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素敵なついーとを下さったふぉろわさん(レニエスさん)に大感謝(大の字)​

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 ほのかに焦げたパイ生地はサクリと静かに割れる。小さな欠片をこぼしながら一口分の大きさにされていく。ときどきカチリと触れ合う三叉と白磁は、けれど軋んで不快な音を鳴らすことはない。ツプ、と銀の三つ又が蜜色を捉え、己を操る主人の舌の上まで運んでいく。さく、しゃくり、と温かな瑞々しさが歯に触れた。

 甘い。と、そう思った。しかしそれは市販されているチョコレートやマシュマロと言った菓子類のものとは違う。まとわりつくように後を引く甘さではない。生地の香ばしさとじゃれ合いながら喉奥へ落ちていくそれは、春風に躍る花弁のようなものに近い――と思う。火を通され、果実にとどめられた蜜はどことなく憂う表情を浮かべているような気もするが、その影すらも甘さの一端になっているのだろう。他者の陰や負の感情は得てして良い刺激になることが多い。

 詰まる所、このアップルパイは美味しいのである。表情を変えずにアップルパイを口へ運ぶ彼はそう結論付ける。以前どこかのレストランや洋菓子店で食べたものとは異なった美味しさがある。

 自分の仕事を終え、仮初の主――ただの協力関係かつその場合の上司としている――である男との合流地点へ行くと、なぜか茶会が開かれていた。茶会と言っても、男がひとりでアップルパイを食べていただけなのだが。

 つまりまた何か気紛れを起こしたらしい。周囲が、元は果樹園だったらしいと窺えることから、この家と設備を拝借してアップルパイを焼いたことは察せられる。察せられるが、バイザーの奥でオプティックをキュルリと鳴らしてしまった。壁や天井まで飛び散ったオイル、扉の開閉に邪魔なところやそこらに転がったスクラップを気にも留めず、もっさもっさとアップルパイを食べ進める男に、いよいよ面白い機体だと彼は次いで小さく笑い声を漏らした。

 そうして男の向かい側の椅子へ腰を下ろすと、徐に皿と食器が出されたのである。彼がアップルパイを食べることは自然で当然で必然のことであるような流れだった。また彼には男のその無言の誘いを断れる理由も断る理由も無かった。

 斯くて束の間の茶会を楽しむ二機はアップルパイを食べていた。

「それで――林檎の他に何か収穫は?」

薄黄金の蜜が薄く乗った唇を緩やかに笑う。舌で触れれば微かな甘さを感じることができるだろう彼の笑みを一瞥して男は鼻を鳴らした。

「何も。見た通り何も無かった。お前も人のことは言えまい?」

「……ふふ。そうだな。残念ながら此処はハズレだったらしい」

「とんだ道草を食ったな」

「そのおかげで久々にのんびりできているのだがな」

言って、アップルパイを口へ運んだ彼の表情が綻ぶのを見た男も同じようにパイを口へ運ぶ。男としては普通に、その場にあった物で適当に作っただけなのだが、一人で食べきるのは面倒だと茶会へ引き込んだ相手はいたく気に入ったらしい。マスクを外したことで見えるようになった頬の一部がうっすらと温度を上げている。また機会があれば――何か作った際にこの相手が居て、一人で食べきることが面倒なことがあれば、餌付けしてやっても良いかと思う。傍目には物騒極まりない風景の中、不穏な会話をしながら茶会は和やかに続いていた。

 「あ!あー!なんか美味そうなモン食ってる! なに食ってんすか!ふたりで!」

そして、さして経たずに星の各地へ散っていた男の部下たちが合流地点へやって来て、二機の茶会に気付く。

「ズルいっすよ!オレも食いたい!! くれなきゃイタズラしますよ!ファイアースペースに!」

「なに言ってんだお前」

あっという間にわいのわいのと賑やかになる周囲に男は頓着しない。手際よく紅一点が皿と食器を出す横で、一足先に男の茶会相手から一口味見をさせてもらった航空兵がウメェ!と叫んだ。彼らがその星を発つまで、もう少しかかるようだった。

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