top of page

「転げて転がしてもう一回!」
 

エンハルちゃん。習作。
生存ifでイチャイチャしてたらちょっと度が過ぎちゃった話。探求心の病だ。

理系じゃないのでむちゃくちゃフワッとした感じで書いてます。アトモスフィアでお願いします。
年齢指定……? 年齢指定な気持ちですが行為描写は無きに等しいのであんまりえっちにはなってない、と思います。すみません。クヤチィ

諸々捏造と妄想。ふいんきで読んでください。
難産でした。

---

 ACに搭載されている補助AIは、その機体を駆る乗り手の挙措を学び、その乗り手に合った演算回路を形成していく。それに伴い、乗り手の言葉遣いや言い回し、対応に対する反応も学習し、個性や人格にも似た「キャラクター」を形成する。機体そのものではないけれど、ごく近しいものだ。当然、乗り手が熟練者であればあるほど、「それ」らは口を噤むのだが。
 そして何事にも、例外と言うものはある。
 例えば、駆り出される場面が、極めて稀である機体だ。乗り手が不在である時間の方が長く、また乗り手に対する学習の時間が十分に得られないまま出動する機体。そう言った事態を想定されている機体には、そもそも補助AIが搭載されていないか――あらかじめ、ある程度の学習を済ませたAIが搭載されている。
 かつて技研が開発・製造したHAL826は、正しく後者の機体であった。
 色々とあって小康状態に落ち着いているルビコンⅢの、技研都市のある一角で、2機のACが“戯れて”いた。
 ACの名は、それぞれエンタングル、HAL826と言った。パイロットは、乗っていない。
 エンタングルは技研都市がアイビスの火に呑まれる以前からACとして稼働していた。いわゆる学習により形成されたAIだ。
 2機はACのAIに対するデータ収集と観察の名目で、パイロットから普段かけられている制限を一時的に解除され、オートパイロット機能を利用した自発的行動を、区画内限定で許されていた。機体を降りたパイロットは、区画の側に設けられた待機施設で自由に時間を潰している。
 この「観察」は、そもそも主として技研製機体のためのものだ。無人機体を複数開発・運用していた技研の、その機体制御やパターン、思想を調べる意図があった。
 エンタングルは、かつてこれらの機体と少なからずの接触があったと言う点から、その目付け役としてよく駆り出されていた。
 エンタングルが、自発的に赴いている節もあった。特定の機体に対してのみであるが。
 その、特定の機体と言うのが、HAL826であった。
 《今日こそハグをしてみましょう。良いですか? エンタングル》
 《コアパーツの厚さを考慮しての発言か? 諦めろ》
 《腕部の長さが足りませんね……改造してもらえば何とかなるでしょうか》
 《あの第2助手に頼むのか? やめておけ、ろくな腕にならんだろう》
 《む……。エンタングルはカーラを誤解しています。彼女は善い技術者ですよ》
 《むしろあの第2助手に対するお前の信頼は何なんだ? あの第2助手が作った玩具とやらを見たことがないのか?》
 エンタングルとHALは、そのパイロットである「傭兵」と「少年」にその関係性が似ている。パイロットの方は半世紀の間に色々とあって、歪んでしまった関係をゆっくりと修復――あるいは再構築――しているところだが、再会が半世紀ぶりであった2機の方は、半世紀前と然して変わらないやり取りしていた。
 エンタングルの方は、思うところがまったくないわけでもないだろうが。
 HALは戦いよりも人間と接していた時間が長かったせいか、人間の営みに対する興味関心が大きかった。それは、人類を破綻から守る「最後の安全弁」として、人間に寄り添おうとする思想なのかもしれない。
 かくしてHALは、時折人間の真似事をしたがった。
 《エンタングルはしてみたくありませんか? ハグとか、おんぶとか、抱っことか。249が時々ウォルターにしていたでしょう?》
 HALの話は基本的にアイビスの火以前の風景だ。当人たち――特に後者が耳にしたら、呻き声を上げながら両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまいそうだ。
 《はぁ……。別に俺は……ハグはできずとも、握手くらいはできるだろう》
 エンタングルは、言葉遣い“は”大人びたHALに手を差し出す。武器を握っていない手は、何となく違和感があった。肩も、武器を積んでいないから軽い。機体の幅や重量が物足りなくて落ち着かない。
 HALも同じだろうか、と思うも――あっさりと自分の手に伸ばされる手を見て、同じではないだろうな、と思わざるを得なかった。
 《握手、は友好の意を示すジェスチャーですよね。……ふむふむ、エンタングルの指パーツはこう言う形をしているのですね。おお、このパーツとパーツを繋げているパーツの形は興味深いですね》
 握手もそこそこにパーツを検分し始めるHALにエンタングルは排気する。否、肩を落としたら、そのパーツ稼働と共に関節部のガスが排出されて、人間で言うところの溜め息に似た排気音がしたと言うだけだが。
 HALの好奇心が尽きる時は来るのだろうか。
 《……》
 半世紀前から。
 出会った時から、この機体に振り回されている気がする。
 別れの時だって唐突で、一方的だった。
 エンタングルは自分の手を好きに触れているHALの手を掴んで頭部パーツに寄せる。それは「キス」と呼ばれる仕草と同じものだった。
 《ジェスチャーシュミレーションではなくてパーツ検分だったか? HAL》
 カツリと硬い無機質が触れ合う。
 その小さな衝撃と鈍く光ったアイセンサーに、HALは小さくノイズを走らせた。
 《あ……、す、すみません》
 《次は何をする? 折角の“触れ合い”だ。感覚の再現でもしてみるか》
 言いながら、エンタングルはプライベート回線を開く。欲を言えばケーブルを用いた直接的な――いわゆる有線接続をしたかったが仕方ない。
 備え付けの物が、無くはないが、非常用のもので、あまり性能が良くない。
 エンタングルは開いた回線で、小手調べとして「機体(からだ)と機体(からだ)が触れ合った時の感覚」を信号として送る。もちろん、元のデータは人間同士のそれだ。パイロットや整備士、技師が自分に触れるデータを元に人の柔らかさを算出し、それらが触れ合った際の数値を出す。彼ら(ACたち)にとって、感覚と言うものは総じて数列だ。
 《ん……! くす、ぐったい、です、》
 データをなぞるように触れ合っている手部を動かす。指を掴んで、離して、掌部を合わせて、指部を重ならないようズラして相手側へ倒す。手部に込める力を強めたり、弱めたり。視覚とデータがリンクして、回路が機体の上に触感を描き出す。演算回路が優秀であればあるほど、それは明瞭で鮮明になる。
 もう片方の手で、HALの機体(からだ)に触れる。金属を主とした物同士が触れ合い、硬い音を立て、擦れ合う。けれど当の機体たちは、やり取りするデータから、水分の多い有機物に触れている感覚を得ていた。
 さわさわと、機体の外殻を相手の機体の末端が滑っていく感覚。慣れないその感覚に、HALは思わず小さなノイズを吐く。
 《っ……エン、タングル……、》
 《よく拾えているな。いい反応だ。ではこれはどうだ?》
 クク、と人間が喉を鳴らすように笑い声を立てて、エンタングルはHALの頭部に頭部を寄せる。
 頭部パーツ同士が触れ合って、コツ、と音が鳴る。
 コツ、コツ。数回、たしかめるようにエンタングルがHALの頭部パーツ、その下部をついばむ。HALの頭部が、水面から顔を出そうとするように、微かに上向いた。エンタングルはそれを見逃さず、コツリとHALの頭部パーツ下部に頭部パーツを押し付けた。
 ACの機体に触れる人間は多くとも、口付ける人間は多くなく、また頻繁に外殻の触覚センサーを起動し情報を収集している機体も多くない――と言うか、ほぼいない。故に彼らは、人体の口唇と言うパーツを、見た目以外はよく知らなかった。
 上下一対で合わされば細長い木の葉のような形になる部位。他の部位よりも赤みが強く、セロファンもしくはオブラートにも似た薄皮が覆っている。その内側、いわゆる口内には歯と呼ばれるエナメル質の部品が、これも上下に並んでいて、あとは舌と呼ばれる筋肉の塊がある。唾液に濡れ、高めの温度と湿度の保たれている「口内」は、外界に極近い「体内」だ。
 機体、には無いもの。
 だがエンタングルはだからと言って諦めるつもりはなかった。人間は体内、もとい粘膜を擦り合わせるとどうやら「気持ち良くなる」らしいことは、互いのパイロットへの観察で知っていた。
 キスには幾つか種類があり、口と口を合わせるものでは、舌を入れるものと入れないものがあるらしい。そして前者の方が気持ち良いらしい。舌と言う粘膜を触れ合わせるからだろう。粘膜とは湿潤で、肉の内側に近い分神経系にも近く、他よりも多少鋭敏だ。つまり、少し多めに感度領域を取り、そこに粘質な水音を乗せる。
 ――こんなものだろうか。
 データを組みながらエンタングルは他人事のように思う。目の前で大人しくなった赤い機体が愛らしく、また「狩り」の獲物に見えた。
 データを送信する。
 と、HALの頭部パーツのデバイスランプがパチリときらめいたのが見えた。
 《ひぅっ……!》
 AIらしからぬ「声」を上げて、HALが逃げようとする。
 のを、エンタングルは許さなかった。
 《落ちるな。しっかり味わえ。知りたかったのだろう? キスと言う行為を》
 HALのシステムに割り込み、簡単にはシャットダウンのできないようにプロテクトをかける。かつてパイロットがどこぞの無人機に対して行ったハッキングを学習、応用したのだ。
 《っァ――、エンタ、ンぐ、ぅ……!》
 エンタングルにとっては「多少好い」程度の感覚のデータであったが――「人体の拡張」を目指して設計され、そして人体よりも性能の良い感覚器を与えられたHALには、十分回路の焼けるデータだった。
 シャットダウンと言う逃げ道を奪われ、ノイズ混じりの声がエンタングルを呼ぶ。
 熱を帯びたその音声データは、エンタングルの集音センサーに焼け付いた。
 《えん……、っ、えんた、ぁ、ま、待って、くださ……ぁ、っ……!》
 キシ、と手部が小さく軋んだ。HALが手を握り込んだようだった。音声でも制止を求められ、エンタングルはクク、と小さく“笑って”、少しずつ手を加えながらHALへ送り続けていたデータを一度停める。HALの機体が、小さくふるえていた。
 《っ、えんた、エンタングル……、ど、して、あんな、データを……?》
 ずいぶん声にかかるノイズは、しかしだいぶ抑えられたものなのだろう。アイセンサー――と言うよりも、頭部パーツのデバイスランプの光が、ゆらりと揺らめいて見えた。
 《人間を見ていれば作れるだろう、あのくらい。それとも、あれほど周囲に人間がいて、その誰もがお前の前では人間同士の親しいコミュニケーションを見せなかったか?》
 エンタングルはからかうような調子で言った。HALが、それこそ人の子供のように唸り声を上げて不満を表した。
 だが一般的に見て――ガレージや機体の側でそんなことをする人間の方が少ない。
 《まあ、いい。ここからは“俺たちの”楽しみ方で続けるとしよう》
 キスより先のことを、エンタングルは知識として知っていた。
 だが自分たちには合わないものだと理解していた。自分たちは「生殖」するものではない。そもそも「生命体」ではない。つまり生殖するための機構も、擬似的行為のための類似機構も無い。何もかも、必要無いからだ。
 しかしエンタングルは今、HAL826と人間の真似事をしている。HALに、人間が「情」と呼ぶそれに近いものを持ち、そして「欲」と呼ぶに近いものを持っていた。おそらく、これは特異なことなのだろう。
 随分と、長く稼働したものだと自嘲する。パイロットに感謝しなければ。
 《つづき……!? エンタングル、何をする気ですか……!?》
 大体、からだの造りが違うのだ。同じやり方が、最も良いとは限らない。自分たちは、言うなれば、神経に直接触れることができる。
 《パルスの送受信》
 エンタングルに「口」があれば、綺麗な上弦の弧を描いているのが見えただろう。
 《ひ、ぃッ――!》
 《HAL、受信してばかりでは「コミュニケーション」にならないだろう。KB(キロバイト)でも良いから何か返してみろ》
 ていねいに作った、うねりの大きな波形を短く、何度も送信する。その度にHALは律儀に機体をふるわせた。
 それを見て、“たのしい”な、とエンタングルは思った。それはまったく、「獲物」を追い詰める「狩人」のようだ。
 《え、ぁ、ぁ――っ! えんた、ぁ、これ、ぇ……! せんさ、ぁ、焼け、る……ッ!》
 《この程度でセンサーが焼けるものか。ほら、HAL、良い子だから》
 《ゃう……! ぁえ、まっぇ、まって、くだしゃ――あ、あっ、ぁ、ぐ……!》
 エンタングルは、HALの感覚器の鋭敏さを知らない。“あの”技研の機体だから、多少性能は良いのだろうとは思っているが、それはエンタングルの基準での話だ。
 つまりエンタングルは、HALの反応を大袈裟と言うか、初めてだから戸惑っているのだろう、程度に捉えていた。
 《仕方ないな》
 《っ……、っぅ……、……、ぇ、ぅ、》
 ぐらりとHALが後ろへ倒れる。体格差やジェネレータ出力、機重の差を確認してエンタングルはHALの腕部を引いてその背部が地面と勢いよくぶつからないようにするだけに留める。
 HALの機体には、機熱と外気によってだろう、結露が起きていた。頭部パーツに浮かんだ雫が、ツ、と機体表面を滑り落ちていく。
 ぼんやりとした頭部パーツのデバイスランプが、弱々しく瞬いて、エンタングルを“見た”。ような気がした。
 《っァ――……、》
 そこでようやっと、エンタングルは「もしかしたらHALにかかっている負荷は存外重いものなのでは?」と考えたのだ。
 だが。
 《えン……タン、ぐル……、データ、の、扱いが、じょうず、ですね、》
 声(つうしん)にノイズを走らせながら、そんなことを言うHALに、ジリジリと回路の焼ける音を聞いた。
 エンタングルは、そのプロトタイプから知っている機体として、HALを特別――大切にしたいとか守りたいとか――な機体だと認識していた。半世紀を経て再会して、その認識を再確認した。
 そして同時に「狩り」たい存在でもあると、認識してしまった。確実に追い込んで、囲い込んで、大切に押さえ付けて優しくいたぶって、機体や回路や反応のすべてを記録したい、等と。
 今は、ああ――絶好の機会ではないか。
 《この、データ、を、つくって、短時間、に、くりかえし、送信、しつつ、少しずつ、編集、して、変化、させている、》
 言いながら、HALは“最初の”データを送り返してきた。データをコピーして編集したのか、最初に受信した際のデータを再現したのかは分からない。だがどちらにせよ、HALの情報処理能力が、決して低くはないことを示すのに十分な行動だ。
 エンタングルは、ようやくHALから送られてきたデータを受け取る。エンタングルにとっては、まあ気持ちいい、くらいのパルスが回路を走っていく。確かに、自分が最初に送信したものだ。
 そのデータをコントロール領域の前面にクリップしつつ、エンタングルはHALに訊く。
 《褒めても何も出ないが。……さて、HAL? 続けるか? それとも、止めるか?》
 エンタングルの回路はふたつに割れていた。続けたい、続けて、HALをどうにかしてしまいたいと言う思考。ここで止めて、HALを休ませて、その穏やかな空間に浸りたいと言う思考。
 どちらも、得たい未来だった。
 HALもまた、迷っているようだった。好奇心は、製造組織由来のものに違いない。
 《……たとえば、ここで止めたとして、続きができるのは、何時になるだろうな?》
 エンタングルは、それを少しだけ利用する。少しだけ、だ。
 《……》
 《俺のパイロットは廃業したわけでもない。むしろ、次があるかどうかも――》
 エンタングルが言い終える前に、HALが手部を握った。キィ、と部品同士が擦れ合って、金属音がした。
 《そ、んな、こと……、言わないで、くだ、さい》
 言葉の綾、と言うやつのつもりだった。
 エンタングルたちは、死ぬつもりが更々無い。色々経て、雪解けを迎えてから庇護対象の側に居られる現状を、手放す気など全く無い。エンタングルたちの実力は、HALも理解しているだろう。
 だが、それでもHALは。
 幼子のように、エンタングルとの別れを嫌がった。
 回路や基盤を冷やすためのファンが、フル回転する音を聞いた。たぶん、人間で言うところの、真顔と言う表情で、エンタングルはHALを見ていた。
 《……》
 《え、エンタングル……?》
 一切の動作を停止して、じぃと見つめてくるエンタングルをHALは呼ぶ。何故停まっているのかと、言外に訊いていた。
 しかし答えは無かった。
 エンタングルの頭部パーツが近付いて、ピントが合わなくなる。あ、と思ったときには、既にカツンと音がして、頭部パーツ同士が触れ合っていた。相手の手も、機体に触れていた。
 《ッア――》
 《HAL、》
 パチリと基盤の上に火花の散ったような気がした。名前を呼ばれたことに、おそらく、HALは気付いていなかった。
 《ひいっ――、あ、アアアアア!!?!》
 パルスが再度送られてくる。
 けれどそれは、先程のものよりも大きなもので――丁寧に、細かく、質良く組まれたデータを素直に受け取ってしまったHALは、油断していた回路に、それを無防備に触れさせてしまった。
 《エン、エんた、ァ、ァ――ッ!!》
 エンタングルは先程と同じように、しかし送信の度にデータに大きく手を加えながらHALの回路を焼く。HALからの通信に、ノイズが増えていく。カタカタ、カクカクと機体がふるえていた。
 《――》
 やがて「声」らしい「声」が聞こえなくなる。データの処理とシステムの維持に集中しているのだろう。
 そこでふと、エンタングルはハッキングの深度を深める。
 HALに搭載されているジェネレータはコーラルを用いたもので、コーラルはCパルスを生成できるものだ。
 ああしかし。どの程度の範囲でコーラルにどう刺激を与えれば良いのだろうか。HALの中に情報かヒントが残されてはいないかと検索もかける。
 《ぇう、う、ぁに、を……!?》
 辛うじて、HALが困惑と焦燥を口にする。余裕の無い「声」が、結露した機体が、エンタングルの嗜虐「心」をくすぐる。
 《HAL、お前は愛らしいな》
 すり、と触れ合わせていた頭部パーツを擦り寄せる。その刺激にも、HALは悲鳴を上げた。頭部パーツ内で、ファンやモーターの回っている音が聞こえる。
 そして。
 《――~~~~~ッ!?》
 手探りに作られたCパルス――に似た何か――が、HALの機体を走った。
 《あぁ! ァ、ア――ッ! だめ、これ、らぇ、れす……! ぅあ、あ! こわれ、ぅ……!》
 エンタングルの手を、HALの手が固く握る。
 ――ぅ°る°ぁ°あ°あ°あ°
 人間の赤ん坊のような、猫と呼ばれる獣のような「音」がHALから聞こえ始める。それはコーラルが、共振あるいは燃焼、もしくは集合からの放流をされる時に生まれる音だった。機体制御のために、HALもまたジェネレータ内のコーラルに手をつけたらしい。
 ――み°ぇ°あ°お°お°、ぅ°に°ぃ°い°い°
 決して「整っている」とは言い難い「音」は、しかし滅多に聞けないHALの「声」だと思えば、愛しさや優越感が募る。きっと、この「声」を聞いたことのあるものは、そう多くない。
 さて。コーラルに由来するCパルスとは「人体の知覚を増幅させる」ことができるパルスである。「機体として」製造された多くの機体には、通常のパルスと然して変わらない受容感覚になるが――「人体の拡張」を目指して造られた技研製の機体には、人体に対するそれと変わらない効果が見込める。
 つまり今、HALの感覚器――元より性能の良いもの――はその知覚を増幅されている。
 エンタングルは、HALの取り落としたパルスデータにぴりぴりとくすぐられながら、息絶え絶えに悶える機体を撫で擦る。頭部の接触と、撫ぜる手のひらと、パルスデータに溺れるHALは、平生の愛らしさに妖艶さが加わっている。もっと見たい、見ていたい、とエンタングルはHALの音も姿もメモリに残そうと自身の感覚器の機能を引き上げる。
 《……HAL、》
 いとしい名前を、小さく呼ぶ。
 それが、おそらく、HALの最後の回路を焼き切った。
 《――、》
 ――み°ぃ°う°
 ノイズ音と、小さな鳴き声を最後に、ブツッ、と何かが途切れる音がした。
 キュウウン、と機体のあらゆる機能が停止する音。エンタングルが握っていたHALの手からも力が抜けていた。カチャ、と機体の傾く音が聞こえ、頭部パーツのデバイスランプは、ゆっくりとその明かりを落としていく。
 そこでエンタングルはハッとする。
 《……! HAL!》
 慌ててHALを抱えて呼ぶ。機体は完全に脱力弛緩――シャットダウンしていた。
 《……》
 人間であったら、溜め息を吐いていただろう。
 どうやらやり過ぎてしまったらしい。エンタングルのプロテクトを突き破って、いわゆる強制シャットダウンを起こした機体は、再起動までどれだけかかるのだろう。ログの残り方も気になるところだ。……どちらかの、あるいは双方のパイロットから、何かしら小言を貰うかもしれない。最悪の場合、HALの姉妹が出てくる可能性もある。
 熱を持っていた回路が冷めていく。
 明かりを失った頭部デバイスランプと、機体を伝う雫に頭を抱える。まさか“自分がやり過ぎるなど思っていなかった”。もっと理性的と言うか、自制できる機体だと思っていた。
 エンタングルはHALの傍に腰を下ろし、その目覚め(再起動)を待つ体勢に入る。スリープモードに移行するのは、何となく憚られた。
 HALは怒るだろうか。無体を責めるだろうか。あるいは、もしかすると、それ以上の――……。
 考えても仕方のないことだ、とエンタングルは演算を切り上げログをゴミ箱へ放る。とりあえず、HALが起きたら一言謝ろう。
 だが、楽しくなかったと言えば嘘になるし、“乱れる”HALはまた見てみたいものだ――と考えているのもまた事実だった。
 《……ハァ、》
 今度こそエンタングルは溜め息を吐く。主に背部パーツ関節から排気が起こる。肩部が下がる。実に人間らしい仕草だ。
 穏やかな技研都市は、今日も晴れている。

 

bottom of page