「……うわぁ」
やけに嘘くさい、濃厚な鉄の臭いが今日も湿っぽい地下に広がる。
それはドラマや映画の中のものより遥かにツクリモノめいて見えて、これこそがフィクションなのではないかと一瞬思考回路が繋がりかけた。事に気付いた鉄道員たちがバタバタと騒々しく駆けてくる。
「ボス! 大丈夫ですか?!」
「、あ、うん。吾は大丈夫…」
そこで振り向くと鉄道員が短く悲鳴を上げた。顔が引き攣っている。
「ボス、あの、黒ボス、サンヘンさんは……?」
そうそう。サンヘン。うん。
「サンヘン。此処」
吾はトレインの下の方を指さす。銀色の車体には赤い液体が飛び散っている。
言うまでもなく。これは兄――サンヘンの血である。疑う余地なんてない。鉄道員が再度悲鳴を漏らす。周囲には、はくはく、と酸素を求める魚のように口を音もなく開閉させるものもいる。
一々突っ込むのも面倒くさいので吾はそれをスルーして片付けの指示を出す。とりあえず今日のバトルサブウェイの営業はうちとめて、車両は点検と清掃へ回さないとなぁ。そうそう。ダイヤも確認しとかないと。サンヘンのことだから一番修繕しやすいトコを選んでくれてるんだろうけど、乱れるのには変わりないからね……。あと書類とか凄いんだろうな……。
「あの…、ボス、」
「うん。大丈夫」
鉄道員は気遣ってくれるけど大丈夫。
…ついさっき、事切れた片割れからメールが届いた。
どうやら兄は吾が来たのを確認して、メールを送信して飛び降りたらしい。電子書籍等に詳しい兄らしいことだ。
だから、どうりでタイミングよくホームへ落ちたわけだと、一人、合点がいった。
また、メールの内容も彼らしく、皮肉混じり愚痴混じりの文面で、最後の最後まで兄は兄なのだと、不謹慎にも笑みがこぼれた。しかし其処にはいつも使っているネットスラングなどは使われておらず、兄の素の言葉が兄の素の文体で綴られていて、それはこの文を読む者が吾だけだということを無言で物語っていた。
読み終えた吾はケータイをぱたりと閉じる。兄と色違いの、シンプルなキーホルダーが踊る。
メールの最後の一文が脳の中で記憶に残っている兄の声で再生される。視界が、ぼんやりと滲み始めた。
「……ねぇ、サンヘン、」
──最後の最後にそれは、ズルいと思うなぁ。
サヨナラの音
(さよならの音は電子音でした。)