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outcry and cry

ハンドラー・ウォルター(英)が再教育と加工される話。

流血・四肢欠損・濁点悲鳴・モブからキャラクターへの低倫理発言と扱い、等の要素があります。
描写は、グロとまではいかない程度だと思います。

英ウォルターは再教育開始段階で四肢奪われてそうだよねって思ってるんですが気付いたら二回切ってた。ごめん。
スネイルくん全然出せなかったんですけど、ウォルの捕縛時に殴り飛ばしてて欲しいし、経過なんかの報告はしっかり把握してて欲しいし、何なら折り節でウォルの様子見に来てて欲しいです。見に来たってことにしといてください(怠慢やめろ)

過去の話との繋がりや関連は無いです。
CPの想定や要素は無いですが製造ラインは右ウォル。

捏造と妄想ばかりだ……実際どんな感じだったんでしょうね。

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 ハンドラー・ウォルターがアーキバス・コーポレーションの再教育センター・ルビコン支部に移送されてきた時、その様は正しく手負いの獣だった。
 後ろ手に回された手と膝を折られた足首はそれぞれ錠で繋がれ、更にその鎖は首輪に繋がっていた。そして口には轡を噛まされ、目元には目隠しを巻かれていた。狭いケージの中に転がされて低く唸る姿を「獣」と呼ばず、何と呼ぶべきだっただろう。
 報告によるとこの「ハンドラー」は独立傭兵レイヴンをこの再教育センターから逃がした後、追跡部隊を一手に引き受け、がらくたにも近いMTで暴れ回ったのだとか。MTを降りてからも侮った隊員数名を屠ったとか何とか。
 老人ひとりにどれだけ手を焼くのだと、報告を聞いた時は思ったものだ。けれど実際にその老人を前にすると――なるほど手を焼くのかもしれないと思わざるを得ない気迫を感じた。右腕右足の義肢は取り上げられ、それぞれ肘と膝までの腕と脚が投げ出されている。
 タブレットの画面に指を滑らせ指示書を捲る。メールに添付されていたファイルには、まずは一切の抵抗を奪うよう書かれていた。一理どころか万理あるだろう。相手は「鉄の如く無情」と名高いハンドラーだ。動揺を誘える可能性があることは、何でも試すべきだろう。
 斯くしてハンドラー・ウォルターは、再教育センターに送られてきたと言うのに、まず加工台の上に乗せられたのだった。
 加工台と言っても、ファクトリーのものと比べれば簡易的なものだ。切ったり穿ったり剥いだり、そう言った単純な加工しかできない。取り付けたり整えたりまでの機能は有していない。
 おそらく、四肢のうち二肢が既に失われていたことは、ハンドラー・ウォルターにとって幸運だった。
 「調子はいかがですか。具合の悪い場所などありますか」
 台の周りの機器を確認しながら職員が訊く。捕獲された時の着の身着のまま、台の上に固定されたウォルターは片眉を上げて鼻を鳴らした。
 「士気と練度の高い隊員に参った、見たことの無い機械に囲まれて恐ろしい、とでも言えば満足か?」
 硬い轡を噛まされていたおかげで、その口端は赤くなっていた。
 「……お元気そうで何よりです。では、始めましょうか」
 職員が無感動に言う。ほとんど同時に別の職員がウォルターを覗き込む。その手には、注射器が握られていた。
 ガシャ、と拘束具が鳴る。言うまでもなく、ウォルターが鳴らした音だった。
 逃げることなどできはしない。分かりきった現実に、それでも抵抗の意を見せるウォルターを、職員たちはどう見ただろうか。針から逃げるように、あるいは狙いを定めさせないように拘束具を鳴らす肢体には、赤く滲む傷が増えていった。
 だが職員たちも素人ではない。抵抗するウォルターを手ずから押さえつけ、頸部を眩い照明の下に晒す。とくとくと脈打つ首筋には薄く汗が滲んでいた。喉が上下して、緊張を飲み下そうとする。顔を押さえつける職員の手の下には、しかめられた顔があった。
 無抵抗になった獲物をいたぶるように、ゆっくりと注射器の針が首筋に近付けられる。それを見ることができないウォルターは、針先が肌に触れた時、小さく身体をふるわせた。
 かた、と職員たちの手の下でウォルターの身体が揺れる。小さな、抵抗だった。
 血管に液体の押し込まれる微かな違和感をやり過ごす。針が抜け出ていくのと同時に、ウォルターの身体の上から不躾な手たちは退いていった。そしてウォルターは、自分の身体の自由が効かないことに気付く。
 押さえ付けられていたそのままのかたちでウォルターは動かない。はく、と開閉した口から、掠れた呼吸音がこぼれた。
 「効き目は良好なようですね。良かった」
 職員のひとりがウォルターを覗き込む。身体全体を包む防護服のバイザーに、かろうじて目の前の人物を見上げるウォルターが映る。
 「“失敗作”の鎮静化にも使われるものです。基本的には、今の貴方と同じように再教育の場面で使われているので、実績はあります。ご安心を」
 目の前で振られる小瓶が、注射器の中身だった液体らしい。ラベルには弛緩剤の文字。その側に書かれた、調合されている薬品名は、聞いたことがない。加えて「実績はあるから安心しろ」の言葉。何を安心しろと言うのか。
 「っ、ぁ……、ぇ、ぉ……!」
 重たく沈む舌先を何とか浮かせて拒絶の意を示す。台の傍らに寄せられた台車の上から、職員のひとりが鉈を選び取っていた。
 “暴力”は大した問題ではない。耐えることには慣れている。注入された薬品も、抜けるのは時間の問題だ。薬剤耐性は多少ある。抜けるまで耐えればいい。
 だが身体の、物理的な喪失は話が別だ。義肢が奪われている今、これ以上手足を失うのは避けたかった。
 「……っ、」
 身体を揺らそうとして、捩ろうとして、しかし指先すら僅かにも動かない。
 ひたりと、確かめるように鉈が肌に触れた。
 「ッ――!!」
 ウォルターが目を見開く。かは、と開かれた口から、空気が漏れた。
 たぶん、腕の残っている方を向くように頭が押さえ付けられたのは、偶然ではない。
 十字架にかけられるがごとく、横に伸ばされた自分の腕を見ながら、ウォルターの唇が戦慄く。やめろ、と空気だけが揺れた。
 肌に触れていた鉈がふっと離れる。それで“また”肌の上に突き刺すような熱が咲く。薄皮の一枚くらいは切れたかもしれないが、血は出ていない。見ているから分かる。それなのに、刃の当たっていた場所が、酷く熱かった。まるで切りつけられたように。
 触れただけでこんなにも熱く痛むのに、実際に刃を振り下ろされなどしたら――。
 ひゅ、と鳴ったのはウォルターの喉か、鉈が空を裂く音か、どちらだっただろうか。
 「――ァ゙ッ゙、が、ぁ゙……っ゙!゙」
 ずだん、と鉈が台を叩き付ける音がした。
 「ッ゙ァ゙、ァ゙ァ゙、ァ゙、か、はッ、……!」
 熱い。熱い、熱い、熱い! 熱くて、腕が焼けて、熱――痛い!
 うでが、あつくて、その、あつさに、突き刺されて、撫でられて、ああ、いたい! いたい! 痛い!!
 「ぅ゙、ァ゙、ァ゙……ッ!」
 ウォルターの身体が跳ねて、赤を撒き散らしながら、ぼとりとその腕の肘から下が台の上に転がる。びぐびぐと、動くはずのない身体がふるえていた。
 満足に声の出せない喉が必死に空気と悲鳴を吐いている。自分の腕の、切り離される様を見せられた双眸から、ぼろりと涙がこぼれた。
 「ァ゙ぐ、っぅ゙、ぅ゙……! ぐ……!」
 ウォルターを、殺すことが目的でない職員たちは手早く肘の上の辺りを縛り上げる。キツく腕を縛り上げる止血帯に、ウォルターはまた呻いた。止血帯に締め上げられた腕が、キンキンと熱を訴える。
 なんだこれは、等、言わずとも察せられた。
 感度が高められている。それも、痛覚を。
 「ぐ、ぅ゙、」
 悪趣味な、とウォルターは心の中で吐き捨てる。自由と抵抗を奪ってなぶるに飽き足らず、こうまでして痛め付けるとは。
 食い縛った口端から唾液の垂れ落ちていくのが分かった。涙と洟もあふれて、みっともない顔をしていることだろう。だが無理もないことだった。ひとは忘れていく生きものだけれど、それでも、ウォルターにとって初めて体験する痛みだった。
 腕を叩き切られただけ。爆風に焼かれ、千切れかけたのを一思いに千切るように切り離したわけでもない。瓦礫に潰されたのを、半ば千切るように別ったわけでもない。過去の体験に比べれば、遥かにマシな別離だ。だが、感じた痛みは、類似の体験よりも何よりも、強烈で鮮烈だった。
 ああ。流れ出ていく血潮の流れや熱さすらも意識を苛む。
 瞳が上向きかけるのを何とか堪えて、ウォルターは呼吸する。呼吸が詰まることはあれど泣きじゃくることをしなかったのは、あまりの衝撃に身体の中で伝達が上手くされなかったせいだろう。
 「痛いですか? 痛いでしょうね。ですがそれは副作用と言うか、副産物なんですよ」
 「素晴らしいですね。意識を保っている。7割は白目剥いて気絶しますよ。1割はショック死しますが」
 ひゅうひゅうと必死に呼吸するウォルターを無機質なバイザー面が見下ろす。声音も平坦なもので、感情や表情など、窺うことはできなかった。
 「この薬の主な用途はふたつ。ひとつは鎮静用。もうひとつは、他の薬品の吸収率の向上」
 「つまりこれは良い子になってもらうためのお薬なんですよ」
 けれど、自分たちの“得物”を語る声は、徐々に軽やかに弾んでいった。
 それは、その変化には、憶えがあった。
 遠い昔の記憶。まだ技研都市にひとがいた頃。|研究所《ラボ》の友人たちが、専門の分野や研究内容を教えてくれた時の、楽しそうな声が蘇る。
 「我々が暴力を以て「再教育」していると勘繰る人間が時折いますが、とんでもない。言って聞かない理性無き畜生を、恐怖で支配したところで如何程の役に立ちます?」
 「性的な暴力もまた然りです。何故「再教育」対称にわざわざそんなことしなければならないんですかね? 「再教育」されて勝手に性的興奮を覚えるなら別ですが、我々にそんな気は無いと言うのに」
 「恐怖にしろ快楽にしろ、所詮一時的な支配にしかなりません。恐怖による錯乱はいずれ致命的なミスを引き起こしますし、快楽による餌付けはいずれ行き過ぎた独断を引き起こす。不安定で、不確定だ」
 「我々はね、そんな無駄なことはしないんです」
 どの職員からどの声が出ているのか、分からない。周囲から輪唱のように言葉が紡がれて、頭が揺れる。
 「だから――貴方も覚えがあると思いますが、ハンドラー・ウォルター」
 閉じかける目蓋を必死に持ち上げるのは、たぶん、意地だった。気絶してしまえば、少なくともこれ以上痛い思いはしなかったかもしれない。痛い思いをする時間が減ったかもしれない。けれどウォルターはチカチカ明滅する視界にしっかりと職員たちを入れて、俺はまだ平気だ、とでも言いたげに睨めつけていた。
 その、ウォルターの細やかな抵抗を知ってか知らずか、職員たちは実に愉しげに語り続ける。
 「企業の理念、思想をそのまま受け入れてもらうために、まずはまっさらなスポンジになってもらうんです。薬を使って、ね」
 「貴方もそうして忠実な猟犬たち(ハウンズ)を創っていたのでしょう?」
 「っ……!」
 その言葉に誰かが。否。その場にいる誰もが肩を揺らした。
 「皮肉なものですね。因果応報と言うやつですよ」
 ウォルターはそんなこと、一度だってしたことがないのに。
 そうして、腕の痛みが少し引いてきただろうかと言うところで、そわりと足を何かが撫でた。
 「ぅ、ぁ、」
 鈍く鋭く眼光を放っていた眼が、ぐらりと揺れた。その後に見えたのは、怯えだった。無理もない。人によってはショック死すらする感覚を、もう一度味わえと言われたのだから。
 ウォルターの頭が小さく横に揺れた。小さく喘ぐ口許に、やめろ、と不完全ながらも子音を持つ言葉がこぼれおちた。
 その反応に、職員は防護服の中で――おそらく――嬉しそうに目を丸くする。
 「ほう。もうそんなに動けますか。さすが裏社会の人間……と言うのは個人的な偏見ですが、薬剤耐性が高いんですねえ、貴方」
 「では作業を急ぎましょう。この工程さえ済ましてしまえば後はどうとでもなります」
 「そうですね」
 職員たちは顔を見合わせてそれぞれ道具を持ち直す。止血帯、タオル、鉈。見えない位置にいる職員はまた違った物を持っているかもしれない。衣擦れの音や金属の擦れ合うような音がした。
 それも一瞬のこと。
 「っ゙あ゙!」
 足が押さえ付けられ、食い込む指の強さは痛みとなりウォルターは目を見開く。身動ぎへの警戒による強さだった。
 「っ! ぅ、ッ!?」
 そして腕の時と同じように、切断箇所を確かめるように当てられた刃の冷たい熱とその場所に、ウォルターの呼吸は浅くなる。
 「っ、は、ァ、ゃ、ゃえ゙、ひッ、ッ……!」
 鉈の刃は間違いなく膝蓋骨に触れていた。
 骨まで叩き切る気か。レーザーブレードやパルスブレードと言った、実体の無い刃ならまだ幾分マシだっただろう。少なくとも人体に対する切れ味の心配はない。だが鉈は。実体を持つ刃物は――。腕の時は、上手く関節の辺りに食い込んだから、割合すんなりといった。手入れされた鉈はウォルターの腕の肉と骨を綺麗に断ち切った。しかし足は。膝は――肉の厚さも骨の数も、腕よりもある。下手をすれば何度も鉈が振り下ろされたり擦り付けられたり――なんて、そんなこと、されでもしたら。
 ずだんっ。
 「――ッ゙ア゙ッ゙が、ァ゙、ひぎ、ぁ、ァ゙あ゙あ゙ア゙ア゙ア゙!゙!゙」
 がくがくとウォルターの身体が跳ねた。弛緩剤の効果は確かに薄れてきていた。痙攣は分かりやすく、悲鳴はハッキリと聞こえた。それでも、押さえ付けられた足だけは動かない。
 そして――ぐちゃ、と鉈の刃が肉を舐める音がした。
 「ぃ゙ぎッ、ア゙、が……ッ、ひ、ぃ゙ッ゙……!゙」
 肉の間で無機物が動く。冷たい熱源。だめだ。うごくな。やめろ。儚い願いが頭の中で巡る。縺れた舌はまともな言葉を紡げない。
 「ぁぐ、……っ、ぐ、ぅ゙、あ゙、あ゙あ゙ッ゙……!」
 ぬちゃり、と赤が糸を引く。浮かび上がる、ぬらりと粘質に濡れた刃。が、また。
 ずだん。
 「――……、」
 もう、悲鳴は無かった。こひゅ、と短く浅い呼吸をひとつして、ウォルターは意識を手放していた。鉈の刃を叩き付けられた肉や骨は、綺麗に切断はされず、細かな欠片を台の上に飛び散らせていた。
 「止血を」
 「――ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!゙!゙」
 ギ、と膝上を縛り上げる止血帯にウォルターが醒める。血溜まりの中で跳ねる身体は赤に塗れる。
 「意識回復。脈も呼吸もあります」
 「すぐにプールへ。傷口が塞がる前に染み込ませろ」
 「チューブ用意しました。挿管できます」
 「右腕と右足はどうしますか」
 「外せ。断面は多い方が染みる」
 「了解」
 ウォルターへの、今回の主目的が達されて室内がざわめく。職員たちがそれぞれ動いて器具が台車に増えたり、機械が駆動音を立て始めたりする。
 皆生き生きとしていた。一人の人間の自由を、文字通り奪ったとは思えない活気だ。
 「オ゙ッ゙――ァ゙、ぇ゙、ァ゙、」
 ざわめきの中で、ついでのような気軽さでウォルターの右腕と右足の、疾うの昔に塞がった傷が開かれる。傷口を覆い、同時に義肢の装着や接続するためのソケットが、引き剥がされる。ベリベリ、ミシミシ、と湿った音が上向いたウォルターの瞳を揺らした。
 「ぅ゙ゔ、っ、ふ、ぅ゙、……っ゙ぉ゙、ごッ、ぉ゙え゙、」
 痛みに溺れかけるウォルターに構わず、職員たちは工程を進めていく。体液の拭われた顔には、しかしすぐにじわりと汗や涙が滲んだ。
 力無く開かれ、口端から唾液を垂れ流す口を抉じ開け、長い管を挿入する。ウォルターがえずこうが身体が拒もうが関係なく、管は押し込まれていく。そして、ある程度挿入されると管は止まった。ひゅお、ひゅお、と不格好な呼吸音が管を鳴らす。
 挿管され、更に管を通す形でマスク式の人工呼吸器が着けられる。四肢の断面に血が滲むまま台車に載せられ、ガロガロと運ばれたのは何かの液体に満たされた円筒形の水槽だった。
 ハーネスを付けられ、吊り上げられる。水槽の中にはダイバースーツを着た職員がふたりほどいて、とぷりと中に下ろされるウォルターを出迎えた。水槽の底部から伸びる鎖に、ウォルターに着けられたハーネスを繋いで、その腰から下を機械で覆う。ウォルターの身体が、水中に固定される。人工呼吸器や管に繋がるチューブは水槽の上部へ伸びて、外部の機器と接続された。
 それぞれの箇所の接続を確認して、職員たちが合図を交わす。
 水槽内にいた職員は外へ。外にいた職員たちは水槽の前へ。いくつもの知的好奇心の眼が、両手足を失くしたウォルターを眺める。
 ふわりと水槽の中に赤が滲んで溶けた。
 人工呼吸器や挿管された管から与えられるのは、職員曰く「まっさらなスポンジ」を作るための薬だった。何も知らぬ無垢。あるいは何も思考せぬ白痴。ひとをそんなものにする薬だった。真白な方が、思想と言う名の絵図を描きやすい。
 数日。
 虚ろな目でウォルターは水槽に浮かんでいた。茫と水槽の底を写す瞳は、しかしふわりと瞬きをひとつすると眉間に皺を寄せて首を横に振った。人工呼吸器や首筋に挿された針を振り払おうとするかのようだ。ごぽ、と泡の塊が水槽を昇る。
 ウォルターを観ていた職員が「ほう」と顎に手を遣った。
 「まだ自我があるのか? バイタルその他も平常値で?」
 「投与直後は他のデータと同様もしくは近似の値になりますが、数十分から数時間後に下降と減少していきますね。蓄積も定着は期待はできないかと」
 「尿中の薬剤濃度が高いです。分解と排出の速度が異常ですよ。体質とかではなく、もっとこう、外的な要因があるような」
 「そう言えば前工程の時も復帰が早かったな……わかった。検査に回せ。スキャンの準備だ」
 やることが決まれば、行動は早かった。
 水槽から、ざばりとウォルターが引き上げられる。水滴を拭うのもそこそこに、台車に載せられて、身体の内外が360度隈無く撮影できる機材へと移される。数日ぶりに何本もの管から解放されたウォルターは、自由な呼吸と感覚に身体をふるわせていた。その周囲を、ピピピと無機質な撮影音が囲う。
 リアルタイムで機材から送られてくる画像を職員たちは眺める。そして、何枚目かの画像が送られてきたとき、誰かが「あ」と声を上げた。
 それは頭部の画像だった。
 ハンドラー・ウォルターの頭部。その奥に、何かの影が写っていた。
 職員たちはざわめきだす。その「影」は、旧世代型強化人間に使われる、脳深部コーラル管理デバイスの形に似ていた。
 開頭しよう、と誰かが言い出して、それを止める声は上がらなかった。
 またウォルターの身体が移される。先日載せられた加工台と大差ない台だった。大きな違いがあるとすれば、大仰な無影灯が設けられていることだろうか。
 台に載せられたウォルターの表情は強張っていた。塞がりきらない四肢の断面を職員へ突き出して、無意味な抵抗を見せる。それを呆気なくいなして、職員たちはテキパキとウォルターに麻酔を吸入させるためのマスクを着けた。通常用いられる濃度よりも濃い麻酔を吸わされて、とろりとウォルターの目蓋は落ちる。
 うつ伏せにされたウォルターは後頭部を無影灯の下に晒す。かたちの良い頭に翳されたのは、飾り気のないバリカンだった。
 安っぽいモーター音がウォルターの頭を舐める。はらはらと刈り取られていく頭髪の下から、極薄くなった古い傷痕が顔を出す。それは間違いなく、ウォルターの頭の中に何かがあることを示していた。
 ひとの頭部が開かれる。肉を切り、骨を寛げて、その下の柔らかな肉塊に潜る。
 そうして見えたのは、古いコーラル管理デバイスだった。
 感嘆の声。職員がそれを取り出そうとする。けれど長く肉の奥深くに埋められていた器械は、周囲と癒着して半ば同化しているようだった。
 無理に動かしたり取り出せば脳が傷付く。先進開発局が検分している技研機体はこの男(ウォルター)の血に反応したと言う。ならば死なせることはできない。心停止したところで停まった心臓を動かしてやればいいだけだが、件の機体がパイロットの認証にどれだけの生体情報を要求してくるか分からない。下手に死なせることはできないのだ。
 仕方がないから、職員たちは頭部に埋めたそのまま、器械の調査をすることにした。
 形を辿れば、それは随分武骨で洗練されていないように感じられた。旧いデータを引っ張り出してきていた職員が「第一世代の物とシルエットに似ている」と言った。アーキバス・コーポレーションには、旧技研関係者がルビコンⅢから持ち出してきたデータがあった。だけでなく、現情報局長官が第二世代だった頃に提供してもらったデータを有していた。
 調査は進められる。
 長らく使われていなかった端子にケーブルを繋いで“中身”を覗き見る。物自体は第一世代のコーラル管理デバイスだが、その内部は本来の用途とは違う使われ方をしていた。
 器械は、コーラル管理デバイスではなく、小型HDD――あるいはSSD――のような使われ方をしていた。導体として、コーラルも僅かにあった。
 「構造は第二世代のものが近いか?」
 「プログラムは第三世代と第四世代の書き方に似ているが、内容は全く別物か」
 「人体との接続については第四世代と類似点が多い」
 アーキバスの有する、旧世代についてのデータと見比べていく。そうして、それがウォルターを守っている――あるいは縛っている――物だと言うことが知れた。
 薬品の異常な分解速度。ウォルターが口を噤み続けた、ルビコンⅢに来た本当の目的。技研機体についてのデータ。あらゆる「未知」が収められていた。
 職員たちはまずデバイス内のデータの吸い上げにかかった。コピーを取って、じっくりと閲覧解析するのだ。
 けれどそれは上手くいかなかった。デバイスに弾かれたのだ。データを、デバイスの外へ持ち出そうとすると、ファイアウォールが展開する。職員はノートPCを前に指を鳴らした。
 ファイアウォールの撤去と各“プログラム”の書き換え。それが急務だった。
 「壁」が抉じ開けられたのは半日ほど経ってからだった。その間にも、麻酔含めた投与される薬品は分解され続け、その都度投与され――を繰り返していた。けれどそれももう終わりだ。崩れた壁の向こうから、悪意なき暴虐の探究がやってくる。
 デバイスの動作内容書き換えにあたって、最初に手を着けられたのは、体内に侵入した薬品の分解速度を早める領域だった。主を守るためか否か、丁寧に組まれた「設定」は半世紀以上前の物とは思えなかった。薬品の成分だけでなく、身体の状況とも照らし合わせて機能するか否かが指定されている。その項目が、呆気なく削除された。
 職員たちの仕事に日常が戻ってくる。
 物理的にも電子的にも抵抗の無くなったウォルターは、とっぷりと「再教育」に曝された。水槽に戻された時も、もう挿管はされずにマスク式の人工呼吸器だけで十分だった。通常濃度の薬品が、通常通りの効果を見せる。デバイスに新たに書き加えられた「指示」と相俟って、ウォルターの目は虚ろなまま帰ってこなくなっていた。
 「データによると旧世代型たちの中には「声が見える」なんて言っていた個体があったらしい」
 「コーラルによる五感……視覚の増強効果か? 「見える」条件はなんだ?」
 「記述は無いな……眼球へのコーラル注入か? 脳と言うか、デバイスへの何かしらだとしたら、そもそも“コレ”のデバイスはコーラル管理用ではないから適用が難しいだろう」
 「ならば注入してみるか。比較用に片方だけにしておくか?」
 「仮にそれで「声が見えた」として、通常視野との比較について聞き取りができれば良いけどな」
 探究心のままに、眼球に針を刺されても、ウォルターが抵抗を見せることはなかった。針は硝子体まで刺し込まれ、コーラルを注ぎ込む。コーラルは細胞組織から滲み出て、虹彩にも沈着した。おかげでウォルターの片目は虹彩と瞳孔が極近い色となり――のっぺりとした、およそ人らしからぬものとなった。
 調査と再教育のために、ウォルターには無数のケーブルが挿されて繋がれた。水槽から引き上げられた後、縦横に積み上げられた無数の機材の中へ、ケーブルやコードで雁字搦めにされた身体を“置かれた”ウォルターを、誰かがいばら姫のようだと揶揄した。
 苛烈な探究と教育の傍らで、件の機体の調整もまた進められていた。その、中で。先進開発局から、お達しが来た。
 コアパーツ内に記録装置その他諸々を、可能な限り設置したので「コア」はできるだけ小さく軽くするように。
 と。それはつまり――ウォルターの四肢が、完全に喪われることを示していた。パフォーマンスの安定には、胴を残したパーツの方が良いことは、検証済みだった。
 独立傭兵レイヴンが逃走し、ハンドラー・ウォルターが収容されてから幾ばくか。ルビコンⅢの戦火は確実に息を吹き返し始めていた。企業でも傭兵でも、土着民でもない何かが、主張し始めている。
 比較的平穏を保っていたセンターやファクトリーも、俄かに騒がしくなる。
 「これから貴方をファクトリーへ移送します。よろしいですね?」
 職員がウォルターに話しかける。これもまた久しぶりのことだった。
 「……、……企業、の、命令……、」
 「ええそうです」
 「企業……、……違う、俺は、……? 俺、は……?」
 ぼんやりと天井を見ていた瞳が揺れる。マスクでくぐもった声は、夢現を漂っていた。
 「驚いたな。デバイスの書き換えはしているんだろう? ハンドラー・ウォルター自体の意識が強いのか?」
 「まさか、そんな非科学的な。器械由来とはいえ半世紀以上薬剤耐性の高い身体でいたんだ、まだ身体が勘違いしているんだろう」
 「意識の漂白してるのにか? ……やはりもっと色々試したいな」
 言いながら、職員はウォルターにコーラルと薬剤の混合液を流し込む。鎮静と、漂白と、洗脳と――実験のための投与だった。
 ファクトリーに運び込まれたウォルターは速やかに作業台の上に載せられた。加工のための準備は整えられていた。うつ伏せに置かれたウォルターは、茫洋とした目で磨かれた床を見ていた。
 加工に刃を使うのは傷口のためだ。レーザーの類だと、組織が焼けてしまうことが間々ある。
 「ぅ――ぁ、っ、」
 ごきごき、ざくり、と裁断機に似た切断機材がウォルターの腕を肩から切り離す。悲鳴らしい悲鳴は無かった。コーラルの、人体への影響調査も兼ねた教育をされていた身体は、麻酔が無くとも酩酊していた。
 けれどそれも絶対ではない。
 「ゔ、……っ? ぅ、」
 二箇所目を切り落とすと、ウォルターは確かに呻き声を上げ、身動ぎした。夢から覚めようとするように。
 職員のひとりが、舌打ちする。
 「――麻酔を。ここで暴れられちゃ面倒だ。……クソ。最後まで保つと思ったんだがな」
 「っあ゙! ぐ、ぅ゙……、」
 即座に首の太い血管に針が刺される。そして呆気なく、抵抗――と言うほどの物でもないが――は止んだ。真新しい縫合痕の残る頭部が沈む。その後頭部と頸部の境の辺りには、接続用の端子が生やされていた。
 ごきん、ごとん、と二回ほど音がして、ウォルターの身体は四肢を喪った。小さな身体が、台に転がる。
 流れ出る赤色は甘く匂い立った。コーラルの度重なる投与で、血液中の濃度が高くなっているのだろう。色も、心なしか明るくきらきらとしている。まるでデータにある、旧式の強化手術を受けた個体のようだ。
 ――強化手術は、べつに良いだろう。コレを投入する予定の作戦で、コレが生き延びるとは思えない。ならばそこまで手間をかける必要はないだろう。もしも万が一、第二隊長閣下殿の目論見通り、コレが独立傭兵レイヴンを打倒し、あまつさえ生還した時には――その時こそ、社の管理パーツとして施術すべきだろう。有用なパーツは、それなりの扱いでもって管理活用されるべきだ。
 「接続部位の形成にかかる」
 四肢の切断が済むと、すぐに次の加工が始められた。
 カチャリ、クチュ、グチュ、と湿った音を立てて、各断面部にソケットが取り付けられる。接続のため、直接神経に触れられる痛みも、厚い空気の壁を隔てた向こう側の世界だ。
 そうしてコアをコアパーツへ積み込むための準備は整えられた。今一度己が何で何のために此処にいるのかを言い聞かせて、先進開発局へ送る。ああそうだ。閣下へ経過の報告も上げないと。
 先進開発局から「技研機体の起動に成功した」と報告が来たのは、荷物(コア)を送ってから数時間後のことだった。
 ハンドラー・ウォルター――だったモノは、今のところ、従順に各テストに協力していると言う。時折“企業のものではない指示”を聞く素振りを見せるが、支障の無い程度だと。
 それが、その内容が、企業の与えた「独立傭兵レイヴンの排除」と言う指示に対抗する内容でないことは皮肉なことだった。だが同時にそれは、「独立傭兵レイヴンの排除」に対して時折見せる「躊躇」や「逡巡」が、パーツ自体の意識なのだと言うことでもあった。
 ルビコンⅢから滲み出るざわめきが、喚声となる瞬間も近い。その時までに、どの程度仕上がるだろうか。コーラルよりもなお濃い赤を纏う機体は、そのコアと共に今日も計器に繋がれたままだ。

 

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