのかたちを辿る。数分と経たずその動きは停まるのだが――彼が手を抱え込むような体勢で夢の世界へ旅立っても、その手が乱雑に引き抜かれることは無かった。

 散々触れられ、少しだけ体温の高くなった手で、穏やかな表情を浮かべた寝顔の、まろい頬を撫ぜる。そういえば人間は――伴侶となる者へ指輪を贈るのだったか。

 ふ、と男が一息を吐いた丁度その時、二匹の猫が帰還を告げた。

 二匹の猫は男の姿を捉えて目を丸くする。やたら綺麗な寝台と、その縁に腰かけている男。膨らんだシーツの中身は匂いで彼だと判る。それらと、漂う石鹸の匂いと回っている洗濯機の音から――何があったのか、察せないほど猫の姿をしている者たちは世界を知らなくはない。

 前を歩いていた大きな猫が細めた目で男を見上げる。

「あぁ……そうですね。サウンドウェーブは私が貰い受けました」

低く不満気な声を上げる猫と落ち着きなく両目を瞬かせている猫へ優越の表情を向け、男は宣言した。

「処女だったので繋がりも強いものが結ばれた……容易く奪えるなどと思わないことです、マスターメガトロン様?」

直後、大きな猫の斜め後ろに控えていた猫が踏まれたわけでも蹴られたわけでもないのに、ふぎゃあと鳴いた。加えて何もないところで足を滑らせて一匹――ひとり――でバタバタとする。その騒ぎを余所に、貴様、と大きな猫が人の姿になり男を睨む。

 

 スタースクリームが目を覚ますと、自室の見慣れた天井が視界に広がった。

 何か夢を見ていた気がするのだがいまいち思い出せない。ぐしゃ、と前髪を巻き込みながら額を掻く。背中が痛いのは床に直接寝ているからだと、視界に入った座卓の脚からもわかる。室内は薄暗く、窓からは暗んだ赤紫色の空が見えていて、いつもならばそろそろ夕飯の支度を始める時間帯になっていた。

 そうして、身体を起こそうとして、何故か胸の辺りが圧迫されていることに気が付いた。胸にかかっている重みに、これは何ぞ、と手を伸ばせば、もふりと手に当たる温かさ。

「……」

視線を向ければ見慣れた青味を帯びた黒の毛玉。くるりと丸くなっている。いつの間に、と思いつつ、落ちないよう片腕で抱えながら起き上がると、すぐ傍にはもう一匹の猫も居た。何故か行儀よく座って部屋の主を見つめていた。

「……」

何か言いたげな眼をしている――気がする――が、生憎この状況で猫が何を言いたいのかは解らない。以前の大学でのような事ならまだしも、今回は何だというのか。目の前に抱えていた猫を置いてやると、やはり何か言いたげな眼を向けられたが、結局ふたつ目の毛玉がくるりと出来上がった。

 座卓の前に座り直し、卓上に広げられていたルーズリーフや参考書へ眼を走らせる。画面が暗くなっていたノートパソコンを起こせば、レポートを書いていたらしい。提出期限はまだ先だが早めに片付けておいて損は無い。もう少し進めておくか、と再びキーボードを叩き始めたスタースクリームの傍で、ぱたりと猫の尾が揺れる。

 逢魔が時の頃合いに見た夢の事など――夢を見た事すら、あっさりと忘れていく。

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