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歌が。歌が、流れてくる。何処からともなく。同じ旋律を辿る。繰り返し繰り返し、何度も何度も。数音違わず。同じ音をなぞるように、歌が流れてくる。しかしその音はいつも同一ではなかった。時に華やかに、時に厳かに。朗らかな春の日射しのように。孤独な冬の月明かりのように。
その歌は、流れる。

(繰り返し流れる歌)

 

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虎落笛が耳を掠めると同時に冷たい風が肌を刺す。季節とはジェットコースターのようなものだ、と雫は思う。
今年もまた冬が巡ってきた。多くの命は枯れ朽ちるか、眠りについた。次の季節へ命を繋げられるよう、望みを託して。
雫はその微かな命の温もりに触れ、微笑む。そして彼女は己も眠りにつく。

(冬と望みのジェットコースター)

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言葉は線であり音である。音は空間であり線である。音楽とはそういった意味で究極の芸術だと、片割れは言った。ひとつ始まれば輪っかのようにどこまでも広がっていく鮮やかな世界、らしい。彼の言うことは難しいが、一つ。わかったことがある。どうやらその世界はこの都会よりも美しい。ということだ。

(都会の音楽は輪っか状)

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ライオンのようだ、と少女は少年を形容した。畳の敷かれた部屋で黄昏に落ちていく外を見ながらアルバムを捲る。卒業生一覧と記されたそのページには朗らかに笑う少女と、何処か恥ずかしそうに口角を上げる少年が他の友人たちと共に載っている。また会えるといいなぁ、と少女は少年の頬を撫でて呟いた。

(畳の上のライオンと卒業生)

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ここで幕引きだと。終わりなのだと。眉ひとつ動かさずに彼は言った。
彼は言う。うつくしい友情だったと。尊いものを見せてもらったと。だが、だからといって、ここで終わりだなんて。青年は真っ暗な洞窟の中で顔を上げる。まだ終われない。終わることなんかはできないのだと。彼ともう一度会う為に。

(友情の幕引きは洞窟で)

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それは言葉にするにはあまりにも美しい姿だった。
或る、見慣れぬ国の伝統的な衣装なのだと言う、着物と言う服を纏ったその姿はひどく嫣然としていて、息を唾を、飲み下せずにはいられなかった。
なんて容姿、色香、雰囲気だろうと。
誕生日と言う日にこんなことがあっていいのかと、口角を上げた。

(誕生日には着物と言葉を)

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公園には人気が無い。ゆらゆらと前方で揺らめいているのは夏の微笑みか。
明暗がはっきりと分かたれた午後、特別することも無く駄弁っているだけだというのに生温い肉の中を通る血管の中には酷く熱いものが流れているようで――外からの熱だけでは無く、内からの熱で、からだは沸騰しそうな程あつい。

 

(夏の公園で血管が茹だる)

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華々しいトランペットの音が春の空に響き渡る。吹奏楽で歓迎されながら、校舎に踏み入れていく新学生諸君を校舎から眺めている、所謂先輩はプラスチックの小さなスプーンを銜えている。手元には、プリンのカップ。向かい合うように座っている相手は、相変わらず本を読んでいる。そんな春のある日の話。

 

(春のトランペットとプリン)

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ころりと、小さな消しゴムが手から滑り落ちる。砂塗れになって、足元に落ちる。こんな洞窟の中では何の役にも立たないそれには目もくれず、その視線は外を見据えている。青い空。碧い海。瑞々しい緑。燦爛とした太陽は、相も変わらず世界を照らしている。嗚呼、自分はこんな処で何をしているのだろう。

(砂消しゴムの洞窟)

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