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 チャンネルを回し、何か暇を潰せるような番組はないかとテレビを眺めていた黒と橙色の機体は、結局詰まらなさそうにそのリモコンを手放した。そしてどこからともなく小さなカセットウォークマンを取り出す。深い青色を基調とした小さな箱の、白い再生ボタンが押される。クルクルと中のテープが流れ、記録されていた音の連なりが室内に広がっていく。無意識の内に、ほぅ、と息が吐き出されて、知らず、肩に入っていた力が抜けていく。

 部屋の扉が開いたのは丁度その時だった。

「…………」

「…………」

片や扉を開けたそのまま。片や気の抜けた体勢のまま。互いの姿を直視したまま、言葉通り停止する。

 緊張感ではない、妙な居心地の悪さが二人――二機と言うべきか――の間を滑っていく。空気を読む、察するなどと言う機能を持ち合わせていない紺青色のカセットウォークマンは、与えられた指示に従順に歌い続けていた。

 机の上に用意されている皿に伸ばした手を、そのまま伸ばし、未だ見詰め合う状態になっている相手――過去の話になるが、かの破壊大帝の航空参謀の方へ皿を押してやる。黒と橙の機体――元、ではあるが第三勢力のスパイの動きに、航空参謀が微かに訝しげな表情を浮かべた。

「……食う、か?」

思わぬ機体との接触に、どちらも動揺していたことは、間違いのないことだった。

 航空参謀が部屋に入り、腰を下ろした直後に現れた空色の航空兵はあまり楽しい思い出のない組み合わせに、一度は撤退しようとした。が、机上の皿に盛られた色とりどりの包装紙を目にし、ホイホイと誘われるように腰を下ろしたのだった。包装紙を剥いて中身を口へ放り込み、もぐもぐと咀嚼していく様は実に自然である。

 航空兵が喋り、スパイが相槌を打ち、航空参謀が鼻で笑うという茶会の中で、不意に話題の中心が机の上に、ちょこんと乗っているカセットウォークマンになった。

「どうした? なんか気になることでもあるのか?」

突然、品定めでもするかのように目を細めて紺青のラジカセを見詰めている航空兵にスパイが首を傾げる。

「いやァ……なァんか、なんて言うんだろうな……運命?みたいなものを感じる……ような気がする」

「ハァ?」

何を――何を言っているんだコイツは、と息を呑む。おいお前の仲間だろう部下だろう、と航空参謀の方を見るも、その双眸も何か遠い昔の記憶を手繰り寄せようとしているように細められていた。思わず、嫌な予感。視線がかち合ったような気がするが、もう口を開いて欲しくない聞きたくないと思った。

 だが嫌な予感と言うものほど当たってしまうもので、航空参謀の口からスルリと零れた言葉に、スパイは唖然とした。

「あぁ――そうだな。既視感というか……何か、引き寄せられるというか、惹かれあっているような気がする」

「えッ……や、いや……え? 何?何言ってんの?」

「聞いていなかったのか? この青は私の手の中にある方がより良い」

「あー!ずりぃ! オレ!それ絶対オレの方が良い! 色的にも似合うし絶対オレが持ってるべき!」

「ちょっと何言ってるか分かんないんだけど」

さも当然だと言うような声音で吐かれる突飛なことに処理が追い付かない。笑えないジョークだと零せば、それこそ笑えないジョークだなと返される。どうやら二機は本気らしい。つまり、詰まる所、唯一無二の存在から貰ったこのカセットウォークマンが欲しいと言うことなのだろうか。どういうことだ、と思った。仮令そうだとしても、譲ってやるつもりなど勿論無いが――何故この紺青色を欲しがるのだろう。

「……とりあえず、それを寄越――貸せ」

「今寄越せって言ったよね。寄越せっつったよな。断るに決まってんだろ」

手元に置かれているカセットウォークマンを渡せと言わんばかりにズイと手の平を伸ばされる。カセットウォークマンの持ち主はそれを持っていかれないよう、机上から片付けようとした。が、それは叶わなかった。

「あっ――コラ!何してんだ!! 返せ!」

ごく自然に掠め取られた小さな紺青色の箱はそのまま航空参謀のキャノピーに収められる。

「ふむ……何かこう、しっくりと来るな?」

「何が?!」

「キャノピーに入れても不快に思わん」

「知るか! 返せ!俺のだぞ!!」

「抜け駆けはないぜ!オレもキャノピーにご招待したい!っつーかする!!」

「うるせぇさせるか!!!」

「そうだぞ。貴様なぞに触らせるものか」

「お前はさっさと返せ!」

ギャアギャアと言い合う三機が、けれど火器や飛び道具を展開させなかったことは、それぞれの性格が良い意味で丸くなったからだろう。実に平和的な喧騒が落ち着くのはたっぷり数十分経ってからのことだった。当人たちからすれば、あっという間のことに思えた。

 息苦しいキャノピーから引っ張り出されたカセットウォークマン――とは持ち主の談である――を机の上に置き、勢い腰を上げていた三機も落ち着いて腰を下ろす。そうして、再度ちょこんと机上に鎮座したラジカセを囲んで仲良く話し始める。

「なんかこう、懐かしさっていうか何ていうか、そういうのを感じンだよな……」

「気のせいだろ」

「いーや。絶対前世とか別世界で何かあったと思う」

「何を根拠にそんな……」

妙な確信を持ってひとり頷いている航空兵にスパイが溜め息を吐いた。

「その小さいの、サウンドウェーブからのものだろう?」

「え? あ、まぁ、そうだな」

航空兵もなかなか突飛なことを言い出すが、上官も言い出すのか、と突然出てきた相棒の名前に内心首を傾げる。その名前を聞いた航空兵が頬を緩めた気がした。姿を、思い出しているのだろうか。確かに相棒の機体は可憐で優美な造形をしている。やはり、接触させるべきではなかったか――いやしかし。

「サウンドウェーブ……一緒に仕事して、かなり良い雰囲気だったような気がする」

「私は肩を並べ、共に多くの任務をこなし――かなり息が合っていたと思う」

「好感度はオレが一番高かったと思うんだけどなァ?」

ひとりで過去のことについて悶々としている傍ら、聞こえてきた会話に思わず今更どうしようもない思考を切り上げる。

「待てよお前ら何の話してんの」

けれど当のふたりは聞こえていないようだった。まるで、此処ではない何処かであった昔の話を手繰り寄せるように語っている。それも自分の身にあったことのように、時折オプティックを細めすらしている。

「オレとか結構……いや、かなり仲良かった気がするんだよな …… 」

「え?」

「私はかなり近い距離に居たはずだ……色々な意味でな」

「いや、」

「……オレは大分親しかったと思うんだよなー? いわゆる、イイ感じってヤツ?」

「イイ感じ、だと? 己惚れるな。笑わせる」

「なっ……や、いや、でもオレの方がお前より……!」

「笑止」

「ちょ、何言って……?」

「ふ……私は、少なくともお前よりかは接点があった」

「お前らヤメロォ!!!」

そう、思わず叫ぶとようやく声が途切れた。肩で息をしているスパイへ、二対の赤い視線が向けられる。話題の中心に上がっている人物と、今ある事実として、最も近しい人物に向ける視線としては、それは些か冷た過ぎるように感じられた。元より不遜な航空参謀はともかく――お前もそんな眼ができたのか、と航空兵の視線も受け止めながら内心微かに怯む。

「おま、お前らさっきから何言ってんだよ。そんな不確かな想像だけでどっちが仲良かったとか近かったとか……らしくないんじゃないか? つーか接点そんな無くね? なんでそんな熱くなってんだ?」

「黙れ!」

「ンなの関係ないね!」

揃って力強く言い切られる。

「オレはこの――なんていうか、オレと彼との繋がり?を大切にしたい! どんだけ薄くても儚くても!手繰り寄せ――」

「いやべつに繋がってないと思うんだけどな」

皆まで言わせず割って入ったスパイである。

「うっるせェ! じゃあお前はどうなんだよ!同郷って意外に何か感じるとこはねぇのかよ!」

「あったとしてもロクなものじゃなさそうだ。そうだな……偵察任務中、敵に見つかり逃走。しかし撒ききれずに戦死。任務失敗、と言ったところか? かなり希薄な上に接点と呼べるのかすら疑わしいレベルだな」

「自分で言っといて……クソ、」

鼻で笑った航空参謀に恨みがましげな声が抛られた。言葉を拾い上げたと同時に、記憶回路に浮かんだ風景が機体の内側をぶるりと震わせる。

 夜の帳が降りた、寂れた工場。あちらこちらで爆音と銃声が聞こえ、真っ赤な炎と煙が視界を彩る。今とは違い、大地を滑るように駆け抜けていく。流れる風景に見惚れる時間は、もちろん無く。赤いインシグニアを持った銀色が、目の前に滑り込んで来て、それから――。

 泡が一瞬で膨らみ、そして弾けたような時間で通り過ぎて行った風景を見送って、スパイは再び口を開く。

「――……でも、やっぱ大事なのは今だろ。今、誰とどんな関係かってことだろ」

「ふん。図星か……いや、当然だな。私を見くびるな」

「にしても、お前が大事なのは今、なんてなぁ! 復讐一筋って感じだったのにな!」

「それとこれとは別だろ! 大体、今を大事にしなきゃ俺たちの未来は無いんだ」

「うへぇ、カッコイイこと言っちゃって」

露骨に吐き捨て、嫌そうな顔をした航空兵、ひいては航空参謀から視線を外す。

 この二機が何を言いたいのか、求めているのかは解りたくないが、つまり相棒とお近付きになりたいのだろう。それも仲良く手なんか繋いで歩きたいとか、そういう感情を持っているらしい。賑やかな言葉のぶつけ合いを背景に押しやり考える。

 良くない。それは良くない、と胸中全力で首を横に振る。相棒がこのどちらか二人とそういう関係になることは無いと確信しているが、万が一――億が一のことをイメージしてしまう。相棒の隣に居るのが自分ではなく、この二人のどちらか。そんな光景を想像すると、心の底から怒りが湧いた。自分以外がそこに立つなどあり得ない。あってはならない。許さない。敵に回せば――双方が色々な意味で――厄介なことこの上ないのだろうが、男にはやらねばならぬ時というものがある。

 一人勝手に危機感と闘志を抱く。だが、その間にも話はスルスル進んでいた。

「やはりサウンドウェーブに相応しいのはこの私だな」

「いやいやいや。お前みたいに無茶ばっかするヤツと一緒で幸せになれるわけ」

「お前と共に居る方が幸せになりにくいだろう」

「なっ……そ、そんなこと!」

現相棒を置いて一対一の勝負といった空気である。戦況は案の定と言うべきか、航空参謀に傾いている。そこへ、もう我慢できんと殴り込む勢いでスパイが物申しに入っていく。

「さっきから黙ってりゃ――お前ら何好き勝手言ってんだよ! サウンドウェーブは俺のに決まってるだろ!」

割って入った声に、呆れたような軽んじるような反応が返された。

「俺の……? あぁ、俺の仲間、ということか。まぁそうだろうな。仲間、だろうな」

「二人だけの生き残りだもんな? そりゃ仲間は大事だよなぁ」

「ちがっ――そうじゃない!そういう意味じゃなくて!」

わざわざ音にした所有格の意味を解っていて言っていることは目に見えている。それどころか、向こうもお前と同じようにお前を大事な仲間だと思っているだろうよ、と言外に言っている。妙にニヤニヤとした、嫌な笑みを浮かべているのは、気のせいではないだろう。

「じゃあ、なんだ? お前はただ同じ故郷で生まれた二人だけの生き残りだからってだけで、俺のって執着してんのか?」

「ふん。女々しいな。家族愛と慕情を勘違いしているのではないのか?」

心なしか子供扱いをされているような気がするスパイである。家族愛と慕情恋愛感情の違いくらい解ってるよ、それどころか相思相愛だ馬鹿め、お前たちが入り込む隙間なんて無い、なんて言いながらご自慢の翼を叩き折ってやりたくなる。

 そして、そんなタイミングで部屋の扉が三度開かれた。

「…………」

「…………」

「…………」

 ひょこりと入室してきたのは件の機体であった。

「三人でお茶会か。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

しかも無礼講と見た、と無邪気に宣う失われた惑星の情報参謀は悠然としている。

「別に、仲良くとか――」

「偶然居合わせただけだ。計画的なものではない」

「そうか。だが、これから計画的な茶会を開いても良さそうだな」

「あ、それオレ賛成! 絶対おいしい!色んな意味で!」

素直に全身で賛成同意を閉める航空兵にふたつの重圧――殺気とも言える――が向けられる。戦士でなければ軽く意識を飛ばしかねないそれを耐え、航空兵は不自然にならないようにテンションを降下させ、重圧から逃れた。誰がどう動こうと残ったふたりが連携すらして抑えにかかる。有り難くも迷惑な状況になっていることは明白である。内心溜め息を吐きつつ三機の方へやってきた情報参謀を眼で追うと、あろうことか件の機体はごく自然にスパイの隣に腰を下ろした。航空参謀と航空兵が思わず一切の動作を停止する。二機の方へ向けられるスパイの顔は、表情を形作るための、いわゆるフェイスパーツが無いにも関わらず、ドヤと言わんばかりであった。

「…………な、なんで、そこに……?」

かろうじて、航空兵がそれだけを絞り出す。

「あぁ……ノイズメイズの隣は私の定位置だからな」

けれど返ってきた言葉はどこか幸せそうで――。

「…………ニトロコンボイの最高速度で来たギガロコンボイ級の重量物に轢かれて死ね」

なんて、幸せそうに後頭部を掻くスパイへの呪詛を真っ白になって呟いたのはどちらだったか。

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