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「こいつは──殺せ、とオレに言った」

あの城の奥深く、水槽に押し込められてひととして扱われて居なかったものと再会し、同時に取り戻したその時、背中を震わせていた男は寝台に横たわる美しさを眺めて言った。

「殺してくれって、こいつは言ったんだ。矜持から。オレのために。そして何より、お前のために」

だが、と逆接の言葉が続く。少年は身じろぎもせずに耳を傾けていた。

「だが、こいつは生きてる。オレが生かした。オレのために。お前には悪いが──これだけは譲れねぇ」

ギロリと薄氷が白刃に変わる。本気なのだと、からだで知る。

「憎むな恨むなとは言わねぇ。だがその果てにもしこいつを殺そうってんなら、その時は容赦しない」

けれど、少年が紡ぐ答えは決まっていた。ゆっくりと、口が開かれる。

「俺は──俺は確かに、自分を捨てた親を恨んだ。呪った。殺してやりたいと思った。けど、」

はふ、と一息。

「けど、もういい。このひとが、何を思ったのか完璧にわかるわけじゃないけど、きっと俺と同じか、同じようなことがしたかったんだと思う。大事な何かを、失いたくなかったんだと思うんだ。だから」

「だから?」

「だからもういい。今さらウダウダ言うのもカッコ悪いし──俺もその失いたくないもののひとつだったんだって、わかったし」

「!」

そうして、少年が薄く笑った丁度その時、寝台が軋んだ。

「──……、」

日暮れを思わせる、薄い青紫が潤んでいる。小さく開いた唇は、尚も自分を殺せと訴えていた。

「そりゃ無理な相談だな」

少年から視線を外し、寝台に腰掛けた男がその手を握りながら笑う。

「そうだな。あんまり勝手が過ぎると俺も怒るぜ、父さん」

男を押しのけて青紫を覗き込む少年が言った。それを見て、寄せられた眉の意は──。

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