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 室内で赤い光が爆ぜ、揺れている。やわらかなソファと、かたいローテーブルが几帳面に配置された部屋には甘やかな――しかし女性が纏う香水のように甘ったるいものではない、何かと言えば懐かしさを感じさせるような――匂いと、紅茶の優しい香りが漂っている。真っ白な光がカーテンの隙間から射し込む穏やかな空間に点々と落ちる音は磁器と金属が触れ合う音。くるくると廻る黒い音盤は静かに歌う。

「話を聴く限り、よく似ていると思ったから、作ってみたのだが――どうだろうか」

綺麗に曇りの無い金糸を撫で付けたものが少し眉を下げて向かい側に坐している者に訊く。澄んだ空のような双眸には不安そうな色が仄かに浮かんでいる。

「――…悪くない」

態となのだろう、繕ったような気難しげな声音で答えたのは、神経質そうに清らかな銀糸を撫で付けた者。その視線は向かい側のものに向けられていないが、朝露に煌めく可憐な菫を思わせる双眸が手元の皿に好意故固定されているからだと思えば、悪い気はしない。いつもは引き結ばれている口元が僅かに綻んでいることや、寄せられている眉間の皺がいつもより浅いこと、薄く滲んだ頬の朱なんかを見れば、先端が三叉に分かれた銀色の食器を口に運んでいる者が不機嫌――どころか御機嫌だということは容易に窺える。

「それは、よかった」

花も咲き零れそうな雰囲気で安堵の息を漏らしたものは微笑し、下げられた眉が不安の意味を持たなくなる。晴れ渡る空は緩く弧を描く。

 やわらかなソファの上、向かい合うように座っているふたりは互いに目を合わせること無く白い皿の上に可愛らしく載せられた甘味に舌鼓を打っている。職人たちが精魂込めて丁寧に丹精に仕上げた調度を使っているふたりは、どちらも品のある空気を纏っていて、そのどちらも凡庸な存在ではないことが分かる。そして、もうひとり。

 ふたりと同じ空間には、もうひとりいる。黙して何も語らず、ひとりの金糸よりは色が薄くひとりの銀糸よりは色が濃い――雪を被った黄金のような色の髪を持つものがいる。瞳はラズベリーのような、赤と青が絡み合った色。昏さが目立つのは胡乱気な目付きの所為だろうか。頬に刻まれた傷跡を持つものは澄んだ空を護るようにその傍に佇んでいる。優雅に甘味を楽しんでいる者は気にしている様子など一欠片も無いが――穏やかな空間の中、あまりにも不釣り合いな空気を纏うものに向けられた青は少しだけ丸く大きくなる。

「食べないのか」

ローテーブルの上に置かれた、甘味が載ったみっつの白い皿と紅茶の淹れられたティーカップ。唯一手を付けられていない一組の磁器たちを一瞥した青に寂しげな色が浮かぶ。

「、」

その色を見とめた日暮れの空は僅かに揺れた。何か答えようとして飲み下される音。晴れた日の空は困ったように自分によく似た姿を持つものを見上げる。かち合う視線。むず痒い沈黙が下り、すいとふたりに向けられるのは夜明けの空。今まで伏せ気味にされていた双眸が色違いの双子にも見えるふたりを捉える。淡い色をした、静かな声。

「食べればいい」

それでも未だ揺れているラズベリーは動こうとしない。一家族は揃って団欒が出来ようかという家具一式に対して、小さな茶会を楽しんでいるふたりと立ちっぱなしのひとり。机上に並べられた食器の中で手の付けられていないモノはぽつんと立ち尽くしているよう。ぽすぽすと自身の隣――手の付けられていないそれらの前にあたるソファの布を叩く。そうして、ようやく衣擦れの音。空気が動いて、ぎしりとソファの軋む音がする。やや躊躇いがちに伸ばされる腕には大きな傷跡がある。食器の触れ合う小さな音。

 ほわほわとしたクリームを割り、ふわふわとしたスポンジに沈み込んでいく銀色。突き立てられた三叉に絡み付くのは物騒な臭い、色なんかでは無く。口に運び、咀嚼していく様子を観ていた青は、菫と同じような瑞々しさを見せたラズベリーに、隠すことなく口元を綻ばせる。

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