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かくかく-らんまん-まぐわし-きゅうよう

 

レッドガンと行動を共にする621とウォルターの話。交流話。のつもり。
何もかも捏造。過去も現在も捏造した。ユルいしガバい。
ナイルさんのウォルターへの「坊っちゃん」呼びはここだけにするつもりだから考証考察ゆるして……。

ミシ+ウォル←←←←←21な感じ。
21は周回済み。感情希薄()。
きゃらえみゅむずかしいです。

書きたいとこだけ書こうとした。

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 数日をかけて行われるレッドガン部隊の作戦行動にウォルターたちは参画した。それに伴い、作戦期間中はレッドガン部隊と共に行動することとなったのだ。

 レッドガンの臨時拠点に合流すると、そこには存外立派な「拠点」が建てられていた。移動用のヘリから出たハンドラー・ウォルターは621を伴い、まずは司令部へと向かう。
 微かなざわめきを引き連れて、平時のレッドガンではまず目にすることのない風体の男は整然と建てられたテントの間を往く。
 他と比べて大きなパップタイプのテントに辿り着くと、ウォルターはするりとその中に入り込んだ。中央に置かれたテーブルの奥で、その盤面に嵌め込まれたモニターが映す地図を睨んでいた男がふと顔を上げる。
 「来たか。ハンドラー・ウォルター」
 「ああ。世話になる、ミシガン」
 テーブルを挟んで対面。握手を交わすこともなくやり取りする様は、ともすれば剣呑な中に見えるだろう。しかしふたりはそれが当然とでも言うかのように、話を続ける。
 「進捗は」
 「悪くはない。特にヴォルタとイグアス。多重ダムからこちら、張り切っているようだからな」
 「そうか。互いに良い影響を及ぼし合っているなら言うことはないな。物資は足りているか?」
 「貴様が得意気に言うことか? ……このままのペースで進められれば足りるだろう。まったく計画通りに進めば、な」
 「進めてみせる。そうだろう? ミシガン」
 「負け戦など性に合わん」
 まして、こんなところで。
 そんな言葉のやり取りと共に、地図の上をふたりの指が滑り始める。伏せられる両者の目と顔。
 人員の動き、予測される敵の出没地点、物資の運搬ルート。様々な要素を考慮して、作戦の試行錯誤がされていく。
 だがそれは、まるでボードゲームの対局のような光景だった。テーブル上を見ていた誰かからともなく「はぇ……」と子供のような声が漏れる。
 やがて、トッ、とミシガンの指が止まる。盤上には綺麗な陣形が出来上がっていた。
 「生憎寝床は用意してやれん。だがそれ以外なら融通してやれる。それで相違ないな?」
 同時にウォルターの手も止まる。盤上に打ち込まれた数値や言葉は簡潔にして正確だ。
 「十分だ。俺たちは自分たちの移動ヘリで寝る。ヘリを置く場所さえ借りられれば良い」
 「良し。では早速だが仕事だ」
 互いに慣れたように話し、行動するふたりに周囲は置いていかれる。辛うじて621がウォルターの背に着いていける程度だ。
 テントを出る直前、ミシガンが振り返ってテント内の部下たちを叱咤する。
 「来客のあった程度で気を抜くな! 隊を受け持つ者は遠足のしおりの確認しておけ!」
 「はっ、はい!!」
 返事と敬礼はほとんど反射のようなものだ。だが指示を聞いて即座に行動するのは、彼らのミシガンに対する信頼と憧憬の表れだった。各々が自身のタブレットやノートを取り出して、テーブル上のモニターに入力されたデータやログを確認していく。
 テントを出て、ウォルターたちはミシガンに拠点の簡易的な案内をされた。居住区、浴場、手洗い、訓練場。
 そして最後に案内されたのが炊事場だった。数名の隊員たちが忙しなく動き回っている。鍋、箆(へら)、お玉、焜炉。その全てが大きい。まな板の側に積まれた食材が、正しく壁のようだ。
 「献立は決まっているのか?」
 ウォルターが上着を脱ぎ、作業台の端に置いてシャツのボタンを外し袖を捲り始める。それを見た621はすぐにウォルターの上着を回収し、抱え込んだ。
 ウォルターはどうやら自分の仕事が解っているらしい。621はウォルターの動向を見守る。
 「カレーだな。付け合わせはライスではなくパンだが」
 「遠足には似合いの献立と言うわけだ」
 併設された水場で手を洗い、するりと調理台の前に立つ。作業人数が一人増えることは通達済みなのか、隊員たちはウォルターの方を一瞥はすれど構うことなくそれぞれの作業を進めていく。
 つまり、どうやらウォルターの仕事とは炊事らしい。
 「621、時間になるまで休んでいて良いぞ」
 「……」
 621を手持ち無沙汰になったと見たらしいウォルターがいつものように言う。けれど621はウォルターの上着を抱えたまま動こうとしない。チラ、とミシガンを横目で見る。
 いつぞや、猟犬共に煮え湯を飲まされた戦場を思い出す。あの時も、ハンドラー・ウォルターは飼い犬によくよく慕われていた。相変わらずか、とミシガンは額に手を遣った。
 「……大人しくしていられるなら、椅子のひとつくらいは貸してやる」
 炊事場の片隅で幾つかの椅子が物置にされている中から、まだ積載量が少なかったものを引っ張り出す。当然、他の椅子の積載量は増えた。
 「悪いな、ミシガン」
 ジャガイモの芽を包丁のアゴでくり抜いて取り除きながらウォルターが言う。椅子に腰を下ろした621が手にした端末には「G1に感謝」の文字。感謝とはな。情操教育は順調そうだなハンドラー・ウォルター。投げやりにそんなことを思いつつ「しっかり仕事しろよ」と言う旨を言い残してミシガンはレッドガン隊員たちの中に消えていく。
 「そう言えば621。何か食べたいものはあるか? 硬い物や消化の悪いものはまだ難しいだろうが、麺類や粥の類ならそろそろ少しずつ胃に入れていっても良いだろう」
 慣れた手付きでジャガイモの芽を取り、一口サイズに切りながらウォルターは621へ声をかけた。
 水で洗われた跡のあるジャガイモは――そもそもこのご時世、土で育てられているものの方が少ない。皮も品種改良により随分薄く柔くなっている。剥く手間はかけずとも良いだろう。
 トツトツと端末を叩いた621がウォルターへ画面を向ける。そこには「それ」と文字が出ていた。「それ」とはつまりカレーか。
 「ふむ……。カレーは刺激物だが、大丈夫そうか? いや、たしかヘリの食糧庫に果物があったな。持ってきておくか」
 ジュウジュウと肉の焼ける音とにおいがし始める。タンタンタンと包丁がまな板を叩く音も増えてきた。気付けばジャガイモの山を崩し終えたウォルターが、次はニンジンに手を伸ばす。
 ストン、ストン、とまな板の上を規則正しく動き、野菜を捌いていく包丁を621は凝視する。普段自分が扱うものとは異なる凶器。大きさ。重さ。用途は――ブレードが近いだろうか。それが、ハンドラー・ウォルターの手で扱われて「料理」を作っていっている。この動きはきっと何かの役に立つ。何よりウォルターが「料理をしている」。思えば初めて見る姿だ。621は手際よく作業を進めるウォルターをジィと観続けていた。

 翌日から本格的な随行となった。
 朝から走り込みをしているレッドガンの隊員たちと621をウォルターは眺めていた。動きやすい服の上にレッドガン部隊のジャケットを羽織り、隊員たちの動きを見ながらタブレットにデータを入力していく。傍らの簡易テーブルには給水機とタンブラー、タオルが積まれている。
 「久しぶりだな、ハンドラー・ウォルター」
 走り込みの本数が予定の半分を越えた頃、不意に背後から声がかけられた。ざり、と靴底が砂利を踏む。
 「G2、ナイル。たしかに、顔を会わせるのは久しぶりだ」
 隣へ並んだナイルはウォルターと同じようにタブレットを取り出し、隊員たちと見比べ始める。
 支給品であり、指定のアプリに入力されたタブレットのデータは同期されている。ウォルターが入力と確認をしていたデータにズレが無いかチェックしているのだ。
 「それにしても……本当に大きくなったものだ。初めて会った頃は腰くらいの背丈で、ミシガンがオフの日には奴にくっついてウロチョロしていた、あの坊やが……」
 「っ、」
 思いもよらぬナイルの言葉にウォルターは隣の男へ首を回す。突然何を言い出すんだこの男は。何を企んでいる。
 「今ではハンドラー・ウォルターなどと呼ばれ、裏社会で名を馳せ、時に我々とも命を奪い合い、そして、今は肩を並べるとは……。人生、何が起きるか分からないものだな」
 だが目に入ったのは、タブレットへ向けられた穏やかな顔だった。声音も、その表情と相違無く穏やかなものだ。戦場でないとは言え、今のような情勢と関係で浮かべるようなものではない。
 つまり、ナイルはかなり本心に近いところでウォルターとの再会を喜んでくれているらしい。
 ぐう、とウォルターは感情を呑み込む。
 そして逃げるように視線を手元へ落とした。
 「……感傷は、こんなところで、すべきではない、と、思う、が、」
 尤もなことを辛うじて吐き出すウォルターは、おそらく繕うことができたと思っているのだろう。
 表情があまり動かない代わりに、声に出やすいウォルターの感情は、割と読みやすい。
 昔から変わらないそれに触れて、ナイルは微かに口端を上げる。しかしウォルターの気遣いを無下にすることもせず「そうだな」と返す。
 「いかんな。年を取るとすぐに感傷的になる」
 「感傷すること、それ自体は、悪いことではない。俺たちは、ひとなのだから」
 ウォルターの声を聞きながら、よくもまぁこれだけの善性を保てるものだと感心する。同時に、この善性を持ちながら猟犬を数多使い潰しているのか、とも。
 そんな遣り取りをしていると、走り込みを終えた隊員たちが水やタオルを求めてふたりの方へとやって来る。しっかりした足取りの者、ふらふらと覚束無い足取りの者、様々だ。
 ふたりはタブレットをテーブルの隅へ置き、タオルを手渡したりタンブラーを並べたりと休息の細やかな手伝いをする。身体や精神を苛めれば苛めるほど良い、と言うわけでないのはデータとして実証されている。本社から無茶な作戦を振られがちなのだ。せめてこのくらいはしっかりと看てやりたい。
 慣れた風にタンブラーへ水を注ぎ、それを求める隊員たちへ手渡していくウォルターの肩に、ズシリと重みがかかる。う゛るう゛ると耳元で聞こえる唸り声に、ウォルターはそれが621だと察する。加えて、首筋にぐりぐりと頭を擦り付けてくる。
 「どうした621」
 疲れたのだろうかと思ったが、呼吸はそこまで弾んでいないように見える。ゴソゴソとウォルターの身体――上着をまさぐる621の手は、そのポケットから端末を取り出していじり始めた。
 「む゛ぅ゛……」
 ポツポツと621の指先が端末を叩く音。その間にウォルターからタンブラーを受け取っていく隊員たちは好奇の目でふたり――特に621――を見ていた。
 そして言いたいことを打ち込み終えた621はウォルターへ端末を渡す。
 「ふむ? 隣の男と何を話していたのか気になる、と?」
 「なんだァ? 野良犬! そのオッサンが気に入りか!? そんな枯れたひょろい奴に何ができるってんだy……ぐああっ! てめぇ何しやがる!!」
 「なっ……イグアス先輩! G13! やめろ!!」
 「621、隣の男はG2、ナイルだ。話の内容は……大したことではない。世間話を少ししただけだ。気にするな」
 「ギャアアア!! はなっ離せ! やめろ!! 野良犬テメェ!!」
 「スゲェなイグアス、お前そんなに身体曲がったのか」
 「ヴォルタ先輩! 見てないで止めてください!!」
 「聞いているのか?」
 G5のイグアスにあらゆる関節技絞め技をかけていた621がウォルターの一言で大人しくなる。突然放り出されたイグアスが地面に転がった。G6のレッドが救護所へ運ぼうとして叶わず、G4のヴォルタが笑いながら担ぐ。レッドが付き添いとして小走りについていった。
 自分が生み出した惨状に目も向けず、621はウォルターの手から端末を取り上げる。
 パタパタと打ち込まれる文字は、やはりナイルとの会話が気になると言う旨の内容。今度はぱすぱすと胸元に頭を擦り付ける621に、ウォルターは観念したように息をひとつ吐いた。
 「……まあ、またいつかな」
 けれど返答は大人がよく用いるズルいもの。はぐらかされた621は「う゛ー」と抗議の声を上げる。それを宥めるようにウォルターの手がぽんぽんと621の頭を撫でた。
 「……あまり見せつけんでくれよ、坊っちゃん」
 ふたりのやり取り見ていたナイルが笑いを噛み殺しながら言う。
 「!?」
 ナイルの言葉に621が勢いよく声の主を見、それからウォルターを見る。
 自分とウォルターを交互に見る621の必死な眼に、ナイルは結局耐えきれずに噴き出した。

 早朝訓練を終え朝食を摂ると作戦行動に移る。展開されていた拠点が手際よく解体、撤去されていく様はさすがと言うべきものだった。
 隊員たちと物資を乗せた装甲車やヘリが列を組んで移動し始める。移動ヘリに乗ったウォルターたちもその列に並ぶ。
 進行方向には解放戦線の勢力が駐在している。それを押し潰して進む算段だ。目的地到達へのルート上にあったのが不運としか言えない。
 当然621もこの戦闘に参加する。機体を整え、所定の座標に投下される。敵の本拠地と言うわけでもなく、大きな敵影も見られない。僚機もいる、易い任務だ。出撃前にウォルターからかけられた「行ってこい」の言葉を噛み締めながら地上に降り立った621は駆け出す。MTの他に、遠方に四脚MTが見える。こちらはMT複数とACが2機。ああ、易いものだ――と、獣は目を細めた。
 果たして戦果は予想通りのものとなった。落ち着いたオペレートと戦い慣れたACの動き。独壇場と言っても良かっただろう。
 戦闘地域からまたしばらく進み、荒涼とした雪原に拠点を構える。ウォルターたちもヘリから降り、部隊と合流する。デブリーフィングもしておきたい。
 優先的に建てられた司令部のテントへ向かうと、ミシガンとナイルに加えて前(さき)の戦闘で出撃していたレッドがいた。MT部隊員はその人数からさすがに集まってはいないようだった。
 「来たか、ハンドラー・ウォルター。前の作戦ではご苦労だったな」
 「気にするな。MT部隊の動きと、そちらのACの所感が欲しいとのことだったな。……善処はした」
 あれだけの人数を個別に見るのは至難の技だ。まして、普段は621ひとりをオペレートしているウォルターに大人数の動きを見ろとは酷な注文だ。
 自分の知らないところでミシガンから宿題を出されていたらしいウォルターを、621はジィと見る。
 「善処した、か。それにしてはよくまとめられたデータだと思うが?」
 ウォルターから受け取ったデータを見ながらナイルが言う。
 「……子細を詰めるならそちらのドローンや観測隊のデータが必須だぞ」
 「……フッ。そうだな」
 腹の探り合い――情報収集の精度や保有戦力のレベルを見る意味もこの合同作戦にはあった。旧知の仲がいるとは言え、悲しいかな、ここは闘争の地なのだ。
 だがそれは、いわゆる大人たちの話。
 いずれ。これから。そう言った戦いを学んでいく子供たちは、何やら牽制し合う大人たちに不思議そうな顔をしていた。
 ウォルターの視界に、ふとレッドが映る。レッドの方も、ウォルターを見ていた。
 「621の僚機だったパイロットか。慎重であることは良いことだ。だが、もう少し前に出ても良いな。ベイラムの機体は耐久性が高い。何より、単騎駆けとなる作戦は滅多にない。……身内を信じても良いだろう?」
 621が世話になった。と言われて、レッドは内心動揺した。
 お前が俺の何を知っている、と言うのは当然ある。それを言うのは簡単だ。だが、よりによって相手はレッドを否定するような言葉を吐かなかった。あまつさえ、社交辞令であれど、細やかな感謝の言葉すら添えた。それも、身内に向けるような穏やかな声で。
 「ひっ、日頃訓練には励んでいる! しかし! 第三者からの客観的意見は貴重なものだ! ありがたく受け取ることとする!」
 「? そうか」
 一言目が裏返り、顔に熱が集まる。言いたいことは言ったとばかりにウォルターの視線が外れたことが、幸いに思えた。横目に視線を寄越してくる621のことなど、レッドは気にしていられなかった。
 そんなやり取りを見ていたミシガンは溜め息を吐く。
 「ハンドラー・ウォルター、うちの隊員をたらし込むのはやめろ」
 「たらし込む……? 人聞きの悪いことを言うのはやめろ。俺はそんなことはしていない」
 「やはり厄介で恐ろしいな、ハンドラー・ウォルター。我が隊の人事に欲しい」
 「やめておけ、ナイル。本社との折衝事が増えかねんぞ」
 「む。しかしな……オペレートの評判もなかなか良いみたいでな……」
 「やめておけ」
 「依頼を回してくれれば引き受けるが」
 「やめろ」
 作戦中のウォルターのオペレートと、それに対する隊員たちの反応を思い出しながらレッドガンの総長と副長はそれぞれ頭を抱える。
 始めこそ怪訝な反応をしていた隊員たちだったが、時間が経つに連れてウォルターのオペレートに慣れていった。落ち着いた声音。的確な情報。現場を気遣う言葉。普段とは趣の異なるオペレータは、隊員たちにある種の癒しをもたらした。それは日頃とのギャップによるものもあった。
 僅か一時にして猟犬を増やしかけるウォルターは魔性と言っても良いだろう。悲しいことに当人の気質とはまったく噛み合っていないが――だからこそ、とも言える。
 いつの間にかウォルターの腕にくっついていた621を見る。なんだ、どうかしたか、なんて言いながら621を構うウォルターの顔は、やはり表情筋がコールドスリープしていた。声音と解離している。
 「ん゛」
 「どうした621。出撃したいのか?」
 そのままその飼い主を引き留めておいてくれよ……なんてしょうもない考えが浮かんだのは、レッドガンの機密事項だ。

 「おや。貴方は」
 レッドガンの移動用ACガレージ――ウォルターたちのものと似たような、大型ヘリ――を訪れたウォルターたちは、通路の隅で小物を広げている二人組に出会した。
 座り込んでいるのはヴォルタだった。その傍らに立っていた男はウォルターたちを見るや、声をかけてきた。
 「ハンドラー・ウォルター。レッドガンへようこそ」
 「G3、五花海か。話は予々(かねがね)」
 「おや。ご存知頂けていたとは。恐縮です」
 差し出された手を握り返しながらウォルターは五花海を見、それからヴォルタの方を見た。その眼の動きに気付いて、五花海は小さく笑う。
 「ああ。これは、商いの授業を少し。ハンドラー・ウォルター、貴方もいかがです? 気になるものがあれば、今日に限り特別価格で提供させていただきますよ」
 ふむ。とウォルターがしゃがみ込み、ヴォルタの前に広げられた品々を見始める。携帯灰皿、スキットル、空のロケット、想像上の生き物をモチーフにした置物。一体どこから見付けてきたのだろう。621も、ウォルターの横にしゃがんで品々を眺め始める。
 そんな中で、ウォルターはひとつの置物を手に取った。すべらかな質感の、コイン程の大きさの、犬の置物だ。
 「これは何で出来ているんだ?」
 はじめに「授業」と聞いたからだろう。ウォルターは顎に手を当て何やらうんうん唸っていたヴォルタに訊く。
 集中していたらしいヴォルタは声をかけられて、一拍程置いてから客の声に反応した。
 「お? あ、ああ……そいつは確か、地球のメノウって種類の石を削ったヤツで……石言葉っつーヤツには共生とか調和とかってのを持ってんだ。交渉事とかやるような……そう、ちょうどお前ぇみたいな人間には良いんじゃねえか?」
 頑張って詰め込んだらしい知識を披露するヴォルタは、案外熱心に五花海の授業を受けているらしい。生徒を見る教師はニコニコとしていた。
 「ふむ……」
 ウォルターが置物を眺める。角度を変えたり、光に当ててみたり、矯めつ眇めつする。
 そして、ヴォルタをチラと見てから顔を上げて五花海を見た。
 「目利きの授業はまだだったか? これはイミテーションだろう?」
 「なっ……!?」
 「おや」
 ヴォルタが驚愕と困惑の声を、五花海が意外そうな声をそれぞれ上げる。
 「よく分かりましたね。いやはや、さすがハンドラー・ウォルター。強化人間以外の目利きもできるとは」
 拍手までしそうな顔で五花海が言う。それを見上げる621は、どこか誇らしげに見えた。
 ウォルターは指先で置物を撫ぜながら答える。
 「そもそも、瑪瑙をはじめとした地球産宝石は、産出低下による入手難度の高さは大前提だ。そんな貴重品が、こんなところに持ち込まれた上で売り物にされているとは考えにくい。まして、初心者の手元で。それに、単純にこれは軽すぎる」
 「お見事。お見事です、ハンドラー・ウォルター」
 「五花海!」
 贋作を持たされていたヴォルタが商売の師を呼ぶ。不満げだ。
 「そんな顔をしないでくださいヴォルタ。真贋や目利きについては追々教えていきますから」
 飄々と笑う五花海は、いまいち信じて良いのか分からない怪しさがある。
 ウォルターはイミテーションの置物をヴォルタの前に戻し、次に空のロケットへ手を伸ばした。
 「気にするな、G4。……俺はこちらを貰う」
 幾らだ、と訊かれたヴォルタはほとんど反射的に相場より少し安い値段を挙げる。ウォルターは特に交渉することもなくコームを支払う。
 そして、そのロケットを621へ渡した。
 「いつか大切な相手ができたときに、写真をここへ入れろ。これはそういうものだ。まあ、実用性を取るならコンパスなんかを入れるのも良いが」
 「へえ、ロケットにコンパス入れるのか。そりゃ確かに便利そうだ」
 ヴォルタの素直さは商人として長所であり短所だ。客の話に感心を見せる生徒を見ながら五花海は思う。
 それと同時に――G1ミシガンとはまた違った求心力をウォルターから感じて「恐ろしいな」とも思う。良い人間ではない。けれど、悪い人間と言うには悪意や害意が感じられなさすぎる。
 あまり、関わりたくない人物だな、と思った。

 

 

 「……ミシガン」
 「良いぞ。一段落ついたところだ」
 「ああ」
 「ほう。ウイスキーか」
 「つまみもあるぞ」
 「豪勢だな。何を企んでいる?」
 「レッドガン総長を酔い潰して機密情報を抜き取ってやろうかと」
 「フッ……まずは一杯空けるところからだな」
 「俺があの頃と同じだとは思わない方が良いぞ、ミシガン」
 「それは楽しみだ」

 「んぅ……ぐ…………」
 「まあ、一杯は空いたな」
 「まだ……のめる…………」
 「そうか。ゆっくり寝ろ」
 「んんん……あすは、おまえも……、あさごはん、つくれ……」
 「毛布貸してやるから大人しく寝ろ」
 「みしがん」
 「なんだ」
 「んー………………」
 「……」

 (「総長!? なぜ炊事場に!?」「貴様らが弛んでいないか抜き打ちチェックだ!」)
 (「? どうした621。……動きにくいな。悪いが少し離れていてくれ」「う゛ぅ゛……!」)

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