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相変わらず妄想と捏造で成り立ってる_(:3」∠)_

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 戦場は一つではない。陸海空はもちろん、かつての開発競争――それに伴う下界への影響――から宇宙空間も戦場である。これについてはやや実感のない場所であるが、最近新たに指定された戦場は、身近も身近なものであった。

 サイバー空間。あるいは仮想現実。現実世界に寄り添うように、しかし決して交わらない世界に人々が自由に出入りできるようになったのは遠い昔のことではない。人界と異界の技術を駆使し、若者を中心に展開した新たな世界は好奇と興味をもって受け入れられ、今では街中に設けられた装置から誰もが自由に意識と身体をもう一つの現実に飛ばすことができるようになっていた。

 そして、決して交わり得ないと言えど、何でも有り得るこの世界において当然そこは世界の均衡を守る秘密結社の、守るべきフィールドの一つとなった。

 

 

 

 電子世界でも現実世界と同じように賭場がある。多種ある中でも、特にロボットレースが盛んに行われていた。レースは、ある程度のメンタルモデルを持たせた人工知能を持つ機体による無人競走か、人類や異界人が搭乗――意識の接続のようなもの――をして機体を操る有人競走、もしくは二種の混合によるものがある。

 そして賭け事の場とは言え、基本的に「良心的な」運営をしているところが大多数であるけれど――やはり大多数ではない場所も存在していた。

 合法とは言えないレース場の裏口近く、踏み入って良いという場所ではない場にザップ・レンフロは立っていた。レース場のデータをちょっとした小技でもって盗み見て得た恩恵で懐は温まり、その機嫌は上向いていた。さてこの金でもう一儲けするか通りへ繰り出すか――どうしようかと顎を撫でる。ごく自然にそう考える白銀の頭から、電子世界へ来た本来の目的である「街の見回り」という選択肢は当然のごとくすっぽ抜けているようだった。そして常日頃、仲間から遠慮なく呼ばれる「屑」の名に相応しく、ザップは思い浮かべた選択肢の中で最も刺激的だと思われるものを選んだのであった。道で女を引っ掛けてホテルに連れ込んで薬をキメて美味しくいただくのである。電子世界であるためか、触覚は多少鈍れど薬――電子ドラッグ――は現実世界よりも種類が豊富で効き目が濃く出ることを、実に遺憾ながらザップは知っていた。

 そうと決めれば善は急げと言わんばかりの軽い足取りで大通りへ出る。けれど静まり返った道に足を止めた。

 おかしい。この通りは道の両端に店が立ち並ぶメインストリートで、世界が危機に瀕していようとも交通量がゼロになったことはないはずである。加えて奇妙なのはそこに居ただろう人々――人類、異界人含め――の姿だけが無いことだった。そこに居たというデータは残っているのである。一斉にログアウト、も考えられなくはないが、近くの店を覗けばレジが商品の金額を表示したそのままになってるわ飲食店のテーブルには食べかけが幾つも載ってるわで、ユーザーの自発的なログアウトが偶然すべて被った、とは考えにくい。

 あぁこりゃ面倒なことに――と眉を顰めた直後、ぶわりと背後で荒々しい風が吹いた。

「――見つけた!」

「――鳥野郎、」

ジャケットの裾をはためかせながら振り向いたザップはそのまま視線を上げ、自分を見下ろしている白い機体を見上げた。うわ、と声が漏れる。鳥の翼のように展開する背中のブースターは未だ閉じていた。

 「良かったって言った方が良いのかなぁ、駄目な気がするなぁ……でも状況的には良い感じなのかなぁ…………あ、繋がった。スターフェイズさんですか? はい、見つけました。無事です。はい。はい、わかりました。お願いします」

「ンだよ、俺が無事だとなんか悪いのかよ」

「悪くはありませんよ。無事で何よりです。しかし――貴方が無事だと言うことは、つまり貴方が正規サービスの空間内に居なかったと言うことの証明になりますかね」

曲がり角から文字通り滑るように現れた白い機体――イカロスがザップの上司へ連絡を入れると、数分も経たずにその肩の上によく見知った半魚人が現れる。

 サイバー空間への介入にあたって、秘密結社ライブラへ協力を申し出た団体の中にMercuryStudioという急成長中の会社があった。

 どうにも好奇心と向上心が強いらしい社長は、資金的な援助はあまりできないが自社の機体を提供させて欲しいと言ってきた。何か裏があるのかもしれないと、提供された機体ことアーキテクチャを警戒もしたが、情報の抜き取りだとかの妙な動きをする様子も何もなかった。また、提供会社から来る連絡は、様子はどうだ不便はないかと言ったものばかりだった。まるで子供の粗相を心配する親である。斯くしてしばらくの観察を経た結果、警戒を解いても問題ないと判断され、打算も下心も無く打ち解けられた秘密結社と武装レーシング機体は連携をとっているのだった。

 その連携の一つに「バディ」があった。ひとつの機体にひとり、管理者というか相棒を登録しておくのである。そうすれば、例えば今のようにログイン場所から直接バディ機体の元へ行くことができたりする。

 「うるおい葛餅てめー登場早々なに兄弟子様に物申してンだよコラ、偶々近くにログインできたくらいで生意気なんだよォ」

しかしその多々ある便利な機能を、ザップはほぼすべて薄らとしか憶えていない程度には使ったり触ったりしていなかった。

「僕がログインしたのはライブラの事務所からですよ。バディの機能を使ってそのままバディ機体のところまで来ただけです。それと、今現在サイバー空間内では正常にログインして普通に活動していたユーザーすべてが姿を消し、非合法な領域に居たユーザーはログアウト永久不可のデータ状態になっています」

イカロスの肩から腕部を伝いザップと同じ地面まで下りてきた弟弟子――ツェッド・オブライエンは呆れた空気を隠そうともせず説明する。それを興味なさげに聞いていたザップは、そこであれ、と首を傾げた。

「んんん……? 待てよ?じゃあ、なんで俺無事なわけ?」

「それ多分ね、空間からユーザーが排除される時、アウトなとこからセーフなとこへタイミングよく移動したからだと思う」

イカロスが面白そうに口を挟む。ツェッドのバディであるアーキテクチャは、走ることと「面白い」ことが好きな、ティーンの少年のようなアーキテクチャだった。そんな機体が噛み砕いた説明は、つまりザップは合法領域のユーザーが消される時に非合法領域に居て助かり、非合法領域のユーザーが弾かれる時には合法領域へ抜けていたために助かったということらしい。運が良いなんて話じゃないとツェッドが溜め息を吐いた。けれど気を取り直して今回の任務を伝える。

「はぁ……まあ、とにかく。この明らかに第三者の操作が働いている状況の打開と犯人の目的解明・確保が今回の任務です」

「旦那たちは後から来んの?」

「いえ、こちら側へのログインが妨害されてるようで……ユリアンさんとギルベルトさんが外から、ブロックヘッドさんとノーマライザーさんが内側から穴を開けようとしても、二名送り込むのがやっとだそうです」

「二名……ってお前ともう一人か。ちなみに誰が来るのかもう決まってたりする?」

えぇ、とツェッドが頷くと同時に爆音が響き渡り、虫が湧き出るようにわらわらと黒っぽい無機物が現れた。同じ造形の個体が無数に現れる光景に、いつかの秘境で見た虫の群れを思い出す。あまり思い出したくない記憶を思い出してしまい、兄弟弟子の顔が同じように歪められる。瞬間、二人の足がふわりと地面を離れていった。

 軽く尾を引いていく周囲の風景と尻に当たる硬く冷たい白色に、イカロスに抱えられているのだと理解する。両腕は武器になっているはずなのに器用だなと思った。一拍ほど遅まきながら背後を振り返れば、湧き出た無機物こと小型ドローンたちが追って来ていた。しかも勘違いではなくこちらに向かって発砲している。

「なぁこれガンガン当たってるみてぇだけど大丈夫なわけ?」

「まあこんくらいなら大丈夫でしょ。捕捉圏外に入るまでそうかかんないだろうし」

被弾に機体を揺らしつつも気楽に言う通り、イカロスは小型ドローンとの距離を着実に広げていた。小さくなっていく背後の小型ドローンを振り返り、ヒュウと口笛を吹くザップの横でツェッドは上司――現実世界にいる番頭役スティーブン・A・スターフェイズからの連絡を受けていた。

「――っはい、どうやら動き出したようです。それであの、ログインの方は、」

『ああ。ログインの方は無事成功した。ノーマライザーライトのとこへ送ったから早めに合流してやってくれ』

スティーブンとの会話が他にも聞こえるよう、スピーカーモードにする。

「ノーマライザーライトってことは――もう一人は陰毛頭かよ!」

『合流したら適当な高所へ連れて行って、そこから戦況を俯瞰させろ』

「え、それじゃあ僕たちあまり動けないのでは」

『護衛は付けるから心配するな。もちろんお前たちにも応援を送る』

「?」

「……わかりました」

『ん。頼んだぞ』

そうして通話が切れる。スマートフォンをポケットにしまうツェッドに、通話の途中から首を傾げていたザップがその日何度目かの質問をした。

「なぁ、番頭いま応援送るって言ってたよな」

「……………………外から送るとは言っていませんでしたけどね」

 機体間通信でノーマライザーライトと連絡を取り、相手の現在地を把握したイカロスはエネルギー切れにならないよう、加減しつつブーストも使って道を滑るように走っていく。大きく翼のように広がるブースターの後ろ、背後に追っ手の影はもう見えなかった。

 けれど、だからと言って油断していたわけではないけれど、それでも先を急ぐ道中、交差点の横道から飛び出してきた中型ドローンに、一機と二人は目を丸くした。

 機体に影が落ちる。ドローンの銃口は真っ直ぐにこちらを向いていた。ブーストして駆け抜けるか腕の中の二人の盾になるか――会敵の瞬間にイカロスは思考をごちゃりと停滞させた。しかし機体自体は冷静に敵との距離を開けるように横へ傾いた。ぅお、うわ、と急な動きに腕の中から声がする。

 ズガガガガ、と光の尾が降り注ぐ。けれどそれはイカロスたちに当たることはない。中型ドローンの機体を貫き道路まで抉る銃弾の雨。そういう芸術がごとく目の前でドローンがその背後の風景を丸く見せ始める。向けられていた銃口が何をか吐き出すことはもうないだろう。そうして最後に、倒れ伏せようとするドローンの上に赤いものが振り落ちて、その頭部とも言える部位を粉々に踏み潰した。

「なに呆けてんだ、スターフェイズから連絡は受けてるんだろ? さっさとライトと少年のとこに行くぞ」

中型ドローン一機を無抵抗のままに潰し、その残骸を踏み越えながら事も無げに三人の前まで移動してきた赤いアーキテクチャ――上司スティーブンのバディでもあるアザレアは、それだけ言って緩やかに走り始める。退廃を思わせる残骸が、背後でバキンと美しく砕けて散った。

 「……応援ってもしかしてお前のこと? えっ、お前だけ?」

抱えられていた腕から肩の上に移動し、横道から現れたり追い抜いていく小型ドローンから打ち込まれる弾丸を刃身で弾きながらザップが赤い背中に訊く。ツェッドとの連絡の後、スティーブンはアザレアへ通信を飛ばし、こちらへ寄越したのだろうことは想像に難くない。そして通信をしたならば、簡単な予定や周囲の情報を与えられていてもおかしくない。その予想は外れず、アザレアから肯定と他のアーキテクチャの簡単な動向が知らされた。

「他の奴らならもうそれぞれ散って仕事にあたっている。今のところアーゲイトとネクスト、ヴァーミリオンが雑魚ドローン掃除をしているな。俺もお前らの合流を確認したらそっちに回る。その他も順次合流する予定だ」

「ヴァーミリオン……って、装甲がかなり薄くありませんでした? 戦闘に回して大丈夫なんですか?」

ザップが立つ肩とは反対側で敵からの攻撃を捌いていたツェッドがこてりと小首を傾けた。その疑問に、横や頭上から飛び出してくるドローンを撃ち抜きながらアザレアは不満気に答える。

「……俺だってあいつが何回もぶっ壊れんの良い気はしねえよ。けど仕方ないだろ、あの参謀役の指示なんだし間違いはない――何より、あいつだってMercuryStudioのアーキテクチャなんだから、走って戦うのが普通ってもんだ」

「……兄弟機のことが大事なんですね」

「そりゃお前、身内の、特に年下が可愛くないやつなんていないだろ」

言葉と同時にアザレアの放った弾丸が進行方向にいた小型ドローンを弾き飛ばした。だってさ?とイカロスが小さく声を震わせた直後、ザップが追って来ていた小型ドローンへ焔丸を投げ付けて燃した。数機が貫かれて炎に吞まれる。そして得物が敵へ投げ付けられる際、ガスッといつもより強くイカロスの肩の装甲が足蹴にされていた。

 

 

 

 一行が件の合流地点に着くと、くせっ毛の少年と二つの機体がいた。

「お待たせしました、レオ君。怪我は無いですか?」

「ツェッドさん! はい大丈夫です!この通りピンピンしてますよ!」

「おーう無事かー陰毛頭ァ。ならとっとと次行くぞ次ィ」

「えーと、高いとこに行けば良いんスよね。だったらあの辺が良いと思います」

兄弟弟子との合流までにノーマライザーライトが一通り町を走りデータをマップ化し、その視界を通して町を「視て」得た情報をそこに落とし込んで作ったデータを表示させながら少年ことレオナルド・ウォッチが提案する。データで構築される世界は、常に同じ様相を呈しているとは限らないのである。そのため、大きな作戦行動を起こす際には、空間全体の把握が重要となる。常ならばそのデータを得た経緯にツェッドは眉を顰めただろうが、今回はその傍にサヴァイヴと言う名前通り生存に特化したアーキテクチャが居たために渋い顔はされなかった。

「わかりました。では、あのビルで良いですかね」

そうして再度彼らは移動を始める。アザレアは先の言葉通り、レオナルドたちと合流するとすぐに方向転換して去っていった。あちらこちらでバリーンだとかガシャーンだとかの音がしているのは、掃除をしてくれているアーキテクチャたちの清掃結果なのだろう。

 数ブロック先に見えるビルの上を目的地へアーキテクチャたちは走る。その道中、自分たち以外に誰もいないおかげでスイスイと進み、しかもただ乗っているだけで良いのは楽だとイカロスの肩の上でザップが笑った。自分たちの足だけで走っていたら敵の数からしても面倒この上なかっただろう。否定の言葉は誰からも返されなかった。

「あー、まあ、そうっすねー。こっちにスクーター持って来れないし、こっちの支給金は最低限っすから」

ノーマライザーライトにちょこんと乗っているレオナルドが苦笑交じりに言う。その手は大切なゲームハードに触れるようにさらりとアーキテクチャの装甲を撫でていた。

「……でも、足代わりに使われたりって迷惑じゃないですか?」

「バッカ、おめー何言ってんだよ。どんな理由だろうと走れンだから嬉しいに決まってんだろ。しかもこの俺様を乗せて!」

「迷惑とかは思わないよ。一緒に走れて嬉しいくらい。他のアーキテクチャも同じだと思う」

「そ、そうですか」

バディの疑問にアーキテクチャは嬉しそうに答える。レースを主目的に作られた機体を乗り物――それもスクーター代わりに――として走らせることに少なからずの抵抗を持っていたツェッドはイカロスの答えに口元を綻ばせた。言葉をスルーされるも、けれど邪見にはされていないことを表す返答を聞いたザップの機嫌はあまり傾かなかった。そうなの? そうだよ、とレオナルドとノーマライザーライトの微笑ましい遣り取りが斜め後ろでされる。キュルル、と駆動音をさせながらサヴァイヴがアイセンサーのライトを細めたのは、二機のアーキテクチャに肯定的な意思を表す合図だった。

 目的のビルが近付き、空が狭くなる。他のアーキテクチャが立ちまわってくれているおかげか、大量の敵ドローンに遭遇することもなかった一行は揚々と最後の曲がり角を曲がった。

 曲がって、そこで、道に広がるドローンの群れを目撃した。

「なッ、なんでぇぇぇぇぇ」

「あっ、こら、馬鹿! 大声出すな、」

「……気付かれたね」

「…………これ、抜けられますか」

「うーん、サヴァイヴを盾にすれば万が一的なワンチャン?」

「それもう限りなくノーチャンだよ!!!」

そのドローンの群れはレオナルドたちに気付いていなかったけれど、レオナルドが目的地手前で現れた理不尽な物量に堪らず叫んでしまったために排除対象を捕捉したのだった。華麗に機体を翻してアーキテクチャたちは走り始める。

「ああっ遠ざかる!遠ざかる!! 氷の笑みが近付くゥゥゥ!!」

「落ち着いてくださいレオ君。まだ焦る時ではありません」

「ぐるっと周ってくかぁ……? まー、さっきの道よかマシだろ」

やいのやいのと賑やかにドローンを引き連れながら道を曲がると、その先の道に一機のアーキテクチャが見えた。

 

「――YETZIRAH」

「tSANCTUARY」

 

擦れ違いざま、凪ぎに愉しさを浮かべた声が聞こえた。

「リジェネ! ありがと!」

振り向かずに――構造上振り向けない――イカロスが擦れ違ったアーキテクチャへ礼を言う。アーキテクチャでないトリオが振り返ると、やはり振り返らずに――構造上振り返れない――大量のドローンを引き受けてくれたアーキテクチャ、リジェネは片腕を上げていた。その奥には後ろに見えるドローンたちは網のようなものに引っかかっていた。レオナルドとツェッドは一網打尽という言葉を思い浮かべ、ザップは大漁という言葉を思い浮かべる。

 リジェネというアーキテクチャは他のアーキテクチャとは一風変わった戦い方をする。とは聞いてはいたけれど、遠距離武器でも近距離武器でもない得物を用いるその戦姿に、なるほど一風変わった、と頷く。そして三人の男の子は、リジェネが場を立ち去る際に展開したファンネル型のブースターに目を輝かせる。主機を離れて等間隔に浮かぶマシーンと、それを引き連れて走り去って行くロボットのいる風景など、アニメやゲームの中でしか見たことがなかった。

 他の道にも同じようなトラップが展開されていたことで、最悪の大回りをせずに目的地へ戻ることができた一行はビルを見上げていた。最終目的地はこの屋上である。

「……で、どーするよ。特にこの重量級」

「僕たちはエレベーターで行けば良いんすかね」

「ノーマライザーライトは俺が担いでなんとか飛べるだろうけど――」

「……風編みで補助しましょうか……?」

「俺が投げ上げよう」

「ようやく来たわね」

生存重視が故、重量級であるサヴァイヴを上までどう連れて行くか思案する二機と三人、申し訳なさげにキュルキュルと縮こまるサヴァイヴの傍にいつの間にか二つの機体が立っていた。がっしりとした、男性的なアーキテクチャと実に女性的なアーキテクチャの組み合わせである。

 おや、と三人と三機が目を丸くして言葉を切った時、女性型アーキテクチャの通信機が鳴り、通話を許可した当機は必要があると判断したのだろう、通話をスピーカーモードにした。

『そろそろ大きな動きがあってもおかしくないよ、ダリア。首尾は上々?』

「今から展望台に上がるところね。すぐに行くから――ごめんなさい?」

『了解。少し前にキリシマが武器庫を出たらしいから、すぐに調整できるようにしておいて』

「――てっめぇ犬女ァ! テメェは現場を知らねぇからンな他人事みてぇに言えるんだ!!」

『……うるっさい、銀糞猿。さっさと仕事して絶滅してよ、銀糞猿』

直接顔を突き合わせていなくてもギャンギャンガルルと通常運転をし始めるザップと、ダリアの通信相手にしてバディ――チェイン・皇を微笑まし気に放置して、ダリアは残りのメンバーへ向き直った。

「さ。そういうことなので、さっさと登ってしまいましょう?」

アーキテクチャたちは人間で言う表情筋など無いはずだけれど、アイセンサーの光量や発声の加減で、実に表情豊かだと言える。早急にビルの屋上へ向かうよう促した時のダリアも、口角が上がっていたりなんかは無かったけれど、確かに笑っていたとレオナルドは日が経っても言い切ることができる。

 予定通りイカロスがノーマライザーライトと三人を抱えて屋上へ跳躍とブーストを使って上がる。男性型アーキテクチャ――エピドートがまずはダリアを投げ上げ、次にサヴァイヴを投げ上げた。空中でブーストし、先に上がっていた二機に引き上げてもらい、二機は無事屋上に降り立つ。エピドート自身はイカロス同様、跳躍とブーストの自力で屋上へ登った。

 ビルの上から町を見下ろすと、多くの道がドローンで黒く埋まっていた。危うい状況と言えど、地上に人影が無いことに気分はそこまで落ち込まない。

「ところで、お二人はどうしてここに居たんですか? 僕ら連絡してないっすよね?」

「確かに連絡は受けていない。だがマップのデータはノーマライザーライトから共有されていたからな。町を俯瞰しやすい高所を推定すると選択肢は多くなかった」

ふと疑問に思ったことをレオナルドがノーマライザーライトとダリアと共に機器の展開と設置をしているエピドートに訊く。ながら作業でも粗雑には返されなかった答えになるほどーと頷くレオナルドの周りは和やかである。チェインとの口喧嘩に気を取られていて不意の飛翔にやられたザップは硬い地面に転がされ、ツェッドにつつかれサヴァイヴに観察されていた。

 「わたしとレオナルド君はここが仕事場ね。ノーマライザーライトとサヴァイヴ、エピドートはわたしたちの護衛よ」

「え、ダリアさんもここで……?」

「そうよ。わたしの任務は現場での現場バックアップだから、レオナルド君と一緒にいた方がやりやすいの。ちなみに全体のバックアップはギルベルトさんとブロックヘッドがしているわ。ノーマライザーはその補助ね」

「そういえばギルベルトさん……というか、ブロックヘッドさんたちの方に護衛は居るのでしょうか」

MercuryStudio最古のアーキテクチャと言われるブロックヘッドは、どちらかと言えば華奢な機体をしていたはずである。そしてノーマライザーもまた古い機体である。裏方とは言え、護衛無しは危険なのではないかとツェッドは危惧する。自分よりも大きなアーキテクチャのことを案じてくれる若者に、ダリアは笑声をこぼした。

「ええ。ノーマライザーヘビィとコランダムが付いているわ。拠点から移動することは余程のことがない限りしないでしょうし、火力は十分なはずだから心配はしていないわ」

ありがとう、と優しい女性の声に撫でられる。ツェッドと同じように裏方を気にしていたレオナルド共々よかったと胸を撫で下ろす。それに、ブロックヘッドたちとて、決して弱いアーキテクチャではないのだ。

 束の間、談笑する仲間たちの傍らで遠心力と重力にやられていたザップがようやくモゾリと起き上がり始める。ノッソリ動き始めた人体にサヴァイヴがキュルルと窺うように頸部を傾けた。そうしてザップが身体を起こし、その場に胡坐をかくと、地上の方からガキィンと何かがぶつかり合う音がした。戦闘か。しかし敵ドローンに飛行能力は無かったはず、と気にすることはなかった。けれど実際、聞こえた音は戦闘音ではなったことがすぐに知れることになる。

 ガシャ、と着地の衝撃にパーツ同士が擦れる音。その下からは、微かに何かが動く音と刺突音がしている。剣呑にも聞こえるその音に敵意や殺意は無く、屋上にいる面々は警戒することなく音源へ眼を遣った。視線の先にはどう見ても人型には見えないアーキテクチャが居た。

「遅くなった、すまない」

「問題ない。すぐに見てくれ」

言葉少なにエピドートと遣り取りをし、真っ直ぐに機器へ向かうアーキテクチャはチェインから連絡のあったキリシマである。普段はライブラの武器庫ことパトリックとニーカの元で待機していることの多いキリシマは、武器含めた機器の整備と転送のために戦場に出てきたと言う。同じく極東の国の戦艦から名をもらったと言うアーキテクチャ――ムサシは武器庫の護衛に回っていた。

「なんかキリシマさんって軍人っぽいですよね。キビキビしてるって言うか」

「日本の霧島という軍艦から名前が来ているそうですから、そのせいかも知れませんね」

合流早々仕事に取り掛かったキリシマをレオナルドとツェッドが見つめる。五指の無い腕は動かず、ただ機械の前に立っているだけのように見えるけれど、機体の前に表示されているウィンドウが忙しなく開いては閉じてをしているのが見える。現実と見紛う精緻さの中、現実ではありえない風景を眺めていると、再びガシャリと音がした。

「近接武器特化アーキテクチャ、カグツチ参上申し上げる」

レオナルドたちの視線が音のした方へ向けられる。ツイと向けられる視線に構うことなく、その音源は朗々と名乗りを上げた。フッと振られた片腕の、展開していたブレードが収納されるのが見えた。

「ぉっせーぞ!侍ロボ!!」

そして来たばかりのカグツチへ、どこか不機嫌そうに雑なあだ名を飛ばすザップは、つまりカグツチのバディなのであった。

 キリシマは地上からカグツチに屋上までカチ上げてもらった――出力調整をしたブレードの上に脚部を乗せ、カタパルトのように飛ばしてもらった――らしい。キリシマが現れる直前の音はカグツチのブレードとキリシマの脚部がぶつかったものだった。単機となったカグツチは、器用にもブレードをビルへ突き立てて登ってきたと言う。パーツの擦れ合う音と共に聞こえた刺突音の正体である。

 「相済まぬザップ殿。貴殿がログインしていたのは承知していたのだが、如何せん信号が途切れ途切れで捕捉し切れぬままドローン処理が始まってしまった故、このように遅れてしまった」

「……信号が途切れ途切れになってたのって、もしかして、」

申し訳ない、と心なしか肩を落とすカグツチの言葉にツェッドがジットリとした視線をザップへ向けた。続く言葉はイカロスが吐いた。

「イケナイ場所に出入りしてたからかな!」

「最ッ低だなアンタ!!何しにこっち来てるんだよ!!!」

「うっ、うっせー、うっせー!息抜きは大事だろうがバカヤロウ!!」

「あ、ちなみに俺が見つけれたのはシラミつぶしに町走り回ってたからね。偶然ってヤツ」

「ンだよテメーら寄ってたかって!! アァン?!そのクソ生意気な眼はなんだ水棲生物!お前弟弟子だろ?!偉大なる兄弟子にそんな眼ェして良いと思ってんのかコラ!!」

レオナルドが頭を抱え、イカロスは楽しそうに機体を揺らす。呆れや諦めのような――もういかにも相手をダメな人だと言っている視線を寄越す弟弟子に兄弟子が切りかかり始める。いまいち緊張感のない、「日常的な」風景は、状況が未だ鬼気迫ったものではないという体感からか。

 そう、状況は未だ鬼気迫っていないのだ。無人となった電子世界で、無人の電子世界にした人物が何をするのか、意図が見えずにいる。多量のドローンを使って自分の制御下に無いイカロスたちを排除しようとするのは自然であり当然の反応であるから、次のモーションが欲しかった。

 「――出力、接続、問題無い。ダリア、ノーマライザーライト、起動しろ。他は本命捜しに行くぞ」

手早く機器の確認を終えたキリシマが振り返り、賑やかになっている集団へ声をかける。確認作業が終わった機器の傍へ、そこが持ち場となるアーキテクチャたちが向かう。

「あ――えっと、じゃあ、俺も」

そして半ば諦めたように斗流兄弟弟子の仲裁を試みていたレオナルドもアーキテクチャたちの方へ加わると、打ち合われていた剣戟音は止んだ。

 

「起動、Network-theater」

 

「起動、Operation-city」

 

ノーマライザーライトが通信プログラムの起動を宣言すると、レオナルドが神々の青を現わす。それとほぼ同時に案内プログラムの起動をダリアが宣言する。回線の繋がっているアーキテクチャたちのメモリに、町の全貌と各所の情報が挿入されていく。案内プログラムで作成された地図に神の目でもって得た情報を落とし込み、それを通信プログラムで鮮明に共有したのである。

 「それでは、気を付けて。レオ君」

「はい、ツェッドさんたちも……って、ザップさんはイカロスさんに乗せてもらわないんすね」

「自分の足があんのに生魚と相乗りなんざ生臭くてかなわねぇよ。清々すらァ」

「そういう兄弟子は獣臭そうだよね」

「あ゛!?」

「大丈夫だザップ殿、少なくとも獣の臭いはしていない。ツェッド殿も、生臭くはない」

「いえあの、こんな戯れ言なんて僕べつに気にしてないので、」

それぞれバディに乗った兄弟弟子は、そうしてレオナルドたちに手を振って屋上から仲良く降下していく。彼らに追従して屋上から降りていくキリシマはそのままドローン処理に回るのだろうか。それとも「武器庫」からの派遣として、前線となる彼らと行動を共にするのだろうか。レオナルドには、図りかねた。

 

 

 

 戦場で聞き慣れた狙撃音がする。空を裂いて飛来した凶弾は過たず標的を撃ち抜く。初撃でバランスを崩し、加えて速度を重視した軽量機故の機重で浮かび上がったヴァーミリオンは、迫る追撃を往なし切れずに敢無くブレイクした。機体を形作るエフェクトが破片となり飛び散る。けれどMercuryStudioのアーキテクチャはバトルレース用の機体であるから、データ自体が失われない限り機体の再構築が自然となされる。ブレイクすること自体は大した問題にならないのだ。

 だから、その時もヴァーミリオンはブレイクされた機体が再構築されるのを大人しく待った。待っていて、構築と共に違和感がその感覚に被さっていることに気が付いた。やがてその違和感は痛みとなって鮮明にヴァーミリオンを襲う。

「――、ァ、」

構築途中の機体が苦しげにのたうち回る。

「ヴァーミリオン!」

兄弟機の異常に気付いたアザレアがその傍へ文字通り滑り込み、構築されていく機体を視認する。と、その機体は、先程狙撃を受けた部分を中心に、錆のようなものに蝕まれていた。

「――スティーブン!ヴァーミリオンが!」

アザレアは即座にスティーブンへ連絡を入れた。兄弟機の異常に、普段はあまり呼ばないファーストネームを叫ぶ。アザレア型三機の管理者となっているスティーブンも、平生あまり動じないバディの切羽詰まった様子と共有されるその兄弟機の様子に声が荒くなる。

『すぐにヴァーミリオンをオフラインに切り替え離脱させる! ダリア、狙撃手の位置を洗ってくれ。ノーマライザーライトはヴァーミリオンの状態を各機に伝達、同時に、短時間で悪いが、レオナルドはヴァーミリオンの異常が何なのかを視てくれ。サヴァイヴとエピドートは彼らに傷一つ付けさせるな!』

「――ダメです、スティーブンさん! あれウイルスみたいです!」

触っちゃダメだ!と叫ぶレオナルドの声が直後に聞こえ、全体に緊張が走る。

「こちらダリア。狙撃場所は特定できましたが、敵機は既に離れた後でした。ノーマライザーライトが立ち去る機体を辛うじて捕捉できたようなので、画像を送ります………だいぶ荒いのですが、」

『了解。すぐにチェインに回そう』

「こちらノーマライザーライト。道路をドローンとは異なる挙動で走行する個体を確認。レオ、視てもらっても良い?」

「はい。あ、えと、あの……これ、アーキテクチャ……?」

慌ただしく通信が入り乱れる。いちいち開閉するのも手間だと、開かれたままの登録者共有回線が一気に騒がしくなる。遣り取りの裏側で銃声や紙束の音がする。そんな中、少しの空白を置いて、レオナルドの声がぽつりと落ちた。そうして、また、少しの空白。

 最も早く立ち直ったのは、案の定と言うべきかスティーブンだった。漏れ聞こえるギルベルトとブロックヘッドの会話からして、ヴァーミリオンを「ガレージ」に無事収容できたことで切り替えにも余裕ができたのだろう。

『アーキテクチャ……そうか、わかった。少年、識別はできるか?』

「あ……えと、それが、どのアーキテクチャでも、ないみたいです……!」

『失礼します。チェインです。MercuryStudioをあたったところ、先日「新作」のデータが一機分、何者かに盗まれたという被害届をHLPDサイバー犯罪科に出しています。被害データはクライテリア。素体を自在にカスタマイズして走行、戦闘を行う新世代だそうです』

『それは――また――……面倒だな…………いや、ありがとうチェイン。迅速な情報収集に感謝するよ。少年もご苦労。「次」のために眼を休めて置くと良い。追っ手は出した』

レオナルドとチェインの情報により、厄介な武器を携えた敵機の正体が割れる。更に言えば、第五の戦場――世界――の均衡を守るのに大いに役立ってくれているアーキテクチャたちの親が敵ではないと知れる。不幸中の幸いか――とスティーブンは一つ息を吐いた。

 滅多に聞かないアザレアの声が聞こえると、斗流兄弟弟子とそのバディに追走していたキリシマはカグツチのすぐ横へ並んだ。

「これから並走での武器換装を行う。良いな?」

「走りながら武器を換えるって……!?」

有無を言わせない調子で――実際既にケーブルを展開して換装準備を始めているキリシマの言葉にイカロスが声を上げる。いつもアーキテクチャたちは武器を停止した状態で、大抵のことがあってもすぐに対応できる安全なガレージで付け替えている。それが最善で、ルールでもあった。それを、このアーキテクチャは、今なんと言ったのか。

「預かり物だ。お前に。お前のために「武器庫」が用意した特別製だ。試作品でもある。ひとつ間違えればお前はその場でブレイクするだろう」

「っお、おい! ンな危なげなモン勝手に付けんなよ!誰の許可とって――」

「だがお前は我々アーキテクチャの中で最もブレードの扱いに長けている。だから二人はお前にと私を遣ったのだろう――ああ、重量オーバーになるな。そちらの腕の武器を切り離してくれ」

「――てめッ、」

淡々と作業を進めるキリシマに、ザップが得物を向ける。その間、道中のドローンから飛ばされる野次はツェッドが防ぎ、イカロスが軽武装ながら応戦していた。それだけでも捌き切れているのは、どこかからの狙撃援護でドローンが撃ち壊されているからだった。

「……いや。構わない。我が腕を見込まれて贈られた得物を、そのまま贈り返すなど失礼の極み。振るってみせよう」

その答えに、カグツチの了承に、キリシマは小さく頷いた。キリシマとケーブルで繋がっていない方の腕の武装が切り離され、カグツチは隻腕のような姿になる。残った腕には、見たことのない形状の武装が構築されていく。話から察するにブレード系らしいが――どのように、どのような刃が展開するのか、未だ誰もわからない。

「詳細はデータ内に…………くれぐれも「武器庫」やMercuryStudioの名に恥じぬよう――良いな?」

「しょ、承知した」

「では、カグツチを頼んだ。斗流の兄弟弟子」

展開していたケーブルを収納し、腑に落ちないと言った顔をしているザップと気遣わし気な空気を向けて来るツェッドに声をかけ、キリシマは離脱していく。

「……あいつ、住み込み先と実家好きすぎだろ」

曲がり角に消えていくブースターを見送り、カツカツと刃身の峰でカグツチの装甲を叩きながらザップが言った。武器のプロパティを開いてみると、贈られた武器はやはりブレード系だった。「00-Homusubi」の名前と、キリッとした顔で親指を立てている「武器庫」二人の写真が眩しい。

 「――って、僕たちこれじゃ無防備もいいとこですよ!」

キリシマと別れて数十秒ほど経ってからツェッドが弾かれたように叫ぶ。

「んあ? なに言ってんだ軟弱魚類ちゃんは」

「確かに僕たちは斗流で、僕だって戦力としての自負はありますけどね、燃やし難く硬いものをこれだけ相手にするには無茶があるってことです! イカロスくんは最軽量の武装しかしていませんし、カグツチさんの武装は気安く振り回せるものではないんです」

「無茶の一つもしねぇで世界が救えるかよ。こいつらが無茶できねぇってンならその分俺らが暴れりゃ帳尻は合うだろ」

「通信入っているでしょう。僕たちが追うべき標的は見つかりました。しかも相手は新武器持ち。万全を期すべきです。辿り着くまでに疲弊していては救える世界も救えないでしょう?」

「ハッ、てめぇがヘタれるってンなら俺一人でもやってやらァ」

「あぁもう、確かに貴方の実力は他の追随を許しませんけどね、だからって過信は禁物なんですよ、」

わかっていますか、と心配と苛立ちを混ぜた声音。それに雑な返事が返される。兄弟弟子の言い合いに割って入るものは――物言いたげなアーキテクチャは二機ほど居たが――おらず、彼らはそのまま閑散とした交差点に差し掛かる。バディのアーキテクチャが見ている地図――レオナルドやダリアが作り、ノーマライザーライトが共有してくれている地図を見ると、その交差点の先で三機の機影が追いつ追われつしていた。アーキテクチャ名が一つしか出ていないのは、それ以外の二機が味方側だとレオナルドたちが把握していて、「眼」を使うまでもないためだろう。そして、交差点に進入して直進すると、横方向からヌッと影が飛び出してきた。

 ああデジャヴだ――と妙に冷静な感想を持つ。横から出てきたのは敵ドローンで、アザレアと合流した時のものより少し大きいだろうか。心なしか向けられている銃口も大きく見える。それでも、それぞれが得物を構えた。

 構えて、ゴシャリ、と音を立てて吹っ飛んでいく敵を見た。

「あ……?」

「え……?」

吹っ飛んでいった敵を追うようにミサイルが通り過ぎていく。つられて首と視線が動く。着弾。更に何発か打ち込まれ、態勢を立て直そうとしていたドローンはブレイクした。ちなみに簡易データで構築される量産型ドローンや、管理者や所有者のいないアーキテクチャはブレイクしても再構築はされない。再構築に回されるだけのエネルギーを持っていないからである。

「良かった――無事のようだな」

朗々とした声が聞こえた。声のした方向、ドローンが飛び出してきた方向へ首を回すと、黒い熊のようなアーキテクチャが停まっていた。疑うまでもなく、このアーキテクチャが先程のドローンを殴り飛ばし蜂の巣にして自分たちを救ってくれたのだ。

「オ……オリハルコン……」

イカロスがアーキテクチャの名前を呼ぶ。うむと頷いたオリハルコンの発声装置からは、次いで、ザップとツェッドには聞き慣れた声が発せられた。

 「『怪我は無いかね、二人とも』」

「だッ――旦那ァ?!」

「くッ、クラウスさん?!」

オリハルコンのバディにして我らが秘密結社のリーダー、クラウス・V・ラインヘルツの声に、部下たちは眼を剥いた。姿は見えない。

「『ああ、音声を接続させてもらっているのだ。直にそちらへ行けなくてすまない』」

つまりクラウスはオリハルコンの視界を映したパソコンか何かの前に居るのだろう。ヘッドセットやマイクで言葉を伝えているのだ。ログインはできなくとも、こういった手段で介入することはできるらしい。そもそもアーキテクチャ内へ侵入し、系統の操作を奪うことは容易ではない。PCをハッキングする何倍も難易度が高いのだ。

「……メインの行動パターンにクラウスのデータを採用している。意識のリンクも5割程しているし本人の指示もすぐに受けられる状態であるから、遜色ない動きができるはずだ」

再度オリハルコンから声がする。けれどそれはクラウスのものではなく、オリハルコンのもののようだった。

「『標的はローズマダーとエリキシルが追ってくれている。我々も向かい、挟み撃ちして標的を確保するのだ』」

そして再度クラウスの声になる。一つのからだ――機体――から二つの声が聞こえて来る状態に他の二機と二人はむず痒そうな顔をする。

 クライテリアの動きを監視しているレオナルドたちはアザレア型の最終型ローズマダーとエリキシルから送られてくるクライテリアの画像を分析していた。上体を回転させての振り向きやブースト、オーバーライド時の大幅な変形など、ノーマライザーたちとは至る所が異なっている。

 けれど注目すべきはそこではなかった。レオナルドの眼が捉えたのはクライテリアの胸部に宿る違和感だった。違和感というよりも、それは文字通り異物のようだった。

「これは……正規パーツじゃ、ない……?」

「ってことは、無理矢理くっつけられてるって言うこと?」

「他のパーツとオーラの色が違うから、そうだと思う」

レオナルドの呟きにノーマライザーライトが小首を傾げる。正規のパーツ以外を付けられたことのないノーマライザーライトは、非正規の外部パーツをアーキテクチャに本当に組み込むことができるのだろうか、と思った。そんなノーマライザーライトとは対照的に、ダリアの方は、とりあえずはそのことを受け入れたらしい。

「そうだとして……何がくっついているかが問題ね。わざわざ何をくっつけるのかしら」

そして、なにより、と続ける。

「なにより、どこへ向かっているの? 確かにこちらへ攻撃はしてくるけれど、それはこちらが仕掛けた時くらいだわ。それ以外はずっと走ってる。どこかを目指して――どこへ? あれの目的地は?目的は?なに?」

「…………レオ、」

疑念と困惑と不安を綯い交ぜにした声に周囲は押し黙る。特にアーキテクチャたちは同じような感想を持っていたから、なおさらだった。そんな中、沈黙を破ってレオナルドの名前を、縋るようにノーマライザーライトが呼ぶ。服の裾を摘まんで引く子供のような声に、口元が綻んだ。

「うん、わかってるよ。大丈夫」

だってそれは、自分の仕事でもあるんだから。ノーマライザーライトの装甲をペチペチと撫でて、レオナルドはまた新たに送られてきた画像へ眼を向ける。

 その情報が送られてくると、ローズマダーは前方のアーキテクチャを捉えているアイセンサーの発光部を細めた。人間で言う、細めた目である。

「聞いた? 僕らの後輩で新世代型機で爆弾持ちだってさ、この困ったちゃん」

「組み換え可能次世代型素体クライテリア。我々の末弟。旧型アーキテクチャ群から大幅なシステムチェンジがされている。なお、現在眼前を走行している仕様は重装軽量型に近いと思われる」

「まぁ、ブツ運ばなきゃいけないみたいだしね。キリシマ方向に行っても変じゃないか」

苛立ち紛れに話を振ると、わざわざ機械的に言い換えて情報を返される。そういうアーキテクチャだと知ってはいるから――否、むしろいつも通りに返されて、ローズマダーはいつもの調子を持ち直せた。

「一先ず先輩は立てとくモノだって後輩に教えてあげるのも先輩の仕事だよね」

「クライテリアは学習、情緒反映機能が我々よりも強い。教育は可能。貴機については――ヴァーミリオンが再構築不可能の危機に晒された事に対する仕返しも含んでいるな?」

「だから、後輩を「教育」してあげるのも、先輩のお仕事って言ってるでしょ」

「……くれぐれも任務を違わないよう、留意を推奨する」

 クライテリアの胸部に装着されている異物は爆発物だと断定された。曰く、黒煙に煙るような火花が爆ぜるようなオーラと、ガレージやデータで見かける「爆発物」に似た影が見えたのだと言う。

 あとはその目的地であるけれど――視界画面の端に表示した地図に、こちらへ向かってくる三つ機影を確認して、自分たちがどこにいるのか、どこへ近付いているのかを把握する。把握して、ローズマダーは気付いてしまった。

『――サーバーだ! 「ここ」の中心、「ここ」を構築しているサーバーが狙いだ!』

弾かれたような声の通信に全機全員がハッとする。地図の上を動くアーキテクチャの機影は、距離の差はあれども全機が町の中心へ向かって動いていた。

 サーバーはここのような仮想現実の核であると共に、外部を含めたネットワークの中継地点でもある。それが壊されれば、そのサーバーに保存されているデータはすべて失われ、電子空間のみならず現実でも混乱が起きる。ネットワーク社会である現代でそんなことをすれば混乱は更に大きくなるだろう。なにより、その空間内に居た者たちはそのままサーバーと共に消えてしまう。

 現実でなくとも大きくはなくとも、とかく確かに世界の危機に瀕していることが決定的となった。そのサーバーは割合古くからあるサーバーで、この仮想現実が一般に周知される前から細々ながら町を広げていた。だから、つまり内包しているデータ量が他よりも少しだけ多いのである。町の情報や町の住人――登録者――の情報や、同サーバーの別所でやりとりされているメールや通話の情報やオンラインゲームの情報や、とにかく消し飛んでしまうと困るデータが多々あるのである。

 マズい、とこころが一つになる。

「待て待て待て待て待て! ってことはアレか?!ヘマすりゃだいぶ気前よくこっちの小遣いくれるジーンとかクスリの効きが最高に好いエマとか割とまけてくれる薬屋とかみんな消えちまうってことか?!」

「兄弟子サイテーだね。俺むしろソンケーしちゃう」

「ちょっと待ってください確かここのサーバーってあのゲームのセーブデータを一時保存して……うわあああああダメです!出動前にスリープモードにしてて本セーブしてない!!ダメです!!!」

「ゲームのことになるとレオほんとテンション上がるよね」

『機密ではないし備えもしてあるが……このサーバーを介してやりとりをしているスポンサーがいるな…………連絡と説明にただでさえ少ない時間が割かれるのは、ちょっと遠慮したいところだな……』

「いやその前にもっと心配することあるでしょう!?」

和気藹々と叫喚する面々にツェッドが声を上げた。

「僕たち今サーバーとデータと心中の危機ですからね!?」

『――そうだともツェッド。今我々は危機に瀕している』

一人一人にツッコむなど丁寧なことはせず、まとめてツッコミを入れたツェッドに答えたスティーブンの声はゆらりと揺れていた。いつか見た、数徹して最後の仕上げの段階で緊急出動要請が出た時に仕事机から立ち上がる上司の姿を幻視する。

「そうだぜ魚類。んで、今こそが世界を救う時だ」

弟弟子を指す呼び名の中では比較的マシなものを発した兄弟子の声にも、いつか見た、珍しく大切に大切に飲んでいた上等な酒がよくある狂騒によって台無しになった時に座っていた椅子から立ち上がる姿を幻視する。

「自分たちの世界を自分たちで救うのは当然のことだろう?」

そして――これは、イカロスたちの拳と盾になってくれているオリハルコンの声。あぁそれは、そのバディのものによく似ていた。

 

 

 

 何がどれが引き金になったのかは判らなかった。

 最も早く動いたのはローズマダーとエリキシルだっただろう。迷わず躊躇わず全武装を開放し、クライテリアの装甲と耐久力を削ろうとした。何割かは確かにクライテリアの装甲を傷付けた。けれどすぐに湧いて出てきたドローンたちに阻まれ、攻撃は通らなくなる。

「――あのミサイルだ!」

 

『Evoke:for racer!』

 

そして壁にも似たドローンたちの向こう側から放たれた凶弾を受け止めたのは、突然目の前に構築された壁だった。壁だけでなく、四方の風景が変化している。

「壁や床も侵食しているな」

「リジェネすぐ解除して!っていうかしばらくこのコース使えないじゃん!」

情報を操作し、任意の空間を展開できるプログラムをリジェネが使用してクライテリア追跡班を救う。件の「錆」が展開されたコースに広がらないうちに空間の情報操作は解かれ、元の風景に戻っていく。「錆」に侵されているドローンは、侵され始めた場所であるコースが消えると同時に、その姿を消した。

 『どうやら外部パーツには外部の力をぶつけた方が効果的みたいだから、アレがサーバーと接触する前に燃やし尽くしてもらえるかしら』

『クライテリアの方はどれだけ損傷が激しくても回収するからな』

「持ち主のデータを探すんですね」

「いやでもよ、サーバー吹っ飛ばせる威力の爆弾ごと燃やしたら粉微塵じゃね?」

ダリアの指示はともかく、スティーブンの言葉にザップは首を傾げる。一気に燃やし尽くして良いならば、加減するなどの面倒が無くて良い。だが、クライテリア――特に、おそらく他のアーキテクチャ同様、頭部にあるメインメモリ――を回収するならば、爆弾がクライテリアを吹き飛ばさない程度の火加減にしなければいけない。否、そもそも素の状態で爆発しても、あの重装と言えど軽量機仕様のクライテリアなど吹き飛ばされてしまうのではないか。

『ソレハ オレ ガ 撃チ分ケ ル』

けれど割って入って来た通信が解決案を提示した。向こう側から聞こえているのはスナイパーキャノンの音だろう。バディであるK・K同様、その系統の得物を得意としているアーキテクチャはタランチュラと言う名前に違和感なく、機体の部位が節足動物を思わせる展開をして、記憶にも残りやすかった。

「ンなことできんの?マジ?」

『メイン行動パターンニ バディ ヲ 採用 … バディ ノ スナイプ 感覚データ オレノ 機械的 スナイプ 正確性 撃テナイ モノ ナイ』

『チャンスは一度だな?』

『問題 無イ』

そのまま通信はブツリと切れる。大した自信と信頼だとスティーブンが小さく笑う。流れを纏めたのは、オリハルコンもといクラウスの声だった。

「『了解した。タランチュラがクライテリアと爆弾を切り離し、それをザップとツェッドが処理するのだな。ならば我々は道を拓こう』」

「……あ、サヴァイヴさん、エピドートさん。爆風やノイズが多少起きると思うので、レオ君やダリアさんをお願いします」

『心得ている』

 空間の核であるサーバーは空にある。常に浮かび、そこに在るのであるが、普段はマッピングやフィルターに覆われて周囲の風景に溶け込んでいる。そこへ大きな爆弾を投げ込むとなると――クライテリアのかたちからして、射出ではなく体当たりするのだろう。

『飛んだよ!』

ローズマダーの声がして、前方に跳躍ではなく飛翔にブーストを使っている機体を見る。

 眼前には未だドローンの群れ。飛ぶための滑走路もない。そのまま飛んだところで追いつく可能性は低い。ならば創るしかない、と誰もが知っていた。

 機体の上で飛んで来る銃弾を弾き、時にはドローンを屠っていたザップを、展開したケーブルで不慣れながら掴みイカロスへ渡す。そして、オーバーライドで最前へ躍り出た。

 逸る感情を宥めるように、回転数の上がったモーターを落ち着けようとする。機体を前へ傾け、スピードが乗るように。居合のように腕部を曲げる。ドローンとの距離を見た。そうして、一閃。

 

「雄走 - 速夜藝」

 

鋭利な風が吹いた。ブレードと接触したドローンはもちろん、付近にいたドローンもズパリと二つになる。オーバーライドが終わっても、ブーストで駆け抜ける。振り抜いた腕には爆ぜるほどの熱を感じていた。

 

 『Evoke:fly me to the sky!』

 

「Force起動」

 

一拍経ってから撒き散る光の欠片の中、風景が変わっていく。地面は傾斜し、昇っている感覚。グンとブーストしたオリハルコンが地面に向かって拳を振り上げる。起動を宣言されたプログラムは名前通り攻撃に特化したものだ。ただでさえ重たい拳が、更に重さを増す。

「飛べ! 『飛ぶのだ!』」

咆哮と共に地面を叩き、器用にもコースの奥を隆起させたオリハルコンが促す。クラウスの声も聞こえた。本来は対岸へ着地するためのものだと言うのに――イカロスは翼を広げる。真っ直ぐで緩やかな上り坂になっているコースを駆け抜けて行く。

 

 「――、Tearing-the-stratus!!」

 

そして、浮遊感を感じると共に、加速プログラムの宣言とオーバーライドの起動をする。同時に見慣れたレースコースは消え、周囲に楼閣がいくつも現れる。飛ぶ。飛んでいる。上がっている。昇っている。眼前の機体に届くまで、あと少し。腕の中の軽い遣り取りたちはいつの間にか鳴りを潜めていた。炎をチラつかせる銀の目も風をそよがせる金の目も、もうワクワクして仕方がなく、今すぐにでも暴れ出したいと雄弁に語っている。

 

『――……RD4T5』

 

聞こえたのは小さな声だった。けれど何が起きたかは明白で、イカロスは苦し紛れのように放たれた防壁トラップへ機体を突っ込ませる。妨害対象がアーキテクチャであるトラップの「穴」から、ここまで運んできた今回の要を放り投げる。突然の暴挙に、うわ、と非難のような声が聞こえた。けれど、それも一瞬のことだった。

「斗流血法カグツチ」

「斗流血法シナトベ」

凛々しい二つの声が聴覚器に届いた。アーキテクチャから分かたれた箱のようなものを前に、猩々緋の刀と槍が煌めく。

 

『Steel-rooks、』

 

往生際悪く――いっそ健気に己の仕事をまっとうしようと、二つの人影へ銃口を向けた不格好なアーキテクチャは操作を奪われたドローンたちに群がられ、繭のようになりながら落ちていった。任意の機体の操作を奪取するプログラムを行使したネクストは、してやったりな空気を滲ませていることだろう。どんなレースでも一定以上の成績を残すよう、優秀な次世代型標準機として設計されたアーキテクチャは、そのことを分かりやすく誇りとしていた。

 

『A e gi s』

 

キュルルル、と音がして、拙い音声が重厚堅牢な盾の展開を紡ぐ。そうしてビルの屋上で空を見上げているレオナルドたちはその場で最も安全な領域に入った。

 これらすべてが、ごく短い間に展開していく。

 流れるような技――プログラムだったり武器だったり――の発動に続いて、二人で一つである斗流の兄弟弟子も仕上げにかかろうと口を開く。

 

「七獄――!」

「天羽鞴――!」

 

 瞬間、煌々とした火柱が聳えた。有史以来の記憶を照らすような朱に時折透き通るような青が混ざる。互いを食い合うように吹き荒れる炎と風はバガンと轟いた爆発すら火柱の中に押し込めたようだった。それを操る者たちの顔は、楽しくて嬉しくて堪らないと物語っている。天地を結ばんとする勢いで伸びる炎がサーバーの下部を僅かに舐め、世界に小さくノイズが走った。

 

 

 

 世界は救われた。火柱が解けた後には、雪のように火の粉が舞っていた。

 その場に数分ほど留まっていたように感ぜられたけれど、実際はしっかりと重力に従って落ちていた。ほ、と忘れていた息を吐き出せば、身体全体を風が撫でていることに気付く。

「……おめーの滑空ってよォ、一人くらい背中に乗ったって問題ねぇよな?」

「無茶言わないでください」

炎と風の出力と操作に全力を注いでいた兄弟弟子は自由落下に身を任せていた。まだ地面は遠い。もう少ししたら疲れた身体に鞭打って血紐を紡ごうと思う。だいたい、仮想現実だと言うのに現実世界と同じように疲労を感じるとは何事か。リアリティの追求か。

『ご苦労。よくやったな、二人とも。今迎えが向かっているから、受け止めてもらえ』

ッはー、と溜め息を吐いていると、ツェッドのスマートフォンにスティーブンから通信が入っていた。迎えが来るらしい。またイカロスが飛んで来るのだろうかとザップは思ったけれど、その予想は外れていた。

 「――つかまえた!」

どこに居たのか、その日初めて聞く声がして、ひたすら風を受けていた身体に硬い物が触れた。

「遅くなってごめんね。僕、戦闘あんまり得意じゃないから、こういう時くらいじゃないとカッコつけれなくて」

「いえ、ファルガーくんが無事で何よりです」

おまけ程度の戦闘力でもドローンを相手取っていたのだろう、傷だらけのアーキテクチャ、ファルガーを見上げてツェッドは微笑する。レオナルドのノーマライザー型三機やスティーブンのアザレア型三機とは違い、イカロスとファルガーは同系統の機体ではないけれど、レオナルドやスティーブンのようにツェッドは二機の管理者登録をしていた。

「でもよ、紙耐久くんよ、これじゃ俺たち一緒に落ちてくだけだよネ??」

こんな状況でも葉巻――こっちでも買ったのだろう――を吸い始めたザップが頬杖を突きながら笑う。自分が墜落して相当なダメージを負うことなど気にもしていない顔だった。ファルガーの反応を楽しもうとしているニヤニヤ顔だったが、ファルガーは平然と自分の作戦を伝えた。

「とりあえずブーストで落下速度を緩めようと思ってるから――僕の耐久、15%以下にして」

 「…………なにこいつドMなの?」

「そんなわけないでしょう」

ファルガーの言葉に、なにこいつドン引きだわーと言う表情を浮かべたザップをツェッドは冷たい眼で一瞥する。

「ファルガーくんの背部は耐久が15%以下になるとブーストの消費エネルギー量が半分になるんです」

「ドM仕様じゃねぇか」

「貴方ひとりで先に落ちますか」

「まぁ待てよ、せっかくブン殴ってくれって言うやつがいるんだ、殴らなきゃ損だろ」

「ひとりで先に落ちててください」

「連れねぇこと言うなよ、弟弟子だろお前」

 なんだかんだと言い合ってファルガーの耐久を削ることになった。ザップは刃身をつくり出し、まずは先っちょ、と片腕の武装の先を切り落とす。綺麗な断面を晒して離れていく部品に悪い気はしない。さてもういっちょ、と得物を持ち直すと、ファルガーからストップがかけられた。

「あ、もう大丈夫」

「えっ早くね?」

「元々耐久削れてたし……」

ありがとーと有無を言わさない調子で切り上げられる。ごく自然な調子で次の段階に移行され、置いてけぼりのようになる。しかしそんなザップを気にすることなく、ファルガーはアーゲイトへ通信を入れ、プログラムの起動を要請した。

「アーゲイト? うん、よろしく」

『了解』

ザザ、と僅かにノイズの混ざった音声が返ってくる。

 

『Squall-debris』

 

その名が音になると共に、落下速度が緩まるのを感じる。

『……わかっているとは思うが、このプログラムは浮遊させることや上昇させることよりも、落下させることの方が得意だからな』

「えっと、あの、ゆっくり、できるだけゆっくり丁寧に、よろしく……ね?」

『…………善処する』

先程よりも空白の開いた返答にファルガーと兄弟弟子は顔を見合わせる。おそらくアーゲイトはもう通信に応じないだろう。応じたとして、良い顔はされないだろう。

「おいコレどーするよ大丈夫かよ何とかしろよオイ、帰るまでが遠足だろここまで来たら無事優雅に帰りてぇよ俺ァ」

「ブーストを、落ち着いてブーストを使って降りましょう。落ち着いて。落ち着いてブーストを使ってください」

「いや落ち着いた方が良いのそっちだと思うんだけど。いや大丈夫。僕落ち着いてるから。ちゃんと落ち着いてるから大丈夫だって。たぶん」

「たッッッぶんじゃねェよ!たぶんじゃあアア!! テメー番頭からお遣わされたンだろォ!?責任もって仕事せぇやコラァ!!!」

「アアーッ待ってそんな急かさないで!揺らさないで!緊張するから!緊張しちゃうから!!パーツがズレるからァ!!!」

ァァァァァと賑やかに落ちて来る一機と二人をレオナルドは晴れやかな表情で見上げていた。映し出された虚構であっても、青い空は見上げると気持ちのいいものである。

 結局ファルガーたちは無事に着地することができた。ふわりと軽やかに着地した場所が、ザップとツェッドを投げ上げた後にそのまま墜落してブレイクした再構築中のイカロスの上で、イタァイ!と悲鳴をもらったことは余談である。

 町中のドローンはすべて停止していた。クライテリアは随分ボロボロになった姿でローズマダーに引き摺られて姿を見せた。任務に失敗したせいか、大人しく抵抗する気配もない。アーキテクチャたちとレオナルドも、空中遊泳から無事帰還した者たちの元へやってくる。

「お疲れ様っす」

「はい、レオ君もお疲れ様です」

「……これ後片付けもしてけとか言わねぇよなぁ」

互いに労い合う後輩たちの横で、残骸含めドローンが無数に転がる周囲を見回してザップが顔を顰める。小型とは言え、成人男性よりも重たく高いドローンの掃除など人間が気軽にできることではない。

「後片付けは我々がする。ザップ殿たちは安心してログアウトされよ。スターフェイズ殿への報告もせねばならんだろう?」

「そうね。でもあなたもガレージに戻るべきよ。敵のトラップと盛大に接触したイカロスも。ファルガーは一度ブレイクして再構築でいいわね」

両腕の無いカグツチの姿に三人は目を剥いた。片方が無い経緯は知っている。もう片方は――試作機はあの居合で失われたらしい。肩のパーツまで消え、周囲が焦げていることから、爆発でもしたのだろう。口を開きかけて、しかしとても穏やかな様子のカグツチに口を閉じて終わる。その間にも、ダリアは淡々と今後の予定を話してくれていた。

「キリシマは「武器庫」からの派遣だから戻った方が良くて、ローズマダーはその子をギルベルトさんとブロックヘッドのところへ届けた方が良いわね。後はドローンの片付けよ」

クライテリアの処遇がどうなるのか想像したくないが――まあ、あの大人しさで素直であるならば物騒なことにはならないだろう。加えて、さらりとデスルーラじみたことを言われたファルガーに不憫を覚えたレオナルドである。

 ぱらぱらと町へ散っていくアーキテクチャたちを眺めていると、スティーブンからの通信が入った。

『こちら側にも異常はないことが確認できた。戻って来ても良いぞ』

紙の擦れる音や、後ろに聞こえる足音に、今回の件で何らかの影響が懸念された個所の確認をしていたらしい。三人――特にザップとツェッドは胸を撫で下ろす。

『そうそう、親愛なるアーキテクチャ諸君。ユーザーたちが帰ってくるまでのリミットは早くて一時間。かかっても二時間ほどだ。おそらく記憶は「消える」直前までしかない。元通りに頼むよ』

通信を聞いたアーキテクチャたちは、先生に抜き打ちテストを言い渡された生徒のようにええーと声を上げた。モーター音が忙しなくなる。

 そうして、静かになった頃、スティーブンに質問をする声が一つ。ツェッドのものだった。

「……あの、非合法領域にいたユーザーたちはどうなっているんでしょう」

『そうだな……サルベージは試みてみるが……まあ、なんとかなるんじゃないか?』

「そうですか……」

予想に反して希望のある答えだったのだろう。安堵したような声音と、話の内容から、レオナルドはそれとなく後輩の胸中を察することができた。

「あー……そうっすね。もし、万が一、非合法領域に知り合いが居る時に今回みたいなことが起きたら大変ですからねー」

「ぁんだよ、なに見てんだよ陰毛」

「いーえー?べつにー?」

 

 

 

 ログアウトをし、現実世界へ戻って来た若者三人は事務所のソファへ雪崩込んだ。ぐでんと脱力する姿を上司は咎めなかった。慣れない場所での大立ち回りは存外大きな疲労をもたらしたらしい。これから増えていくだろう戦闘の場に、自分たちも慣れて行かねばと思うのだった。

 その日の少し遅い昼食は近所のハンバーガーチェーン店でテイクアウトをして来てソファで三人で並んで食べた。

 事件の犯人は最近ネット界隈を賑わせていたハッカー集団だった。すぐに情報はリークされ、数時間と経たずにHLPDに確保された。自分たちがどこまでやれるのか試したくなったとの供述が取れたそうだ。そして悲運にも犯罪に巻き込まれたクライテリアは初期化され、MercuryStudioに返還されたという。

 後日、修理と点検を終えたカグツチとイカロスの検査結果が届き、「武器庫」からアーキテクチャ用の武器ができたから見に来てくれと招待状が届いた。そして、それぞれのバディのスマートフォンなど通信機器に、以前よりもちょくちょくアーキテクチャたちからの連絡――他愛のない会話などが主な内容だ――が入るようになったのである。現実世界と仮想現実の交流は、順調である。

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プログラムまとめ

Aegis(アイギス)…防壁展開。防御プログラム。展開すると重厚堅牢の高精度プロテクトを発現。積んでるだけでも搭載機の防御を上げる。

Operation-city(オペレーション:シティー)…誘導案内。案内プログラム。発動するとフィールドの全貌を把握することができる。搭載機は通信系の機能の能力が上がる。

Network-theater(ネットワーク・シアター)…感覚共有通信。通信プログラム。発動するとリンクした機体間で視覚と聴覚を共有する。共有する感覚の数は選択可。

Evoke(イヴォーク)…情報喚起。空間操作プログラム。発動すると発動した機体の任意の空間を数分間展開する。展開時間は機体スペックに依る。

Force(フォース)…武装展開。武装プログラム。発動すると搭載武器含め発動した機体の攻撃力を上げる。積んでるだけでも搭載機の攻撃力を上げる。

Steel-rooks(スチール-ルークス)…操作奪取。操作プログラム。指定した他機の操作を奪う。範囲は動きを奪う程度だが複数機に対して行えるので敵機で防壁を築くこともできる。

Tearing-the-stratus(ティアリング・ザ・ストラタス)…速度超過。速度プログラム。起動すると爆発的に移動速度を上げる。オーバーライド、ブースト時間も少し延びる。通常の移動速度に影響はない。

Squall-debris(スコール・デブリ)…重力操作。攻勢プログラム。弾丸や破片など一定の大きさを持つものを制止・移動・落下・浮遊させることができる。落下させることが最も得意。

バディまとめ

ブロックヘッド、エリキシル…ギルベルトさん

ノーマライザー型三機…レオナルド少年

アザレア型三機…スターフェイズ氏

アーゲイト型三機…ライブラ預かり(服役コンビ)

オリハルコン…クラウスさん

ファルガー、イカロス…ツェッドくん

キリシマ…ニーカさん

ネクスト、サヴァイヴ、リジェネ…ライブラ預かり

カグツチ…ザップ氏

ムサシ…パトリックさん

タランチュラ…K・Kさん

​ダリア…チェインさん

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